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3人の子どもの母子家庭の母親が 6月の中旬に万引で身柄を拘束されていた。夏の終わりの今日,執行猶予で身柄を釈放された。母親の親としての生活ぶりは,納得できないものだったので子どもにとって,施設と,母親とどちらが幸せか,厳しい質問をしたりして,親としての自覚を促した。母親は子どもに悪いことをしたと悔いており,子どもたちもこの間施設に入れられて,手紙で早く母親に迎えてきて欲しいとの手紙を出していた。今日,どんな夜を過ごしているのだろうか。この母親は,気がついたのではないだろうか,たいせつなものを。
2006.08.31
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昨日は,あん子の誕生日だった。私は,自転車と雑貨を妻は,雑貨をほん太は,ドライアーをそれぞれプレゼントした。どこか食事に行きたいと思ったが,宿題がまだ未了ということもあり,自宅で簡単な誕生日会だ。食事のとき夏のまとめをした。あん子は,学校の畑の世話に行ったりして,先生と一緒に楽しい農作業をしたようだ。ほん太は,ロケット打ち上げ合宿に行ったことは思い出だろう。そして,プール,草野球,水泳大会今年の夏は,両親が日中家にいなかったので,ほん太にとっては,本当にぼけっとした夏だろう。母親からは,あまり勉強しなかったことについて言われていたが,私は,ほん太にとって,こんなにのんびたりした夏はもうないから,いい思いでとして欲しい。そして,ほん太は自由研究の最後の追い込みだ。我が家が朝日新聞と毎日新聞お友達が読売新聞それぞれ新聞の広告チラシを持ち寄ってチラシの傾向を調べて報告するというのだ。今日,昼間中間報告を聞いた。読売新聞はバチンコの広告が多い。毎日新聞は広告が少ない。土曜日は広告が多い。特に不動産の広告が多い。日曜日は求人の広告が多い。月曜日は広告が少ない。これを模造紙にグラフで表すといっている。後1日だ。小学校の最後の夏休みだ。有終の美を飾って欲しい。
2006.08.30
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週間ダイヤモンド(9月2日)は,次の特集をしている。雑誌の表紙をみるだけで,憂鬱になる。 ・・・・・・・ 『悲惨世代』リストラお父さん フリーター息子取り残された若者層やりどこのない不満と悲痛な叫び中高年フリーター急増!進む低賃金下貧困層比率先進国2位の衝撃規制緩和の「功」と「罪」・・・・・・こんな時代に子どもたちに何を語ればいいのだろうか。
2006.08.29
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ほん太がようやく一週間かけて,読書感想文を書いた。これを見せて貰った。これがわが子の現在の「力」かと,残念な限りである。作文の形式の間違い「改行後の文頭をひとマスを空けること」内容の貧弱「感動したこと,面白かったこと,の記述が抽象的」まあ,しょうがない。わたしが代わって,書くわけにはいかない。ほん太が自分の意志でよい文章を書きたいと思わない限り,私の助言など聞くことはないだろう。そういえば,親馬鹿だか,中2のあん子は3回ばかり,過去に私に教えを請うてきたことがあった。最初は,小学校2年生のときか,算数の計算力が落ちたとき私は,市販されている公文の計算の問題集を毎日繰り返しさせた。2週間くらいで,身についたと思う。次は小5の読書感想文のときは,メモの作成⇒取捨選択⇒草稿⇒清書を助言したことがあった。次は,中1の秋,方程式がわからないといってきた。中学受験の勉強をしてこなかったので,距離,時間,速さの関係について,身についていない。問題と解くとき,長女は,直ぐに公式を言おうとした。これに対し,「公式は頭で覚えるな。」「体で問題をとき,体で距離,時間,速さの関係を学べ」といって,何回でもやさしい問題を解かせた。以後,質問に来ない。塾を勧めても行かない。地元の小さな公立中学の井の中の蛙だろう。いずれ大海でもまれるだろう。
2006.08.27
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先日,海峡を渡るバイオリンに署名して頂いて以来再び,本を再読,再々読している。再読して新たに朝鮮戦争における朝鮮の人たちの悲劇(同じ民族同士の闘い)再認識した。ところで,インターネットでたまたま下記のアドレスにアクセスしたら次のコメントがあった。「必ず名器を作るという信念でこの道を選んだわけではない。面白いと思ったことをやる以上,人生を棒に振ってもかまわない気持ちだった。」http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/tinnsyougenn.htmそうなんだ。「面白いと思ったことをやる」こんな人生を歩みたいものだ。・・・・・・・・今日は午前中,ほん太を連れて学校に行った。今夕,お父さんの会主催の星空映画会だ。その銀幕の設営に行ったのだ。ぽん太には宿題もあったが,お父さんたちが一生作業する姿をみて欲しかった。肉体労働だった。日頃から軟弱の私には,からい作業だった。でも,忍者のようにヒョイヒョイとバックネットに上がって作業するお父さんとか。建築足場を簡単に組み立てるお父さんとか。それぞれの持ち味で出来上がった。今夕,本来なら私もこの映画会の仕事をすべきであるが同じ時間に私の依頼者だった人の第2回目のミニコンサートがあり、こちらに行くことにした。地方の音楽大学で声楽を学び,音楽教室などをやっていたが,夫とのトラブルのために首都圏まで単身夜逃げ同様に出てきた。今では介護の仕事をしている。そして音楽の勉強を再開して昨年から細々とコンサートをしているのである。公民館でのコンサートて極少数の聴衆である。それでも陳さんのごとく「面白いからやる」のだろう。
2006.08.26
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昨晩,夕食のとき,ぽん太に今日朝は何時に起きるのかただした。 「6時半」「6時じゃないの。」「普段は6時だけれど,夏休みは6時半」「6時半に起きて何をやるの。」「風呂に入る。」「じゃ7時からはあん子ちゃんがピアノでいいね。ぽん太は8時からピアノだ。」朝6時が6時半になっているが,論争しても起きるのが本人だからほん太の口で6時半というならば,それもよしとした。・・・・・・今朝,ぽん太は6時半に自分の意志で起きた。そして風呂に入った。とりあえず,予定どおりだ。・・・・・・「海峡を渡るバイオリン」によるとバイオリンの音色は人間の耳に聞こえない高いヘルツ音が隠し味という。人に聞こえない倍音があるという。鳥のさえずりが,人に心地よく聴こえるのは,人間の耳に聞こえない音があるからだ。また,ミミズは体を震わせて音を出すそうでこの音がバイオリンの音色ににているそうだ。(そういえば,CDの音を聞くことが堪えられない人がおり,CDメーカーに抗議をした人がいた。なぜならば,CDを制作する過程で人間の耳に聞こえない音をカットするそうだ。そのカットで音楽が聴くとことができなくなったといっていた。)そこで,バイオリンが聴きたくなったが、あん子は,反抗期か,私の前で弾いてくれない。そこで,ぽん太は,バイオリンをやめが,まだ簡単な曲くらい弾けると思うので,夜ぽん太と交渉をした。「とうさんがバイオリンを聴きたいときにバイオリンを弾いてくれたらお礼に10円あげるよ。」「いいよ。10回で100円,100回で1000円か。いいね。」そうしたら,妻が割って入った。「キラキラ星なら,私も弾けるから,10円頂戴」
2006.08.25
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前から,妻が朝風呂であったところ,夜更かしをしていたあん子が夏休みに朝風呂になり,最近ぽん太も朝風呂になった。朝6時に起きる筈のぽん太は,ようやく7時前に起き出し,まず風呂に入る。30分くらい入っている。そして新聞を読んで,8時ころ自分で目玉焼きと,お味噌知汁を温め,ご飯は電子レンジで温めて,食べる。先日8時ころ,ほん太が友だちのところに電話したらまだ寝ているということだった。一緒に水泳の練習をした子は朝9時まで寝ているという。優しい親が増えているのだろうか。朝8時を過ぎても,わが子を寝かしているのは,どうかと思う。ほん太のいうには,みんなそうだという。今日もほん太に言った。「なぜ,朝6時に起きる約束が守れないのだ。眠たい気持ちはわかる。でもその気持ちと戦え。」「わかった。」私は,今年の夏は仕事のことで頭がいっぱいで,子どもの生活習慣について,具体的に何もしてやれない。また,他方で夏休みくらい,グータラでもいいか,とも思うこともある。さあ,ぽん太は,今日もチンタラ宿題をやったり,でもほん太なりに充実した一日だろう。まあー,ぽーとしていることも健康の印と考えよう。しかし,明日は,6時に私も起きて,ぽん太を起こすつもりだ。
2006.08.24
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私の愛読書のひとつに陳昌絃「海峡を渡るバイオリン」(河出書房新社)がある。独学でバイオリンの制作をはじめ,国際コンクールで金ソダルを獲得した人だ。上記の本はその自伝的な本だ。朝鮮が日本の植民地となっていた時代の少年期日本にわたってきた青年期苦学して大学の英文科を卒業する間際にストラディヴァリウスの魅力に引き込まれ師匠にもつかず,独学でバイオリンの製作をはじめ,なし遂げた人だ。読む度に涙を流す。そんな感動的な本だ。昨日,この愛読書を持参し陳さんの工房で,署名をお願いしたところ,表紙の裏に「音に夢ありバイオリン製作者陳昌絃2006・8・22」という言葉と署名を頂いた。 陳さんは77歳になったと言われた。私は,お暇する際,陳さんに次のようにいった。「健康に十分に留意して,もっともっと沢山バイオリンを作って下さい。沢山の人に陳さんのバイオリンを弾く機会を与えて下さい。」そして昨日も自宅で再読して,また涙を流した。私達にも夢とやさしさと勇気を与える本だ。
2006.08.23
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我が家の子供たちも,宿題の追い込みだ。といっても,あん子は,余裕しゃくしゃくで7月中に大半の宿題を済ませ,後は自由研究で模造紙の文を書くだけといっている。そして,チンタラしているぽん太は文字通り,あれもこれもあわただしく,右往左往している。夕食時に「ほん太,今年の夏休みは楽しかったろう。」「うん。」そして,あん子は,最近バイオリンを買った。「あん子ちゃん,今年の夏休みは,バイオリンが買えてよかっいたね。」「うん,夏休みの最後の方は,よかった。」最近,妻は新しいミシンを購入した。また実家に帰った。「実家で親孝行ができけよかったね。」「お盆にミシンをやろうとおもったが,ミシンの搬入が遅くなり,使えず,残念だ。来年までこのミシンは寝ているかも知れない。」と一人嘆いていた。私は,みんなに言った。「今年は家族で一泊もできなかったね。冬にほん太の卒業を兼ねて,外国でも行くか。」妻は「冗談,テロも怖いね。」あん子は,「なんでぽん太だけ卒業なんとかなの。正月に日光か,どこかでいい。」ぽんただけが「うん,外国に行こう。」まあ,こんなたわいもない夏の夜だ。そして,ほん太は10月のピアノの発表会のための練習に防音室に向かった。ショパンのワルツを引くそうだ。妻はぽん太の能力を超えているから,でるのは,辞退しなさいといっている。
2006.08.21
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今日は,市の水泳大会があった。個人のレースでは,早い子がいて,ほん太も友達もいろいろな種目に優勝することができなかった。ほん太は個人では背泳と平泳ぎに出た。平泳ぎのスタートでは,ほん太だけが,最初プールの上からスタートのところ,フライングを起こし,スタート前にプールに落ちてしまい,したからスタートをした(家でビデオをみて,みんなで笑った。)。最後に 100メートルメドレーリレーがあった。1走は背泳,2走は平泳ぎ,3走はバタフライ4走は,クロールほん太は3走のパタフライだ。1走と3走と4走は,事前スタートの飛び込みの練習をしたので難なくできた。(練習をしているとき,係の人が飛び込みで怪我をすると困るのでやめて欲しいといわれたが,私は市の大会に出る以上,飛び込みができないこの子らに教えないと反対に危ないといって,練習をやりつづけた。)2走の子は,練習に来なかったので,飛び込みのスタートができず,個人のレースでは,飛び込まずスタートしたが,このメドレーでは,みんなの勢いに飲まれて,飛び込んでしまった(事故になく,ほっとした。)。大人との一緒のレースで3位だった。私は,この後帰った。ところが,帰ってきたぽん太がメダルをもってきた。 みんなもメダルなんか,期待をしていなかったところ小学生の大会新記録ということで表彰状とメダルを貰ったというのだ。やー,ほん太小学校6年生の夏友と共に泳いだ思い出メダルと表彰状のおまけだ。おそらく応援にした他の子の親も大いに喜んだろう。友達の母さんか表彰状は,カラーコピーしてみんなに配るそうだ。友達の父兄とお会いしたとき,多少練習をみたことについて感謝されたり,大会新記録に多少なりとも,貢献したと思うと目頭が熱くなった。明日に生きるこどもたちの夏の思い出だ。
2006.08.20
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昨晩は,ぽん太らが帰宅し、一家4人の食卓だ。ぽん太は,田舎でも勉強もピアノをやると行き込んでいったがピアノは,最初の日は10分,後3日は2~30分の合計1時間だったようだ。朝,妻がいつものようにほん太にやるように言っていたが、祖母が,妻に対し,そんな大きな声で近所の人に聴こえるよと諭していた様だ。田舎は,クーラーの必要はなく,窓なんか開けて生活しているので,普段のマンション生活での調子で妻がぽん太に怒鳴っている状況に驚いていたのだろう。また,ぽん太は,田舎では気持ちが高揚し,キンキン声を上げて,いた様だ。みんながほん太の振る舞いについて,厳しい注意するのではもなく,ほん太は自然に近い形で振る舞っていたと思う。私は,いいことだったと思う。姉のあん子も広い部屋でグランドピアノを弾いたり,バイオリンを弾いたり,普段と違って,楽しかったと思う。両親も楽しい思い出ができたのだろう。ところで,昨晩は,私がNHKの夜10時からの7年置の子供の成長歴の番組をみた。おわったのが11時15分だ。子供たちも,見に来た。途中,ぽん太には,録画してなるので寝なさいといったが,特に妻も注意することもなく,ぽん太も面白いというので最後まで家族でみた。私は,14年前の7歳とき,7年前の14歳のとき,そして,21歳のときのそれぞれの成長過程をみたことになる。(原作はイギリスのもので,たしか,子供が40歳くらいまでのものをみたことがある。)この番組から,人生の過程を考える。また真摯に人生を思う。7歳のときのこどもは,未来に対し,夢を豊富に語る。晩ご飯のおかずを手にいれるように・・・そして,14歳のときは,思春期の初期の揺れる気持ちがあった。21歳の現在,厳しいの農業の現状で,悶々としている男子。挫折を繰り返しながら,スチュワーデスになる予定になり,感極まっている女子。中国から帰化し,家族は中国に戻ったが,日本で生活を続ける男子。父親の陶磁器工場が倒産し,本人も挫折を繰り替えながら,陶芸家として歩きだした男子。離島で地元のみんなから愛されて,それが疎ましく思い,離島から離れて,離島の人々のことを思って介護福祉についた女子。1児の子供の母となった女子自宅を出て,自活して学生をしている女子。歌舞伎役者の子として生れて,父親死亡後も役者の途を目指している男子。それぞれの人生,社会に揉まれながら,前に向かって行こうとしている。私も,7年前,この番組のまねごとで子供たちもをビデオに撮ったことがあった。今年,撮ってみようと思う。ほん太,あん子,そして妻もじっとこの番組をみた。どんな感想だったろう。出演者のみな,親に対する思いを語っていた。そして,感謝する気持ちを表していた。 単純な番組だが,こころが清らかになった。子供たちに,7年後何していると聞いた。ほん太は「学生かな。」あん子は「留学,アフリカに」と言っていた。
2006.08.19
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ほん太が田舎に出かけて行った日の夜の夕食は,長女の○ちゃん(以後仮称「あん子」といいます。)と私達3人だった。前の日のNHKラジオの10代向け番組での少年の「どうして命が大切か」の質問についての回答を話した。「医者『「人生1回だけ』,夜回り先生『人のために何かできる。』,女性作家『あなたは一人しかいない。』」私は,「夜回り先生の命の大切さは『人のために何かできる』というのがいいかなあ。」と付け加えた。すると次のような会話になった。「なにか『功名が辻』のお侍と大名みたいだね。」「功名が辻は,封建時代の話で,口では,殿様に尽くすというが本心ではないよ。戦争前は,家でも子供は,父親に対し,そんなことをいう時代だ。内心はそう思っていないよ。」「思っている人もいるじゃないの。」「本心をいっては,いけない時代だから,いないと思うよ。殿のために何でもやりますといって,ご褒美をもらう。ご褒美をもうらために殿のためになんでもやりますというのだよ」こんな会話をした。確かに私がこどもに伝えたかった「人のために何できる」というのは,見返りのない人間の情としての行為である。これに対し封建時代の「人のために」というのは,言葉に出さない「見返り」を求めてのことである。中2の子には,まだ理解できないことなのか。・・・・・・ 朝,ほん太から電話がかかってきた。今日は,プールに行くといっている。みんなに大事されて居心地のいい実家暮らしの様子だ。小学校最後の夏,楽しい思い出を残して欲しい。
2006.08.17
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私は,ほとんどテレビを見なくなった。主な理由は,簡単に人殺しがあり,人の命が軽く扱われ,人の悲しみが見せかけのように見えるからだ。しかし,今日のNHKの朝の「きらり」は重い死であり,尊厳的な死であった。こんな風に人間の死を扱ってくれたらもっともっと子供たちも,人の命を大切にするのではないか,思ったりする。ぽん太は,実家で祖父母と見ているはずだ。(ほん太は,「きらり」は暗くていやだといっている。まだまだ人生の悲しみを知らないからだろう。)ところで,先日は,NHKでイラク戦争の帰還者が,毎日酒を浴びるようになったり人のいるところに出かけることができなくなった話があった。そして,自殺してしまった。想像してみると戦争は行う側を非人間的になる。24時間,敵との闘いである。24時間死との隣り合わせである。その緊張感の継続は,当然に健康な人間のこころを蝕む。いわゆる過労死を飛び越えた,心理的傷害をもってしまうだろう。こどもをいい子に育てれば育てる程,兵士に向かない人間にしてしまう。神経のあらい,独善的な人でなければ,そうではなく,軍隊とか戦争は普通の人間をそんな人間に変えるのかも知れない。昨日ラジオで10代のこどもの番組があった。落合恵子,夜回り先生,医師が出ていた。子供からどうして命が大切ですか(自殺していけなんですか。)と質問された。医師は,人生が1回だけ夜回り先生は,人のために何かできる。落合恵子は,あなたは一人しかいない。今の私ならどう答えるかなあ。生きたくても,死んで行く人々のことを思って欲しい。バレスティナで自爆テロで死んで行く人々遠くは特攻隊で死んで行った人々もし,かわれるならば,代わってあげたいね。現実は代われないね。こんな日本にも密入国したりして劣悪な労働条件でも働いている人がいる。その人に比べて,私達は堂々に生きることができる。自分の言葉では,こんなことぐらいしか.言えないかな。
2006.08.16
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昨日の朝,ほん太は,妻の実家に出かけて行った。実家では,ほん太のチンタラぶりを注意せず,ほん太は,勝って気ままにできるので,行くことを望んでいた。明日は姉も出かける。妻は,姉に対しもっと自宅で音楽の練習をしろといって反対しているが姉も大事に扱ってくれる実家に行くことを望んでいる。私は,気分転換,遊ぶこと大事なことだから行きなさいと答えた。 姉は妻を説得して,一緒に行こうといっている。我が家はアップライドだが,実家にはグランドピアノがある。なかなか,こどもの発表会に来れない両親のためにもこのグランドピアノの練習がそれぞれに良い思い出になればと思っている。
2006.08.15
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今日は,ほん太は,来週の市の水泳大会に出るためにスタートの飛び込みの練習の2回目だ。今は学校でもまたスイミングでもかなり高い級にいかないと飛び込みを教えない。そんな状況で市は大会をやるというのだ。そのために時間を作って教えた。ぽん太は,なんとか,飛び込ができるようになった。もう水泳でぽん太に教えることは,ほとんどなくなった。またひとつほん太が私を超えた。いいことだ。go onほん太
2006.08.13
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昨日,都心用事があり,ほん太を連れて,江東区の辰巳国際水泳場に行った。すばらい水泳場だ。掲示があった。メインプールは,水深2メートル,100メートル以上泳げる中学生以上サブプールは水深1・2メートルほん太は,掲示をみて,怖じ気づいたのか,「メインプールでは泳がないよ。」テレビでよく映るプールだ。サブプールて泳いだ後,いやがるほん太を探検だといってメインプールに連れてきた。高飛び込みをやっていた。10メートルくらいのところから,気持ちよく飛び込んでいる。これを見るのは,ほん太にははじめてのことだろう。メインプールの端に行った。いろいろなコースがある。早く泳ぐコース,ゆっくり泳ぐコース,スタートの飛び込みのコースほん太のいる前で,ゆっくり泳ぐコースで泳いでみた。本当に足がつかない。いつも泳ぐところが25メートルプールなので,なかなか,向こう岸につかない。最後10メートル位になると,段になっており,水深1・5メートルくらいになった。やっとついた。本当に気持ちがいい。ほん太のところに戻ったところほん太が「僕も泳ぐ」といって泳ぎだした。私は急いで向こう側にいってほん太が来るのを待っていた。泳いで来た。はじめて深いプールでの泳ぎだ。ほん太なりに,冒険だったろう。入場料は大人600円,中学生以下260円帰り,途中でほん太と別れ,私はある大学の専門図書館へ行った。夏休みで学生は,ほとんどいなかった。一日中,勉強したくなるくらいの空調の効いた快適な環境だ。 ときどき,大人同士の会話で,大学で何をやっていたのと聞かれることがある。「勉強」と答えるとびっくりする人がいる。そんな青春を思い出しながら図書をコピーして帰途についた。
2006.08.13
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日曜日の朝,NHKのようこそ先輩は,女性棋士の梅沢由香里だった。「プレッシャーは希望」とういものだ。希望があるから,ブレッシャーがある。そして得た結論は最善を尽くしたら,結果はどうでもいいというのだ。このプレッシャーには,私も苦い思い出がある。大変困難な試験に挑戦したことがある。この体験を踏まえて,こどもたちの音楽の発表会のプレッシャーに助言をしている。プレッシャーは,勝つものではなく,共存するものであり,受け入れるものである。子供たちにも発表会が近づくと練習は最善本番は腹8分目そして,演奏前,プレッシャーが来たらようこそと唱えることをいっている。たんへんなプレッシャをもって演奏し終えた後の解放感はうらやましい。聴衆から拍手をもらい,小さな成功体験である。そんなことをテレビを見ながら思っているとぽん太は,市の水泳大会に練習もしないでクラスの4人で出場すると試合の気楽なことをいっていた。練習して,はじめてフレッシャーが生じる以前の問題である。ところで,スイミングでは,選手コースにならないと危ないからスタートの飛び込みを教えない。気楽くなことをいっている。飛び込みは本当に危ない。子供が自分で練習するのは,危険である。 そこで午後,プールに行って,はじめてほん太に飛び込みを教えた。約1時間くらいで,少し要領を掴んだようだ。ほん太には練習に来ない子は,飛び込まずに泳ぐように指示した。来週、もう1回本番なみの練習だ。それから,はじめてプレッシャーだ。
2006.08.07
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私の仕事から,この町の夏祭りの花火がよく見える。昨晩,こどもたちも花火を見るのを楽しみにして,打ち上げの時間に合わせて祭りの模擬店巡りから帰って仕事場にやってきた。昼間,こどもが模擬店に行くとき,母親にチッコレートバナナ買ってもいいか,とか。みかん飴とか,綿あめとかも聞いていた。私も小さいとき,みんな買ったことがあった。その後,食品添加物,食中毒の知識が増えてきたりして,楽しい祭りであるが,どうしても色鮮やかな食べ物について気になってしまう。私は「まあ,火が通っていれば,いいけど」と答えている。後で聞いたが,長女は「かき氷」ほん太は「焼きそば」を買ったそうだ。この町の目玉は,鳴子踊りだ。各地区,企業,学校とこの日を目指して練習をして来ている。中には勝負にこだわって,練習を休むと直ちに除名という団体もあるそうだ。みんながお揃いの衣装を作り,この炎天下披露をすることいいことだ。いわばミニリオのカーニバルだ。私は,小さいな子が踊っている姿をみるとどういわけか,目が潤んでくる。
2006.08.06
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毎日ニュースは,イスラエルのレバノン侵攻による双方の死者の数を伝えている。子供はどんな気持ちでこのようなニュースに接しているのだろう。政治家は,自国,友好国の死には直ちに哀悼の意を表し,敵国,あるいは非友好国の死には無表情である。小泉さんも阿部さんも全く無関心の様相である。イラク戦争,今回の侵攻でライブで人の殺し合いをニュースが伝え,テレビゲームで暴力なものに熱中し,テレビでは殺人が横行している。 このような環境で政治家がこどもたちに情操の豊かを求めるのは,どうかしている。どこの国の人の死でも,特に非戦闘員の死には無条件に悲しさを共有するのが,政治家に求められるものではないだろうか。夏休みには,ほん太用に毎日新聞をとり,従来の朝日新聞とあわせて,イスラエルのレバノン侵攻の記事読むことになった。本当に気が滅入ってくる。国境よりも人間の命の方が大切ではないだろうか。とりあえず日本は,国境問題の解決に武力を投入していない。これは日本国憲法9条のお蔭だ。今日は,わが街の夏祭だ。
2006.08.05
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ぽん太のピアノの発表会が10月1日にある。母親はほん太には難曲だから,先生に言ってもっと簡単な曲にしてもらいなさいといってもその助言を無視している。今日,妻がチンタラ練習しているほん太のピアノをやめるように言ってくれという。妻はほん太のチンタラ振りに本当に腹が立つらしい。私は,「ほん太がピアノをやめても,他にすることもない。テレビゲームをするよりも,チンタラでもピアノをさせていいのではないか。」と答えた。夕食後,新聞をじっと読んで,なかなか練習に行かないほん太に言った。「聴きに来てくれた人に会場が割れるばかりの大きな拍手を貰いたいね」練習しないと「パチン,パチン」と小さな拍手では悲しいよ。私は,妻からいろいろ言われているが,ほん太の能力なりに頑張っていると評価してやりたい。最近,ほん太は夜10時寝て,朝6時に起き,直ぐに風呂に入ってそれからピアノをやっている。我が家では妻が従来から朝風呂,次に長女が最近,朝シャワーそして今度は,ほん太が朝風呂私はみんなに冗談で「小原庄助さんだね。」といっている。
2006.08.04
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ほん太は選手なんとかコースのお試しに行ってきた。コーチから2分を切ってから来なさいといわれた。ほん太のいうには後4秒といって簡単というが・・・・本当にそのコースに入ったら,朝晩大変なことになると内心心配していた。ほん太は,本当に行きたい様だ。そこで8月はスイミングを週2回にした。ほん太は気持ちだけは市の大会を目指して,今日は学校のプールに行った。姉の○ちゃんは,中学と定型する農家から借りた畑に雑草取りにいった。生徒は,○ちゃんしか来ないと嘆いていたが,先生と楽しく農作業をやっているようだ。それぞれ,それなりの夏を送っている。
2006.08.03
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ほん太はスイミングの選手なんとかコースにお試しで行ってきた。コーチのいうには,もう少し記録が伸びてからがいいが,本人が希望するならばお試しで来てもよいというので,行ったのだ。普通は毎日夜6時から7時半といっていた。今日は2000メートルを泳がされたといっていた。夏は,朝7時からも朝練があるという。参加は自由という。ほん太はその気になり,明日は朝6時に起きて,行くといっている。3日坊主になるかわからないが,この夏,朝と夜,それぞれ優秀なお子さんに混じって,自らの意志で行きたいというならば,反対する必要もない。進め,ほん太
2006.08.01
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