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中生代の海は怪物だらけだった。歯が突き出た魚も、硬い殻を噛み砕くサメも、巨大なモササウルスもいた。そしてさらに、深海に生息していた危険な生き物がまた1つ明らかになった。 8本の腕を持ち、信じられないような大きさに成長し、骨を砕くくちばしで獲物を食べていた「白亜紀のクラーケン」とも言えるナナイモテウティス・ハガーティ(Nanaimoteuthis haggarti)だ(想像図)。2026年4月23日付のアメリカの科学誌「Science」に掲載・報告された。 なおクラーケンは、近世ノルウェーの伝承に登場する、巨大な海の怪物で船を襲うと恐れられていた(絵)。◎残ったくちばしの化石から全長19メートルと推定 1億年前から7200万年前に生息していたタコのくちばしの化石を調査し、あごの構造から生物の大きさを推定したところ、ナナイモテウティス・ハガーティの全長の推定値は最大で約19メートルに達した。史上最大の無脊椎動物だった可能性もある。論文によると、サメ、首長竜、モササウルスといった古代の脊椎動物の捕食者たちにとって、この巨大タコは嫌な相手だったようだ。 論文の最終著者で、北海道大学の古生物学者である伊庭靖弘博士(写真)は、「海洋生態系が『脊椎動物の時代』だったという通説に異を唱える結果」だとしている。ナナイモテウティス・ハガーティは、巨大な体と柔軟な腕、そして強いあごの力によって、古代の海の頂点捕食者として君臨していたと氏は考えている。◎軟体動物で化石は残らないがただ1つくちばしは残る この新たな発見からは、化石がほとんど残っていないあるグループの進化についての知見を得ることができる。 数億年前に身を守る殻を捨てていた軟体動物には、化石になりやすい部分がほとんどない。しかし、古代のタコにも例外的な部分が1つだけあった。甲殻類の外骨格と同じく、主にキチン質で出来ているオウムのようなくちばしだ。 現生種では、タコのくちばしのサイズが体の大きさとよく関連しているため、古生物学ではくちばしだけで古代の頭足類の大きさが復元される。 伊庭博士のチームは、日本とカナダのバンクーバー島の白亜紀後期の地層から見つかった、保存状態のよい15個のくちばしの化石を分析した。詳しいデータを得るため、AIを利用して日本の堆積物サンプルに含まれているタコのくちばしの化石を調べた。「デジタル化石マイニング」とチームが呼ぶ手法によって、岩石の内部の画像を大量に処理したところ、隠れていた化石が見つかった。◎12個のタコのあご化石からナナイモテウティス見つける このアプローチのおかげで、従来の技術では難しかったあごの化石まで見つけて、3Dデジタル化石として復元できた、と伊庭博士は述べる。 この作業により、12個のタコのあごの化石が見つかった。その中には、巨大なくちばしの化石も含まれていた(写真)。 大型の標本のうち2つは、くちばしの化石の形状から、ナナイモテウティスの既知の種であることが分かった。 ナナイモテウティスは、かつてコウモリダコの近縁だと考えられていたが、今回の研究で有触毛亜目(ゆうしょくもうあもく)であることも明らかになった。有触毛亜目は深海に棲む頭足動物で、腕の間に膜があり、頭には耳のような特徴的なヒレがついている。◎最古の記録を1500万年さかのぼらせる 今回見つかったあごの化石から、こういったタコの仲間が白亜紀後期にかなりの大きさになっていたことが分かる。中でも最大のあごを持っていたのが、8600万年前~7200万年前に生息していたナナイモテウティス・ハガーティだ。そのくちばしの大きさは、ダイオウイカの1.5倍ほどだった。 近親種であるナナイモテウティス・ジェレツキィ(Nanaimoteuthis jeletzkyi)も、全長の推定値は最大で約8メートルに達した。 さらに今回見つかったその化石から、最古のタコの記録が500万年、最古の有触毛亜目の記録が1500万年ほどさかのぼることになった。 しかし、この驚異的な大きさに疑問を持つ科学者もいる。 ナナイモテウティス・ハガーティが最大19メートルに達するという結果は、「かなり極端な数字」と、スイス、チューリッヒ大学自然史博物館の古生物学者で、古代の頭足類の大きさについて研究しているクリスチャン・クルッグ博士は述べている。あごしか残っていないのだから、ある程度の不確実性があるのは当然のことかもしれないからだ。◎8本腕の頂点捕食者 2つのナナイモテウティスの大きさから、この時代、タコの仲間が海の支配者の一員だった可能性がうかがえる。クルッグ博士は、白亜紀の海の食物連鎖の頂点にいたのはタコだったと考えている。大きさを考えれば、頂点捕食者であったはずだ、とクルッグ博士は推定する。おそらく大型の獲物を仕留めた後、くちばしを使って食べやすい大きさにしていたのだろう。 今回調査対象となったくちばしの化石には、欠けている、傷がついている、摩耗して鋭かった部分が丸くなっているなど、噛み砕くのに使った痕跡も見られた。1割ほどなくなっていたものもあった。伊庭博士はこれを、硬い殻を日常的に噛み砕いていたことによるものだと考えている。昨年の今日の日記:「現代のジャガイモは原種と野生トマトの交雑から進化した(前編):世界の食を支えるジャガイモの起源」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202509270000/
2026.09.27
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桜便りに誘われて、3日前の3月29日、国営昭和記念公園を初めて訪れた(写真)。手入れの行き届いた広大な公園に、ソメイヨシノが満開で、それはさながら「桜の海」だった。やや遅いかなと案じて出かけたが、前日まで雨などぐずついた天気が続き、肌寒い陽気でもあった。ソメイヨシノは、十分にもってくれた。◎都心から意外と遠くない 東京駅から特別快速で約45分、JR立川駅北口から10分ばかり歩くと、あけぼの口になるが、ここは入口ではない。さらに5分ばかり歩くと、ゲートとチケット売り場があり、ここで450円を払って入場できる。都心から、意外と遠くない。 この日は久しぶりに晴れたので、春休みもあり、家族連れが多い。イヌを連れた人もいて、ここはイヌの同伴が可なのだ。平日なので、混雑というほどではない。 春浅いので、ほとんどの木がまだ芽吹いていないが、ほぼ裸のイチョウ並木をまっすぐ歩いて行くと、「ふれあい広場」に出て、その先に「旧桜の園」がある。以前は、ここだけにソメイヨシノが植えられていたのだろうか、桜は満開だ。薄いピンクの花に見とれていたが(写真)、これはまだ早い。実は、後にもっと壮大な「桜の海」が待っているのだ。◎満開の桜の森、さながら「桜の海」 大きな「水鳥の池」に着く。だが水鳥はすでにシベリアに帰ったのか、見えない。 そこを右折し、旧桜の園を観ながら花木園を進むと、広大な「みんなの原っぱ」に出合う。手前の植え込みにヤマブキが黄色い花をつけていた。それにしても広い。 緑の芝生の先に、黄色の横に広い「じゅうたん」が見える。開花した菜の花である(写真)。近くに寄ると、菜の花の香りが体を包む。 そして「桜の園」である。まさに満開のソメイヨシノの海で、青空に映え、壮観そのものだ(写真)。僕は、何回もカメラのシャッターを切った。◎様々な品種のチューリップと紫のムスカリ 近くには、様々なチューリップも植えられている。開花の時期をうくま組み合わせて花を楽しめるように配慮されていて、まだ花が咲いていない区画もある一方、見事なチューリップの「絨毯」区画もある(写真)。 その一画にの紫の花は、ムスカリだ。ムスカリをこれほど広い範囲に植えた例は知らず、紫が実に美しい(写真)。 公園の北部の日本庭園も美しかった(写真)。 広大な公園全体を観て回るには、根気と体力が要る。僕は、2時間ほど堪能し、園を出た。◎元米軍立川基地跡に広大な公園 昭和記念公園は、その名のとおり昭和天皇の在位50年を1983年に開園した。今年で満40年になるが、なお全体は完成していないようだ。 元アメリカ軍立川基地の跡地で、都心に近い所で、これほど広大な公園(全体で180ヘクタール)が整備されているのは貴重だ。 僕の住む千葉県からは遠いが、JRを使えばさほど不便でもない。 今まで訪れたことのなかったのは、不覚と言うしかない。今後、季節の節目節目に訪れたい。昨年の今日の日記:「防衛関連産業・企業は『社会的に有害』なのか? 行き過ぎたESGは誤りで、それを正したロシアのウクライナ侵略」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202204010000/
2023.04.01
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2019年も、あと数日で終わる。しかし新しい年は、またやって来る。カタストロフィック・イベントがやって来ない限りは。 すべての生物種の70%が絶滅し、恐竜類が地上から姿を消した約6550万年前の白亜期末の大絶滅は、直径10~15キロの小惑星が現メキシコのユカタン半島北端部に衝突して起こったことを、今では疑う者はいない。◎過去6度のカタストロフィー大絶滅 ただそれでも、大絶滅の様子がある程度分かっている過去6度のカタストロフィック・イベントの中で、最も生物の絶滅率が低い大絶滅イベントだった。例えば古生代後期のペルム紀末(約2億5100万年前)の大絶滅は、地球史上の最大の大量絶滅だったが、この時、すべての生物種の95%近くが消え去っている。 白亜期末の大絶滅は、大量絶滅史の中では最も若い絶滅なので、それだけはっきり分かっていて、もしこれが数億年前だったら、その後の大量絶滅に埋もれてしまった可能性も高い。 ただはっきり分かっていると言っても、引き起こしたのが小惑星の衝突であるのは確かだが(想像図)、そのメカニズムは必ずしも定かではない。◎白亜期末は「衝突の冬」だけが絶滅原因か 有力なのは、「衝突の冬」説である。つまり衝突で舞い上がった夥しい量の塵、大火災による煙、煤などが成層圏まで舞い上がり、全球を数年~数十年も覆い、太陽光線を遮って全球を氷河時代のように凍らせ、植物が死滅、それを食べていた草食恐竜がまず死に絶え、ついで草食恐竜を食べていた肉食恐竜が絶滅した――というものだ(想像図)。 ただ消えたのは恐竜だけではない。空を駆ける翼竜、海に棲む首長竜やアンモナイト類なども絶滅した。生物種の75%もが絶滅する大量絶滅が「衝突の冬」だけで起こったのは、考えにくいのである。◎地中の硫黄が大気中に放出されて強酸の酸性雨 そこで最近、古生物学者は、もう1つの絶滅要因を突き止めた。現在もユカタン半島の地下に残る直径約160キロの大クレーター跡「チチュルーブ・クレーター」(写真)を掘削調査していた国際研究チームは、このほど有力な手掛かりを見つけた。 それによると、ユカタン半島の地層中に含まれる硫黄が大衝突による高温で三酸化硫黄になり、硫黄分にして少なくとも3250億トンもの膨大な量が大気中に放出されたという。三酸化硫黄ははるか宇宙空間まで舞い上げられ、わずか数十秒で三酸化硫黄を含む巨大な雲も発生した。 これは、舞い上げられた熱い水蒸気に溶け込み、高空で冷やされて硫酸並みの酸性雨となった。これが衝突の1日後から降り始め、世界中で1週間は降り続いたと見られるという。◎絶滅を免れたのは酸性雨を避けられた動物 硫酸並みの豪雨に打たれれば、地上の動植物は焼けただれて死滅するだろう。海にも流れ込み、一時的に酸性の海となる。 先の「衝突の冬」は、強酸性の豪雨の後に訪れたに違いない。生き延びられたのは、木の洞や岩の亀裂に身を縮められた雑食性の一部哺乳類や冬眠できた爬虫類、そしてあらゆる悪環境にも耐えられる一部昆虫類、そして種子として「休眠」できる植物などだった。◎今後の大衝突で文明を再建できるか ちなみに6550万年前と異なり、高度の文明社会になった現代なら、壊滅的だろう。生き延びられるのは、十分な食料と水を蓄えたシェルターに逃避できたごく限られた人々だけに違いない。こうした「特権」層も、飢えた民衆にいつ襲われるか分からない。襲撃されたら、憎しみを一身に浴びて殺されるに決まっている。 何十年も続く「衝突の冬」と酸性化した土壌・河川湖沼の回復を待って、文明を再建できるだろうか。・過去の関連日記――11年2月27日付日記:「地球最大の火山噴火が地球史上最大の大絶滅を引き起こした証拠見つかる;パンゲア大陸分裂とカタストロフィー;ジャンル=古生物学、地質学」昨年の今日の日記:「キャッシュレス後進国の日本、本命のQRコード読み取り決済方式は大乱戦の危うさ」
2019.12.28
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かつては不動のNTTが圏外に去り、代わって新興のソフトバンクグループ(SBG)とキオクシアが台頭し、古豪のトヨタと三菱UFJフィナンシャル・グループが返り咲き、丁々発止を繰り広げている。◎目まぐるしいトップ争いと銀行株の復活 東証上場企業の時価総額トップ争いだ。そこに日本経済の構造変化が垣間見える 直近の9月18日の終値ではトップは、約44.15兆円のトヨタだった(表)。しかしこれは、不動のポジションではなかった。6月1日には生成AI関連のSBGがトヨタを抜いてトップに躍り出ると、4日にはトヨタが巻き返して逆転、12日には新興のキオクシアが一躍トップに躍り出た。ところがこのところの金利上昇を追い風に三菱UFJが首位に躍り出て、その後はトヨタと抜きつ抜かれつのトップ争いを演じている。 かつてバブル全盛の1989年頃は、銀行株が時価総額のトップ10の7銘柄を占めていたこともあったが、その後のバブル崩壊、不良債権処理などで大きく時価総額を落としていた。それが、見事に復活した。三菱UFJだけではない。三井住友FGも、26兆円弱と5位につけている。◎キオクシアは上昇か下降か、はたまた停滞か 目覚ましいのは、データセンター向けにメモリー需要の急増しているキオクシアだ。 2024年12月18日に上場したばかりなのに、一時は時価総額が60兆円台に乗った。その後、大きく調整し、時価総額は半分弱に縮んでいる。 キオクシアが特異なのは、業績は絶好調で予想PERが4倍程度と超割安なのに、5万円台をなかなか抜けきれないことだ。同業のお隣韓国のサムスン電子とSKハイニックスも5、6倍程度なのに、今年半ばの勢いはない。 投資家は、数年後の半導体市況の軟調を予見しているかのようだ(市況産業について触れた26年5月25日付日記:「絶好調のキオクシアは買いなのか、予想PERは超割安を示すが」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202605250000/を参照)。◎軟調なのにトヨタが堂々首位、かつての世界首位のNTTはトップ10の圏外 前記4社のうち、2月9日に4000円ジャストの年初来高値をつけたトヨタの株価もこのところ軟調だ(図)。トランプ関税は株価に織り込まれたと見られるが、円相場の動向と来期の目覚ましい躍進が見通せないからだ。成熟産業と見られていることも一因かもしれない。 それなのに時価総額トップにつけているのは、トヨタが日本を代表する企業とみなされているからだろう。 もう1つ寂しいのが、NTTだ。1987年5月11日には時価総額約48.6兆円を記録して、当時の国内トップに君臨し(のみならず世界でもトップだった!)、長くその地位を保っていた。しかしその後のバブル崩壊とリクルート疑惑に巻き込まれ、低迷の泥沼にはまり、なかなか浮上せず、トップ争いの圏外にある。NTTの技術力をもってすれば、SBGの後塵を拝しているのはなんとも愚かしい限りだ。やはり元電電公社の体質が抜けきれないのかもしれない。◎リクルートの目覚ましい勢い NTTの足を引っ張ったそのリクルートが、皮肉にも今は三井住友FGに肉薄する6位に浮上している。今年の勢いから(図)、ベスト5に入るのも間もなくかもしれない。 アメリカで展開するIndeedなどの「HRテクノロジー事業」がAIを取り込んで好調を維持している。「圧倒的当事者意識」と「フラットで自由な環境」を基盤に、徹底した成果主義と個人の成長を重んじるカルチャーがある。指示待ちの風土など全くない。 今は亡き創業者の江副浩正氏(写真)の遺伝子が受け継がれている。江副氏の残した社訓「自ら機会を創り、機会によって自らを変えよ」とこの文化がある限り、さらに成長していき、株価2万円も間もなく通過していくだろう(ちなみに先週末の終値は1万7350円だった)。昨年の今日の日記:「旧ユーゴ3カ国周遊(44):僕の選んだベスト10(前編)、絶景の連続、千変万化の水の色などの湖と文化遺産」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202509240000/
2026.09.24
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アメリカ、カーネギー研究所などの研究グループは、このほど太陽系に一番近い恒星(太陽系から4.2光年=約40兆km離れた所に位置する)のプロキシマ・ケンタウリで、大規模な爆発現象「フレア」を確認した。◎たった2分間の大規模フレアだが ケンタウルス座の11等星で太陽系最近の恒星プロキシマ・ケンタウリと言えば、地球よりやや大きい程度の岩石の惑星ケンタウリbを従えている赤色矮星であり、そのケンタウリb系は外惑星として生命存在の可能性が最も高い、と話題になった(16年10月10日付日記:「地球に最も近いプロキシマ・ケンタウリに生命存在可能な系外惑星プロキシマbを確認」を参照)。 しかしこの大規模フレア現象が確認され、しかもそれが頻繁に起きているらしいことから、誕生したとしても生命は存続しがたいことが明らかになった。 研究チームは、南米チリにあるアルマ望遠鏡で2017年1月から3月の間、約10時間、プロキシマ・ケンタウリを観測していた。その間、冒頭で述べたような大規模フレアが発生したが、それはわずか2分間ほどの出来事だった(想像図=プロキシマ・ケンタウリで発生した巨大フレア。右下は系外惑星のケンタウリb)。◎過去に起こった太陽フレアの10倍 この規模は、過去に太陽で起きた最大のフレアの10倍もあり、周囲を回る惑星に膨大な放射線が降り注いだとみられる。 プロキシマ・ケンタウリのような赤色矮星(半径は太陽の7分の1)は、活発なフレア活動が見られることが多いという特徴がある。実際にプロキシマ・ケンタウリもX線フレアを頻繁に起こす星であることは知られていた。その中でも、今回観測されたフレアは最大級のものだった。◎惑星ケンタウリbの受けた放射線量は地球の受ける4000倍 このフレアによってプロキシマ・ケンタウリからの電波強度は10秒間で1000倍も強くなっていた。 プロキシマ・ケンタウリと惑星ケンタウリbとの距離は太陽から地球までの20分の1しかないため、今回の巨大フレアでケンタウリbが受ける放射線量は地球が太陽フレアから受けるものの4000倍にもなった計算だ。 前記の過去日記でも述べたが、地球サイズに近いケンタウリbは、母星からもほど良い距離にあることから、大気があり、また表面に凍結状態ではない、液体の海が存在することが想定され、したがって生命が誕生していることが期待されている。 しかしこの桁外れに強烈な放射線をケンタウリbが頻繁に受けているとすると、その可能性はほとんどゼロに近くなる。表面に大気や水があったとしても、巨大フレアの発生の度ごとに強烈な放射線を受け、すべて蒸発してしまい、地表面も滅菌されてしまうという。◎強烈な放射線で生命は焼殺 これまで、中心の恒星と惑星との距離が適切な条件であれば惑星に生物が存在できるかもしれない、と指摘されてきたが、今回の発見は、その条件だけで生命存在の可能性を議論できるほど状況は単純ではないということになる。 赤色矮星は銀河系内にありふれた存在とされ、その赤色矮星のほとんどに惑星を従えている可能性が考えられたが、少なくとも巨大フレアを頻繁に起こす赤色矮星の系外惑星には、生命存在の可能性は乏しくなったと言えるだろう。 系外惑星はこれまで5桁に迫るほど見つかっているが、やはり地球のような存在は、希有なもののようだ。安直に生命存在の可能性など論じられなくなったということだ。昨年の今日の日記:「エチオピア紀行(99):修行僧か、ミイラを発見。聖ゲオルギス教会周囲の壁の横穴墓で」
2018.03.31
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山形の女性眼科医殺人事件は、発生も容疑者逮捕もまさに現代的だ(写真=犯行現場)。 現在、報道で知る限り、被害者の矢口智恵美さんと容疑者の山形大人文学部4年生、加藤紘貴との接点はない。カルテにも、加藤が矢口さんのクリニックを受診していない。◎犯人と被害者に接点のない典型的な難事件 防犯カメラでは、加藤が矢口さんの住むマンションの入口を物色している様子も写されている。鍵のかかっていなかった矢口さんの家に、たまたま押し入っただけようだ。 事件発覚直後は、被害者の矢口さんが頭骨が陥没するほど鈍器(矢口さん所有のゴルフクラブか)で何度も強打されていたことから、深い恨みを持つ者の犯行だと思われた。だとすると、被害者とはこれまで濃密な接触があったはずで、すぐに犯人は挙がると想像された。 それが接点のない行きずりの犯人の犯行、となった。従来なら、最初の見込みに振り回された結果、絶対に迷宮入りとなる犯罪だった。◎防犯カメラが追跡した犯人 加藤が容疑者として浮上したのは、街中のあちこちにある防犯カメラから、である。スターリニスト中国の個人認証機能が究極的にまで進歩した2億台超の防犯カメラなら、すぐに容疑者検挙になっただろうが、日本の場合はそこまでいっていない。ぼんやりした防犯カメラの画像から、よくぞ加藤を特定できた、と感心する。 おそらく事件現場近くの防犯カメラから、付近のカメラを時間を置いた画像を集め、似た人物を追跡していき、住まいや立ち寄り先を特定して検挙につなげたのだろう。◎史上有名な未解決事件の時代に防犯カメラがあったら 現在、犯罪が起こった時、捜査員が最初にとりかかるのは、コンビニやマンションなど街中に設置された防犯カメラの画像の回収だという。遅くなると、古い画像は上書き更新されてしまうので、時間との勝負である。その分、刑事ドラマ的な脚で稼ぐ聞き込みは手薄になっている。 しかしこうしたニュースに接すると、未解決事件となった東芝府中3億円事件やグリコ・森永事件を思い出さざるをえない。あれほどの物証や目撃者がありながら、ついに未解決に終わった事件も、現代なら確実に逮捕へとつながるだろう。 スターリニスト中国のように人権活動家や少数民族を監視する監視カメラには嫌悪感を覚えるが、日本のような防犯カメラは治安維持のために望ましい。昨年の今日の日記:「金正恩と握手したトランプの不条理を噛みしめるイラン・イスラム原理主義指導部、イランに悪い教訓を与えた?」
2019.06.15
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さてモルモットだが、生物分類学では齧歯類(齧歯目)、テンジクネズミ科、テンジクネズミ属に属する。◎カピバラ、ヌートリアもテンジクネズミ科 テンジクネズミ科は、南米では繁栄し、様々に種分化を遂げた。 我々に比較的なじみやすい仲間としては、例えば「地上最大のネズミの仲間」と呼ばれるカピバラがいる(写真)。これは、テンジクネズミ科に属する。 さらに毛皮動物として移入され、日本でも増えて問題になっている半水性の特定外来生物のヌートリア(写真)。これも、テンジクネズミ科だ。 草原などに住み、毛皮や食用として狩猟されているビスカーチャ、さらに毛皮としては最高級品とされるチンチラも、テンジクネズミ科である(なおチンチラも、ペットとして人気で、僕の知り合いは、チンチラを飼っている。さぞかし高かったに違いない)。僕は、マチュピチュの岩山で、たまたまチンチラを観て感激したことがある(写真)。◎体重1トン(?)の史上最大のテンジクネズミ科は絶滅 カピバラも大きいが、テンジクネズミ科で史上最大の種は「ジョセフォアルティガシア・モネシ(Josephoartigasia monesi)」であろう(下の想像図)。南米の草原地帯で400万~200万年前に生息していた。 完全な頭蓋の長さは53センチもあった。推計では、体長は3メートル、体高は1.5メートルもあった。齧歯類なのに、現生のサイほどの大きさがあったのだ。体重は、1トンほどもあったかもしれない。なぜ絶滅したかは、謎だ。 ただ生き延びていたとしても、どのみち1万3000年前頃に南米に人類が登場したら、絶滅していただろう。これほどの大型の草食獣を、パレオインディアンが見逃すはずはないからだ。◎アフリカ大陸の原産 これほど南米で繁栄しているテンジクネズミ科は、前に南米原産と書いたが、どうやらおおもとの祖先は、アフリカ大陸にいたらしい。 遅くとも4100万年前には、その祖先がアフリカから渡ってきた。 その時、ゴンドワナ大陸はとっくに分裂を終わり、アフリカと南米の間に古大西洋が出来ていた。だから、アフリカ大陸からおそらく流木に乗ってマダガスカル島に漂着したキツネザルが、そこで大適応放散したように(17年2月26日付日記:「生物のニッチということ、収斂進化のサイラシンはディンゴに敗れた;そしてマダガスカルのメガラダピス」、11年2月3日付日記:「アフリカ、マダガスカル島のキツネザルの偶然;進化が生んだ多様化;ジャンル=生態学、進化生物学」、10年1月30日付日記:「スパコンで解いたマダガスカルの哺乳類固有種の漂流説:原猿類、キツネザル、メガラダピス」を参照)、テンジクネズミの祖先も(まだ現生のネズミのように小さかった)流木に乗って南米にたどり着いたのだろう。 当時の大西洋は、現在ほど広くはなく、アフリカ-南米間はもっと狭かったから、移住はそれほど困難ではなかったと思われる。◎運良く漂着した南米大陸で大繁栄 それはオス・メスたった1つがいだったかもしれない。 ところが運良く南米大陸に流れ着いたテンジクネズミの祖先はここで、マダガスカルのキツネザルのように、現代のテンジクネズミ科に見られるが如く多種多様に放散した。むろんアフリカから流木に乗ってきた「挑戦」(ただし意図的なものではなく、アクシデントに過ぎなかったが)は、気の遠くなるような年数の間に何百、何千回もなされただろうけれど、その成功はたった1回で済んだ。 そのたった1回の成功が、ペットになり、実験動物になり、あるいは毛皮、食肉にもなった。 だからただ1度の「挑戦」は、生物としては大成功であったと言えるのである。昨年の今日の日記:「乗鞍岳登頂記(6):帰路も高山植物の花々を楽しむ」
2019.08.18
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ユジノサハリンスクの郷土博物館の2階に上がると、主に歴史展示である。 展示室の入口に、ここにも大きなネヴェリスコイ像が僕らを迎えた(写真)。ネヴェリスコイ像にお目にかかるのは、これで3度目だ。サハリンの1番の偉人扱いである。◎高品質の北海道産黒曜石を素材にした旧石器 郷土展示室に入ると、まず考古展示に、目が行った。 見ると、旧石器時代には意外に黒曜石製の石刃石器が多い(写真)。すでに日本の研究者によって火山島ではないサハリンの黒曜石は、一部沿海州産もあるものの多くは北海道などから運ばれたものであることが突き止められている。 旧石器時代、サハリンと北海道とを隔てる宗谷海峡は陸化していたので、北海道はシベリア大陸からぶら下がったような形の半島だったから、白滝などの黒曜石産地から大量に運ばれていたのは当然である。 氷河期が終わり、宗谷海峡が現れ、サハリンが海で北海道と切り離されても、黒曜石の流入は続く。何しろ主に白滝などの北海道産黒曜石は、最高品質の石器素材であったからだ。ただ数は減る。◎細石刃と植刄器も 旧石器時代最末期、一部縄文時代草創期初頭にかかる細石刃も展示されているが、これなど北海道の細石刃と全く区別がつかない。北海道の旧石器人と交流が続いていた証拠だ。 細石刃は、細石刃核から次々と爪楊枝のような小さく薄い薄片を剥ぎ取っていったもので、動物の骨や角に埋め込んで、狩猟具などとして使った(下の写真の上=「3」のナンバーの振られた6点の小さな石器が細石刃;下の写真の下=動物の骨に細石刃が埋め込まれた植刄器)。◎鈴谷式土器とその時代の石器素材の劣化 ずっと時代が下って鈴谷文化期の鈴谷式土器も展示されている(写真)。 年代は、はっきり分からないが、紀元前数世紀のものだろう。鈴谷式土器は、日本統治時代、鈴谷貝塚で大量に収集されている。これが、日本統治時代に発掘されたものかは分からない。 注目していただきたいのは、土器の下に並んだ石器だ。もう少しはっきりと写し込めばよかったが、前述の旧石器や細石刃と明らかに違っている。見るからに品質の悪そうな石材が使われている。おそらく砂岩製なのたろうが、鈴谷式土器を作った人たちはもう北海道から良質の黒曜石を入手できなくなっていたのだ。 宗谷海峡がバリアになったのか、それは分からない。昨年の今日の日記:「2020年の東京五輪前のサマータイム論議、世界的には時代遅れ」
2019.09.04
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樺太のオホーツク海側を北上した間宮林蔵(写真=稚内の宗谷岬に立つ間宮林蔵立像。樺太を遠望している)は、シャクコタン(散江村)まで来て、行く手を阻まれ、一転して南に戻る。◎最狭部から西海岸に出て、北樺太のラッカまで 南樺太の中部に樺太が最も狭まった地峡があるが、この東海岸のマーヌイ(真縫、日本統治時代の白縫村=地図参照)から樺太を横断して西海岸のクシュンナイ(久春内)に出て、ここで北上して6月、北樺太西岸ノテトで松田伝十郎と合流した。 ここには少数民族ギリヤーク(ニヴフ)のムラもあり、少数だがオロッコ(ウィルタ)もいた(18年7月28日付日記:「樺太紀行(9);トナカイを飼っていた自然民族=ウィルタ、そしてニヴフ;オオカミウオのど迫力」を参照=写真:日本統治時代に撮られたニヴフの家族)。 間宮林蔵は、すでにさらに北上し、樺太が島らしいことの推定を得た松田を説得し、もう1度北上、ラッカまで行った(林蔵の樺太地図の矢印1)。しかしここから先は海象が思わしくなく、松田の勧めもあってノテトに引き返した。 引き返すに当たりラッカで、「大日本国国境」の標柱を立て、6月末にはスタート地点の白主に戻った。地図で一見した限り、この間、約1000キロ。舟を漕いでたった3週間ほどで駆け戻ったのだ。◎北樺太北端へ再挑戦 しかし間宮林蔵には、ラッカから引き返したのは不本意だった。さらに北に行って、できれば海岸沿いに樺太東海岸に出て、島であることの決定的な確認をとりたかった。だが上司の松田は既に引き返したがっていて、松田への遠慮から林蔵も戻ることを決めた。 樺太最南端のシラヌシ(白主)から蝦夷北端の宗谷に戻った間宮林蔵は、捲土重来を期し、松前奉行ら幕府上役を説得し、今度は単独での樺太探検を願い出て、許可を得た。 文化5(1808)年7月、あらためて樺太南端の白主に着いた林蔵は、前年の苦労が知られたため、人足に雇うアイヌの採用難にあった。それでもトンナイ(真岡)でなんとか6、7人のアイヌを雇って、北上。ウショロ(鵜城)に着いた。 ところがここに住むアイヌに、北に行けば山丹人がいる、と告げられ、雇ったアイヌが浮き足立った(林蔵はアイヌ語に堪能だった)。◎暴虐な山丹人に食料を奪われ、一旦リョナイに戻る 山丹人は、温和しいアイヌに乱暴をふるい、強奪的な交易を強要することで、樺太アイヌに恐れられていた。 ちなみに戦国時代から江戸時代にかけ、北海道アイヌが入手した「蝦夷錦」(写真)は樺太で山丹人との交易で得たものであり、それははるか南の松前藩に運ばれ、さらに超高級の胴衣として江戸幕府に献上された。秀吉の時代、松前藩主の蠣崎氏がそれを無心した徳川家康にその場で謹呈して気に入られたことは有名な話だ。 9月、さらに北のトッショウカウにたどり着くが、たまたま遭遇した山丹人から食料を奪われ、また迫り来る冬を危惧し、ここで林蔵たちは南のリョナイに戻り、そこのアイヌの族長に舟などを預け、いったんトンナイに引き返した。◎凍傷にかかり右手が不自由に しかし樺太中部の冬の寒さは厳しく、択捉島や蝦夷で冬を経験した林蔵も、さすがに凍傷にかかった。幸い、指を切り落とすのは免れたが、指は醜く変形し、自由に動かせなくなった。これは、後に地図制作や報告書作成に当たって大きなハンデになる。(この項続く)昨年の今日の日記:「10%増税控える消費税は、実は公正な納税制度」
2020.01.07
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ここは船でしか行けないとされるのももっともだ。険しい岩の海岸で、道もない。 洞窟は海蝕洞窟で、激しい波だけが岩に穴をうがつことができたのだ。◎上陸不可だが、凪で上陸 近づくと、船が接岸できそうに岩が削って整えられている(写真)。毎年11月、土井ノ浦教会の信者を中心に100名ほどが上陸し、ミサを行っているというから、そのためなのだろう。 しかし一般観光客は危険なので、上陸できないという。 ところがこの日は、異例の凪ぎ状態だ。海上タクシーの船長が僕たちに配慮して、岩の接岸してくれた。すると、上陸はしないように、という添乗員の制止もものかは、7、8名は上陸した。むろん僕も、である。◎足場の悪い岩場にキリスト像と十字架 上陸してみると、確かに巨岩がゴロゴロしていて、足場が悪い。岩に足を滑らせて転落すると、怪我をしかねない。 その僕を見下ろすようにキリスト像と十字架が立つ(写真)。いずれも高さ3~4メートルはあるものだ。よくもこんな所にキリスト像と十字架を立てたものだと思った。 3家族12人が潜んでいたキリシタン洞窟は、キリスト像の足下の岩をさらに乗り越え、岩の窪地になった所をもう1度乗り越えた先にあった(キリシタン弾圧=「五島崩れ」などについては、12月25日付日記:「長崎・五島、世界遺産の旅⑧:明治初年の厳しいキリシタン弾圧『五島崩れ』の記念碑=キリシタン洞窟」を参照)。◎海から見えない海蝕洞窟 高さ5m、幅5mの典型的な海蝕洞窟で、奥行き50mの先に向こう側出口も見える(写真)。 ここまで行ったのは、一行で僕ともう1人の中高年男性だけだ。見上げると、十字架もキリスト像も空の果てに立つかのようだ(写真)。 海水に浸からないから、逃避場所としてはまずまずだが、海から見えなかったはずのこの洞窟をクリスチャンたちはよくぞ見つけたものだ。その点、隠れ場としては格好のものだ。◎弾圧から逃避したキリスト教徒哀れ ここで逃亡クリスチャンは、何を考えて隠れていたのだろうか。神への信仰か。 周囲には水はないから、雨水を溜めて飲み水にしていたに違いない。 食べ物は、前の海でいくらでも魚を釣れたろうが、それ以外のコメ、味噌、野菜には不自由したはずだ。維新の明治になっても、なお弾圧の下に逃避したクリスチャンが哀れであった。 「行きますよー」という添乗員の声が聞こえてくる。僕は、足下に気をつけて海上タクシーに戻った。昨年の今日の日記:「白亜期末6550万年前の小惑星の衝突後の大絶滅で地球に何が起こったか」
2020.12.28
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習近平の号令のもと、「共同富裕」なる文革ばりの富裕層退治を始めたスターリニスト中国では、芸能界にも締め付けを始めている。◎アリババ、テンセントは1000億元の拠出 8月17日の中国共産党中央財経委員会の声明によると、「過度に多い所得は適切に調整し、社会に還元することを奨励する」とする一方、「違法な所得は断固取り締まる」と威嚇した。 法治によらないスターリン主義にあっては、「適度」も「適切」も、「違法な」も、党のさじ加減1つで、どうにでも処分される。今、アリババ集団の創業者の馬雲、騰訊控股(テンセント)CEOの馬化騰らのような大富豪は、戦々恐々としているだろう。いつ自分たちが「適切に調整」されるか分からないからだ(9月3日付日記:「スターリニスト中国の富裕層は冬の時代に突入か、習近平が『共同富裕』のスローガンで彼らを標的にし始めた」を参照)。 例えば3日までにアリババ集団は、2025年までに1000億元(約1.7兆円)を拠出し、中小企業への補助金のほか、運転手や配達員など単発で仕事を請け負う「ギグワーカー」向けの保険改善などに使用すると公表した。また「共同繁栄」を支援する200億元の基金も設立する。 負けじとテンセントも、社会問題解決に1000億元の拠出を発表している。◎遅れてならじと雷軍、張一鳴も さらにスマホ大手の小米創業者でCEOの雷軍(下の写真の上)は、自分の作る寄金に自社株144億元(約2400億円)、動画投稿アプリTikTokを運営する北京字節跳動科技(バイトダンス)創業者、張一鳴(下の写真の下)も教育基金に5億元を拠出する、という。 まさに基金拠出ラッシュである。そうしないと、党から「適切に調整」されかねないからだ。 何しろ馬雲、馬化騰、張一鳴の3人だけで、資産額は日本円で15兆円を超えるのだ。またクレディ・スイスの調査では、スターリニスト中国の上位1%の富裕層が持つ富は、中国全体の富の3割を占める。◎脱税、納税漏れで女優の鄭爽が50億円取られ、テレビから永久追放 「違法な所得は断固取り締まる」の声明は、さっそく8月27日に実行された。上海市税務局は、女優の鄭爽(写真)がドラマ出演料などの脱税や納税漏れがあったとし、約3億元(約50億円)の追徴課税・罰金処分を科す、と発表した。同局の非難の前に、鄭爽はSNSで謝罪し、刑を免れた。ただ鄭爽は、テレビから永久追放され、また鄭の出た作品の放映も禁じられた。 同日、湖南省のテレビ局は、男性司会者の銭楓との協力関係を絶つと発表した。銭楓は、女性への性的暴行をネットで告発され、警察は立件を見送ったにもかかわらず、テレビは追放を決めた。◎「親日」批判の女優、趙薇も追放、馬雲との親密な関係も問題視か さらに、もう1人の女優、趙薇の名前が29日までに、動画配信サービスなどで出演作品のキャスト名一覧から一斉に削除されたり、作品そのものが消されたりした。短文投稿サイト、微博でも趙ファンのコーナーが削除された。20年前、旧日本軍を連想させる旭日旗をデザインした服を着て(写真)問題視されたことが一因ではないかと推定され、また親族を通じてアリババ集団の子会社アント・グループの株を持っていて、馬雲との親密な関係を狙い撃ちされたともされている。 共産党1党独裁体制下でも我が世の春を謳歌していた富裕層、有名人は、近づく文革の再来の足音に、今は息を潜めている。全財産をはき出しても、許してもらえるかどうか――それは習近平の胸三寸にある。昨年の今日の日記:「現代の植民地主義国、スターリニスト中国が世界に広げる『債務の罠』」
2021.09.10
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墓参りでもないが、外国人墓地を含めた墓地巡りして、ぜひ参観したい寺があった。 正保元年(1644年)に開山された称名寺である(後に大火などで現在地に移転=写真)。市内では、高龍寺に次ぐ歴史を持つ。 先に行った高龍寺のやや東にある。ただバス通りに面した高龍寺と違って、やや奥に入り込むので分かりにくい。◎土方と新撰組隊士4人の供養碑に手を合わせる青年 称名寺は、箱館戦争の時、新撰組の屯所となった。その前の開港当初には、イギリスやフランスの領事館も置かれたことがある。 新撰組の屯所となった縁からか、副長・土方歳三の他4人の隊士の供養碑がある。これにぜひ詣でたかった。前日、旧一本木関門の「土方歳三最期の地碑」を参観した他、函館初日に五稜郭で土方の像2体も観ているから、土方関連ではこれで3カ所目になる。 供養碑には土方歳三の名前の他、野村義時(利三郎)、栗原仙之助、糟屋十郎、小林幸次郎の名が刻まれている(写真)。 碑には、ややしおれているが花が1束、供えられている。僕は、参観して写真を撮っただけだが、その後、隣にある高田屋嘉兵衛顕彰碑(写真)を観ていると、1人の青年がやってきて、供碑の前で膝を折り、合掌している。若いのに感心すると共に、哀悼の意を示さなかった自らに恥じ、青年の去った後、あらためて手を合わせた。◎『菜の花の沖』の主人公、高田屋嘉兵衛の顕彰碑 1人でやって来ていたその青年は、寺の山門を出る時にも寺に向き直って一礼して去った。素晴らしいマナーを見せられて清々しい気分となった。 称名寺で落とせないのは、江戸時代後期の豪商・高田屋嘉兵衛の名である。 高田屋嘉兵衛は、淡路島の出で、若くして兵庫で回船業を営むが、その後、蝦夷地まで北前船を営み、さらに蝦夷地の開拓にまで手を延ばし、国後島と択捉島の航路を切り開き、また択捉島では17カ所の漁場を開いて、アイヌに漁法を教え、当代一の蝦夷地拠点の豪商となった。 彼が、歴史に名を残し、司馬遼太郎の手で大作『菜の花の沖』の主人公として描かれるに至るのは、何と言っても江戸幕府最初にして最大の対外紛争になったゴローニン事件を解決に導いたからである。◎ゴローニン事件に巻き込まれて 文化3年(1806年)、4年に起こったロシア船による文化露寇(20年1月5日付日記:「樺太紀行(番外編);幕末の樺太探検家で世界で最初に間宮海峡を発見し、樺太地図を制作した間宮林蔵①:択捉島の屈辱」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202001050000/を参照)により、日本の対露感情は極度に悪化し、対露恐怖心は高まっていた。 そうした中の文化8年、軍艦ディアナ号で千島列島の測量を行っていたロシアのヴァーシリー・ゴローニンが国後島で、ロシア再来襲に備え、厳戒態勢にあった国後陣屋の幕府役人に捕えられ、松前まで送られて幽囚された。これが「ゴローニン事件」である。 ディアナ号副艦長のピョートル・リコルドは、ゴローニンを救出すべく、文化露寇の捕虜とカムチャツカ半島への漂流民を伴って国後島に向かい、幕府出先との交渉をもったが、ゴローニン解放を果たせず、さらに日本側の情報を探るべく日本戦拿捕を狙っていたところにやって来たのが、高田屋嘉兵衛の船だった。(この項、続く)昨年の今日の日記:「途上国に忍び寄る深刻な食料危機;ロシアの黒海封鎖でウクライナの穀物が輸出できない!」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202205270000/
2023.05.27
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世界に先駆けて生成AIを実用化して公開したオープンAIの「チャットGPT」の衝撃は、大きかった。ただ公開以来1年もたたずに起きたお家騒動には、やや呆れたが。◎不気味な「Q*」開発 お家騒動の元になったのは、オープンAIのサム・アルトマンCEO(写真)らが開発を進めていた「Q*」だったと言われる。Q*の実態は不明だが、数学的な思考能力の向上が目的だったようだ。 人工知能のQ*と人間との大きな差だったAIの論理的思考や数学的思考能力を飛躍させた可能性があるらしい。「汎用人工知能(AGI)」に1歩近付いたかもしれないそうだ。 これまでの人工知能は、「チェスを指す」、「人間の顔を識別する」など、特定の情報処理を担っていた。そしてその面では、すでに人を抜いた。◎2045年よりもっと早くに前倒し しかしそれまでだった。 だがAGIでは、自律的に学習を重ね、試行錯誤の末に無数の課題を処理したうえ、問題の最終解決ができるようになるともいう。 もう、こうなると、並みの研究者は、マシーンの下働きに甘んじかねない。AGIなら、夜間も眠らず、休憩をとることもない。大まかな課題を与えれておけば、すべてやってくれる。 考えようによっては、恐ろしい世の中になる。 AIが人間の知能をしのぐ転換点でシンギュラリティーは、2045年頃といわれていた。しかし、それはずっと前倒しで、明日にでも実現するかもしれない。◎独裁国がAGIを手にする悪夢 もしテロ国家ロシアやスターリニスト中国のような人権を何とも思わない独裁国が、この技術を獲得し、ロボット兵器と組み合わせれば、それこそ映画『ターミネーター』のスカイネットと殺人ロボットが登場する(写真=映画に登場する殺人ロボット)。自国民を何ら危険にさらさず(だから国内で誰の反対も受けない)、他国を武力侵略できる。 野放図な発展への歯止めをかける試みも、西側自由社会でしかなされない。独裁国は、全くのフリーパスだ。 独裁国がAGIの力を借りて西側自由社会への全面攻撃を開始するシンギュラリティーもまた早いのかもしれない。それを危ぶむ。昨年の今日の日記:「ベラルーシのマケイ外相の唐突の急死に潜むロシアのプーチンと秘密警察FSBの影」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202212060000/
2023.12.06
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本格的寒波が到来する真冬となったが、今夏の酷暑がなんとなく懐かしく思える。 25日に気象庁が発表したところでは、11月末までの速報値で2024年の平均気温は平年値より1.64℃も高く、1898(明治31)年の統計開始以来、最高となった。12月の気温を加味しても、変わるまい。◎おかしな歌川国芳「洲崎初日出の図」 前年の23年も同1.29℃高だったが、それをも上回る。温暖化が加速している。 最近、ある新聞コラムで、歌川国芳の浮世絵「東都名所 洲崎初日出の図」を取り上げていた。 見れば見るほど、不思議な絵だ。江戸湾の水平線から顔をのぞかせた初日の出の太陽からのびる薄明光線が、上方にでなく、水平に水面にのびている(写真)。 本来は薄明光線は、図の朝日新聞社旗のように放射状に上方にのびていくものだ。実際、歌川国貞の「二見浦曙の図」(写真)では上方にのびている。しかし江戸湾の水面をのびる薄明光線は、初日の出を強調した作画であろう。◎見られないはずの初日の出と富士山が同一画面に ただ不思議さは、他にもある。厚く何枚も着物を着込んだ女性が、2人ともゲタに素足なのだ。日の出の頃は、1日で最も気温の下がる時刻帯だ。とうてい素足では歩けないだろう。 さらに実際にありえない風景が、水平線の向こうに頭だけ出している白い富士山だ。富士山は、洲崎を挟めば西側にあるから、東から出る初日の出と一緒に見えるはずはないのだ。しかし初日の出と富士山はいかもにめでたい。そうした意図からの作画であろう。 国芳は、1枚の浮世絵に何カ所もの作画を描き込んだのかもしれない。◎小氷期のヨーロッパは凍結した ところで国芳たちの活躍した江戸時代は、寒冷な時代だった。例えば歌川広重の「東海道五拾三次之内 蒲原夜之雪」(写真)は、温暖なはずの蒲原(今の静岡県)の深い積雪の夜を描く。近代以降で蒲原にこんな積雪があったという記録は無いらしいが、寒冷だった江戸時代では十分あり得ただろう。 15世紀から始まったこの頃は、世界的には小氷期と呼ばれる時代だ。イギリスのテムズ川もネーデルランドのゾイデル海も冬には凍結したとされるし、グリーンランドのヴァイキング植民者も農耕ができなくなって海獣狩猟民に転換し、それも追いつかずに絶滅した。 最も象徴的なのは、ピーター・ブリューゲルの「雪中の狩人(1565年)」(写真)だ。◎江戸の4大飢饉もこの時代 日本でも、「隅田川が凍って舟の往来ができなかった」記録が残るほど、江戸時代は寒冷だったのだ。 だから、有史以来の「江戸時代の4大飢饉」は、世界的な小氷期の時に起こっている。 寛永の大飢饉(寛永19年=1642年~寛永20年=1643年)、享保の大飢饉(享保17年=1732年)、天明の大飢饉(天明2年=1782年~天明7年=1787年)、天保の大飢饉(天保4年=1833年~天保10年=1839年)である。 江戸時代は徳川幕府治世下で戦乱は無かった。鎖国していたので、海外からの悪疫の流入も無かった。3000万人前後と十分に増えていた人口で、寒冷な気候の襲来で不作になれば、大飢饉として多くの人が餓死したのだ。 江戸時代の大飢饉を伴った寒冷期=小氷期は、温暖化が加速している今では過去のものとなっている。☆小氷期の関連日記・24年6月2日付日記:「16~19世紀のヨーロッパを凍りつかせた小氷期、超温暖化の今はそれを期待したい」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202406020000/・23年11月16日付日記:「もう1つの先史時代航海:中世温暖期の北米北東岸へのヴァイキングの植民と小氷期のグリーンランドでの絶滅」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202311160000/・21年2月22日付日記:「武漢肺炎パンデミックのイギリス、300年以上前の小氷期以来のGDP落ち込み、その小氷期とは」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202102220000/昨年の今日の日記:「薩長土肥の明治藩閥政府に入った数少ない他藩出身の理財家・由利公正:坂本龍馬の明治新政府に残した最後の遺産」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202401020000/
2025.01.02
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だいぶ前のことだが、埼玉県宮代町の東武動物公園に行き、そこでホワイトタイガーを観たことがある。◎ベンガルトラの白変種 ホワイトタイガーは、東武動物公園の目玉の1つで、そこで飼育されているメスのソルティ(9歳)が、昨年11月7日に3頭の子どもを産んだ。うち1頭は間もなく死んだが、2頭は健康に育ち、この1月4日に公開されたという(写真=2頭の仔と母親のソルティ)。 ホワイトタイガーは、インドに分布するベンガルトラの白変種だ。白変種という点で、南部アフリカのホワイトライオンと同じだ(ホワイトライオンについては、下記の過去日記を参照;写真)。アルビノではない。◎白い体毛の遺伝子は潜性 なぜホワイトタイガーやホワイトライオンが、稀に存在するのかはよく分かっていない。しかしもともとトラは北方系のネコ科動物で、雪の多い北部ユーラシアでは白い体毛は保護色となり、獲物に接近しやすかったはずだ。それが、南方のインドにも分布を広げても、体毛が白色となる遺伝子は保存され、潜性の白い体毛を作り出す遺伝子を持った雌雄の個体がつがうと顕在化するのだろう。ホワイトライオンも、同じだ。 ホワイトタイガーが初めて確認されたのは、1951年にインドで捕獲された1頭のオスのベンガルトラだという。むろんそれ以前にも稀に出現し、地元の住民に目撃されたことはあっても、記録に残されることはなかったのだろう。◎暖かい土地では適応的ではない白い体毛 白い体毛は、雪の多い北方ならいざ知らず、南方ではむしろ目立ってしまい、狩りに不利になる。たまに生まれても、成長して次の世代を産むまで育たなかっただろう。仮に成獣になったとしても、その遺伝子は潜性なので、普通のベンガルトラとつがいを作っても、生まれた仔は、表現型として白色にはならない。 ホワイトライオンが南ア現地人に「神の子」、「神の使い」と畏怖と共に伝えられるように、ホワイトタイガーもインドでは神聖なものとされている。また中国(およびその影響で日本)でも白虎として崇められた。このことからすると、古代中国でも稀にホワイトタイガーが見られたのかもしれない。☆ホワイトライオンに関連する過去日記・17年1月19日付日記:「北米の森に稀に見られる白いアメリカクロクマ;ホッキョクグマ、ホワイトライオンとの類似性と違いは」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/201701190000/・17年1月9日付日記:「旧石器時代の系統を細々と引く南アフリカの『神の子』ホワイトライオン」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/201701090000/・14年1月20日付日記:「南部アフリカ周遊:ライオン・パーク⑥:「神の使い」ホワイトライオンはなぜ生き残れたか;ショーヴェ洞窟、氷河期、ホラアナライオン」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/201401200000/昨年の今日の日記:「過疎地を襲った能登半島地震、低い耐震化率により倒壊建物続出、だが火災被害は少ない」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202401080000/
2025.01.08
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硫黄島指揮官の栗林忠道中将は、参謀や将官の中に根強かったいわゆる「バンザイ突撃」と自決を退けられたのは、その高い人間性で将兵の心をつかんだからだ。◎飲み水は天水に頼るだけ、地獄のような地下壕居住環境 火山島である硫黄島には、川は1本もなく、地下水も湧かない。飲み水は天水に頼るしかなかったし、敵の空襲から自衛するために島に縦横に巡らした穴居生活は、劣悪だった。夥しい蚊に刺され、地下壕には大きなゴキブリが跋扈していた。ゴキブリが多かったのは、栗林が着任するまで、島内に1000人近い民間人が居住していたからだろう。着任後、栗林はそうそうに島民を島から待避させた。 地下壕内の温度は60℃くらいに達したし、硫黄ガスも満ちた。持久戦にしては、生き地獄の最悪の生活環境だった。 それでも将兵を敵兵との戦闘を命じ、将兵もその命令に従った。ひと思いに「天皇陛下、万歳!」と叫んで「バンザイ突撃」で敵の銃砲の前に死ぬ方が、同じ死ぬのだから、その方がよほど楽だった。◎アメリカ・カナダ駐在が長かった栗林は対米戦争に反対だったが 栗林が、小笠原の父島にあった既存の部隊を基幹として新しく編成された第109師団の師団長に任じられ、指揮官として硫黄島に着任したのは、1944年6月8日だった。 栗林を硫黄島守備隊の指揮官に指名したのは、首相・陸相を務めていた東條英機だ(写真)。一説には、アメリカ・カナダに通算5年駐在し、陸軍切っての知米派で、圧倒的な彼我の国力差から対米戦争に反対していた栗林を東條は嫌い、意図的に玉砕確実の硫黄島に送り込んだのだといわれる。 その真偽もともかく、硫黄島出発前に挨拶に現れた栗林に東條が言ったのは、「どうか(玉砕した)アッツ島のようにやってくれ」という言葉だった。つまり大本営は、初めから勝つことを期待していなかったのだ。なるべく長い間、「負けない」戦いをしてくれればよしで、東條は硫黄島の栗林らは最後はアッツ島のような玉砕をするだろうと思ったに違いない。◎徒歩で島内を巡察 ちなみに第109師団の基幹は父島にあったから、栗林はここに赴任してもよかった。ここから、硫黄島守備隊に無線で指揮をとる手もあった。父島の方が食糧・水ははるかにはるかに豊富だし、空襲もなかった。生きて帰還できる可能性はあった。しかし栗林は、玉砕確実の硫黄島に着任した。 着任すると栗林は、本営でのんびりと過ごすのではなく、杖を片手に硫黄島全島を徒歩で視察して回った。面積30平方キロ弱で、険しい山道はない。その意味ではハイキング気分で島巡りができただろう(写真=島内を巡察する栗林)。◎米軍上陸後も地下壕内で耐えた そして各所で地下壕を掘っている将兵に、気さくに声をかけてまわった。だから硫黄島守備隊員はほぼ全員が栗林を間近に見て、親しく口をきく機会があった。それが、兵の心を深くとらえた。 1945年2月19日、海空からの激しい爆撃の援護を受けて米海兵隊が硫黄島に上陸すると、地下壕は次々破壊され、火炎放射器で壕内は焼き尽くされ、守備隊は続々と死亡していった(写真=上陸作戦の前々日の硫黄島。手前が摺鉢山で、煙をあげているのが米軍の上陸した南海岸。上陸前に徹底的な空爆と艦砲射撃が加えられた)。 後述するが、上陸約1カ月後の3月16日に米軍太平洋艦隊のニミッツ司令長官(写真=海軍作戦部長時)が硫黄島攻略作戦の終結宣言を行ったが、その後も地下壕内に潜んだ日本兵は、米軍の背後に現れ、攻撃を加えた。まさに不屈の戦いだが、それを可能にしたのも、栗林の意思と狙いが、兵の1人ひとりに浸透していたからだ。◎たった400人ほどの将兵を率いて夜襲総攻撃 ニミッツの作戦終結宣言後も、司令官の栗林は生きていた。 栗林が最後の総攻撃に打って出る決意を固めたのは、その日3月16日で、この日までに日本軍守備隊は南北700メートル、東西200~500メートルの島の北地区に追い詰められていた。残っていた兵力は約900人だった。この日の16時過ぎに栗林が、大本営宛ての訣別電報を打つ。 それでも栗林は、暑く息苦しい地下壕内で最後の反撃の機をうかがっていた。 栗林が最後の夜襲総攻撃を行ったのは3月26日未明とされている。率いた将兵はたった400人程度だった。(この項、続く)昨年の今日の日記:「高温の2023年、森林国カナダで史上最大規模の山火事;日本の総面積の半分が消失し、二酸化炭素の年間排出量の3倍も」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202401260000/
2025.01.26
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ミャンマー大地震の直後の3月31日、政府の作業部会は、南海トラフ巨大地震の被害想定を新たにまとめ、発表した。◎慄然とさせられる大被害 それを見ると、30年内に80%の確率で起こるとされる南海トラフ巨大地震の予測被害の大きさに慄然とさせられる(図)。 南海トラフ地震が襲う東海から九州の沿岸域を中心に149市町村で震度7を観測し、太平洋側の広範囲で3メートル超の津波が到来する(写真)。 これによって被る被害は、想像を絶する。 まず揺れや津波によって受ける建物やインフラなどの被害は、224.9兆円と想定された。その他の生産・サービス低下で生ずる被害が45.4兆円、道路や鉄道、港湾などの途絶・機能停止の影響が22兆円、経済被害は合計で292.3兆円という。 また人命被害も大きく、死者は最悪のケースで29.8万人と推定される。◎世界ワーストワンの東日本大震災の被害の6倍 イギリスの保険会社エーオンの調査では、1900年以降の全世界の自然災害による経済被害のトップは、日本の東日本大震災(2011年)の49.8兆円、2番目が阪神大震災(1995年)の32兆円だった(図)。つまりワーストワンとワーストツーがいずれも日本だが、前記推定では、来たるべき南海トラフ地震は、東日本大震災の6倍、断トツの被害となる。 ちなみにこの想定被害総額は、同日に承認された2025年度予算の2倍を大きく超える。◎名目GDPの半分に近い想定被害 問題は、いつその未曾有の大震災が起こるのか、起こったら日本は、立ち直れるのかという深刻な疑問だ。 予算の2倍を超える大被害は、日本の2025年の名目GDP629兆円の半分に近い。 どこから復興費用を捻出するのだろうか。それでなくとも24年12月末時点の国債残高は1317兆6365億円に達している。これ以上、借金はできないだろうし、無理に国債発行を増やして復興予算を確保しようとしても、償還に不安が先立つから誰も購入しようとしないだろう。 つまり衰退する老大国日本は、ひょっとするとその時点で「ジ・エンド」かもしれない。◎バラマキ止めて少なくとも毎年10兆円程度の積立を始めよ そんな確実に迫る危機を前に、政府与党も野党もノーテンキに高校授業料無償化や課税最低限160万円上げ、高額療養費の本人負担増の先送りなどを決めている。 本来なら、最低限10兆円程度の積立を毎年始めなければならないだろうに。昨年の今日の日記:「初期ヒト族は142万年前頃にヨーロッパ内陸部に植民していた」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202404020000/
2025.04.02
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ポーツマス講和の妥結は、陸軍と政府には大歓迎だったが、日本軍の苦しい内情を知らされていなかった国民には憤激で迎えられた。暴徒化した国民に日比谷一帯の焼き討ちと東京市の交番の8割が破壊されるほどの騒乱に陥った(写真)。講和交渉の全権を務めた小村寿太郎の自宅も襲撃された。◎旗艦も含め戦艦すべてを失ったロシア・バルチック艦隊 バルチック艦隊を壊滅させた海軍は、戦う相手がいなくなった。大勝利したからポーツマス講和には、不満だったかもしれない。何しろ日本海海戦では世界海戦史上、最大の戦果でロシア、バルチック艦隊(第2・第3太平洋艦隊)を壊滅させたのだから(写真=ロシア第2太平洋艦隊)。 この戦果は、かつてないほどのものだった。パルチック艦隊の最新鋭を含む戦艦8隻のうち6隻撃沈(旗艦の「クニャージ・スヴォーロフ」を含む=絵:マストや煙突も吹き飛ばされ、沈没寸前の姿)・2隻捕獲、装甲巡洋艦3隻すべてを撃沈などで、ヴラジーボストーク軍港に向かうことを目指していた38隻のロシア艦隊のうち軍港に到達できたのは、小型巡洋艦1隻、駆逐艦2隻の計3隻のみだった。 対して日本の連合艦隊の損害は、100トン未満の水雷艇3隻の沈没のみだった。◎司令長官含む将官2人も捕虜 損失排水量合計では、ロシア、バルチック艦隊は19万5162トンに対し、日本の連合艦隊はわずか255トンと1%程度に過ぎなかった。 バルチック艦隊の司令長官ジノヴィー・ロジェストヴェンスキー中将=絵:佐世保海軍病院に入院した同中将を見舞う東郷平八郎連合艦隊司令長官=も重傷の末に捕虜になり(第3太平洋艦隊長官のニコライ・ネボガトフ少将も降伏後に捕虜)、彼ら2人を加えたロシア海軍の捕虜は6106名となった。 ロシア、バルチック艦隊がこれほどの大惨敗を喫したのは、ロシア軍港リバウ港を出港して1万7000海里の海路を7カ月もかけて対馬沖に達した士官・兵の疲労とその間の訓練不足などがあった(図=バルチック艦隊の航路)。◎急遽、編成された第3艦隊を待つために熱帯マダガスカル島で待期 途中、急遽編成された第3艦隊をマダガスカル島のシノベ港で待つように本国から訓令され、ここで3か月も滞留させられたことも大きい。熱帯にあり、酷暑で高湿度で、寒冷地で育ったロシア水兵には耐えがたい所であり、10数人の病死者も出た。 待つように命令された第3艦隊は、旅順艦隊の全滅を受け、ロシア海軍が老朽艦で急遽、編成したものだった。ロジェストヴェンスキー司令長官にとって、船足の遅い第3艦隊はかえって足手まといになるだけだった。◎恐怖にかられてドッガーバンク事件起こして そもそも出発時から第2太平洋艦隊は、ケチがついた。 日本軍の戦術の流言で、バルト海の北海への出口のデンマークの狭い海峡のあちこちに日本軍の水雷艇が待ち構えているという極度の緊張感を強いられ、そのあげく海峡を抜け出た北海のドッガーバンクで、恐怖に駆られた艦隊はイギリスの漁船を日本海軍の水雷艇と見誤り、漁民に死者・負傷者多数を出させ、漁船も沈没させるドッガーバンク事件も起こしてしまった(絵=イギリス漁船を攻撃するロシア軍艦を描いた絵葉書)。 この事件は、日本と日英同盟を結んでいたイギリスを激昂させ、以後の航海に様々な妨害を受けることになってしまった。あげくに途中寄港地のフランス領アフリカでも寄港を断られる始末だった。こうした苦難の長途の航海は、乗組員に重い疲労を強いたのである。 1万7000海里の海路を7カ月もかけたバルチック艦隊の極東への回航は、欧米新聞には壮図とも称えられたが、将兵たちに重い負担だった。バルチック艦隊は敗れるべくして敗れたのだ。昨年の今日の日記:休載
2025.05.30
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前回で1万カ所以上知られている日本の旧石器遺跡は99.9%は石器だけ出土するものばかりと書いた。◎旧石器人の墓?から出土した琥珀製ビーズ しかし北海道知内町の湯の里4遺跡は、おそらく旧石器人の墓と推定される土壙から装身具類などが出土する希有な遺跡だ。おそらく遺跡外からもたらされた琥珀を加工したビーズが出土している(写真)。細石刃を伴うので、年代は1万5000年以上前か。人骨は、酸性土壌のために残らなかった。 琥珀は道内では道央の三笠市で見つかるが、あと細い水道で隔てられた古本州島の現岩手県久慈市でも産出されている。湯の里4遺跡の琥珀産地は分からないが、案外、久慈産ではないかと思う。◎下北の石灰岩洞窟で石器とノウサギの歯 あまり知られていないが、古本州島の最東北端、下北半島東通村の尻労安部(しっかりあべ)洞窟(下の写真の上)でおびただしいノウサギの歯と石器が見つかっている(下の写真の中央と下=ノウサギの歯とナイフ形石器)。年代は、2万年前頃か。おそらく旧石器人が狩った動物と石器の共伴する唯一の遺跡である。 慶應義塾大学の民族考古学教室が、旧石器人骨の発見を目指して長年発掘調査してきた石灰岩洞窟だが、旧石器人骨はついに見つからなかった。その代わり、獲物にしていたノウサギの歯はたくさん見つかった。ここで、石器でノウサギの皮を剥ぎ、肉は食用にしたのだろう。 ここで旧石器人骨が見つからなかったのは、日本の旧石器人は、死者を洞窟に埋葬しなかった可能性を高める。石灰岩洞窟に埋葬したのなら、人骨が残るからだ。 古本州島で旧石器人骨がただ1カ所を除いて見つからないのは、遺体は開地に埋めたからかもしれない。旧石器時代の開地なら、海面が上昇した今なら海の底だ。◎古本州島と北海道半島で見つかった旧石器人骨は浜北1カ所のみ その古日本島の唯一の旧石器人骨が出土したのは、石灰岩地帯の静岡県旧浜北市(現浜松市)の根堅(ねがた)洞窟である。ここは、石灰岩採掘場で、石灰岩層に混じって様々な獣骨が発見されていた。人骨は1962年に発見された。 出土層位は上層と下層があり、展示の実物人骨は上層のものである(写真)。年代は1万4000年前くらいか(右脛骨のみ出土した下層は1万8000年前)。推測だが、保存されやすい石灰岩層でも写真のように破片でしか見つからないのは、女性と推定されるこの旧石器人が肉食獣に捕食された残骸ではないだろうか。 古本州島では、旧石器人骨はここだけでしか見つかっていない。しかし前回でも述べたように古本州島と北海道半島での旧石器遺跡は1万カ所以上も見つかっているのだ。ヒトがいなければ石器は作れない。古本州島と北海道半島の旧石器人は、幻の中にある。昨年の今日の日記:「デンマークでヴァイキング時代の保存状態の極めて良い人骨50体を発掘」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202410180000/
2025.10.18
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9月1日、長期金利が30年ぶりに3%台の大台に乗った(国債価格は下落)。指標となる新発の10年物国債利回りが3.005%をつけたのだ。3%台は1996年9月以来、30年ぶりのことだ。◎メガバンク3行は空前の利益 その後、いったん2%台に戻したが、半ばには再び3%台に戻した(図)。この間、急ピッチで長期金利は上昇したが、市場では3%は通過点に過ぎないとみられているから、まだ上があるのかもしれない。 長期金利の上昇は、企業や個人の借入金利の上昇に直結するから、景気に水をかける効果をもたらす。さらに地銀や信用金庫などの中小金融機関は低利回りの長期国債を大量に保有しているから、含み損を拡大することになり、金融機関の融資姿勢は慎重になる。この面でも景気にブレーキをかける。 半面、メガバンクなどの大手金融機関(写真)は、受け入れ預金の利率に先行して貸出金利が上がるから、収益は向上する。今年度(2027年3月期)の純利益は、三菱UFJFGの2兆7000億円、三井住友FGの1兆7000億円、みずほFGの1兆4000億円と軒並み増益予想だ。株価は、それにつれて年間上昇率は50%前後になっている。これは、日経平均の年間上昇率を上回る。◎金融機関と国家への所得移転が進む しかし銀行から住宅ローンを借りている層、これから借りようとする層には、金利高は厳しい。特に変動金利で借りている人たちには、これから響いてくる。新たに住宅を購入しようとする若い人たちは、購入予定の住宅のグレードダウンを迫られる。 つまり金利高は、企業や消費者から金融機関への所得移転に等しい。しかしもう1つ、巨大な機関も得をする。 言うまでも無く、国家だ。もちろん新発国債の募集金利は上がり、それはマイナスだけれど、それ以上に歳入の伸びが大きい。所得税は名目賃金に、法人税も名目税引き前利益にかかるが、インフレでそれは実質より大きく伸びる。さらに歳入3税のうちの消費税も物価が上がればその分の消費税収も膨らむ。◎食品消費税の減税の財源はインフレによる税収増か 毎年、6月の決算締めの時、見込んだ税収以上に入ってくる税収上振れ額は大きく25年度の上振れ額は3.5兆円にもなった。 高市政権は15日、27年4月から2年間限定の飲食料品の消費税率を8%から1%に引き下げる税制改正大綱を閣議決定した(写真)。減税による歳入減を埋める新たな財源は年末の予算案決定までに示すとして、依然、明確にはしていない。 おそらく高市首相と財務省の腹は、インフレによる税収増を見込んでいるのだろう。食品消費税減税の税収減約5兆円は、おそらくかなりをインフレによる税収増でまかなえるからだ。昨年の今日の日記:「旧ユーゴ3カ国周遊(41):リュブリャナ大聖堂から水の無い噴水、そして市役所へ」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202509170000/
2026.09.17
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中学時代に、社会化の副教材で世界地図帳を見て、グリーンランドという島はずいぶん大きいなと思った記憶がある。何しろアフリカ大陸とほとんど同じ大きさだったからだ。 また当時アメリカと並ぶ超大国だったソ連の広さに圧倒された。「メルカトル図法」による世界地図だったからだ。 しかし、すべては錯覚だった。そのことに気づくのに、ある程度世界観が身につく高校生になるまで待たなければならなかった。◎実際には14倍も大きいアフリカ大陸が極北域のグリーンランドと同じ大きさに表現 国連は、4日の総会で、国や地域の大きさをより正確に示す地図の普及を促す決議案を採択した(写真)。 決議を主導したのはアフリカ諸国で、日本を含む西欧諸国、アジア、アフリカの大半が賛成した。高緯度のエリアほど面積が大きく表現される「メルカトル図法」は赤道付近が相対的に小さく見えるのだ(図=上がメルカトル図法による世界地図、下は後述のイコールアース技法)。反対したのは1国中心主義のトランプのアメリカだけだった。 理由は、「不均衡な世界観」の改善を訴える。例えば冒頭のように、メルカトル図法ではほとんど同程度の大きさに描かれるグリーンランドとアフリカ大陸だが、実際にはアフリカ大陸はグリーンランドの約14倍も大きい。 ゆがみは、まだある。極北に広大な領土を抱える旧ソ連は、南北と東西に引き伸ばされるので、実際よりかなりの超大国に見える。だから冷戦期には、ソ連は共産主義の強大さを誇示するプロパガンダとしてこの地図を利用した。◎大航海時代に角度を正確につかむために必須だった メルカトル図法は、16世紀のネーデルラントの地理学者ゲラルドゥス・メルカトル(図)が制作した。時は大航海時代だ。球体の地峡表面を平面に描くため、どうしてもゆがみが出来るが、この図法では経線と緯線が直角に交わっていて、地図上の角度が実際の地球上の角度と一致するから、2地点間を結ぶ緯度上の角度がどの程度あるかを把握するために航海には必要だった。昔から航海用・海図として重宝されてきたのだ。 しかし小さすぎるように描かれたアフリカ大陸の国々にとって、不当に過小に描かれていると不評が高まった。これは、国家の尊厳にも関わる。◎イコールアース技法の移行へ そこで、低緯度地域の面積表現がほぼ正確な「イコールアース技法」(上掲図)の採用の声がアフリカ諸国で高まった。アフリカ連合はこの2月の首脳会議でイコールアース技法の普及を働きかける方針を確認した。 先の国連総会の決議は、その一環だ。今はどうか知らないが、僕が小学校の頃、教室に維持される世界地図はメルカトル図法だった。「日本はこんなに小さいから、努力しないと世界に負ける」と教師から言われた記憶がある。まだ残っているとしても、学校地図からメルカトル図法は追放されるだろう。昨年の今日の日記:「日経平均4万5000円突破、新たな高みに挑む日本株式市場」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202509190000/
2026.09.19
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ブラジルの博物館に所属する古生物学者らが、2万5000年前に生息していた小さな恐鳥類の証拠を発見した。直接に年代測定が行われた恐鳥類の化石では最も新しく、このグループ最後の生き残りが最終氷期の最も寒い時期LGM(最終氷期極大期)まで生きていた新たな証拠がまた1つ加わった。論文は、2026年3月26日付学術誌「Papers in Palaeontology」に発表された。◎フック状の巨大な嘴と俊敏な脚 論文の筆頭著者で、ブラジルの教皇庁立ミナスジェライス・カトリック大学自然科学博物館と共同で研究を進める独立の古生物学者、ビクトル・ウーゴ・マシャード氏は博物館に収蔵されていたいわゆる「チキンドラムスティック」の化石を再調査し、小さな恐鳥類のものであることを発見した。 マシャード氏らはこの新種をエスチャトルニス・アテルラドーラ(Eschatornis aterradora)と名付けた。「最後の恐鳥類」という意味だ(想像図=新たに発見された体重6キロほどのこの種は、南米の飛べない肉食鳥類が初期の人類と遭遇しえた時代まで生き残ったことを示唆している)。 マシャード氏は、この発見を、恐鳥類の小さな種が長期間にわたって生き残っていたことを示唆するもの、と重視する。 フック状の巨大な嘴と俊敏な脚を持っていた恐鳥類は、かつて南米のサバンナを支配していた。研究者たちは長年、恐鳥類の最大級の種が約258万年前の鮮新世末期に南米で絶滅し、より小型の種もその直後に絶滅したと考えていたが、今や通説を覆す証拠が見つかり始めているのだ。◎究極の頂点捕食者 数百万年にわたり、恐鳥類は現在の南米を恐怖に陥れた。4300万年前に登場した時は比較的小さな体だったが、長い年月をかけて巨大化し、最大で体高3メートル、体重300キロを超える個体も現れ、シカのような草食動物を捕食していた(図=大型種と小型種の比較;草食動物を襲うエスチャトルニスの想像図)。 鳥類ではあるものの、ほとんど飛べなかった。その代わりに、俊足を生かし、陸上で獲物を追いかけていた可能性が高い。フック状の重い嘴をおののように振りかざして獲物をたたきつぶし、巨大な足の爪で獲物を踏みつけたり蹴飛ばしたりしていた。 彼らは頂点捕食者として君臨していたのだ。大きさが異なる種が食物連鎖の上から下まで様々な動物を捕食し、(非鳥類型)恐竜絶滅後の世界を白亜紀のような世界に変えた。 恐鳥類は「鳥類における獣脚類の最後のあがき」だったとアメリカ、インディアナ大学の古生物学博士課程で恐鳥類を研究するトム・ラバージ氏は評価する。その特徴すべてが、究極の捕食者だったことを示唆している。◎40年前に発見されていた脛足根骨を再調査 新たな発見の発端は、マシャード氏の同僚であるカストール・カルテリ氏が1980年代に発見した骨の再分類だった。今回の研究にも参加したカルテリ氏は、ブラジル、バイーア州のトカ・ドス・オッソス洞窟(写真)で発掘調査を行い、多くの哺乳類の化石を含む大量の化石を発見した。 これらの化石に、鳥類の左の脛足根骨1点が含まれていた。いわゆるチキンドラムスティックに相当する部位の骨だ。2008年、研究者たちはコンドルの一種のものだと報告し、その後、この骨は忘れ去られていた。 ところが2024年、マシャード氏がこの骨を再調査し始めたところ、「一見するとコンドルの骨に似ていた」ものの、恐鳥類の特徴に一致する点があることに気付いた(写真)。 この新種、エスチャトルニス・アテルラドーラは、かつての大型の恐鳥類ほど恐ろしくはなく、体重は推定6キロほどだった。研究チームは骨の放射性炭素年代測定を行い、骨の年代が約2万5000年前だと突き止めた。(この項、続く)昨年の今日の日記:「旧ユーゴ3カ国周遊(43):イスタンブール経由でリュブリャナ国際空港から帰路へ」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202509210000/
2026.09.21
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日銀が9月18日の金融政策決定会合で、政策金利を1.25%に引き上げた。1.25%は1995年以来、31年ぶりの高さだ(図)。◎これから住宅を買う層には購入を諦めざるをえないほどの重荷 しかし、たぶんこれで終わりではない。市場の見込む政策金利の最終到達点は、2.4%程度と上振れしていて、これだとあと4~5回程度の利上げがあることになる。 仮に2.4%程度とすると、これまでの常識から考え、かなりの高金利だ。これで日本経済は耐えられるのか、といぶかってしまう。 たとえばこれから家を買おうとしている若い人たちに、もろに金利高は効いてくる。返済金の高騰に、住宅購入を諦める人が出てくるだろう。このまま賃貸に住み続けることを余儀なくされても、次の更新時に家主から賃料の上げを言い渡されるだろう。家主は、賃貸用住宅の購入費用として銀行のローンを組んでいるので、この金利アップを銀行から迫られるからだ。 むろん企業が銀行から借りる金利も高くなる。◎株価は比較的堅調だがREITはマイナス 株価にもマイナスだ。株式の益利回りは市場金利に一定のプレミアムを乗せて決まる。株式益利回りとは1株当たり純利益を株価で割ったもので、PERの逆数だ。PERが同じで推移したとしても市場金利が上がるので、期待益利回りは高くなり、その分、株価は低くならざるを得ない。 金利高が企業業績の足を引っ張ればさらに下押し圧力は強まる。 株式以上にマイナスなのは、不動産投資信託(REIT)だ。どのREIT銘柄も、借入金比率は42%ほどとなっている。金利高は、確実にREIT銘柄の収益の足を引っ張る。むろん資産の不動産の賃料も上がるから、必ずしも全面的に金利上昇の悪影響を受けるわけではないが、それにしてもマイナスであるのは確かだ。 実際、日銀が政策金利の上げを決めた9月18日には、REIT指数は年初来安値となる1730.69ポイントまで落ち込んだ(図)。マイナス13%の落ち込みだ。日経平均株価が、上場企業の増益期待から年初来では約30%も上昇しているのに、この乖離はREITがいかに金利の影響が大きいかを示している。◎REIT、借入金の金利負担の上がるのが重荷 僕の手元にある大手REITの報告書がある(写真)。これに長期借入金の一覧が載っているが、低金利時代に借りた金利は最低で0.18%のものがある。しかしこれは、来年3月1日に返済期限が来る。すると、高金利の長期借入金に借り換えさないといけない。 対して直近で借り入れた長期借入金利は、2037年3月の返済期限で1.287%だ。1%以上もの差がある。これから新たに借り入れる借換金利は、もっと上がるのは必至だ。REITにとって決して好ましい状況ではないから、市場はこれを嫌って投資口価格の頭を抑え続けるだろう。 テロ国家イランによるホルムズ海峡の封鎖と、最近はイランの代理勢力であるテロ集団のフーシなどによる紅海の封鎖攻撃で、原油高に伴うインフレ圧力は弱まりそうにない。 当面は金利高に耐える覚悟が必要だ。昨年の今日の日記:「日銀、ETFとREITの売却を決める、ETFの含み益は実に48兆円で簿価に対して1.3倍」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202509220000/
2026.09.22
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実は古くは4300万年前にさかのぼる恐鳥類のごく新しい種の骨が発見されたのは、これが初めてではない。 ウルグアイでも恐鳥類の化石が発見されており、やはり恐鳥類が後期更新世まで生き残っていたことを示唆している。9万6000年前のものに加えて、最も新しいものでは1万7500年前と推定されたものもある。◎間接的な年代値だがそれでもLGMまで生き延びた強力な傍証に ただし、ブラジルのものとは属が異なる1万7500年前の標本の年代測定は、恐鳥類の化石化した骨に対して行われたものではない。同じ堆積層から発見されたゾウの仲間ステゴマストドンの歯を分析した結果に基づいた、いわば間接的な年代測定結果だ。 ラバージ氏はマシャード氏の発見に興奮していると語り、そのデータを「信頼性が高い」と評価している。ウルグアイの標本と組み合わせると、この年代測定の結果は、小さな恐鳥類の持続性と回復力を示している。 そして最も新しい時期の個体でも、彼らはそれほど深刻な状況ではなかったらしいのだ(絵=獲物を追う小型の恐鳥類)。◎300万年前に南北アメリカ大陸が陸続きに これらの年代測定の結果から、恐鳥類はひょっとすると人類と接触していた可能性が示される。南北米大陸への人類の定住がいつ始まったかについては依然として議論が続いているが、例えばブラジル中西部のサンタ・エリナ岩陰遺跡の発掘調査(写真)では、2万5000年前までさかのぼる可能性のある道具やペンダントが発見されている。ただ大方の考古学者の賛同は得られていないのが実情だ。 これまで、約300万年前にパナマ地峡を通じて南北両大陸が地続きになったことが、恐鳥類の絶滅の原因だと広く考えられていた。新たな陸路の開通により、それまで隔てられていた大陸間で種の大移動が可能になったためだ。 それは、大陸規模の生態系再編につながった。◎南米の大型捕食者は北米から来た強力な捕食者に敗れる 概して、南米の大型捕食者は劣勢に立たされ、北米のサーベルタイガー(剣歯虎:写真=オオナマケモノを襲うサーベルタイガー)やオオカミといった、より万能型の種に競争で敗れたと考えられてきた。 逆に少なくとも1種の巨大な恐鳥類ティタニス・ウォルレリ(Titanis walleri)は北米に進出し、現在のテキサス州やフロリダ州まで到達していた。ティタニス・ウォルレリは約180万年前に姿を消したが、後期更新世まで生き残ったと思われるのは、北米の捕食者と直接競合しなかった小型の恐鳥類だけだ、とマシャード氏は述べる。◎気候変動による環境の激変に適応できなかった? では、長く生き残ったその小型恐鳥類は、なぜLGM前後に姿を消したのか(写真=全身骨格)。 彼らは、他の動物との競争に負けたのではなく、氷河期末に向かう気候変動や樹木が茂る広大なサバンナの消失といった環境要因が、長きにわたって恐鳥類が支配してきた先史時代の世界に終止符を打った、とマシャード氏は考えている。 なお最大級の恐鳥類について述べた過去の日記(23年10月27日付日記:「恐竜絶滅後の南米に君臨した恐鳥類の足跡発見;最大体高3メートルで疾駆して獲物を押さえ込みついばんだ」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202310270000/)も参照されたい。(完)昨年の今日の日記:「ソニーグループ、金融子会社ソニーFGをスピンオフ;ソニーは買いだ、それも26日までに」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202509230000/
2026.09.23
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