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先月、友人との会話の中で「ヤマギシ村」のことが話題に上り、あの会は現在どうなっているのだろうとネットで調べてみた。
ウィキペディアでは、 幸福会ヤマギシ会
で見ることが出来るが、
【現在、削除の方針に従って、この項目の一部の版または全体を削除することが審議されています。】
となっている。
そのうち、削除されるのかもしれない。
しかし、 ヤマギシズム実顕地公式サイト
があり、全国各地のみならず、世界でもヤマギシズムによる生き方を、主に農業を通して広めようとしているようだ。
ヤマギシ会を初めて知ったのは、多分30代後半だったと思う。
職場で上司と福祉活動について意見交換をしていた時だったと思う。
その頃、私は「ノーマライゼーションの啓発事業」にやりがいを感じていて、老若男女、障害の有無にかかわらず、それぞれの可能性を大切にして、個性による差別や偏見をなくしていきたいと考えていた。
今以上に、障害を持つ人達は不利な状況にあったし、福祉は施しのカテゴリーに入るような社会観・人間観が強かった。
多分、そんな話をしていた時に、当時の上司に「あんたはヤマギシ会に行ったらいいんじゃないか?」と言われたのだ。
「ヤマギシ会」なんて初耳だったし、それって何?という感じだったし、私の主張は間違っているとまでは言われないけれど、「現実には無理だよ」というような揶揄された感じだった。
カルトとまでは思わなかったが、理想社会を目指す多少おめでたい人たちの組織のような感じで話していたと思う。
その時は、なんだかバカにされたような気がしただけだったが、その後オウム真理教事件などもあり、ヤマギシ村もカルトの一種のような言われ方をしていたような気もする。
今回ヤマギシ会のことが話題に上ったのは、若い頃に統一教会に所属していた知人がいて、彼女は随分前に統一教会から離れたにも関わらず、今でも時折その時の教えに縛られているのではないかと感じることがあったからだ。
それで、「そういえばヤマギシ会ってあったよね。あそこも、かつてのソ連の コルホーズ
みたいに、親たちは農業、子供達は集団教育みたいな気がしていたから、その頃の子供達ってどうなったんだろう」というような話になったのだ。
そこで、そのことについて書かれている本はないかと探したら、下記の二冊を見つけたのだ。
ここでは「カルト村」と書かれていてヤマギシ会という表現はないのだが、多分その会で育った高田かやさんが、当時のことをコミック形式で書いているものだ。
だから、とても読みやすいし、親子が離されて生活することや、その集団の価値観の中で時には戸惑い、時には納得しながら適応し、成長していく様子がよく理解できる。
「カルト村で生まれました」高田かや
「さよなら、カルト村」高田かや
確かに、一般的にカルトと言われている組織に多い宗教団体ではなさそうだ。
しかし、現代の日本人にとっては少数派に属する価値観によって生きていることは確かだろう。
だが、同じような価値観で生きているということを考えたら、ロシアや中国の共産主義のみならず、民主主義でも資本主義でも同じようなものだ。
では、「カルト」と「主義主張」との違いは何なのか。
「カルト」
の歴史などはウィキペディアで書かれているが、カルトとセットで指摘されるのは「洗脳」だろう。
たが、洗脳だって私達も一種の洗脳状態で暮らしていることは多々ある。
一番問題なのは、その洗脳によって反社会的な行為を正当化したり、カルトの指導者を崇拝しすぎて自分の頭で考えることをやめてしまったり、時には本音とカルト的考え方の葛藤で心を病んでしまったりすることのように思う。
さて、このヤマギシ会、現代のエコロジー運動とリンクすることが多く、ひょっとすると支持者も入会者も増えているのだろうか。
それはもっと調べなくてはわからないが、大人になって自分の価値観や生き方とマッチしていると考えて自ら入会するならまだしも、生まれた時から他の社会とのつながりを遮断して、一つの価値観の中で子どもを育てる姿勢は、私は共感はできない。
もしも自分の息子たちがヤマギシ会で生きることを選ぶのは、賛同はできずとも容認するだろうが、孫たちも一緒に連れて行くと言ったら、断固として反対するだろう。
色々な価値観に触れ、自分で自分の生き方の選択ができるまでは、老骨に鞭打って「私の家で育てる!」と主張する。
第一、親子が離されて家族として育たないなんて、私の価値観では納得できない。
その主張を息子たちに納得させるのだけの言葉がなければ、今まで迷いながらも生きてきた甲斐がないと思う。
まあ、わが息子たちはヤマギシ会が考えている自然農法には共感するだろうが、集団の価値観に自分を合わせようとする体質ではないし、だからこそ自分で農業をやるようになったのだから心配はないけれど。
ただ、孫たちはまた別だ。
ひょっとするとひょっとして、ヤマギシ会に共感するようになることだって考えられる。
だって、孫たちはとても素直だし、どうも明確な反抗期もないような気がする。
親に反抗する時期って、私は大切だと思ってます。
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