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次なる店に向かいます。ポーシー通り(ถนนโพศรี)まで戻り左折。東に向かい最初の右の路地ラーチャパッサドゥ通り(ถนนราชพัสดุ)に入って直進。すると、ポーシー通りの南側を並行して走るシースック通り(ถนนศรีสุข)に突き当たります。目指す店は見えているのに私は何を勘違いしたのか、向かいやや左手の路地に入っていってしまいました。店はその路地から2軒目、ヒサシが大きく歩道にせり出したところなんですが… -_-;)このシースック・ソイ1(ถนนศรีสุข ซอย 1)にあると思い込んでいた私は洗剤の匂い漂う中をずんずん歩いていきます。突き当たりまで来てさすがに変だと気付き入口まで戻ったところで…ようやく発見。時刻は、08:58。キンオーチャーから25分もかかってしまいました -_-;)看板が申し訳程度の小ささで目立たな過ぎですよー!ここはカーオ・ピアックで有名なその名も「カーオ・ピアック(ร้าน"ข้าวเปียก")」という店なのです。場所はこちら。35年ほどここで営業しているそうで。結構混んでます。席空いてますか?と声をかけると「そっちへどうぞ」。メインの右は満席のため、左隣の区画に座るようにと。壁のメニューに目をやると、右の2つ目と3つ目がカイガタとカノムパン・ヤッサイですね。ここにもあるんだ。でもここのカイガタには挽肉がトッピングされてないようで。だからかキンオーチャーより10バーツ安い20バーツになってます。ここで頼むのはそのいずれでもありません。カーオ・ピアックとゲーン・センを下さい。「混ぜますか?」いえ、別々でお願いします。なんと、混ぜることができるのか!!でも美味しいのかな… -_-;)ものの1,2分で持って来ましたよ。じゃーん!どちらも麺料理。こちらがカーオ・ピアック(ข้าวเปียก)。「ウドンのうどん」というのが定番ダジャレのようなので私も言っておきます(笑)米粉から作った自家製麺と豚骨でダシを取ったスープが特徴とか。食べてみましょー。ほぉ、ややトロ味のスープは若干塩味で、言われてみれば豚骨ダシな気がしますね。それよりも麺が特筆もの。もちもちしてて美味しいですよコレ!日本人の口に合いますね。ところでカーオ・ピアックに似た料理にクアイジャップ・ユアン(またはクアイジャップ・ベトナム)というのがあるんですが、違いはどうも麺の太さにあるようです。参考までに…こちらはバンコクのプラアーティット通りにある有名店のクアイジャップ・ユアンなのですが、麺がずっと細いですよね。カーオ・ピアックはまさにうどんのように太麺なのです。ただスープの味は変わらないような。さて、一方のこちらは、ゲーン・セン(แกงเส้น)「麺の汁物」という名なので、麺料理というより麺の入ったスープという感覚なのでしょうか。その麺は春雨なんですけどね。スープはあまり特徴の無い味かなー。胡椒の味が多少しますね。即席麺マーマーにこんな味の春雨麺があったな。ほぐした鶏肉がトッピングされているので辛うじて味に変化がつきますね。率直に言ってカーオ・ピアックのほうがずっと美味しいです ^_^;)それぞれ35バーツ也。食べ終えて席を立つと店先に、土産物コーナーが。上段右はカーオ・ピアック料理セット。下段右はカノムパン・ヤッサイで、やはりクンチアンとムーヨーが挟んでありました。時刻は、09:22。さてこれからどうしようかなー。さっきから気になっていたんですが、目の前をあずき色のソンテオが頻繁に行き来してるんですよね。あれに乗ってみますか。<旅費交通費>歩いただけなので:0バーツここまでの合計:3,321バーツ※旅は2014年5月15日(木)に行いました。つづく※当ブログから1日旅の記事だけを抜粋し見やすくまとめたブログ『タイ~バンコク周辺バス日帰り旅~』 もぜひご覧ください。そちらのブログは左側の「旅ごとに見る」欄で旅名を選ぶと順を追ってお読みいただけます。旅の参考になれば幸いです。 『あなただけのタイ語家庭教師』小野健一著、国際語学社
2014/11/27
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巨大アヒルに会えずガッカリ肩を落としながら、プラチャック沼沿いのテーサー通り(ซอยเทศา)を南に歩き出します。時刻は、07:59。朝食を食べに行こうと思いまして ^^テーサー通りにも屋台が並んでいるんですよね。おっ、後ろの看板を見ると、後で食べに行こうと思っているカーオ・ピアックとゲーン・センがあるじゃないですか。ここで食べちゃいたい衝動に駆られつつも、どうせなら有名店でとここはガマンガマン…。ポーシー通り(ถนนโพศรี)に突き当たったところで左折。東へとずんずん歩いていきます。このポーシー通りがウドンタニー中心部の一番の目抜き通りじゃないですかね?人力サムローが走っています。それと、トゥクトゥクがこれまた独特なフォルム。バンコクやアユタヤとも違いますね。スパンブリーと似てますが、微妙に異なっていて面白いもんです。ポーシー通りに出てから9分で、シーサッター通り(ถนนสี่ศรัทธา)との交差点に到着。ここを左折しまーす。すると間もなくして右手前方に見えてきました。まずはこの店から!キンオーチャー(คิงส์โอชา)というカイガタで有名な店なのです。場所はこちら。早速入ってみましょう~。時刻は、08:18。店内はかなり混雑していますが回転が早いみたいでどんどん席が空いてどんどん新たなお客さんが入って来ます。間もなく私の目の前にもおじさんが座って相席に。壁のメニューを見ながら注文。カイガタとカノムパン・ヤッサイをください。「カノムパン・ヤッサイは1つですか、2つですか?」1つでお願いします。まずこの店を最初に来る先として選んだのは、ここの営業時間が03:30~11:00だからなんです。そう、毎日朝だけ営業(笑)のんびり街中を散策しているうちに閉まってしまったら困りますからね ^_^;)しばし待つとやって来ました!おぉ~!!これがカイガタ(ไข่กระทะ 鍋焼き玉子)です。ウドンタニー名物というか、コンケンにもあるようなのでイサーン名物なんですかね?タイ人の友人からこのカイガタを教えられ、バンコクで探したことがあるんですが、見つけられなかったんです。念願かなってやっと食べられる~!期待いっぱいで食べ始めると、うーん、素朴な味ですね(笑)ただ単にアルミ鍋に卵を2つ落としてその上に挽肉&ニンジンみじん切り、とクンチアン&ムーヨー(いずれもソーセージみたいなもの)をトッピングしただけなので、まあ、こんなもんかな。これで30バーツ也。そうそう、デフォは半熟なんですが、完熟が希望なら注文時にその旨伝えればやってくれるそうです。壁に貼り紙がありました。一方、こちらがカノムパン・ヤッサイ(ขนมปังยัดไส้)。「詰め物入りのパン」という意味なんですが、何が詰めてあるのかというと、またしてもクンチアンとムーヨー(笑)それにバターが少し塗ってあると。イサーンでパン食なんて意外ですが、フランス-ラオス文化の影響なんでしょうかね。ところで頼んだの1つなのに2つ来たぞ。まぁいいや。1個10バーツ×2個=20バーツ也。熱々なので美味しく感じますね。無料のお茶も温かくてほっと一息付けます。カイガタもカノムパン・ヤッサイも素朴な味なんですが、クンチアン(濃い赤い色のほう)のお陰でほのかな甘さが感じられるのがいいのかもしれません。食べ終えたところで次なる店にレッツ・ゴー!!(笑)<旅費交通費>歩いただけなので:0バーツここまでの合計:3,321バーツ※旅は2014年5月15日(木)に行いました。つづく※当ブログから1日旅の記事だけを抜粋し見やすくまとめたブログ『タイ~バンコク周辺バス日帰り旅~』 もぜひご覧ください。そちらのブログは左側の「旅ごとに見る」欄で旅名を選ぶと順を追ってお読みいただけます。旅の参考になれば幸いです。 『あなただけのタイ語家庭教師』小野健一著、国際語学社
2014/11/24
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ドンムアン空港06:00発のウドンタニー行きノックエアーDD9200便が離陸です。ウドンタニー着予定07:05。いつものバス旅に比べてなんと速いことか(笑)機内食が配られました。カワイイくちばしロゴの袋に入っていたのはAuntie Anne'sの揚げたソーセージ。店舗メニューには無いので機内食オリジナルなんでしょうかね。それと水。フタには「ほのぼの気分な鳥」(ノック・チューンジャイ)とあります。ノックエアーの「ノック」は「鳥」の意味。そのためか様々なものに「ノック○○」という名称が付けられているんですよ。飛行機の機体も一機ごとに「ノック○○」と名付けられていますし、さらに機内アナウンスの乗務員紹介を聞いていたらなんとCAさんも「ノック○○」というネーミングなんです(笑)たとえば、ちょうど機内誌に載っていたんですが、このCAさん、Earnさんというニックネーム(チューレン)なんですが、「Nok Code : Nok Earn」と記されています。面白いですよね。こんな遊び心、好きです ^^ふと窓から地上を眺めると、丸~くまるでクレーターのような山並みが。帰ってからネットで調べたところ隕石落下は1923年のナコーンパトム隕石、1981年のチェンカーン隕石(ルーイ県)1993年のバーンロンドゥー隕石(ペッチャブーン県)という3大事件があるんですが、国内にクレーターがあるという記事は発見できず。話題になっていないということは、別に隕石によるクレーターではないんでしょうね。でも不思議な造形です。15分早く到着とのアナウンスがあったとおり、飛行機は予定より多少早くウドンタニー空港に到着。荷物を預けたわけではないのでさっさと出ます。目の前に迷彩服の兵士が立っててビビリました ^_^;)インフォメーション・カウンターでウドンタニー市内までソンテオがあるか尋ねると無いとの返事。その代わりミニバスで80バーツで行けますと。あ、ここだな。「TO TOWN(UDONTHANI) 80THB」と確かに書いてありますね。80バーツならいいか。運賃を払ってチケットを受け取ると、男性に案内され車へ。やっぱりロッ・トゥーか(笑)乗り込んで発車を待ちます。時刻は、07:04。チケットはこんな感じ。結局乗客4人で07:16に出発。一人ひとりに尋ねた行き先を順番に回ってくれるようです。市内に入ってセントラル・デパート前などでお客さんを降ろし、気が付けば乗客は私一人。一番後回しかい!(笑)私の行き先はノーン・プラチャック(プラチャック沼)。運転手さんが、「ノーン・プラチャックのどこ?」と。巨大なアヒルを見たいんです。「あー、黄色いアヒルだよね?」どうやら着いたようで。「あれ、母さんアヒルはどこへ行ったんだ?(笑)」と運転手さんが笑うではないですか。えっ!?大きな不安を抱いて下車。時刻は、07:45。道路を渡り沼のほとりに出ます。あっ!!お母さんアヒルの姿がな~い!!本当は子アヒル2羽の他にもっと大きなお母さんアヒルがいるはずなんですよ。また破れたのかな (T_T)どういうことかまずは最初から説明しましょう。初代巨大アヒルがここウドンタニーのノーン・プラチャックに登場したのは、2013年10月のようです。ウドンタニー市長が市民を楽しませるために知人から借りたのだそうで。黄色い巨大アヒルと言えば、日本にもやって来たオランダ人アーティストのフロレンティン・ホフマンさんの作品が有名ですが、それとはもちろん別物です(笑)その初代巨大アヒルの身に悲劇が襲います。今年2014年3月19日、突然の強風にあおられ空を舞った巨大アヒルは陸上にまで飛ばされ、バイク30台をなぎ倒したところで破裂してしまったのです。その瞬間の様子がYouTubeにUPされています。(Giant Yellow Duck Float)その後ソンクラーンに間に合わせるため、4月9日に2代目が披露されました。修理したのではなく、新しいものとのこと。大きさも一回り大きくなり、さらに子アヒル2羽もこの時に追加されたのです。で、その1ヶ月後に来たら、お母さんアヒルがまたいなくなっていた次第で…。いったいどうなってるんでしょう。やはり破れたのかな?その後復活を果たしていたようですが、10月にはお母さんアヒルが再び失踪。11月の今現在はお母さんアヒルの姿が戻り、子アヒルよりやや大きなアヒルがさらに1羽追加されているようで…。とにかくこの時は、ご覧のとおり子アヒル2羽のみ。せっかく来たにのなんてこった!!まー、子アヒルだけでも見れたから良しとしますか (T_T)<旅費交通費>リムジンミニバス:80バーツここまでの合計:3,321バーツ※旅は2014年5月15日(木)に行いました。<参考>The Thai Astronomical Society "อุกกาบาตในประเทศไทย"新聞『ネオナー』2013年11月22日付けkapook.com"เป็ดยักษ์เมืองอุดรฯ ตัวแตก เจอพายุฤดูร้อนซัดขึ้นฝั่ง"kapook.com"เป็ดยักษ์เมืองอุดรฯ คืนชีพ พร้อมพาลูก ๆ เล่นน้ำ รับสงกรานต์ 2557"つづく※当ブログから1日旅の記事だけを抜粋し見やすくまとめたブログ『タイ~バンコク周辺バス日帰り旅~』 もぜひご覧ください。そちらのブログは左側の「旅ごとに見る」欄で旅名を選ぶと順を追ってお読みいただけます。旅の参考になれば幸いです。 『あなただけのタイ語家庭教師』小野健一著、国際語学社
2014/11/20
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「ウドンタニーの池に巨大なアヒルのオブジェが飾られている」そんなニュース記事をネットで発見したら、いてもたってもいられなくなり飛行機でひとっ飛びして来ようと決断(笑)善は急げでカンチャナブリーの旅の3日後の5月15日(木)に行ってくることに。この1日旅シリーズ初の飛行機旅です!早起きしてまずは実に久しぶりのドンムアン空港へ。まだバスの本数が少ない時間帯なのでタクシーで向かいます。さすがにこんな早いと渋滞してませんね。AM04:25にドンムアン空港到着。これから乗るノックエアーのカウンターはと…。あそこだ。カウンターからスタッフの制服までことごとく真っ黄色な光景に寝不足の目がショボショボします(笑)前日にネットで予約したメールの文面をiPhone画面で見せチェックインすると、レシートみたいなペラペラの搭乗券を渡されました。ほっとして出発ロビー内を見て歩きます。2006年7月29日にスワンナプーム空港が開港して以来、私にとって実にほぼ8年ぶりのドンムアン空港ですよ。翌2007年から国内線が復活していましたが、バンコク周辺旅にいそしんでいた私が利用する機会は今の今まで無かったのです。なにもかもが懐かしいです。かなりの部分が往年のままで、思わず青春時代(?)を思い出しウルウルしてしまいました。なんと今年でちょうど開港100周年だとかで、左手には記念のパネル展示が。搭乗まで時間があり余っているので朝食でもしますか。北側端のエスカレーターを上がったところにあるレストランに入ってみます。ここって元ブラック・キャニオンじゃなかったでしたっけ?クイッティアオを注文したら、これで188バーツ。高けえよっ(怒)ここで今回の目的地ウドンタニー県についてちょっと解説を。グーグルマップさんの地図を拝借します ^_^;)バンコク北東約560kmにある東北地方第4の広さの県で人口は160万ほど。うち県のまさに中央に位置する中心部のムアン・ウドンタニー郡には32万人あまりが居住。東北地方では大きな都市になるかと思います。細長いノンカーイ県を挟んではいますが、メコン川対岸の国ラオスへの玄関口ともなっている県です。食べ終えて手持ち無沙汰なので中に入っちゃいましょう。カワイイので思わず撮影。そう、スマイル、スマイル(笑)かつてのターミナル1が国内線・国際線共用になってるんですね。ターミナル2と国内線ターミナルは使用してないようですが、どうなってるんでしょう。ちなみに今年9月からタイ・エアアジアXが成田と関空への路線の運行を開始したので、日本からの国際線でもドンムアンに降り立てるようになりました。実は私も9月に早速乗ってみたのですが、帰国便利用の際パスポートコントロールを抜けた先の光景が感動もんでした。昔のまんま。まるでタイムスリップしたかのよう。思わず「わぁー!!」と声が漏れたほどです。では国内線の出発ゲートに入りまーす。まだ5時過ぎだというのにお客さん多くてビックリ。中の方が店が豊富でした。クリスピー・クリームまであるし!私が乗るのはノックエアのウドンタニー行きDD9200便。05:40搭乗開始で06:00出発です。5分過ぎたところで搭乗開始。お、あれに乗るみたいですね。黄色いくちばしがカワイイ ^^ツルツル生地のシートがLCCしてますね。でもそんなに狭くもないし快適です。05:59、動き出しました。タイの国内線に乗るのも9年ぶり。ワクワクします!<旅費交通費>航空券ドンムアン-ウドンタニー往復:3,090バーツタクシー:151バーツここまでの合計:3,241バーツ※旅は2014年5月15日(木)に行いました。つづく※当ブログから1日旅の記事だけを抜粋し見やすくまとめたブログ『タイ~バンコク周辺バス日帰り旅~』 もぜひご覧ください。そちらのブログは左側の「旅ごとに見る」欄で旅名を選ぶと順を追ってお読みいただけます。旅の参考になれば幸いです。 『あなただけのタイ語家庭教師』小野健一著、国際語学社
2014/11/17
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では戻りますか~。ミュージアムまで戻るルートは2つ。来る時に使った旧ルートの「登山道」と新ルートの「板張り遊歩道」。普通に考えたら後者のほうが楽に決まっているんですが、新ルート入口までまた戻るのがおっくうなんですよね。いや、実はヘルファイア・パスをまた通りたくないってこともありまして…。そんなワケで、ヘルファイア・パス入口左に聳えるこの急階段を登り再び旧ルートで引き返すことに。時刻は、11:00ちょうど。黙々と急な登り下りをこなし、15分ほどでヘルファイア・パス・メモリアル・ミュージアムに戻ることができました。あぢー。エアコンの効いた館内でしばし涼ませていただきます… ^_^;)さて、表の国道323号線まで出なければ。グラウンドですかね? 広大な芝生のゾーンを「コ」の字に迂回して回らないと、向こうに見える入口に辿り着けないのです。門番の兵士さんに会釈をしてから外に出ます。時刻は、11:34。向こうがカンチャナブリー方面。先にあるあずま屋でバスを待ちますか。4,50分に一本はあるんじゃないですかね。あずま屋付近から振り返った風景です。左に見えるのが、開発軍司令部開発軍局農業・協同組合部隊の入口。到着したあずま屋内には若い男女の先客が。邪魔しちゃってすみませんね ^_^;)結局25分ほどでバスが登場。おっ、なんとエアコン車じゃないですか!これはラッキー。時刻は12:00ちょうど。乗り込むと車掌さんに最前列右側に座るように言われました。車内はほぼ満席。あやうく立ち乗りになるところでしたよ。席からの眺めはこんな感じ。特等席ですね(笑)エアコンが効いていて快適だと時間も短く感じます。1時間40分ほどで終点カンチャナブリー・バスターミナルに到着。時刻は、13:41。日陰を求めてターミナルの建物内へ。とにかく腹減った!でも周辺には食堂がほとんどないんですよね。奇妙なバスターミナルです。仕方がないので前回も入ったあの店へ。10バーツのカオマンガイ屋さん ^^どうも営業は14時までらしく、片付け始めていたところをまた用意をし直して出してくれました。ありがとうございます~。前回も思いましたが、これで10バーツだなんてお得感満点ですよ~。ササッと食事を済ませ、バンコク戦勝記念塔行きロッ・トゥー乗り場へ向かいます。いくつかある業者のうち、最もサービスの良いマンゴーン・ツアーへ。バスターミナルの裏手にあります。これまたエアコンの効いた待合室で運賃を支払い。前回は無かったチケットを渡されました。しかも運賃は120バーツなのにチケットには130バーツとの表示が。まぁいいか(笑)バスターミナル入口両側にも戦勝記念塔行きロッ・トゥー乗り場がありますが、外でひたすら待たされるんですよ。ここは待合室に無料トイレもあるし、飲み物やスナック菓子も売っているのでオススメです!しばし待った後、車まで案内されました。これかー。14:23発車。爆睡しているうちにナコーンパトムを通過しつつバンコクへ入ったロッ・トゥーは、戦勝記念塔手前のラーチャウィティー通りでちょっと渋滞に巻き込まれてしまいました。するとここで降りるという人が。このまま乗っていると戦勝記念塔のロータリーをぐるっと回ってからソイ・ラーンナムに入り、センチュリーの裏手で終点になるんです。まだまだ時間がかかりそうなので、私も降りることに。時刻は、17:09。カンチャナブリーから2時間46分でした、これにて今回の旅も終了です。前回のカンチャナブリー&サンクラブリー方面の旅で見逃したり周り切れなかったりした場所を訪れた旅でした。その多くが泰緬鉄道の線路跡だったんですが、これでもまだ取りこぼしがあるんです。いつかまたそんな場所を訪ねにカンチャナブリーの奥地へと足を伸ばしたいと思います。さて次回のシリーズは…、1日旅もいよいよ飛行機に進出です(笑)お楽しみに!<旅費交通費>カンチャナブリーまでのバス:65バーツ戦勝記念塔までのロッ・トゥー:120バーツここまでの合計:1,849バーツ※旅は2014年5月12日(月)~13日(火)に行いました。おわり※当ブログから1日旅の記事だけを抜粋し見やすくまとめたブログ『タイ~バンコク周辺バス日帰り旅~』 もぜひご覧ください。そちらのブログは左側の「旅ごとに見る」欄で旅名を選ぶと順を追ってお読みいただけます。旅の参考になれば幸いです。 『あなただけのタイ語家庭教師』小野健一著、国際語学社
2014/11/13
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ヘルファイア・パスの切り通しから先の泰緬鉄道線路跡をさらにカンチャナブリー方面へ向けて歩いていきます。この辺りでは砂利の姿が消え、枕木のみが残っていますね。切り通しから9分経過。先のほうで木立がなくなり明るくなっているなと思ったら、ありゃ。舗装道路に出ちゃいました。この道路建設で線路跡が破壊されてしまったのか。うーむ、残念。でも道路の先には残っているはず。そう思い、舗装道路を登りながら右手の茂みの中を覗き込みます。左カーブのところで下に平坦な部分を発見。分け入ってみましょう。線路跡なのか違うのか、判断がつきませんねぇ。もう少し先に進めばはっきりするのかもしれませんが、茂みに阻まれてこれ以上の前進は無理。タイ国内の泰緬鉄道線路跡を全線辿ってみたいなどと漠然と夢見ていましたがこういう光景を見ると現実的には不可能だと思い知らされますね。サンクラブリーでだって茂みに遮られて先へ進めませんでしたし。つい最近、イギリス人男性2人が募金活動のため泰緬鉄道跡をスリー・パゴダ・パスからカンチャナブリーの連合国軍共同墓地まで280km歩いたというニュース(『タイラット』2014年11月6日付け)があり驚きましたが、よくよく記事を読んでみると、国道323号線を歩いただけのようです。やっぱり無理なんでしょうね。諦めて戻るとしますか。歩いて来た線路跡を逆に辿り、ヘルファイア・パスも逆方向から通り過ぎます。そう言えばこの切り通しを含めた「ヘルファイア・パス・メモリアル・ミュージアム」が旅行クチコミサイト「TripAdvisor」によってタイ国内のベスト・ミュージアムに選ばれたんだとか。(『TAT News』2014年9月29日付け)そんなヘルファイア・パスを抜けた真正面にこんな碑が。BURMA -THAILAND RAILWAY 1942-1945 IN REMEMBRANCE OFALL THOSE WHO SUFFERED AND ALL WHO DIEDとあります。タイ語でも同じ内容が。私が気になるのは、碑の背後なのです。この先、ビルマ方面にも泰緬鉄道の線路は伸びていたはず。あっちにも跡は残っているのでしょうか?行ってみましょう!ちょっとした谷間になっている先まで行って振り返るとこんな感じ。中央奥がヘルファイア・パス。その手前にさっきの碑の裏側が見えてますね。崖の石積みは、ヘルファイア・パスを掘削した際に出た石を積み上げたものなのかも。これまた大変な作業だったことでしょう。 ここにはタム・クラセー桟道橋のような木橋が架けられていたのかな?先のビルマ方面はというと、こっちにも枕木が残っているではないですか。さらに歩いていくと、WALKING TRAIL →との看板が。あ、そう言えばミュージアムで貰ったパンフレットにトレイル・コースがなんとかと書いてあったな。取り出してみると、この先4km地点まで線路跡が遊歩道として整備されているようです。でも終点手前の「コンプレッサー・カッティング」までで往復3時間とは。現在時刻は10:57。時間的には行けなくはないけど、水や食べ物を持参してないのでちょっと心配なんですよね。ちょこっと先に進んでみたのですが、遊歩道が崖下に続いているのを見て、きっとこの先もアップダウンが激しいんだろうなと思ったら行く気が完全に萎えてしまいました。軟弱ですみません -_-;)でもこの先もパンフレットによれば、7メートルの土手、三層構脚橋(って何?)、ヒントックの切り通し、ダブルトラック(引き込み線?)、ヒントック駅、バックオブカード橋跡地、コンプレッサーの切り通しといった見どころがあるそうなのでぜひいつか再チャレンジしたいですね。さあ、帰るとしますか。<旅費交通費>歩いただけなので:0バーツここまでの合計:1,664バーツ※旅は2014年5月12日(月)~13日(火)に行いました。つづく※当ブログから1日旅の記事だけを抜粋し見やすくまとめたブログ『タイ~バンコク周辺バス日帰り旅~』 もぜひご覧ください。そちらのブログは左側の「旅ごとに見る」欄で旅名を選ぶと順を追ってお読みいただけます。旅の参考になれば幸いです。 『あなただけのタイ語家庭教師』小野健一著、国際語学社
2014/11/10
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涼も取れたのでいよいよヘルファイア・パスへ向かうことにして、ヘルファイア・パス・メモリアル・ミュージアム(HELLFIRE PASS MEMORIAL MUSEUM)の横から裏手へと下る遊歩道を進むと、こんなところに出ました。ここで道が左右に分かれています。左はここと同じく木の板張りの立派な遊歩道。右はコンクリートの細い道。うむむ。どっちだ?あんな険しいところまで板張りの遊歩道が続いているわけないよな。きっと展望台か何かへ出る道なんじゃないか?と判断し、「HELLFIRE PASS」との看板が立っていたこともあり、右のコンクリートの歩道を歩いていくことにしました。この選択が大きな間違いであることをこの時は知る由もなく… -_-;)歩いていくと「HELLFIRE PASS→」との看板が再び出現。やっぱりこっちで正しかったんだー。と安心したのも束の間。うげげっ、この長い階段を登らなきゃならないの!?息を切らせて登り切ると先には、急な下りが待ち受けていたのでありました。そしてまた登って、下って…。まったくもって登山のレベル。高尾山よりハードですよ(>_
2014/11/06
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ヘルファイア・パス・メモリアル・ミュージアム(HELLFIRE PASS MEMORIAL MUSEUM)に到着です。時刻は、09:47。開発軍司令部開発軍局農業・協同組合部隊の入口から歩いて9分でした。ヘルファイア・パス・メモリアル・ミュージアムは、オーストラリア退役軍人省が運営する泰緬鉄道建設に関する資料展示をおこなう施設です。入ってみましょう。入口で靴を脱ぐのがタイ・スタイルですね。エアコンの効いた快適な館内は、すぐの左手に受付が。入館料は無料の上、英語、オランダ語、タイ語、日本語のパンフレットを無料配布しています。日本語のを一部頂きますか。ちなみに上記豪退役軍人省サイトから同じものをPDFで入手できますよ。順路に沿って歩いていきます。パネル展示があったり、ヘルファイア・パス周辺のジオラマがあったり、泰緬鉄道建設で当時使われていた道具が展示されています。奥にはミニシアターあり、ドキュメンタリー映画を上映中。この写真の説明には、「1943年、タイ・コンコイターを通過する一番列車」と。コンコイターはサンクラブリーにあったニーケ駅からカンチャナブリー側へ19kmほどのところにあった駅です。サンクラブリーとトーンパープームの中間地点あたりですね。タイ側とビルマ側双方から建設が進められた泰緬鉄道は、コンコイターで繋がったため、43年10月25日にそこで開通式が催されたんです。その時の様子でしょう。それよりも写真に写っている蒸気機関車C56 31号機は、現存しているんですよ。それも日本で見ることができるんです。場所は、東京九段の靖国神社内にある遊就館。 (2012年1月撮影)1979年に現在大井川鉄道で現役活躍中のC56 44号機とともにタイから里帰りを果たしたんです。話をヘルファイア・パス・メモリアル・ミュージアムに戻しましょう。これは1945年、ビルマ国内泰緬鉄道終点のタンビュザヤ付近で空爆を受けた線路とのこと。爆撃を受ける度に修復していたんですから気が遠くなる作業ですね。展示を一とおり淡々と見て回って来ましたが、お客さんは欧米人9割、タイ人1割といったところ。日本人は見かけませんでした。裏手には展望台が。あの先の鬱蒼としたジャングルの中に、ヘルファイア・パスがあるはずです。いよいよ向かってみますか。でもその前にトイレを拝借 ^_^;)出てくると受付横にグッズ販売コーナーがあるのに気付きました。ロゴ入りシャツ&キャップや泰緬鉄道に関する英語書籍、ポストカードなどが売られています。そもそもなぜタイ国内でオーストラリア政府がミュージアムを運営しているかというと、戦争捕虜として日本軍により泰緬鉄道建設に従事させられた元オーストラリア軍兵士が、40年後タイを再訪しジャングルに埋もれたヘルファイア・パスを探し出したのが発端。オーストラリア政府に対してこれを史跡として保存するよう提案したところ受け容れられ、1987年に正式開館。現在のミュージアムは1998年4月にできたのだそうです。募金箱があったのでパンフレットを頂いたこともあり、僅かながら入れておきました。サンダルを履き直し、建物横から裏手に下る遊歩道へと。いざ、ヘルファイア・パスへ!時刻は、10:12。<旅費交通費>歩いただけなので:0バーツここまでの合計:1,664バーツ※旅は2014年5月12日(月)~13日(火)に行いました。つづく※当ブログから1日旅の記事だけを抜粋し見やすくまとめたブログ『タイ~バンコク周辺バス日帰り旅~』 もぜひご覧ください。そちらのブログは左側の「旅ごとに見る」欄で旅名を選ぶと順を追ってお読みいただけます。旅の参考になれば幸いです。 『あなただけのタイ語家庭教師』小野健一著、国際語学社
2014/11/03
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