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「花王、収益構造変える中国の紙おむつ「爆買い」」という記事が出ていました。中国では花王の紙おむつ「メリーズ」が大人気です。それは単に「人気ありますよ」というレベルではなく、花王の戦略にまで影響しそうなほどの現象となっているのです。 中国で粉ミルクなどの食品で日本製が人気だというのを見聞した方は多いと思います。その流れで、赤ちゃんの肌に直接触れる紙おむつも日本製が人気なのです。で、実際中国には強力ブランド、パンパースに対抗すべく、ユニ・チャームも花王も現地工場を作ってその波になろうとしています。 ところが花王が予定していなかった事態が起こったのです。それは中国人旅行者などによるメリーズの爆買いです。爆買いは流行語大賞にでもなりそうなほど、頻繁に目にしますが、どうもメリーズの爆買いは「両手いっぱい」とか「棚全部」などというレベルではないらしいのです。 とにかく大量に買うのだそうです。正確に言えば「仕入れている」のでしょう。この記事にも出ていましたが、中国へ持っていって「100%日本直輸入品」として売るんだそうです。当然割高でしょう。仕入れ値自体が、卸価格ではなく小売価格の場合が多く、しかもかさばるおむつの輸送費は商品価格に対して割高ですから。 それでも中国国内では大人気だそうです。中国生産のメリーズもあるのに、いかに中国人が中国という国やブランドを信用していないかわかります。とにかく小売店の倉庫にあるものまで全部買ってしまう勢いなんだそうです。 で、私は花王のアジア担当の方に聞いてみました。「いいじゃないですか、なんやかんや言っても、お金出して大量に買ってくれるんですから、ありがたいことでしょう。」と言うと「いいえ、それが困っているんですよ。」と言いました。 聞いてみると、なるほどなと思うところはありました。まず、国内です。この爆買いの影響は、過去の一時的な変動量とは全く異なるくらいに影響があるのだそうです。花王はフル操業で生産していますが、爆買いによって一部で品切れを起こしているそうです。 結果として、普通の日本人が買えないケースが出てきているんだそうです。ですが、だからと言って工場を増設するのかとなると、いかにも「一時的な」現象である爆買いを当てにして新工場なんてできません。結局、従来からのお客様からのクレームが増え、対応に苦心することになります。 中国も同じです。実は中国は花王にとっての鬼門みたいなところで、タイなどの東南アジアではまずまずの存在感がある花王も中国では全然です。花王の伝統的な主力製品である洗剤やシャンプーなどもP&Gなどの欧米系に苦戦しているのです。 なので、この日本のおむつ人気は絶対にものにしたいチャンスです。2012年にそれまで日本からの輸出品で対応してきましたが、いよいよ中国国内にも工場を作り、しかも従来の輸入品の約半値という価格で先行するP&Gとユニ・チャームを追いかけています。 ですが、メリーズブランドは有名になったものの、消費者は日本製メリーズを好むようで、新工場の稼働率向上には全く貢献しないのです。日本では品薄になるほど売れるのに、中国では「中国品」と見なされる、という難しい状況になっているのです。 こういうニュースは中国だけの話かと思っていたら、やっぱりモンゴルにもその波は来ているようです。このブログでも以前にご紹介しましたが、日本から留学生が帰国するときに中古車を買ってその中に引っ越し荷物を載せ、帰国後その車を売って利益を得るということが続いていました。 ですが、最近ではその中古車も荷物のがたくさん入るミニバンにして、その中にメリーズを押し込んで持ち帰るんだそうです。ミニバンなら相当量は入るでしょう。おそらくそうした個人の輸入品は正規のスーパーでは売られないかも知れませんが、ザハに流れるのでしょう。モンゴル人にとっても肌に直接触れるものだけに敏感です。なのでモンゴルに正式に輸入されるメリーズは中国製ではなく日本製がいいと考えています。ですが、そうなるとコストの点で難しいでしょう。実際に、モンゴル人のトイレタリー販売関係者に聞いたところ「確かに日本製がベストですが、そうでなくてもいいです、中国製以外であれば。それがタイ製でもインドネシア製でも」と言ってました。私はこの時にピンときたことがあります。ユニ・チャームはモンゴル市場で第二位ですが、なかなかトップのP&Gに追いつけません。それはなぜか?ユニ・チャームは中国製ですが、P&Gはロシア製なのです。もちろん、モンゴルではロシア製のイメージの方がずーっと上です。私がウランバートル市民の台所、メルクーリーというザハで見たときのことは忘れません。並んで売られていたじゃがいもは、ロシア産のは中国産の10倍の値段で売られていました。日本でも中国産の野菜が国産より安い場合をよく見かけますが、同じ店で隣に並べて10倍もの差があるなんて見たことないです。つまりユニ・チャームは中国生産品をモンゴルに持ってきている限り、見えないハンディを背負っているのではないかと思います。中国人自身が信用していないのですから、モンゴル人が「中国品は同じブランドでも品質が悪い」と思っても仕方ないでしょう。まずは中国製メリーズが、中国人に「同じブランドだから、品質も同じだね」と受け止めてもらうところから始めないといけない問題なんでしょうね。
2015.04.27
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昨年来、低迷を続けているモンゴル経済ですが、もしかしてトレンドが少し変わりつつあるのかもしれません。もちろん、確たる理由はないので、気まぐれな市場の動きだけかもしれませんけど。まずはトゥグルグの動向です。この1年間はほぼ一貫してドルに対してトゥグルグは下落を続けてきました。普通の通貨は、ルーブルほど明確な理由がある場合を別にすれば、下落するにしても上がったり下がったり、冬から春になる時の気温のように、上下しながらトレンドとしては下落していくという場合が多いです。ですが、トゥグルグはこの1年間ほぼ「今週は前週を下回る」という流れでここまできました。唯一の例外は、昨年夏に習主席がモンゴルへ来たときに「大幅な外貨支援」が期待されて、一時的にトゥグルグ高になった時くらいでしょうか?ざっくり言えば、年間54週のうち50週以上は「前週と同じか下落」してきたんじゃないかと思います。ですが、ここ2週間ほど前から今までになくトゥグルグが堅調なのです。本年3月20日過ぎまでは、昨年来のトゥグルグ安傾向は続いていました。本ブログの2月21日付けのブログでも1ドル=1970トゥグルグ台になり、間もなく2000台の大台突破となりそうと書かれています。その後、テンポは遅くなったものの、3月23日頃には1990トゥグルグを付け、2000トゥグルグまであと一歩というところまで来ました。が、その後1980台で足踏みを続けました。そして3月17日に1970台になり、そのわずか3日後の20日には1960台にまでトゥグルグが上昇しました。普通の通貨ならこの程度の動きは当たり前な微調整みたいなものでしょうが、トゥグルグの場合はずーっと下落基調だったので、こんな小さな動きも気になります。ここ1-2年を見ると、トゥグルグが短期的にでも堅調になった時は、わりとわかりやすい理由がありました。昨年の夏に中国の主席がリップサービスをしたとか、一昨年末にサムライ債が決まった時などです。なので、今回も何かあるのかなと思いますが、私のところには特段の情報はありません。これだけなら、単なる勘違いもあるでしょうが、もう一つ気になる動きがほぼ同じ時期に見えたのです。それは、モンゴリアンマイニングの株価です。モンゴリアンマイニングについては、以前このブログでもご紹介しましたが、モンゴル企業初の香港上場会社で、エナジーリソースという炭鉱会社がその前身です。この会社は、株価7HKドルくらいで上場したのですが、なんと株価は1HKドルを割ったとこのブログでもお伝えしました。それが更にどんどん下がり、今年3月には0.27HKドルとなるほど「暴落」していたのです。その株価が、トゥグルグと歩調を合わせるかのようにここへ来て少しずつ値を上げています。現在の株価は、0.4トゥグルグです。もちろん、絶対水準としてはありえないほど低いですが、4月上旬の安値から5割近くも値を上げているのです。これは明らかにトレンドが変わったんじゃないかと思えるほどです。トゥグルグの上昇と暴落株であるモンゴリアンマイニングの上昇。ここ2週間ほどで同時に起こったこの現象は何か意味あるのでしょうか?それとも、やはり「単なる相場の気まぐれ」で再び下落基調に戻るのでしょうか?できれば「何かの良いサイン」であることを期待しています。
2015.04.24
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ニュース速報で、船戸与一さんが亡くなられたとの記事が飛び込んできました。大ショックです。私は「どの作家が好きですか?」と聞かれれば、いつも躊躇なく「船戸与一です」と答えてきました。もちろん、他にも司馬遼太郎とか浅田次郎など好きな作家はたくさんいますが、私の中では船戸与一がダントツです。船戸さんの作品は「冒険小説」などと紹介されることがありますが、私には全然そうとは思えません。別に冒険ドラマを描いているわけではありませんから。敢えて名づければ「少数民族小説」とでも言うべきものかもしれません。彼の小説の舞台は、世界中のあらゆる不合理な地域が舞台になっています。ブラジルやベネズエラの南米だったり、ミヤンマーやイラン、もちろん日本もアメリカも舞台になります。そこに描かれているのは、抑圧や暴力に苦しむ少数民族の人たちです。船戸氏は絶対に「平和は大事だね」とか「少数民族を尊重しましょう」なんてなまっちょろいことは書きません。書かれるのは、時には残虐と思えるほどの死や暴力、無法地帯です。もともと民族そのものや民族問題に関心があった私ですので、民族に関する本は学者の本を含めかなり読んできました。ですが、船戸氏の小説ほど本質的な民族問題を抉り出すような本には未だに出合ったことはありません。更に彼の資料の読み込みというか、史実の調査というか、とにかく膨大な下準備なしではとても書けないような内容ばかりです。最初に読んだ本が「蝦夷地別件」でした。アイヌがいかに和人に肉体的にも文化的にも蹂躙されてきたかが強烈に書かれています。「日本には民族問題がない」などとぬけぬけという政治家らを嘲笑うような強い問題意識で書かれています。以来20余年、彼の本は読み尽しました。現在、最後の本を読んでいるところです。遺作となった「満州国演義」は、2007年9月に第1巻が出版されました。厚さ3cmほど、380ページ余りの単行本です。モンゴルに住む前のことでした。以来、新刊が出るたびに買い、むさぼるように読みました。モンゴルと日本の関係は、近代史に置いては満州国のことも切り離すことはできません。私はモンゴルに住んでいる間この本を読み続け、も満州に思いをはせながら今のモンゴルとの関係を感じたこともありました。この満州国演義は彼がどうしても書きたかった最後の力作だと思います。途中、何度も「あれ?今年は出版されなかったかな?」と思うときもありました。実際、第8巻が出たのは2013年12月でしたが、2014年は全くありませんでした。ニュースによると、死因はガンだそうです。おそらく昨年はほとんど病床におられたんじゃないかと思います。と思って、ネットで調べてみたら・・・なんと2012年2月の記事に「彼は2年半前にガンを宣告され、余命1年と言われた」とありました。ということは、2009年頃には既にガンだとわかっていたということです。余命1年と言われてからだと5年以上は生きたということです。しかもただ生きたのではなく、この超大作を仕上げたのです。第5巻が2009年1月の出版で、ここまでは第1巻から1年半で5巻ですから順調に書いてきました。しかし、ガン宣告後の第6巻は2011年4月と2年以上費やしています。第7巻は2012年6月で、その1年後。第8巻は2013年12月とその1年半後です。そして最後の第9巻が今年の2月。まさに病魔と闘いながら、最後の巻を書き上げたのでしょう。私はこの7年余りは、常にこの小説の中で生きていたような気がします。敷島4兄弟は、それぞれのキャラクターがすぐに明確に浮かぶほど、体に染み込んでいます。彼の病床での戦いそのものが、彼の生き方や彼の作品と重なるように感じてしまいます。蝦夷地別件との出会いから20余年、これほど明確に私に影響を与えた作品はありません。いつもいつもネットや書店で「船戸与一の新刊はまだかな?」と待っていたことが思い出されます。もう新しい作品には出会えないのだと思うと本当に寂しいです。彼の作品はどれも、暴力や死が平然と簡単に登場しますが、彼の気持ちは常に少数民族側の視点だったと思います。私も常にそういう視点を忘れないようにしてきました。安らかに休んでいただきたいと思います。合唱
2015.04.22
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私は「異様なほど、中国人の存在感がない」とこのブログでも書いた記憶があります。少なくとも、東アジアや東南アジアを旅すればわかりますが、都市部はもちろん、どんな田舎に行っても中国語の看板や中国人らしい料理人、交易人らの存在を感じます。ですが、ここモンゴルは隣国であるにもかかわらず全く感じませんでした。数年前の暴動から、中国語の看板は事実上禁止され、中華料理店も普通のレストランと同じような外見でした。しかも、店の数は圧倒的に少ない。モンゴル人の友人は「中国人は確かに少ないです。もちろん、いますよ。でも、彼らはいつも目立たないように振る舞っており、路上でも中国語を話すことなんてありません」と言ってました。要するに「目立たぬように、ひっそりと暮らしていた」のです。昨年のブログでも書きましたが、その頃はホテルにだって中国人はいませんでした。アジア系の顔の近くで朝食を食べていても、聞こえるのは韓国語と日本語くらいでした。それからまだ7年にもなっていません。たった7年で、ホテルのメインの客層は中国人で、上記のような横暴な振る舞いが報じられています。なぜ?それはご推察のとおり「資源」です。ニューズウィークの記事には、「草原の国の地下にはウランやレアアース、石炭と石油など豊富な資源が眠る。モンゴルの心ある人たちは日本やカナダの企業にクリーンな開発を委ねようとするが、有力な国会議員はチャイナマネーに買収され、鉱物採掘権も中国企業に譲渡された。中国企業は環境に一切配慮しない乱開発の手法を導入して、資源を略奪して自国へと運ぶ。」とあります。私が今まで会ったモンゴル人、一般市民、大学教授、ビジネスパーソン、ジャーナリスト、留学生、田舎の遊牧民・・・・未だにたったの一人も「中国企業に開発してほしい」という人はいませんでした。世論調査をしたわけではありませんが、ほとんどの国民はそれを望んではいないと言っていいでしょう。そしてその多くは「日本に開発してほしい」「中国以外の企業に開発してほしい」「モンゴル企業だけに開発してほしい」というものでした。記事は「モンゴルの鉱山であるにもかかわらず、地元の雇用促進にもつながらない。中国から大挙してやって来た中国人労働者はゴミを草原に捨てて環境を汚染し、都市部に現れた中国人ビジネスマンは公然と女性の性を買う。まるで植民地宗主国出身者のような振る舞いがモンゴルの民族主義を刺激している。」と続けています。あんなに「身を隠すようにひっそりと暮らしていた」中国人が、このような振る舞いに変化してしまったのです。一般市民らが怒りを持つのは当然でしょう。民意が「反中国」でも結果は「中国にお任せ」になるのは理由があります。別に中国企業が無理やりやって来たわけではないのですから。それはモンゴルの「政治家」です。国民の気持ち、長期的な展望をよそに、目の前に積まれた大金で国の将来を売るモンゴルの政治家たちが最大の原因です。筆者は「今のモンゴルが置かれている状況は19世紀末から20世紀初頭までの近代史と似ている。中国人商人が資金と人脈を駆使して貿易を独占し、モンゴルの脆弱な経済を牛耳っていた時代だ。疲弊し切った遊牧民は武装蜂起をして清朝から独立を宣言。ソ連革命と連動して世界第2の社会主義国家の誕生を1924年に実現した。」と書いてます。私も感じましたが、モンゴルに住むモンゴル人はかなり楽観的に見えます。「大丈夫ですよ、中国人が喜んで払うお金をモンゴルが使って発展すればいいんですから」という人もいます。確かに「使って発展」すればいいですが、単に懐に入れられているだけにも見えてしまいます。記事は続きます。「内モンゴル自治区における中国の強権的な統治手法が国境を越えて自国に波及するのをモンゴル人は危惧する。未解放の内モンゴルの同胞と同じように再び中国の植民地に転落するのではないか、との危機感をモンゴル国民は共有している。」と。内モンゴルの悲惨さを知っているだけに、著者はモンゴルに目を覚ましてほしいと願っているのでしょう。平和で伝統的な宗教生活を願うダライラマを「分裂主義者」と呼ぶ中国。伝統的なイスラム文化を大事にしてほしいと願う人を投獄する中国です。この方程式を当てはめれば、「草原の普通の遊牧民を「極右の民族主義団体」だと誇張する中国からは、虎視眈々と周辺国をねじ伏せようとする野心が見えてくる。」という筆者の警告は傾聴すべき警告だと思います。もう一度言います。今回の記事の川や山の事件は「文化や習慣の違い」などという高尚な話ではなく、腐った政治家による人為的な選択によるものなのです。(完)
2015.04.19
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今週号のニューズウィークの記事にモンゴルのことが出ていました。私はニューズウィーク(もちろん、日本語版)を時々読みますが、それは日本人以外の書き手がどんな風に世界の出来事を捉えているのかというのに興味があることも理由です。ですので、必ず「書き手」をチェックします。今回の記事は、楊海英氏でした。彼は、内モンゴル出身で日本人に帰化した大学の先生です。私も読んだ「墓標なき草原」など多くの著書で、モンゴルに関する問題を日本人に提起しています。日本語を話すモンゴル人は多いものの、日本語で発信している人がほとんどいない中、彼は貴重なモンゴル発信者であると思います。今回の記事は、「遊牧民の男が羊の群れを追って河辺にやって来た。近くの工場で働く中国人たちが水に向かって小便しているのを見つけて、穏やかに注意した。」との文章から始まりました。雨の少ないモンゴルにとっては水は大変貴重なもので、モンゴル人は川そのものはもちろん、川の近くで川を汚すような行為は非常に嫌います。その記事はこう続きます。「ところが彼らは謙虚に謝るどころか、遊牧民の男に殴り掛かった。数日後、草原の民は馬に乗って中国大使館を包囲し、説明を求める騒ぎに発展した。3年ほど前、モンゴルの首都ウランバートルでの一幕である。」似たようなことが、「先月、またもやモンゴル北東部で起こった。」とあります。北東部と言えば、ヘンティ県やドルノド県の方でしょう。こちらでは今度は川ではなく、山だったそうです。「ブルハンガルドンという山に無断で登ろうとした中国人たちと、彼らの侵入を制止しようとした地元の遊牧民が衝突。」したとあります。それがなぜか「在ウランバートル中国大使館と北京当局が「極右の民族主義団体の襲撃を受けた」と事実を歪曲して大きく喧伝したことで、ウランバートル市長も謝罪を強いられる事態となった。」というのです。川と山は、モンゴル人が特に神聖視する場所です。この記事にもあるように「ブルハンガルドンはモンゴル語で「神なる山」の意。遊牧民が紀元前の匈奴時代から神聖視してきた「御嶽(おんたけ)」だ。チンギス・ハンと元朝歴代の皇帝が永眠する場所もここにあるとみられている。」のです。チンギスハーンの墓もこの辺りにあるとされてきました。チンギスハーンの墓と言えば、最近ある有名俳優がモンゴルを訪れて墓の探索をするような日本のテレビ番組があったようです。知人が「こないだモンゴルの墓のことをテレビでやってたね。」とその番組を見た旨を私に言いました。もちろん、その知人は私がモンゴル関係だって知っているから、いい意味で話しかけてきたのです。で私は「うーん、難しいんだよね、その問題は。そりゃあ、研究者たちが科学的な調査をして発見、採掘したいって気持ちはわかるけど、それって日本でいえば「古代未発見の伝説上の天皇の墓を外国人が科学的調査で掘り返そうとしている」って風に見えちゃうんだよね、普通のモンゴル人にとっては。」「もちろん、その番組はちゃんと役所の許可を取って活動しているんだろうけど、普通のモンゴル人にとってはちっとも嬉しい話じゃないよ」と答えました。そういう意味での象徴的な地域がこの一帯の山なんですね。そこへ中国人が無断で登ったので、それを止めようとしたら逆ギレされてウランバートル市長が謝罪に追い込まれたってことです。要するに、この2例は最近の中国人のモンゴルにおける横暴ぶりが象徴的に表されているってことでしょう。実はこんな状態になったのはつい最近のことなのです。しかも、中国人というよりはモンゴル人側の事情で。そこがこの問題が深いところです。私がモンゴルへ始めていった2002年ころ、田舎はもちろん、ウランバートルにもほとんど中国人はいませんでした。正確には「見えませんでした」住むようになった2008年でさえ、中国人の存在感はほとんど感じませんでした。(続く)
2015.04.18
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ネットニュースで、ビジネスに安心な国、不安な国ランキングが出ていました。調査対象は世界130か国です。このランキングの特徴は、普通の「ビジネス環境」とか「ビジネスインフラ」などだけでなく、自然災害への危険度も含まれているということです。ですので、同じアメリカでも南西部、中西部、南部およびワシントンD.C.を含む26州だけを対象としている「第三地域」と呼ばれる地域は第10位ですが、フロリダなどの第一地域は16位、その他の第二地域は地震の懸念から21位になっています。このランキングの判定要素は下記の通りです。1 1人当たり国内総生産(GDP)2 テロを含む政治的リスク3 石油リスク(その国で石油不足に陥る可能性)4 自然災害にさらされる危険度5 自然災害リスクへの備え度6 火事への備え度7 (政治)腐敗の抑止度8 インフラ整備のレベル9 地元での供給網のレベルなるほど、4と5は特に自然災害の要素が大きいですね。ですので、日本は残念ながら「自然災害にさらされるリスク」があるので、34位という低いランクになっています。ちなみにトップ5は、ノルェー、スイス、オランダ、アイルランド、ルクセンブルグというお馴染みのヨーロッパの比較的小さい国が上位を占めています。つまり市場規模などのビジネス的な魅力はほとんど関係ないということのようです。人口や市場規模に関係のないランキングということなので、モンゴルも少し期待できるかなと思って見ていくと・・・不安な国ランキングで14位と出ていました。理由などの詳細は不明です。が、不安ランキング上位の国を見ると「やあっぱり・・・」と思える理由が見えてきます。ワースト1位は、ベネズエラです。政情不安などの要素もありますが、やはり政治腐敗が大きいようです。これとは別の「腐敗認識指数」でもソマリアや北朝鮮と並んで世界でもワースト国家の一つですから。ワースト2位のキルギスは、貧困層が人口の4割近くいる上、やはり政治腐敗の問題も大きいようです。モンゴルはワースト14位で、その前後はアフリカの内陸国チャドとテロなどの不安があるアルジェリアです。うーん、確かにこういうランキングを見ると厳しいですね。モンゴルについて考えてみると、判定基準の1、1人あたりGDPについてはこんな下位にいるべきレベルではないと思います。2もそうですね、テロのリスクは他の中東、アフリカ諸国よりはずっと低いでしょう。3は石油リスク。正確な意味はわかりませんが、一応今まではロシアから安定的に供給されてきましたが、1国だけというのは確かにリスクかもしれません。早く自国産の原油を精製できるようになるといいのですが。4と5は、日本やアメリカのフロリダなどに比べれば、おそらく大きな問題とはなっていないでしょう。ただ人口密度が低いので、「備え度」という意味では十分ではないかもしれません。火事?なんでこんな項目があるのかは不明です。森林火事?それとも都会の火事?確かに「備えが万全だ」とは言えないかもしれませんが、だからと言って世界でも低いレベルというほどではないように思えます。バングラディシュなどの人口集中都市を持つ国は、都市での火災は確かに弱いかもしれませんけど。おそらくモンゴルをこんな低いランクにした要素は、7,8,9の要素でしょう。中でも7の政治腐敗でしょうね。これは昔から言われていることで、誰もが口にしますが、一向に改善されません。8のインフラ整備も、現在頑張ってはいますが、道路整備はまだまだですし、鉄道に至ってはこんな大きな国であるにもかかわらず実質的に1本しかありません。こういうデータですと当然、上下水道の普及率や電力などの供給余力もチェックされるでしょうが、残念ながらこれらも厳しい結果になるでしょう。意外と思われるかもしれませんが、9の「地元での供給網のレベル」も大きな問題でしょう。この意味するところは正確にはわかりませんが、わざわざ地元と書いてあることを考えると、企業が何かビジネスをやるときにどのくらい地元で調達できるのか、ということも含まれているのではないでしょうか?例えば、テレビ工場を新たに作るとして、地元でどの程度部品を供給できるのか、とか。建設でもいいです。建材などが地元に十分あるのか?モンゴルの場合は、ほとんど製造業がないので、これらの答えはほぼすべて「中国次第」となってしまうのでしょう。供給網とありますから、全国ネットワークのようなことも考えられます。ウランバートルやダルハンなどの都市部、それに近い県はまずまずでしょうが、確かに1000kmも2000km離れた県となると、とても問題ないレベルとは言えません。とはいえ、このランクのワースト12位にインド、16位にバングラディッシュなどが登場し、これらの難しい国へも日本企業は進出しています。ただ、こうした国は「人口が多い」という魅力があるのも確かです。モンゴルが進むべきはやはり「クリーン」で「透明性のある」政治や行政の仕組みしかないと思います。
2015.04.16
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昨日の紹介した記事と同じ日経ビジネスに、世界で人気が高まっている和食についての記事が出ていました。インタビューに答えているのは、おそらく海外で最も有名な日本食レストランである「NOBU(ノブ)」のオーナーシェフ松永信幸氏です。NOBUは、ニューヨークが最も有名ですが、ロンドン、モスクワ、東京など世界で31店からなる和食チェーンで、ハリウッドなどのセレブに人気があることでも知られています。記事はまず、「日本人以外が経営する日本食レストランが海外で爆発的に増えています。日本人の目から見ると不思議なメニューを出すレストランも多く、日本では「誤った日本食が世界で広まっている」と批判する声もあります。 」と和食人気が高まった故、正しくない日本食が多く見られることへの問題意識を聞いています。それに対して松永シェフは「日本食ブームが世界に広がり、日本食の認知度は非常に高まっていますが、それが「正しい日本食なのか」とつい日本人は考えてしまうようです。でも何が正しくて、何が誤っているのかと悩む必要が本当にあるのでしょうか。私は日本という国の食文化が世界に広がっていることを、もっともっと素直に評価すればいいと思います。 」と答えています。私も全く同感です。和食レストランは、かなり昔からアメリカにもヨーロッパにもありました。それらのほとんどは、灘万などの超高級和食店の海外店でした。客はと言えば、現地駐在の日本人か日本から来た出張者、旅行者ばかりで、現地の人たちはほとんどいませんでした。パリにだって、何十年も前からラーメン屋はありましたが、当然その客のほとんどはパリに旅行している日本人でした。こんなのは、日本食のグローバル化でもなんでもないと思います。単に、日本人の行動・行先に日本食屋がついて行っただけのことです。イタリアンとフレンチは、どちらがグローバルな食べ物かと聞かれれば、圧倒的にイタリアンだと思います。日本には昔から田舎の喫茶店で「イタリアン」なる茹でた中太麺のスパゲティを焼きそばのように炒め、ケチャップで味付けした食べ物があります。もちろん、こんなのイタリア人が見たらびっくりでしょう。でも、都会にあるイタリア帰りの一流シェフだけでなく、田舎にある喫茶店にまでスパゲティの「コンセプト」が浸透しているからこそ、本当にグローバル化されているんだと思います。更には「タラコイカ」や醤油ベースの和風スパゲティなども、イタリア人から見れば「何これ?本物じゃないよ!」と言われるでしょう。他方、フランス料理はまだここまで土着化していません。そういう意味では、イタリア料理の方がより世界で(少なくとも日本で)浸透していると言えるでしょう。ちなみに、今はパリには300軒以上ものラーメン屋があるそうです。当然、その客のほとんどが現地の方々だそうです。松本シェフはこういうことを言いたかったのかな?と思いながら読みました。そのシェフが突然「ノルウェー人が寿司を握って、モンゴル人が天ぷらを揚げてもいいじゃないですか。」と言ったのです。これはすごい!もちろん、「和食を誰が作っても喜んでもらえればいいじゃないですか」という意味での例に過ぎないのはわかっています。意外性を出したかったのでしょうか?「韓国人が寿司を握って、フランス人が天ぷらを揚げてもいいじゃないですか。」では、意外性が小さいのでインパクトがなさそうです。なぜか彼の頭に浮かんだ例が「ノルウェー人の寿司とモンゴル人の天ぷら」だったのでしょう。なんかちょっと嬉しいですね。シェフは続けます。「これはダメ、あれはダメではなくて、お客様が喜んでくれる料理を工夫して作って出せばいい。現地で手に入る食材や、調理方法と組み合わせることで、新しいメニューが生まれる。こうして料理は進化し、発展していくものです。 」と日本食の世界各地での進化、発展を願っているのでしょう。私も同感です。カリフォルニアロールではないですが、日本食のコンセプトを生かした世界各地で独自の進化した料理がたくさん生まれれば、それはそれで楽しいです。そんなのにイチイチ文句言っているのは、古い考え方で「せっかく長い修行に耐えて、一流職人になった」と思っている高級和食店の職人位でしょうね。「我々の既得権益を崩すな」ってことでしょう。将来はNOBUのように、逆上陸する外国人シェフの和食屋さんも出てくるかもしれませんね。と、ここまで書いてたら、「ロンドンでとんこつ人気爆発」という記事が目に飛び込んできました。記事には「ロンドンではいま、とんこつラーメン店に長い行列ができている。数年前から徐々に増えてきたところに昨秋、「一風堂」「金田家(かなだや)」という福岡を拠点にする二つの有名店が、中心部の同じ通りを挟んで相次いで開店し、ブームに火がついた。」とあります。更に「爆発的ブームは、小惑星の地球衝突の危機を描いた米映画「アルマゲドン」をもじり、「ラーマゲドン」とも言われている。それくらいの衝撃なのだ。」とも。ウランバートルにもちゃんとスープから作る本格的なラーメン屋さんができないかなぁ?みんなお湯で薄めるだけのだからね・・・残念。
2015.04.13
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なんかすごいタイトルですね。これは日本語で書かれた記事です。載っていたのは、日経ビジネスというビジネス誌です。日経ビジネスは、ビジネス雑誌としてはおそらく日本で一番売れている雑誌ではないかと思いますが、そのオンライン版で標記の記事を見つけました。日本で見るモンゴルについての記事は、石炭などの天然資源、FTAなどの外交関係、そして遊牧民や草原に代表されるモンゴルの自然、文化などが多いです。もちろん、相撲もありますが。ですが、この記事はそのどれでもない、純粋に「モンゴル人」にフォーカスを当てた内容なのが新しいです。この記事は、立命館大学大学院政策科学研究科の上久保誠人准教授に日経ビジネスの副編集長がインタビューしているという形式で進んでいます。立命館大学は、アジアからの留学生が多いことで知られている大学です。記事はまず、日本企業は最近多くの外国人幹部や社員を採用したり、日本人を海外に出したりしているが、それでは本当のグローバル人材とは言えないでしょう、と言ってます。所詮は、日本をベースに考えているだけだからです。では、本当のグローバル人材とはどんな人たちなのか?と問うているわけです。それに対して先生は「国や人種、企業といった枠組みには依存しない人たちです。」と答えてます。例として「アフリカや中東などの出身で、自分の国はもう崩壊しているから、そこでは仕事ができない人がいます。自国には頼れないから、米国や英国に留学して、世界に通用するスキルを磨く。それを武器に、どんな場所であっても勝負していこうと考えるのが、グローバル人材なのです。」と母国とは無関係に活躍している人材のことを言っているのです。この記事を読んで、私は昔の同僚を思い出しました。BCGの後、プライベートエクイティの会社を経営していた時のことです。そのグループはグローバルに展開していたのですが、海外にいる同僚は無茶苦茶優秀だったのを覚えています。確かハーバードからBCGに入って、その後私と同じグループに入った仲間でしたが、「こんなに頭がいい人がいるんだなあ」と感心したのを覚えています。頭がいいだけでなく、人柄もよく、それこそ人に優しいのです。もちろん、仕事では無茶苦茶厳しいですが、一歩離れると暖かい人間性が通じるような雰囲気を持っていました。中でも特に印象に残っていたのが、旧ユーゴスラビア出身の一人と、レバノン出身の一人です。旧ユーゴスラビアなんてその頃戦争していましたし、当たり前ですが「母国をベースにビジネスをする」なんて考えられない状況でした。レバノン人の方も高校だったか大学からパリに移り、BCGのパリ事務所を経由してニューヨークに来ました。レバノン語にアラビア語、フランス語、スペイン・ポルトガル語、もちろん英語もペラペラ。二人に共通していたのが「母国に帰れないのが、とても残念なことだ」と言ってました。彼らにあるのは、母国の保護でもなければ母国の市場でもない。あるのはただ、彼らの実力だけです。しかも医者や弁護士と違って、コンサルタントには資格なんかありませんから、どこでもやっていけるだけの飛びっきりの実力です。私なんか、日本やアジアを担当していましたが、それは私が日本人であり、アジア人だからです。それ以外の地域ではとてもそんなポジションには立てないでしょう。でも彼らは多分、欧米はもちろん、ブラジルでもインドでも香港でも立派にやれるだろうなと思いましたね。「覚悟が違うな」というのが大きな印象でした。こんなイメージが、本当のグローバル人材なのかなと、この記事を読みながら思い出しました。この記事でも「覚悟が違いますよね。日本人にそうした覚悟を持つ人がどれだけいるでしょうか。平和な故郷があり、事実上の終身雇用である企業に属しているような環境で、グローバル人材は育ちません。」と言い切っています。この記事ではこの後、どうやって育成するのか?とか、どうやってグローバル人材を確保するのか?について書かれています。質問者が「グローバル人材を多く輩出する国はあるのでしょうか。」と問いました。すると、この先生は「私は最近、モンゴル人こそが真のグローバル人材だと思うようになりました。中国とロシアという大国の狭間にある小国ではありますが、海外に出るとものすごく力を発揮する人がたくさんいます。」と突然、モンゴル人を取り上げています。続けて「モンゴル人は、何かに縛られることなく、完全に個人で動きますから。もともと遊牧民族であるということも、影響しているかもしれません。相撲だって、日本にたくさんやってきて、実績を残しているじゃないですか。」となぜかグローバル人材と相撲を結びつけています。更に「立命館大学にもモンゴル人の留学生が多いですが、いずれもとても優秀です。グローバルな考え方などの面で、とても高いポテンシャルを感じます。立命館で学んだ後に、米国の大学などへ飛び出していく人も多い。 米シリコンバレーのようなところでも、これからモンゴル人が増えていくでしょう。日本企業は、そういう人たちを早くキャッチした方がいいでしょう。」と、日本企業にモンゴル人を採用することを勧めています。もちろん、この先生がどれほどモンゴルに詳しいのかはわかりませんが、多くのアジア人留学生を見てきた経験から「モンゴル人は個人として強い」ということを理解しているのでしょう。私も「個人として優秀」「個人では強い」という部分には賛成ですし、ユーゴスラビアやレバノンのように世界で活躍できる人材を輩出できる可能性は持っていると思います。先日のブログにも書きましたが、日本企業が最近中国や東南アジアなどの「アジア人材」を採用しているのは有名です。でも、はっきり言って、それらは「中国要員」であり「アセアン要員」であることも事実です。要するに、日本でみっちち日本流を学ばせて、将来母国へ送り込もうとしているのだと思います。ですが、日本企業がモンゴル人を採用する場合は違います。残念ながら、将来のモンゴル進出を考えてモンゴル人を採用している大企業はほとんどないでしょう。逆に言えば、母国と関係なく採用されているモンゴル人はそれだけ優秀だということなんだと思います。そういう意味では、日本企業で働くモンゴル人は既に「グローバル人材」の第一歩を踏み出していると言えます。優秀なモンゴル人には、もちろん母国へ戻って活躍してほしいですが、日本企業をはじめとするグローバル企業で活躍してほしいと思いますね。
2015.04.12
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新聞に「中国石炭商社、利払いできず」という記事が載っていました。中国の石炭ビジネスはあまり調子良くはなさそうというのは知っていたので、記事を読んでみました。その記事には「香港に上場する中国の石炭商社、永暉実業控股は、8日に到来した米ドル建て社債の利払いができなかったと発表した。」とありました。上場企業ですから、結構大きな商社なんでしょう。それがデフォルトになるということは石炭ビジネスはかなり苦しい状況なのだということです。続けて読むと、「金額は1315万ドル(約15億8000万円)。利払いは30日間の猶予期間があり、同期間に支払いを完了できないと債務不履行(デフォルト)となる。同社は債権者と債務再編に向けて協議に入る。」とあります。あと1か月以内に16億円ほど用意できないと実質倒産ということになるのでしょう。こうした上場企業の場合は、中国政府によって救済されるのかどうか不明ですが、国営企業とは書かれていないのでどうなるかは全くわかりません。注目したのは最後の文章です。「同社はモンゴルなどからの輸入石炭を中国の製鉄会社などに販売している。石炭価格の下落で2014年12月通期の最終損益は36億香港ドル(約550億円)の赤字だった。」とあります。なんと、この商社のメインビジネスはモンゴルからの石炭輸入のようです。つまりモンゴルをメインにしている石炭商社が倒産寸前の状態だということです。もちろん、今回の危機の原因がモンゴルとの取引が不調によるからなのかどうかは不明ですが、やはり最近の石炭市場の低迷が根底にはあるのではないかと思います。社債の利払いもできないということは、おそらくモンゴル企業への支払いも滞っていることでしょうし、もしデフォルト・倒産となれば、モンゴル企業の売掛金の回収は相当難しくなります。そうなると、そのモンゴル石炭企業と取引していたモンゴル国内の種々の企業も影響を受けるでしょう。今までは、中国企業は価格交渉には厳しいものの、支払いは比較的良いとされてきましたが、上場企業クラスでも危ないとなると、モンゴル側からすればどうやって与信管理したらいいのかわからないことになります。それもこれも世界の石炭市場、中でも中国の石炭市場が大きく低迷しているからです。中国がくしゃみをしたら、モンゴルは風邪をひく・・・レベルではない影響を受けるでしょう。なんせモンゴル全体の輸出の9割近くが中国向けであり、そのほとんどが石炭などの鉱山資源なのですから。毎年この季節、春になると鉱山での採掘が始まり「今年は相場もよくなるでしょう。外貨も増えるでしょう。」と言われてきましたが、なかなかその通りにはなりません。今年は春先にこんなニュースが出てくるくらいですから、とても楽観的にはなれないでしょう。そういえば、サイハンビレグ首相が「OTはツァガンサルのあと契約が行われる」とか「間もなくTTも正式に決定する」言っていたという情報がありましたが、あれはどうなったのでしょうか?OTについては、新情報は聞いてません。TTは一応、日本から住商が参加することに決まったようですが、確か「優先交渉権」だったと思います。それがその後最終決定になったのか、まだ情報はありません。もしかして、ずっと強気だったモンゴル政府と、最近の石炭相場の影響でより厳しい条件を突きつける中国の神華能源との交渉が長引いているのかもしれません。こういう交渉は「相場がいい時」に交渉するのがモンゴルにとっていいのは言うまでもありません。2011年の絶好機を延ばしに延ばし、最近ではもっとも悪い時期に交渉に入るように時期を変えてきたのはモンゴル政府です。欲の皮が突っ張ると、いい結果にはつながらないという典型的な状況になってきました。上場石炭商社の経営危機で、一層モンゴル側の交渉力が削がれてしまうのではないかと懸念しています。
2015.04.10
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最近、このブログへのコメントが賑やかです。コメントを下さる方々は、現状のモンゴルに危機感を感じ、日本などへ留学している若者らへの期待をお持ちのようです。是非、このブログをそういう意見交換の場にしていただけたらと願っております。このブログでも何度もお伝えしていますが、モンゴル人の留学志向と言いますか、実際に外国で勉強している人の数は、「比率」として考えると日本とは比べ物にならないほど多いと思います。その目的は様々で、外国で本格的に専門分野の勉強をしたいとか英語や日本語などの外国を学びたいなどが多いです。ですが、一番多い動機は「モンゴルでいい仕事に就きたい」「モンゴルの政府や企業で偉くなるには外国の大学を出ておきたい」というのが一番多いところであり、この辺は日本とはかなり様相が異なります。日本の場合、少なくとも有名企業や中央官庁に就職したいという動機の場合は、あまり留学は役には立たないでしょうから。MBA留学などの動きは確かにありますが、全体からすれば小さな存在でしかありません。最近はモンゴルから中国への留学生が急増しているとはいえ、歴史的には日本への留学生はかなり多い方ではないかと思います。最近の中国を別にすれば、モンゴル人の主な留学先は日本、アメリカ、韓国そしてドイツなどのヨーロッパのように思います。もちろん、時代を遡れば旧ソ連(ロシア)、東欧諸国という場合も多いでしょうが、最近に限るとこれら日米欧の地域かなと。それに加えて、オーストラリア、シンガポール、マレーシアなども耳にしました。他では、ベトナム、台湾、トルコ、インドなどへ行かれた方もいるようで、行先はかなり多様化しているように思います。日本やアメリカへの留学の場合は、卒業後すぐに帰る人もいれば、留学先の地で就職する人もいます。モンゴル人の場合、母国が大市場というわけではないので、中国人のように「将来の中国進出時に役に立ってもらう」という期待はあまりされませんから、本当の実力だけで就職先を見つけなくてはならないので、結構大変でしょう。逆に言えば、現在日本企業で採用されているモンゴル人の方々は、母国とのつながりとは関係なく「大いにその実力を期待されて」採用されているんだと思います。それだけに、日本企業でも大切な仕事を任されて日々頑張っておられることでしょう。そうなればなるほど、いい仕事をすればするほど、モンゴルへの帰国が難しくなるのも事実のようです。今までに何人かの日本の大企業で活躍しているモンゴル人(当然、元留学生)にお目にかかりました。彼ら彼女らは日本語が抜群に流暢な上に、大変優秀でいい仕事をしているようです。彼ら彼女らも「いつかはモンゴルに帰って、国のために貢献したい」という大志は持っていますが、実際問題には大変難しくなっています。その一つが、私が「高所恐怖症」と呼んでいることがあります。通常高所恐怖症というのは、高いところが苦手、怖いという意味ですが、これに加えて私は「高いところから飛び降りる怖さ」を言ってます。大手商社M物産や大手銀行M銀行などの日本人から見ても一流と言われる企業に勤めている人たちに言ったことがあります。「モンゴルへ帰りたいという気持ちもあるだろうけど、そんないい環境では辞める決断はできないでしょ?」と。一流大企業に数年も勤めていると、その職場環境の良さが身に染みてくるのです。給料はかなり高くなり、海外出張も頻繁に出かけます。日常的に行くレストランやホテルのランクも上がり、生活そのものがかなり「立派に」なってくるでしょう。他方、モンゴルへ今帰ったらどうなるか?10数年年前なら、日本留学帰りというだけで、有名企業のマネジャークラスやそれ以上のポジションで迎えてくれる企業も多かったでしょうが、元留学生で溢れている今は、そんな簡単にいいポジションへ就けるわけではないでしょう。つまり、今の職場環境が良ければ良いほど、モンゴルへ帰った時の落差が大きいと感じるのです。それは私は「高所恐怖症」と呼びました。「高すぎて、飛び降りることができない」という意味です。それを聞いた彼ら彼女らは「なるほど、そう言われれば、確かに当たっている」と口々に言いました。何も、モンゴル人留学生が日本企業での好条件だけで帰国をためらっていると言うつもりはありません。元々大きな志を持ってきているので、「モンゴルへ帰れば、国を変えることに貢献できる!」と信じれれば、そんな好条件なんて捨てても惜しくはないという人も多いでしょう。が、現実はその反対です。モンゴルから聞こえてくるのは「結局、何も変わらない」「むしろ、どんどんひどくなっている」などの悲鳴に似た声です。そんなこんなで10年も過ぎてしまうと、本当に戻れるチャンスは少なくなるでしょう。でも、私はそれもありだと思います。より長い将来を考えたときに、何もみんながモンゴルに帰る必要はないのです。モンゴル人が、いろんな国でビジネスパーソンとして、教育者として、アーティストとして、スポーツ選手として活躍するのも、母国発展に貢献していると言えるんじゃないかと思います。きっと遠くない将来に、そういう「海外で実力を蓄えた人たち」を必要とする時期は来ると思います。留学生のみなさん、将来どこで活躍するかはわかりませんが、国を思う気持ちだけは忘れないでください。「当たり前でしょ?」と言われそうですが、敢えて言わないといけないのが今のモンゴルの国情とも言えるのです。
2015.04.07
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今のカザフスタンはどうなっているのでしょうか?ちなみにカザフスタンもモンゴルと立ち位置は似ていて「世界二大わがまま大国」の中露に挟まれています。モンゴルと違うのは、カザフスタンはこの2国以外にキルギスやウズベキスタンとも接しているということです。また経済発展の基礎を資源開発に置いていることも似ています。もちろん、内陸国家(カスピ海に面してはいますが)であるとか遊牧民文化など両国は類似性が多いと言えるでしょう。記事を読んで一番気になったのは、貿易相手国です。ご存じのとおり、モンゴルは輸出の9割近くが中国で、輸入の3分の1も中国と、圧倒的に中国に頼っているのがわかります。輸入の第二位も同じく3分の1を占めるロシアとなっています。それに対して、カザフスタンはEUとの貿易額が44%とトップを占め、ロシア、中国はそれぞれ15%前後と、モンゴルの貿易構造を大きく違うのがわかります。現在15%弱の中国との貿易に対して「最近の中国品の急増は目に余る」と警戒しているそうですが、モンゴルの中国依存度からするとお話にならないくらい健全なレベルです。貿易先というのは、短期的には仕方のない部分はあっても、長期的にはその国の意思が関係していると思います。モンゴルは「中国は嫌だ嫌だ」と言いながら、現実にはその比率を下げる努力は一切せず、逆に増やしてばかり来ました。まさに政治の意思であると思います。もう一つ、私が注目した記事の内容は、大学教育のことです。私はモンゴルでは本気で「教育は国の将来を決めるほど重要なことだ」と思ってはいないと考えています。もちろん、口ではなんとでも言えます。偉い政治家は、言うのはタダですから必ず言います。「教育が大切だ」と。が、そこへの投資もなければ関心もないのが実態だと思っています。明治維新で開国した日本は、当然非常に貧しかったにもかかわらず、外国から専門家を呼んできて多くの面で教育してもらいました。謙虚に外国から学びました。カザフスタンでは2010年に大統領の名前を冠したナザルバエフ大学というエリート養成校を作ったそうです。そしてその初代学長はなんと日本人なんだそうです。しかも教授陣の8割が外国人だそうです。外国から優秀な先生を集めて、自国の若者に教育をし、いずれは自国からも優秀な人材を出していこうという強い意志が感じられ、確かに教育に力を入れていることがわかります。翻って、モンゴルはどうでしょうか?私はモンゴル国立大学にいましたから、その辺はよくわかります。まずは、本気で外国人の先生を求めようとはしていないし、そのために待遇を改善しようなんて気持ちはこれっぽっちもないってことです。ですから、私のような「現地教員と同じ給与」の外国人教員は超例外的な存在で、海外で必死に探す場合があるとすれば「語学の先生」くらいです。それはモンゴル国立大学が保守的だからというのではなく、そういう制度も予算も全くないからなのです。国立大学であるのに、大学の全収入のうち国からの収入はわずか3%しかないとも聞きました。私が「たったの3%!?だったら、私立大学と同じじゃないですか!」というと「私立大学の方が自由がある分、ましかもしれません」とも聞きました。カザフスタンの場合は、外国に開かれた大学の象徴としてかどうかわかりませんが、トップに日本人を置いていますが、モンゴル国立大学は学長の座は国や国会議員のおもちゃにされている部分があるのです。私がいたとき、校内で学長選挙があり私をモンゴルに呼んでくれたK先生が当選しました。私が「学長当選おめでとうございます!」というと「それはまだわかりません。ただ、選挙で当選したというだけのことですから」と言われました。実際には、国か国会かわかりませんが、上の偉い人たちが彼らの思惑で決めるんだそうです。結局、その時もKさんは学長にはなりませんでした。貿易構造の問題、人材育成への意思など、モンゴル人が自分たちで決めればできることはたくさんありますが、どうも違う方向に行っているような気がします。20年間でカザフスタンと3倍もの差がついたのは、モンゴル人自身が意思をもってやってきたことの結果だと思います。中国人でもロシア人でも、誰のせいでもありません。今からでも遅くはないので、正しい方向に向かってくれればいいなと思います。(完)
2015.04.05
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モンゴルの隣の国、カザフスタンについての記事が出ていたので、興味深く読みました。こういう題名、つまり「カザフスタンと比べる」なんて、多くのモンゴル人は嫌がるでしょうね。なぜかモンゴル人の多くは「カザフ人」というとあまり好きではない態度を示します。もっともこの場合のカザフ人というのは、モンゴルの西に住んでいる少数民族のことをいう場合が多いですが。私が読んだ記事は国内少数民族ではなく、西の隣国で中央アジア随一の大国カザフスタンです。私が感じたのは「お隣の国から学べることがあるんじゃないか」ってことです。カザフスタンは、中央アジアではもっとも発展した国として認められており、実際一人当たりGDPは1万3千ドルと中央アジアの中ではかなり高い水準に達しています。現在、4千ドルのモンゴルの約3倍となっています。もともとソ連邦の時代から豊かだったから?でも、そうとは言えません。ソ連崩壊後は、ほとんどの旧社会主義国はかなり厳しい時代を送りました。世界中のデータを集めているサイトを見ると、一人あたりGDPの推移が出ています。それによると、ソ連崩壊直後の1992年のカザフの一人当たりGDPはなんと168ドルであり、当時のモンゴルの724ドルと比べてもかなり厳しい状態だったことが伺えます。翌年、カザフとモンゴルはほぼ同じ水準となりましたが、その後約20年を経てカザフはモンゴルの3倍の水準になりました。一体、何が一番違うのでしょうか?それをこの記事から少し垣間見ることができます。当然ですが、一番違うのはカザフスタンはナザルバエフ大統領がソ連からの独立後ずっと独裁でやってきたのに対し、モンゴルはご存じのとおり年がら年中政権が変わったり、対外的な約束が反故にされたりと、政治の不安定が続いています。逆に言えば「政権交代できるほど、民主主義が根付いているモンゴルに対し、一人の独裁者がずっとやっているカザフスタン」ということもできます。モンゴル人の友人はこのように主張します。ですが、冷静に見てみると、「だから、何?モンゴルのごちゃごちゃした自己中心の政治家の方が優れているってこと?」と聞きたくなります。これは外国から見ると、どういう違いとなるか?ある大手日本企業の方は、カザフスタンとモンゴルの両方に駐在をしたことがあります。彼にその辺を聞いたことがあります。どっちの政治体制がいいとかの話ではなく、外国人ビジネネスマンにとってどちらの方がやりやすいか?についてです。「そりゃあ、カザフスタンの方が外国企業にとっては断然やりやすいよ」と言ってました。まず第一に、カザフスタンは政府としての約束を守るそうです。もちろん、それはナザルバエフ大統領の許可の下の約束ってことです。大統領は絶対的権限を持っているので、対外的に約束したことは必ず守らせることができるそうです。「その点、モンゴルは政権党が変わったり、担当大臣が変わっただけで、前の約束が守られないというのはよくあることですから、なかなか信頼がおけません」と言ってました。うーん、まあ、そうなんでしょうね。私がちょこちょこ聞く話からも、そんな雰囲気は伝わってきます。他には?両国とも賄賂というか、袖の下みたいなのはあります。が、その点もカザフスタンの方がすっきりしていいとのことです。カザフスタンの方は、誰とは言いませんが、しかるべきトップとうまくやっておけば、途中の役人や現場はその後スムースになります。が、モンゴルは違います。モンゴルは上は上で要求するし、途中でもいろいろそんな人からそんな話が出てきます。更に、末端とも言える現場も「まるで日常生活のように」不毛な要求をされて、すぐに仕事が先に進まなくなるというのです。最近亡くなったリークアンユーが、当時「この先、シンガポールは生きていけるのか?」と周辺の国々から心配されたほど貧しかった国」を、世界で最も豊かな都市国家の一つ」に成長させたことは有名な話です。彼のやり方は、一般的な「開かれた民主主義」とは違っていました。いわゆる「開発独裁」と言われるものです。彼の功績と民主主義の正義を比較するときによく言われる比喩があります。「一番ダメなのが、能力のないトップによる独裁」「二番目にダメなのが、機能していない民主主義」「二番目にいいのが、きちんと機能している民主主義」「一番いいのは、優れたリーダーによる独裁」というものです。カザフスタンがどこに位置するかはわかりませんが、モンゴルは残念ながら「機能していない民主主義」と言える気がします。リークアンユーが一番優れていたのは、いろんな評価はあると思いますが、私は「汚職を許さない」という方針だったと思います。そういう点からしても、残念ながらモンゴルにはここ20余年、そんなリーダーが出たとは聞いたことはありません。(続く)
2015.04.04
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記事の続きです。インタビューアー他の国々の戦略や政策の事例などを教えて頂けますか?私ルクセンブルグは、今では世界で最も豊かな国となりました。が、19世紀のころはドイツ、オランダなどに囲まれた貧しい小国でした。ですが、19世紀後半に鉄鉱石が発見され、それを契機にヨーロッパの優良国に発展しました。ルクセンブルグは、人口はモンゴルよりも更に少ない国です。ですから、そのまま輸出するだけでたくさんお金が入ってくると思われました。ですが、この鉄鉱石をそのままドイツやフランスへ原料として輸出せず、鉄鋼を自ら生産しました。それにより、ヨーロッパ有数の鉄鋼業が盛んな国となり、一躍貧しい農業国から豊かな工業国へと脱皮したのです。現在は金融業を中心とする国となりましたが、現在の「世界一豊かな国」になった原因は、鉄鉱石をそのまま輸出せずに、加工して付加価値を上げて輸出したからに他なりません。他方、アフリカには天然資源の豊富な国がたくさんあります。コンゴやザイールなど、大きな鉱山を持つ国はたくさんあり、長期間に渡って資源を産出してきました。ですが、これらの国々が豊かになった、という話は聞いたことがありません。それは、天然資源をなんの加工もせず、つまり付加価値をつけることなく、外国に売り渡してきたからです。付加価値をつける活動がないので、人材が育ちません。何十年たっても、採掘する以外の仕事はなく、若者にとっても全く魅力的な国にはならなかったのです。石油は数ある天然資源の中でも桁違いに莫大な収入をもたらす資源です。中東などは、王族などの一部の利権者が大きな富を得る仕組みの中でやってきました。その結果、やはり人材は全く育っていません。優秀な人材の多くは、海外へ流出してしまいました。それは国内に「付加価値」を作り上げる仕組みがなかったからです。その中東でも最近は、たくさんの石油化学プラントが建設されています。つまり原油だけ売っていては、長期的な国の発展が望めないことが分かって来たからです。日本や欧米の資本、技術を積極的に活用し、最終製品ではない中間原料を国内で生産することによって、人材も生かし、長期的な国の発展に寄与できるからです。インタビューアーマイニング以外では、どのセクターを発展させるべきでしょうか?教育?健康関連?投資銀行?証券市場?農業?どのような順番で発展させるべきでしょうか?私モンゴルが今後どの分野をもっと発展させるべきかは、モンゴル人が考えるべきことでしょう。時代によっても違うでしょうし、蓄積された技術や経験によっても違うでしょう。ですが、どのような分野でも必要な要素はあります。一つは、教育です。モンゴルは人口が限られていますから、中国のようにたくさんの人で何かをやるということには不利でしょう。大きな自動車工場は、モンゴルでは難しいでしょう。その分、一人一人が優秀であることが必須です。二つ目は、法的整備と順法精神でしょう。法律上の曖昧さに加え、途中で変えられてしまうことも多いなど、外国から見ると不安が多い国であると言えます。三つ目は、透明性です。行政手続きや裁判などでの不透明さゆえに、二の足を踏む外国企業は多いです。シンガポールが小国であるにもかかわらずあれほど発展したのは、これらの3つの要素に力を入れたからです。英語教育を始めとする教育投資、内外差別をしない裁判制度、法律に基づいて政府や企業が行動する、などを徹底したからこそ、多くの先進国の企業が安心して進出し、結果としてアジアで最も豊かな国の一つになったのです。モンゴルがこの3つを成し遂げれば、投資家にとって大変魅力的な国になるでしょう。インタビューアーモンゴルにとって、最も大切なパートナー国家はどこでしょうか?ロシアでしょうか?中国?それとも他の国でしょうか?21世紀のモンゴルや世界にとって、ロシアと中国の役割は何でしょうか?私モンゴルは地政学上、二大隣国である中国とロシアを無視することはできません。エネルギー、食料、消費財を始めとする物質供給に加え、安全保障の面からもこの二大国より重要な国はないでしょう。ですが、この二大国だけと付き合っていては、歴史から見られるようにモンゴルの不安定さは無くならないでしょう。ですので、第三の友好国が必要なのは言うまでもありません。具体的には、アジアの友好国、アメリカ、そしてヨーロッパでしょう。アジアの友好国としては、技術や投資などから考えれば日本が最有力なのは間違いないでしょう。ヨーロッパは歴史的にドイツとの関係が深いようですので、ドイツを中心に東ヨーロッパの国々との友好関係は重要です。モンゴルの安定と繁栄は、この二大隣国との友好を大事にしつつ、いかに日本、アメリカ、ドイツなどとの関係を強化できるかにかかっているでしょう。そのためにも、これらの国々の企業が進出できるような、法的整備、インフラ整備などが大変重要であると思います。(完)
2015.04.02
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新聞記事の続きです。記事の下半分です。文字通り、全面に載りました。インタビュアー道路や発電所、送電網などのインフラ整備について、政府と民間部門の役割はどうあるべきでしょうか?私モンゴルは広大で、しかも人口密度が大変小さいです。つまりインフラ整備への投資効率が多くの国々よりも悪くなってしまうのは仕方ないでしょう。ですが、鉱山や工業だけでなく、農業や畜産の発展を考えても、インフラ整備は大変重要なカギとなります。他方、そのための資金が足りないことも事実です。であれば、モンゴルの天然資源を求めてやって来る外国企業や投資家に対して、「単なるライセンスの切り売り」だけでなく、いかにインフラ整備に貢献できるかを、パートナー選定の基準にすることも重要になります。政府の長期的な計画に基づき、プライベートセクターが自社の利益のみならず、インフラ整備にも投資したくなるような環境整備が重要でしょう。例えば、魅力的な鉱山がある地域への投資を望む場合は、国の重要な幹線と接続できる鉄道や道路整備を義務付けるとか、地域への供給ができる発電所建設への投資も行わせるとかが考えられます。政府の役割は、基本的なインフラ構想を作り、外国企業を含む民間企業が投資をしたくなるような条件整備に徹するべきでしょう。現在資金が十分でないモンゴルでは、できるだけ民間資金がこうしたインフラ整備にも回りやすいような法的整備をすることが大切だと思います。インタビューアーそのような政策や方針は、公にオープンにすべきでしょうか?それとも、内密に進めるべきでしょうか?私外国企業の技術や投資を呼び込みたいと考えるなら、政策の透明性確保がもっとも重要です。意思決定の仕組みが、外国企業、投資家からもわかりやすいことが重要です。この部分が不透明であると、外国の一流と言われる企業は投資してくれないでしょう。インタビューアーできるだけ早く行動、実行に移すことが重要だとお考えですか?それとも(時間がかかっても)正しいことを行う、ということが重要だと思いますか?もし日本がモンゴルのように天然資源に恵まれた国だったら、日本政府はどのような政策をとるでしょうか?即効性のある現金収入の道を選ぶのか、時間がかかっても辛抱強く安定的な発展を目指すのでしょうか?私第二次世界大戦が終わった時の日本は、世界的に見ても最貧国の一つでした。終戦直後にアメリカでアンケートがあったそうです。その質問は、「30年後に最も繁栄しているアジアの国はどこか?」です。その時、日本と答えた人は誰もいませんでした。一番多い答えはフィリピンだったそうです。その理由は、英語を話せる人が一番多く、キリスト教が一番広まっているということでした。これはアメリカ人の発想で、アジア人が独自に発展できるとは考えられないので、アメリカに一番近い国、つまり英語ができてキリスト教が広まっている国が発展すると考えられました。あとは、インドネシアも有力候補でした。なぜなら資源がたくさんあるからです。しかし本当の発展には、英語や宗教、資源の有無とは関係なく、その国の国民が作り上げる付加価値がどのくらいあるかどうかにかかっています。そして、それには時間がかかります。教育の問題、インフラ整備、技術導入などです。しかしながら、そういうベースになる部分をしっかり築き上げることによって、その後の長期的な繁栄が訪れるのです。モンゴルには天然資源が豊富にあるのですから、これを使ってベースの部分をしっかり築けば、その後の長期的な繁栄が訪れるでしょう。確かに、短期的には原料だけを売って収入を得る方が、早く豊かになれると思うかもしれませんが、実際にはそれは一部の人や企業にメリットがあるだけで、多くのモンゴル人には恩恵は少ないでしょう。(続く)
2015.04.01
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