2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全88件 (88件中 1-50件目)
最近歌い手モード全開なので、チェロはかなりご無沙汰。でも少しだけ練習。弓の動きが止まらないように、動いているからちゃんと音が出る。これってスキーと同じだよな。スキーも止まってしまうと体が硬くなって余分な力が入ってますます滑らなくなる。一回一回の音の立ち上がりがもっと楽になめらかにできるようになったら、チェロを弾いていても今よりもずっと疲れなくなると思う。そのためには練習するぞ!
2005.04.30
コメント(0)
いやあ、昨日届いた電子辞書がおもしろくて、ついつい寝不足でした。これで、辞書これ一つでオーケーということにまでは行かないようですが、それでもかなり便利なことは確かです。本棚のスペースが幾分は楽になりそうです。ドイツ語の活用形などは、やっぱり辞書だけでは無理で文法の勉強を思い出す必要がありますね。すべてのことがこれ一つで間に合うなんてうまい話はないわけで、ほどほどの便利さに感謝して、あとは適当に補うってことでしょうか。さあ、仕事、仕事。
2005.04.30
コメント(2)
いやあ、ちょっと間があきましたな。それではあの「ドン・ファンの勝利」についてお話ししましょう。 んっ、何々、その前にあのオペラの稽古、あの独特の演出はどうやって準備したのかですかな、なるほど、ごもっとも。それでは、そのことについてお聞かせしましょう。 あのオペラについては、支配人たちのところにも怪人から手紙が来ていたということですが、実は私のところにも、怪人は沢山の手紙をくれました。 これは私の思い過ごしかも知れませんが、彼は指揮者としての私のことを信頼してくれていたようです。彼の高度な音楽的要求を理解し、実現できると思ってくれていたようですね。支配人たちによけいな口出しをやめるように手紙を書いてくれたのも彼です。ちょっと嬉しかったですよ。 姿を見たことは一度もなかったのですが、彼はどこかで実に丁寧にリハーサルを聴いてくれていたようで、あのリハーサルの際にいきなりピアノが鳴り出すという不思議な出来事も、ピアンジのあまりの覚えの悪さに彼が業を煮やしたのでしょう。 コーラスの音程の悪さ、ファゴットやトロンボーンの苦情もありましたな。人の手配は支配人の仕事ですから、私は用意された人間たちをどう生かすかに心を砕いておりました。彼の不満がわからないわけでもありませんがね。オペラの場合は、多少のことは大目に見ているのです。 演出についても、なにぶんにも斬新な作品でしたから、舞台としてこれをどう表現するかは、演奏と同じくらい大切な問題だったのです。オペラ座の演出家は頭を抱えていましたよ。それを知ってか知らずか、彼は実に丁寧に連絡してくれました。 手紙ばかりではありません。沢山の舞台スケッチ、それぞれの役にふさわしい衣装デザインそれはそれは丁寧なスケッチでした。ドン・ファンの物語の舞台となった17世紀スペインの様子についても、彼の知識は正確でした。彼は絵の分野でも天才的でしたな。このパリの町には上手な絵描きなど、それこそ掃いて捨てるほどおりましたから、少々のことでは驚きませんが、彼のスケッチの見事さには舌を巻いたものです。 それから舞台模型も送ってきましたよ。派手な舞台装置と言うことでは、このオペラ座は世界最高の技術と実績を持っていました。それでも彼の舞台のアイデアはおもしろかったですね。オペラ座の職人たちは、びっくりしながらもワクワクしていたようですな。 ある時など、私が部屋で休んでいましたら、どこからともなく、あの声が聞こえるのです。驚きました。舞台稽古の進行状況への詳細な注文、助言をしてくれました。いやあ、見事なものです。彼は腹話術というか、手品も世界最高だったのではないでしょうか。 あれくらいの才能があるのなら、彼が直接、指揮や演出をしたらよいのにと思ったことも一度や二度ではありません。 そういえば、私は、以前にバイロイトに行ったことがありました。あのワーグナーの仕事ぶりも観たことがあります。彼のオペラ全般にわたる優れた才能はワーグナーに似ているかも知れません。ワーグナーも自分で台本を書き、演出、美術にも才能豊かでした。あの「ニーベルングの指輪」ではジークフリートとヴォータンの両方を歌って聴かせるのですよ。彼もドン・ファンの歌い方なども丁寧に聴かせてくれました。それからカルロッタの演技指導も、あんまり演技が上手ではないカルロッタをどう生かすか。その辺、彼は上手でしたよ。あんなに上手に演技するカルロッタは初めてですな。いつも自分の声だけで十分と彼女は考えていましたから。 えっ、そのスケッチや模型はどこにあるかですって。楽譜は火事でほとんどは焼けてしまいましたけれど、スケッチは何枚なのこっていますよ。恐ろしい思い出と重なるので、見る気持ちにはならないのですが、大切にしまってあります。興味がおありなら、今度お見せしましょう。
2005.04.30
コメント(4)
いやあ、今日は疲労困憊。午前中で終わってました。午後は完全に「老ラウル」状態でした。あんなにお金持ちでも良い服装でもありませんけどね。それでも夕方観に行ってきました。これで何回目だろう・・・・自転車だと3分です。さて、毎度のことながら画面が美しいですね。バレリーナが登場するところはドガのようだと言うことをご指摘の方もいらっしゃいまして、それもその通りだと思いますが、客席の様子はルノワールの絵のようにも見えます。メグとクリスチーヌが「音楽の天使」を歌う場面はまさしくドガですね。数多く観ていますとだんだん画面が止まって見えてきます。そして止まった画面の一つ一つがまるで印象派の傑作絵画のようで、それが連続していくって感じはすごいですね。光、画面構成、コントラスト、映画ってすごい人が作っているんですなあ。
2005.04.29
コメント(8)
今日は疲れたなあ。昨日の夜はいろんなことがあってあまり眠れなくて、今日は午前中にとっても大きな仕事をなんとかこなして、もうヘトヘト。午後はあの「オペラ座の怪人」の老ラウル状態だったよな。それでも夕方は「オペラ座の怪人」を観に行って少し元気も回復。「オペラ座の怪人」を観に行っている間に電子辞書が到着。もう老眼で辞書の小さい文字を読むのがつらいので、電子辞書はとてもうれしい。早速調べてみていろんなことがわかった。コーラスのドイツ語の歌の歌詞もわかったし、これからいろんなことに活躍しよう。これから先ずっと使おうと言うことで、大無理をして八カ国語モデル。これだけあればあとはロシア語だけだな。まあ、これはまだ勉強も始めてないからいいや。人生の残り時間を考えると語学ももう少しやりたい。この電子辞書を大いに活用するぞー。
2005.04.29
コメント(2)
病をいやされた感謝の歌と言われています。ベートーヴェンってものすごくいろんな苦労をしてきた人ですけれど、「苦難を通して歓喜へ」という意志の強さも魅力ですが、この曲から伝わってくる優しさ、安らぎ、安心も好きです。いつかこういう曲をカルテットで弾いてみたい。夢です。演奏はなんといってもカペー弦楽四重奏団の古い録音がすばらしいと思います。ゆっくりとしかし止まらずに流れていく音楽、清楚な表現、それからチェロのバランスが抜群にかっこいい。カペーは第1ヴァイオリンでリーダーでしたが、彼個人が目立つと言うよりは絶妙なバランス感覚で音楽をカルテットのサウンドをリードするような人だったと感心しています。
2005.04.29
コメント(2)
なくて七癖なんですねえ。低音の発音が気になると弓が止まる。知らず知らずのうちに弓を持ち上げている。弓が止まると運動が止まるから、よけいな動きをしないと音が出ない。そのよけいな動きがあるとますます音楽が止まる。音が切れる。結果的に発音がしづらくなる。もっと力が入る。単純にスムースに弓の動きが横方向に往復運動するだけ、それでも十分に音は出るはず、何にもしなければそれでよいはずなのに、知らず知らずのうちによけいなことをして、それで自分の首を絞めている。まあ、毎度言われていること。単純に弓が横に動く。それができないんですねえ。これが改善されたら、全部良くなる。そう希望を持って受け止め、励みましょう。
2005.04.28
コメント(2)
劇団四季の「オペラ座の怪人」を聴いていますと、映画や舞台ともまた違った特徴が見られます。まだまだ考え始めたばかりですが、最初に気づいたことは、クリスチーヌの父ダーエ氏について、劇団四季では「あの変わり者のバイオリニストの・・・」と言っています。これは舞台ではthe violinist、映画では「the famous Swedishviolinist?」となっています。 原作を読む限りでは、劇団四季の訳が一番原作によく合っているように思います。ダーエ氏はスウェーデンの伝統的なヴァイオリン音楽を町から町を巡って演奏して回り、各地で拍手喝采を受けても、謝礼は受け取らなかったそうです。そういう人物は「変わり者」(良い意味でも)と呼ぶことができるでしょう。その点、劇団四季の訳は舞台番だけでなく、原作もきちんと考慮して作られていることがわかります。 それから以前に書いたことの訂正です。ラウルがオペラ座を初めて訪れた際の挨拶で「Wagner and opera popular」と聞こえたところの台詞は、「the world renowned Opera Populaire」であることがわかりました。聞き間違いでした。ごめんなさい。 ついでに言いますと、ラウルとクリスチーヌが幼なじみであることに気づく順番が、舞台と映画では違っているように思います。舞台では、Think of meを歌うクリスチーヌを見て、ラウルが幼なじみのクリスチーヌ(リトルロッテ)であることに気づきます。これに対して、映画ではオペラ座に挨拶に来たラウルを見て、クリスチーヌが先に気づきます。このあたりはどうしてなのか、おもしろいところだと思います。もしかして、クリスチーヌをめぐるファントムとラウルとの三角関係を際だたせ留ためでしょうか。映画は舞台版の台本を簡素化して、すっきりした構成にして物語をわかりやすくしようとしている意図はいろんなところで感じますが、その一環かも知れません。
2005.04.28
コメント(2)
JR宝塚線での列車脱線事故、本当に痛ましい。犠牲になられた方々とそのご家族のために心から祈りたい。犠牲者とその家族への保証、事故の真相究明と再発防止対策をしっかり行ってほしい。そのためにマスコミの役割は重要だし、感謝もしている。でも一部民間放送の扇情的な報道の仕方はどういうものだろうか。学者やジャーナリストといった専門家たちの話を聞いても、専門家たちはさすがに慎重かつ丁寧なものの言い方をしているのに、それをマスコミが扇情的な方向で、刺激的な方向へデフォルメしてしまう。そして感情的なものの言い方。もっと冷静になってほしい。これだけの大事故の真相なんてそう簡単にわかるわけがない。丁寧な捜査の進展を見守りたい。
2005.04.28
コメント(2)
うーん。今日もしっかりと歌の練習をするにはしたけれど、途中からドイツ語の歌詞が気になって、途中からは何十年ぶりかでドイツ語の勉強をしてしまった。歌の練習よりもそっちの方が長かった。切ないのは目が悪くなって辞書の字が見えないこと。めがねを使うと今度は楽譜が見えない。めがねって本当に不便なもんなんだ。これも老眼の悲哀かなあ。パソコンの場面はというとこれがまたとっても微妙。「オペラ座の怪人」で英語のお勉強の必要性を感じ、コーラスではドイツ語、韓国語もできたら楽しいだろうなあと思わされた。ラテン語はねえ。まっいっか。声も少しずつ出てきたこと出しよしとしようかな。とにかく風邪をひかないようにしよう。
2005.04.27
コメント(4)
さてさて、いよいよお待ちかねの「ドンファンの勝利」についてお話ししましょうかね。あの魔術師というか、怪人ですかな。彼が鮮やかに消えてしまい、楽譜だけが残りました。それをムッシュアンドレが最初に手に取りましてな。しばらく眺めておられましたが、首をひねりながら私のところに持ってこられました。そして一言。「なんのことやらさっぱりわからん。」。 ムッシュアンドレは、ビジネス一辺倒のフィルマンとは少し違って音楽への理解が多少はある方でしたけれど、「ドンファンの勝利」という作品は理解できなかったみたいですな。でも私は一目見て気に入ってしまいました。これは良い音楽だと。これは聴衆にこびることなく、作曲家が自分の芸術的な欲求に忠実に作った作品でした。 おおよそ当時の作曲家は、一にも二にもおいでになるお客様に喜んでもらえる作品を提供しなければなりませんでした。「芸術家」といいましても、そのあたりは切ないこともありました。芸術家が自分のありったけの力を振り絞って最高の作品を作っても、お客様にそれが理解されなければ、ただの「駄作」と言うことになるのです。だから作曲家はお客さんにわかりやすい、楽しまれる作品を作らなければなりませんでした。逆に言えば、作曲家が本当に自分の芸術的な欲求を満たした作品はなかなか作れない。それを追求していたら仕事がなくなると言うことにもなりかねない訳なのですね。ウィーンではモーツァルトの作品よりもサリエリの作品の方が喜ばれたものそのためです。 その点「ドンファンの勝利」はなかなか良い作品でした。非常に斬新な新鮮な旋律や和音の動き、私がこれを初めて音にするかと思いますと、ワクワクしましたよ。ただですなあ。この作品が当時の社交界のお歴々に理解され、拍手喝采を浴びるとはとても思えませんでしたがね。それからこの作品には作曲者の芸術的な志の高さと同時に独特の屈折を感じるところがありました。なにか世間全体への激しい敵意、怨念のようなものですね。まあドンファンという反逆児、社会からは受け入れがたい人物が勝利するという設定自体にそういう面がありますな。 そのあたりがモーツァルトと違うところですな。モーツァルトも彼の偉大な芸術を理解できない世の中にいらだちを感じた時もあったことでしょう。しかし、彼の音楽には、そのような怨念や敵意といったものは皆無でした。まあ、両者の違いでしょう。 というわけで私はこの「ドンファンの勝利」という作品を練習はとてもやりがいのある仕事でした。でもねえ。あの気の良いピアンジはどうしても旋律が覚えられませんで、教えるのに苦労しましたよ。あれも歌の中で育った男でして、彼の古典的な歌の世界にはない斬新な全音階進行の旋律は覚えられなかったのでしょう。カルロッタが言っていたように、彼の間違った歌の方がずっと普通の音楽っぽいのです。それは私もわかっていたのですが、楽譜の通りやりませんとねえ。 クリスチーヌはというと、こちらは若いし、勘の良い子ですぐに覚えるのですが、どうも時々練習中でも夢の国に行ってしまうんですね。集中してくれなくて、困る時がありました。そういえばリハーサルの途中でいきなりピアノが鳴り出したこともありましたよ。あれはびっくりしました。まるっきり手品でしたな。まあ、おかげでみんな必死で覚えてくれました。怪人のたたりをおそれたのかもしませんな。 なんともあのオペラに関しましては、稽古の時から不思議なことがあったものです。でも本番で起こったあの悲劇と比べたらまだまだかわいいものでした。その話はまたこの次にいたしましょう。
2005.04.27
コメント(7)
今日も晴れました。そろそろ雨も良いかな。さいきん、すっかり「歌い手モード」でチェロと疎遠になっています。だから昨日の練習はつらかった。まあ、それぞれに「時」がありますから、今はそれでも良いかなと。「オペラ座の怪人」にはまったおかげで、英語への意欲がわいてきました。昨日は、大安売りで「タイタニック」のDVDを買ってきました。なんと999円なり。それでもちゃんと字幕も選択できて、わざわざ英語の字幕で見たりなんてしてみました。日本語字幕は鵜呑みにすべからずということも身にしみましたので。電子辞書もいいかな。できればドイツ語もあればうれしいのですが、それだけで極端に高くなりますねえ。英和と和英なら本当におやすいですね。本屋さんで売っている辞書よりも安いとは驚きです。それにしても尼崎の列車脱線事故は、母校の学生も犠牲になっていてとても悲しいことです。まだまだいろんなことが究明されなければなりません。新大阪駅で第一報を聞いた時はまさかこんな大惨事になるとは思っていませんでした。それはさておき、久しぶりに懐かしい友達の顔も見ることができました。元気そうで安心。少し太ったかも。無事に過ごしてほしいものです。さあて、練習まで後少し、ゆっくり丁寧に勤め上げたいものです。
2005.04.27
コメント(0)
今日はオーケストラの練習でした。モーツァルトはねえ。相も変わらず動きだしが合わない。どうしたらいいのかなあ。チェロパート内部でも合っていないし、もちろん(こんなに時に使うなよ。)ほかのパートとも合っているわけがない。どうしましょう・・・・・あと二ヶ月になっちゃった。個人的にはねえ。最近、完璧な歌い手モードでずっとチェロにさわってなかったから、楽器が自分のじゃないみたい。とにかく少しずつでも弾くことにしよう。それでも他のパートは聞こえるようになったかな。その分、あらが気になるってことかな。歌と同じで絶対にあきらめないもんね。先日行われたイベントの画像を見る。みんなとってもとっても楽しそう。良かった。良かった。
2005.04.26
コメント(2)
昨日、友達にグレン・グールドの演奏を聴かせてもらって、久しぶりにグールドのことが気になり、今朝、朝の仕事をしながら、聴いていました。朝の静かな中、ボリュームを抑えて、グールドのさわやかですがすがしいバッハが流れていく。最高です。この人って奇人変人みたいですけど、出てくる音楽はものすごくきれいですね。曇り空の朝なのに、グールドの音楽から光が差し込んできます。そのエキセントリックな演奏はいわゆるオーソドックスな立場からは批判もあるようですが、僕は大好きです。
2005.04.26
コメント(5)
うーん、「オペラ座の怪人」にはまって、何から何までおもしろく、色々な出会いもうれしくて張り切ってとばしていましたけれど、ここらで少しスローダウンしようと思います。「スローダウン」はスピードだけのことで、スピードは遅くなってもエネルギー感は失いたくありませんけれどね。日記を書き始めた時の思いを見失っているような気がしていました。さて、さて、最近、腰の調子が少しおかしくなってきました。原因は若い諸君に混じって長時間立ちっぱなしで歌ったからでしょう。僕が入れていただいているパートでは僕はそれこそ「断トツ(?)」の最年長です。さすがに若さについて行くのは容易ではありません。お天気が続いていましたが、今日は雨。ちょっとホッとしています。さあて、スローダウンして、大切なことをきちんとやりながら四月の歩みを終えたいですね。皆様もそろそろ年度替わりの疲れが出る頃かも。どうぞご無事で励まれますように。
2005.04.26
コメント(4)
映画「コーラス」観てしまった。良い映画だったなあ。静かに感動。終わりはちょっと寂しかった。サウンドオブミュージックみたいにもうちょっと華やかな場があったらいいのに。でもそこが良いところかな。はまりにはまっている「オペラ座の怪人」とは全く違うけど、良い映画だった。制作費なんて「オペラ座の怪人」何十分の一なんだろうな。でもとっても良い映画だった。コーラスの先生の優しさ、一生懸命さ。子供たちへの暖かさ。コーラスがだんだん変わっていくところがすばらしかったなあ。主役の少年の声・・・・なんてきれいに抜けた声なんだろうか。純粋な響きが上に上に昇っていくんだよな。あんな声を聴くとやばい。家に帰って出してみた自分の声のなんとひどいこと。よけいな力が入って、喉に張り付いて、地べたをはい回る。あーあ・・・・絶対こういうリバウンドがあると思ったんだよなあ。やっぱりあった。彼が「音楽の天使」ならさしづめ僕は「ひきがえる」だわ(まだ「オペラ座・・・」を引きずっている。)比べるなんてお馬鹿なことはやめなさい。気を取り直して、気分を変えて、どこで息を吸うかをきちんと決める練習。歌をしっかりつかんでいると意外なくらい息って続くんだよな。ということはいかに普段はいい加減かと言うこと。ああ、もう時間がいないのに・・・・最後まで、最後まであがいてやる。
2005.04.25
コメント(5)
イタリア、スペイン、ドイツ、ロシア等々いろんな国のいろんな歌のスタイルがありますよね。いろんな声があります。聴いて楽しむには色々ですが、自分はイギリスのコーラスや歌曲の声の出し方が好きです。力みがなくて、やりすぎなくて、ゆとりがあって、そんなイギリスの歌の味わいを聴かせてくれる歌曲の一つがダウランドの歌曲でしょう。リュートと通奏低音の簡素で典雅な伴奏にのって、テノールがソプラノがビブラートを抑えて、声を張り上げることなど決してない、だからといって禁欲的でもなく、のびのびとした歌を聴かせてくれます。どうやったらこんな声で歌えるのでしょうねえ。キングスシンガーズもこういう感じです。それから大好きなエンマ・カークビー。どうしても喉で声をならして汚い声しか出せない僕としては、歌を歌える時間も残り少ないこと尾をもいますと、こういう歌のスタイルを学媚態名後も思います。少しは歌い手としての「寿命」が伸びるかも知れません。具体的な方法はまだまだわかりませんが、せめて理想的なイメージを心に刻みたいですね。聴いていて心地よく、それだけでも喉の力みが少しくらいとれるような気がします。錯覚でしょうが、それはそれでよいものです。
2005.04.25
コメント(10)
先週からずっと仕事が続いていささか疲れ気味かな。でもお空を見ていると元気が出てきます。この空はすべての人を見守っていてくれているんですね。とうとう、めがねをかけることになりました。なんと老眼です。辞書を調べたり、時刻表を見たりするのがとてもつらくなりました。めがねをかけるとはっきり見えます。でも、それ以外の時にはめがねを外さないと全然見えません。チェロを弾く時は、めがねは全く役に立ちません。パソコンの時は微妙かな。めがねというのは何とも不自由なものですね。初めて知りました。初めて見る人はとてもおかしいみたいですが、なれて頂くほかありません。どうぞよろしく。
2005.04.25
コメント(2)
久しぶりになんのテーマもないただの日記です。だから「日記」なのかも。今日はとても良いお天気で、日中は結構熱かったですね。夕方近くまでびっしり仕事で疲れました。歌の練習もチェロの練習もしないければと思いますが、どうも今日は無理みたい。なんて言ってぐずぐずして結局練習するんですけどね。気を取り直してがんばろう。
2005.04.24
コメント(0)
この前、「オペラ座の怪人」劇団四季のCD(ロングランキャスト)を買ってきました。まあ、映画から日本語に移し替える際の言葉のぎこちなさは宿命でしょうね。気にならないといった嘘になりますが、ゆっくりと聴いてみると日本語の舞台上演もそう悪くないかなと思ったりします。 劇団四季の日本語は、映画の字幕よりはずっと良くできていると思いました。歌の調べに言葉を合わせながら、結構正確に、もしくは原作の「意図に忠実に」日本語にしていると思います。 歌い手もおおむね良い感じかなと思います。映画のピアンジは「ハンニバル」の場面で高いCの音に挑戦していませんが、劇団四季ではちょっと苦しいもののしっかりと歌っています。これはメキシコ盤が見事かな。 カルロッタは、さらによい声ですね。きれいな響きで、この人クリスチーヌでもいけるんじゃないのって感じでした。映画やオリジナルロンドンキャストのカルロッタと比べても遜色ありません。 支配人たちも良いですね。もっと歌ってほしくなるくらいの良い声です 問題はロングランキャストのクリスチーヌです。think of meの音程の悪い箇所が気になります。響きのくらいこと。風邪でもひいていたのでしょうか。でもそのほかの部分は結構ちゃんと歌っていますから、どうしたんでしょう。僕が聴いた劇団四季の舞台のクリスチーヌは、実演という非常に厳しい状況の中でも、もっとちゃんと歌っていました。あの厳しい競争の劇団四季ですから、ちゃんと歌えなかったらクリスチーヌの役をもらえないはずです。ということはこのクリスチーヌの方は本当はちゃんと歌えるのでしょう。だったらなぜ?これはライブ録音ではないはずです。たとえライブ録音でも複数回録音しておかしい箇所は修正するなんてことはやっています。実演なら僕も歌い手のコンディションについて色々なことがあるのは、わかるつもりですから、このくらいのキズがあってもそう文句を言うつもりはありません。でもこれはレコーディングなのです。良くなければ何回でも取り直して、編集して理想的な状態を作ることができるはずです。それなのにこんなにキズの多い録音をそのまま市販するとは、大変残念です。このクリスチーヌ役の方にとってもとても残念なことでしょう。クリスチーヌがThink of meをちゃんと歌っていなかったら、困ります。 メグ・ジリーも良いですね。クリスチーヌとのデュエットではもしかしてクリスチーヌよりもコンディションが良いかも知れません。 さて、ファントム。これはなかなかすばらしいですね。高音がちょっと苦しいかなと思ったりしますが、場面にあった多様な歌唱で、怪人の複雑さもよく表しています。特に第一幕のラストの声の息の長さは驚異的です。笑い声を入れるタイミングもこういう解釈もあるのかと思いました。 オーケストラはちゃんときちんと演奏していますが、ファントムの部屋でのパイプオルガンはまるで安っぽい電子オルガンに聞こえます。これは残念かな。 総合的には、クリスチーヌの歌をのぞくと、日本人による演奏もとてもよくできていると思いました。クリスチーヌにつきましては厳しいことを申し上げましたが、あれのクリスチーヌを応対になった方の本当の実力だとは思っておりません。もっと上手な方でしょう。劇団四季の舞台を見てとても感激しましたし、劇団四季が「オペラ座の怪人」を上演してくれたことの功績は計り知れず、感謝いっぱいです。でも劇団四季ならばもっとすばらしい録音ができるはずです。映画によってさらに普及したオペラ座の怪人ファンのためにさらに完璧な劇団四季本来の実力を余すことなく伝える決定盤を録音してほしいものです。
2005.04.24
コメント(7)
シューベルトの男声合唱曲は学生時代に歌ったことがあります。きれいな曲ばかりなのですが、歌ってみると結構歌いづらかった経験があります。何か勘違いをしているようでした。ロバート・ショウはアメリカ人ですけれど、ドイツ語のシューベルトをとてもきれいに聴かせてくれます。ドイツの合唱団の録音も聴きましたけれど、ロバート・ショウのコーラスの方がより洗練されています。ドイツらしい味わいという点ではどうなのかわかりませんが、きれいな模範的な合唱の美しさ、シューベルトの合唱曲の美しさを味わうことができます。柔らかい響きを基本において、そこから力強うフォルテも神秘的なピアニッシモも自由自在ですね。なかなかまねのできるものでありませんが、こんなコーラスができればすばらしいでしょう。赤軍合唱団、タリス・スコラーズ、ロバート・ショウ、世界にはステキな合唱団がいろいろありますね。もちろん日本にもありますけどね。テラークPHCT-1220
2005.04.24
コメント(2)
Jリーグ今日の一番のお楽しみは浦和レッズ対セレッソ大阪。どっちも好きなんですね。特に今日は大好きな闘莉王が復帰してくれましあた。足のサポーターが痛々しいけれど、闘志あふれるプレーで魅せてくれました。でも試合は西沢の2ゴールでセレッソの勝ち。西沢も好きな選手ですし、ゴールは良かったのですが、今頃何してんだよと言う気もします。本来ならリーガエスパニオーラで活躍できた選手なのに何をこんなところでぐずぐずしてるんでしょうね。柔らかくて高い技術で日本代表になってほしい選手です。闘莉王は何降りかまわぬ闘志と絶妙のポジショニングでアシストを記録してくれましたが、チームは負けてしまいました。残念です。ヴェルディのワシントン、すっげーって感じですね。懐が深くて、ポジショニングが良くて、足下のテクニックもあって、ヘディングも強い。性格もとってもまじめ。何でもありですな。でもこれだけの選手ですと「いつまでいてくれるんだろうか。」と心配になったりします。ヨーロッパのビッグ倶楽部に引き抜かれなければ良いのですが・・・・懇切のベストゴールは大黒の反転ワントラップシュートでしょう。北朝鮮戦の決勝ゴールもすばらしい反転力を見せてくれましたが、今回はワントラップからシュートまで、トラップで最適なポジションにボールをコントロールできる技術の高さとシュートに至るまでの動作の速さが見事でした。こういう大黒の活躍を代表でも見せてほしいものです。
2005.04.23
コメント(0)
さてさて、プロヴァンスの風景はいかがでしたかな。次は何をお話ししましょうか。「ドン・ファンの勝利」のことですか。ええ、もちろんそれもお話ししますけれど、その前にあの「仮面舞踏会」のことをお話ししましょう。 あの忌まわしい「イル・ムート」での事件後、犯人に関する手がかりは全くつかめませんでした。ただオペラ座は不思議なほど平穏な日々が続きました。それから例の「怪人」が現れたという話も聞きません。どこかに消えてしまったのでしょうか。それともあの事件は本当にただの事故だったのでしょうか。まあ、私は音楽家ですからわかるはずもありません。 私はいつものようにリハーサルを行い、週三回の上演を続けていました。カルロッタの口からひきがえるが飛び出すことはその後ありませんでしたし、クリスチーヌも元気に歌っていました。 あのような事件があって、客足が遠のくどころか、オペラ座は連日満員でした。もしかしてまた何か事件を期待しているのでしょうか。冗談じゃない。でもスキャンダラスな事件は、最高の広告宣伝になるんですな。皮肉なものです。満員続きでご祝儀をいただいた時には、私は使いをやってかわいそうなブーケの家族に少しばかり届けさせたものでした。私からということは秘密でしたけれどね。 そんな景気の良さもあってその年の仮面舞踏会はもうそれはそれは華やかなものでした。社交界の一大イベントだったといってもオーバーではないでしょう。 ところでそのような舞踏会でワルツやセレナーデを奏でるのは我々音楽家というか楽師の仕事なのですが、実はこの仕事はオペラの本番よりもずっと過酷な仕事なのです。演奏する曲目はオペラよりも技術的には易しいのですが、なんといってもほとんど一晩中弾きっぱなしなのです。特に弦楽器は休む間もありません。だからボウイングもできるだけ省エネで弓を楽に楽に使うようにするのです。まともに弓を動かしていたらとても続きませんよ。 私の指揮もそうです。まあ要所を押さえながらあとは流れにまかせるのですね。でもとっても楽しい仕事でした。私たち楽師の場所からはみんなの様子が一目で見渡せます。中にはすばらしいダンサーもいましたよ。白と黒の仮面を着けた若者で、彼が中央階段でソロダンスを踊った時には、私は指揮するのを忘れてしまうほどでした。誰かはわかりませんが、きっとどこかの国の名のあるバレエダンサーに違いありません。 私たちの音楽に合わせて場が盛り上がって盛り上がって最高潮に達した時に「彼」が現れたのでした。いやあ、驚きました。真っ赤な衣装にドクロの仮面といういでたちは仮面舞踏会とはいえ、あまりにも強烈でした。みんな驚いてしまって、歌も踊りもとぎれてしまったのです。 彼はどこから現れたのか、誰もわかりませんでした。でも彼があの「怪人」であることは、その場にいる全員がすぐにわかりました。そしてやおら不気味な声で語り始めたのです。剣を抜いて周りを威圧し、新しいオペラ「ドン・ファンの勝利」を作曲したとのこと、それを支配人の方に投げてよこしていました。失礼な。楽譜なら私のところに持って来るのがスジでしょう。まるでこのオペラ座の主は自分だと言わんばかりの態度です。でも誰も文句を言えるものはありませんでした。彼はカルロッタの演技に注文をつけていましたな。うん、それはわたしも賛成です。彼女は声に頼りすぎて、演技を軽く見る傾向がありました。ピアンジの減量もその通りです。最近、声がバリトンのようになってしまって、もう少し体調を整えないとあのテノールの輝かしい声は戻ってこないと心配していたところです。死は印たちへの指示もその通り、彼らは芸術のことは我々音楽家にまかせていればよいのです。わからない人間に口出しされるのは不愉快なことです。とまあ、彼の言うことはその尊大な態度とは裏腹にいちいちもっともなことでした。でも、あんなすごい現れ方をしたのではねえ。音楽家というよりも大魔術師みたいでしたよ。 そして最後にクリスチーヌのことも言っていました。彼はずいぶんと彼女に期待していたみたいですね。まあ、それだけの素質を持った子ではあります。シャヌイ子爵様と恋仲なようですが、私としても彼女はまだまだ音楽に打ち込んでほしいと思っていたところです。カルロッタの後このオペラ座をしょって立つプリマドンナはクリスチーヌしかいないと思っておりましたから。でもこの怪人が彼女の先生だったわけですな。なるほど、合点がいきました。 クリスチーヌの方に近づいていった方思うといきなり怒鳴りつけて、消えていきました。本当にあの男は魔術師だったのでしょうかね。シャヌイ子爵様が勇敢にもあの男を追いかけて一緒に消えてしまわれました。後には例の「ドンファンの勝利」の楽譜だけが残りました。ムッシュアンドレがそれを拾い上げ、少し見て、首をかしげながら私のところに持ってきました。 私としては興味がありましたけれど、まずはこのしらけきった舞踏会を立て直す音楽を提供するのが仕事ですから、楽師たちを促してすぐに演奏を始めました。でもまあ、舞踏会の勢いは消えてしまいましたけれどね。 「ドンファンの勝利」のことですか。まあ、いいじゃないですか。今日はこのくらいにしましょう。もし良かったら、お泊まりなさいな。 続く(かな)
2005.04.23
コメント(4)
タリス・スコラーズは実演を聴いたことがあります。最初はホールの音響にフィットしないでいささかぎこちなかったのですが、だんだん慣れてきました。こういうのって実演でしか味わえないおもしろさですね。途中からは得意のデリケートでのびのびとした旋律を和声の妙を聴かせてくれました。ソプラノとテノールがデュエットで流れるところでもお互いが正確なリズムと音程で音楽がよどみなく進んでいきます。よくもあんなデリケートなコーラスをさりげなくできるものです。ホールに自分の声とハーモニーを響かせることを体から知っているって感じでした。ラッススの「エレミアの哀歌」は特に感動しました。そんなタリス・スコラーズの魅力がこの「パンジェ・リンガ」では十分に味わうことができます。繊細なハーモニー、フレージング、生き生きとしたリズム。これだけ精密なコーラスをしながら聴いていて全然息苦しくないんですね。キリストの聖なる食事をいただく喜び、心の躍動がびしばし来ます。ダイナミックですらあります。実演の時もどのパートも決して突っ張った歌い方をしない、きつい声は決して出さず、柔らかく、のびのびと歌っていました。当たり前のように見えましたし、聞こえましたけれど、とんでもなく難しいことです。この人たち、DNAレベルから音程、リズム、ハーモニーが備わってるんじゃないでしょうか。昨日のアレクサンドロフ赤軍合唱団とは全然違うコーラスの方向ですが、僕自身はこういう方向を目指したいかな。喉の調子も良いようですし、さあ、今日は歌もがんばりまーす。チェロはしばらくはごめんなさいです。
2005.04.23
コメント(1)
うーんと、そうそう、あの事件のことについてお話しするんでしたな。 あの頃はいきなり舞台セットが落ちて来たり、オペラ座で幽霊を見たなどと言う噂が多かったのですが、初めのうちはそんなにたいしたことではなかったのです。まあ、かしましいコーラスガールたちのうわさ話程度だったと思います。女の子たちは今も昔もああいう怖いお話が大好きでしたしね。私あまり気にしていませんでした。ただ、「ハンニバル」のリハーサル中にセットがカルロッタの上に落ちてきたあたりから様子が変わってきたのです。 初日、デビューで喝采を浴びたクリスチーヌが突然楽屋から消えたんです。部屋の鍵がかかったままいなくなっていて、大鏡の裏に秘密の通路が見つかってびっくりしました。元々このオペラ座は迷路みたいななぞめいた建物ではあるのですがねえ。 それから怪しい手紙にカルロッタが激怒して、出て行こうとするのを支配人たちが必死でなだめすかして、ようやくあの「イル・ムート」の上演にこぎ着けたのでした。まあ、カルロッタを巡るあの手の騒ぎは、一度や二度のことではありませんけれどね。 「イル・ムート」、なかなか良い作品でしたよ。あの不幸な神童モーツァルトの作品のいわばパロディーですな。かつてパリはずいぶんとモーツァルトに冷たい仕打ちをしたものでしたが、亡くなってからから彼の偉大さがわかったのでしょう。ああいうモーツァルトのパロディー的な作品もよく現れては消えていきました。そういうパロディー的な作品の中ではあの「イル・ムート」は比較的良い方で、あの忌まわしい事件さえなければ、後世に残ったかも知れません。 さて、あの日のカルロッタは久しぶりに絶好調で、あのお人好しの相棒ピアンジとコミカルで軽妙なやりとりはとてもいい感じでした。ただねえ、ああいう調子が良い時のカルロッタは悪のりするのです。夫が出かけることを「やっかい払い」などと言う言い方の下品なこと・・・どうしてあんなにも澄み切った美しい声が出てくる口と同じ口からあんな下品な声が出てくるのでしょうね。劇場たたき上げの私もさすがにあのカルロッタの悪のりには、いささかひいてしまいました。 そんな時、突然、シャンデリアのあたりから不気味な声が響いたのです。「ボックス席は空けておけといっただろう。・・・・」。いやあ、びっくりしました。劇場騒然です。でもカルロッタはあれで結構気丈なところがあり、「ファントムだわ」とうろたえるメグやクリスチーヌをたしなめて、渇いた喉にひと湿り与えると、「マエストロ、繰り返しのところからまた歌いましょう。」と言ってくれたのでした。あの辺はさすがに「プリマドンナ」です。 「そうこなくっちゃ」とばかりににアリアの初めから演奏していましたら、突然カルロッタがまるでひきがえるのような声を出してしまったのです。ギョッとしました。あの類い希な美しい声からは想像できません。まるでカルロッタの口からひきがえるが跳びだしたかのようです。カルロッタがなおも歌い続けようとしたらまた「ゲコッ、ゲコッ」もう止まりません。顎と声帯の筋力が無力化したのでしょうか。お客さんは大笑い、さすがの気丈なカルロッタももう歌えません。私も演奏をやめました。 すると支配人たちが舞台にすっ飛んで来て、ムッシュフィルマンが舞台の一時中断と代役のクリスチーヌを発表しました。さすがにくず鉄業界、いや違ったスクラップメタルでしたか、で一山当てて、オペラ座の支配人の座を得ただけあって、なかなかの苦労人です。支配人には絶対不可欠の「その場逃れのはったり」は見事なものです。じゃあ、こちらも一息つこうかと思ったらムッシュアンドレが「マエストロ、バ、バ、バ、バ・・・」と言うのです。「なにっ?」と私が問い返しますと、「バレエをやってください。バレエです。」というのです。アンドレなりの気配りですな。あわててページを楽団員に指示して、バレエを始めました。そこは私も根っからの音楽家ということでしょうか。音楽し始めると先ほどのハプニングも忘れてバレエ音楽に没頭しておりました。前奏の間にばたばたと踊り子たちも集まってきて、何とか場が立ち直り始めました。まあ、オペラの上演にハプニングは時々起こるものでして、それはそれ、気分を切り替えることも大切なのです。さあて、バレエも盛り上がってきたと思った時、あの忌まわしい事件が起こったのです。 なんと舞台大道具係のブーケが首つり死体が舞台の上から落ちてきたのです。私はオーケストラの方を見ていまして、その瞬間は見ていませんでしたけれど、聴衆の悲鳴で気づきました。いやあ、驚いたのなんのって・・・・・先ほどのカルロッタのように舞台で突然声がおかしくなる程度のハプニングなら私も経験がないわけではありません。でもまさか首つり死体が落ちてくるとは、もうそれは想像を超える災難が起こってしまいました。 「皆さん、これは単なる事故なのです。」気丈なフィルマンの声が聞こえます。でももう演奏どころではありませんでした。 それっきり「イル・ムート」は上演を中止してしまいました。曲の途中で死体が降ってきたオペラなんて誰も思い出したくないでしょ。それにオペラ座には沢山の演目がありますからね。支配人たちの判断は正しかったと思います。今でも思い出すと胸が締め付けられそうです。 ふーっ、ちょっと疲れましたな、ここらあたりでちょっと外の空気でも吸って気分転換しませんか。 続く(かな?)
2005.04.22
コメント(4)
近くの映画館で上映が始まったので、ずいぶんと映画が見やすくなりました。何度見てもいいものです。どのシーンも良いのですが、仮面舞踏会は、そのキャラクターの多様さ、衣装、動き、いろんな意味で何度見ても飽きません。あの場面では真っ赤な衣装で登場するファントム、かっこいいですね。どこか悲しげですね。それから貴公子然としたラウルもステキです。でも何度も見ていると俄然「第三の男」の存在が際だってきました。それは仮面舞踏会のクライマックスでソロダンスを踊る白と黒の仮面の男ホセ・ティラードです。彼が会談登っていくところからその格調の高さ、エネルギー、エレガント、軽妙さ、実に見事です。仮面舞踏会は真っ赤な衣装で登場するファントムが圧倒的だと思っていましたが、今ではホセ・ティラードが一番かっこよく見えます。ホセ・ティラードはあの悲しくも美しい「白鳥の湖」(マシュー・ボーン演出)で、ジェイソン・パイパーとダブルキャストで白鳥を踊っています。東京のオーチャードホールで4月27日までです。僕は見逃しました。DVDで観たのですが、DVDで白鳥を踊っているのはホセ・ティラードではありません。アダム・くーバーです。この人も十分かっこいいです。
2005.04.22
コメント(6)
中学生の頃、音楽の授業で「カリンカ」、「ポーリュシカポーレ」を聴いて、感激しました。特に「カリンカ」のテノールソロ。当時の僕にはその声の種類がテノールだと言うこともわからなかったなあ。息が長いのに驚いたのを覚えています。独特の哀愁、旋律の美しさ、男声コーラスの深さ、優しさ、陽気さ、ベースもすごいけど、テノールもすごいですね。初めて聴いてから30年以上経って(年がわかる)、今聴いてもすばらしいですね。「ステンカラージン」なんて、あまりに悲しい物語が淡々と歌われていて、その淡々とした中に込められた優しさと共感も胸に響きます。いつだったか、「カリンカ」の映像がNHK教育テレビで流れていました。ロシア語講座でしょうか。ソリストはなんと軽々と歌っていたことか、それであんな声が出るんですね。軽く歌えるからあんな声ですし、あれだけ長く息が保つのでしょう。僕なんて、120パーセントで歌ってもあんな声の足元にも及びません。それを彼らは余裕綽々なんですね。アレクサンドロフ赤軍合唱団については、これもNHKで沈没した潜水艦クルスクを追悼する歌を巡るドキュメントがありました。ここに練習風景が出てきます。「チェーンブレス」といって、各自がバラバラに適当にブレスをとって全体としてハーモニーが続くのです。それがもうまるでワーグナーの「ラインの黄金」の始まりのように重厚なハーモニーが延々と当たり前のように続くんです。これからも余裕綽々、僕も下手な歌を歌っていますが、この時は歌をやめようかと思いました。どの曲も好きです。最近特にお気に入りは「ロシアの歌」です。あまりに美しく、偉大でありながら苦悩し続けるロシアの運命を歌っているようで胸に迫ります。それからテノールの声のすばらしいこと、あんな声にもあこがれます。未熟ながらも男声合唱を歌うものとして、アレクサンドロフ赤軍合唱団は、ある意味での最高の姿の一つでしょう。ただ、自分が目指すスタイルかというと、全く不可能ですね。楽しんで聴くには最高です。でも、一度でいいからこのコーラスに入れてもらって歌いたいという大それた夢を見る時もあります。自分の声なんて全くこれっぽっちも聞こえないでしょうね。
2005.04.22
コメント(0)
大阪の某有名楽譜店にて「あのー、ラフマニノフの晩祷の楽譜ありませんか。」と尋ねたところ、「ありますけど、英語の歌詞ですよ。」とのこと。「エー、英語じゃあねえ。」と心の中でつぶやく。でもよく考えてみたら、ロシア語は全然できないからロシア語の楽譜を買っても読めないと言うことに気がつきました。なんとまあ、お馬鹿さんだこと。そんなわけで素直に英語歌詞のラフマニノフの晩祷の楽譜をゲットしたのでした。自分が絶対できるはずがない合唱。それがこのアレクサンドル・スヴェシニコフ指揮、ソヴィエト国立アカデミー合唱団のコーラスでしょうか。独特の深くて、味わい深いハーモニー大河の流れのようにたっぷりしたフレージング、この人たち肺が四つぐらいあるんじゃないかなと思うほど。こんな深くてきれいでどこかほの暗い声の人間がよくもいるものです。全然異質の世界なのに、とても優しく迎え入れてくれるような感じ。ロシアの深い信仰心、ロマンを感じます。いろんな録音があるようですが、このコンビの演奏があればほかをほしいとは思いません。
2005.04.21
コメント(0)
春の昼下がり、うとうとしていて、ふと気がつくとそこはプロヴァンス地方のすてきな別荘でした。なんだか呼ばれているみたいなので、入ってみるとそこにはあのオペラ座指揮者マエストロ・ムッシュ・レイエがニコニコと出迎えてくれました。僕があの作品で一番好きな人です。穏やかに当時のことをお話ししてくれました。マエストロどうぞよろしく。 ええ、あの当時のことですか。よーく覚えていますよ。忘れようたって忘れられません。つい昨日のこと、いや今日のことのように鮮明に覚えています。 私は、バリ音楽院を出まして、オペラ座では下稽古のピアノ弾きから始めました。リハーサルのピアノ伴奏は、とにかくいきなり言われても何でも弾けなければならないのですし、歌い手たちの好き勝手なテンポの変化にも当たり前のようについて行かなければなりません。苦しかったですけれど、とても勉強になりました。 ルフェーブル支配人は私のことを「暴君」などといっていましたが、とんでもありません。多少厳しい時もありましたけれど、若手のトスカニーニ君みたいなことは一度もありませんでしたよ。 指揮者になってからも、歌い手たちの歌いやすいように指揮をするのが私の楽しみでした。一目見たら、たとて声を出さなくても、歌い手のその日の調子がわかります。それを見ながらどう歌いたいのか、決め所ではどれくらい声を伸ばすか、どこで伴奏を入れるか、アリアの後、拍手の時間をどれだけとってあげるか、なんてことに気を使いながらオーケストラを操るのが私の生き甲斐でした。私の指揮はとっても歌いやすいなんて歌い手たちに言ってもらえるとうれしかったですね。そんこんなでオペラ座一筋に歩んできました。いわば「たたき上げ」ですな。 あっ、当時のオペラ座で起こったあの事件についてお聞きになりたかったのでしたね。いや、失礼、年をとると前置きが長くなっていけません。 当時のオペラ座、そりゃあもう華やかなものでした。まさしく芸術の殿堂、社交界の中心ですな。ガルニエもすばらしい設計をしたものです。沢山のディーヴァ(歌姫)たちを見てきましたよ。カルロッタですか。カルロッタは完璧な声と技術を持っていました。当時の歌姫たち、パッティ、ファーラー、リリー・レーマンと比べてもいささかも遜色なかったと思います。ただ、美声と技術に頼りすぎて、どの曲を歌っても同じに聞こえると言う傾向がありました。もっともカルロッタの美声と技術があれば、ただ音符を声にするだけで十分だったともいえます。聴衆はそれだけで彼女の前にひれ伏すのです。それくらいのすばらしい歌でした。気まぐれ、わがまま、かんしゃく持ちなところですか。確かにありましたよ。でもプリマドンナですから、あんなものでしょう。かんしゃくを起こすのも早いのですが、ちょっとご機嫌をとってあげたら機嫌を直すのも早いものです。結構かわいらしい女性でしたよ。 クリスチーヌですか。ああ、あの子なら私もレッスンしてあげたことがあります。とってもきれいな声で、ソプラノなのに低音から高音まで声のバランスがとれていて、アルトが歌うような低音からコロラトゥーラソプラノの超高音まで歌えるのです。コーラスを歌っている時から密かに期待してはいたのですが、まさかカルロッタの代役が歌えてしまうとは・・・・・驚きました。あんなに突然変わるとは、若さですかな、それと「彼」は本当にすごい教師だったと思います。技術ではなく、霊感を与えたのでしょう。 彼女のデビューの時のことですか、よく覚えていますよ。すばらしかった。ボックス席にいらしていたシャニュイ子爵様が曲の途中でいきなり「ブラボー」なんて叫ばれまして、何でもクリスチーヌは幼なじみだったそうで、世の中狭いものです。子爵のお気持ちはよくわかりました。ただごプリマドンナには「ブラバー」でお願いしたものですな。 カルロッタとの比較ですか。そういうのはどうもねえ、二人とも私にとっては大切な歌い手でしたから。強いて言うならが、あの頃でもまだカルロッタに一日の長があったでしょう。クリスチーヌはなんと言ってもまだ16才、これからの可能性を秘めていました。ただクリスチーヌにはカルロッタにはない。音楽への深い共感、音楽の性格に自分の歌を合わせていける柔軟性、繊細さがあったように思います。 上り調子のクリスチーヌと多少盛りを過ぎたとはいえまだまだ歌えるカルロッタ、二人の歌姫をそろえてパリオペラ座の全盛時代はまだまだ続くと思っていた矢先にあの事件が起きたのでした。 続く・・・・(かな?)
2005.04.21
コメント(4)
劇中劇「イル・ムート」。良くできていますね。三つ出てくる劇中劇の中では一番魅力的だと思います。続きが見たい気もします。あれは「フィガロの結婚」のパロディーですね。カルロッタは伯爵夫人、ピアンジは伯爵、それからメグはたぶんスザンナ。そうするとクリスチーヌ演じる台詞のない小姓は、ケルビーノでしょう。フィガロは・・・まあ、そこまではいいじゃないですか。 あの場面、ファントムが喉スプレーを入れ替えて、カルロッタの声を崩してしまいます。違う小説では喉スプレーを入れ替えて歌い手の声を完全に破壊したお話もありました。その歌い手は絶望して自殺しました。カルロッタはその後回復したようで良かったですね。 さて、あの場面では、カルロッタがクリスチーヌを「ひきがえる」と呼び、ファントムは「ひきがえるはあなたさ。」と言います。そしてその言葉の通りになります。喉スプレーをかけた後の発声の声からしてまるでひきがえるみたいでしたよね。あの場面は原作にも出てきます。原作の描写は強烈です。「カルロッタの口からひきがえるが跳びだした。」という表現です。どうやったらそんな恐ろしい薬が作れるのでしょうか。どうもファントムは、シンチ・ロマの人々やペルシャの経験から薬の調合も天才的だったようで、そんな薬があるのでしょう。一種の筋弛緩剤みたいなものでしょうか。でもそしたら呼吸困難で死んでしまいますよね。不思議です。 僕も個人的には喉の痛みも消え、だんだん調子が上がってきました。このシリーズも新しいネタも考案中です。まあ、お暇な方はお笑い下さい。 ちなみに「オペラ座の怪人」。自転車で三分の映画館で先週から始まりました。まだまだ楽しめそうです。
2005.04.21
コメント(4)
ひたすら発声。少しでも高い響き、柔らかい響き。それから母音のバランスを整えたい。全然そろっていない。特に「え」の母音の汚いこと、汚いこと。中音域で四度音程の練習を繰り返す。同じ音で母音だけを変える。上昇音程ではディミニュエンド。中音だから喉で押しても歌える。でもそれをしないように注意して歌う。ディミニュエンドの中で正確な音程を保てるように、声の響きが変わるとそれだけでも音程は保つことができない。曲はあえて歌わない。暗譜を含めてイメージトレーニングを大切にする。こんな声の状態で歌っても悪い癖が増えるだけなことは分かりきっている。少しの変化を大切にしたい。いきなり変わるなんてことあり得ない。「少しまし」をどれだけ積み上げられるか。それが勝負かな。
2005.04.20
コメント(0)
中村俊輔、体調が悪いようですね。早く良くなりますように。さて、僕はプレミアリーグが一番好きです。リーガエスパニオーラが次かな。セリエAも好きなのですが、やっぱり守備的ですよね。アルゼンチンリーグもプレッシャーがきつすぎて・・・そういえばこの前見た、アヤックス対フェイエノールト戦の審判、でかかった。巨漢揃いのオランダの選手たちより頭一つでかい。話は戻ってプレミアリーグ。さすがにサッカーの母国ですよね。ダイナミックでスピードがあって、技術も高いし、フェアーな感じも好き。それからあんまりマリーシア(ずるがしこさ)を出さないで、正面から力と技術で勝負するところも好き。最近ではちょっと時代遅れかも知れませんが、やっぱりイングランドといえば、ドッカーンとライナーでハイクロスが飛んできて、それに巨漢たちが駆け引きなしでつっこんでいく。あれ見ていて気持ちいいですよね。それにきれいです。あとグランだーのパスが30メートルくらいの距離をすごい精度で届くんですよね。そんなすごいリーグでもひどいシュートミスをしたりもします。そうするとすぐ心の中に浮かぶのは、「まるでJリーグみたい」という言葉。中盤のパス回しでまれに不正確なパスが出て、競り合ったりしているとやっぱり「なんだJリーグみたいじゃないか。」なんて言葉が心に浮かびます。Jリーグのレベルもか成り上がってはいるのでしょうが、世界の一流リーグと比べたらまだまだなんですねえ。プレッシャーを受けて中での正確なプレー、パスの精度、ゲームの読み。まだまだなんだなあと思い知らされます。でもなんてったって、日本のサッカーはJリーグなんですから、応援しないとね。ちょっとずれますけど、もっとシュートを打ってほしいです。はずれてもいいから、打ってほしい。打つべき時に打たないことが多すぎます。プレミアリーグの選手だって、みっともないシュートミスをします。でも打つべき時に打たないってことはあまりありません。そのあたりから初めてほしいです。
2005.04.20
コメント(0)
クリスチーヌに嫉妬するカルロッタ。ミニー・ドライバーが好演しています。原作ではスペイン人なのですが、映画や舞台ではイタリア人になっているようですね。まっ、いいでしょう。映画の中では感情的になるとイタリア語が来たり、英語の言葉が出てこなくて、いらだってヒステリーを起こしたりなんてすごく上手ですね。とにかく自分が中心、自分がスター、抜群の美声、わがまま、高いプライド、でもどこか可愛らしくて憎めないところがあります。オペラのプリマドンナなんてそれくらいプライドと根性がないとつとまらないのかもね。 ミニー・ドライバーもすてきな歌を歌いますが、オペラ歌手ではありませんので、歌はマーガレット・プリースという人が吹き替えています。この人は劇中劇「イル・ムート」で歌っています。初めこの場面を見た時、ソプラノは二人いるのに声が一種類だったのは両方ともこのマーガレット・プリースが歌っているからですね。ミニー・ドライバーの口の動きもリアルで、アフレコもかなり良くできていると思います。 さて、映画の中でカルロッタは3回「爆発」します。一回目はハンニバルのリハーサル中です。オペラの決め所で、バレリーナが、新しく来た支配人フィルマントアンドレの気を惹きます。支配人たちはそれに見とれてしまいます。ほんの一瞬なのですが、カルロッタはそれを敏感に察してしまうのです。女性の直感は怖い・・・・自分が主役、世界の中心でなければ気が済まないカルロッタに我慢できるはずがありません。自分が主役なのに、自分を見ないで、バレリーナ(コーラスガール?)に見とれるなんてゆるせない。だから「もう歌わない」といって出て行ってしまうんですね。アンドレとフィルマンがあわててお世辞を言ったら、すぐに機嫌を直す。このあたり、カルロッタという人を実にうまく表現しています。愉快ですね。オペラ座では本当にありそうな話にも思えます。
2005.04.20
コメント(2)
今日は合奏の練習。あろうことか、暗譜に挑戦。コーラスで今一生懸命暗譜してるのでついでだからチェロでもやってみちゃえ。というような軽いのり。モーツァルトの交響曲29番。まだまだかな。でもやってできないことはないかな。暗譜して楽譜を観ないで指揮を観て、ほかのパートを聴いて弾くと、不思議なことに自分の音もよく聞こえてくる。これいいかも知れない。本気で考えてみよう。楽譜は保険。それにチェロの楽譜はかなり遠くて目も疲れるし、覚えてしまった方が楽かも知れない。老化防止にもいいかも。よし決めたチェロの譜面も暗譜するぞ!
2005.04.19
コメント(0)
僕はビブラート少なめが好きで、自分で歌う時もできるだけビブラートをとるように心がけています。さて、バッハの声楽曲は一頃、一生懸命に取り組むチャンスがありました。とても恵まれたことでした。カンタータもミサ曲もすばらしいですが、僕の貧しい経験から言いますとモテットが一番「歌い応え」があったように思います。色々な演奏形態がありますが、基本的にはほとんど無伴奏ですし、本当に「声で勝負」、「歌で勝負」って感じでした。でも力責めは禁物で、何度も何度もそれでバッハには苦しめられました。今度こそかたきうちをと思って挑戦しても「返り討ち」の連続。でも跳ね返されても跳ね返されても向かっていきたい。それぐらいバッハは魅力的でした。そんな中でもモテットは、対位法、和声、旋律の美しさ、言葉と音の絡み合いの見事さ、そういったものが、ほとんど純粋に声によって表現されます。難しさも人一倍ですが、「一応」歌えば、音楽の方が演奏者をすくい上げてくれるような音楽そのものすばらしさも人一倍でした。そんなバッハのモテットの声楽的な美しさを、ハリー・クリストファーズ指揮のザ・シックスティーンは、いかにもイギリスらしい力の抜けたほどの良いコーラスで表現してくれています。バッハでもこんなに力の抜けた感じで歌えたら気持ちよいことでしょう。テノールの端くれとしては、BWV230のラストがアレルヤのテーマを「とり」で高らかに歌ってほかのパートを従えるようにして締めくくることができるところが好きです。モテットでは、ミシェル・コルボの躍動感も好きですね。古いところではギュンター・ラミンのすがすがしさ、クルト・トーマスの素朴さも好きです。もっともっと力の抜けた歌が歌えるようになったら、また歌ってみたいものです。
2005.04.19
コメント(2)
この作品にはまってきて、映画も沢山観て、ずいぶんと楽しませていただいています。まだまだ興味は尽きません。さて、映画を観ていてどうしてもわからないことがあります。それはあのポイント・オブ・ノーリターンの最後で仮面をはがされたファントムが最初にシャンデリアを続いて殺害したピアンジの遺体を落下させます。このピアンジの遺体はレモン色の服を着た女性と一緒に落とされているように見えます。これは何なのでしょうか。どなたかご存じの方がいらしたら教えてください。こちらは晴天続きで、いささか乾燥気味、喉が痛かったので加湿器をいれて寝ましたら喉の調子は良くなりそうです。皆様のどうぞお体お大事に。
2005.04.19
コメント(4)
声の力に頼らない響きを大切にしたコーラス。高校生の頃に聴いたキングスシンガーズを真っ先に思い浮かべました。自然で美しい英語、確かな実力に裏付けられ、見事にリラックスした音楽。まるでオルガンに言葉がついたような自然で優しい響き、暖かさ、ユーモアを忘れない程の良さ。最近、自分がコーラスで求めているものに近いイメージはイギリスのコーラスかなと思ったりします。今回は特に技術的にはブレスに注目(耳)しました。素早くて自然なブレスですね。息が全部声になっている、響きになっていると息を吸うのも自然できるんですね。これくらい少人数だとカンニングブレスは使えないはずです。僕の半分の時間で倍の息を吸っているみたいな気がします。声がよく響いているから、フレーズの終わりの音を少し短くして息を吸っても全然気にならないんですね。こんな風に歌えたらいいなと思います。ところで、キングスシンガーズって、今はどうしてるんでしょうね。
2005.04.18
コメント(2)
暗譜は嫌いじゃない。不得意な方でもないと思う。学生時代、指揮者の先生の指揮があまりにすばらしくて、それを見て歌いたくていつの間にか暗譜するようになった。でも暗譜って一体なんだろうかと考える。楽譜を持たないこと、それもあるだろう。楽譜が自分の頭の中に入っていること。うん、どこまでかなあ。歌だったら、歌詞と音程、これは最低限。それから強弱記号、曲想、速度記号、指揮者の指示。それまで覚えるのは易しいことではけれど、できないことではない。でもなんだか釈然としない。楽譜にかじりつくことの弊害は何か。指揮を見ることができないこと、うん。仲間の声を聞くことができないこと、うん。楽譜ばっかり見ていると顔が下がってお客様に歌いかけることができない。当然声も心も届かない。うん。あと何かなあ・・・・・時々、楽譜を持って、楽譜に目が向いているけれど、だからといって楽譜をしっかり見ているわけでもなく、もちろん指揮者も見ていない。仲間も声も聴いていない時がある。一体何をしているんだろう。なんだか暗譜していると言っても、楽譜を自分の頭の中にコピーして、その目に見えない楽譜にかじりついているんだったら、暗譜の意味がないような気もする。暗譜、楽譜を覚えて、楽譜にとらわれないこと。何のためだろうか。答えは暗譜する努力の中にあるんだろうなあ。だから暗譜しよう。本物の暗譜ができるといいなあ。
2005.04.18
コメント(6)
ファントムが、ラウルとクリスチーヌの愛を目撃し、心を引き裂かれて第一幕は終わります。そして第2幕はあの豪華絢爛、摩訶不思議な仮面舞踏会から始まりますが、その間には約三ヶ月の時が流れているようですね。その間、ファントムはオペラ座を脅かすことなく沈黙を守っていたようです。一体何をしていたのでしょうか。いろいろな推測が可能です。 まず第一にはオペラ「ドンファンの勝利」の作曲。あのオペラは、彼の美へのあこがれの実現という面もあるのでしょうが、それに加えて、彼を閉め出した世の中への激しい告発という内容を含んでいるように思います。 でも、僕自身はファントムの天才を考えますと、オペラの完成だけに三ヶ月もかかるかというとどうでしょうか。あのオペラについては、どうもずっと前から構想を練っていたように思えてなりません。ほかにも何かありそうです。 次に考えられることは、仮面舞踏会での大手品の準備。ファントムは天才的な手品師でもありました。あのオペラ座の中央階段で鮮やかに消える場面は、まるで引田天功ばりですよね。あれほどの手品であればアイデアと共にかなりの工事が必要です。しかもファントムはラウルが追いかけてくることを予測して、そこにさらに鏡の仕掛けを用意していたのです。あの鏡の間は原作にも「ファントム」にもそれからちょっと形を変えて「マンハッタンの怪人」にも登場します。本当は六角形の間のはずなのですが、ま、いっか。この準備をするのもすごく大変で時間がかかったことでしょう。ファントムは何をするにも最高かつ完璧な仕事しか頭にない人ですから。あのシャルル・ガルニエも脱帽したという建築家というの才能、しかもファントムの場合は自分で作る技術も持っていましたので、時間さえあれば可能だったことでしょう。 それからシャンデリアを落下させる設定。ファントムはオペラ座の建設工事にも参加して、オペラ座のことは隅から隅まで知っていたでしょうけれど、これもかなり時間のかかる仕事だったことでしょう。 それから地下のファントムの部屋にラウルがきた時のための準備。ありとあらゆる可能性を考えて完璧な計画を立てていたことでしょう。絶対に負けない。「どっちをとってもおまえは勝てぬ」という言葉の通りです。 ほかにもいろいろあるでしょうね。これだけのアイデアをねって、しかもかなり大変な工事を実行する。しかも完璧に。 そう考えますと、三ヶ月でそのすべての準備を完了したというのは、ファントムの天才あってこそです。三ヶ月というのは、これだけの仕事をするには、驚異的に短い期間だと言うことできるでしょう。 「ファントム」の中で、ペルシャ人が、そのファントム才能を惜しんでいます。彼が悲劇に巻き込まれなければ、彼は世界最高の地位について、世界最高の仕事ができた人間だったと。 まだまだいろいろ書きたいことあります。没になったこともあります。ファントムのことを調べるうちに英語の辞書を引くようになったら、時が見えなくて、とうとうめがねを買ってしまいました。 まだ当分書けそうかな。うまくいけば100くらいまで行くかも知れません。別にノルマでも何でもありませんし、書けるだけ書いて、書くことがなくなったらやめます。お気楽で楽しいことです。
2005.04.18
コメント(4)
うーん、ここのところの冷え込みで朝起きると喉が少し痛いのが気になります。自分の息子とそう年の変わらない若者たちと一緒に歌って「年寄りの冷や水」やってますから、無理しないようにしないと。さて、「オペラ座の怪人」のオープニングはオペラ座のオークションで始まります。これもいろいろおもしろいですね。オリジナルロンドンキャストの演出は音でしか知りませんが、軽快なオークションの雰囲気です。オークショナーの声もさわやかで軽快です。あの「レッドヴァオイリン」のオークションの雰囲気と似ています。。これに対して、劇団四季は不気味です。重苦しい声で、あんなオークションってあり得るんでしょうか。オリジナルロンドンキャストを聴き込んで、初めて劇団四季の録音を聴いた時は驚きました。劇団四季の舞台の実演も見ましたけれど、やっぱり不自然な印象をぬぐえませんでした。あの冒頭のオークションの不気味な演出はどうも納得できません。映画は荒れ果てたオペラ座が映し出されます。怪人がシャンデリアを落下させたことによる大火事のためでしょうか。多分そうではないでしょう。客席はただほこりをかぶり蜘蛛の巣がかかっているだけのようです。むしろ第一次世界大戦でオペラ座も一時閉鎖され、荒れ果てたという感じなのではないでしょうか。そこでのオークションの風景、かなり寂しそうですね。どこからから鳥が入ってきたりして、でも第一次世界大戦後ということを考えますとしっくりと来るように思います。気になるのは、ロンドンイーストエンドやブロードウェーでは冒頭のオークションの場面はどんな演出なんでしょうね。舞台設定もそうですが、劇団四季のようなあんな不気味な声で始まるのでしょうか。ご存じの方がおられたら教えていただきたいものです。僕的には、多少寂しげではあるものの、オークションは軽快に進める方が合っていると思います。そこから過去へさかのぼって、美しくも悲しい愛の物語が始まる。そんな感じだと思うのですが・・・・
2005.04.17
コメント(6)
いやあ、ようやく勝ちました。何してたんだよ。でも良かった。良かった。長谷部の正確なセンタリングにエメルソンが見事に合わせていました。そうそう、彼のいるべき場所はここです。エースがきっちり決めたことで、レッズがこれから波に乗って行くのではないでしょうか。エメルソンを軸として、永井、田中のスピードトリオに長谷部が華麗なパスを回して、伝統のスピード攻撃を見せてほしいものです。
2005.04.17
コメント(0)
ふー、今日の練習は疲れた。パート内では僕が文句無しの最年長なんだ・・・・とにかく響きを大切に。強い声、立派な声ではなく正確な音程。やわらかく、やわらかく。こんなに気を遣って歌うのも久しぶり、そしてそうやって気を遣ったことがアンサンブルに反映していくのがうれしい。本当に僕がやりたかったコーラスはこういうコーラス。声の力ではなく、柔らかな響きを大切にして音楽すること。おそるおそる指揮者の先生にお伺いを立ててみたら、どうやらじゃまにはなっていないみたい。ああ良かった。安心した。美しいコーラスをやりたい。でもなあ、かなりがんばって暗譜したつもりでもまだまだできていない。歌詞と音程を覚えるというもっとも初歩的な暗譜もまだだめ。ただ楽譜を見てなら一応は歌えるかな。歌い込んで深めていこう。
2005.04.17
コメント(2)
毎日、毎日、音階やってエチュードやって、合奏の練習やって。そこで時間切れ。うん。もうイヤだ。そりゃあ、合奏の曲は大好き。でもそれだってそれだけやったって、これでいいってことないし、やればやるだけ課題見えてくるし、いくら僕がコンティヌオが好きだと言ってももう限界。やめやめ。たまにはソロの曲を弾きたい。メロディーが弾きたい。ということで大好きな曲を弾く。弾けないけど、弾く。ああ、楽しかった。いろんなこと楽しみたいんだもんね。
2005.04.16
コメント(4)
最近、目が悪くなりました。困ったなあ。さて、昨日の「ロッテ」ネタとの関連です。ラウルとクリスチーヌの再会の場面。映画ではとても自然でほほえましい感じに仕上がっています。オリジナルロンドン盤では、ラウルの声が低くこもっていて、まるで老人みたいに聞こえます。最初、よくわからずにいた時には、ラウルとわかりませんでした。それに加えて、この場面が幼なじみの再会というほほえましい場面にわかりづらかったのはラウル登場の音楽です。非常に深く沈んで、一種暗さを感じさせて、幼なじみの再会とは思えません。どうしてこんな音楽なのでしょうか。ここで幼い二人の思い出話は「小さなロッテ」の好きな遊び、それから二人して父ダーエ氏のヴァイオリンを聴き、北欧の「Dark Story」を聴かせてもらったことへと続いていきます。このDark Storyって何でしょうか。そこに音楽の天使も登場するのでしょうか。子供の頃、北欧神話を夢中で読んだことがありました。物語のおもしろさと共に一種不思議なすがすがしさと暗さ、深さが感じられました。ラウル登場の音楽はこの北欧神話の雰囲気と合うのかも知れません。この「Dark Story」ってどう訳したらよいのでしょうね。サウンドトラックの翻訳では「暗いお話」となっていました。僕の幼稚な英語力で恥ずかしいのですが、darkには「暗い」という意味から展開して、「不思議な」というような意味もあるようです。そこで恥ずかしながら僕としてはその後の言葉とも併せて、「北欧の不思議なお話」なんてのはどうかなと思います。余談ですが、子供の頃、「ニルスの不思議な旅」も大好きでした。クリスチーヌの母国スウェーデンの物語ですね。それで初代のチェロは「ニルス」と名付けました。今でもこのネーミングは気に入っています。今のチェロは「ファントム」と名付けました。ああ、恥ずかしい。ジェラルド・ファントムとは対照的に、傷だらけでとっても見かけが悪いのです。音は気に入っています。そんな見かけの悪さも、このネーミングなら少しはしゃれていていいかなと思った次第です。チェロも上手になって、「オペラ座の怪人」を弾きたいものです。舞台盤では、ラストのクリスチーヌがファントムに口づけする場面の直前の台詞のバックでチェロがとても美しい分散和音を奏でます。サウンドトラックにはありません。エミー・ロッサムが、舞台で歌って、自分がオーケストラピットであのひめやかで美しい分散和音をつけられたらなんて、夢見るだけで楽しいです。お笑いください。
2005.04.16
コメント(4)
いよいよ横浜Fマリノスの久保が復帰できそうです。僕は日本人フォワードでは久保が一番好きです。まるで日本人離れした身体能力、バネ、体の柔らかさで、無理な体勢でも軽々とプレーしますね。チェコ戦での強烈な左足のシュートも好きですが、軽くちょーんと当てただけの力の抜けたシュートも打てるのが魅力です。こういう硬軟織り交ぜたゴールのできる選手ってあんまりいなかったような気がします。それから寡黙な性格でぶっきらぼうなインタビューで笑わせてくれるのもうれしいです。ただ、けがが多いのが心配です。僕は彼こそが日本代表のエースに一番ふさわしいと思います。それから闘莉王・・・見事なロングパス、積極的な攻め上がり、ファイティングスピリット、いかにも南米らしい読みの良いディフェンス。とっても好きな選手なのですが、けがの様子が心配です。監督に出場を直訴したのはいかにも彼らしいと思いますが、大丈夫だと良いのですが。坪井のスピーディーでフェアーなディフェンスと共に浦和レッズの魅力を早く取り戻してほしいものです。そうそう坪井の回復も心配なところです。日本のスリーバックは宮本(松田でも可)、坪井、闘莉王のユニットを推したいところです。
2005.04.16
コメント(0)
昨日のとっても濃いパート練習のおさらい。疲れた体にムチ打って、モーツァルトだけでもおさらいしよう。でも頭がボーっとして思い出せない。とにかく弓を大きく楽に使わないとモーツァルトは弾けないよな。いつもボウイングを間違うところを集中的に練習。なんだか頭が機能しないので、気分転換に今歌っている合唱曲を弾く。今日は声が出ないからこんなことでも練習になるかな。当たり前のきれいなメロディーのはずなんだけどなあ。とっても「新鮮」に聞こえるのはなぜ?チェロで弾くと違った音楽に聞こえるではないか。いかにチェロの音程が悪いか、思い知らされてしまった。これではちっとも気分転換にならへん。しょうがないから今日もはよ寝よ。
2005.04.15
コメント(4)
ずっと昔、大学一年生の頃、故郷の一般合唱団の方から教えてもらったことです。「コーラスは八の中で十を表す。」。なかな青くの深い言葉でした。今もそうですが、当時の僕などコーラスでは自分がよい声を出すことばかり考えいました。アンサンブルが犠牲になっても自分のよい声を育てたい。よい声で歌いない。歌を歌うものにとって、よい声を求めるのは当然かもしれませんが、コーラスはそればかりではいけません。自分の声を犠牲にして、全体のハーモニーのバランス、響きを作っていかなければならないときもたくさんあります。ここで十の声を出したい。でもそれだとコーラスが壊れる。そういうときには蜂の声にして、思いは十込めて歌う。高い声が固い響きになるならば、テノールならばじっ実声をやめにしてふぁるセットで歌う。そしてその声に十の思いを込める。そうやってファルセットでも和音の響きに自分の声を乗せていく。そこに帰っていくことの大切さを思わせられる今日この頃です。声の追求だけではいけない。コーラスでは当たり前ですよね。
2005.04.15
コメント(4)
オペラ座の怪人」65 ロッテ? クリスチーヌとラウルは幼い恋人同士だったそうです。うん、ラウルはクリスチーヌのスカーフが風に飛ばされて海に落ちたら、服を着たまま海に飛び込んでとってきてあげたんですって。子どもの頃から活発で優しい人だったんですね。さて、クリスチーヌは「リトルロッテ」と呼ばれていたそうです。 「リトルロッテ」って何?「ロッテ」といえば、お菓子メーカですよね。「二人のロッテ」という小説もありました。読んでませんけど。クリスチーヌの名前は「クリースチーヌ・ダーエ」。じゃあ「ロッテ」って何でしょうか。それこそ何か手がかりがあればとお菓子メーカーのロッテのサイトにアクセスしました。するととてもおもしろいことが書いてありました。 「ロッテ」は「シャルロッテ」の略なんですね。そしてゲーテの「若きウェルテルの悩み」に登場する美しい女性にちなんでいるのだそうです。美しき恋人「シャルロッテ」の略が、「ロッテ」なんだそうです。それで「お口の恋人」なんですと。しゃれてますなあ。ロッテさんありがとうございます。 さて、ということは「リトルシャルロッテ」の短縮形が「リトルロッテ」ですね。そしてそれはまさしく「小さな恋人」ということになるわけです。 そしてさらにおもしろいことには「シャルロッテ」はCharlotteとつづります。これをイタリア語で読んだら「カルロッタ Carlotta」と非常に近いですね。ここまでくるとちょっと自信がないかな。 いずれにせよ「ロッテ」ってそういう「女の子とのお友達」っていうイメージなのかも知れませんね。「オペラ座の怪人」64 サウンド比較だんだん書くネタがなくなってくるかな。ちょっとオーディオ的な角度から。映画のサウンドトラック盤もけっこう売れているのでしょうね。ミュージカルではオリジナルロンドンキャスト盤は大ヒットしました。僕は今までオリジナルロンドンキャストの国内盤CD、同じく輸入盤LPのアメリカ盤、おなじく輸入盤LPのイギリス盤を聴きました。数年間、「オペラ座の怪人」を愛好していたことと、長年のレコード愛好の結果です。サウンドトラックは2枚組を国内盤と輸入盤で愛聴しています。このオリジナルキャストとサウンドトラックの聴き比べもたのしいです。それぞれの歌い手については、既に書きました。繰り返しになりますが、僕の好みでは、ファントムは甲乙つけがたく、僅差でオリジナルロンドンキャストのマイケル・クロフォードをとります。マイケル・クロフォードの千変万化の声の方が「怪人」、「ファントム」の不思議さ、多様性を表現できているように思います。ジェラルドファントムは、声の音色の少なさを歌い方とボディランゲージで補っています。これはこれですごいことです。クリスチーヌは、エミー・ロッサムをとります。初代クリスチーヌのサラ・ブライトマンは偉大です。しかし、クリスチーヌのイメージにはエミー・ロッサムの方がより近いと思います。ラウルはパトリック・ウィルソンが圧倒的です。ジェラルトファントムが圧倒的なファンを獲得しているようですが、この映画はラウルがとにかく素晴らしいところも特徴の一つです。歌の面でもいかにもミュージカルらしいきれいな声、それからオリジナルロンドンキャストのラウルよりも声が若々しいところが良いです。オリジナルロンドンキャストの方はちょっと老けて聞こえます。オーケストラ演奏は、オリジナルロンドンキャストをとります。音楽の迫力、音の厚みが違うように思います。サウンドトラックは、曲によっては100名以上の大オーケストラの編成で演奏していてそれはそれで素晴らしいサウンドを聴かせています。オリジナルロンドンキャストのオーケストラは、レコードのライナーノートによりますとおおよそ60名でしょうか。でもなぜか音の厚みはオリジナルロンドンキャストの方に軍配を上げます。音の濃さも知れません。それから指揮者について、これもオリジナルロンドンキャストの方がいきいきとしたエネルギッシュなサウンドづくりと音楽の流れを作り出しているように思います。序曲の「ダーン、ダダダダダーン」のところの「ダーン」から「ダダダダダーン」と半音階で下降するところに向かうまでのエネルギーのためがオリジナルロンドンキャストの指揮のマイク・リード氏の方がパワフルです。サウンドトラックを指揮しているムッシュ・レイエじゃなくってサイモン・リー氏はその辺りがいささか淡白で音楽だけで聴いた場合、そこはかとなく物足りなさを感じます。やはり「サウンドトラック」という性格上、音楽と映像との共同作業でありということでしょうか。最初から音楽だけで全てを伝えおうと意図して作られたオリジナルロンドンキャストの録音の方が、音だけを聞いた場合には説得力を持っているのかも知れません。オリジナルロンドンキャストの録音は1987年でしょうか。その辺りだとデジタル録音初期か、アナログ録音の最後期でしょうか。どうも聴いた感じではアナログ録音の様に思えます。サウンドトラックは最新のデジタル録音でしょう。ただ、あくまでも僕の好みの問題です。
2005.04.15
コメント(12)
どう特別かと言うと、定期演奏会の曲目を仲間たちと一緒に先生にご指導頂くと言うものです。いわば、チェロのパート練習ですな。それ程「特別」でもないか。運の良いことに生徒は3人とも同じ合奏団のメンバーなのです。それもあって、3人の生徒で3時間の枠を使って定期演奏会の曲を「みーっちり」見ていただけました。一日働いた後にパート練習と言うことで3時間もレッスンするとさすがに疲れました。普通の合奏の練習とは前々密度が違うのです。パート練習と行ってもほとんど休憩を入れて3時間弾きっぱなしです。最後の方は目がかすんで来て、楽譜が見えませんでした。でもチェロパートとしてボウイングや表現方法などの意志統一が図れて、共通の目標を持って本番まで練習できるのですごく有益でした。リズム、テンポの不正確さも分かりましたし、強弱をもっとつけること、そのための弓の使い方も教えていただけました。楽譜を見ると大切教えを沢山思い出すことでしょう。これで「やるべきこと」は分かりました。あとは、今日教えていただいたことをとにかくひたすら心に刻んで、定期演奏会までに一つでも二つでもできるようになることが目的です。もはや「やるのみ」、「努力あるのみ」です。ただ、今はただただくたびれたので、お風呂に入って寝るかな。でもまだ合唱の曲の暗譜が出来ていない。声はとてもでないけど、せめて一曲暗譜してから寝ようかな。歌とチェロの二足のわらじ、楽しいけど疲れます。
2005.04.14
コメント(2)
最近だんだん早起きになってきました。朝の目覚めが気持ち良い季節ですね。寝坊も気持ち良いのですが・・・さて、「オペラ座の怪人」。映画でもけっこうブレイクしているようです。舞台でもそうですが、リピーター、はまる人が多いようです。僕もその一人かな。まだまだはまり方は甘いし浅いようですけどね。白黒時代の映画を始め、ホラー、サスペンス、SF、ミュージカルを見て観劇して、続編を書く小説家まで現れる始末。その続編が陳腐な付け足しではなくて、立派な作品になっているんですから、すごいものです。まあ、世の中広いし、歴史は長いですから、こういう「はまる」作品は「オペラ座の怪人」だけと言うこともないでしょう。それにしても何がこんなに引き付けるんでしょうね。まずは華麗な華の都パリのまたまた華麗なオペラ座、芸術、社交の殿堂の地下に怪人が潜んでいるという設定でしょうか。醜い容貌のために愛に餓えた不幸ない生い立ち、この世から身を隠しオペラ座の地下に隠れる。でも実は彼は万能の天才、優れた建築家、作曲家、類い稀な美声の持ち主、世界一の手品師、腹話術師、そして殺しについてその気になればプロ。そんな彼が恋をする。そんな設定、ここまでは全てガストン・ルルーの設定です。この設定ストーリーが多くの人を引き付ける大きな要因の一つではないでしょうか。サスペンス、ホラー、美しい悲恋の物語、華麗なオペラ、社交界の雰囲気。ガストン・ルルーの小説には、原文では読めませんが、色々と荒削りな面があって、分かりづらい面もありますが、こう言う物語の環境設定、ストーリーの骨子は素晴らしいですね。
2005.04.14
コメント(2)
全88件 (88件中 1-50件目)
![]()

