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しょっぱなから乱暴な言葉使いで失礼致します。人間、ショックを受けたり、本格的に落ち込んだ時には、なかなか自分の気持ちを言葉に出来ないモノです。落ち着くとどうにか言葉に出来る...。そんな事ってないですか?今の私の心境はまさにその通りです。落ち着いたのでやっと書ける、って感じです。3日程前のある夜、電話がかかって来ました。セールスの電話は取るとしばらく間があります。いつもはその「間」を感じると切ってしまうのですが、その日は何故か切ろうとした時に聞こえた声に反応してしまったのです。いかにも不満そうな声で「ヒルトン本社ですか?」と言われた様な気がした(最初の方は受話器が離れていたので聞こえなかった)ので、「あら、このおじさんきっと文句の電話をヒルトンにかけるつもりが間違えてうちにかけてきたんだわ。」と思った私は「すいません。間違い電話です。うちはヒルトンじゃありません。」といいました。すると、その不満気な声のオヤジはなんと!「何言ってんだ!ヒルトンはこっちだよ!お前英語がわかんないのかよ!」と言ったのです。その時点で「ヒルトン=あのホテルのヒルトン」と考えるより、ダンナの取り引き先かなんかかと思った私は「少々お待ち下さい。」と言って電話を切りました(笑)。ダンナに取り次ぐ気はもうとうありません。その後、コールバックナンバーを見て、その失礼極まりないオヤジがかけて来た番号にかけ直した所、そこは「ヒルトン・バケーション」。そう、ヒルトンのバケーション・パッケージのセールスオフィスだったのです。かけた電話に出た男性はとても丁寧でした。英語で文句を言う場合、いくら脳天怒髪でも、口汚なくののしったり、声を荒げてしまってはいけません。冷静に、そしてあくまでも丁寧な(ある意味高飛車な位の)英語で話します。私は「今さっき、そちらからセールスのお電話を頂きましたが、希に見る失礼な電話でした。」と言うと、向こうは恐縮はしていましたが、あくまでも「形だけ」と言う感じでした。ところが、実際そのセールスのオヤジがナント言ったかと伝えたところ、その人もびっくり仰天!その後はもう平謝り状態でした。この国では差別的な事を言う事=人格を疑われる,と言う事になります(建前的には)。だから、まがりなりにも「ヒルトン」と名の付く会社の場合、「お前英語がわかるのか!」なんてセールスの人間が言うなんて事は、「あんびりーぼー」な事なわけです。とりあえず自分の気持ちを伝えた私は電話を切りました。それでも、怒りと情けなさと、その他モロモロが入り交じった気持ちはフツフツといつまでも私の中でくすぶり続けて、久しぶりに大泣きしました。「悔しい」これが一番だったと思います。20年前、英語があまり出来ない私は、悔しい思いを沢山しました。でもそれをばねして来た部分もあります。久しぶりでした。そんな事を言われたのは。もちろんNativeではないけれど、電話セールスのオヤジと話す位の英語は使えます。きっと私の中の当時の悔しさが湧き出て来たのだと思います。本当に嫌な思いをしました。
2004年10月30日
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今日、J太郎の学校では「Grandparesnts Day Party」なる催しものがありました。学校側が直接おじいさん&おばあさんのお家に招待状を送ってくれる、と言う事で受け取った主人の両親も来たかったみたいですが、いかんせんちょっと遠いので、残念ながらうちからは両方共不参加でした。それでも、キンダーとプリキンダーの子供達もおじいちゃん達に見せるパフォーマンスがあると言うので、見に行って来ました。いやぁ~、かわいかったです~(親馬鹿^^;;)。日本の幼稚園での「七夕発表会」の時も、一生懸命日本語で歌うJ太郎の姿を見て、目頭を熱くしていた私ですが、今回もまた泣いてしまいました(笑)。特にお遊技の歌がちょっと「盛り上がる系」の曲調だったのもあって、回りのお母さん達もみーんなズルズルと鼻をすすっておりました。5、6歳の子供達が一生懸命踊る姿は、かわいらしいです。でも、なんなんでしょうね?この「すぐウルウルする。」って言う現象は...。「あぁ、こんなに大きくなって。」とか言う感慨なんでしょうか?それとも「あぁ、健気だなぁ。」って言う気持ちなんでしょうか?いずれにしても、「子供を産むと涙もろくなる。」の通説通り、最近本当に涙腺が弱くなりました。私の場合「年」もあるんですが。それにしても、こうやって子供の演技を見て泣けているうちが幸せなんだなぁーとも思います。*************************************************どんなアホな子供だって親にとっては(大抵の場合)、何よりも大切なものだと思います。それを考えると、イラクでテロ(と言う名前の狂った集団)に捕まっている香田さんの親ごさんの事を考えると、胸がつまります。前にも書きましたが、いろいろ非難はあると思います。中マロさんも書いてらっしゃるように、「非難される部分」ばかりがクローズアップされている感もかなりありますが、それでもこの時期にイラクに行くのは、賢い選択ではありません。元々若いうちから「賢い選択」が出来る人と出来ない人がいるのです。でも、出来なくても「やり直しが効く」程度の「馬鹿な選択」にとどめておいて欲しいものです。さて、香田さんと思われる遺体が見つかりましたが、どうやらこの御遺体も別人だったようです。ニュースによると、その遺体は「アラブ系の服装」「小太り」「50代」「髪がない」様子だったそうです。米軍はこの遺体を見つけて、どうして「拘束中の日本人青年(20代)」と思ったのしょうか?遺体の損傷がひどかったのわからなかっただと思います。それにしても、そんな遺体(拷問の後があり、かなり痛めつけられていた。)が毎日見つかるなんて...。こちらの方が恐ろしいです。それでも、御両親にしてみたら、まるでジェットコースターに乗っている様な状態だと思います。このままどうにか無事に解放されて欲しいです。これでちょっと喜んで、その後にもっとひどい形でみつかったら...。それだけは無いことを祈っています。
2004年10月29日
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新潟で大きな地震があり、かなり強い余震が続いています。実家が神戸の私は阪神大震災の時に必死で横浜から電話した事を思い出しました。NHKのニュースでは、毎日被災された方たちの様子が伝えられます。寒い地方なので、お年寄りや小さい子供が寒い屋外や体育館で過ごしているのを見ると、胸がつまります。土砂崩れに直撃された車から2歳の男の子が4日ぶりに救助されたのを見ると、涙が止まりませんでした。小さい体でよくも頑張ったものと思います。残念な事にお母さんは亡くなってしまい、3歳の女の子を助ける為に今も必死の救助が行われている様です。自然の災害は本当に怖いです。昔、横浜に住んでいる時に何度も地震を経験しました。その恐怖の感覚は今でも覚えています。今新潟で非難されている方たちは、大きな地震の後の余震で、その度に恐怖に襲われていると思います。温泉地の旅館を借り上げて仮設住宅にする、なんて言う記事もありますが、一日も早くちゃんとした屋根の下で過ごせるようになって欲しいです。神戸の地震も寒い1月でしたが、新潟も寒い地域なので、本当にお気の毒でなりません。そんな中、イラクで日本人青年がテロにつかまりました。私の意見では、何のセオリーもない、ただこの戦争を利用しているだけの「精神異常者集団(無残な事をする事によって興奮する人達)」。ニュースを見る度に「どうして?」と言う思いが走ります。確かに20代前半の頃は「私の人生、どう生きようと私の勝手。」と思った事もあります。彼もきっとそう思ってるかもしれません。でも、自分の子供が殺されようとしている親の気持ちはどうでしょうか?もちろん、「イラクに行ってるなんて知らなかった。」と頼りない事を言ってらっしゃいますが、それでも親です。いろいろ非難はあるとは思いますが...。出来れば無事に解放されて欲しいです。確かに大馬鹿な行動だと思いますが...。
2004年10月28日
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「どうやってバイリンガルになるの?」なんて副題を付けているのに、今更「バイリンガル考」なんて言うカテゴリーもなんなんですが...(^^;;)。それから、「あった様な気がするのに見つからない"多言語育児@海外」のテーマを作ってしまいました。同じ思いを持つ皆様、よろしくお願いいたします。さて、8月中旬からキンダーが始まって2ヶ月。J太郎の英語力は日に日に優って行っています。特に迎えに行った直後の車の中での会話などは、日本語の中に英語の単語が入る「ちゃんぽん」状態です。その度に日本語に言い直しているのですが、どこまで彼の頭に入っているのかわかりません。日本語補習校からの帰りの車の中でさえ、英語になる確率が高いです。両親共日本人、片方のみが日本人、に関わらず「英語の方が楽」と言う子は幼稚園でも結構いるので、やはり補習校でも英語で話してしまうのでしょうか?それでも、気長に「日本語で話してね。」「日本語じゃないとわからないよ。」と繰り返して行くしかないのですよね。最近、たまに息子の英語が聞き取れない事があります。元々「子供の英語」が苦手だった事もあるのですが...。巷で言われる「キンダーから小学4年生くらいまでが正念場」の子供の日本語教育。今、その一歩を踏み出した、って感じです。*******************************気温は相変わらず高いヒューストンですが、今日から「まるも家冬期恒例・アイススケートレッスン」に通い始めました。J太郎は念願の「アイスホッケーレッスン」。S子は見学するのが大変なので、3歳から取れる「初めてのスケート」レッスン。私は広いアイススケートリンクを行ったり来たりしていました(笑)。今日のひと文句(笑)。一年を何回かに区切ってのセメスター制のレッスンが、体操その他のお稽古事でも多い制度です。スケートも今週が何回目かのセメスターの最初の週でした。例えば、多くのが日本人が何かを習おうと言う場合、たいてい「前もって」申込をして、当日手続きをすると言う事はあまりないと思います。ところが、そう言う行動をみんなが取るとは大間違い。今日も「今日から始まるレッスン」に、それもたった15分前に申込をしている人達がたくさんいました。もちろん時間を取るのでながーい列になってしまいます。でも、彼らにはそんな事は関係ないのです。「時間通りに物事を進める。」日本では当たり前の事が、世界の多くの地域では「当たり前じゃない。」って事が最近わかって来たような気がします(ため息)。
2004年10月23日
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楽天に知り合ったアリゾナ在住のショウメイさんが、「関西女への100の質問」って言うのを作ってくれました。「生まれは東北、育ちは関西プラス広島」のこの私も、一応「関西女」と認定してもらったので、ちょっと答えてみたいと思います。あ、そこの関西女さん!(Nachiko姐さんも入るよぉ~!)お暇な方は是非答えてみて下さい~!href="http://plaza.rakuten.co.jp/marumosan/8000>関西女への100の質問
2004年10月22日
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日本では、松井が属するチーム、NYヤンキーズがまさかのプレイオフ敗退で、メジャーリーグ報道も一息ついている事と思いますが、ヒューストンでは違います!そう、地元の球団ヒューストン・アストロズが、リーグ優勝をかけての最終戦を今、戦っています。「ヒューストン・アストロズ」。世界初のドーム球場を本拠地に持っていた(今は新しい球場になってます)この球団。実はリーグ優勝した事も、ワールドシリーズに出た事もないそうなんです。そのアストロズが、「ひょっとしたら初のリーグ優勝。初のワールドシリーズ出場かっ!」って事で、ヒューストンは盛り上がっています。J太郎の学校でも、一昨日「Astros Day」と称して、急遽アストロズカラーのシャツやアストロズのシャツを来て登校しても良い事になってました。阪神タイガースのシャツはあっても、アストロズのはないので、J太郎はいつもの制服で登校しましたが(笑)。「ファンが盛り上がる割には優勝経験が少ない。」「熱狂的に盛り上がるファン多し。」「地元意識が高い。」うーん、なんだか我が愛する阪神タイガーズに似たモノがあるじゃないですかっ!今、3回を終わったところで、2ー1とアストロズが1点リードしています。もし、アストロズが優勝したら...。にわかに地元意識が芽生えて来た私です(笑)。
2004年10月21日
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今日は息子の誕生日。彼の通う学校では「誕生日だけの特別な事」として、両親がランチタイムに来て、一緒にテーブルに付く事が出来ます。そして、その日だけはファーストフードの持ち込みランチが食べれるのです。常々興味津々だった学校のランチタイム。他の学校に通う友達からは、「月曜日はいつでもランチに行って良い。」とか「ランチタイムはママ達のボランティア(先生達は他の場所で食べるらしい)に任せられる。」とか聞いていて、様子が分かるのが羨ましかったので、今日は楽しみにして行って来ました。子供達にしてみると、何が羨ましいって、私が持っているマクドのキッズミールの「箱」です(笑)。別に普段から食べなれているだろうに、それでも目をキラキラさせています。普段から「アメリカ人の子供のお弁当はとても簡単」とは聞きますが、今日行ってみて、言っちゃぁなんですが、「自分で自分を誉めてあげたい」と思いましたよ。「クラッカー一袋(小袋)・クッキー一袋、アップルソース、チーズスティック」。「ランチャブル」「ピーナッツバター&ジェリーサンド」のみ。この辺りが一番多かったです。で、ちょっと栄養のバランスを考えているな、と思ったのが、「マカロニチーズ(冷えてガビガビ)、ブロッコリー(冷凍)」ちょっとひどいな、と思ったは、ある女の子が持って来ていたサンドウィッチ。パサパサの楕円形のパン(バゲットみたいな形で、もっとパサパサしてる)に、ジャムを付けてそこに薄いハムが挟まっている。ってだけのモノ。これ、たぶん大人でももぞもぞしてすごく食べにくいと思います。だって、ほとんどパンなんですもん。それもパサパサの。ものすごく時間をかけて食べにくそうに食べていました。ESLに行ってる友達は、「さすがにいろんな国から来てるから、ランチはアメリカ人のよりもいいよ。インドや韓国、東欧や北欧の人達はそれぞれのお国柄の出た、でもちゃんと栄養とかを考えたランチを持って来てる。」って言ってました。私のお弁当は、日本人の普通のママのそれを比べると、数段レベルが低いと思います。それでも、今日見たどの子のランチよりも「栄養バランス、食べ易さ(味はわからん)」に関しては、考えているお弁当だと思います。アメリカ人、あれじゃぁ味覚が育たないです。もうすぐ、日本の両親から子供達の誕生日プレゼントが入った荷物が届きます。その中にはJ太郎のリクエストの「あったかいお弁当が食べられる”ランチジャー”」が入っています(笑)。親子共々楽しみにしています。******************************閑話休題アメリカにもランチジャーならぬ、「スープ用広口魔法瓶」がありました。高さが普通の水筒(大人用)の半分くらいで、中にスープやパスタ、シチューなんかを入れて持って行くと、あったかいお弁当が食べれるわけです。こちらの育児雑誌に紹介されていたので、さっそく買ってみたのですが、これもナカナカの使い勝手です。お弁当のメニューに行き詰まってるママさん!是非、お試しくだれ~。ターゲットなんかのアウトドア・セクションにあります。同じくアウトドア・セクションにある、花柄やサッカー、野球の形をした保冷剤(1ドル程)もお勧めです。
2004年10月20日
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私も主人もすっかり忘れていたのだけど、J太郎は今行っている学校の「仮入学期間」だったのでした。今日、「はじめての通知票」と共に「仮入学期間終了」の手紙が届きました。そう言えば、入学した時の手紙に「最初の9週間を仮入学期間とする。」と言う項目があったのを思い出しました。J太郎は無事その期間も過ぎ、「これで正式に我が校の生徒です!」なる手紙が添えられていたのだけど...。「そんな、あんた、幼稚園で仮入学も何もあるかいな?」と思ったのですが、同じ学校に通う友達に聞いたところ、「9週間後にいなくなった生徒がいる、って事もあるらしい。」らしいです。まぁ、キンダーの場合ほとんどが「お行儀」の問題らしいですが、実際にそう言う事があるとすれば、かなりドキドキです。なんせ「お調子乗り太郎」ですから、我が息子(笑)。それにしても「通知票」ですよ。はっきり言って私なんか、条件反射で顔がゆがんでしまいます(笑)。かれこれ20年ほど御無沙汰していたのに、また私の人生に入って来た、って感じです。小さい頃、通知票を持って帰るのが本当に嫌でした。当時母に言われて嫌だった事はなるべく言わない様に、って思います。でも、これもいつまで続くかわかんないですよね。「通知票」。こんなモノ気にしないでいられるママでいられるように...。なんて、やっぱり無理でしょうねぇ(笑)。
2004年10月19日
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J太郎はもうすぐ6歳になります。本当のお誕生日のちょっと前の日曜日の今日、お誕生日会をしました。会場はいつも通っている体操教室。「ヒューストンお稽古情報」にもある体操教室でのパーティだったのですが、1時間みっちり子供達は元気に走り回り、楽しいパーティになりました。やっぱり6歳児には「走り回れる」のが楽しいみたいです(笑)。その晩、一緒に横になりながらJ太郎の赤ちゃんの時のアルバムを見ていました。ここのHPにも彼の誕生までのいきさつを載せていますが、結構大変な妊娠、出産でした。「6歳くらいになれば、他の子供達と同じ位になれます。」とは、入院、出産した病院の先生の言葉です。そして、J太郎はもうすぐ6歳になります。今では本当に普通の子供達、いやそれ以上に元気一杯です。生まれた時のあのチューブに巻かれた姿が嘘の様です。誕生日が来るたびに、あの子が生まれた日の事を思い出します。そして、全身麻酔の朦朧とした意識の中で担当医に聞いた「先生、赤ちゃん生きてる?」と聞いた自分の声を思い出します。先生の「生きてるよ。」と言う声も忘れられません。それを思い出す度に、「そうだ。元気でいてくれるだけでも感謝なんだ。」って気持ちをあらたにします。本当に生まれて来てくれてありがとう。生きていてくれてありがとう、です。
2004年10月17日
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オリンピックのコーチがこんな市井の体操教室に来るとは!?どこの世界も「知り合い」が多いのがとっても重要なのは、衆知の事実。子供達が通う体操教室のオーナーが今年のアテネオリンピックで大活躍した、アメリカ男子体操チームのコーチと古い知り合いらしく、今日そのコーチを迎えての特別クラス(別に申し込むだけで、選抜でもなんでもないです)がありました。小学生以上との事で、残念ながらS子は見学となりましたが、J太郎は大好きなサッカーの試合を「でも、これは今日だけだから。」と休んでの参加となりました。このコーチの方。ケビンなんとかさん(名前くらい覚えろ!でも、オリンピックの男子体操は日本に意識が集中していたので、アメリカチームはハム選手位しか覚えてない^^;;)は、とても物腰の柔らかい方で、子供達にも丁寧に指導されていました。「オリンピック」なんて習わせている(ほとんどの)親にとっては、「ありえない事」でも、実際習っている子供達にとっては違います。そんな子供達の「夢」をまた一回り大きくさせてくれた催しだったと思います。ところで、小学生のクラスになると、子供だけを教室に残して、終わる時間まで買い物などに出かける親御さんがたくさんいます。上級生になったら、ほとんどの親は見学していません。普段のお教室ならともかく、今日はいろんなクラスの合同だったので、かなりアドバンスな演技が出来る子供達や、それこそ「オリンピックチームのコーチ」の指導なんかが見れると言う、親にとってもなかなかないチャンスだと私は思っていたのですが...。やっぱりいつもと同じく、見学しない親御さんがとても多かったです。私が特別熱心な親かと言えば、そうでもないのです。今日、なんとなくわかったのですが、私はやっぱり「演技」(たとえ練習でも)見るのが好きみたいです。それが証拠にサッカーの話しはあまりこの日記に登場しません(爆)。ま、今のところまでJ太郎も「僕がするのを見てて欲しい。」と言ってるので、「もう、来なくてもいいよ。」と言われるまでは、見学していたいな、と思っています。
2004年10月16日
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Houstonおでかけ情報に加えた「Oil Ranch」。うちから40分と、結構遠いのですが、施設も清潔なお勧め度の高い遊び場です。お天気も快晴で、子供達だけじゃなくて、私達もとても楽しみました。ランチを食べて、Hey Ride(注:Heyとは牛や馬が食べる干し草の事。トラクターや馬に馬車を引かせて、その馬車の中に固めたHeyがおいてあり、そこに座ります。)やPoney Rideの後、帰る最後に「スノー・コーン(かき氷)」を食べよう、と言う事になりました。スノー・コーン売り場には、結構長い列が出来ていました。それでも子供達はちゃんと並んでいます。私達のグループの後ろには、3歳児くらいのプリスクールのグループが並んでいました。私は私達のグループの一番最後に並んでいました。するとそこに、小学3年生位の男女の子供を連れた、おばあちゃんと母親らしき人が、なんと私の後ろ=3歳の子供達のグループの前に「横入り」したのです!!!私の後ろにいた女性が「あの、すいまんせんが、列の最後はあちらですが...。」と3歳児グループの後を示したところ、そのばぁさんは信じられない事に「わかってるわよ!あんなたくさんの子供達の後が嫌だからここに入るのよっ!」と言い放ったのです@@。世の東西を問わず、図々しいばぁさんはいるし、日本でも「オバタリアン」と言う言葉が出来た程、中年以降(私も入るけど)の女性が図々しく、順番を守らず横は入りする事ってあると思います。しかーし!!!子供連れが、他の子供達の目の前で、あからさまに「順番」抜かしするのは、少なくともここではあまり目にする事はありません。「空いた口がふさがらない。」とはこの事で、私はそのばぁさんと、子供達の母親とおぼしき女性を思い切り軽蔑のまなざしで見つめました。向こうがばばぁなら、こっちも結構年は食っています。私も負けずに「子供達の目の前でよくそんな事が出来ますんね?アンビリバボー!」と思いっきり皮肉ったらしく言いました。でも、さすがに年期の入ったばぁさんです。びくともしません。一緒にいた3年生位の子供達(男女ひとりずつ)の顔を見ると、かなり恥ずかしそうでした。でも、何も言えずそこに立っていました。その2人の表情を見て、もう何も言えなくなりました。「親は子の鏡」とはよく言ったもんで、あの子供達も大きくなったらきっと同じ事をするかもしれません。あのばぁさんを反面教師にして、とてもモラルの高い人に成長するかもしれませんが。どことは言いませんが、この間行ったアジアの某国あたりだと「順番を待つ方が馬鹿」とばっかりに、早いもん勝ちって言う国もあります。でも、とりあえずここアメリカでは、2歳くらいから家でも学校でも「順番を守る」事を教えるはずなのです。もちろん、出来ない大人もいっぱいいます。でも、一応みんな「子供の前」では、どうにか格好つけるもんじゃないですか?あのばぁさんはともかく(あの年までそうやって生きて来たのなら、もう手の施し様がない)、そう言う人に育てられる子供達、そして横入りされてしまった子供達(幸いな事に私達のグループの子供達は目撃していませんでした)の事が心配です。あんな時は一体どう言えば良いのでしょう?とっさの事に言葉がうまく出てこなかった自分が不甲斐ない(これ、たとえ日本語でもうまく言えなかったと思います。それくらいショックが大きかったです。)と思いました。明日時間があったら、娘が通うプリスクールの園長先生にでも聞いてみようと思います。それにしても、本当にびっくりでした。
2004年10月11日
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いきなりですが、今私達が住んでいる家はこの辺りでは新しい方なのですが、古いです(この辺りは築40年以上がざら)。ただ、とっても便利なのでなかなかこの辺りから離れる事が出来ずにいます。さて、今日は補習校がお休みだったので、サッカーゲームの後日頃から”気になっていた”「郊外の人口湖がある住宅地」を見に行って来ました。アメリカでは(テキサスでは?)、家の売り主が6%の手数料を、売り手と買い手側に付いている不動産ブローカー(リアルターと呼ばれる人達。何故か皆高級車に乗っている。)に払わないとならないので、実は「売る」となると結構大きな決断なわけです。そんなわけで我が家の別名「高倉弟」(兄は別にいますの。オホホ。)事「質実剛健」、まるで江戸時代の藩校に飾ってある看板みたいなダンナにとっては、「転勤で引っ越す以外、家を売るなんて愚の超骨(ってこの字でいいんでしょうか?)」なわけで、今日もシブシブ私に付き合ってくれたわけです。行った先は近年開発目覚しい「Katy」。学校区がとても良い所なのですが、学校は変るつもりはないので、逆に言うととても気楽に見る事が出来ました。学校の事を考えて家を見に行くと、家そのものよりも何よりも「学校、学校」となってしまうので、学校が決っている(確かに今よりは数倍遠くなるけれど)と言うのは、とても気楽です。さて、肝心のお家ですが...。日本でも「積水ハウス」とか「ミサワホーム」と言う住宅会社があるように、アメリカでも新しく造成される住宅地には、何件かの住宅会社(Builderと呼ばれています)が、その住宅地に入っています。今日見に行った所には6件の会社が入っていたのですが、やはり高い所となると「はぁ~♪いいなぁ...♪」とため息の連続となるわけです。同じ「建て売り住宅」と言っても、ほとんど注文住宅に近い会社もあれば、「あたかも建て売り住宅」と言う会社もあります。郊外なので空気もいいし、人口とは言え「水が見える生活」と言うのは、とてもリラックス出来るものです。そして、新しい家は天井も高い!「ドリーム・ホーム」とはよく言ったもんで、本当にいつも私が「欲しいなぁ。」と思っているものが全て集約されていました(笑)。質実剛健の夫が、家に帰って来て一言、「なんか、うちが狭く感じるなぁ...。」よし!このままいろんな郊外の住宅地巡りに連れ出したら、そのうちこの質実剛健夫もその気になるかもしれない!?
2004年10月09日
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新しい学校が始まって2ヶ月。毎日いろんな事を習ってくる様子のJ太郎です。どこのお家でもありがちな会話ですが、我が家も迎えに行った車の中で、「今日のOXはどうだった?(OXは日替わりで体育だったり、スペイン語だったり、音楽だったりするわけです。)」や「学校は楽しかった?お弁当は全部食べた?」などと、会話します。最近すっかり「お兄ちゃんモード」に入ってる彼に、娘のトイレトレーニング(予想に反して時間がかかってしまっておるのです^^;;)の愚痴を言ったりもします。今日も、「あなたの時は一旦トレイに行くようになったら、逆戻りはなかったのよねぇ。一度は出来るようになったのに、どうしてだろう?J太郎はこんな事なかったのに...。」と愚痴った私に、「だって、ママ。人はみんな違うんだよ。」とJ太郎。「みんな髪の色も違うし、乗ってる車も違うし、住んでる家も違う。みんな違うから僕とS子ちゃんが違うのは仕方がないんだよ。」と、来たもんだ(笑)。学校でそんな話しが出たのか、はたまた自分で考えたのかは定かではないけれど、よくもまぁ、タイミング良く出てきたもんです。「ま、それはそうだけどさ。兄弟だから同じかな、って思ってさ。」と言い訳がましい私に「僕とS子ちゃんは男の子と女の子だから兄弟じゃないよ。」と、今度は180度変って幼い事を言っておりました(笑)。毎日元気に成長しているJ太郎。もうすぐ6歳になります。
2004年10月07日
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今日は補習校での運動会でした。残念な事にお天気があまりよくなかったので、午前中最後のリレー(本当なら高学年のリレーは運動会最後の”トリ”だったのですが、天候の為午前最後に繰り上げになりました)は結構な雨の中、みんな傘をさしたりビニールシートを被っての応援となりました。それでも、昔ながらの「玉いれ」や、「借り物競争」。幼稚園児のお遊技など、子供も楽しんでましたが、親が方が結構ノスタルジーを感じてしまいました。運動会と言えば、お父さんと一緒に走ったりする競技がありますが、中には張り切り過ぎたお父さんが子供をおぶったまま転倒してしまったり、ラストスパートをかけたお父さん(これが必ず”お父さん”なのがおかしいって言えば、おかしい)が最後に子供を引きずっていく、とか笑い事ではすまないのですが、なかなか熱いモノを感じさせてくれた運動会でした。「運動会」。どうやら日本では最近5月や6月にする学校が多いみたいですね。その昔、秋の運動会のお弁当に栗ご飯が入っていたり、まだ緑色のすっぱいみかんがあったり...。ちょっと胸がキュンとなるような思い出です。雨でかわいそうだったのがお弁当です。幼稚園児は午前中までで終わりだったので、私達はお弁当は持って行かなかったのですが、上の子供達は皆午後も競技があるので、みなさんお弁当を持参されていたのですが、ちょうどお昼時に一番雨がひどくなり、体育館でのお弁当、となったみたいです。アメリカにいるのに、こんなに日本らしい運動会を経験出来るなんて...。普段の補習校通いは大変だけど、やっぱり出来るだけ頑張ろう、と思った私でありました。
2004年10月02日
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