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~山形マンガ少年~ 第三部 『熱い夏の日』●情報 手塚治虫 途中原稿の写真も掲載第972回 2007年9月29日~山形マンガ少年~第三部『熱い夏の日』●情報 手塚治虫 途中原稿の写真も掲載asahi.comのホームページ 手塚治虫「ブラック・ジャック」 制作途中原画写し発見の記事 asahi.comでは「手塚治虫「ブラック・ジャック」 制作途中原画写し発見」の記事野中で原稿の写真も掲載されていました。 この情報はブログ仲間のひぐまさむねさんからの情報です。 Rinsuiさん「てづかっ子な日記」のブログでも紹介されておられます。 その記事の内容は、『「ブラック・ジャック」の79年4月に週刊少年チャンピオン(秋田書店)に掲載された第232話「虚像」の原稿のA4判コピー約20枚。下書き後の最初のペン入れで手塚が人物などを描き、背景などを描くアシスタントへの指示が書き込まれている。 同館は手塚の制作ぶりを紹介する「手塚治虫 原画の秘密展」を開催中で、伊藤社長が「趣旨にあうのでは」と出品を申し出た。12枚を完成原稿と並べて展示。問い合わせは同館(0797・81・2970)へ。 』(9月28日 asahi.com) とあります。 手塚治虫先生のファンにとっては興味深いものです。 また、マンガの下書きからペン入れまでを見るのにも貴重な写真です。 ひぐまさむねさん貴重な情報をありがとうございました。 みなさんどうぞ、この記事にアクセスしてみてください。 ■~山形マンガ少年~ 第三部『熱い夏の日』 ●情報 手塚治虫 途中原稿の写真も掲載つづく 「熱い夏の日~山形マンガ少年~」第39回にご期待下さい!! 「山形マンガ少年」まとめてご覧いただけます。 第一部「はじめちゃんの東京騒動記」のホームページ第二部「旅立ちの歌」のホームページ
2007年09月29日
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~山形マンガ少年~ 第三部 『熱い夏の日』●情報 「ブラック・ジャック」途中原稿のコピー発見第971回 2007年9月28日~山形マンガ少年~第三部『熱い夏の日』●情報 「ブラック・ジャック」途中原稿のコピー発見yahooニュースのホームページ 貴重! 手塚治虫「ブラック・ジャック」途中原稿のコピー発見の記事 Yahooニュースで「貴重! 手塚治虫「ブラック・ジャック」途中原稿のコピー発見」の記事が掲載されていました。 その記事の内容は、『「ブラック・ジャック」の制作途中の原稿のコピーが見つかり、兵庫県宝塚市の手塚治虫記念館が28日発表した。制作途中の原稿のコピーは通常、廃棄されるため現存するのは珍しい。同館は「手塚の情熱や制作現場の活気が伝わってくる貴重な資料」としている。 途中原稿のコピー約20枚で、完成原稿は昭和54年4月に「週刊少年チャンピオン」に掲載された。』(9月28日21時25分配信 産経新聞) というものです。 こういうことは異例のことらしいです。 よろしければこの記事にアクセスしてみてください。 我が家には手塚治虫先生の色紙が二枚あります。■~山形マンガ少年~ 第三部『熱い夏の日』 ●情報 「ブラック・ジャック」途中原稿のコピー発見つづく 「熱い夏の日~山形マンガ少年~」第39回にご期待下さい!! 「山形マンガ少年」まとめてご覧いただけます。 第一部「はじめちゃんの東京騒動記」のホームページ第二部「旅立ちの歌」のホームページ
2007年09月28日
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~山形マンガ少年~ 第三部 『熱い夏の日』●第38回 漫画集団第970回 2007年9月27日~山形マンガ少年~第三部『熱い夏の日』●第38回 漫画集団 手塚治虫と同行スタッフの大村、佐藤が山形空港からタクシーで三十分ほどで山形市の県庁近くにある山形新聞放送会館に着いたのは夕方になろうとしていることろだった。 手塚らは今夜から開催される「花笠祭り」の特別ゲストとして招かれていた。 手塚の他に文藝春秋らで活躍しているコママンガを描いているマンガ家たちが所属している「漫画集団」のメンバーが十数人いた。 彼らは既に特急列車で着いており、山寺や山形市周辺の観光地を周ってからの参加だった。 手塚らが案内されたのは会館内の来賓室だった。 ドアを開けると漫画集団の会長を務める横山隆一らが着物姿で談笑していた。「やあ、手塚クン。相変わらずの売れっ子だねえ。キミだけ単独行動だよ!ハッハッハッ……」 横山隆一が言って、手塚を迎えた。 手塚はベレー帽に手をやり、お辞儀をしながら、「先生たち、遅れて申し訳ありません。なんとか間に合うように努力したのですが、遅筆がたたり今頃になりました」 と、謙虚に言った。 それはマンガ界の大御所たちへの尊敬と賛美でもあった。 このメンバーには少年マンガや劇画を描く者はいないから、手塚にとっても気楽なメンバーであることが正直な気持ちでもあった。「手塚クン。早く着替えな!?」 と、着物を持ってきたのは手塚の盟友馬場のぼるであった。 山形の夏の夜は暑かった。 駅前から七日町、十日町、そして県庁前の山形新聞放送会館までのいわゆる山形市のメイン通りには、花笠祭りを見ようとする見物客が溢れていた。 商店街では花笠祭りを彩るように飾り付けをしていた。それが街並みをいっそう華々しくしていた。 車道には、踊り子に扮した数百人の山形市民が、浴衣にタスキをして大きな花笠を振り回して見事に踊った。 ヤッショオ~ッ、マカショ~ッ、シャンシャンシャン!! 花笠音頭に合わせて、観客も踊り子もいっせいに相槌を入れた。 その声は山形の夜空に響いた。 横山隆一や馬場のぼるら漫画集団のメンバーたちは、飾り付けたトラックの荷台のステージに乗り込んだ。もちろん浴衣姿だった。「フクちゃんの横山隆一先生」、「ブウタン、バクさんの馬場のぼる先生」、「アトミックのおぼんの杉浦幸雄先生」とマンガ家が描く作品名と作家名が短冊に見せた大きな看板がトラックを飾った。 「鉄腕アトム 手塚治虫先生」 子どもも大人もその短冊を見てどよめいた。そして大きく頭を揺らしてトラックステージの手塚を探した。しかし、誰も手塚の姿を見つけることはできない。 観衆たちは騒ぎ始めた。「手塚先生がいない!?」「鉄腕オサムはどこにいるんだべ~」 声があがるたびに、トラックステージの馬場のぼるが応えるよう観衆に言った。「そこそこ下で踊っているひょっとこ被りの人だよ~ッ」 そしてトラックの傍で踊っている手ぬぐいを被った男を指した。 手塚治虫はベレー帽の替わりに手ぬぐいをかぶり背中を猫背にして踊った。それはとても恥ずかしそうだった。 2007年 7月 9日 月曜 記 2007年 7月13日 金曜 記 2007年 7月17日 火曜 記 この回の物語は作者の創作です。 イラスト・たかはし よしひで■(文中の敬称を略させていただきました)~山形マンガ少年~ 第三部『熱い夏の日』 ●第38回 漫画集団つづく 「熱い夏の日~山形マンガ少年~」第39回にご期待下さい!! 「山形マンガ少年」まとめてご覧いただけます。 第一部「はじめちゃんの東京騒動記」のホームページ第二部「旅立ちの歌」のホームページ
2007年09月27日
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この方が写真家小貫幸太郎さんです!●小貫幸太郎と結いのきの仲間たち第969回 2007年9月24日~この方が写真家小貫幸太郎さんです!~●小貫幸太郎と結いのきの仲間たち グループホーム結いのきで好評開催の「小貫幸太郎と結いのきの仲間たち」と題した「小貫幸太郎写真展」はいよいよ明日25日お昼までです。 この連休中には多くの方々が懐かしそうに写真展を鑑賞されました。 懐かしいのは写真で感じる米沢の昔々だけではありません。 小貫さんを訪ねられる方々も多いのです。 私のブログで恐縮ですが、小貫さんの横顔と作品を紹介させていただきます。いかがでしょうか? 9月27日(木)午後4時30分以降のYBCテレビ「ピヨタマワイド」の中で写真展や関係者が紹介されます。どうぞ、ご覧ください。なお、この写真展は明日25日お昼12時までの開催です。ぜひ、おいでください。 会場は「グループホーム結いのき」です。*お問い合わせ*グループホーム結いのき生活クラブやまがた生活協同組合TEL:0238-(37)-0960(午後7時以降はご遠慮ください) FAX:0238-(37)-0961〒992-0022 山形県米沢市花沢町2695番地の4E-mail:yuinoki@rose.ocn.ne.jp■(文中の敬称を略させていただきました)この方が写真家小貫幸太郎さんです!●小貫幸太郎と結いのきの仲間たちつづく 「熱い夏の日~山形マンガ少年~」第38回にご期待下さい!! 「山形マンガ少年」まとめてご覧いただけます。 第一部「はじめちゃんの東京騒動記」のホームページ第二部「旅立ちの歌」のホームページ
2007年09月24日
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ピヨタマワイドで放送します●小貫幸太郎と結いのきの仲間たち第968回 2007年9月24日~ピヨタマワイドで放送します~●小貫幸太郎と結いのきの仲間たち好評開催の「小貫幸太郎と結いのきの仲間たち」と題した「小貫幸太郎写真展」がテレビで放送されます。9月27日(木)午後4時30分以降のYBCテレビ「ピヨタマワイド」の中で写真展や関係者が紹介されます。どうぞ、ご覧ください。なお、この写真展は明日25日お昼12時までの開催です。ぜひ、おいでください。 会場は「グループホーム結いのき」です。*お問い合わせ*グループホーム結いのき生活クラブやまがた生活協同組合TEL:0238-(37)-0960(午後7時以降はご遠慮ください) FAX:0238-(37)-0961〒992-0022 山形県米沢市花沢町2695番地の4E-mail:yuinoki@rose.ocn.ne.jp■(文中の敬称を略させていただきました)ピヨタマワイドで放送します●小貫幸太郎と結いのきの仲間たちつづく 「熱い夏の日~山形マンガ少年~」第38回にご期待下さい!! 「山形マンガ少年」まとめてご覧いただけます。 第一部「はじめちゃんの東京騒動記」のホームページ第二部「旅立ちの歌」のホームページ
2007年09月24日
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小貫幸太郎と結いのきの仲間たち●グループホーム結いのき情報第967回 2007年9月19日~「小貫幸太郎写真展」●地域文化を創った人9月19日から同月25日まで結いのきで「小貫幸太郎と結いのきの仲間たち」と題した「小貫幸太郎写真展」を開催します。92歳の小貫さんは結いのきの家長としてお元気に暮らされています。ご家族からのご希望もあり、長年写真家として地域文化に活躍されていた小貫幸太郎さんの作品を公開します。また、写真を彩るのは結いのきにお住まいのおばあさんや職員たちによる手芸、色紙、生け花などです。期間中の結いのきは秋の芸術祭にふさわしく創造と文化のあじわいです。*お問い合わせ*グループホーム結いのき生活クラブやまがた生活協同組合TEL:0238-(37)-0960(午後7時以降はご遠慮ください) FAX:0238-(37)-0961〒992-0022 山形県米沢市花沢町2695番地の4E-mail:yuinoki@rose.ocn.ne.jp■(文中の敬称を略させていただきました)小貫幸太郎と結いのきの仲間たち●グループホーム結いのき情報つづく 「熱い夏の日~山形マンガ少年~」第38回にご期待下さい!! 「山形マンガ少年」まとめてご覧いただけます。 第一部「はじめちゃんの東京騒動記」のホームページ第二部「旅立ちの歌」のホームページ
2007年09月19日
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~山形マンガ少年~ 第三部 『熱い夏の日』●第37回 いざ山形へ第966回 2007年9月15日~山形マンガ少年~第三部『熱い夏の日』●第37回 いざ山形へ「じゃあ、行ってきます!」 手塚治虫は手塚プロダクションの面々ににこやかに挨拶をしてビルを出た。 手塚のマネージャーのボンさんこと平田昭吾、チーフアシスタント鈴木勝利、コム編集長石井文男らが手塚らを見送った。 「佐藤氏はどうしてボクに同行することになったのですか?」 駅に向かいながら手塚は手塚プロの佐藤純也に問いただした。 小太りの佐藤はネクタイを緩めながら顔と首の汗を拭いてこう言った。「ボクもよくわからないのですが、先生に『アポロの歌』の下書きだけ描くようにするためにということでした」 手塚は早足で歩きながら、「つまりボクを信頼していないということですね?」 ムッとして吐き捨てるように言った。 大村は手塚の言葉に頷いた。 あっ、大村のゴマスリ、裏切り者と佐藤は言いたかったが、それを我慢した。「テヅカオサムシだあ~!?」 商店から出てきた小学生の1、2年生の男児が指を刺して手塚の前に止まった。 小学生は握手を求めてきた。 一瞬、ビックリした手塚治虫はニコッリ笑顔になった。 右手を指し伸ばし握手をした。そして左手を佐藤の方に伸ばして、「色紙をください」 と言った。 「やれやれたいへんな珍道中になるんでしょうね」「原稿が間に合わなかったらたいへんだ。少年キングだって連載を打ち切るかもしれないよ」 手塚プロダクションの中ではそんな話が飛び交った。 制作室には石井文男と平田昭吾の二人がいた。「明日になるけど野口勲クンを山形に飛ばすから」 石井が言った。「エッ!野口ちゃんですか!?助かるなあ~彼なら手塚先生も言うこと聞くだろう」「火の鳥コンビだからね。『火の鳥』には結構、野口クンのアイデアが入っている。先生も野口クンには一目置いているみたいだからね」「石井ちゃん、恩に着るよ」「ボンちゃん。手塚先生の新連載の人気はどうなの?」 石井が訊いたのは、今月号から別冊少年マガジンに連載が開始された「ボンバ!」のことだった。「それがね、あの暗い内容だから人気も予想を下回っていて、別マガ(別冊少年マガジン)の編集長からはもう少し手塚マンガらしく少年物にしてほしいって注文がきているんだ」 平田は困ったようにそう言った。 当時の少年マガジンはマンガ誌というより時代を象徴する雑誌になり、朝日ジャーナルと肩を並べる青年たちのバイブルになっていた。 高森朝雄・ちばてつや「あしたのジョー」、梶原一騎・川崎のぼる「巨人の星」、赤塚不二夫「天才バカボン」、さいとうたかを「無用ノ介」の強力連載の他にも影丸譲二、旭丘光二などの貸本屋マンガ出身の社会派劇画が、青年層から大人までの広い読者層から支持をうけていた。 子どもたちはいつの間にか少年マガジンから離れて、新たに創刊された少年ジャンプや少年チャンピオンに移ろうとしていた。 少年マガジンを発行している講談社は、別冊少年マガジンの月刊化で少年たちの囲い込みを図ろうとしていた。 そのためには手塚治虫のマンガが必要だった。 当時の手塚は、プレイコミックやビックコミックを中心に劇画に対抗する青年マンガでを描き、それなりの評価をうけていた。そしてあの「コム」の「火の鳥」だった。 手塚は完全に新しいマンガの世界を開拓していた。 一方、少年マンガの手塚作品は少年チャンピオン「やけっぱちのマリア」や少年キング「アポロの歌」などの連載が中心だったがかつての勢いはなく、永井豪などが性の描写のタブーを打ち破るギャグマンガを意識した、ワクチンマンガを描いていた。これがいわゆる出版社の良書としての保険的マンガになり、手塚ファンからはけっして歓迎されていなかった。 しかし、少年サンデーで見せる短編読み切りマンガの数々に手塚ファンは注目していた。この人気に少年キングや少年ジャンプも読み切りマンガの注文をしていた。 もちろん別冊少年マガジンもこの状況に注目していた。 「ワンダースリー」と「宇宙少年ソラン」のゴタゴタした問題以来、講談社とは距離を置いていた手塚だったが、久々に別冊少年マガジンからの依頼があって描いた自分の半生記「がぼちゃ一代記」が予想以上の人気だったこともあり、別冊少年マガジンは手塚マンガを柱にしようとした。 一九七〇年、第一回講談社漫画文化賞を「火の鳥」が受賞した。そして別冊少年マガジンに連載をしたのが「ボンバ!」だった。 2007年 6月20日 水曜 記 2007年 6月23日 土曜 記 この回の物語は作者の創作です。 イラスト・たかはし よしひで■(文中の敬称を略させていただきました)~山形マンガ少年~ 第三部『熱い夏の日』 ●第37回 いざ山形へつづく 「熱い夏の日~山形マンガ少年~」第38回にご期待下さい!! 「山形マンガ少年」まとめてご覧いただけます。 第一部「はじめちゃんの東京騒動記」のホームページ第二部「旅立ちの歌」のホームページ
2007年09月15日
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~山形マンガ少年~ 第三部 『熱い夏の日』●第36回 マネージャー・ボンさん第965回 2007年9月8日~山形マンガ少年~第三部『熱い夏の日』●第36回 マネージャー・ボンさん 手塚プロダクションのマネージャーポンさんこと、平田昭吾と各誌編集者が今回と次回の原稿締切日をめぐって大騒動になっているときに、肝心の手塚治虫は隣の制作室でアイスコーヒーを飲んでいた。「ああ~っ、終ったぁ~チャンピオンが終ったから一安心ですよ」 手塚は椅子に座ったままで両手を伸ばして背伸びをした。 傍には虫プロ商亊COM編集長の石井文男と虫コミックスの大村が椅子に座っていた。 平田が慌しく入ってきた。「手塚先生!少年キングが『アポロの歌』を描き上げないなら、先生を山形には行かせないと言っています」「バカなことを言わないでください。まもなく出発ですよ。こうやって大村氏が付き添いで待っているんですよ」 眉間にしわを寄せて手塚は声を荒げて言った。「先生、この場はボクに任せてください!」 そう言って手塚の机の左後ろにいたチーフアシスタント鈴木勝利が言って、立ち上がり、制作室を出た。「手塚先生、これは山形に滞在する二日間の制作工程表です。まず、キングの『アポロの歌』の下書きを今日から明日にかけて描いてください。大村氏はこれを航空便でここに送ってください。主線は鈴木さんが描きます。先生、いいですね?」 平田は手塚に念を押した。「……わかっています!」 手塚は被っているベレー帽を眉のところまで下げて返事をした。「次にコムの『トキワ荘物語』に着手します。これは明日の午前中です。山形のハ・チ・モンジヤ?八文字屋書店でのサイン会は午後からで、その後はぐらこん山形支部との交流会です。手塚先生、交流会は一時間にしてください。いいですね?石井ちゃんも了解ですね?」 平田がまた念を押した。「ボンさん。ぐらこん山形支部とは交流会ではありません。これは会議です。今後のマンガ界についての私の考えに基づく会議なので、三時間以上はかかります」 手塚ははっきりそう言った。「ボクもそのつもりで山形の少年たちには伝えてあります」 石井は手塚をフォローした。「石井ちゃん、そんなこと言ってたら『トキワ荘物語』は落としてしまうよ!苦しむのは石井ちゃんだし担当の清野さんだからね」 平田は語尾を強めて石井に言うのだった。「ボンさん!石井氏に失礼じゃないですか。石井氏はコムの編集長なんです。ぐらこんにも絶対的な力を持っているのは彼なんですからね。少し言葉遣いを注意しなさい!!」 今度は手塚が石井をフォローした。「大村氏がいるから明日中に『トキワ荘物語』をちゃんと仕上げます。連作の最終回ですからね」 手塚は大村の顔を見て言った。 スポーツ刈りの頭をした大村は大きな目をしてうなずいて応えた。 石井は平田を誘って制作室を出た。「ボンさん。大村の同行では心配なんだ。彼はいま手塚先生に仲人をお願いしているから、手塚先生の思い通りになってしまう」 石井はサングラス越しに平田をにらむような目で見ながら言った。「石井ちゃん~どうしよう!?」 強気でいた平田が泣き顔になった。「サイン会は虫プロ商亊の中でも新書版本や書籍担当部署だから、虫コミックス担当の大村が同行する。これはどうしようもない。大村は手塚先生の取引に完全に応じるよ。我がコム編集部ではマンガ家担当が掛け持ちだから手塚先生に同行することはできないしね」「石井ちゃん、手塚プロからもう一人同行させるよ。ただし、これは『アポロの歌』を担当させるためだ。『トキワ荘物語』は虫プロ商亊からもう一人同行させてほしい。お願いだ!このとおり石井ちゃんお互い助け合おうよ~」 平田は必死で石井に言うのだった。 石井はしばらく考えて電話の受話器を取った。「もしもし、石井ですが校条(めんじょう)さんはいますか?ハイハイ…………あっ、校条さん?お願いがあるんだけど………」 制作室の手塚は悠々自適に鼻歌を流していた。 傍には大村が脚を組んでジッと座っていた。 2007年 6月12日 火曜 記 2007年 6月19日 火曜 記 2007年 6月20日 水曜 記 この回の物語は作者の創作です。 イラスト・たかはし よしひで■(文中の敬称を略させていただきました)~山形マンガ少年~ 第三部『熱い夏の日』 ●第36回 マネージャー・ボンさんつづく 「熱い夏の日~山形マンガ少年~」第37回にご期待下さい!! 「山形マンガ少年」まとめてご覧いただけます。 第一部「はじめちゃんの東京騒動記」のホームページ第二部「旅立ちの歌」のホームページ
2007年09月08日
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~山形マンガ少年~ 第三部 『熱い夏の日』●第35回 てんてこ舞いの手塚プロ第964回 2007年9月1日~山形マンガ少年~第三部『熱い夏の日』●第35回 てんてこ舞いの手塚プロ 八月六日、富士見台駅前の貸しビルにある手塚プロダクションでは、朝早くからスタッフたちが慌しく制作室と事務所を行ったり来たりしながら、てんやわんやの状態になっていた。 この手塚プロダクションの主である手塚治虫の原稿の打合せと仕上げ、鉛筆による下書き、主線(おもせん)のペン入れに追われていたからだ。 手塚は今日から山形の花笠まつりに向かい、その後、秋田に行く。この間、わずか五日間だが主の手塚は東京を留守にする。それだけでも、手塚プロダクションはパニックに見舞われる。 ただでさえ原稿執筆が遅い手塚だった。それに手塚は関連会社にたくさんの役割を持ち、しかも、話題のアニメラマ第二弾「クレオパトラ」公開にむけての追い上げと、宣伝や各マスコミの取材などに追われていたから、手塚の周囲では右往左往の落ち着かない二十四時間が連日続いていた。 その状態で手塚は東京を離れ、便利の悪い山形と秋田にいくのだから、手塚のスタッフばかりか、手塚番といわれる連載雑誌の編集者や編集長らは、連載原稿が印刷に間に合うように必死で手塚のマネージャーに締切り厳守を要求した。 しかし、悪いことは起こるもので、「少年キング」連載の「アポロの歌」と「COM」の連作「トキワ荘物語」は下書きさえも出来上がっていなかった。 手塚プロではキングの編集者が、手塚のマネージャーに泣きながら山形行きを止めて、このまま原稿を描くように交渉している。 その傍をニコニコ顔の「少年チャンピオン」の編集者が制作室から出てきた。マネージャーに挨拶をして帰ろうとした。「おっ!キングさん、お先にね。『やけっぱちのマリア』がようやく出来上がったよ~。『アポロ』はまだかい?先生と一緒に山形に行くんだね」 その瞬間だった。「うるせ~っ。同じ手塚番のくせに、自分ばかり早取りするとはずるいぞ~っマネージャー!あれでは約束違反でしょうがあ!?」 と、キング編集者はチャンピオン編集者を怒鳴った。「お気持ちはわかりますが、チャンピオンさんは一ヶ月前からの約束だったので……」 と、手塚のマネージャーが言った。「それはないでしょう。チャンピオンさんは先月山形からきた少年たちにここで手塚先生が山形に行くことを聞いたから、策略していつもより三日前も早く締切日を設定したのでしょうが!!」 と、キングの編集長がマネージャーに詰め寄るのだった。 チャンピオンの編集者は音を消すようにして、手塚プロの外に出て行った。「こうなったら、手塚先生には『アポロの歌』を完成してもらってから出掛けていただきましょう」 と、マネージャーに有無を言わさず捲くし立てた。 2007年 5月30日 水曜 記 この回の物語は作者の創作です。 イラスト・たかはし よしひで■(文中の敬称を略させていただきました)~山形マンガ少年~ 第三部『熱い夏の日』 ●第35回 てんてこ舞いの手塚プロつづく 「熱い夏の日~山形マンガ少年~」第36回にご期待下さい!! 「山形マンガ少年」まとめてご覧いただけます。 第一部「はじめちゃんの東京騒動記」のホームページ第二部「旅立ちの歌」のホームページ
2007年09月01日
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