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サムライの国ニッポン、ここにあり。危機管理のノウハウで著名な佐々淳行さんの本だから買った。すばらしい。この本を読むと、サムライの魂を持った官僚という人達はすごい人達だなあと思う。僕の哲学は、「誰がいちばん」なんて潰し合いなどせず、皆がその持てる力をそれぞれ出し合って、全体としていい国、いい世界にしたらいいじゃない、というものだが、この本を読んで、僕の考えは周りにいい人達ばかりだったら通用するけれど、必ずしもいい人達ばかりではない世間では通用しないと悟った。後藤田五訓;1.省益を忘れ、国益を想え2.悪い、本当の事実を報告せよ3.勇気を以て意見具申せよ4.自分の仕事でないと言うなかれ5.決定が下ったら従い、命令は実行せよこれは上に立つ人が見識のある人ならば必ず下の人達にそうあって欲しいと想うはずの訓戒だ。そうではなくて、自分の周りに「イエスマン」ばかりを侍らすような上司は真性の上司ではない。P.177内閣五室長会議の席上。国広道彦外政審議室長がいう。「アメリカが日本はなお一層輸入拡大をはかり、内需を振興して対米輸出黒字の削減に努力をしてほしいと申して参りました」後藤田官房長官が叫ぶ。「なにィ?またそんなこと、いうてきよったか。アメリカ経済が不況なのは自分の内政が悪いからじゃ。それぞ日本のせいにしよって。中曽根内閣は”バイ・アメリカン”というて、総理が先頭に立っていりもせんアメリカのネクタイ買うたりして輸入拡大の努力、しとるやないか。けしからんぞ、アメリカは!!(この辺から次第に興奮して)そんなのは内政干渉や。国広君、君もいかんぞ、君までがアメリカの肩、持ちよって、ダメだよ、君!!」 国広外政審議室長は、ケロリとして答える。「私は、官房長官、『アメリカがこう言ってきました』と報告してるんです。アメリカがいってることで私をお叱りになってもどうも・・・・」 官房長官「・・・・・・」(一同笑い) 的場順三内閣内政審議室長が烈しく論ずる。「いま問題の行政改革ですが、各省一律一局削減っていったって、どうせすぐ『部』をつくってしまうからいくらやっても同じです。大切なのは経費削減です。公務員給与を含めて支出の見直しをすることこそ行革です。 ストライキばっかりやってる政府所管の”現業”の給与がなんで一般職公務員より10%も高いんですか。けしからんですよ。行革はまず政府所管の”現業”の給与10%カットから始めるべきです」 後藤田官房長官は、苦い顔をして叱る。「的場君、ふつうの月給とりにとってな、10%の給与引下げというものは大変なことなんだぞ、家族もいるんだ。君は大蔵省からきたからそんな血も涙もないこと、いえるんだ。君のような奴は地獄へゆけ!!」 的場内政審議室長は間髪をいれずいった。「官房長官、お伴、致します」後藤田官房長官は虚をつかれてたじろぐ。「なにィ?ワシに地獄へゆけと、君はいうんか、ワシはそんなとこにはいかんぞ」 思わず一同笑い出してしまう。こんな憎まれ口を叩きながらも、的場室長が盲腸炎で入院したときくと、すぐ見舞いにいったものだ。どうです、素晴らしいこのやりとり。国士の会話、大人の会話。みんな心根は一緒だけど、多事争論。この時とくらべると、日本の民主主義の成熟度は却って落ちていると想わざるを得ない。ああ、現代政治の愚かさよ。
2010年11月28日
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安部さんと姫野君のゴールデンコンビの曲。風 安部俊幸作詞・姫野達也作曲風が吹いてる あの日のように立ち止った 僕のひたいに風が吹いてた きょうのように飛行機つくり 二人で飛ばした僕は遠くへ来てしまったとても遠くへ来てしまった風が吹くだろう あの日のように歩いてゆく 僕のひたいに----------------------------------このコンビの作る曲はすごく美しい曲が多い。「神様に感謝をしなければ」とか、「心の中は白い画用紙」とか。こういうことってあるんじゃないだろうか。ふと額に受けた風が昔の風と同じ温度だったり匂いだったりして、不意に過去にトリップしてしまうことが。福岡から青雲の志を抱いて東京に出て来て、だけど心細い想いをしていたんだろう。ふと受けた風に故郷を思い出した。いつの間にか気が付けば遠くへ来てしまっていた。自分を暖かく抱いてくれる故郷を離れて。でも、あの日と同じ風を受けながら、未来に向かって歩いていく僕。
2010年11月13日
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どうして僕は淋しいんだ 財津和夫作詞・作曲夕暮れがきて 空をあかく そめる眼の前を電車が音をたてて通る広い公園の水に浮ぶ 白い鳥が静かに遊ぶどうして どうして 僕は淋しいんだどうして どうして 僕は淋しいんだ小石をつま先で蹴って落し広がる水の輪をみつめる一人の男がタオルを首にまいて水辺を走って僕の横を通りすぎるどうして どうして 僕は淋しいんだどうして どうして 僕は淋しいんだ膝を抱いてベンチにすわる空と雲と水と人をながめる誰も僕を見ようとしない誰も僕を見ようとしない-----------------------------------詩人としての財津さんの本領発揮。情景描写が巧みで、その中に必ず色を配する。あかい空、白い鳥。「僕」の想いとは全然関係なしに水鳥が遊ぶ、男がジョギングする。「僕」は外物をながめる。外物は「僕」のことなんか知ったこっちゃない。徹底的な無関心が人を淋しくさせる。「The Love Map Shop」所収の「日曜日の風景画」に繋がる歌詞。「日曜日の風景画」 財津和夫作詞・姫野達也作曲ヒゲをそる シャツを着る 靴をひっかけるブティックに 喫茶店 大きなピザ・ハウス路のうえ 座り込んで 物を売る人踊る人 走る人 歩行者天国ソフト・クリーム なめながら 男と女肩車 揺れながら 親子連れ歩道橋 見渡せば 国鉄駅窓ガラス 光らせる 緑の電車ふと佇んで 見上げた空に飛行機が青に 白を真っすぐ曳いた君はなぜ ここに居ないまだずっと ずっと夢の中に居るようで目の前に 差し出された ビラをもらって読みもせず 小さくちぎる 風が飛ばしてくデモ隊と すれちがう 人の叫ぶ声うつむけば つま先が どこか悲しそうそうさ 今日は日曜日君の大好きだった 青い空がみえるぼくはなぜ ここに居るのまだずっと ずっと夢の中に居るようで--------------------------------------------この歌詞でも情景(風景)描写の中に巧みに色を配している。緑の電車(山手線。この歌詞の舞台は原宿だろう)、青い空に、白い飛行機雲。「僕」の孤独感とは全く無関係に世間は喧噪している。幸せそうなカップル、学生運動に没入する青年たち。「君」が去った僕は それらの世界から無視されてここに居る。
2010年11月10日
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どうも日本の会社や文化に馴染めない体になってしまって、日々一杯一杯感があるものだから、日記の更新も途絶えがちになります。形から入って態勢を整えるべく、続きを期待している方はあんまりいらっしゃらないことを承知しつつ、「チューリップを文学的に読み解く」シリーズのやっと9回目です。アルバムはまだ1stアルバムの「魔法の黄色い靴」です。思えば遠くへ来たものだ 作詞:安部俊幸 作曲:姫野達也手紙を読んだよ 嬉しかったよ心配しないで いいんだよ何か足りないけれど毎日 楽しく過ごしているよ 安心してねあーあ それから 何だったかなそう 君が編んでくれたみどりと黒の横しましまのセーターいつも着ているよ思えば遠くへ来たものだこれから どこへ行くんだろうあー どこへ行くんだろう早く一緒に暮らしたいねおもては春の風が吹いてる去年の前のおととしのその その その その前の昔のことを思い出すよ思えば遠くへ来たものだこれから どこへ行くんだろうあー どこへ行くんだろうおまえと その娘がやがて一緒に暮らせればおー ほんとに幸せだろうね--------------------------------------------海援隊の歌で同じ題名の歌がある。いや、正確には題名は一字違だけ違う。海援隊のは「思えば遠くへ来たもんだ」。武田鉄也が作っただけあって、海援隊のは叙情性の極致。歌としては海援隊のがグッとくる。海援隊のその曲は、今の自分が遠い昔の自分を思い出して、自分の変わりように、「でも仕方ないよな、あれだけ長い時間が過ぎたんだし、故郷を離れて遠く東京にやって来てしまったんだから」と自答し、「この先どこまで行くのやら」と更なる自分の変化を覚悟している。そして変わってしまったことも含め、自分と自分の周りの人達、自分と共に流れている時間をいとおしんでいる。これは泣ける。一方チューリップのこの曲は冒頭部分のほんわかくだけたサウンド、サビの部分の急に音符数が増えたようなサウンド、それが安部さんの独特のほんわかボーカルと相俟って他にありえないような曲に仕上がっている。歌詞をよく味わうと、1番は福岡から青雲の志を抱いて東京に出て来てまもなく、故郷にいる彼女に送った手紙だろう。「思えば遠くへ来たものだ これからどこへ行くんだろう」と言いながら、自分のことを待っていてくれてるはずの明るい未来に更に向かっていることを予感しているようだ。2番は1番の時から6年経った後だろう。なぜって「去年の前のおととしの その その その その前の昔のことを思い出すよ」と言っているから。おととしが2年前。そこから更に「その」x4年前だから合計で6年前。東京で成功したら呼び寄せるはずだったが、今でも一緒に暮らせてないのはきっと東京で売れなかったからだろう。最後の大トリの歌詞がよくわからない。誰が誰に向けて言っているのかがわからない。「おまえとその娘がやがて一緒に暮らせれば おー ほんとうに幸せだろうね」可能性は二つ。1)おまえ=彼女。その娘=「僕」と彼女との間にできた娘。上京した際には彼女だったおまえと数年後に結婚。でも東京で売れていないので一緒には暮らせない。結婚して18年経ち、娘は全寮制の学校に行ったため母子離ればなれの生活。2)おまえ=「僕」。その娘=彼女。じゃあ、誰が「おまえとその娘が・・・」と呼びかけているかというと、それはきっと「時の神さま」だと思う。
2010年11月09日
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ある年齢以上の人にはこの意味を説明する必要もないが、若い人で、意味がわからない人たちのために敢えて説明すると、この意味はこうだ。稲は若いうちは真っ直ぐ天を目指して育っていく。春が夏になり、夏が秋になると稲は頭の部分に米ができ、重くなるので頭を垂れる。これと同じように、経験を経るほどに謙虚になっていくのが人間の道、ということだ。僕は人類は何万年、何百万年もかけて少しずつ成長していったと思う。だから、福沢先生のおっしゃるように、文明の進歩に連れて人間の智徳も進歩していったのだ。僕は21世紀は戦争のあった20世紀よりも確実に成長への兆しをはらんでいると思うのだが、この21世紀にあって、日本だ、中国だ、アメリカだ、と言っているし、菅だ、岡田だ、小沢だと言っている。そんな小競り合いをしている場合じゃないんだ。こんな危機の時こそ、民族や国や階層を超えて同じ人間同士互いに支え合うべきだと思う。なぜなら、人類は時を経るごとに熟成していって、頭を垂れるべきものだと思うから。それが人間だから・・・。
2010年11月04日
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