2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全9件 (9件中 1-9件目)
1
![]()
夕食を終え、いかだの宿に戻りがてらモン橋に寄ってみました。時刻は、19:58。人っ子一人いないモン橋上でしばし景色を堪能。照明がいい感じにライトアップ効果をもたらしていますね。宿に戻り、文字通り水浴びを済ませます。タオルが無いから乾くまで仁王立ち。寒いぞ(笑)TVも何も無いので、iPhoneでネットを少しやってから早々に就寝することに。時刻は22:20。屋根と壁の間から湖面に反射した照明の光が天井に差し込んでゆらゆらと揺れている様子を眺めつつ、近くから聞こえてくるトッケ トッケというトゥッケー(トカゲの一種)の鳴き声を聞いているうちに寝付いてしまいました。心配した蚊はまったくいなかったものの、夜中に足首の上を何かが這って通り過ぎる感触が。トゥッケーくんに違いありません(笑)朝方、あまりの寒さに目が覚めました。体感的に16~7℃ではないでしょうか。しかも空気が湿っているのを感じます。暑季の4月にこんな寒さになるとは意外でした。湖上だからでしょうかね。ベッドには肌掛けも何も無いので、4つある枕で体を覆って寒さをしのぎながら睡眠続行です。4月2日(水)の朝は6時に起床。というか、寒さと5時頃から時折響き渡る船のエンジン音で目が覚めていたんですが。さあ、朝のモン橋を拝んでみますか。いかだの宿のテラスへと出てみると…なんとも幻想的な風景が目の前に!そうか。湿度を感じたのは朝霧のせいなのか。宿からはこんな感じにモン橋が見えるんですよ。最高のロケーションですよね。ちょっとばかり周囲を散歩。竹橋から宿を眺めるとこんな感じです。中央のいかだ家屋が、私の宿泊している部屋です。宿に戻り寒さに震えがら水浴び。昨晩みたいに乾くまで待っていたら風邪引きそうなので、枕で体を吹いちゃいました。おじいさんごめんなさい ^_^;)身支度を済ませたタイミングで、おじいさんがカゴを携えて歩いて来ました。「パトンコーとコーヒーだよ」ありがとうございます ^^部屋に備え付けの皿に移して、いただきま~す。ホットコーヒーでようやく体が温まりましたよ。どうせなら朝霧に浮かぶモン橋を眺めながらと思ったら、目の前の竹橋に寄せた船が一艘。子供船頭さんじゃぁないですか。おはようございます ^^ほんとうにこんな朝早くから来てるのか。しかし、私の方をずっと見ているので落ち着いて食事ができませんって。仕方なくモン橋を眺めながらの朝食は諦め、室内に逃げ込んだのでした(笑)食事も終え準備万端。本日の観光に出発しますか。待っている人もいることですし。受付でチェックアウト時間を尋ねると「午後1時でも2時でもいたいだけいていいよ」とのこと。そのユルさ、大好きです。だいたい昼頃に戻って来てチェックアウトする旨を伝えて、まずは子供船頭さんのもとへ。じゃぁ行きましょうか。「この霧では何も見えませんよ。昼まで待ってください」ごもっともな意見 ^_^;)なら、こんな朝早くから来る必要無いのに…。とりあえず周辺観光を先に済ますとするか。朝のモン橋に上ってみます。起きた直後よりも霧が濃くなっていますね。倒壊した向こう側が霞むほどです。倒壊前は毎朝托鉢僧がこのモン橋を渡っていたようなんですよ。橋の入口横に、毎朝7時に托鉢がある旨が書かれていたので、横の売店のおばさんに確認したら「来ないよ」との返事。今は托鉢僧が竹橋を渡って来ることさえしなくなったってことなんですかね?ワケがわかりませーん。対岸に行ってみましょう。下へ戻り竹橋を渡り始めます。ちなみに左に見える船は、そう。子供船頭さんです ^^湖面を右から左へと流れている霧の中を住民の方々が往来しています。人生で三本の指に入るぐらいの絶景に、しばし見とれていました。<旅費交通費>歩いただけなので:0バーツここまでの合計:915バーツ※旅は2014年4月1日(火)~2日(水)に行いました。つづく※当ブログから1日旅の記事だけを抜粋し見やすくまとめたブログ『タイ~バンコク周辺バス日帰り旅~』 もぜひご覧ください。そちらのブログは左側の「旅ごとに見る」欄で旅名を選ぶと順を追ってお読みいただけます。旅の参考になれば幸いです。
2014/06/30
コメント(10)
![]()
今晩の宿をどうしようかと考えていたところ、グッドタイミングでそのことを尋ねてくれた子供船頭さん。まさに渡りに船とはこのこと(笑)いかだの宿に泊まりたいんですが、どこか知ってますか?「そこのおじいさんの宿はどうですか? たぶん500バーツだと思いますけど」ということで、連れて行ってもらうことに。右手に見える湖上のいかだ家屋に入っていきます。そこは売店兼宿の受付でした。おじいさんと好青年がいて、子供船頭さんが交渉してくれています。一泊400バーツだそうで。他に選択肢が無さそうだから、もうどんな部屋でもいいや。ここに決定。「じゃあ僕はこれで」と子供船頭さんは帰っていきました。400バーツを即金で支払うと、「すぐ右手の部屋だから行って待っててください。鍵を持っていきます」と好青年さん。暗い中、湖に落ちないように慎重に歩いて行きます(笑)お、ここか!?まさにいかだの宿ではありますが、さてさて。好青年さんがやって来て鍵を開けてくれます。テレビもねぇ ラジオもねぇ♪…と思わず口ずさみたくなる簡素な部屋だこと(笑)でも、扇風機はあるで~ ^_^;)あれ? 屋根と壁の間に隙間ががっつり空いているんですが。蚊は入って来ないんでしょうか?そして好青年さんにトイレに案内されます。恐怖の瞬間…ガ~ン!!やっぱり手桶式トイレなんですね (T_T)コレ、大の苦手なんですよ。ううっ。水浴びもシャワーじゃなくて、まさに水浴び。同じ手桶で浴びるワケですね。承知しました。あ゛ー。ところでタオルもトイレットペーパーも無いぞ!!うひゃー、どうしろと言うんだ。どうにかするしかないんだけど(T_T)「朝食付きです。朝6時半か7時にパトンコーとコーヒーをお持ちします」そう告げて好青年さんは戻っていきました。朝食付きとは嬉しいじゃないですか。多少立ち直ったゲンキンな私でした。それともう一つ気に入ったのが、このバルコニー(?)目の前には竹橋が。そのさらに向こうにはもちろんあのモン橋が間近に見えるのです!こりゃ贅沢な眺めですよ!!さて、もう19時半近く。貴重品以外の荷物を部屋に置き、食事ができる場所探しに出かけますか。何しろ昼にヒンダート温泉で菓子パンを2切れ食べて以来、食べ物を何も口にしてないので、さすがに腹ペコなのです。陸に上がって真っ暗な細い坂を登り、上の道に出ます。サームプラソップ・リゾート以外にも、この道沿いに何軒か小洒落たプチ・ホテルが。そして併設されたレストランもあるのですが、高そうなのでパス。さらに歩いて行きます。沿道の景色が淋しくなり、もう食堂なんて無いんじゃないかと不安に思い始めた頃。食堂発見!!女性が一人で切り盛りしている様子。料理を注文して待っている間に話しかけてきます。「この店にどうやって来たんですか?」モン橋下の宿から歩いてきました。食事がしたかったもので。いやぁ、食堂が全然無かったのでこの店を見つけてほっとしましたよ~。こんな話でも、なぜか心が癒されます ^_^;)来た~!パット・ガパオ(ガパオ・ライス)ですよ!時刻は、19:45。ようやくまともな食事にありつけたのでした。<旅費交通費>宿代:400バーツここまでの合計:915バーツ※旅は2014年4月1日(火)に行いました。つづく※当ブログから1日旅の記事だけを抜粋し見やすくまとめたブログ『タイ~バンコク周辺バス日帰り旅~』 もぜひご覧ください。そちらのブログは左側の「旅ごとに見る」欄で旅名を選ぶと順を追ってお読みいただけます。旅の参考になれば幸いです。
2014/06/26
コメント(8)
![]()
ダム湖に沈んだ元のワット・ワンウィウェーカーラーム本堂に船から上陸してみましょう。入口をくぐると、壁面にはなにやら装飾がビッシリ。「あそこには小さな仏像がはめ込まれていたんです。 先ほど高台に見えた金色の仏塔に今は全て移されて飾られています」そうなんですか。明日見に行こうと思っているので楽しみです。そしてかつては仏像があったであろうところには、お坊さんの写真が。どなたですか?「ウッタマ僧侶です」今でもご存命なんですか?「2006年に他界しました」まるでテスト用に暗記した歴史年表を思い出すように、ちょっと間があってから答えてくれました。ウッタマ僧侶の名は今回の旅の下調べ時に初めて目にした程度でどんな方だったのか知らないで来たのですが、どうやらサンクラブリーのモン族住民からこの上なく尊敬を集めている方のようですね。この寺院もモン橋もウッタマ僧侶の存在なくしてはあり得なかったでしょうから、当然と言えば当然なんですが。ウッタマ僧侶については、またの機会に詳しく触れることにします。外に出て壁沿いに歩いていると、「この寺院建設にはモン式レンガが使われています。これがそうです」と。タイ式レンガは○インチ×○インチ、一方のモン式レンガは○インチ×○インチでモン式レンガのほうが強度があるだとか、表面には例えば手前左の物にはアルファベットの「H」が刻まれているがモン文字が刻まれたものもあるだとか、やたら詳しく解説してくれます。モン族の誇りだからですかね。あ、そうそう。子供船頭さんもモン族だそうで。同行した友達とはモン語でやり取りしています。「アルファベットが書かれているのは、泰緬鉄道の線路の刻印を真似したからです」ほう。泰緬鉄道の線路はインドネシアやマレー半島、ビルマからはがして持ってきた物が使われてましたからね。あとカンボジアで押収した線路もだったかな?だから彼の話も信用して良さそう。本堂の壁を眺めていると、「この寺院が湖に長年沈んでいても頑丈なのは、 骨組に泰緬鉄道の線路が使われているからなんです」なんだって?「泰緬鉄道の線路は、売り払われるか、ここのように建築に流用されるかして 全てはがされてしまいました」うーむ、この部分は信用していいものかどうか。子供の観光ガイドというと、インド映画『スラムドッグ$ミリオネア』の印象が強いもので。映画では主人公が子供時代、タージマハルでモグリのガイドをしてデタラメな解説でお金をもらうシーンが登場するんですよ。子供船頭さんの解説も話半分で聞いた方がいいのかなぁ ^_^;)さて、一とおり見ましたし、暗くなってきたので帰るとしましょう。船に乗り込みます。ちょうどその時、一艘の船が入れ替わりでやって来ました。今からじゃもう暗くて写真は無理だと思いますよー。湖上に頭を出したかつての門をくぐった船は、一路モン橋へ!とうとう暗くなってしまいました。静かな湖面に私たちの船のエンジン音だけが響き渡ります。右手高台に見える黄色い灯の塊は、サームプラソップ・リゾート。そして…エンジンを止めて惰性でモン橋脇の竹橋に横付けします。時刻は、19:10。子供船頭さんに船賃200バーツを払いつつ、実は明日もう一ヶ所行きたいところがあると相談してみます。「お父さんに聞いてみます。明日の朝またここにいるので声をかけてください」彼は行ったことがないようですね。了解でーす。「ところで今晩の宿はもう決めているんですか?」そうそう、今からちょうどそれも尋ねようと思ったところなんですよ。実はまだなんですが…。<旅費交通費>船賃:200バーツここまでの合計:515バーツ※旅は2014年4月1日(火)に行いました。つづく※当ブログから1日旅の記事だけを抜粋し見やすくまとめたブログ『タイ~バンコク周辺バス日帰り旅~』 もぜひご覧ください。そちらのブログは左側の「旅ごとに見る」欄で旅名を選ぶと順を追ってお読みいただけます。旅の参考になれば幸いです。
2014/06/23
コメント(10)
![]()
モン橋脇の竹橋から出発した船は、カオレーム・ダムの湖面を進んでいきます。背後のモン橋がどんどん小さくなっていくと、前方に金色の立派な仏塔が見えてきました。「ワット・ワンウィウェーカーラームの仏塔でインドのブッタガヤの 仏塔と同じ形に造られました」と子供船頭さん。歳を尋ねると10歳とのこと。子供船頭さん以外に友達らしき男の子もなぜか同乗しています。見習いかな?(笑)さらに進むと前方の湖面上に何やら見えてきましたよ。はっきり見えてきました!「あれが、元のワット・ワンウィウェーカーラームですよ。 1984年のダム完成で水没したんです」写真で見て知っていたものの、実際にこの目で見ると感動しますね。まず先に近付いたのは、「元の鐘楼です」そしていよいよ本堂へ…。前後には門が残っていますね。湖に沈んだワット・ワンウィウェーカーラーム本堂正面に向かいます。階段に船を寄せて、「どうぞ降りてください」と子供船頭さん。おぉ。実はこの寺院、そんなに古くはなくて1953年建立なんですよ。でも水没して痛んだせいか既に遺跡然とした趣満点ですね。さあ、夜の帳が落ち始めましたが上陸して散策してみますか。<旅費交通費>船賃未払いなので:0バーツここまでの合計:315バーツ※旅は2014年4月1日(火)に行いました。つづく※当ブログから1日旅の記事だけを抜粋し見やすくまとめたブログ『タイ~バンコク周辺バス日帰り旅~』 もぜひご覧ください。そちらのブログは左側の「旅ごとに見る」欄で旅名を選ぶと順を追ってお読みいただけます。旅の参考になれば幸いです。
2014/06/19
コメント(10)
![]()
サンクラブリーのバスターミナルにようやく到着したものの時刻はすでに18時を回っています。日が暮れる前にどうしても見ておきたいものがあるのでやむなくバイクタクシーを利用することに。サパーン・モーン(モン橋)に行けますか?「15バーツ」後ろに跨って急行しますよ~!バスターミナル前の通りを南へと進み、すぐにあるこの交差点を右へ。道なりに突き当たりまで突っ走った後、右手の狭い急坂を下っていきます。眼前に湖が見えてきました!坂の下で停車。目の前が橋の入口でした。時刻は、18:12。運賃を渡して、早速モン橋へ!橋の維持費用募金箱の横を通り、橋の上に立ちます。見てのとおり木で作り上げられた橋なんですよ。ここサンクラブリーは、住民の大半がモン族。そのモン族の心のよりどころワット・ワンウィウェーカーラームの住職だった、ウッタマ僧侶の発案でモン族が力を結集して築いた橋なのです。1年の歳月をかけて完成したのは1987年。カオレーム・ダムが完成してから3年後のことでした。左の眼下にはいかだの家屋が連なる集落が。最近ではすっかり観光名所として定着したこのモン橋ですが、昨年2013年7月28日、思わぬ事態が起こったのです。上の写真の橋の先をよーくご覧ください…。わかりましたでしょうか。危なくないところまで寄ってズームで狙ってみます。その日の18時半頃、3日間降り続く雨の影響で西方から濁流が押し寄せ、橋の中間50メートルほどが倒壊してしまったのでした。それまでは全長850メートルで、世界第2位の長さを誇る木橋だったのですが。ちなみに第1位はミャンマーのウーベン橋だそうで。両岸を繋ぐ生活に欠くことのできない橋のため、竹を組んで急ごしらえされた橋がすぐ横に架かっています。なんとももったいないことですよね。早く修復して欲しいものですが、実はこの急ごしらえの竹橋とその横のいかだ集落が橋に近過ぎるため、修復作業に着手できないのだそうで。両方とも橋から遠くに移そうと協議が持たれたのですが、橋から離れることで観光客からの収入が減ることを恐れたいかだ集落住民が反対。頓挫したまま月日だけが経過している状況のようです…。早く折り合いをつけて修復できるといいんですが。まぁ、真ん中が崩れていても、それはそれで見ごたえはあるんですけどね。橋の上から西を眺めると、ちょうど山の向こうに日が沈むところでした。日暮れまでに間に合って本当に良かったです!さて、戻りますか。橋の向こう、丘の上に建つのはサームプラソップ・リゾートというホテル。最初はあそこに宿泊しようかと思ったんですが、全室からモン橋が見えるわけではないようなのでやめました。よって、まだ今晩の宿は未定(笑)モン橋の手前左手に階段があって、「竹橋への下り口」との掲示が。んじゃ、竹橋を渡って対岸を見てみますか。階段に続く土の斜面を下りたところに竹橋が。足を踏み出すと、竹特有のみしっみしっという音が響きます。湖面に浮いたかたちで架けてあるんですね。歩く感触を楽しみ、崩壊箇所を眺めながら進んでいくと、ふいに左手から子供の声で「船に乗りませんか?」と。木橋ばかり見ていたので気にしてませんでしたが、竹橋の左に船がいるではないですか。上の写真にも写ってますね。船頭さんは小学生高学年ぐらいの男の子。「30分で200バーツです」ほぉ、でももう日が暮れちゃいますよ。「まだ大丈夫です!」てなことで…、こういう展開とあいなりました(笑)時刻は、18:21。<旅費交通費>バイクタクシー:15バーツここまでの合計:315バーツ※旅は2014年4月1日(火)に行いました。<参考>ウィキペディア「ウッタマーヌソーン橋」(タイ語)「Manager Online」2013年9月30日付記事(タイ語)つづく※当ブログから1日旅の記事だけを抜粋し見やすくまとめたブログ『タイ~バンコク周辺バス日帰り旅~』 もぜひご覧ください。そちらのブログは左側の「旅ごとに見る」欄で旅名を選ぶと順を追ってお読みいただけます。旅の参考になれば幸いです。
2014/06/16
コメント(9)
![]()
バスに再び戻ってみるも、まだ出発する気配なし。20分と言っていたのに既に30分経過してます。乗客や運転手はどこにいるかと言うと、バス左手奥に見える掘立小屋みたいな食堂で時間を潰しています。西へと伸びる路地に入ってみると、向こうに聳える山がモコモコしてて面白い風景ですね。あの向こうはもうミャンマーです。あー、手持ち無沙汰だ。もうバス車内で座って待ってましょう。すると、後続のバスがやって来て同じ場所に停車するではないですか。それを合図にみんなバスへ戻って来ます。さらにどうやらあっちのバスはトーンパープーム止まりのようで、こちらへ大勢乗り移って来ました。ほとんどは若い男性ですね。なるほど。この後続バスを待っていたのか。案の定、ようやく出発。時刻は15:43。なんと50分もここで無駄にしてしまいました -_-;)市場のど真ん中を抜けトーンパープームの町を出たバスは、再びクウェーノーイ川に架かる橋を渡ります。すると、またもや停車するではないですか。今度は何の説明も無し。でもまた後続のバスを待っているらしいことはもう想像できます。またまた20分ほど時間が経過した頃、反対車線にトーンパープームに向かう後続のバスが到着。なんとあっちはエアコンバス。で、小走りに5人ほど移って来て発車。ひょっとしてこれがサンクラブリー行き最終バスだったりして…。国道323号線に戻ったバスは北上を始めます。道が険しくなり上り坂の連続に。そんな中、警察の検問が出現。時刻は16:49。制服姿の係官が乗り込んできて、パスポートを集め始めました。私も出したものの戻されるではないですか。ここもミャンマーのパスポートだけ集めているようで、提出した人は全員事務所へ連れて行かれました。なんと乗客の大半。タイ人はわずかしか乗ってないってことですね。しばらくして全員戻って来て再出発。すると、左手の木々の間に湖面が見え隠れし始めました。カメラを向けるものの、木や電柱が邪魔してうまく撮れません。そうこうしているうちに道路が湖面に近付いてきて…ようやくマシな写真を撮れました!ワチラーロンコーン・ダムです。クウェーノーイ川を堰き止めて1984年に完成したダムで、当初はカオレーム・ダムという名称だったのを皇太子の名に変更したようです。お、湖に流れ込む3つの川のひとつ、ランティー川に架かる橋を渡ります。渡り切ると、いよいよ最大の難所に。時刻は17:49。急な上り坂をバスは喘ぎながら、歩く速度並みのノロさで登っていきます。その横を普通車がスイスイと追い抜いていくのがなんとも悔しいですね(笑)この辺りは携帯電話も圏外。やっとの思いで登り切ると、今度は下り坂が待っていました。スピードを出させないためか、下り車線はコンクリート壁で狭く仕切られています。下り坂を抜けきると、ようやくなだらかな道に。そろそろかな。バスは左折して右手のバス・ターミナルに停車。終点サンクラブリーに到着しました!時刻は、18:06。ヒンダート温泉でバスに乗車したのが14:25ですから、実に3時間40分もかかったんですね。お陰で左腕が真っ赤に日焼けしてしまいましたよ ^_^;)<旅費交通費>バスに乗っていただけなので:0バーツここまでの合計:300バーツ※旅は2014年4月1日(火)に行いました。つづく※当ブログから1日旅の記事だけを抜粋し見やすくまとめたブログ『タイ~バンコク周辺バス日帰り旅~』 もぜひご覧ください。そちらのブログは左側の「旅ごとに見る」欄で旅名を選ぶと順を追ってお読みいただけます。旅の参考になれば幸いです。
2014/06/12
コメント(8)
![]()
ヒンダート温泉から乗車したサンクラブリー行きバスは、国道323号線を北上していきます。30分も経たずに橋が出現。かなり深い渓谷になったクウェーノーイ川を渡ります。橋を渡った先で車窓が急に賑やかに。トーンパープームの町に到着したようで。カンチャナブリーを出て初めての町らしい町ですよ。中心部をはずれて坂を登った途中にあるトーンパープーム町役場に頭を突っ込んでバックし少し引き返したバスは、右手に停車。「トゥウェンティー・ミニッツ!」車掌さん、タイ語でいいですよ ^_^;)ここで20分停車するようです。時刻は14:53。みんなバスを降りて行ったので私も。せっかくなのでトーンパープームの町を歩いてみましょう。町の中心へ向けて長い坂を下って行きます。すると途中右側にこんな店が!ミリタリー・ショップじゃないですか。機関銃や標準器付きライフルが無造作にショーウィンドウの上に並べてあります。色が剥げて使いこまれている様子の拳銃もあるので、恐らく全て中古なんでしょう。軍の放出品ですかね。店主はというと店の奥で気持ち良さそうに居眠り中。おいおい、そんなにおおらかな管理でいいんですか…(汗)さらに坂を降りて行きます。やはり右手に小洒落たホテルがあったりして一帯の中心的な町であることが伺えますね。ところでそれよりも、遠くに見える山の上にビルマ様式らしき仏塔が見えますね。調べたところワット・ターカヌン(วัดท่าขนุน)のようです。登ってみたいけどさすがに無理だな。さらに歩くとこれまた右手に、水遊び場が突然出現。プーラチニー湧水地(พุน้ำปูราชินี)との看板のあるので、ここから水が湧き出ているんですね。大勢の子供がキャッキャ言いながら遊んでいます。ようやく坂の下の中心部に到着。なぜか水遊びグッズを売る店が道の両側に何店も。プーラチニー湧水地で遊ぶ人向けにしては多過ぎですね。もうすぐ訪れるソンクラーンの需要を当て込んでいるんでしょうか。この辺りには市場やコンビニ、銀行もあってなかなか賑やかです。あと10分で発車時刻なのでそろそろ戻りますか。この道を進んだ先の登り坂の途中にバスは停車しています。右に見えるコーヒー・スタンドでチャーイェン(アイスミルクティー)を買ってバスへと戻ってみると…、車内にまだ誰も戻ってない -_-;)もうちょっとぶらつきますか。さっきバスが引き返すのに頭を突っ込んだところが気になったので行ってみましょう。前には、ナンヨーン・トーンパープーム通りの0キロポストが。この道はそういう名前なんですね。それはいいとして興味深いのは後ろの建物なんですよ。トーンパープーム町役場。これ、どうみても日本の天守閣建築を模していますよね。屋根の上にシャチホコまで乗っているので間違いないでしょう。かと言って建物には「国王生誕八十年祝賀棟」との名称があり、プミポン国王は現時点で86歳ですので、6年ほど前に建てられた新しい建物のようです。トーンパープーム郡には泰緬鉄道が通っていて、クウェーノーイ川東岸にターカヌン駅がありました。旧日本軍が西岸のこの辺りにも大勢駐屯していたのでしょうか?もしかしたらかつてこの場所に旧日本軍の手で建てられた帝冠様式の建物があって、老朽化で建て替えた今でもその様式を引き継いでいるのでは・・・。などと勝手に想像を膨らませてしまいましたが、少なくとも敢えてこんな様式にしているのには理由があるはず。調べてみると面白そうですね。ちなみにトーンパープーム町役場のウェブサイトには、その点について何も書かれていませんでした。ところでバスはいったいいつ発車するんでしょうか -_-;)<旅費交通費>バス代支払い済みなので:0バーツここまでの合計:300バーツ※旅は2014年4月1日(火)に行いました。つづく※当ブログから1日旅の記事だけを抜粋し見やすくまとめたブログ『タイ~バンコク周辺バス日帰り旅~』 もぜひご覧ください。そちらのブログは左側の「旅ごとに見る」欄で旅名を選ぶと順を追ってお読みいただけます。旅の参考になれば幸いです。
2014/06/09
コメント(8)
![]()
ヒンダート温泉にある浴槽3つ全てに入り比べをしてみますか。この最初のは、前回も書いたとおりややぬるめで眠さを誘ういい湯加減。その隣の2つめに移ってみると、最初は少し熱めに感じたものの、すぐに慣れて日本人にちょうどいい湯加減に感じました。日本の熱めの温泉ほどでは全然なく、やはりどちらかというとぬるめの部類ですかね。さらに木を挟んだ向こう側の3つめに向かうと、今までの2つが胸までの深さだったのに対して、ももの付け根までの深さ。階段もあるし、ここなら日本の温泉のように座って入浴ができます。湯加減は1つめと同じでややぬるめ。いいもんですよ~。さて、のんびり浸かっているとのぼせそうですし、先を急ぎたいので泣く泣く温泉から上がることに。荷物を置いたところから再度眺めてみます。実は私がこのヒンダート温泉を知ったのは、TBSの『世界ふしぎ発見!』で2014年3月1日(土)に放映された「日本に追いつけ!追い越せ! 未知なる温泉王国タイ」を見てなんです。番組内でも説明がありましたが、ヒンダート温泉は旧日本軍と深い関係があります。ヒンダート温泉を紹介するタイ語サイトを調べると、泰緬鉄道建設にあたった日本軍がこの地で温泉を発見し入浴用に整備した、とのこと。一方番組では、地元の人から温泉が湧き出ている場所があることを知らされた日本軍が入浴用に整備した旨の説明がありました。まぁいずれにしても入浴用に初めて使用したのは日本軍だったということですよね。日本軍が利用した証拠が、東京目黒の防衛省防衛研究所に保管されていて閲覧できます。南方軍野戦鉄道隊が作成した「昭和十九年八月現在 泰緬連接鉄道要図」がそれ。泰緬鉄道のおおまかな地図なのですが、「ヒンダート」駅のすぐ南に♨マークとともに「温泉療養所」との記載が見て取れるんです。傷病兵の療養などに利用したのでしょうかね。そんな温泉に浸かることができて感慨深いものがあります。この路線図ですが、わざわざ防衛研究所まで行かなくても、『泰緬鉄道-機密文書が明かすアジア太平洋戦争』吉川利治著、同文舘、1994年の巻末に掲載されていますので、興味のある方はぜひ。更衣室で着替えて橋を渡ろうとすると、左手にこんなものが。お坊さん専用温泉?法衣は干されているもののお坊さんの姿は無し。ここまで来るのがちょっと大変だけど、ぜひまた温泉にのんびり浸かりに来たいですね。橋を渡った先は売店が連なっています。ここで昼飯代わりに15バーツの菓子パンを購入。ついでにバスの間隔を尋ねると頻繁には無くて30分に一本ぐらいとのこと。ちなみに売店では短パンやTシャツを売っているので、手ぶらで来ても温泉を楽しめますよ~。帰りがけにかつてこの先にあった泰緬鉄道ヒーンダート駅の跡を探そうかとも思ったんですが、跡形も無くなり探しようが無さそうなので断念。てくてく歩いて、国道323号線に出ました。昼下がりでさすがに暑いです。角の売店でジュースを買いますか。ビルマ語だかモン語だかの踊る広告が遠くに来たことを実感させてくれます ^_^;)店内を何気なく見回したらなんと日本語が!こんな山奥でも日本語を見かけるなんて嬉しいじゃないですか。思わずジュース2本買っちゃいました(笑)国道を渡った先のあずま屋へ。時刻は13:36。バスを待ちながら菓子パンを食べます。うーん、30分経ったけど来やしませんなー。不安になっていたところ、ようやくバスの姿が!しかし、なんとスピードを緩めずに通過するじゃないですか~!!慌てて走り出て、手を振ります。すると、しばらく先で停車してバックしてきてくれました ^_^;)助かりましたよ。時刻は、14:25。車掌さんにお礼を言いつつ、運賃を支払います。終点サンクラブリーまで110バーツ。さて、何時間後に到着することやら。<旅費交通費>バス:110バーツここまでの合計:300バーツ※旅は2014年4月1日(火)に行いました。つづく※当ブログから1日旅の記事だけを抜粋し見やすくまとめたブログ『タイ~バンコク周辺バス日帰り旅~』 もぜひご覧ください。そちらのブログは左側の「旅ごとに見る」欄で旅名を選ぶと順を追ってお読みいただけます。旅の参考になれば幸いです。
2014/06/05
コメント(13)
![]()
さぁ、橋を渡ってヒンダート温泉へGO!時刻は、12:51。橋上から左を見下ろすとこんな感じ。右手に温泉の浴槽が手前に1つと木を挟んで向こう側に2つ。その左側には川が手前から向こうへと流れています。なるほど、温泉に浸かった後は川でクールダウンできるってワケですね。子供はもっぱら浴槽よりも川でキャッキャと遊んでいます(笑)渡り終えたところに看板が。←更衣室←ロッカー←マッサージ棟←個室風呂←温泉風呂さっきチケットもぎの男性にも尋ねたんですが、更衣室があってほっとしましたよ。矢印に従って歩いていくんですが、そこかしこに…ロシア語表記の注意書きがあるのがなんとも異彩を放っています。それだけロシア人客が多いってことなんですかね?ちなみにタイ語部分には、荷物や衣服を浴槽周辺、草地、テーブル、椅子に置くこと禁止。飲み物とタオルのみ置くことを許可。と結構キビシイことが書いてあります。つまりロッカーを使えってことなんですね。その「ロッカー室」がこの先にあったんですが(しかもタイ語よりもロシア語表記のほうがデカい)、シャッターが下りてて、「4月2日オープン」との手書きの貼り紙が。どうしろと言うんだー(笑)ここまできてなんとなく読めたような。ロシア人客との間で荷物をめぐるトラブルが多発したんじゃないんですかね?いずれにせよ私には関係無いことですが。放っておいてとりあえず斜面を登ると、トイレ発見。入っておきましょう ^_^;)で、その右手もう少し上に、更衣室はあそこか!入ってみると、あれ? さっき看板にあった個室風呂が更衣室を兼ねているんだろうか?こういう個室がいくつか並んでいるんですよ。かなりの確率でドアが壊れていますが。まぁいっか。ドアが閉まる部屋を見つけて、持参した短パンに着替え完了。温泉を見渡したところ、女性はTシャツを着ているものの、男性はTシャツ着用と上半身裸が半々って感じでした。なので私も上半身裸にしました。斜面を下って温泉のところへ。右手には、シャワーが。温泉に入った後は体を流しましょうってことですね。そのさらに右には、マッサージ棟があって、これが以外にも結構お客さんがいるんですよ。Thai MassageFoot Massage10 Minutes 50 B.20 Minutes 100 B.30 Minutes 150 B.タイマッサージタイ人 1時間 200.-外国人 1時間 250.-と。30分まではタイ人・外国人の区別なく150バーツだけど、1時間以降は外国人料金があるっていうことなんですかね?不思議な料金設定です -_-;)さあ、いよいよ温泉に入るぞ!…といきたいところですが、荷物どうしよう。見回すと、シャワーの前にあるテーブルと椅子にみんな荷物を置いているんです。じゃぁ私も~。ヤッホ~!! 温泉だ温泉だーっ!!手前の浴槽に近寄ると、角から湧き出たお湯が溢れ出てこんこんと川へと流れていっています。新鮮なお湯ってことですね。では、まずは足から。時刻は、13:09。ヒャッホ~。そして徐々に体を沈めていきます。深さはちょうど胸の高さ。下は川底のように小石がごろごろしています。肝心の湯加減はというと、ややぬるめ。眠さを誘う気持ち良さです。こんな暑季真っただ中の4月にタイで温泉だなんて我ながら何考えているんだと思っていたんですが、木々の日陰にあるためか、汗ダクダクなんてことはなく実に快適。ここまではるばる来た甲斐があったってもんです。最高だー \(^o^)/<旅費交通費>温泉に入っただけなので:0バーツここまでの合計:190バーツ※旅は2014年4月1日(火)に行いました。つづく※当ブログから1日旅の記事だけを抜粋し見やすくまとめたブログ『タイ~バンコク周辺バス日帰り旅~』 もぜひご覧ください。そちらのブログは左側の「旅ごとに見る」欄で旅名を選ぶと順を追ってお読みいただけます。旅の参考になれば幸いです。
2014/06/02
コメント(12)
全9件 (9件中 1-9件目)
1


