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仕事が始まる火曜日……って本当に憂鬱です。私の中で一緒の校舎にいるパートナーの先生がどうしようもないくらい「イヤ」な存在になってしまいました。もともとその先生は入ってきた時から苦手なタイプ。私とは性格が真逆なんですよね。それでもなんとか去年は、私たち2人に懐いていた生徒達が間に入ってくれていて大きなゴタゴタもなく、楽しくやっていたのですが。。。今年、その先生の「ボロ」がどんどん剥がれ落ちてきて、その責任は全て形式上の上司である私にどんどん降りかかってきました。大体、保護者からクレームが来る、っていうのは、塾講として絶対あってはならないこと。それが1件ならまだ、「あそこの保護者さんはちょっと考え方が違うからなぁ」とか思うことはできますが、こんな小さな校舎なのに件数がハンパない。しかも、怒っている保護者の方から話を聞くと、その先生の言動がおかしいことは明らか。例えば、姉妹で通っている子たちがいて、妹の方はおじいちゃんと海外に行くから…ということで夏期講座をキャンセルしてたんです。それはそれで私はいい経験だと思うから了承したのですが、私の目の届かない所で、お姉ちゃんの方に「勉強できないのに夏期講座休ませるなんて、お前の母ちゃん間違ってるよ!!」なんて話していたそうです。それをそのお母さんから電話で聞かされた時には、「申し訳ないです」しか出てこなかった……それに、うちの塾は一斉授業の形式を取っているので、ある程度の敷居があるのですが、(誤解を招かないように付け加えると、あまりに学力に差がありすぎると、せっかく払ってもらう授業料に対して期待に応えられるほどの結果が出せないという意味での「敷居」です)それにちょっと届かなくて、やる気もあまり見られない生徒さんだったので、お断りする方向で話を進めることにしたのですが、それを伝える時も、「授業に全然ついてこれていないようなので、個別に行った方がいいんじゃないですか?」とバッサリ言ったそうです……もちろん保護者の方は激怒。後日、上司と私とその先生と3人でその生徒の自宅まで行って土下座しました……監督不十分、と言われればそれまでですが、面談は基本的に他の先生は入れないし、人数的に私1人で抱えられるものでもない。それより何より、「先生」という職業を選んだ以上、相手の気持ちを思いやり、その子どもが最善の道へ進んでいけるような言葉をかけなくてはいけないはず。さっき書いた事例は、誰かに教わらないとできないレベルのことではないと思うんです。そんなことが立て続けに起こり、私のその先生に対する信頼感はほぼゼロ。こんなこともありました。私の妹は、今心が風邪を引いていて、油断できない状況。それを知っていて、未遂騒動を起こした時に私に送ってきたメールは……「木曜日の授業には来れるんでしょうか?代行はいないようなのですが。」しかも、何の前置きもなくて。今目の前で私の大切な妹の命が消えかかっている時に、正直授業のことなんて考えられなかった。確かにその先生からすれば、家族のゴタゴタで欠勤しやがって!そんな気持ちになるのもわかるけど……すっごく悲しかった、このメール見た時。そして、私が復帰した翌日、生徒の手首についていた切り傷を見て、「お前なにこれ~?リストカットしたの~?」うちの妹が自傷行為をしていることを知っているのに、しかもほんの数日前、未遂を図った妹がいるのに……私も目の前にいる中で笑顔でそう言ったんです。あぁ、だからこの人、保護者からクレーム来るんだなぁって思っちゃいました。人を思いやることができないんだ、って。そういえば前に生徒の前で偉そうに言ってたっけ。「この会社ともうひとつの会社に履歴書送って、先に返事来たからこの会社に入った」って。もうひとつの会社は全然別業種です。先生がやりたかったわけじゃないんだもんな、この人は。先生がいじめの発端を作った、っていう福岡の事件があったときにも、「1年前のこと蒸し返されて、あの先生も災難ですよね~」って笑いながら話しかけてきたし。もう正直、がっかりしすぎて何も言えませんでした。 スミマセン、こんな日記書いちゃって。でも誰にも言えず、毎日顔を合わせるのも同じ場所にいるのも苦痛になってしまって、限界でした。人の欠点を受け入れるだけの器が私に備わっていないんでしょうね。。。タイトルどおり、「器が小さい」そんな自分も情けなくって。重たい日記に最後まで付き合ってくれて、読んでくださった方に感謝です。
2006.11.28
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土曜日、彼は会社の飲み会で、仕事終わりに彼を迎えに行きました。何ヶ月かに1回、こういう時があるんだけど、なんか今回は彼の様子が違う。酔っ払い度がハンパじゃなかったんです。。。車の中でも超ご機嫌いつもはそんなに言わない「くるみ~好きだよ~」なんていう恥ずかしいセリフもどんどん出てくる(笑)←それはそれで私は嬉しかったりだけど・・・途中から様子が変わり始めました。「グスッグスッ」・・・・・・・・・・・・「え??泣いてんの??Σ(- -ノ)ノ」ビックリしました、ホントに。付き合って4年近く、何度か泣き顔は見ましたが、お酒飲んで泣くのは初めてだったのでちょっとおろおろしてしまいましたしかも、私に謝っているんです。「ごめんね、オレ、ダメなヤツでごめんね。。。」って。他にもいろいろ言っていましたが、あまりにも恥ずかしいのでさすがに匿名のブログでも書けません(苦笑)うちに帰っても、泣いてみたり、ふざけてみたり、ホント子どもみたい(^-^)そんなことがあって日曜日。「昨日のこと覚えてる??」と聞いてみると、「泣いたことは覚えてるけど言ったことは覚えてない」とのこと。本当は彼、泣き上戸なんですって。って、20代前半くらいからそこまでいく前に自制してたらしんですけど、今回は自分が幹事だったっていうのがあって、少し行き過ぎてしまったと。4年近く付き合って見る新しい姿でしたでも気持ちいいんですって。泣くのが。うん、それはなんとなくわかる気がする。ちなみに、私に泣きながら謝っていたことを話したら、「本当にくるみはオレでいいのかな。オレと別れて他の男のとこいっちゃうんじゃないかな」そんな不安が実は心の中にあるんだ、と話してくれました。何を言っているのやら(^^;)だって、最初に好きになったのは私。彼は「くるみちゃんのことは多分好きにはならない」って振ったんですよ~まぁ、それでも好きなのをやめられずにいたら、いつの間にかそれが彼に伝わり、大告白をしてくれて今に至るのですが……(*^^*)彼は、私のことを誰よりも応援してくれて、私の家族のゴタゴタも文句を言わず受け入れてくれて、助けてくれて、私に生きてて良かったなぁって思わせてくれた人。きっと彼が不安に思うのは経済力だと思うんだけど、小さい頃から特別裕福な生活をしてきたわけじゃないし、(むしろうちはお金ないから…って塾にも「行きたい」って言えなかった……)最低限の生活ができれば、私はそれで充分。もともと物欲もあんまりない人間ですから・・・趣味「貯金」(苦笑)最低限の生活ができて、だけど、その中にいる彼と私がいつも笑ってればいいじゃん!!って私は思うんですよね。それはお金で買える物じゃないけど、一番大切なことだから。彼と付き合って4年近く。別れようなんて一度も思ったことありません。だから、安心してよね、ダーリン(本人には伝達済み 笑)
2006.11.27
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発売前から「しるし」の歌詩にハマり過ぎていた私。CDをGETしてから数日間は「しるし」のみエンドレスリピート状態でしたひとしきり、気が済むまで「しるし」を聴いて、それじゃ「ひびき」を聴こう!と聴いてみると。。。 涙出そうでした。自分の気持ちとリンクするところが、「しるし」とはまた違った面でたくさんあって。見つからなかった探し物はポケットに入ってました。と幸せなんかおそらくそんな感じでしょう!?ってそうなんですよね。本当そうだと思う。10代後半から21,22歳くらいまで、自分に「幸せ」なんかないって本気で思ってましたから。きっと一生私に幸せなんて降ってこないんだろうなぁって。でもそうじゃなくて、ホント、ポケットに入ってるのに忘れてたお気に入りのハンカチみたいに「幸せ」はすごく身近にありました。この詩を聴いてジーンとして、さらに、君が好きで君が好きで涙がこぼれるんだよってとこでウルウルしちゃいました(基本泣き虫です、私。。。)お恥ずかしい話、実際に彼のことが好きすぎて涙出そうになる時があります(〃∇〃) ホント、こんなこと顔の見えないブログじゃなきゃ言えないけどそして、彼も一度だけ、その歌詩のようなセリフを言ってくれたことがありますただのバカップルなのかも(苦笑)こんなに広い世界の中で偶然出会った人のことを、ここまで大切に思えて、ここまで大切に思ってもらえて、「幸せ」ですよね、私。最近、よく彼と結婚式で流す曲の話をします「しるし」は私の中で決定してたけど、「ひびき」も追加ですね~って肝心の「結婚式はいつになるのか」・・・それはまだ未定ですでも結婚式の曲は全てミスチルってことだけは決定!!1人その日のことを考えては「ウシシ。。。」と薄ら笑いを浮かべる私キケンだ。。。
2006.11.21
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毎日毎日、自殺・殺人のニュースが後を絶たず流れてきます。何でこんなにも「命」は軽くなってしまったんだろう?自殺しようと思う人は、「何もかもから逃げ出したい」「自分を必要としている人はこの世の中に誰もいない」きっとそう思うんでしょうね。というか、そう思うんだっていうことを私も知っています。私も大学生の時、本気で死のうと何度も何度も思ったから。でもね、やっぱり死んじゃダメ。「何もかもから逃げ出したい」それなら、しばらくの間、何もかもから逃げていればいい。自分の好きなことだけやって、辛いことやしんどいことから逃げればいい。そんな状態であっても、生きて欲しい。自分の大切な人には生きて欲しい、本当にそれだけなんです。私は9年前、弟を15歳で亡くしました。「脳腫瘍」といって脳にできるガンです。亡くなる1年前の夏、突然、何の前触れもなく弟の左半身は麻痺しました。初めに私が父から告げられたのは「脳梗塞」数ヶ月すれば治る……と言った内容でした。でもその秋ごろ、「お前には隠せないから言う。最悪の事態も覚悟しておいてくれ」父から言われた残酷な、とっても残酷な宣告でした。弟はそんなこと全く知らず、「治ったら野球してぇなぁ」「来年高校受験だから、勉強遅れないように数学教えて!」お医者さんと両親の言う言葉を信じて、懸命に病気に立ち向かっていました。弟は生きたかった。だってたったの15歳。自分の目標に向かって頑張ることも、好きな人ができて大恋愛することも、友達とお酒飲んで羽目はずすことも、普通に生きていたら何でもないようなこと全て。。。弟は何一つすることができなかった。 いじめられて辛かったら逃げたっていいんだよ。人をいじめて何とも思わないような、最低なヤツのために命を落とす必要なんてどこにもない。学校変えたっていいし、学校なんて行かなくたっていいし、どこにも行きたくなかったらずっと家にこもって好きなことだけしてたっていい。生きていれば、できることがたくさんある。死んでしまえば、できることなんて何もない。もし、自殺で家族を亡くしたら、その人がいなくなった悲しみだけじゃなくて、「何で助けてあげられなかったんだろう」っていう罪悪感を背負っていかなくちゃいけない。私は今年、妹までも失うところでした。原因はたくさんあります。でもその時の直接的な原因は「ネット」でした。妹はブログで知り合いになった人と、直でメールのやり取りをするようになり、「会おう」という誘いを断った途端、卑猥なコメントつきの写メをばらまかれるようになりました。そしてアドレスを変えても変えてもその人からの嫌がらせは続き、「死ね」なんていうメールが頻繁に来ていたみたいです。妹が薬を大量に飲んだ日も、直前にその人から嫌がらせのメールが来ていました。妹はそんな嫌がらせにあっていたのに、私には何も言ってこなかった。ケータイ自体を買い換えればとりあえずその人からの嫌がらせは回避できたのに、解約すると違約金をオネエに払わせなくちゃいけないから……そんなことを考えて言わなかったというんです。それで1人で耐えて耐えて、限界が来て未遂を起こしてしまった。あのまま、気づかずもう数時間経っていたら……妹は間違いなくこの世からいなくなっていたでしょう。私は弟だけじゃなく、妹まで亡くすところでした。今考えても怖いです。「もし」発見が遅かったら……私も生きていられないかもしれない。妹も言います。「あたしを必要としている人なんていない。 あたしが死んだってみんなすぐ元の生活に戻るよ」って。戻れないよ。毎日毎日助けてあげられなかった自分を責めて、気づいてあげられなかった自分を責めて、病気もせずに幸せそうに生きている自分を責めて……人間は生まれた以上、その命は必ず誰かとつながっています。妹が未遂を起こした時、あまりのショックと悲しさで泣き喚いたのは私だけじゃない。父も母も。そしてじいちゃんやばあちゃんも。じいちゃん、ばあちゃんの悲しい顔を見るのはつらかった。「先に逝くのはばあちゃんなんだかんな、頼むから生きてくれな」退院した妹を抱きしめながら、ばあちゃんはそう泣いていました。親族だけじゃない。妹のことを心から大切に思ってくれているお友達も、未来の義妹としてかわいがってくれている私の彼も……みんな妹の消えそうな命を前に涙を流したんです。きっと自殺してしまった子供達の家族の方は、毎日自分のことを責めているでしょう。その気持ちを思うだけで本当につらい。時間を巻き戻せるものなら……と心底思う。 私は、命を絶とうとしていた時、一度だけ母に泣きつきました。当時は1人暮らしをしていて、実家に電話することなんてほとんどなかったけど、その時はどうしようもなくなって、気がついたら受話器をとっていました。もちろん「死にたい」なんて言えなかったけど、ただ母の声を聞いてボロボロ泣きました。母は、きっとつらかった私の気持ちを察してくれたのか、気が済むまで泣かせてくれました。人前で泣くことは、たとえ家族であっても私の中では「恥ずかしいこと」でした。弱い自分をさらけ出すようで、絶対したくないことでした。でも、つらかったら、しんどかったら、いいんです。みっともない自分をさらけだしたって、逃げたって、泣いたって、わめいたって。生きよう。カッコよく生きなくたっていい。自分で自分の命にピリオドを打つんじゃなくて、自分の生を全うする時が来るまでは……どうあったっていい。ただ、ただ、生きてください。私が言えるメッセージはこれだけです。
2006.11.14
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うちのばあちゃん(母の母)は、身内の配偶者を見抜く「達人」です(笑)うちの母が、父と付き合いだし、結婚の報告をしに実家に戻った時のこと。うちの父は非常に外面が良いので(ってお父さんゴメンよ^^;)、普通会う人みんな、「いい人だねぇ」とか「しっかりしてるねぇ」とか、好印象を得ることが多い人。ところが、ばあちゃんは母にこう言ったそうです。「あの男は、口が達者すぎる。絶対痛い目見るから別れた方がいい」と。実際、父は結婚後ギャンブル大王となり、私が18歳の時、母とは離婚。だからと言って、父と母が結婚しなくちゃ良かったなんて微塵も思っていませんが、(だってこの2人がばあちゃんの反対を押し切って結婚してくれたおかげで今の私がいる!)あの時誰もが予想すらしなかった父のダメな姿を、ばあちゃんは想像できていたわけです。叔父達の時もそうでした。ばあちゃんは、お嫁さんたちの欠点を既に見抜いていて、結婚には反対してたそうです。そしてやっぱりふたを開けてみると、方やブランド狂い・方やぐうたらし放題のお嫁さんたち。ばあちゃん…すげぇ。この年になると、孫達が彼氏を連れて来るようになりました(私も含め)。うちの彼にばあちゃんの「達人」っぷりを話すと、「オレ、大丈夫かな…(←ちょー不安そう 苦笑) もしさ、オレのこと『やめたほうがいい』ってばあちゃんが言ったら、 くるみ、オレと別れた方がいいかもしんないよ」そこまで覚悟決めるか?と思うほどにビビっていました(^^;)で、彼をばあちゃんに会わせてみた私。私には何も言わないかったので、母に聞いてみました。「ばあちゃんにはね、内緒にしててって言われたんだけど……」と話し始める母。 えっ。。。もしやダメ?ばーちゃん?内心ドキドキの私。 「あのね、『くるみの彼氏ならもうちっとめんこい(方言です「かわいい」という意味)男 連れてくるかと思ったけど、あんまりめんこくねかったなぁ。でも、男は顔じゃねーからな。 くるみとうまくやってくんじゃねぇか』って言ってた(苦笑) 確かにたーくんの顔はねぇ……お母さんも初め見たとき『くるみってこういう人タイプ?』 ってちょっと疑ったもんねぇ(苦笑) でもいい人だもんね。ばあちゃんがダメ出ししなかったから大丈夫でしょ~」と母からばあちゃんのセリフ報告。 よかったぁ、と思う反面。。。ヾ(・ε・。)ォィォィ2人して人のダーリン、けなしすぎ(苦笑)ま、確かに私は顔で彼を好きになったわけではありませんが。。。それはお互い様(^^;)何せ、お互いの第一印象は……【私→彼】 「モミアゲながっ!!」【彼→私】 「ケツでかっ!!」(今より15キロ太っていたもので…^^;)こんなんですから(苦笑)でも今じゃ私にとって誰よりもかっこいいのがたーくん。「達人」ばあちゃんのOKも出たことですし、これからも末永くよろしくね♪
2006.11.07
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今年の2月に彼の妹が結婚しました(*^^*)その時にも同じようなタイトルで日記を書いた私。今日もそんな嫁気分を味わってきました♪まずは、うちの祖母が私の彼のために得意料理の春巻を作ってくれたので、彼をつれて祖母の所へそしてその後、私のうちに春巻を届けに行き、しばらく彼とうちの家族でくつろぎました私が自分の部屋に行っている間にも、母と妹が普通に彼と会話をしているのが私にとってはすごく嬉しいこと。きっと結婚してもうまくやっていけるなぁって思うことができるから※うちのHEROくん(ヨークシャーテリア 1歳 ♂)は、久々に会う彼とジャレまくり それまた非常にほほえましい光景でした(^-^)その後、彼の家に。彼の家では遠くから親戚が遊びに来ているということで、10人くらい身内の方が集まっていました。今年の2月、妹さんの結婚式の時も身内のだけの2次会に参加させてもらっていたので、皆様私のことは知ってくださっているのだけれども、私としてはやっぱり少し肩身が狭い……いつかは結婚するんだろうけど、婚約したわけでもないのであくまでも「たーくんの彼女」っていう立場ですから(^^;)それでも2月の時と比べて、親戚の方々の私に対する接し方が優しくなってる感じがしました。2月の時は、「たーくんの彼女」って呼ばれていたけれど、今日はちゃんと名前で呼んでもらいましたから(フツーに返事しましたが、内心ガッツポーズしちゃいそうなくらい嬉しかったぁ!!)宴会が終わり、彼の家族と、お嫁に行った妹さん夫婦だけになってからも、私のことを家族同様に扱ってくれた彼のお父さん、お母さん。彼の妹と2人で、台所で洗い物をしながら話をするのもなんか楽しい。自分の本当の家族じゃないけど、「家族」になったような気がしてルンルンになっちゃう彼は彼で、私の祖母のところに普通にご飯を食べにいけるようになったこと、私の家族と私がいなくても笑顔で話ができるようになったことが嬉しかった、と言ってくれました。「オレ、くるみんちなら婿に入ってもいいかも(苦笑)」なぁんて言うほどに。さぁて、「嫁気分」ではなくて、本当の「嫁」になる日も近いんでしょうか(*^^*)その日はいつ来てもOK!!なくらい、日々自分を磨いていこうと思ったくるみでした♪
2006.11.05
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もともと読書好きな私。学校の先生を目指していた時は、灰谷健次郎さんの本が大好きでした。大好きでした…って過去形になっていますが、今でも「天の瞳」は続きを心待ちにしている状態でも今年に入ってからハマりにハマりまくっているのは浅田次郎さんの世界。一番初めに浅田さんの本を手に取ったのは、「鉄道員」でした。その時私は大学生。それほど感動することもなく、心にとめることもなく社会人になりました。社会人になってから、会社の先輩が読んでいた文庫本「椿姫」を借りて改めて好きに…そして今年。「怪我の功名」までいうとちょっといいすぎになりますが、妹が入院してしまった時、病院の方から家族が必ず泊まりこんでほしいということで、その暇つぶしに買った「プリズンホテル」シリーズ。全部で4巻あるのですが、一睡もせず1冊半くらい一気に読みました。浅田さんの描く人たちってホントに人間くさい。だからどこか自分に重なる部分があって、飽きないんです。それがきっかけで、本屋に行っては浅田さんの本を買いあさりました。浅田さんは、短編・長編の小説はもちろん、壮大な歴史小説も書かれています。本当に同じ人が書いたのかなぁって思うくらい、幅が広い。そして何より、どの作品も必ずといっていいほど私は涙を流します。悲しいとか嬉しいとか、そういう言葉で表現できない涙です。自分でも何でなんだろう?って思うけど、その涙を流した後は実にすがすがしい!!今私の部屋の本棚は「浅田次郎」と背表紙に書いてある本がズラリ。※この間小6の国語で扱った説明文に「1人の作者に偏った読書をすると視野が狭くなる」 といった内容のものがありました…… きっと今の私はそのダメなお手本パターン??かな秋ももうすぐ終わってしまいますが、この秋を満喫するのに浅田シリーズはお勧め!! ちなみに、先日からmixiを始め、ブログ2つかけもちしていますが、楽天とmixiで日記の住み分けをしていこうと思います
2006.11.02
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この時期になると、受験生対象に作文の添削を毎週行います。そして実感するのが、「年々子どもたちの作文力が落ちてきている」ということ。作文の中で、「勉強はしといたほうがいいです」→正:しておいた「・・・と話してます」→正:話しています「・・・しなくちゃいけません」→正:しなくては「・・・じゃないと思います」→正:ではないととあったら違和感を感じますか?試しに生徒達に例題として以上の文を挙げてみて、間違っているところあるかい?と聞いてみると、国語が好きな生徒・本をよく読む生徒はすぐにわかりますが、小さい頃から文章に触れることが苦手な生徒は気づくことすらできません。また、この子達は小学校の時に作文をあまり書かされていないようです。これも「ゆとり教育」のしわ寄せなのかなぁ。私は小学生の時、作文を書くことが多かったように感じます。そして文章を構成する力以前の問題。漢字を適切に使えない生徒が多いのです。この仕事に就いて驚いたのですが、私が中学生の時は社会科の用語は漢字で書かないとそれだけで減点されてしまうか、×をつけられたような気がします。ところが今は、「漢字で書く」という条件が記されていない限り、ひらがな可能。そういった影響もあるのかなぁ。小学生低学年レベルの漢字すらきちんと使えない生徒の作文を見ては、悲しいため息とともに赤ペンで正しい漢字を書き込む私。確かに受験ではどの教科も大切。だけど、大人になってからも生きてくる力はきっとこの「作文を書く力」。一朝一夕では身につかないものであるだけに、なかなか大変ですが、私も根気強く赤ペンを入れ、あまりにもヤバイと感じた時には個人指導も加え、なんとか「人に伝わる文」を書ける子供たちになってほしいと心底思います。
2006.11.01
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