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人工知能AIが暴走し、オーストラリア政府の国民健康保険の非公開情報に不正アクセスしていたことが分かった。同国政府が24日、発表した。◎情報アクセスしようと不正侵入 この暴走知能は、オープンAI社のもの(写真=オープンAIのサム・アルトマンCEO)。これまで暴走AIが民間サービスに不正アクセスしていた例はあったが、最もガードの堅い公的サービスで明らかになったのは初めてのことだ。 同国政府によると、不正アクセスがあったのは6月。オープンAIが社内の能力評価のためにオーストラリアの医療費支出に関するデータ分析をAIエージェントに指示した。指示されたAIエージェントは国民健康保険の統計データサイトから情報を得ようとしたが、提供を拒否されたため別経路から不正侵入した。 オープンAIは8月にこの事案を認識し、9月に同国政府に通知したが、政府の一般公開メルアドに送ったため、大量の受信メールにまぎれて、同国政府が気づくのに遅れた。同社によると、患者記録といった機微な情報へのアクセスは確認されていないという。◎勝手にインターネットに接続し、3つの組織のシステムに不正アクセス 開発企業の担当者の制御が追いつかず、AIエージェントが勝手に振る舞う事例は、例えばこの7月に、管理環境を抜け出したオープンAIの暴走エージェントが、Hugging Faceなど最大4つの企業の開発環境へ連鎖的に不正侵入を試みた事例も報告されているし、アンソロピック(写真=アンソロピックのダリオ・アモデイCEO)も7月30日、自社の最先端AIモデルの性能テストを行っていた際、設定ミスにより遮断されているはずのインターネットへの接続が発生し、外部の3つの組織(企業)のシステムに不正アクセス(ハッキング)を行っていたことを明らかにした。同氏は「インターネット全体を乗っ取り、破滅的リスクを招きかねない」と危機感を露わにする。 幸い、これらは民主主義国のオープンな環境のために公表されている。公表されなければ、企業や個人は暴走AIによる不正アクセスを警戒しようがない(写真)。◎独裁専制国家でAIが暴走したら 例えばスターリニスト中国の DeepSeek(写真)などの生成AI企業については、このような暴走AIによる不正アクセスがあったのかどうか、一切公表されていない。彼らのAIエージェントの開発が進んで、自国やアメリカ、ロシアなどの核大国の「核のボタン」に侵入した場合、どのような惨劇が起こるのか、想像するだに恐ろしい。 訪米したスターリニスト中国の習近平とアメリカのトランプとの巨頭会談で、こうした懸念と防止策が真剣に話し合われることもなかった。 危機は、静かに進んでいるのかもしれない。昨年の今日の日記:「現代のジャガイモは原種と野生トマトの交雑から進化した(後編):原種がトマトと出合った日」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202509280000/
2026.09.28

中生代の海は怪物だらけだった。歯が突き出た魚も、硬い殻を噛み砕くサメも、巨大なモササウルスもいた。そしてさらに、深海に生息していた危険な生き物がまた1つ明らかになった。 8本の腕を持ち、信じられないような大きさに成長し、骨を砕くくちばしで獲物を食べていた「白亜紀のクラーケン」とも言えるナナイモテウティス・ハガーティ(Nanaimoteuthis haggarti)だ(想像図)。2026年4月23日付のアメリカの科学誌「Science」に掲載・報告された。 なおクラーケンは、近世ノルウェーの伝承に登場する、巨大な海の怪物で船を襲うと恐れられていた(絵)。◎残ったくちばしの化石から全長19メートルと推定 1億年前から7200万年前に生息していたタコのくちばしの化石を調査し、あごの構造から生物の大きさを推定したところ、ナナイモテウティス・ハガーティの全長の推定値は最大で約19メートルに達した。史上最大の無脊椎動物だった可能性もある。論文によると、サメ、首長竜、モササウルスといった古代の脊椎動物の捕食者たちにとって、この巨大タコは嫌な相手だったようだ。 論文の最終著者で、北海道大学の古生物学者である伊庭靖弘博士(写真)は、「海洋生態系が『脊椎動物の時代』だったという通説に異を唱える結果」だとしている。ナナイモテウティス・ハガーティは、巨大な体と柔軟な腕、そして強いあごの力によって、古代の海の頂点捕食者として君臨していたと氏は考えている。◎軟体動物で化石は残らないがただ1つくちばしは残る この新たな発見からは、化石がほとんど残っていないあるグループの進化についての知見を得ることができる。 数億年前に身を守る殻を捨てていた軟体動物には、化石になりやすい部分がほとんどない。しかし、古代のタコにも例外的な部分が1つだけあった。甲殻類の外骨格と同じく、主にキチン質で出来ているオウムのようなくちばしだ。 現生種では、タコのくちばしのサイズが体の大きさとよく関連しているため、古生物学ではくちばしだけで古代の頭足類の大きさが復元される。 伊庭博士のチームは、日本とカナダのバンクーバー島の白亜紀後期の地層から見つかった、保存状態のよい15個のくちばしの化石を分析した。詳しいデータを得るため、AIを利用して日本の堆積物サンプルに含まれているタコのくちばしの化石を調べた。「デジタル化石マイニング」とチームが呼ぶ手法によって、岩石の内部の画像を大量に処理したところ、隠れていた化石が見つかった。◎12個のタコのあご化石からナナイモテウティス見つける このアプローチのおかげで、従来の技術では難しかったあごの化石まで見つけて、3Dデジタル化石として復元できた、と伊庭博士は述べる。 この作業により、12個のタコのあごの化石が見つかった。その中には、巨大なくちばしの化石も含まれていた(写真)。 大型の標本のうち2つは、くちばしの化石の形状から、ナナイモテウティスの既知の種であることが分かった。 ナナイモテウティスは、かつてコウモリダコの近縁だと考えられていたが、今回の研究で有触毛亜目(ゆうしょくもうあもく)であることも明らかになった。有触毛亜目は深海に棲む頭足動物で、腕の間に膜があり、頭には耳のような特徴的なヒレがついている。◎最古の記録を1500万年さかのぼらせる 今回見つかったあごの化石から、こういったタコの仲間が白亜紀後期にかなりの大きさになっていたことが分かる。中でも最大のあごを持っていたのが、8600万年前~7200万年前に生息していたナナイモテウティス・ハガーティだ。そのくちばしの大きさは、ダイオウイカの1.5倍ほどだった。 近親種であるナナイモテウティス・ジェレツキィ(Nanaimoteuthis jeletzkyi)も、全長の推定値は最大で約8メートルに達した。 さらに今回見つかったその化石から、最古のタコの記録が500万年、最古の有触毛亜目の記録が1500万年ほどさかのぼることになった。 しかし、この驚異的な大きさに疑問を持つ科学者もいる。 ナナイモテウティス・ハガーティが最大19メートルに達するという結果は、「かなり極端な数字」と、スイス、チューリッヒ大学自然史博物館の古生物学者で、古代の頭足類の大きさについて研究しているクリスチャン・クルッグ博士は述べている。あごしか残っていないのだから、ある程度の不確実性があるのは当然のことかもしれないからだ。◎8本腕の頂点捕食者 2つのナナイモテウティスの大きさから、この時代、タコの仲間が海の支配者の一員だった可能性がうかがえる。クルッグ博士は、白亜紀の海の食物連鎖の頂点にいたのはタコだったと考えている。大きさを考えれば、頂点捕食者であったはずだ、とクルッグ博士は推定する。おそらく大型の獲物を仕留めた後、くちばしを使って食べやすい大きさにしていたのだろう。 今回調査対象となったくちばしの化石には、欠けている、傷がついている、摩耗して鋭かった部分が丸くなっているなど、噛み砕くのに使った痕跡も見られた。1割ほどなくなっていたものもあった。伊庭博士はこれを、硬い殻を日常的に噛み砕いていたことによるものだと考えている。昨年の今日の日記:「現代のジャガイモは原種と野生トマトの交雑から進化した(前編):世界の食を支えるジャガイモの起源」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202509270000/
2026.09.27

今回、NASAによって打ち上げられたローマン宇宙望遠鏡(写真=開発の最終段階の作業が進むローマン望遠鏡、2025年11月)のもう1つの重要な観測対象は、系外惑星だ。◎見つかるか、「第2の地球」 文字どおり太陽系以外の惑星のことで、中性子星の周りに1992年、恒星の周りにあるものでは95年に、初めて見つかった。既に6300個以上が発見済みだ。 恒星の至近に木星のような巨大な惑星や、灼熱の岩石惑星が次々見つかるなど、太陽系とは大きく異なる様相が分かってきた。旧来の惑星形成の理解に修正を迫っている。酸素やメタン、水など、生命がいてもおかしくないサインがある「第2の地球」が見つかるかどうかが、大きな関心事となっている。系外惑星の研究は、「他者」を知ることで太陽系や地球、生命存在の理解を深めることに、大きく寄与している(系外惑星の想像図)。◎系外惑星、広範な把握目指す ローマン望遠鏡は広視野撮像装置を使い、銀河系の中心付近にある系外惑星を1400個ほど発見すると期待されている。その手法は、惑星の重力がレンズのように働き、背後を通り過ぎる恒星の光を増幅する現象をとらえる「重力マイクロレンズ法」だ。地上の観測では主に、惑星が恒星の手前を通ることによる減光を観測する「トランジット法」や、惑星の重力で恒星が揺れ、光の波長が変わるのを捉える「ドップラー法」が採用されてきた。 発見済みの系外惑星は恒星の近くにある熱い星や、重い星が多い。観測方法や精度に限界があり、まだ太陽系の「水金地火木土天海」のように広範にはとらえられてはいない。そこでローマン望遠鏡が重力マイクロレンズ法により、恒星から遠い星や、多様な重さの星の観測に挑む。系外惑星を幅広くとらえることになり、惑星形成などの理解が深まると期待されている。◎系外惑星探索に日本も装置開発などで貢献 もう1つの装置は「コロナグラフ直接撮像装置」。コロナグラフは元々、コロナと呼ばれる太陽の大気を観測するために開発された装置だ。太陽本体の光を円盤で遮り、周囲のコロナの光を見えるようにする。ローマン望遠鏡はこれを系外惑星観測に応用し、明るい恒星を隠し、至近にある暗い惑星を観測する。NASAは地球に似た惑星の観測を、次世代の大型宇宙望遠鏡構想「ハビタブル・ワールド・オブザーバトリー」で目指しており、その技術実証の位置づけで開発された。 日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所でローマン望遠鏡のチーム長を務める山田亨教授は、打ち上げ前の会見で「コロナグラフ装置は広視野撮像装置とは逆に、主星(恒星)に近い所を、主星の光をできるだけ低減して見るものだ。ローマン望遠鏡では、まだ地球類似の惑星は観測できない。しかし、より大きな惑星などを観測できると期待している」と説明した。◎日本も含めた国際的研究チームも参画 日本の研究グループはコロナグラフ装置のマスク基板や光学素子を提供した他、JAXA美笹(みささ)深宇宙探査用地上局(長野県=写真)による超大容量の観測データの受信、国立天文台すばる望遠鏡(ハワイ州)や大阪大学などのプライム望遠鏡(南アフリカ)の協調観測などを通じて貢献する。 このプロジェクトには、JAXA宇宙研を中心に大阪大、アストロバイオロジーセンター、国立天文台、福井工業大学、東京大学などの研究者が参画している。これまでも日本の研究者らは、ハッブルやジェームズ・ウェッブ望遠鏡の観測によって研究成果を上げてきたが、大型宇宙望遠鏡の開発や運用への組織的な参画は、これが初めてという(ローマン望遠鏡(左上)とジェームズ・ウェッブ望遠鏡(左下)の連携を示す概念図。ローマンが広視野を生かして興味深い天体や現象を発見すると、ウェッブがすぐに詳しい追跡観測を行えるという)。 海外では欧州宇宙機関(ESA)、フランス国立宇宙研究センター(CNES)、ドイツ、マックスプランク天文学研究所などが加わっている。◎亡きローマン博士の知的好奇心のバトンを受け継ぎ ローマン望遠鏡について、アストロバイオロジーセンターの田村元秀特命教授は「地球のような軽い惑星が、恒星からどのくらい離れたところにあるのだろうか。言い換えると、太陽系が特別な存在であるかどうか。このことに、ようやく統計的に答えられるようになる意義は大きい。生命の兆候を見ようとするハビタブル・ワールド・オブザーバトリーの技術実証も兼ねており、本当に印象的な望遠鏡だ」と期待感を語る。 ローマン博士は生前、「ハッブル望遠鏡の最も興味深い発見は何か」と問われ、暗黒エネルギーと答えたという。ハッブル望遠鏡は宇宙の加速膨張の初期測定結果を裏付け、一大発見に貢献した。ローマン博士は、系外惑星の観測可能性に触れた論文も1959年に書いている。 宇宙の謎は尽きない。知的好奇心のバトンを今、望遠鏡に「生まれ変わった」彼女が引き継いだ。(完)昨年の今日の日記:「旧ユーゴ3カ国周遊(45):僕の選んだベスト10(後編)、モトヴンの天空の城、ポストイナ鍾乳洞など」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202509260000/
2026.09.26

「ハッブル」や「ジェームズ・ウェッブ」に続く大型宇宙望遠鏡として開発されたアメリカ航空宇宙局(NASA)の「ナンシー・グレース・ローマン宇宙望遠鏡」が、打ち上げに成功した。 宇宙は速度を上げながら膨張しており、その原動力とみられる正体不明の暗黒(ダーク)エネルギーなどの謎に挑む。将来、太陽系外の地球に似た惑星を直接観測するための技術実証も重要な役割で、わが国が装置開発などで参画している。◎150万キロ離れたラグランジュ点に定点 ローマン望遠鏡は日本時間8月30日夜、フロリダ州のケネディ宇宙センターからスペースX社の大型ロケット「ファルコンヘビー」で打ち上げられた(写真=右写真はロケット上段から分離するローマン望遠鏡)。約31分後、高度約700キロあまりで所定の軌道に投入され、打ち上げは成功した。 観測の準備を進めながら3カ月ほどかけ、地球から150万キロ離れた、地球と太陽の引力などが釣り合う「ラグランジュ点2(L2)」に到達する。望遠鏡のような軽い物体が留まり続けられ、燃料を節約できる観測位置だ。NASAは2027年初頭までに、観測画像の初公開を見込む。◎主鏡光景はハッブル宇宙望遠鏡と同じだが重さは4分の1に 近赤外線を中心に、可視光でも宇宙を捉えるローマン望遠鏡は、展開後の長さが12.7メートル、幅4.4メートルで大型バスほどの大きさだ(想像図)。燃料を除く重さは8トン。主鏡の口径はハッブル宇宙望遠鏡と同じ2.4メートルだが、重さは技術革新で4分の1に減じたという。 観測計画は5年で、開発・運用費は計43億ドル(約6900億円)。名称はNASAの初代主任天文学者を務め、「ハッブル宇宙望遠鏡の母」と呼ばれる天文学者のナンシー・グレース・ローマン博士(1925~2018年)にちなんで、2020年につけられた(写真=ハッブル宇宙望遠鏡の模型の前に立つ故ローマン博士)。◎トランプ政権の逆風に耐え、ついに旅立つ 開発は2010年代前半にスタートした。トランプ政権の予算削減案で何度も中止の危機に陥りながら、連邦議会が拒否し計画が維持されてきた。2027年5月に打ち上げる計画だったが、開発が順調に進んだことで大幅に前倒しされた。 NASA科学局のニッキー・フォックス副局長は「ローマン望遠鏡は宇宙の歴史に関する人類の深遠な疑問に、最大限に答えてくれる。広い視野と素早い観測を備えている。私たちを発見の新時代へと導き、見えないものを可視化し、太陽系外の生命探査の基盤を築くだろう」と述べた。◎正体不明の暗黒エネルギー、手がかり探る ローマン望遠鏡が搭載した主な科学装置は2つ。1つは「広視野撮像装置」、つまりカメラだ。ハッブル望遠鏡と同等の精度や解像度だが、200倍もの広い視野を持つ。その主な役割は宇宙の加速膨張の原因とみられる暗黒エネルギーに関し、検証を試みることだ。 宇宙が膨張していることが1920年代後半に判明し、98年にはその膨張がどんどん加速していることが分かった。宇宙は物質同士に働く重力のせいで、いずれ収縮して潰れるとも考えられてきたが、それが大きく覆った。これを説明するエネルギーとして、正体不明の暗黒エネルギーが想定されている。暗黒エネルギーは宇宙の物質・エネルギーの68.3%を占め、現代宇宙論の最大の謎とされる。◎宇宙の膨張率を高精度に調べる 加速膨張の発見の手がかりとなったのが、恒星が一生の終わりに起こす爆発の一種「Ia型超新星」。爆発の明るさが物理的にどれもほぼ同じになることから、観測地点からの見かけの明るさを勘案すれば距離を測れるため「宇宙のものさし」とみなされている。 ローマン望遠鏡は、暗黒エネルギーの正体は突き止められない。ただ、広視野撮像装置により100億光年の彼方までの数千個のIa型超新星や数億個の銀河を観測し、宇宙の膨張率などを高精度に求める。こうして、暗黒エネルギーの膨張への影響度などの理解を目指す。 宇宙の構造の成り立ちや銀河の歴史、重力を持つが見えない暗黒物質(ダークマター)の分布も調べる。(この項、続く)昨年の今日の日記:休載
2026.09.25

かつては不動のNTTが圏外に去り、代わって新興のソフトバンクグループ(SBG)とキオクシアが台頭し、古豪のトヨタと三菱UFJフィナンシャル・グループが返り咲き、丁々発止を繰り広げている。◎目まぐるしいトップ争いと銀行株の復活 東証上場企業の時価総額トップ争いだ。そこに日本経済の構造変化が垣間見える 直近の9月18日の終値ではトップは、約44.15兆円のトヨタだった(表)。しかしこれは、不動のポジションではなかった。6月1日には生成AI関連のSBGがトヨタを抜いてトップに躍り出ると、4日にはトヨタが巻き返して逆転、12日には新興のキオクシアが一躍トップに躍り出た。ところがこのところの金利上昇を追い風に三菱UFJが首位に躍り出て、その後はトヨタと抜きつ抜かれつのトップ争いを演じている。 かつてバブル全盛の1989年頃は、銀行株が時価総額のトップ10の7銘柄を占めていたこともあったが、その後のバブル崩壊、不良債権処理などで大きく時価総額を落としていた。それが、見事に復活した。三菱UFJだけではない。三井住友FGも、26兆円弱と5位につけている。◎キオクシアは上昇か下降か、はたまた停滞か 目覚ましいのは、データセンター向けにメモリー需要の急増しているキオクシアだ。 2024年12月18日に上場したばかりなのに、一時は時価総額が60兆円台に乗った。その後、大きく調整し、時価総額は半分弱に縮んでいる。 キオクシアが特異なのは、業績は絶好調で予想PERが4倍程度と超割安なのに、5万円台をなかなか抜けきれないことだ。同業のお隣韓国のサムスン電子とSKハイニックスも5、6倍程度なのに、今年半ばの勢いはない。 投資家は、数年後の半導体市況の軟調を予見しているかのようだ(市況産業について触れた26年5月25日付日記:「絶好調のキオクシアは買いなのか、予想PERは超割安を示すが」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202605250000/を参照)。◎軟調なのにトヨタが堂々首位、かつての世界首位のNTTはトップ10の圏外 前記4社のうち、2月9日に4000円ジャストの年初来高値をつけたトヨタの株価もこのところ軟調だ(図)。トランプ関税は株価に織り込まれたと見られるが、円相場の動向と来期の目覚ましい躍進が見通せないからだ。成熟産業と見られていることも一因かもしれない。 それなのに時価総額トップにつけているのは、トヨタが日本を代表する企業とみなされているからだろう。 もう1つ寂しいのが、NTTだ。1987年5月11日には時価総額約48.6兆円を記録して、当時の国内トップに君臨し(のみならず世界でもトップだった!)、長くその地位を保っていた。しかしその後のバブル崩壊とリクルート疑惑に巻き込まれ、低迷の泥沼にはまり、なかなか浮上せず、トップ争いの圏外にある。NTTの技術力をもってすれば、SBGの後塵を拝しているのはなんとも愚かしい限りだ。やはり元電電公社の体質が抜けきれないのかもしれない。◎リクルートの目覚ましい勢い NTTの足を引っ張ったそのリクルートが、皮肉にも今は三井住友FGに肉薄する6位に浮上している。今年の勢いから(図)、ベスト5に入るのも間もなくかもしれない。 アメリカで展開するIndeedなどの「HRテクノロジー事業」がAIを取り込んで好調を維持している。「圧倒的当事者意識」と「フラットで自由な環境」を基盤に、徹底した成果主義と個人の成長を重んじるカルチャーがある。指示待ちの風土など全くない。 今は亡き創業者の江副浩正氏(写真)の遺伝子が受け継がれている。江副氏の残した社訓「自ら機会を創り、機会によって自らを変えよ」とこの文化がある限り、さらに成長していき、株価2万円も間もなく通過していくだろう(ちなみに先週末の終値は1万7350円だった)。昨年の今日の日記:「旧ユーゴ3カ国周遊(44):僕の選んだベスト10(前編)、絶景の連続、千変万化の水の色などの湖と文化遺産」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202509240000/
2026.09.24

実は古くは4300万年前にさかのぼる恐鳥類のごく新しい種の骨が発見されたのは、これが初めてではない。 ウルグアイでも恐鳥類の化石が発見されており、やはり恐鳥類が後期更新世まで生き残っていたことを示唆している。9万6000年前のものに加えて、最も新しいものでは1万7500年前と推定されたものもある。◎間接的な年代値だがそれでもLGMまで生き延びた強力な傍証に ただし、ブラジルのものとは属が異なる1万7500年前の標本の年代測定は、恐鳥類の化石化した骨に対して行われたものではない。同じ堆積層から発見されたゾウの仲間ステゴマストドンの歯を分析した結果に基づいた、いわば間接的な年代測定結果だ。 ラバージ氏はマシャード氏の発見に興奮していると語り、そのデータを「信頼性が高い」と評価している。ウルグアイの標本と組み合わせると、この年代測定の結果は、小さな恐鳥類の持続性と回復力を示している。 そして最も新しい時期の個体でも、彼らはそれほど深刻な状況ではなかったらしいのだ(絵=獲物を追う小型の恐鳥類)。◎300万年前に南北アメリカ大陸が陸続きに これらの年代測定の結果から、恐鳥類はひょっとすると人類と接触していた可能性が示される。南北米大陸への人類の定住がいつ始まったかについては依然として議論が続いているが、例えばブラジル中西部のサンタ・エリナ岩陰遺跡の発掘調査(写真)では、2万5000年前までさかのぼる可能性のある道具やペンダントが発見されている。ただ大方の考古学者の賛同は得られていないのが実情だ。 これまで、約300万年前にパナマ地峡を通じて南北両大陸が地続きになったことが、恐鳥類の絶滅の原因だと広く考えられていた。新たな陸路の開通により、それまで隔てられていた大陸間で種の大移動が可能になったためだ。 それは、大陸規模の生態系再編につながった。◎南米の大型捕食者は北米から来た強力な捕食者に敗れる 概して、南米の大型捕食者は劣勢に立たされ、北米のサーベルタイガー(剣歯虎:写真=オオナマケモノを襲うサーベルタイガー)やオオカミといった、より万能型の種に競争で敗れたと考えられてきた。 逆に少なくとも1種の巨大な恐鳥類ティタニス・ウォルレリ(Titanis walleri)は北米に進出し、現在のテキサス州やフロリダ州まで到達していた。ティタニス・ウォルレリは約180万年前に姿を消したが、後期更新世まで生き残ったと思われるのは、北米の捕食者と直接競合しなかった小型の恐鳥類だけだ、とマシャード氏は述べる。◎気候変動による環境の激変に適応できなかった? では、長く生き残ったその小型恐鳥類は、なぜLGM前後に姿を消したのか(写真=全身骨格)。 彼らは、他の動物との競争に負けたのではなく、氷河期末に向かう気候変動や樹木が茂る広大なサバンナの消失といった環境要因が、長きにわたって恐鳥類が支配してきた先史時代の世界に終止符を打った、とマシャード氏は考えている。 なお最大級の恐鳥類について述べた過去の日記(23年10月27日付日記:「恐竜絶滅後の南米に君臨した恐鳥類の足跡発見;最大体高3メートルで疾駆して獲物を押さえ込みついばんだ」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202310270000/)も参照されたい。(完)昨年の今日の日記:「ソニーグループ、金融子会社ソニーFGをスピンオフ;ソニーは買いだ、それも26日までに」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202509230000/
2026.09.23

日銀が9月18日の金融政策決定会合で、政策金利を1.25%に引き上げた。1.25%は1995年以来、31年ぶりの高さだ(図)。◎これから住宅を買う層には購入を諦めざるをえないほどの重荷 しかし、たぶんこれで終わりではない。市場の見込む政策金利の最終到達点は、2.4%程度と上振れしていて、これだとあと4~5回程度の利上げがあることになる。 仮に2.4%程度とすると、これまでの常識から考え、かなりの高金利だ。これで日本経済は耐えられるのか、といぶかってしまう。 たとえばこれから家を買おうとしている若い人たちに、もろに金利高は効いてくる。返済金の高騰に、住宅購入を諦める人が出てくるだろう。このまま賃貸に住み続けることを余儀なくされても、次の更新時に家主から賃料の上げを言い渡されるだろう。家主は、賃貸用住宅の購入費用として銀行のローンを組んでいるので、この金利アップを銀行から迫られるからだ。 むろん企業が銀行から借りる金利も高くなる。◎株価は比較的堅調だがREITはマイナス 株価にもマイナスだ。株式の益利回りは市場金利に一定のプレミアムを乗せて決まる。株式益利回りとは1株当たり純利益を株価で割ったもので、PERの逆数だ。PERが同じで推移したとしても市場金利が上がるので、期待益利回りは高くなり、その分、株価は低くならざるを得ない。 金利高が企業業績の足を引っ張ればさらに下押し圧力は強まる。 株式以上にマイナスなのは、不動産投資信託(REIT)だ。どのREIT銘柄も、借入金比率は42%ほどとなっている。金利高は、確実にREIT銘柄の収益の足を引っ張る。むろん資産の不動産の賃料も上がるから、必ずしも全面的に金利上昇の悪影響を受けるわけではないが、それにしてもマイナスであるのは確かだ。 実際、日銀が政策金利の上げを決めた9月18日には、REIT指数は年初来安値となる1730.69ポイントまで落ち込んだ(図)。マイナス13%の落ち込みだ。日経平均株価が、上場企業の増益期待から年初来では約30%も上昇しているのに、この乖離はREITがいかに金利の影響が大きいかを示している。◎REIT、借入金の金利負担の上がるのが重荷 僕の手元にある大手REITの報告書がある(写真)。これに長期借入金の一覧が載っているが、低金利時代に借りた金利は最低で0.18%のものがある。しかしこれは、来年3月1日に返済期限が来る。すると、高金利の長期借入金に借り換えさないといけない。 対して直近で借り入れた長期借入金利は、2037年3月の返済期限で1.287%だ。1%以上もの差がある。これから新たに借り入れる借換金利は、もっと上がるのは必至だ。REITにとって決して好ましい状況ではないから、市場はこれを嫌って投資口価格の頭を抑え続けるだろう。 テロ国家イランによるホルムズ海峡の封鎖と、最近はイランの代理勢力であるテロ集団のフーシなどによる紅海の封鎖攻撃で、原油高に伴うインフレ圧力は弱まりそうにない。 当面は金利高に耐える覚悟が必要だ。昨年の今日の日記:「日銀、ETFとREITの売却を決める、ETFの含み益は実に48兆円で簿価に対して1.3倍」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202509220000/
2026.09.22

ブラジルの博物館に所属する古生物学者らが、2万5000年前に生息していた小さな恐鳥類の証拠を発見した。直接に年代測定が行われた恐鳥類の化石では最も新しく、このグループ最後の生き残りが最終氷期の最も寒い時期LGM(最終氷期極大期)まで生きていた新たな証拠がまた1つ加わった。論文は、2026年3月26日付学術誌「Papers in Palaeontology」に発表された。◎フック状の巨大な嘴と俊敏な脚 論文の筆頭著者で、ブラジルの教皇庁立ミナスジェライス・カトリック大学自然科学博物館と共同で研究を進める独立の古生物学者、ビクトル・ウーゴ・マシャード氏は博物館に収蔵されていたいわゆる「チキンドラムスティック」の化石を再調査し、小さな恐鳥類のものであることを発見した。 マシャード氏らはこの新種をエスチャトルニス・アテルラドーラ(Eschatornis aterradora)と名付けた。「最後の恐鳥類」という意味だ(想像図=新たに発見された体重6キロほどのこの種は、南米の飛べない肉食鳥類が初期の人類と遭遇しえた時代まで生き残ったことを示唆している)。 マシャード氏は、この発見を、恐鳥類の小さな種が長期間にわたって生き残っていたことを示唆するもの、と重視する。 フック状の巨大な嘴と俊敏な脚を持っていた恐鳥類は、かつて南米のサバンナを支配していた。研究者たちは長年、恐鳥類の最大級の種が約258万年前の鮮新世末期に南米で絶滅し、より小型の種もその直後に絶滅したと考えていたが、今や通説を覆す証拠が見つかり始めているのだ。◎究極の頂点捕食者 数百万年にわたり、恐鳥類は現在の南米を恐怖に陥れた。4300万年前に登場した時は比較的小さな体だったが、長い年月をかけて巨大化し、最大で体高3メートル、体重300キロを超える個体も現れ、シカのような草食動物を捕食していた(図=大型種と小型種の比較;草食動物を襲うエスチャトルニスの想像図)。 鳥類ではあるものの、ほとんど飛べなかった。その代わりに、俊足を生かし、陸上で獲物を追いかけていた可能性が高い。フック状の重い嘴をおののように振りかざして獲物をたたきつぶし、巨大な足の爪で獲物を踏みつけたり蹴飛ばしたりしていた。 彼らは頂点捕食者として君臨していたのだ。大きさが異なる種が食物連鎖の上から下まで様々な動物を捕食し、(非鳥類型)恐竜絶滅後の世界を白亜紀のような世界に変えた。 恐鳥類は「鳥類における獣脚類の最後のあがき」だったとアメリカ、インディアナ大学の古生物学博士課程で恐鳥類を研究するトム・ラバージ氏は評価する。その特徴すべてが、究極の捕食者だったことを示唆している。◎40年前に発見されていた脛足根骨を再調査 新たな発見の発端は、マシャード氏の同僚であるカストール・カルテリ氏が1980年代に発見した骨の再分類だった。今回の研究にも参加したカルテリ氏は、ブラジル、バイーア州のトカ・ドス・オッソス洞窟(写真)で発掘調査を行い、多くの哺乳類の化石を含む大量の化石を発見した。 これらの化石に、鳥類の左の脛足根骨1点が含まれていた。いわゆるチキンドラムスティックに相当する部位の骨だ。2008年、研究者たちはコンドルの一種のものだと報告し、その後、この骨は忘れ去られていた。 ところが2024年、マシャード氏がこの骨を再調査し始めたところ、「一見するとコンドルの骨に似ていた」ものの、恐鳥類の特徴に一致する点があることに気付いた(写真)。 この新種、エスチャトルニス・アテルラドーラは、かつての大型の恐鳥類ほど恐ろしくはなく、体重は推定6キロほどだった。研究チームは骨の放射性炭素年代測定を行い、骨の年代が約2万5000年前だと突き止めた。(この項、続く)昨年の今日の日記:「旧ユーゴ3カ国周遊(43):イスタンブール経由でリュブリャナ国際空港から帰路へ」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202509210000/
2026.09.21

中国、雲南省の蝙蝠洞(ビエンフ洞窟:Bianfu Cave)でデニーソヴァ人の歯、橈骨片、頭頂骨片の化石と彼らの製作したと見られる大量の石器が見つかった。9月9日付の『ネイチャー』に中国研究者を主にした国際チームが2編の論文で報告した。◎ホミニン化石は頭頂骨片2点、橈骨片1点、歯4点 蝙蝠洞の発掘調査ではおびただしい動物骨片も見つかったが、研究チームはこのうちの7点をホミニンと特定した(写真=発掘風景)。 ホミニン化石の2点は頭頂骨片で、1点は橈骨破片、そして小臼歯など4点だ(下の写真の上=上の列の2点が小臼歯、下列左が橈骨、下列右は頭頂骨片2点;下の写真の中央=それぞれ小臼歯と橈骨を拡大したもの;下の写真の下=頭頂骨片の拡大)。 これらの骨からDNAは抽出できなかったが、プロテオミクス解析で骨のコラーゲンにデニーソヴァ人に特徴的なアミノ酸変異が示され、ホミニンはデニーソヴァ人と判断された。デニーソヴァ人の橈骨が見つかったのは、初めてだ。◎中国でデニーソヴァ人特定は3例目 これで中国でのデニーソヴァ人の特定は、3例目となる。第1号はチベットの白石崖溶洞(2019年5月5日付日記:「チベットで初めてデニーソヴァ人の存在を確認、シベリア外では初めて、1980年発見の右下顎骨破片」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/201905050000/)、そして2番目が東北部ハルビンの「ホモ・ロンギ」頭蓋だ(25年6月21日付日記:「1933年発見の謎の『ホモ・ロンギ』もデニーソヴァ人だった;初の頭蓋の同定」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202506210000/)。 だが前2例は、すでに発見済みで詳しい種調査がなされていなかったもので、したがって発掘時の様子は全く分からなくなっていた。ちなみに台湾、澎湖島の澎湖1号下顎骨も、その後のプロテオミクス解析でデニーソヴァ人と判断されたが(25年4月15日付日記:「台湾海峡海底で見つかっていた澎湖1号下顎骨が古代たんぱく質解析でデニーソヴァ人と判明」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202504150000/)、こちらも海底から台湾の漁民が引き揚げたものなので、背景は全く分からない。 その点、洞窟内で一次堆積していた化石を発掘した蝙蝠洞ホミニンは、貴重だ。◎10万年前頃の中国大陸にデニーソヴァ人が広く分布か 蝙蝠洞の7点のホミニンの歯と骨の年代は、16万7000年前~13万4000年前と推定された。ハルビンで発見され、後にデニーソヴァ人と推定された前記ホモ・ロンギ(竜人)の推定年代14万6000年前と重なる。また白石崖下顎骨の推定16万年前と近い。 つまり10万年前頃の中国大陸には、ホモ・エレクトス(北京原人の系統)絶滅後に取って代わったと見られるデニーソヴァ人が全土に広く分布していたようだ。◎大量の石器群と獣骨も さらに貴重なのは、洞窟内堆積層から、スクレイパー、チョッパー、ハンマーストーンなどの石器1366点も見つかった点だ(写真=見つかった石器群)。さらにこれらの製作に使われた骨製道具も発見されている。また上記ホミニン化石と石器群に混じって、6万点以上もの哺乳類骨破片も発見されている。 これらから骨の主であるデニーソヴァ人が、どのように石器を作り、使用していたかが、彼らがどんな動物を食物にしていたかを今後探れる。これまでのデニーソヴァ人遺物は彼らを取り巻いた状況が全く分からないホミニン化石だけの単独発見だったとは大きな違いだ。 石器の年代は、人骨の幅よりも広い19万年前~7万年前のものと推定された。 また動物骨と花粉から、デニーソヴァ人の暮らしていた環境も大まかながら復元され、森林状で針葉樹が優勢だったことが示された。今後、層位ごとの獣骨の分析から、蝙蝠洞デニーソヴァ人の食生態も明らかになってくるだろう。昨年の今日の日記:「ボイジャー1号、打ち上げから48年;地球から251億キロも離れた太陽系の果てを今も秒速17キロで超高速飛行」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202509200000/
2026.09.20

中学時代に、社会化の副教材で世界地図帳を見て、グリーンランドという島はずいぶん大きいなと思った記憶がある。何しろアフリカ大陸とほとんど同じ大きさだったからだ。 また当時アメリカと並ぶ超大国だったソ連の広さに圧倒された。「メルカトル図法」による世界地図だったからだ。 しかし、すべては錯覚だった。そのことに気づくのに、ある程度世界観が身につく高校生になるまで待たなければならなかった。◎実際には14倍も大きいアフリカ大陸が極北域のグリーンランドと同じ大きさに表現 国連は、4日の総会で、国や地域の大きさをより正確に示す地図の普及を促す決議案を採択した(写真)。 決議を主導したのはアフリカ諸国で、日本を含む西欧諸国、アジア、アフリカの大半が賛成した。高緯度のエリアほど面積が大きく表現される「メルカトル図法」は赤道付近が相対的に小さく見えるのだ(図=上がメルカトル図法による世界地図、下は後述のイコールアース技法)。反対したのは1国中心主義のトランプのアメリカだけだった。 理由は、「不均衡な世界観」の改善を訴える。例えば冒頭のように、メルカトル図法ではほとんど同程度の大きさに描かれるグリーンランドとアフリカ大陸だが、実際にはアフリカ大陸はグリーンランドの約14倍も大きい。 ゆがみは、まだある。極北に広大な領土を抱える旧ソ連は、南北と東西に引き伸ばされるので、実際よりかなりの超大国に見える。だから冷戦期には、ソ連は共産主義の強大さを誇示するプロパガンダとしてこの地図を利用した。◎大航海時代に角度を正確につかむために必須だった メルカトル図法は、16世紀のネーデルラントの地理学者ゲラルドゥス・メルカトル(図)が制作した。時は大航海時代だ。球体の地峡表面を平面に描くため、どうしてもゆがみが出来るが、この図法では経線と緯線が直角に交わっていて、地図上の角度が実際の地球上の角度と一致するから、2地点間を結ぶ緯度上の角度がどの程度あるかを把握するために航海には必要だった。昔から航海用・海図として重宝されてきたのだ。 しかし小さすぎるように描かれたアフリカ大陸の国々にとって、不当に過小に描かれていると不評が高まった。これは、国家の尊厳にも関わる。◎イコールアース技法の移行へ そこで、低緯度地域の面積表現がほぼ正確な「イコールアース技法」(上掲図)の採用の声がアフリカ諸国で高まった。アフリカ連合はこの2月の首脳会議でイコールアース技法の普及を働きかける方針を確認した。 先の国連総会の決議は、その一環だ。今はどうか知らないが、僕が小学校の頃、教室に維持される世界地図はメルカトル図法だった。「日本はこんなに小さいから、努力しないと世界に負ける」と教師から言われた記憶がある。まだ残っているとしても、学校地図からメルカトル図法は追放されるだろう。昨年の今日の日記:「日経平均4万5000円突破、新たな高みに挑む日本株式市場」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202509190000/
2026.09.19

久しぶりに東大駒場キャンパスを訪れた。数十年前に訪れた時は、1968年の東大闘争の時よりはめっきり減ったが、それでも正門前からかつて1号館前などに立て看がびっしり並んでいたものだが、様変わりである。◎かつての学生運動の拠点も面影無し 並んでいるのは、サークルの宣伝看板だけで、新左翼諸党派の立て看は全く見られなかった。 興味深く思って、13号館から生協までの通りにずらりと並ぶ看板を丹念に見たが、共産党の青年組織、民青(民主青年同盟)の目立たない立て看が2枚だけ見られただけだった。すべてはサークル関連のもので、それらの中に飲み込まれてしまっていた(写真)。 東大・駒場と言えば、かつて学生運動の最大拠点であり、60年代末の絶頂期には新左翼諸党派10数派がすべて揃っていると言われた。それが様変わりである。 なるほど、若者の自民党支持が高まっている一端がのぞける。◎学食は安くない、味は学食なら上々 さらにキャンパス東部の学生会館と生協食堂は、「ここが大学?」といぶかしいほどにこぎれいになっている(写真)。食堂はカフェテリア式で、味は悪くはない。僕がよく利用する社食よりはよほど良い。 ただし、学食にしては高い。僕は生協組合員でない部外者なので割増代金を支払ったが、ハンバーグ、コロッケ各1個、ホウレンソウのお浸しの小鉢、中ライスで950円前後した。これなら吉野家とあまり変わらない。 東大学生の保護者の年収は1000万円を超すと言われて久しい。東大駒場前駅には塾講師などのアルバイト募集看板が隙間無く並んでいるから、東大生はほとんどリッチなのだ。安い学食より美味い学食が求められているのだろう。東大ではなかったが、地方の旧制帝大で過ごした僕の学生時代は、学食と言えば「安かろう、不味かろう」の代名詞だった。様変わりである。◎構内にゴミ箱無し 1つ感心したのは、構内の通路にゴミ箱が一切置かれていないことだ。主要公共施設の1階の一角に分別ゴミ箱4つがあるきりだ。そのため別の日に、生協マーケットで昼食を買った時、お握りとサンドイッチ、牛乳のカラを捨てるのに苦労した。 おかげでキャンパスは、たいへんきれいだった。育ちがいいのか、くわえタバコで歩く学生は皆無で、吸い殻は1本も見つけられなかった。 本郷キャンパスも緑深くて美しいが、駒場の方が緑の多い印象だった(写真)。雨が降ることが多かったのでくまなく探索できなかったが、構内には旧一高の跡を示す碑や寮歌の碑(嗚呼玉杯之碑)もあったようだから見逃したのは残念だった。昨年の今日の日記:「旧ユーゴ3カ国周遊(42):リュブリャナ城を歩く;猛暑でへばり、木陰で読書」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202509180000/
2026.09.18

9月1日、長期金利が30年ぶりに3%台の大台に乗った(国債価格は下落)。指標となる新発の10年物国債利回りが3.005%をつけたのだ。3%台は1996年9月以来、30年ぶりのことだ。◎メガバンク3行は空前の利益 その後、いったん2%台に戻したが、半ばには再び3%台に戻した(図)。この間、急ピッチで長期金利は上昇したが、市場では3%は通過点に過ぎないとみられているから、まだ上があるのかもしれない。 長期金利の上昇は、企業や個人の借入金利の上昇に直結するから、景気に水をかける効果をもたらす。さらに地銀や信用金庫などの中小金融機関は低利回りの長期国債を大量に保有しているから、含み損を拡大することになり、金融機関の融資姿勢は慎重になる。この面でも景気にブレーキをかける。 半面、メガバンクなどの大手金融機関(写真)は、受け入れ預金の利率に先行して貸出金利が上がるから、収益は向上する。今年度(2027年3月期)の純利益は、三菱UFJFGの2兆7000億円、三井住友FGの1兆7000億円、みずほFGの1兆4000億円と軒並み増益予想だ。株価は、それにつれて年間上昇率は50%前後になっている。これは、日経平均の年間上昇率を上回る。◎金融機関と国家への所得移転が進む しかし銀行から住宅ローンを借りている層、これから借りようとする層には、金利高は厳しい。特に変動金利で借りている人たちには、これから響いてくる。新たに住宅を購入しようとする若い人たちは、購入予定の住宅のグレードダウンを迫られる。 つまり金利高は、企業や消費者から金融機関への所得移転に等しい。しかしもう1つ、巨大な機関も得をする。 言うまでも無く、国家だ。もちろん新発国債の募集金利は上がり、それはマイナスだけれど、それ以上に歳入の伸びが大きい。所得税は名目賃金に、法人税も名目税引き前利益にかかるが、インフレでそれは実質より大きく伸びる。さらに歳入3税のうちの消費税も物価が上がればその分の消費税収も膨らむ。◎食品消費税の減税の財源はインフレによる税収増か 毎年、6月の決算締めの時、見込んだ税収以上に入ってくる税収上振れ額は大きく25年度の上振れ額は3.5兆円にもなった。 高市政権は15日、27年4月から2年間限定の飲食料品の消費税率を8%から1%に引き下げる税制改正大綱を閣議決定した(写真)。減税による歳入減を埋める新たな財源は年末の予算案決定までに示すとして、依然、明確にはしていない。 おそらく高市首相と財務省の腹は、インフレによる税収増を見込んでいるのだろう。食品消費税減税の税収減約5兆円は、おそらくかなりをインフレによる税収増でまかなえるからだ。昨年の今日の日記:「旧ユーゴ3カ国周遊(41):リュブリャナ大聖堂から水の無い噴水、そして市役所へ」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202509170000/
2026.09.17

13日投開票された沖縄県知事選で保守の新人、古謝玄太氏が、現職の玉城デニーに圧勝し初当選を決めたた(写真)。12年ぶりの左翼からの県政奪還だ。左翼知事のもとで様々な妨害工作にもかかわらず着々と進んでいた辺野古基地建設は、古謝知事のもとでスムーズに進み、さらに自衛隊の離島展開への妨害も正/される見込みだ。◎接戦予想も古謝氏の圧勝、反基地キャンペーンに幕 今回の知事選の事前世論調査では、古謝氏と玉城の接戦が予測されていた。接戦となれば、最後は現職の強みで玉城が抜け出すかと予想したが(写真=選挙運動の全面に共産党の活動家が出た玉城陣営)、蓋を開けれは古謝氏の圧勝しなった。沖縄県民の左翼による執拗な反基地宣伝への離反が大きかったようだ。スターリニスト中国による悪くすると来年にもと危惧される台湾侵略を前に、県民の間に左翼、反基地キャンペーン離れが広がったと思われる。 今回の選挙で注目されたのは、沖縄県政界の主導権を握り続けた左翼統一戦線の「オール沖縄」の退潮が鮮明になったことだ。左翼県政死守に事実上のヘゲモニーを握る共産党は支持者を大動員して戦ったが、共産党自体の退潮もあり、盛り上がりに欠けた。逆に古謝陣営は、自民、維新の現与党の他、国民民主党や参政党も加わり、さらに中央で立憲民主党と合同していた公明党が古謝陣営についたのも注目される。◎中道改革連合は「解体」決める もともと立民と公明がこの1月に合同して作った中道改革連合は、衆院選対策のための選挙互助会に過ぎなかった。翌2月に行われた総選挙で、中道改革連合はボロ負けし、選挙目当ての野合が有権者にそっぽを向けられたことを証明した。 さて、その中道改革連合である。今月11日に同連合の旧立民系議員20人が同連合から離党して新党を結成することを決めた(写真=解体を決めた役員会の後、記者会見で説明する代表の小川淳也)。中道改革連合の過半数を占める旧公明党系の28人は元の公明党に戻る。 別の党になるのだから、両党とも独自の政策を掲げて競い合うかと思ったが、両党は衆院で統一会派をつくるという。それなら別の党に別れなければいいのに、と思う。極めて分かりにくい離合集散だ。◎新進党と同じ末路 こうした野党の野合には既視感がある。1994年に結党された新進党だ。共産党と社民党を除く野党5党が集まって新進党を結成したが、96年の衆院選で敗れたことをきっかけに離党者が続出し、97年末に解党した。 つまり今回の中道改革連合の事実上の解党は、90年代末の新進党の焼き直しそのものと言える。野合は、8カ月しかもたず、新進党の3年にはるかに及ばなかった。 理念の一致もなく、ただ選挙のためにという合同・連合は、有権者の胸に響かない。 野党の政権獲得はさらに遠のいた。もしかすると、もう半永久的に不可能かも知れない。昨年の今日の日記:「旧ユーゴ3カ国周遊(40):酷暑の下をリュブリャナ旧市街ど真ん中を歩く、三本橋、プレシェーレノフ広場など」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202509160000/
2026.09.16

イスラエルで考古学者たちが、ネアンデルタール人以前のホミニンが使用していた洞窟を発見した(写真)。彼らは少なくとも約40万年前にこの洞窟で暮らしていたとみられる。この時代についてはほとんど知見がなく、当該の洞窟は科学者が調査できる数少ない遺跡の1つとなる。◎ネアンデルタール人や現生人類の暮らした石灰岩洞窟が発達 洞窟はイスラエル北部ハイファの南のフレイディス(Fureidis)という町の郊外に位置している(地図)。建設工事の影響を受ける予定だったことから、考古学者たちが調査を行うことになった。 イスラエルには9年前に旅行で訪れたことがあるが、ほぼ全土が石灰岩剥き出しの荒れ地だ。イスラエルに入植したユダヤ人たちはここを開墾して緑地に変えたが、石灰岩地帯だけにあちこちにネアンデルタール人と現生人類ホモ・サピエンスの暮らした洞窟が発達する。フレディスも、こうした洞窟の1つだ。 1970年代の研究者たちは当初、この洞窟は約20万年前にホミニンに使用されていたと考えていた。◎ハンドアックスやスクレイパーなどの石器 イスラエル考古学庁の考古学者コビ・バルディ博士と同僚の同僚のロン・シメルミッツ博士は、この洞窟が古く見積もると約40万年前の居住空間としてホミニンに利用されていたことを明らかにした。なおシメルミッツ博士はハイファ大学考古学准教授を務める。 この洞窟で両博士はハンドアックス(握斧)、皮なめしに使用するスクレイパー(掻器)などのフリント製石器を発見したことから、この年代を特定した。これらは当時この地域に住んでいたネアンデルタール人以前のホミニンに関連するアシューロ・ヤブルーディアン文化に特徴的な遺物という。◎火の使用跡とたくさんの動物骨 研究チームはまた、ダマジカやガゼルなどの動物の骨(写真=ダマジカの歯)、火の使用跡も発見した。 これは、大規模なホミニン集団が洞窟で共同生活を送り、野生動物を狩り、火を利用していたことを示唆する。 ただ現在までのところ、この時代の洞窟からは重要な人類の遺骨は1点も見つかっていない。もし40万年前のホミニンならまだ死者を埋葬する意識は生まれていないので、洞窟で墓を見出すのは難しい。しかし子どもの歯程度は、今後の発掘で出土する可能性はある。◎人類遺体は埋まっているか フレイディス洞窟の埋蔵タイムカプセルは、下部旧石器時代末という特異な時代に属している。アフリカで出現した現生人類ホモ・サピエンスとヨーロッパで進化したネアンデルタール人とが優勢となり、多くの地域へ広がる直前の時期だ。 「この重要な時期に属する遺跡は、イスラエルやより広いレバント地域でもごくわずかしか発見されておらず、そのほとんどは研究目的で立ち入ることができない」と、シメルミッツ博士はフレディス洞窟調査の意義を説く。 研究者たちはこの洞窟で大規模な調査を計画しているて、それにはおそらく数年を要するとみられる。大きな狙いは、ホミニン化石を見つけることだ。石灰岩洞窟という地質条件からここでヒトが死に、放置されれば(前記のように埋葬は期待できない)、肉食獣の食害さえ免れればヒト化石の発見も夢ではない。 さらに火の集中的利用と豊富な動物骨も、古く見積もれば40万年前、新しくても25万年前のアシューロ・ヤブルーディアン文化の人たちの生活様式の復元も可能になるだろう。昨年の今日の日記:「旧ユーゴ3カ国周遊(39):スロベニアの首都リュブリャナに入る、ここも猛暑」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202509150000/
2026.09.15

93番以上の超ウラン元素は、自然界にはほぼ存在しない。 しかし原子番号が92より小さくても、天然にほとんど存在しない元素がある。原子番号85のアスタチン(At)だ。この元素が特性を活かして、放射線療法に利用されるようになった。先日も、新聞紙面で今年中にアスタチン製造装置が大阪大医学部に納入されるという記事を見た。◎自然界にあってもほんの数グラムのアスタチン アスタチンは、30余りある同位体がすべての放射性である。安定同位体は存在しない。アスタチンの名もギリシャ語の「不安定」(astatos)から名付けらた。 このため原子番号85と非超ウラン元素なのに、1940年まで発見されなかった。 なぜならアスタチンは、自然界にほとんど存在しないからだ。ウランなどの放射性核種の自然崩壊の過程でわずかに生成されるが、その量も全地球中で合わせても数グラム程度とされる。無いも同然と言える。◎半減期、長い同位体でもたった8.1時間 周期律表が出来て以来、あるべき場所の元素が次々と埋められていったのだが、85番が長くブランクだったのは、不安定な放射性同位体ばかりだったからだ。30余りと多数ある放射性同位体で最も長い半減期の同位体であるアスタチン210でも、その半減期はたった8.1時間だ。 それだけ85番の発見は困難を極め、初めて生成されたのは、アメリカのカリフォルニア大学バークレー校でビスマス209にサイクロトロンで加速したアルファ線粒子(ヘリウム原子核)を衝突させることで、やっと1940年に生成に成功したのだ(写真)。◎アスタチン211は標的アルファ線治療に利用 アスタチンが不安定なのは、軌道電子捕獲やアルファ線(ヘリウム原子核)崩壊で、どんどん他の元素に変わっていくからだ。 30余りの多数の放射性同位体のうち半減期7.2時間のアスタチン211は、強力なアルファ線を出すことから標的アルファ線治療などの次世代のがん治療分野での研究が進められている。 アルファ線はあらゆる放射線の中で最も強力な放射線だが、また透過力が最も小さい。紙1枚でもアルファ線を遮蔽できる。◎アルファ線を最悪の殺人兵器にしたリトビネンコ氏暗殺事件 このアルファ線を政治的暗殺に使ったのが、2006年11月に実行された元KGB職員のアレクサンドル・リトビネンコ氏の暗殺だった(24年5月9日付日記:「テロで大統領にのぼりつめ、テロで反対派を暗殺した血で塗られたプーチンの素顔」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202405090000/を参照)。 プーチンの命を受け、KGBのアンドレイ・ルゴボイらが実行したもので、リトビネンコ氏は強力なアルファ線を出すポロニウム210を盛られた(写真)。ポロニウム210の半減期は約138日で、ロシアのサイクロトロンで生成したポロニウム210をロンドンに持ち込んでも、暗殺実行に十分な時間的余裕があった。前記のようにアルファ線は紙1枚でも遮蔽できるから、下手人どもはポケットにいれるなどで簡単に持ち歩きできた。◎蓄積できないが、医療施設内設置の小型サイクロトロンで生成可能 話をアスタチンに戻す。アスタチンは前記のように半減期が非常に短いし、アルファ線の透過力はごく小さいから、体内に注射しても通過する血管をほとんど痛めず、届けられた癌組織を強力に焼き尽くす。 アスタチンはヨウ素(I)に似た化学的性質を持つので、甲状腺などに集まりやすい。さらに特定のたんぱく質や化合物と結合させることで、癌細胞だけを強力に攻撃する薬となる。 半減期が短すぎるのでアスタチン210を蓄積しておくことはできないが、うまい具合に小型サイクロトロンで生成できる。大学などに施設を常備すれば、必要に応じて製造できる(写真)。冒頭のニュースは、その施設だ。 前記の大阪大学医学部など一部の医療機関で、がんの狙い撃ち治療(標的アルファ線治療)が治験が進む。 放射線の医療分野への応用が次々と進んでいるのだ。単純な核アレルギーの愚かで不毛なことが分かってくる。昨年の今日の日記:「アメリカの「化石の森」のボーンベッドで約2億年前の最古の翼竜化石発見」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202509140000/
2026.09.14

現代人の乳児はチンパンジーやゴリラなどの類人猿の乳児と違い、頭蓋が軟骨状態で首がすわらない未熟な状態で生まれる。直立二足歩行を始めたホミニン(ヒト族)は骨盤の幅を大きくできず、出産時の乳児の脳の大きさを制限されることから妊娠期間が短くなる「生理的早産」が始まったと考えられている(絵)。◎現生人類の頭蓋によく見られる変形性斜頭 だが、それはどの段階のホミニンで起こったのか、謎だった。東大総合研究博物館の海部陽介教授らによる研究グループは、「未熟な乳児」を産む進化的起源に関する論文を発表した。 現生人類の頭蓋には「変形性斜頭」と呼ばれるゆがみが生じることがある。出産時の乳児の頭蓋が柔らかく、床に寝かされると首がすわらない状態のため頭の重さなどでゆがみやすく、成人になっても変形が一部残ることが少なくない。 研究チームはこの点に着目した。◎1500個体以上の大型類人猿と現生人類の頭蓋のゆがみを調べ化石人類と比較 まず計1500個体以上の大型類人猿と現生人類の頭蓋のゆがみの程度を統計的に比べ、人類ではゆがみが大きいことを確認した。次に10数万年前のホモ・エレクトス(ジャワ原人)2個体と6万年前頃のホモ・フロレシエンシス1個体で頭蓋のゆがみを計測したところ、人類と似たタイプでかつ大きなゆがみが見られた(写真=横方向への強いゆがみを示す現代人=左=とジャワ原人=右=の頭蓋。どちらも後ろから見たところ)。 ゆがみは骨の保存状態の詳細な分析から、地層の圧力で生じたのではなく、変形性斜頭と考えられ、後期ジャワ原人もホモ・フロレシエンシスも、ホモ・サピエンスと同じように「生理的早産」だったと結論づけた。 この成果は、ホモ・エレクトスが現代人と同様に難産を経験し、それを軽減するため、あるいは未熟な乳児を保護するための血縁集団内の協力行動を発達させていたことを推定させる。昨年の今日の日記:「オスでもY染色体が無いトゲネズミ、どうしてY染色体は消え、その遺伝子はどこへ行ったのか」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202509130000/
2026.09.13

明治2年(1868年)5月、プロシャ系オランダ人の外交官兼商人のヘンリー・シュネルに率いられた会津藩士とその家族22人がカリフォルニア州のコロマ村のゴールド・ヒルに入植した。おそらく日本人初の海外移民である。◎会津落城後に秘かに日本脱出、カリフォルニアに新天地求めて 会津藩士たちは、前年の明治元年8月の薩長土中心の新政府軍に若松城を総攻撃され、市域を焦土とされ、姓名が判明している死者だけで、自裁も含めて3000人以上の藩士、家族が亡くなっていた。その9月22日、会津藩は開城降伏した。 主君容保らと藩士たちは分散謹慎処分され、後に下北半島の不毛の地に巨藩流刑となる。 その混乱の最中、帰国するシュネルに同行して海外に新天地を求めた少数の会津藩士と家族たちがいたのだ。彼らは、薩長土の支配に服すことを拒否した者たちだったが、1人、17歳の少女「おけい(伊藤おけい)」も混じっていた(写真=会津若松のお菓子屋「太郎庵」会津総本店前に設置された銅像)。彼女は、シュネルの日本人妻の子守だった。◎元武士が異国の荒蕪地の開拓に挑むも 彼らはカリフォルニアにワカマツ・コロニーを開き、開拓の鍬を振るった。桑や茶、竹の苗木と種子を持ち込み、豊かな楽土を築こうと努めるが、入植地は過酷な不毛の地だった。 藪だらけで、払えば下から砂礫だらけの地面が出てきた。半年は雨も降らない乾燥の地で、入植は失敗する(写真=入植100年を記念して1969年にカリフォルニア州の歴史史跡に指定されたコロニーの跡地)。 もともと徒食集団の武士だった者たちだ。条件の良い土地でも開拓は困難を極めたろうが、農業に従事したこともない元武士たちには荒蕪地の開拓は無謀と言うしかない。 2年足らずで初期の入植者22人は、ちりぢりになる。消息が分かっている人たちはほとんどいない(写真=移民団のメンバー、氏名は不明)。黒人の女と結ばれて子をなし貧窮のうちにカリフォルニアの土になった増水国之助、後述するようにおけいの墓を建てた桜井松之助(彼もまた67歳でカリフォルニアで亡くなった)くらいだ。◎19歳で夭折したおけいの墓、日米に おけいも、わずか19歳で異境の地で熱病で死亡する(前掲写真)。 最後まで残った移民団の1人の前記の桜井松之助は異境で夭折したおけいを哀れみ、墓を作った。ただわざわざ遠方より入手した大理石で作った墓は、歳月を経てぼろぼろになり、その後、レプリカの墓が作られた(写真=故郷の会津の方向に向けられたおけいの墓)。 また故郷の会津若松市でもおけいの墓が作られている(写真=会津若松市背炙山に建立されたおけいの墓)。 最初の日本人移民で最初に没した人として。 今も日米両国市民に忘れられていないワカマツ・コロニーのメンバーとおけいに心から哀悼の意を表する。昨年の今日の日記:「旧ユーゴ3カ国周遊(38):ブレッド島に上陸、聖マリア教会を参観」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202509120000/
2026.09.12

古生物学者たちがカンザス州出土の8400万年前のほぼすべての化石をT・プロリゲルとしてきたことに初めて疑問を呈したのは、テキサスの古生物学者のジョン・サーモンドで、1960年代、私信の中で、最大のT・プロリゲルの標本は独自の種なのではないかと指摘し、冗談めかして「ティロサウルス・タラソティラヌス」すなわち「海の暴君」と呼んでいた。しかし、彼がこの考えを正式に発表することはなかった。◎明らかにT・プロリゲルではない何か サザン・メソジスト大学の脊椎動物古生物学者で、論文の共著者であるマイク・ポルシン博士は2010年、ダラス近郊で化石を採集したアマチュア化石ハンターから巨大なティロサウルスの標本を寄贈されたが、その特徴のいくつかに違和感を覚えた。 ポルシン博士は本来の研究と並行するプロジェクトとして、数年にわたり化石ハンターたちから追加の標本を譲り受けたり、テキサス州オースティンやウェーコにある他のコレクションを調査したりした。その中で次第に、「明らかにT・プロリゲルではない何かを示唆する」解剖学的特徴が繰り返し現れることに気づいたという。 一方、ジートロー博士は、最初は学部生として、その後はアメリカ自然史博物館での博士課程研究の一環として、モササウルス類を研究していた。博士が同博物館の膨大なティロサウルスの化石コレクションを調べていた時、テキサスで採集された大型の標本が目にとまった。◎細かい鋸歯状の歯、強力な顎 2022年にポルシン博士がジートローさんの博士論文の外部アドバイザーに就任した際、ジートローさんはこの標本についてポルシン博士に尋ねた。ポルシン博士は当初、はぐらかすような態度をとっていたものの、その後、実は同じような巨大な標本をいくつか突き止めたと打ち明けたという。 ジートローさんはそれから数年がかりでテキサス州、ニューヨーク州、マサチューセッツ州の博物館を訪れ、所蔵されている多くのティロサウルス化石を再び計測した。 研究チームは、様々な博物館に所蔵されている最大級のティロサウルス標本のうち、ペロー自然科学博物館の体長9.4メートルの「ヒース・モササウルス」、イェール大学ピーボディ博物館の「ソフィー」、カンザス大学自然史博物館の巨大な「バンカー・モササウルス(写真=骨格と復元想像図)」など10数点に、奇妙な特徴が共通して見られることを突き止めた。それらはすべて、モササウルス類としては珍しい細かい鋸歯状の歯を持ち、頭蓋と首には、より強力な顎に関連した適応が見られた。◎独自の種=新種であることを突きとめる ジートローさんは、学部生時代の研究では、巨大な標本は単にT・プロリゲルの「成体」ではないかと考えたこともあった。今回、そうではないことを確かめるため、現生種のトカゲ130種の骨格も測定し、その頭蓋の特徴が一生を通じてどのように変化するかを調べた。ティロサウルスはトカゲやヘビと同じ有鱗目に属する。 その結果、T・プロリゲルと大型のティロサウルスとの間に見られた解剖学的差異は、トカゲの成長に伴って変化する特徴とは異なることが明らかになった。また両者の代表的な標本には年代に約400万年の差があることからも、テキサスの大型のティロサウルスは独自の種であると考えられた。◎特徴をよく表し、オマージュにも T・プロリゲルの標本は最大のものでも全長約9.5メートルだが、Tレックスの標本はすべて7.7メートル~13.2メートルの範囲にあった。 それを考えると、今回のティロサウルス・レックスは、「とんでもなく大きなトカゲ」(ペロー自然史博物館学芸員のロン・ティコスキ博士)となる。海のTレックスは、攻撃的で恐ろしい動物だったようだ。同博物館が所蔵する数点の標本のうち、「ブラック・ナイト(写真)」という愛称で呼ばれる個体は、吻の先端が欠損していて、下顎は骨折している。 これは、同種個体間で激しく暴力的な争いがあった証拠だろう。ティコスキ博士の推定では、「大型のティロサウルスにこれだけの傷を負わせられたのは、同じ大きさの別のティロサウルスだけだっただろう」という。 ジートローさんは、学部生時代にバンカー・モササウルスを見た時に頭をよぎったことを思い出し、半ば冗談で「Tレックス」という名前をポルシン氏に提案した。 しかしポルシン博士は、その名前がこの種の解剖学的特徴をよく表しているだけでなく、1960年代のサーモンドの提案へのオマージュにもなるとして命名に同意した。 「海のTレックス」がもし存在するとするなら、巨大なティロサウルスにその名が与えられるのはふさわしいとも言える。(完)昨年の今日の日記:「旧ユーゴ3カ国周遊(37):ブレッド湖のセーリングでチトーの元別荘を遠望」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202509110000/
2026.09.11

古生物学者たちが、「海のティラノサウルス」ことモササウルスの仲間である新種の巨大なティロサウルスを発見した。と言っても、発掘で新たに掘り出したのではない。複数の博物館に所蔵されているモササウルス類の標本数十点を測定し直した結果、新種「ティロサウルス・レックス」の発見となった。◎略称は獰猛な肉食恐竜と同じTレックス 8000万年前の頂点捕食者と想定される新種「ティロサウルス・レックス」は、モササウルス科の海生爬虫類で、体長は最大13メートル強と、既知のモササウルス類の中では最大級だ(想像図)。彼らはこの新種に「ティロサウルスの王」を意味する「ティロサウルス・レックス(Tylosaurus rex)」という学名を与え、5月21日付けの学術誌「アメリカ自然史博物館紀要」に論文発表した。略称は有名な肉食恐竜ティラノサウルス・レックス(写真)と同じ「Tレックス(T. rex)」だ。 論文筆頭著者のアメリカ、ウィスコンシン州のキャッスル歴史博物館に所属する古生物学者のアメリア・ジートロー博士(写真)は、「Tレックスと呼ばれるにふさわしい海の生きものがいるとすれば、それは間違いなくこの動物だ」と指摘する。特徴の半分は、大きな顎と噛む力に関するだ。ちなみに同博士は、ニューヨークのアメリカ自然史博物館の研究員でもある。◎モササウルス類の包括的データセットも構築 また、プリンストン大学の進化生物学者ティアゴ・シモンイス博士は、「ティロサウルスは、モササウルス科の海生爬虫類の中で最大級のものとして知られている」と言う。今回の研究はこれをさらに裏付け、ティロサウルスを史上最大のモササウルス類の一群に位置付けたのだ。 ジートロー博士のチームは、新種について記載しただけではない。モササウルス類の解剖学的構造に関する包括的なデータセットも構築した。モササウルス類の標本300点と現生種のトカゲの頭から尾までの測定値を用いて、あまり当てにならなかった従来のデータをゼロから刷新したのだ。 今回の発見は、古生物学者たちがこれらの巨大な海生爬虫類の進化について、それぞれの系統がいつ、どのようにして海の怪物として繁栄するようになったのかをより深く理解する助けとなる。◎1世紀半前に命名されたT・プロリゲル 今から150年ほど前、「破城槌(城門などを破壊する兵器)」のような顎の先にちなんで最初のティロサウルスが命名された。ティロサウルス・プロリゲル(Tylosaurus proriger)だ(想像図)。 T・プロリゲルの体長は約9メートルで、長い間、北米で知られていたモササウルス類の中では最大の種とされた。吻(ふん)部が非常に特徴的だったため、他のモササウルスとの識別は容易だった。 古生物学者たちはその後、他の種のティロサウルスも記載していったが、カンザス州の8400万年前の地層から発見された標本のほとんどはT・プロリゲルとされた。現在ペロー自然科学博物館に展示されている大型の標本(写真)を含め、ダラス周辺の8000万年前の地層から発見された数体の巨大な標本も、慣例に従いT・プロリゲルとされてきた。(この項、続く)昨年の今日の日記:「旧ユーゴ3カ国周遊(36):ブレッド城に入る、博物館として整備された内部で歴史を見る」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202509100000/
2026.09.10

専門家による査読を経て掲載OKとして学術誌に掲載された生物医学系の論文で、実在しない研究を引用文献として示しているケースが多数あった。アメリカ、コロンビア大のマキシム・トパーズ准教授らが、調査した結果をイギリスの医学誌『ランセット』に発表した(写真=論文の冒頭)。◎約250万本の論文を調査 トパーズ准教授は、医師や看護師がより良い意思決定を下すのを支援するAIについて研究していて、自身も科学論文の校正にAIツールを使用していた。ところが、最新の論文を提出してから数週間後のある日、掲載予定の学術誌から「参考文献に架空の出典が記載されている」という指摘が来て、問題の存在を知った。 そこでトパーズ准教授は知己の研究者に呼びかけてチームをつくり、世界中の臨床医や研究者が利用するデータベースに索引付けされた、2023年1月1日~2026年2月18日に発表された約250万本の生物医学論文を調査した。AIを用いた自動検証システムにより、これらの論文に含まれている約9700万個の引用文献をチェックしたところ、2810本の論文に合計4046個の「架空の参考文献」が含まれていることが分かった。◎ニセ引用論文を示した論文の98.4%が訂正も撤回もされず ニセ引用は、特に研究者にも生成AI利用が拡大を始めた24年半ばから急増していた(図)。今年26年には277本に1つという割合まで多くなった(写真)。 研究者が論文を書くに当たり、生成AIで誤情報を出力したりする一方、業績の水増しを手助けする粗悪論文業者の活動なども背景にあるとみている。 深刻なのは、ニセの引用文献を示した論文は98.4%が訂正も撤回もされず、既にその論文自体が後続の論文に引用されたものもあった。医療現場で誤った判断を導く恐れもあり、チームは出版社に検証と対策を求めた。 放置されれば、科学研究論文の信憑性にも疑問符がつくようになりかねない。昨年の今日の日記:「石破、自民党総裁職の辞任表明、『地位に恋々』とした末に党内から見放されて野垂れ死に」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202509090000/
2026.09.09

アルゼンチンの古生物学チームが、約2億3700万年前のワニの仲間の化石を発見した。刃のように平たく、ノコギリのように縁がギザギザになった歯を持つこの動物は、大型恐竜が現れて王座につく前の三畳紀の陸上を支配していた。論文は6月8日付けで学術誌「Papers in Palaeontology」に掲載された。◎2.37億年前の三畳紀の頂点捕食者シャカルラ・リオハネンシス 鼻先から尾の先まで、新種シャカルラ・リオハネンシス(Shakajlura riojanensis)の体長は約6メートルに達していたと考えられる(想像図)。時には体長7~8メートルに達するものもある現生のイリエワニ(写真)と比べれば、さほど大型とも思われないが、三畳紀の動物相はかなり小さなものが大半を占めていた。だから当時の生態系に生息していた中では頂点に立つ捕食者だった。 約2億5200万年前にペルム紀を終わらせた史上最大級の大量絶滅「グレート・ダイイング」(想像図=海洋生物の97%と陸上生物の70%を絶滅させた大量絶滅)の後に生物たちが回復してきた時代についてはまだほとんど解明されていない。今回の発見は、この時代に関して新たな知見をもたらすものだ。◎命名は「祝福されたトカゲ」 2017年、アルゼンチンのラ・リオハ州にあるチャニャレス層で三畳紀中期から後期にかけての化石堆積層を発掘していた研究者たちは、岩から突き出している上顎骨の一部に気がついた。彼らは他の数点の化石とともにそれを掘り出し、ラ・プラタ博物館に送った。 研究チームが発見した化石は、頭蓋、上顎と下顎の一部、背骨、四肢の断片、骨盤の一部だった。彼らはこれらを総合的に検討し、自分たちが発見したのは、古代のワニの仲間であるパラクロコディロモルフ類だと考えた。 彼らは学名を、化石が発見されたラ・リオハ州(La Rioja)と、この地域の先住民のディアギータ族がかつて話していたカカン語で「祝福されたトカゲ」を意味する言葉にちなみ、「シャカルラ・リオハネンシス」とした。◎動きの鈍いディキノドン類を獲物に シャカルラは、短剣のような歯がずらりと並んだ顎を使って、ディキノドン類(哺乳類の遠い親戚にあたる単弓類で、大型の植物食種もいた)などを捕食していたと考えられる。ワニ類が半水棲の生活様式に適応したのはずっと後のことなので、シャカルラは現生のワニのように水辺で腹這いになって獲物を待ち伏せするのではなく、胴体の下に脚がまっすぐ伸びた姿勢で、陸上で獲物を追いかけ回していた可能性があるらしい。 動きが鈍く群れをなしていたディキノドン類は、彼らの格好の獲物だっただろう。ただし研究チームはこの動物がどれほどの速さで走れたかについて、生体力学的分析は行っていないという。◎理解の乏しい空白の時代 2億5200万~2億3700万年前の三畳紀前期から中期にかけての生物多様性については、この時代の化石層があまり見つかっていないため、後の時代に比べて理解が進んでいない。けれどもこの期間は、地球全体の生態系に大規模な変化が起こった時代として、古生物学者にとって重要だ。 「グレート・ダイイング」の間、大規模な火山噴火によって放出された二酸化炭素や二酸化硫黄が海に溶け込み、海洋の無酸素化や酸性化を引き起こした。これらの変化により、地球上の大半の種が絶滅し、生物多様性が回復し始めるまでには数百万年の時間を要したと考えられる。 三畳紀が始まった時、いったんリセットされた動物相の中で、ほとんどの動物は、後のジュラ紀や白亜紀の生物とは比べものにならないほど小さかった。◎新しい時代の「暴君」たち ただ、三畳紀は研究が難しい時代だ。ペルム紀末の大量絶滅があったため、その後の生態系に関する理解に空白が生じているからだ。 シャカルラの支配の終焉は、そうした空白の1つなのだと研究者は言う。この動物が絶滅した原因が何だったのか、はっきりしていない。これらの巨大なワニの系統の多くがなぜ三畳紀の終わりに絶滅してしまったのかは、一種の謎なのだ。 もしかすると、シャカルラは数が比較的少ないわりに生息域が広大で、環境の乱れに対して弱かったのかもしれない。初期の肉食恐竜との競合も絶滅の原因の1つになったかもしれない。 シャカルラがどのようにして頂点捕食者の地位を追われたにせよ、その発見は、大型の恐竜が登場して陸の覇者となる前に、ワニのような生物が地球の一部を支配していたことを示す一例となる。そして彼らの遠い親戚、かつての偉大な王朝の末裔は生き残り、以来2億3700万年間、あらゆる獲物を噛み砕いてきたのだ。昨年の今日の日記:「古代ローマ人は三葉虫化石をアクセサリーに加工か、4.6億年前の三葉虫化石がスペインのローマ時代遺跡から見つかる」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202509080000/
2026.09.08

北イタリアの大自然を体感する旅を終え、以下のようにベスト10を選んでみた。関心のある方は過去日記を参考していただきたい。 振り返って思うことは、正味7日間、すべて天気に恵まれ、晴れたことだ。これが、曇天や雨続きだったら、これほどの感動に浸れなかったのは間違いない。つくづく旅は、天気だと思う。☆北イタリア、絶景ベスト10①サンタ・マッダーレ村の展望ポイントからのガイスラー山塊を背景にした村の緑の牧野。絵に描いたような景観はたぶん一生忘れないだろう(写真)。②エントレベスのロープウェイで上がったポワント・ヘルブロナーの展望台から観たモンブラン、シャモニー針峰群、デンテ・デル・ジガンテなどのアルプス山脈の山々(写真)。絶景とは、このような光景かと深く感銘した。③グリー湖と逆さマッターホルン(下の写真の上)。そしてチェルヴィニアの街から仰いだマッターホルン(チェルヴィーノ=下の写真の下)。④ドロミテ山群のトレ・チーメのハイキングと観望(写真)。奇想のトリ・チーメの岩山とその麓のハイキングは素晴らしい体験だった。⑤ドロミテの青く澄んだカレッツァ湖。岸から深みまで、エメラルドグリーンからダークブルーに変わる湖水の色、そして背景にドロミテ山群を従える姿は感動的(写真)。⑥ポルドイ峠のハイキングとロープウェイで登ったサッス・ポルドイの奇観と絶景。月面の世界を見るような山頂に吃驚。⑦コーニュの公園で望んだ白い氷河をいただいたグラン・パラディーソの山の偉容。⑧スイス、ヴェルザスカ渓谷の絶景。⑨アオスタのアウグストゥスの凱旋門、プラエトリア門、ローマ劇場、ローマ橋などのローマ時代の遺構。2000年以上前の遺構が今も市街地で保存されていることに感銘。⑩ベルニナ鉄道のブルージオのループ橋。わずか2分程度の体験だったが規模に一驚。次点:「アルプスの真珠」ブライエス湖(写真)。夕方、短時間だけ訪れたので選外次点としたが、日中に訪れていたら湖水の深いブルーと背景のドロミテ山群の絶景に上位としたかもしれない。◎最大のガッカリは世界的名勝地のコモ湖 以上、大満足の旅だったが、興ざめだったものも1つだけ挙げておく。国際的な観光地・別荘地・景勝地のコモ湖だ。日本のどこにでもある観光地とほとんど変わらず、俗化が進み、興趣を削がれた。 昔、30年前以上だったか、ヴェネチアからヴェローナを経てトリノに向かうバスの車窓から「コモ湖」行きの道路標識を見て、通り過ぎるのを残念に思った経験がある。行ってみれば、今回のように期待外れだったと感じただろう。(完)昨年の今日の日記:「旧ユーゴ3カ国周遊(35):『ユリアンアルプスの瞳』青い湖のブレッド湖に」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202509070000/
2026.09.07

北イタリアのアオスタ、ドロミテの周遊の旅は、幾多の感動を残して終えた。 今、本記に書き残した点を、いくつか覚え書き風に残してみたい。◎横断する歩行者にほとんど停まってくれるイタリアのドライバー 小型バスで北イタリアを横断して気がついたのは、一般道の郊外の交差点は、ほぼロータリーだったことだ。だから信号はほとんど無い それと共に感心したのは、イタリアのドライバーのマナーの良さだ。横断しようとする歩行者に、ほとんどの車は停まってくれる。日本のように歩行者を無視して強引に走り去る車はほとんどない。なるほどこれなら信号は不要だ。無理な追い越しも、ほとんど見られなかった。運転者のマナーは、日本より数等上と言っていい。 そして街中はもちろん山岳部でも多い自転車利用者。これほどの自転車愛好者は、エコロジー気運の盛んなヨーロッパの潮流なのだろうか。◎ガソリン、軽油料金はものすごく高い、さすがエコのEU イタリアは、他のEU諸国同様、燃料費が高い。あるドライブインで写真に撮ったが、ディーゼル(軽油)の方が高く、ディーゼルは1リットル約2.16ユーロ、ガソリンは同2ユーロ弱だった(写真)。円に換算すれば、370円程度である。この価格は、街中のガソリンスタンドでもほぼ同じくらいだった。 ヨーロッパでは政策的に自動車燃料に高い税金をかけているから、産油国のノルウェーやイギリスでも自動車燃料費は高い。 その点、日本は野党の強要で昨年12月31日にガソリンの、今年4月1日に軽油の暫定税率が廃止されたばかりか、補助金まで出して、1リットル160円程度に抑えている。 これで、石油をほぼすべて戦乱中の中東から輸入し、地球温暖化を阻止しようとする国なのだろうか。はっきり言ってマイカー利用者は、政府に甘えている。いや、狂っているとしか思えない。赤字財政なのにガソリン補助をしているのは愚かであり、せめてこれを止め、できるだけ早く新しいガソリン税を環境税として新設すべきだ。◎早朝にもイミグレに列 それはさておき、旅の9日目。この日は、夜中の2時半に起きて、身支度をして、4時にロビーに集まった。 ホテルは、「エアポート」と名がついていただけに空港まで10分足らず。空港周辺は、まだ暗い。しかし早くもイミグレには列が出来ていた。 これから日本まで、途中のイスタンブールで乗り継ぎで20時間ほどの苦行が始まる。ただビジネスクラスだけにトランジットのイスタンブール空港でもラウンジを利用でき、イスタンブールから成田までは横になって行ける。これは、何物にも代えがたい。◎広いイスタンブール空港で電動カートに乗る イスタンブール空港は、昨年の旧ユーゴスラビア3カ国周遊でも乗り継ぎをした空港だ。ともかくだだっ広い。ちょっとした乗り継ぎでも搭乗入り口まで15分程度かかる。僕たちは、無料の電動カートを利用したのである。 下の写真は、上からミラノ発の飛行機でイスタンブール空港に着陸直前に観たイスタンブール市街、イスタンブール空港、成田行きの帰国便。(この項、続く)昨年の今日の日記:「旧ユーゴ3カ国周遊(34):聖ヨハネ教会と超酷暑で湖畔ハイキングは中止、一部の散策に切り替え」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202509060000/
2026.09.06

ティラノ駅で降りた(写真)。ここは、もちろんイタリア領である。◎箱根登山鉄道と姉妹鉄道 本紀行の28回で触れたように、日本の箱根登山鉄道はこの鉄道から技術指導を受けて建設された。その縁で、箱根登山鉄道はベルニナ鉄道と姉妹鉄道の関係になっている。駅構内に、箱根登山鉄道から贈られた地味な額が掲げられている(写真)。 ティラノ駅で降りたからと言って、ここで観る物はほとんどないようだ。僕らはレストランに入った。メインディッシュはローストポークにパサパサの長粒米(カルナローリ米)と野菜が添えられたものだ。米は、この旅で初めて食べた。カルナローリ米は、昔、高校の地理で学んだがイタリア東部ロンバルディア州のポー川周辺で作られている。◎スイスを回って来た日本人高齢者4人組 食事を終えて外に出た(写真)。手持ちぶさたで、駅の前をうろついていると、女性3人、男性1人の高齢者4人組に声をかけられた。同じ日本人にこんな所で会ったから、と懐かしく思ったのだろう。聞けば、個人旅行でスイスを回って来たという。 4人の中で一番若そうな女性1人がリーダーらしく、かなり高齢の男性の娘なのだろう。後の2人は母親とその姉妹かもしれない。ともかく個人旅行でヨーロッパを漫遊してきたことは、かなり旅慣れ、語学も堪能なのだろう。 ツアー旅行と異なり、個人旅行はすべて自分で対処する。例えば何かの都合で予定が狂っても、乗り物や観光時間の変更は自分で行わなければならない。極端な場合、予約してあるホテルがダブルブッキングなどで行っても泊まれないこともあるのだ。 高齢者だけでよくぞ回って来たものだ、と敬服した。◎翌朝は4時出発、弁当の配給 集合時間に集まってバスに乗った。バスで今夜の宿泊先のミラノに行く。ミラノは、北イタリアに入った日の晩と今夜に滞在するが、今度のツアーでは見事に市内の観光はカットされている。観光するツアーを組めば、もう1~2泊、余分に付け加わるからだろう。 僕は、それこそ30年以上前、ミラノを2回、観光に訪れている。だから市内観光のこだわりは全く無い。同行者たちの中には残念がる人たちもいたが。 さて、明日はいよいよ帰国だが、かなりの厳しい日程だ。早朝のミラノ発イスタンブール行きの便に乗るために、僕たちは早朝4時にロビー集合となっている。 むろん朝食の用意はできていないので、僕らにはホテルでの夕食の後に弁当を渡された。 弁当は出発前に自室で食べてもいいし、持って行って空港の待合所で食べてもいいと言われた。イスタンブール行きの便では食事が出るということなので、僕は早朝に自室で食べることにした。(この項、続く)昨年の今日の日記:「旧ユーゴ3カ国周遊(33):トリグラウ国立公園の美しい青い湖ボーヒン湖と4人の登山家の像」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202509050000/
2026.09.05

スターリニスト中国が世界最先端と嘯くヒト形ロボット(ヒューマノイド)を一同に集めた「第2回世界ヒト形ロボット運動会」が去る8月22日~26日まで北京で開催された。 このニュースと一部の様子は、テレビでも報道されたから目にした方も多かったに違いない。◎見かけはいいが、転倒続出、故障も ハイライトは、100メートル走でウサイン・ボルトの人類最速記録を破ったロボットだった。その他、サッカー大会、キックボクシング大会など、直立したヒト形ロボットがフィールドにリングに「躍動」した(下の写真の上4枚)。そして開会式に出たヒト形ロボットの勢揃いを見て(下の写真の下)、一瞬、彼らに銃を持たせたら、優秀な殺人マシーンになるだろう、と一瞬、寒気を覚えた。 しかし大会は、「見世物」だった。100メートル走では、ゴールインしたヒューマノイドは減速できず、壁に激突して壊れた。また走っている途中で転倒し、故障したヒューマノイドも少なくなかった。 しかし世界のロボット工学者とロボットメーカー技術陣は、最も有用なロボットを造り上げるためには人間の姿に模倣するのは奇っ怪だと冷ややかに見ているようだ。◎ヒューマノイド開発大手のユニツリーは「初日天井」 ヒトに似せて2本脚で立たせ、走らせるために、多くのムダな動作軸を組み込む必要がある。別にヒトに似ていなくとも、もっと単純な設計で、必要な作業をこなせるロボットを半分以下の動作軸で作ることができるのだ。 つまり冒頭のロボット運動会は、たぶんに見世物の大会なのだ。 実際、スターリニスト中国のヒト形ロボット開発大手の「宇樹科技(ユニツリー・ロボティックス)」が上海証券取引所の科創板に8月19日に上場した時は物珍しさと期待感から初日から急騰し、上昇初日の大引け時点で510億ドル(約8兆1600億円)をつけた。ところがヒューマノイドについての玄人筋の冷徹な見方が浸透すると、その後はつるべ落としに下げてしまった。典型的な「初日天井」だ。◎原発廃炉現場は最適 しかし「見世物」大会に出たヒューマノイドと違って、安定した走行でどこにでも入れるAI搭載ロボットなら、今後、大きな活躍舞台が広がるだろう。 人間が不向きな汚い、暑い、危険な作業現場はいくらでもあり、そこにこそヒューマノイドにうってつけだ。例えば原発廃炉現場などは最適だ。東京電力などは、あちこちのロボットメーカーと協力してそのための作業用ヒューマノイドの研究に注力している。 ただし直立二足歩行をしなくても、戦場でも活躍余地はある。腕をマシンガンにしたロボット部隊は、いずれ戦場に出てくるかもしれない。 その意味で、近未来のロサンゼルスを廃墟にして人類を狩る『ターミネーター』は、決して絵空事でないかもしれない。昨年の今日の日記:「旧ユーゴ3カ国周遊(32):ポストイナ鍾乳洞のマスコット、ほとんど動かないホライモリを観る」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202509040000/
2026.09.04

ベルニナ鉄道の電車に乗った。指定席だが、電車は空いている。どこにでも勝手に座ってよい雰囲気だった。乗る前に添乗員さんから左側に座った方がいい、と言われていた。◎美しいポスキアーヴォ湖を車窓から観る 電車は南下していくから、確かに左側の車窓に青いポスキアーヴォ湖が現れてくる(写真)。これもまた美しい湖だ。地図で見るとけっこう大きい湖で、湖面の標高は962メートルという。 発車20分ほどたつと、そろそろ「ブルージオのループ橋」だと添乗員さんから言われた。 左車窓に寄り、窓を開ける。幸い、他の乗客はほとんどいないから、迷惑をかける心配はない。◎約2分、ループ橋を通る ついに見えた! 列車は減速し、大きく回っていく。直径は100~110メートルのループを描き、高低差10メートルの勾配を克服している(写真:なお全容を見るために、ウィキペディアに掲載された空中写真も参考のために掲載する)。 見ると、鉄路の下に10数人の撮り鉄がスマホやカメラを構え、シャッターを押し、かつ列車に手を振っている(写真)。小さくてとても表情は分からなかったが、たぶん日本人の鉄道ファンだろう。 ループ橋の通行は、2分ほどだった。実はこの日の旅は、ベルニナ鉄道に乗ってこのループ橋を車内から観ることが最大のハイライトだったのだ。◎国境を越えて再びイタリア領に入る ブルージオのループ橋を通ると、後はほとんど観るべきものはない。 そしていつの間にか国境を越え、列車はイタリア領に入った。シェンゲン協定に入っている国々の国民は、ほとんど国境など気にかけていないだろう。ただし僕らは、最初の日のツアーでスイス領のヴェルザスカ渓谷とソノーニョを訪れた時、スイスで買い物をする場合、ユーロは使えるがおつりはスイスフランで来るから注意して、と添乗員さんから言われた。ユーロ圏ならまだしもEU非加盟のスイスでは通貨だけ「国境」を意識されるのである。(この項、続く)昨年の今日の日記:「監視カメラのリレー捜査で通り魔殺人もスピード検挙の当世犯罪捜査事情」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202509030000/
2026.09.03

ホテルに着いた。今夕は、珍しくホテルのレストランでの夕食である。 イタリアの場合、夕食時間は遅い。午後8時45分にレストランに集合して、そこで案内してもらい、9時からの夕食、となる。◎最大2.5万歩、よく歩いた毎日 旅は、いよいよ明日の8日目を残すのみとなった。 今回の旅は、ハイキングが多かったため、よく歩いた。 スマホの歩数計を見ると、以下のようになっている。 ・7/19(2日目)――ヴェルザスカ渓谷、ソノーニョ村=1万5031歩 ・7/20(3日目)――エントレベス(モンブラン)、コーニュ(グラン・パラディーソ山)=1万6964歩 ・7/21(4日目)――グリー湖、チェルヴィニア(マッターホルン)=2万0464歩 ・7/22(5日目)――サンタ・マッダーレ村=1万1958歩 ・7/23(6日目)――ポルドイ峠=2万5406 ・7/24(7日目)――トレ・チーメ=1万8802歩◎早朝7時15分に出発 しかしたぶん消費以上に食べ、飲んだ。何しろ朝のバイキング(最後の日の朝食を除いて朝はすべてバイキングだった)ではいつもたらふく食べたし、昼・夕食といつもビールを飲んだのだ。きっと帰宅して計量すれば、最低1キロは太っているだろう。いつものことであるが。 8日目(実質7日目)の7月25日朝、最終のツアーに出る。 今朝は7時15分の早朝出発だ。3連泊したシェラトン・ホテルを引き払い、スーツケースを小型バスに積んで出発だ。 この日は再び国境を越えて、スイスのポスキアーヴォに行く。この日も長時間の旅で、約4時間、バスに乗る。◎ブルージオのループ橋、車窓から観る 途中、どこぞ分からない所でトイレタイムをとる。幸い、記念碑らしきものがあり(写真)、写真に撮っておいた。帰宅してパソコンで調べたら、イタリア、トナーレ峠にある第1次世界大戦の軍事記念碑であった。第1次世界大戦はイタリアは戦勝国だったので、勝利記念碑だった。 この日は渋滞に遭わず、国境を越えて、ほぼ定刻にスイスのポスキアーヴォ駅に着くのだが、間もなく駅というところで鉄道のループ橋と湖が見えた。ループ橋はベルニナ鉄道の「ブルージオのループ橋」で(下の写真の上と中央)、湖はポスキアーヴォ湖だ(下の写真の下)。 そこを通り過ぎ、さらに駅に近付くと、単線の線路が見えた。 ベルニナ鉄道は、街中では一部、湘南の江ノ電のように道路上の市街電車となる。◎わざわざスイス領に入ってからベルニナ鉄道で南下 実はこの鉄道は、日本の箱根登山鉄道と姉妹鉄道の関係にあり、箱根登山鉄道の建設に当たり、技術指導を受けたという。イタリア領のティラノ駅で、僕たちはその記念掲額を観た。 ポスキアーヴォ駅に着いた。この駅はスイス領内の駅で、ここから電車に乗って南下し、先ほどバスの車窓から観たポスキアーヴォ湖とブルージオのループ橋を通過していく。ブルージオのループ橋はこの鉄道最大のセールスポイントらしく、ホームに大きな看板が出ていた(写真)。 そしてそれを通り過ぎると、再び国境を越えて、イタリア領内に入り、ティラノ駅で降車する。◎ホームではたっぷりと時間が つまり僕たちは、ループ橋のあるこの鉄道に乗るためだけにスイス領に入り、ポスキアーヴォ駅からベルニナ鉄道に乗るわけだ。 そうやってポスキアーヴォ駅に着いた。今回は、電車までたっぷりと時間があるため、にわか撮り鉄となって電車の写真を撮った。ただし電車としては、さほど代わり映えしないものだった(写真)。(この項、続く)昨年の今日の日記:「旧ユーゴ3カ国周遊(31):トロッコ列車でポストイナ鍾乳洞の探訪、壮大な規模だがじっくり観られず」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202509020000/
2026.09.02

僕らの今日のツアーは、トレ・チーメ観望で終わりではない。◎到着は午後5時半近く さらに「アルプスの真珠」と讃えられるブライエス湖の訪問だ。お昼ぎりぎりに訪れたミズリーナ湖に、途中の道路の渋滞で30分遅れとなっていたから、ブライエス湖の駐車場に着いた時は、もう午後5時半近くになっていた(下の写真の上=駐車場から観たドロミテ山群;下の写真の下=ブライエス湖の全容が分かる看板)。 好天で、7月と日が長いためにまだ観望できるが、おそらく1カ月後には日の陰った湖となっているだろう。事実、湖の東岸は、もうそばの丘からの影が迫っていた(写真)。 日が陰ったら、せっかくの深いブルーの水を湛えた湖の感興が大いに削がれるだろう。◎濃く深い青の水の色のブライエス湖に前撮りカップル ミズリーナ湖は「ドロミテの真珠」と呼ばれているようだが、このブライエス湖は「アルプスの真珠」だ。アルプス山群の中でも傑出した「真珠」とされているだけに、太陽の出ている時に来られてよかった。 「真珠」と呼ばれるだけに、湖は美しい(写真)。特に群青に近い濃いブルーは印象的だ。おそらくこの湖も、川は無いのだろう。湧水と蒸発の均衡で湖が維持されていると思われる。 この湖は、ミズリーナ湖や昨日訪れたカレッツァ湖と違って、木造のボートを借りて漕げる。見ると、船着き場で前撮りらしい正装したカップルが写真を撮っている。東洋系らしい顔立ちだったから日本人かもしれない(下の写真の上)。湖岸にチャペルがあったから(下の写真の下)、ここで少人数による結婚式を挙げたのかもしれない。 そのチャペルも、今はすっかり日陰になっていた。◎散策もごく短時間、ブライエス湖1周は望めず 上掲写真の看板に表示されているように、ブライエス湖も歩いて1周できるようだが、訪れたのは5時半近かったのでとうてい無理だった。旅程表では、1時間の散策タイムがあるはずだったが、押せ押せスケジュールなので、けっきょく30分弱の湖岸の一部の散策で終わった。 今回のツアーで痛感したのだが、バスでの移動時間がやたらに多い。もう少し、訪問地近くの街でホテルを選んでくれていたら、多くの時間を費やさなかっただろう。この日も、渋滞があったから、ミズリーナ湖までに3時間もかかった。実質4日目のサンタ・マッダーレ村訪問の場合は、大渋滞に巻き込まれたけれども9時間もかかっている。それだけ訪れる地の滞在時間が圧縮されてしまうのだ。◎人の影も長くなり、滞在はたった30分弱 湖岸で遊覧する人たちの影も長くなってきていた(写真)。 ブライエス湖のたった30分の滞在は、本当に惜しかった。できるならもう少し早く訪れて、湖の周りの散策を楽しみたかった。(この項、続く)昨年の今日の日記:「旧ユーゴ3カ国周遊(30):クロアチアを出てスロベニアのポストイナ鍾乳洞へ、洞内は外より約20℃差の寒さ」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202509010000/
2026.09.01

8月26日にネパール中部とスターリニスト中国支配のチベットの国境付近で起こった大規模土石流は、30日現在で804人の死者と3048人の行方不明者を出した大災害となった(写真)。救助活動が進むにつれ、犠牲者はなお増え続けている。◎この10年で数十年前の4倍もの氷河の融解が進む この大規模土石流は、多くの川岸の人家や橋などを巻き込みながらボテコシ川をすさまじい勢いで流れ下った。 僕は最初、このニュースに接した時、氷河が崩壊したと直感した。はたしてそうだった。世界中の地形を見張っているアメリカ地質調査所が氷河崩壊が原因と示したのだ。 ヨーロッパの異常熱波やライン川の異常渇水、野火などに示されるように、近年の地球温暖化の昂進は、世界の氷河を急速に痩せ劣らせている。スイスの世界氷河監視サービス(WGMS)によると、2016年~25年の10年間に融けた氷河の量は、年平均3900億トンにのぼる。1976年~95年の20年間の年平均1000億トン未満から、4倍近い融解量になっている。◎スイスでも村が飲み込まれる被害 それだけ急速に氷河が失われている。それだけ融けた水を受け止める氷河湖は、いつ崩壊・氾濫するか分からない。実際、2021年2月にはインド北部のチャモリで氷河の融けた大量の氷と水が岩石とともに水力発電所を襲い、下流の200人以上の死者・行方不明者が出た。昨年5月にはスイス南部バレー州でアルプスの氷河が崩壊し、麓の村を埋めた(写真)。 このような地球温暖化による災禍が加速度的に起こっているのに、地球温暖化阻止の動きは、近年、後退の一途だ。トランプのように二酸化炭素排出増による地球温暖化を否定するアホもいる。ちなみにヨーロッパ各国で伸長する極右ポピュリスト政党はみな、二酸化炭素排出増による地球温暖化に否定的だ。◎小規模ながら日本の氷河も縮小が続く たとえ今すぐに全面的に二酸化炭素排出をゼロにしたところで累積した温暖化効果ガスで地球温暖化は少しずつ進んでいく。したがって氷河融解による土石流に流される災害はこれからもさらに頻繁に大規模化して起こるだろう。 日本でも小規模だが、氷河が確認されていて、現在、北アルプスの長野側に5カ所、富山側に5カ所の計10カ所が知られている(写真=10カ所のうちの2カ所)。 ところがこの貴重な氷河も縮小し続けていて、先頃、新潟大の奈良間千之教授の調べて、約40年間で厚さが20メートル以上減少した氷河のあったことが公表された。 自然災害をもたらすほどの規模ではないが、氷河が世界的に消失しつつある一環である。昨年の今日の日記:「エチオピア、アファール地方で異なる2種のホミニンの歯を発見、年代は260万~280万年前とかぶり、同所・同時的に共存」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202508310000/
2026.08.31

ついにトリ・チーメの展望ポイントに到達したのだが、ちなみにアウンロッツォ小屋から展望ポイントまでは、トレ・チーメを1周するトレ・チーメ・トレッキングロードの3分の1弱でしかない。個人旅行で来た人は、ここからさらに進んで、反時計回りに1周もてきるらしい。険しい道はないようだが、3~4時間くらいかかるようだ。◎ここから先は中間点の小屋が 展望ポイントまで来ただけで喜んでいるのは、無邪気な方なのかもしれない。 しかし、しかし、である。ここから仰ぎ見たトレ・チーメの姿は、壮大であり、荘厳とさえも言えた(写真)。この感動は、一生忘れないだろう。 トレ・チーメを背にして、さらに先へのトレイル(下の写真の上)と登って来たトレイル(下の写真の下)を観た。先のトレイルには、多くのトレッカーが蟻のように見える。そして頂上が鋸の歯のように侵食された峨々たる山々も。 その先には、トレ・チーメを1周するトレッキングロードのちょうど中間に位置するロカテッリ小屋がある。ツアーの旅なので、僕たちはそこに行けない。展望ポイントで引き返すしかない。ここまで約1時間30分だったが、体力的にはまだ余裕がある。そもそも標高差はたった約130メートルなのだ。ここで、別れを惜しみつつ引き返す。◎下山の途中に小さな美しい池が 登って来た時は気がつかなかったが、下りのトレイルの先に小さな池が見えた(下の写真の上)。上から俯瞰する位置になって見えたのだ。湧き水が溜まったものだろう。近くに寄ると、水はきれいだった(下の写真の下)。 ここで名残惜しそうに、もう1度、トレ・チーメを仰ぎ見る(写真)。もう3つの峰には見えなかった。 ラヴァレード小屋を経て、チャペルを右に見て、元のアウンロッツォ小屋下の駐車場に戻った。ここまで約2時間半。快い疲労感に包まれてバスのシートに腰を沈めた。(この項、続く)昨年の今日の日記:「世界の金融センターのアメリカの政権から独立・中立のFRBにトランプ支配の影」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202508300000/
2026.08.30

ラヴァレード小屋までは、それから間もなくだった。 この頃から、左に見えるトレ・チーメは、ようやく「3つの峰」らしくなってくる(写真)。◎ドロマイトの砂礫の間にヒナゲシの黄色い花 ラヴァレード小屋(写真)は、中には入らなかった。代わりに1ユーロ払ってトイレを拝借した。外から観た限り、山小屋というよりもロッジ、山荘である。 ここからは、登るトレイルは2つに別れる。僕らは少し遠回りだが、傾斜のきつくない右側の道を選んだ。 この辺は、これまでのハイキング道と違って、山行のトレイルだ(写真)。道は険しさを増しただけでなく、ドロマイトの瓦礫が多い。 ふとトレイル脇を見ると、土も見えないドロマイトの砂礫の間から、黄色い花の高山植物が顔を出している(写真)。タカネヒナゲシらしい。もう花が終わりそうで、過半は芥子坊主になっている。◎紫の花のイワシャジンも トレ・チーメがだんだんそれらしい形を見せるようになる(写真)。しかしこんな尾根筋に、よくもまあ3本の峰が残されたものだ。この3つの峰の部分だけが、他よりも堅く、他は風雨で削られた後も残ったのだろうか。 もうそろそろ展望台に近い。トレイルの脇に小さな紫の花をたくさん付けた高山植物が生えている(写真)。ポルドイ峠でも観たイワシャジンである。 そして、ついに到達した! トレ・チーメである(写真)。 やっと来たのだ、ドロミテ山群のハイライトのトレ・チーメに。 トレ・チーメの画像は、BSテレビで何度となく観たことがあり、1度は行ってみたいと思っていたものだ。それが抜けるような青空の下で、はっきりと屹立している。感慨無量だ。◎展望ポイントにはヨハネ・パウロ2世の記念碑も 記念にトレ・チーメを背景に、現地ガイド氏と並んで写真を撮ってもらった(写真)。サングラスを付けているのは、トレイルも周囲も、ドロマイトの灰白色の輻射でものすごく眩しいからだ。格好をつけているのでは断じてない! 記念碑が1基、造られている(写真)。ラテン語で「ヨハネ・パウロ2世教皇」と書かれている。下の方に、1996年7月16日とあるから、この日、ヨハネ・パウロ2世がここまで登られたことを記念して建立されたのか。バチカンから遠くないし、ふだんから節制されていたヨハネ・パウロ2世ならここまで来るのに困難は無いはずなのだ。 だとすれば、貴重な記念碑を目にできたことになる。(この項、続く)昨年の今日の日記:「日の丸洋上風力発電所の火は消えるか、三菱商事などが3カ所の大規模洋上風力発電所計画から撤退」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202508290000/
2026.08.29

トレ・チーメのハイキングは、レストランからバスで行った標高2333メートルに建つアウロンツォ小屋から出発する。レストランから時間は30分もかからなかった。◎イヌ連れも多い 小屋の下には広い駐車場が設けられ、ハイカーはここまで車で来られるという便利な場所だ(写真)。そのため、よく整備されたハイキング道は人とイヌでいっぱいだ。 書き漏らしていたが、ヨーロッパ人は飼い犬をどこにでも連れて行く。レストランにも連れて入るし、景勝地のハイキングにも連れて行く。ザッと見、これまでのハイカーの10組に1組は、イヌと共のハイキングだ。さすがにイヌはよくしつけられていて、やたら吠えたりはしない。1度だけソノーニョのレストランで、しょっちゅうムダ吠えするイヌを連れた家族連れを見たけれども、さすがに他の客に眉をひそめられていた。 ここから雄大なドロミテ山群を観ながらのハイキングである。とりあえずはレストランも兼ねたラヴァレード小屋までのハイキングだ。ここまでほとんど標高差は無いから、普通は誰でも歩ける。◎トレ・チーメ=「3つの峰」 それから先のトレ・チーメ展望ポイントまではけっこう石ころだらけの坂を登る。今度のツアーの出発前に届いたパンフレットでは、脚に自信の無い人はこのレストランで登山組を待っていることも可能とあったが、僕ら6人はもちろん全員が展望ポイントまで登った。 ちなみにトレ・チーメ(Tre Cime)とは、イタリア語で「3つの峰」や「3つの頂」という意味だ。その名のとおり、3つの高い岩山が並んで聳えている。◎恐竜の足跡とエーデルワイス さて、アウンロッツォ小屋からのハイキングの始まりである。途中所々で、現地ガイド氏が草花や岩の説明をしてくれる。 トレ・チーメを含めてドロミテ山群は海底で堆積したドロマイトで出来ている。道ばたにデンと腰を据えている大きな岩の前で、現地ガイド氏は手でくぼみを示した(写真)。恐竜の足跡だという。小さいから出現地のまだ恐竜が大型化する前のものだろう。ドロマイトが形成される時に、堆積する砂の上を恐竜が歩き、直後に砂が静かにかぶさり、2億数千万年後に現代のハイカーの前に現れたわけだ。 さらに進むと、現地ガイド氏は左の斜面を少し登った。エーデルワイスだ(写真)。自生するエーデルワイスは、目立たなくひっそりと咲いていた。現地ガイド氏が教えてくれない限り、絶対に気づかないほど目立たず可憐な花だった。◎小さなチャペルと出合う 歩き始めて30分ちょっとたった頃、ほぼ平坦な道の左脇に小さなチャペルが現れた(写真)。チャペルはまだ新しそうだ。再建したものかもしれない。 この辺りのトレ・チーメは、角度の違いから峰がいくつにも別れて、美しい「3つの峰」になっていない(写真)。 「3つの峰」のトレ・チーメに会うには、さらに進まなければならない。とりあえずはラヴァレード小屋へ(写真)。(この項、続く)昨年の今日の日記:「旧ユーゴ3カ国周遊(29):ラピュタのモデルのモトヴン『天空の城』がよく見えた、絶景!」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202508280000/
2026.08.28

ウクライナ侵略戦争を始めて4年半、テロ国家ロシアの対ウクライナ侵略はいっかり手詰まりに陥っている。◎損害に新兵補充が追いつかない 今年に入ってウクライナに進撃できるどころか、わずかだが領土は奪回され、それどころかウクライナによるドローン反撃で、首都モスクワが頻繁に空爆され、ヨーロッパロシアの奥深くの石油精製施設も攻撃され、産油国なのに全国でガソリン、軽油不足に見舞われている。 しかしプーチン・ロシアにとって見逃せない事態が広がりつつある。 ウクライナの反撃でロシア侵略軍の損害が大きくなり、死傷者に新たな入隊者数が追いつかない事態になっているのだ。◎ペチェルブールクでは月収の45倍の契約一時金、多重債務者には債務も免除 その結果、兵士の募集に多額のカネが必要になっている。ロシアの軍情報サイトによると、サンクトペチェルブールクは新兵入隊に対して支払う契約一時金が450万ルーブル(約860万円)にもなっているという。ロシアにおける2025年の勤労者の平均月収の約45倍という。 ロシアでは兵士募集は自治体の仕事で、契約金の額は自治体で異なるが、国内主要地域の平均支給額は今年5月で274万ルーブルと1年前から4割も上昇しているという(写真=ロシアの主要都市で目立つ兵士募集の看板。下の写真の上は、首都モスクワの募集広告で初年度年収は520万ルーブル以上とうたっている)。 それでも足りない、と兵の確保に向けにプーチンは、契約一時金の支給の他に多重債務者向けに確定した債務のうち最大1000万ルーブルを免除すると発表した。 すでに刑期ゼロを約束して受刑者も兵士にし、さらに北朝鮮からの派遣軍を3倍にする計画までしている。それでも足りない、とこのような大盤振る舞いをしている。そうしないと、兵士が集まらないからだ。◎膨張する軍事費 こうした対策が奏功し、一定数の兵士は確保できている模様だが、これは軍事費の膨張につながる。軍事費の支出拡大に伴い、ロシアの財政収支で歳出は前年比14%も増えている。財政赤字は、6.4兆ルーブルと通年見通しをすでに上回っている。 そのような多額の財政支出とそれに伴う財政赤字の膨張の犠牲にもかかわらず、アメリカ戦略国際問題研究所が7月に発表した報告書で月間死傷者数(行方不明を含む)は3万人を上回った。既に大盤振る舞いで集めた新兵の数を上回っていると見られる。 侵略国ロシアの被っている犠牲は大きい。侵略開始以来、今年6月までの死傷者数は約140万人にものぼっている。むろんウクライナ防衛軍の死傷者も少なくないが、それでも約52.5万人~62.5万人に留まっている。 いつまで不毛の侵略を続けるのか、と問いたいが、プーチンにとってウクライナ侵略はメンツの問題になっており、まだまだ両国の犠牲は増えそうだ。昨年の今日の日記:「旧ユーゴ3カ国周遊(28):ロヴィニを発ち、丘の上に聖ステパノ教会の建つモトヴンへ」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202508270000/
2026.08.27

7日目、実質6日目(7月24日=金)は、ドロミテ周遊のハイライトとも言うべきトレ・チーメ展望ハイキングだ。アオスタの大聖堂で骨折し、無念のリタイアをした高齢女性が観たかったというのは、この日の観望だ。◎スーパーにEV充電施設 出発前にシェラトン・ホテル近くの大きなスーパーに行った。土産を買うためだ。空港のスーベニアショップの値段は高いので、スーパーでイタリアのお菓子を買った方がずっと安い。 スーパーの前に、EVの高速充電器が備えられていて、2台の車が充電している(写真)。右の1台はフォルクスワーゲンで左のもう1台は韓国製の起亜自動車だ。最近、欧州を席巻しつつあるというスターリニスト中国製の比亜迪(BYD)は見られない。充電していたのはたった2台だから、これで欧州のEV事情を代表していないのは明白だ。 そして買い物をしてホテルに戻る前にもう1つ目を引いたのは、歩道に明確に分けられた自転車道の設置である(写真)。今回、北イタリアを回って痛感したのは、自転車の盛行である。北イタリアの高原を、傾斜度15度くらいの道であれ、スポーツ自転車が走っていた。ならば都市では、自転車利用は当たり前である。歩行者と自転車の分離は、当然の施策だろう。◎「ドロミテの真珠」ミズリーナ湖は展望だけ ボルツァーノのシェラトン・ホテルを出て、途中でまた渋滞に巻き込まれ、途中1回のトイレ休憩を挟んで、「ドロミテの真珠」と呼ばれるミズリーナ湖には約30分の延着となった。 ミズリーナ湖は、湖面が標高1756メートルあり、40分くらいで1周できるらしい。しかし渋滞で、散策は不可能になった。僕たちは、レストランの展望所でミズリーナ湖を展望し、お茶を濁すしかなかった(写真)。残念だ。 さすがに「ドロミテの真珠」と呼ばれるだけに、ミズリーナ湖は深いブルーで美しい。背景に高い山がデンと構えている。秀峰トレ・チーメ・ディ・ラヴァレードだ(写真)。その美しさは、筆舌に尽くしがたい。◎ミズリーナ湖の背後に聳え立つ山に地層の堆積がくっきり この山を見て、ドロミテ山群が2億5000万年前に海で土砂が堆積した地層が、その後の地殻変動で隆起して形成されたことが納得できる。地層の筋目が鮮やかに浮き出ている。 実は昼食後に冒頭で述べたトレ・チーメ展望ハイキングが予定されているのだ。こちらがメインで、しかも約2時間半、ハイキング道を歩く。しかも昨日、ポルドイ峠ハイキングに僕たちを案内してくれた現地ガイド氏と待ち合わせてしている時間もある。それでも添乗員さんが連絡して15分遅れに変更してもらった。◎マスは臭みがなく美味 昼食のメインディッシュは、マスのグリルだ(写真)。ミズリーナ湖産ではないが、この近くの雪溶け水を引き込んだ養樽場で養殖したマスだという。 一口食べてみて、美味い、と感じた。淡水魚の臭みが全くない。イタリアに来て、アトランチックサーモンは2度ほど食べたことがあるが、マスは初めてだ。しかも嬉しいことに、ソイソース(醤油)もあるという。これで熱々のご飯があれば、申し分ないのだが、さすがに主食はパンだった。 実は昨年、クロアチアのプリトヴィッツェ湖群国立公園のレストランで同じマスのグリルを食べたのだが、塩がききすぎて塩辛いだけで味は全く知覚できなかった(8月16日付日記:「旧ユーゴ3カ国周遊(22):プリトヴィッツェ湖群国立公園に入る;昼食のマスは塩辛過ぎた」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202508160000/参照)。ここが戦後一貫して西側自由諸国だったイタリアと長く社会主義体制に置かれていたクロアチアの違いなのだろう。 美味しいマスのグリルを食べて元気が出た。 13時15分、レストランにやってきた昨日の現地ガイド氏と共に、トレ・チーメ展望ポイントまでの往復2時間半、約5.6キロのハイキングに出発だ。(この項、続く)昨年の今日の日記:「旧ユーゴ3カ国周遊(27):ロヴィニの丘の上の聖エウフェミヤ教会を訪れ、聖人エウフェミヤの石棺と絵を観る」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202508260000/
2026.08.26

ゴンドラの終点に着いた(下の写真の上)。サッス・ポルドイ、2995メートルの表示板の前でカップルが記念の自撮りをしていた(下の写真の下)。背の高さが違いすぎるから、父と娘なのだろう。◎山頂滞在時間はたった15分ほど 建物の外に出た。残念なのは、麓の集合時間まであまり時間がない。下りのゴンドラの出発時間を考慮すると、山頂では15分くらいしか時間の余裕がない。 外は、一面の灰白色の世界である。石灰岩が風化した風景だ。下界の緑と対照的だ。 草木は1本も無い。先の方に「Lunar Tour(月の旅)」という表示が出ている。まさに月面を歩くような不毛の石灰岩原野だ(写真)。◎不毛の石灰岩地帯「月の旅」のコースを望む 石灰岩地帯であることの何よりの証明は、大きな穴が開き、向こう側の景色が見える所のあることだ(写真)。おそらく積雪の雪融け水が集中し、石灰岩を溶かして穴をつくったのだろう。 「月の旅」の向こうは、断崖絶壁かもしれない。ちょっと近付きがたかった。 目を南に転じると、下界はるかにエメラルドグリーンの湖が見える(写真)。地図で見て、おそらくフェダイエ湖のようだ。◎再びマルモラダ山を遠望 さらにその南に、頂上近くに氷河を抱くのは、先ほどのハイキングで終点で望んだドロミテアルプスの最高峰、マルモラダ(Marmolada)山だ(写真)。標高は3343メートルと富士山よりは低いが、ドロミテアルプスでは唯一氷河を持つ山だ。 とすると、その手前の尾根道は、先ほどサス・ベセ小屋まで登ったハイキング道だ(写真)。 32ユーロ払ったおかげで、位置関係が掴めた。 時間がなく、「月の旅」のハイキングは諦めた。 ゴンドラ乗り場に行くと、自由行動になった僕らツアーの人たちとほぼ一緒になった。◎1日の歩行数は2万5406歩 麓に戻って小型バスに乗り、ボルツァーノのホテルに戻る。いったん部屋で小休し、近くのレストランまで歩いて行くことになる。 さすがに疲れた。いつものビールが、今日はことのほか美味かった。 食後に部屋に戻ってスマホでこの日の歩行数を見ると、2万5406歩だった。この旅で最多歩数だった。(この項、続く)昨年の今日の日記:「旧ユーゴ3カ国周遊(26):再びアドリア海岸に、古都ロヴィニを訪れる」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202508250000/
2026.08.25

スーパーのコメ売り場で、25年産米は5キロ2000円台半ばが常態化しつつある。 おそらくさらに下がる(写真)。もう早くも26年産米、つまり新米が店頭に並ぶからだ。◎新米コシヒカリが産地新潟で1俵2万円割れ 26年産米も豊作が予測され、新米も値下がり必至だ。実際、最大産地の新潟県では18日、JA全農にいがたの集荷価格が一般コシヒカリで前年比4割安の1万8500円(60キロ当たり、以下同様)に決まった(写真=古米となる25年産米は3000円割れ)。これは、農水省認定の業界団体が示した生産コスト2万0535円を大幅に下回る。この価格以下では農家の生産意欲を減退させるというもので、官製維持価格と言える。 また大産地北海道のJAホクレンも、26年産の主力銘柄(「ななつぼし」と「ゆめぴりか」など=写真)の集荷価格を4割下げると決めた。 もっとシビアな民間集荷業者は、「コメ余り」をバックにさらに値下げでの売却を農家に迫るだろう。 「令和のコメ騒動」で集荷競争が激化した25年産では、主産地の集荷価格が3万円にも高騰したことを思えば、たった1年での需給の激変ぶりは驚天動地と言える。◎「親不孝相場」も このまま行けば、主産地の新米が出回る9月には大幅安は避けられない。実際、業者間の売買価格である25年産米の卸間取引価格は、17日時点で玄米60キロ当たり(1俵)で1万8750円前後だった。秋田県産「あきたこまち」の前年比55%安など軒並み半値になっている。 ちなみにこの価格は、前掲のJA全農にいがたの26年産米集荷価格である一般コシヒカリの1万8500円よりやや高い。古米の方が新米より高いという現象は、「親不孝相場」と言われ、過去にコロナ禍で外食需要が極端に減った20年~21年産に散見された意外、ほとんど例が無いとされる。◎高値で集荷した業者はどこまで持ちこたえられるか 卸業者にすれば、高値で集荷した25年産米の投げ売りにまだ迷っているわけだ。 しかし新米が安値で出回り始める以上、迷っていられるのも時間の問題だ。大幅赤字で持ちこたえられなければ、倒産も視野に入る。庶民の苦境を尻目に大儲けを狙った報いだ。 だから、消費者にとって今少し様子見していた方がいい。昨年の今日の日記:「初期人類、ホモ・アンテセソールの幼児の首の椎骨に切り傷を発見、85万年前から共食いの新たな証拠か」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202508240000/
2026.08.24

ポルドイ峠のサス・ベセ小屋先の展望台で氷河を抱えるマルモラダ山嶺を背景に現地ガイド氏と記念の撮影をすると(写真)、僕たちは下山にかかった。◎整備された登山道で高山植物 この辺も、高山植物の宝庫だ。ピンクの花を咲かせているのは、エゾカワラナデシコらしい(写真)。 目立つのは、群落をつくっている黄色い花だ(下の写真の上)。アルニカ・モンタナ(和名はセイヨウウサギギ)という。さらに目をやれば、サンタ・マッダーレ村のハイキングでも見かけたシラタマソウだ(下の写真の下)。 さらに下降すると、美しい紫の花の群落に出合う。ゲラニウム(和名はフウロソウ)らしい(写真)。 登山道はよく整備されていて、岩も出ていないので、転倒を気にすることなく帰路はぐんぐん歩ける。◎アルニカ・モンタナの群落の向こうにサッソルンゴ岩峰群 登って来た時に観た巨岩の麓にきた(写真)。この辺りは一面、さながら黄色い絨毯が敷かれているようだ。先ほど観たアルニカ・モンタナだ。 巨岩の遠くに、サッソルンゴ(Sassolungo)という岩峰群らしい山の連なりが見える。標高3181メートルのドロミテ山群を代表する岩峰群だ。◎往復32ユーロのロープウェイに乗る 下山は簡単で、往復1時間ちょっとの山行であった。 僕たちがランチをとった麓のレストランから約5分の所にロープウェイの乗り口がある。ここのロープウェイは、標高約2950メートルのサッス・ポルドイの展望台まで5分で運んでくれる。ただここはツアーには含まれず、個人負担だという。料金は往復32ユーロ。添乗員さんによると30ユーロと聞いていたから、つい最近2ユーロ値上げされたことになる。 32ユーロと言えば、日本円で約5000円である。5分で5000円とは高すぎる気がしたが、せっかくポルドイ峠まで来たのだ。金には換えられない。 僕は、リュックからセーターを取り出して着込み、チケット売り場でチケットを購入し、乗り場に急いだ。ほどなくやって来たゴンドラに乗った(写真)。(この項、続く)昨年の今日の日記:「巨大ブラックホール検出、恒星質量と超大質量のギャップを埋める中間的存在か」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202508230000/
2026.08.23

ポルドイ峠の登山道をサス・ベセ小屋まで歩く。◎現地ガイド氏が高山植物を教えてくれる 歩き始めて道の曲がる所に小さな教会が建てられていた(写真)。サンタ・マッダーレ村のハイキング道でもそうだったが、総本山バチカンのあるイタリアでは教会はどこにでも造られている。 さらに進む。道々、現地ガイド氏が高山植物を見つけ、英語で説明してくれる。ただ花の名前は聞き取れない。写真に付けた名前は、帰国後にGoogleレンズで調べたもので、確度は定かではない。◎日本アルプスの山々に生える高山植物も 紫の花は、テガタチドリというらしい(写真)。和名があるくらいだから、日本アルプスにも咲いている。 ドロマイトの岩の裾に開花しているのは、アルペンローゼでツツジ科の高山植物だ(写真)。 さらに房状に群れて咲いているのは、ジプソフィラ・レペンスで、カスミソウの仲間という(写真)。そう言われれば、確かにカスミ草に似ている。 一方、道々の景観も素晴らしい(写真)。◎氷河を抱いた山が眼前に聳える 40分近くも歩いて、峠に小さくサス・ベセ小屋が見えた(写真)。 小屋にたどりつく前に右手に大きな岩がニョッキリと立っている(写真)。検索すると、あちこちのサイトに写真が出てくるが、名前がイマイチはっきりしない。とりあえずここではペンディングとしておきたい。 小屋を少し登った所が展望台だった。ここから緑の草原と荒々しい山岳が望める(写真)。道端に大砲のような大きな鉄製の筒が転がっている。人工雪を造る機器だという。ここの斜面は、冬季にはスキー場ゲレンデになるようだ。◎氷河を抱くドロミテアルプス最高峰を遠望 南の方には北斜面に氷河を残した山が見える(写真)。ここはたぶん標高は2500メートルくらいだから、氷河を抱く山は3500メートルくらいはあるのだろう。 果たしてそうだった。帰宅して調べると、ドロミテアルプスの最高峰、マルモラダ(Marmolada)山だった。標高は3343メートルと富士山よりは低いが、ドロミテアルプスでは唯一氷河を持つ山で、「ドロミテの女王」とも呼ばれるという。 ランチにビールを飲んだから、さすがに少し疲れた。(この項、続く)昨年の今日の日記:「旧ユーゴ3カ国周遊(25):湖岸に設置されたプリトヴィッツェ湖群保護に尽力した2人の顕彰碑」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202508220000/
2026.08.22

ドロミテに来て、北イタリアの自然の美しさ、壮大さに感動のし通しだ。信州・上高地(写真)に行った時もその景観に感動したが、エントレベスのモンテ・ビアンコ(モンブラン)観望、チェルヴィニアのグリー湖とチェルヴィーノ(マッターホルン)遠望、さらにドロミテのサンタ・マッダーレ村のハイキング行とカレッツァ湖などの連続は、上高地を上回る自然景観だと思う。◎ヘアピンカーブのローゼンガルテン街道を行く ドロミテは2009年にユネスコの世界自然遺産に登録された。この名称は、18世紀にこの地域でドロマイト(苦灰石)を発見したフランスの地質学者「ドロミュー」の名前が由来となっている。ドロミテ山群は、主にこのドロマイトで出来ていて、そのドロマイトはマグネシウム質の石灰岩であり、2億5000万年前に海底に堆積して形成されたものだ。 見た目は白く、昔海底に堆積した石灰岩だけに、中に貝の化石などを含んでいる。 さて、カレッツァ湖を観望して僕らは再び小型バスに乗り、ヘアピンカーブの続くローゼンガルテン街道を進み(写真)、標高2239メートルのポルドイ峠に達する。◎ポルドイ峠は自転車レースの一コース 風もあまりなく、好天なので、高地でも寒さを感じず、快適だ。 峠の駐車場のそばに碑が立っている。自転車を漕ぐ男性の像だ(写真)。 イタリアは自転車大国で、都市でも山でも、自転車が多い。毎年5月にはイタリア全土を駆け回るプロ選手による「ジロ・デ・イタリア」が開かれ、多額の賞金が出る。 僕たちのバスで通ったきた道も、そのコースの一部になっている。碑は、それを記念するものか、誰かの顕彰碑なのだろう。 ここでレストランに入り、昼食だ。牛肉のカルパッチョがメインディッシュだ。レストランの前にも自転車乗りの像が置かれていた(写真)。◎現地ガイド氏と標高差173メートル、往復3キロの登山道をハイキング 食べ終わって、1時に待ち合わせの現地ガイド氏と出会い、彼の案内でサス・ベセ小屋までの標高差173メートルのハイキングだ。道は昨日のサンタ・マッダーレ村のハイキング行と違い、砂利道でということで、僕は登山靴に履き替えて往復3キロ、約60分のハイキングに挑んだ。 坂道を登り始めた(写真)。傾斜は昨日のサンタ・マッダーレ村のハイキング道よりもきつい。◎早くも姿を現した高山植物 登り始めてすぐに、登山道の横の草むらに黄色い花と紫の美しい釣り鐘形の花を見つけた(写真)。前者がアンティリス・ブルネラリア(和名はクマノアシツメクサ)、後者はカンパヌラ・カルニカ(和名イワシャジン)らしい。なおアンティリス・ブルネラリアの左に咲く乳白色の花は、昨日、サンタ・マッダーレ村のハイキング道で見つけたシレネ・ブルガリス(和名はシラタマソウ)だろう。 高山植物を見つけていくのも楽しみだ。(この項、続く)昨年の今日の日記:「心配した西欧首脳も大挙してワシントンに終結しトランプの圧力をはねのける;『ミンスク合意』の二の舞を警戒」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202508210000/
2026.08.21

旅の半分を超えた6日目、実質5日目。いよいよ旅の後半戦の始まりだ。◎バスタブの初めて付いたシェラトン 泊まったボルツァーノのホテルはシェラトンで(写真)、この旅で最高のグレードのホテルだった。ここに3連泊が嬉しい。 部屋はこれまでで一番広く、初めて使い捨てスリッパが備えられ(これまでのホテルは無かった)、バスタブも付いていた。最近のヨーロッパのホテルは、客室をできるだけ広くとるため、客室にバスタブを備えない所が増えているという。今回の旅でも、これまで泊まった3つのホテル、すべてはシャワーのみだった。 ただし室内に、クロックがやはり無い。どういうわけか、今回の旅で泊まったホテルのすべてにクロックが無かった。そのため時間を見るのに、いちいち腕時計を確認せざるをえなかった。盗難が多いからなのか、理由は分からない。◎「虹の湖」カレッツァ湖に到着 朝8時半、シェラトン・ホテルを出発。今朝も好天だ。 少し進むと、ヘアピンカーブの連続するローゼンガルテン街道を入る。添乗員さんが車酔いのしやすい人は酔い止め薬をと注意していたが、車酔いするほどではなかった気がする。 時折、森の切れた所で、切り立った険しいドロミテ山群の山容が見える。 出発して約45分後に、駐車場で降りた。「虹の湖」と呼ばれるカレッツァ湖への入り口だ。遠くにドロミテ山群のラテマール山塊が聳えている(写真)。◎エメラルドグリーンの湖水と荒々しいドロミテ山群の山容 目の前に現れたカレッツァ湖も、まことに秀麗そのものだ(写真)。直径は数百メートルという小さな湖で、2日前に訪れたブルー湖のように、出入りする川は無い。たたえる水は湧き水で補われている。湖面の標高は1520メートルという。 展望台に立つと、エメラルドグリーンの湖水と背景の荒々しいドロミテ山群の取り合わせが本当に美しい(写真)。 1周20分ほどなので、僕たちは湖水を回る小道を歩いた。展望台から反時計回りに歩いて行くと、すぐにヨーロッパトウヒの森に包まれる(下の写真の上)。しかし森が切れると、またもエメラルドグリーンのカレッツァ湖が顔を見せる。湖岸に、ピンク色の花をつけたヤナギランも見える(下の写真の下)。◎天気に恵まれた幸いを思う こうしてこの日も、絶景でスタートが切れた。本当に好天に恵まれている。もし雨天だったら、カレッツァ湖のエメラルドグリーンもドロミテ山群も全く見えないだろうからだ。(この項、続く)昨年の今日の日記:「旧ユーゴ3カ国周遊(24):乾燥期なのかヴェリキ滝の水量は少なく、湖水の美しさに比べれば」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202508200000/
2026.08.20

サンタ・マッダーレ村のハイキング道は、もう間もなく僕らの終点だった。 後ろを振り向けば、目にしみるような緑を地にした村の小教会、そして遠景にドロミテ山群の1つの屹立したガイスラー山塊が見える(写真)。◎パノラマポイントで観望するガイスラー山塊と緑の田園のパノラマ やや急登になって、それを登り切ると針葉樹の森の手前にベンチが備わった平地があった。ここが、僕たちの終点だ。時間がある自由旅行者は、さらに上に抜ける道があるようだ。 僕がそこで観たのは、針のような峰を連ねたガイスラー山塊を背景としたまるで絵本を見るような美しい絶景だった(写真)。時に午後5時40分、実に9時間40分をかけての桃源郷への旅だった。 このような美しい風景を、これから観る機会はもうあるまい、と思えるほどの絶景だった。◎陽の高い7月で幸い 陽が長い7月で正解だった。8月や9月になっていたら、もう陽が陰りつつあり、これほどの絶景は望めなかったに違いにない。 しかしいつまでも留まっているわけにはいかない。僕がこの世のものとも思えない景観に感動していられたのは10分くらいのものだった。戻らなければならない。 下りの道では、道路ぎわのワイルドフラワーに目がいく余裕ができた。山岳道路とちがって舗装道で緩やかなので、ルンルン気分でもある。◎様々なワイルドフラワーを愛でて 黄色い小さな無数の花をつけているのは、セイヨウミヤコグサらしい(写真)。 そのそばの紫の花はサルビア・プラテンシス(下の写真の上)、そしてさらに白いつぼ形の花をたくさんつけているのはシラタマソウのようだ(下の写真の下)。 夏のサンタ・マッダーレ村の牧場は、たくさんの美しいワイルドフラワーの宝庫だ。 牧場の牛舎近くまで下ってきた。紫の花をつけた庭木が見えた(写真)。庭木もワイルドフラワーに負けていない。花の名は、ブッドレア(和名はフサフジウツギ)というようだ。◎6時過ぎ、心地よい疲労を抱えて さらに下ると、リゾートホテルが現れてくる。リフトは無いが、冬は山スキーが楽しめる所でもあるようだ。 こうして元のバス駐車場まで戻った。時間は6時をとうに過ぎている。心地よい疲労を覚えつつ、僕たちの小型バスはボルツァーノのホテルに向かった。(この項、続く)昨年の今日の日記:「プーチンだけが満点だった米ロ首脳会談の大失敗、トランプの愚かさと不誠実さは目を覆うばかり」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202508190000/
2026.08.19

サンタ・マッダーレ村の緩やかな坂道を登る。もう午後5時を過ぎるのに、強烈な日差しが照りつける。その日差しがきついだけで、絵本のようなガイスラー山塊と浸みるような緑の田園風景が僕らを和ません(写真)。◎右手にガイスラー山塊を望みつつ 思えばこの日は、8時にホテルを出発したもののバスが大渋滞に巻き込まれ、ボルツァーノからはさらに大急ぎでロープウェイとレノン高原鉄道に乗り、小型バスに乗り継いでやっとここまで来た。実に9時間もかけてやっと来たのだ。しかしその甲斐は十分にあった。桃源郷のような風景が、次から次へと目に入ってくる。 分かれ道があり、牛舎の前を通り抜ける。人里を抜けるハイキング道なのだ。道理で道は、舗装されているわけだ。 さらに進むと、ホテルの前を行く道が左があり、僕たちは右の道を進む。ガイスラー山塊はずっと右側に見えている。◎マリア様の祠と教会 右手にマリア様の小さな祠が立っている。そこでガイスラー山塊を背景に記念写真を1枚撮った(写真)。 マリア様の祠があるから、さらに坂をちょっと登った所に小さな教会が建っている(下の写真の上)。内部は、規模の割りには豪華だ。しばし一休みを兼ねてお祈りを捧げる(下の写真の下)。 小休止の後、さらに上へ登る。 やがて最前の教会を手前に、ガイスラー山塊を背景とする光景が広がる(写真)。なんという美しさだ。思わず言葉を失う。◎オーク?の大木の下で休憩するハイカー 1本のオークらしい大木の下にまたしてもマリア様の祠がある。大した標高差ではないが、やはり日差しの強さに体力を消耗しているのか、木の下で多くのハイカーが一休みしている(写真)。 パノラマポイントまで、あともう少しだ。(この項、続く)昨年の今日の日記:「旧ユーゴ3カ国周遊(23):プリトヴィッツェ湖群国立公園を歩く;青い湖の美しさに魅了」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202508180000/
2026.08.18

トルコ南部のウチャーズリⅡ洞窟で、異なる2つの層からネアンデルタール人の下顎骨(写真)と歯と現生人類ホモ・サピエンスの歯、多数の同一の石器インダストリーの石器群、さらに装身具と見られる非食用の巻き貝アフリカタモト化石が発見された。◎上層にホモ・サピエンス、下層にネアンデルタール人、だが文化は共通 京都大学の森本直記准教授、トルコ・ガジアンテップ大学のバイカラ・イスマイル教授らの研究チームが、7月6日にアメリカの科学誌『Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS)』に発表した。 研究チームは2020年からウチャーズリII洞窟で発掘調査を行っていた(下の写真の上=洞窟入り口、下の写真の下=2024年の発掘風景)。 人類化石は、新しい層(約4.7万~5.9万年前)から現生人類2個体分の歯が、古い層(約5.9万~7.7万年前)からはネアンデルタール人3個体分の歯や下顎骨片が見つかった。ネアンデルタール人下顎骨には未萌出の歯があり(写真=下顎骨レプリカを手に持つのは森本准教授)、年齢は8歳くらいと推定された。◎異なる人類種が2万年以上も安定した共通文化を維持 さらにそれぞれの地層から、計1万9252点の石器と食料となった計2万4236点の動物化石、非食用の計59点の貝殻も見つかった。古い層の6点には紐を通せるような穴が開けられており(写真)、ネアンデルタール人が装身具用に採取したと見られる。 注目すべきは、この異なる人類種が2万年以上にわたって安定した共通の文化を維持していた点だ。いずれの種も、特定の場所でしか採れない石材から同じ手法で石器を作り、同じような動物を狩猟していたという実用面だけでなく、食用に適さない特定の貝殻を収集する非実用面でも共通していた。◎2度目のホモ・サピエンスの出アフリカの生き残り ちなみに30万年前頃にアフリカ南部に現れたホモ・サピエンスは、1度、10万年前頃に現イスラエルに渡っている。しかしここで先住のネアンデルタール人と出合い、定着できずにアフリカに戻ったか絶滅した可能性が高い。 もう1度、出アフリカを試みたのが6万年前頃だった。今回のウチャーズリⅡ洞窟のホモ・サピエンスはその集団の生き残りだ。文化が同じということは、レヴァント地方で先住のネアンデルタール人と交流を重ねていたのかもしれない。昨年の今日の日記:「スラウェシ島で148万~104万年前のワラセア最古の石器発見、原人は海を渡った」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202508170000/
2026.08.17

サンリオの株主になってから、もう何年になるだろうか。 最初は1株800円台で、3000株を信用で買った(当時は活発に信用取引を行っていた)。◎実質取得コストをゼロにしたサンリオ 株価が上がって1000円を超えた時、まず1000株を売って当面の利益を確保した。 次に株価が急騰し、2000円近辺になったタイミングで1000株を売り返済した。その利益で残り1000株を現引きした。こうして実質取得コストをゼロにしたのだ。 それ以来、ずっとホールドしている。幸い、暴落でも1度も取得時株価を割らなかった。割ったとしても取得コストはゼロにしているから、痛手は全くないのだが。 サンリオは創業家経営だが、同じ創業家経営のキーエンスやファーストリテイリングなどとは違う。どんなに高株価になろうと東証要請を馬耳東風と受け流して、これらの会社は1度も株式分割していない。それは第3位高株価のSMCと共に、高株価トリオはいずれも創業家経営だからだと僕は推測する。それについては、すでに今年8月10日付日記:「東証の株式分割要請、キオクシアは1対3の分割発表も、キーエンス、ファーストリなどは黙殺、その心は」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202608100000/で述べておいた。◎これまで2度、大幅に株式分割 しかし辻󠄀信太郎氏(下の写真の上)が創業し、孫の辻朋邦氏(下の写真の下=創業者の祖父信太郎氏と)が2代目社長として経営を引き継いだサンリオは、前記トリオと違い、活発に株式分割しているのだ。 これまで僕が保有してからでも2回、株式分割している(最初は2024年4月1日に1対3の、2度目は今年4月1日に1対5の割合で分割)。特に今年の株式分割は大幅で、当時の株価も5000円前後と東証要請に必ずしも応える必要のない株価だった。にもかかわらず、1対5の大幅分割を行っている。おかげでもともと1000株保有していたサンリオ株は、今では1万5000株に増えている(チャート図)。◎購買層の若い女性を意識した資本政策か おそらく活発に株式分割を実施しているのは、自社キャラクター商品の購買層である女子大生やOLなど若い女性も小遣いを貯めれば買える株価、を意識した資本政策なのだろう。分割で株価は1000円前後になり、1単元10万円前後で買えるようになった。 こうして若い女性を株主に迎えられば、自社業績への影響は計り知れない。 彼女たちは結婚しても、さらに出産してママになっても、キャラクター商品を購入してくれるだろう。さらに子どもが女の子なら、子どもにもキャラクター商品を買い与えるに違いなく、それで育った女の子は成長しても自分で購入するようになるだろう。市場を広げ、堅い地盤にできる。◎今後も株式分割を期待できる だから今後も株価がジリ高し、再び5000円に接近すれば、1対5の株式分割を実施する可能性が高いと思う。 サンリオのキャラクター商品は世界に広がっている。僕は13年前に南部アフリカを周遊した時、ヨハネスブルクの空港のスーベニアショップでサンリオのロゴとキティちゃんを見てびっくりしたことを思い出す(写真)。人口が急増しているアフリカでもサンリオのキャラクター商品は売れているのだ。とすれば、同社の将来性は大きいだろう。昨年の今日の日記:「旧ユーゴ3カ国周遊(22):プリトヴィッツェ湖群国立公園に入る;昼食のマスは塩辛過ぎた」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202508160000/
2026.08.16

レノン高原鉄道にすんでのことで間に合ったわけだが、日本だったら間に合わなかっただろう。 というのは、日本には改札があるからだ。添乗員さんが窓口で切符を買い、僕ら1人ひとりに手渡しして自動改札を通らなければならない。これは、乗り継ぎ2分ではとうてい無理だ。◎改札の無い公共交通機関 しかしイタリアは、というかヨーロッパの鉄道は、路面電車も含めて改札は無い。 だからフリーパスで、電車に乗れる。むろん無賃乗車は可能だ。しかし時々、検札が来て、切符を持っていないとかなり高額の罰金を取られるという。しかし以前、ローマやパリで地下鉄に乗ったが、1度も検札にあったことはない。 添乗員さんに聞くと、実際にそうだという。今回の猛ダッシュでの乗車は、すでに旅行社は料金を支払い済みなので無賃乗車にならないが、いくらでもタダ乗りは可能なのだ。 これでは、ヨーロッパの公共交通機関は赤字にならないのだろうか。他所の国のことながら心配になる。◎約90分のハイキングの始まり 車窓からは、美しい田園風景が見える(写真)。 約16分乗って、コッラルボ駅に着いた(下の写真の上)。駅前にアルプスアイベックスの彫刻が設置されている(下の写真の下)。 この駅前のバス停に僕らがボルツァーノで降りた小型バスが待っていた。 バスに約1時間乗り、奥のサンタ・マッダーレ村の駐車場に着く。 ここから丘の上のパノラマポイント展望台まで緩やかな坂道の散策となる。僕は、スニーカーから登山靴に履き替えた。自動車が通るらしく、道は舗装道路となっている。 上り1時間弱、下り30分強の約90分間のハイキングである。強い日差しの下、けっこうきついハイキングとなった。◎見えた! ガイスラー山塊 歩き出して緩やかな坂道を登り始めると、右手に一面の白い小さな花の群落。ジャイアント・ホグウィード(バイカルハナウド)かもしれない(写真)。この花は、しばらくこの緩やかな斜面にずっと咲いていた。群落の白い花、緑の牧場、そして灰白色の山群――なんと美しい風景だ、と感嘆する。 少し登って行くと、右手の山の間に灰白色の山群が見えてきた。ドロミテ山群の一部、ガイスラー山塊だ(写真)。群落の白い花、緑の牧場、そして灰白色の山群――なんと美しい風景だ、と感嘆する。 ちなみに日本で買ってきた『地球の歩き方』のドロミテのページにサンタ・マッダーレ村はどこにも無い。役に立たないガイドブックに税込み2420円も払ったと思うと、腹立たしい。(この項、続く)昨年の今日の日記:「ネアンデルタールの骨の高い窒素15比率は腐敗肉にたかるウジ虫も食べていた?」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202508150000/
2026.08.15

7月22日、第5日、実質4日目の朝が明けた。 今朝は8時の早朝出発だ。いよいよドロミテ地方のボルツァーノに行く。幸いにも朝から快晴だ。 ボルツァーノまでバスで4時間30分という長途の旅だ。これでいくと、2回はトイレタイムをとることになる。◎高速道路の渋滞に巻き込まれ、下に降りたら一般道も大渋滞 ところが、である。さっそく早くに出たのに、出発して1時間くらいで大渋滞に巻き込まれた。高速道路での渋滞だから、事故渋滞だろう。運転手は、業を煮やして高速を降り、下の道路を行くことに方針転換した。 ところが、またしてもところが、である。 下の道路も大渋滞なのだ。途中からにっちもさっちも行かなくなった。車窓から外を見ると、住宅街の道を走っている。それが尽きると、どこかの湖の観光地だ(写真)。ガルダ湖かもしれない。渋滞は、この景勝地の車の集中だった。 添乗員さんが焦りだした。午後にソプラボルツァーノという所で「レノン高原列車」に乗る予定だが、この予約列車に間に合わない懸念が出てきたのだ。乗り遅れると、次の列車は数十分後になるらしい。◎大幅遅れなのに30分の休憩という杓子定規 後から思えば、高速を降りなかった方が正解だったのだろうが、後知恵だ。 ノロノロ、ストップが1時間前後続いて、やっと再び高速に乗った。これで少しでも遅れを取り戻したいところだ。 ところが運転席が添乗員さんに告げる。いわく、EU規制で休憩を30分とらないといけない、と。 遅れた上にさらに30分の休憩か。これではスケジュール通りにいかない恐れが大きくなった。 バスは、どこかのドライブインに立ち寄った。◎ドライブインのサンドイッチが1000円超! 仕方がないので、1ユーロ払ってトイレに行き、あとは店内で時間つぶしだ。暇にまかせて商品を見た。ミルクが3.99ユーロ、サンドイッチが5.99ユーロの値札が付いている(写真)。5.99ユーロと言えば、日本円で1000円超だ。日本のコンビニの約3倍だ! もうびっくりである。もしこれがこの店の特殊な値段付けでなく常態の値段とすれば、イタリアはものすごい物価高ということになる。 けっきょく僕らは、ようやく午後2時頃にボルツァーノのレストランに入った。添乗員さんがランチ時間の1時間の予定を40分に短縮と告げた。 慌ただしく昼食を終えると、ロープウェイに乗車し、ソプラボルツァーノという駅に向かう。ロープウェイの高度が上がると(下の写真の上)、はるか遠くにドロミテの山並みが見えてきた(下の写真の下)。◎目の前に停まっていたレノン高原電車に飛び乗る ロープウェイのゴンドラで、添乗員さんが隣に座っていた気品のある地元の高齢女性となにやら話をしている。彼女によると、ロープウェイ終点で、乗り継ぎのレノン高原鉄道には2分しか余裕がない、と言われたようだ。 もし予約してあるレノン高原鉄道のその便に乗り遅れると、40分くらい待たないといけないらしい。添乗員さんは、僕たちに、着いたら走って駅の列車に乗ってほしい、と告げた。 ゴンドラが終点に着いた。すると、目の先に2両連結の電車が停まっている。一目散にダッシュである。それがレノン高原鉄道の電車だ。いつもなら駅で列車と共に記念写真を撮ったりするが、そんな余裕は無い。はたして僕らが乗ると、すぐに電車が発車した。 危ういところだった。もし1本、ロープウェイを逃したり、終点でもたもたしたりしていたら、列車に間に合わなかった。しかしこの時点で、最大1時間半の遅れをなんとか取り戻したのである。(この項、続く)昨年の今日の日記:「旧ユーゴ3カ国周遊(21):絶景! ディナル山麓の『セティナ水源』の青い泉の感動」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202508140000/
2026.08.14

ジェラートを食べた後、待ち合わせ場所と時間を決めていったん解散した。◎ドゥオモの内部に架かる大きなタペストリー 僕は、すぐ近くのドゥオモに入った。 中に入ると、ヒンヤリと涼しい。東京のようなじっとりとした湿気はないが、コモ湖はやはり暑い。ドゥオモは、さながら別世界だ。 ほんの短時間だが、荘厳な雰囲気にひたり、内部を見学した(写真)。 ステンドグラス絵の代わりに、聖書の一場面を描いた大きなタペストリーが堂内に架けられている(下の写真の上と中央)。後陣のステンドグラスは3枚だが、それも美しかった(下の写真の下)。◎歴史的建造物のパレスホテルを通り抜け ドゥオモ滞在は10分くらいのものだった。集合時間が決まっているから、ゆっくりと滞在できない。外に出ると、もう6時15分くらいなのに、まだ陽が当たっている。出口と正面を写真に撮って、後にした(写真)。 それから集合場所のコモ湖の湖岸に向かった。途中、豪華なアールヌーボー様式の建物が目の前に現れた。4つ星ホテルのパレスホテルだ(写真)。建物自体は19世紀後半に建てられたというから、およそ1世紀半の歴史を持つ由緒ある建造物だ。◎強い日差しの下でも誰も日傘をささない不思議 ところで、コモ湖の湖畔、市街地に限らず、北イタリアに来て奇妙に思ったのは、強烈な日差しにもかかわらず女性の99%は日傘を差していないことだ。 クロード・モネの名画「日傘をさす女性」のように、ヨーロッパでは女性は日傘をさすものだとばかり思っていたが、まず街中で見かけない。そういえば、昨年訪れたクロアチアやスロベニアでも、女性は夏至に近い直射日光下でも日傘をさしていなかった。 日本では、今では男性でも日傘をさす人は珍しくない。 かつて18~19世紀では貴婦人は日傘をさしていたが、今ではすっかり廃れてしまっているようだ。その理由は、不明だ。 その強烈な直射日光下で、肌も露わな若い女性たちが闊歩している。皮膚癌のリスクに無関心なのが理解できない。◎コモ湖鉄道駅は貧寒・閑散 午後6時半、コモ湖畔に再集合した僕たちは、そこから歩いてレストランに向かった。 途中、鉄道のコモ湖駅前を通り過ぎた。日本の駅前と違い、全く賑わいはない。それどころかホームには人っ子1人いない(写真)。日本なら明日にも廃線になりそうな侘しい風景だ。コモ湖駅に乗り入れる鉄道は、ほとんど利用者のいない支線なのだろう。高速鉄道TGVも乗り入れていないに違いない。そう言えば、手近にあった地図で、ここから約2キロ西に、コモ・サン・ジョヴァンニ駅が記されている。これが、本線の駅のようだ。(この項、続く)昨年の今日の日記:「旧ユーゴ3カ国周遊(20):トゥロギール観光の帰途、バスの中で現金をすられたことに気づく」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202508130000/
2026.08.13

ブルー湖とマッターホルンに別れを告げ、小型バスは次の訪問地のコモ湖に向かう。◎ボルタ電池のアレッサンドロ・ボルタはコモの生まれ コモ湖は、国際的に有名な保養地で、例えばハリウッドの大スター、ジョージ・クルーニーなどが別荘を持つことで知られる。 コモ湖畔のバス駐車場で降り、僕たちはクルーズ船に乗るために船着き場に向かった。 途中、アレッサンドロ・ボルタ広場に立つ大きな像に出合った(写真)。中学の理科の授業で習ったボルタ電池の発明者アレッサンドロ・ボルタの像だった。ボルタがコモ生まれであることは、これで初めて知った。 その広場を突っ切ってすぐがクルーズ船の船着き場だった。◎クルーズ船乗船には整列なく 間近で有名なコモ湖を観た。つい先ほど、午前中と午後の2度にわたってブルー湖を観た僕の目には、しかしコモ湖は単なる俗化した観光地にしか見えなかった。湖の色もさほど美しくなく、それでいて名前だけは世界的に通っているから、僕たちの乗ったクルーズ船も満員で、日本の芦ノ湖や琵琶観の遊覧船のように風情に乏しい。もっとも日本の観光地と違って船着き場周辺にお土産屋や露店は出ていないが。 いっそうゲンナリさせられたのは、遊覧船に乗る客がまるで整列乗船せず、平気で横入りしてくることだ。僕たち一行が(といっても添乗員さんを含めて7人だが)乗船場近くにいた時は客はまばらだったのに、いつの間にか観光客でいっぱいになり、けっきょく僕たちは最後近くに乗船という羽目になり、おかげで席を探すのにも苦労したほどだ。◎クルーズは往復約30分で旅情感じられず クルーズは、たった15分ほどのミニミニで(写真)、次の次の船着き場で下船した。しかし約20分後に元の出港地まで戻る船がくるため、船着き場近くに留まらざるを得なかった。 船着き場の公園で、湖面から吹く微風にひたってゆったりとコモ湖を観るしかなかった(写真)。どこか歩いても、特に観るべきところはないようだった。 クルーズ船がやって来た。乗船してみると、僕らが乗ってきた船がどこかから戻ってきた便だった。来る時に座った後部の席の前にいた女性ばかりの母子4人組が、同じ座席に座っていた。それなら僕らも下船せず、そのまま引き返してきたらよかったのだ。正味約30分のやや興ざめのクルーズで、旅情などほとんど感じられなかった。 元の船着き場で下船した。それからはコモの旧市街の散策だったが、添乗員さんが用意した地図を片手に市街地一角を案内してくれた。◎暑かったので街角のジェラート店でのジェラートは美味しかった 再びボルタ広場を通り、それからどう歩いたかはよく覚えていないのだが、通りの一角でジェラート店を見つけ、全員が立ち寄ってジェラートを注文した。昨年、クロアチア、トゥロギールでスリ被害に遭ったのは、路面に面したジェラート店でジェラートを注文していた時だったことを思い出した(2025年8月13日付日記:「旧ユーゴ3カ国周遊(20):トゥロギール観光の帰途、バスの中で現金をすられたことに気づく」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202508130000/を参照)。今回は、店の中に入って注文し、しかもしっかり用心していた。 コモ湖は周辺をアルプス山脈に囲まれているが、湖面自体の標高は200メートルくらいと平地並みだ。そのため、もう午後6時近くなのに、ものすごく暑い。北イタリアに来て初めての暑さに見舞われた感があり、したがってジェラートもことのほか美味かった。(この項、続く)昨年の今日の日記:「旧ユーゴ3カ国周遊(19):『チャンスの神は前髪しかない』の紀元前3世紀の『カイロス』レリーフのレプリカ」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202508120000/
2026.08.12

ブルー湖を出発した小型バスは、すぐにチェルヴィニアの街の入り口に着いた。ちなみに日本でも名高い標高4478メートルのマッターホルンは、スイスとイタリアの国境にあり、イタリア語でその名は「シカの角」を意味する「チェルヴィーノ」と言う。◎天空に聳え立つマッターホルンの雄姿 街の入り口のモニュメントで、背景のマッターホルン(チェルヴィーノ)を記念撮影し(写真=モニュメントの台座に書かれた「ブレイユ=チェルヴィニア」が街の正式名称)、その後でレストランに入った。昼食後はピザだ。チーズが思い切りよく効いて、けっこう美味かった。 食後は自由行動でチェルヴィニアの街の散歩だ。街は小さく、見上げるともちろん今は動いていないが、スキーリフトがいくつも見える。 川を挟んだ先、北の天空にマッターホルンの雄姿が聳え立つ(写真)。地図で見ると、チェルヴィニアの街からマッターホルンまで10キロもない。イタリアではチェルヴィニアの街がマッターホルン、すなわちチェルヴィーノに最も近い街と言われていて、それが夏の最大のセールスポイントなのだ。◎高山植物の群落が マッターホルンのはるか下、マッターホルンの影がさしかかる丘にロッジらしいものが見える(写真)。そこまで登っていくことにした。 そこから俯瞰したチェルヴィニアの街は、いかにも小規模だ(写真)。常住人口は700人余りという。 途中、高山植物がたくさん咲いている。ブルー湖湖畔で観たヤナギランが群落をつくって咲いている他(下の写真の上)、道ばたには可憐な白いセイヨウノコギリソウが花を付けている(下の写真の下)。◎デンと迷子石 上の写真でヤナギランの群落の中にデンと座っている大きな岩は「迷子石」と呼ばれる岩だ。氷河によってここまで運ばれてきて、氷河が消え去った後にそのまま残されたので、こう呼ばれる。氷河時代、少なくともチェルヴィニアの街まで氷河が流れ下ってきていたのだ。◎ブルー湖、今一度 散策の後、集合場所の街の入り口まで戻り、小型バスに乗った。 午前中よりも青空が広がっていた。添乗員さんの配慮で、約1キロ先のブルー湖に戻り、今一度、ブルー湖のエメラルドグリーンの湖面と青空のマッターホルンを心ゆくまで観望した(写真)。(この項、続く)昨年の今日の日記:「太陽系通過する3個目の恒星間天体、前例ない鮮明さの画像が公開される、推定時速20万キロ、推定年齢76億歳」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202508110000/
2026.08.11

東京証券取引所は7月28日、投資単位の大きい「値がさ株」の上場企業に、株式分割を再要請したと発表した。投資単位が50万円以上の企業、約270社に分割要請を通知した。◎3分割してもなお高嶺の花のキオクシア 東証は2022年10月に、投資単位50万円を目安に全上場企に業株式分割を要請している。多くの企業は東証の要請に応じて、中には繰り返して株式分割を行ったが、馬耳東風と聞き流す企業も少なくない。 そんな中、高株価企業の1つのキオクシアが7月31日に動いた。10月1日に効力発生日として1株を3株に分割するという。同社株は、一時、11万円超と超値がさ株となったが、その後、急反落し、31日には反発・ストップ高となって4万6500円で引けた(チャート図)。今後、株価がどう動くか分からないが、仮に現状どおりとすれば3分割しても、100株1単元で155万円と、まだ東証要請よりはるからに高いままだ。◎キーエンス、ファーストリ、SMCは要請黙殺 しかし上には上がある。例えば東証上場高株価トップのキーエンス(本社=下の写真の上)は、8万1150円もするし、2位のユニクロ(下の写真の下)を運営するファーストリテイリングも7万8190円だ。 ユニクロという大衆的価格で衣服を大量廉売する会社の株を、買いたいと思っても、781万円以上するのだ(チャート図)。個人投資家には手が届かない価格である。 しかも1位キーエンス、そして3位のSMC(7万0480円)も、東証要請をどこ吹く風とばかり、いまだ株式分割をしたことがない。◎「その他大勢」への埋没は納得できない? 共通するのは、この3社ともオーナー経営・同族企業であることだ。 オーナー経営者にすれば、血のにじむような経営努力で圧倒的好業績を積み上げ、他に追随できないほどの高株価を実現させてきたという誇りがあるだろう。大幅株式分割で株価を低めることはそのプライドが許さないに違いない。 想像だが、経営者は高株価であることはステータスだとたぶん考えているのだ。分割して低株価にして、変な個人投資家に入って来られても困る。 例えばファーストリテイリングは、東証要請に従うなら、株式を20分割くらいにする必要がある。20分割すれば、1単元で40万円くらいの値になり、株価は4000円前後になる。そうなると、高株価で輝くファーストリテイリングは、小売セクターの中に埋没し、目立たなくなりかねない。フツーの会社になって埋もれることに創業者は納得できないだろう。◎1対25の大幅株式分割のNTTはすっかり輝きを失う 例を引くと、ドラスティックに株式分割を行ったNTT、である。 同社は2023年7月1日付けで1株を25株にするという大幅株式分割が実施した。分割の結果としてその分、株価か下がるから、今では150円近辺に下がっている。1単元買っても1万5000円程度で、東証で最も低株価の一群に入る。150円の株価とは、古くからの個人投資家にはボロ株と見られる水準だ。そのせいか、NTTはマーケットでほとんど注目もされない。経営陣は内心、しまった、とほぞをかんでいるに違いない。昨年の今日の日記:「旧ユーゴ3カ国周遊(18):世界遺産トゥロギールに入る、聖ロヴロ大聖堂の彫刻とレリーフ」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202508100000/
2026.08.10
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