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現在、「モンゴルの歴史」という宮脇淳子さんが書いた本を読んでいます。断片的にしか知らなかったモンゴルに関する知識が系統だって理解でき、なかなか良い本です。モンゴルの場合、「モンゴルの歴史を否定した」70年近い社会主義の時代があったので、モンゴル人による近代的なモンゴル史の研究はまだ20年ほどしかたっていません。隣国のロシアと中国は当然のことながら、中立で客観的な歴史なんて書けるはずもありません。ロシアにとっては、チンギスハーンは史上最悪の人物で、社会主義時代はモンゴル人でさえも崇めるどころか、口にしても行けなかっそうです。今も自由のない全体主義国家であるロシアに、まともなモンゴル史がかけるはずもありません。現代中国の方はもっとひどいでしょう。元々言論の自由のない国で、しかも民族問題には敏感ですから、まともな研究ができるはずもありません。そう考えれると、確かに研究者の数は少ないかもしれないけど、一番まともなモンゴル史の研究をしているのが日本だというのは納得がいく話です。そんな気持ちでいたところに、ネットのニュースが飛び込んできました。「7月10日に旅行を楽しんでいた外国人20人が中国・内モンゴル自治区西部のオルドスで拘束された。」というのです。「拘束された外国人はイギリス人9人と南アフリカ人10人、インド人1人。いわばイギリス連邦の構成員から成るツアーだった。」そうです。「一行は慈善団体のメンバーで、香港から上陸して47日間にわたって中国を回る予定だったが、オルドスにある「チンギス・ハン陵」を見学しようとしていた矢先に逮捕された。」とあります。記事を書いていたのは、本ブログでも何度かご紹介した「墓標なき草原」の作者梅海英さんで、記事元はニューズウィークです。そしてなんと逮捕容疑は「ホテルの部屋でテロ扇動のビデオを見ていた」ことだそうです。が、実際に彼らが見ていたのはモンゴル帝国の歴史を紹介した映像であり、単に歴史を予習した上で遺跡を見学しようとしていただけだったそうです。なんかチベットか新疆ウイグルかと思ってしまいました。最近は、内モンゴルの民族問題は大きなニュースにはなっていませんから。表題には「チベット化」なんて書きましたが、中国共産党が一番最初に目を付けた「少数民族」はモンゴル人で、その蹂躙の成功に味を占めチベット侵攻を進めたので、元々はチベットの内モンゴル化だったんですね。記事によると、「内モンゴルでは以前から治安当局が外国人の動向に目を光らせてきた」そうです。習主席になって、一層警戒が厳しくなっているようです。その一番の問題はチンギスハーン陵の存在です。我々モンゴル国側から見ると「チンギスハーン陵なんて言っても、どうせ本物じゃないでしょ?」と言いたくなるところですが、どうもそんなインチキくさい話ではないようです。チンギスハーンの遺品や妃らが使っていた遺品もあり、13世紀から歴代のハーンが「大ハーンの儀礼」を行う場所に使っていたんだそうです。上記の「モンゴルの歴史」を読んでも、確かにその辺りは結構大事な場所のようなのです。それだけ重要な遺品などがあるだけに、モンゴルが独立した時にはモンゴル側に移転させようとしたり、中華民国ができた時には遺品を差し押さえたり、更には日本軍がその遺品の重要性を知り支配領域に移そうとしたり・・・戦後になると、国共内戦で敗れた蒋介石が台湾に持っていこうとしたり、共産党が横取りしたりと、その時々の支配者らがこぞって自分の支配下に置こうとしたほど、貴重かつ「モンゴル人にとっての象徴」的存在なのです。それだけモンゴル人(特に内モンゴル人)にとってはもちろん、内モンゴルを植民地化している中国政府にとってもかなり敏感な場所なのです。そうは言ってもなぜ、モンゴルの歴史のビデオを見て勉強してはいけないのか?それはそのビデオが「正しいモンゴルの歴史」を映していたからでしょう。中国政府の「モンゴル史」は、モンゴル人はもちろん、私たち日本人や多くの外国人が考えているモンゴル史とは全く違うのです。「中国政府は「チンギス・ハンはヨーロッパまで遠征した唯一の中国人」「中華民族の偉大な英雄」と喧伝して、統治下のモンゴル人を懐柔しようとしてきた。」というのです。「チンギスハーンは中国人だ」とか「モンゴルは中国の一部だったのに、ソ連の陰謀で無理やり独立した」などについては、もちろん私も何度も耳にしていましたし、実際に中国人からもそう教育されていると聞いたことはあります。ですが、それをイギリス人や南アフリカ人という、全く近隣でもなんでもない遠い国の人たちをも逮捕するという異常さは尋常ではないです。特にAIIBに率先して手を挙げてくれたイギリス、中国が将来の成長の芽と考えているアフリカの代表国南アフリカを敵に回す可能性もあるのです。相当な政治的な判断があったでしょう。こういう行為を見るにつけ、内モンゴルで多くの殺戮、ジェノサイドが行われた文化大革命のころから基本的にはなんら変わっていないということがよくわかります。モンゴル人から始まって、チベット人、ウィグル人へと中国政府の攻撃の標的が変遷してきたようにも見えますが、実は対モンゴル人に対しては昔と何も変わっていないってことです。当然ですが、昔ばなしではなく、今現実に日々起こっていることと考えていいでしょう。内モンゴルの人たちの苦しみが、今回の逮捕劇から垣間見ることができると思いました。(当然ですが、結局逮捕された外国人はその後全員解放されたそうです)
2015.07.30
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本ブログでも何度か書いてますが、昔(10年前?)と比べると本当に新聞上でモンゴルの名前を見る回数が増えました。それはそれで大変うれしいのですが、どうも内容そのものがまだ実質的な関係強化につながっていない案件が多い気がします。まずは今月18日にモンゴルを訪問した谷内国家安全保障局長です。北京への訪問は、李克強首相と面談したこともあり結構大きく報道されましたが、今回はそれに続いてモンゴル訪問となりました。話し合う内容は、当然北朝鮮問題です。モンゴル側としてはできるだけ協力してくれるという姿勢を見せてくれますが、私からするといつも「モンゴルは北朝鮮にパイプがある。どんなことでも協力する」と心強く言ってくれる割には、残念ながらほとんど何も起こらないというのが実感です。もちろんこの問題が非常に難しいということはわかっています。が、もう5年も6年もほとんど同じようなことを言ってもらっているような気がします。一番盛り上がったのは、2013年10月のエルベグドルジ大統領の北朝鮮訪問時だったでしょう。まさに文字通り、日本の関係者は「固唾をのんで見守っていた」という状態でした。金第一書記と会った時、本当に拉致問題の話ができるのか?どこまで回答を引き出せるのか?これに先立って、その年の3月には安倍首相がモンゴルを訪れ、9月にはアルタンホヤグ首相が訪日し、更に9月末にはエルベグドルジ大統領が安倍首相宅に私的訪問をするという前例のないほどの結びつきを強めました。一連の交流は、経済問題ではなくほとんど北朝鮮問題のためと考えていいでしょう。全くの噂でしかないのでしょうけど、「エルベグドルジ大統領は拉致問題解決への協力と引き換えに安倍首相に大規模経済援助を迫った」などという話まで聞こえてきました。私は本当に解決できるなら、無償援助なんて安いもんじゃないかと思ったほどです。ですが、その結果はというと・・・そもそも会えなかった、です。これにはがっかりしました。実は日本人だけでなく、モンゴル人もがっかりどころか、怒る人が多かったのです。なぜか?モンゴルの人たちの多くは、北朝鮮に対して自分たちを「社会主義から自由主義へ移行して成功した先輩」と思っています。しかも経済援助もし、労働者の受け入れもしているのです。言い方は変ですが、はっきり言って「上から目線」で北朝鮮を見ています。後で内情を聞くと「北朝鮮側からモンゴル大統領と会う用意がある」との事前情報を確認したので、大統領は訪問したのだそうです。それが反故にされたわけです。こうなると、日本の拉致がどうのこうのではなく、「なんで我々が北朝鮮からそんなに舐められなければならないんだ!」と怒ったというわけです。そんな過去もあるこの話ですが、今回の谷内局長訪問でもやはり大した成果はなく、いつものように「モンゴルとしてできるだけ協力する」に終わった気がします。続いてのニュースが経団連のモンゴル訪問。8月下旬に経団連会長以下そうそうたるメンバーがウランバートルを訪問するそうです。こういう肩書の立派な方々の訪問はもちろん歓迎ですが、大した成果は見込めないでしょう。モンゴル側はいつものような「モンゴルは成長し、投資の機会に溢れています」「モンゴル政府は日本からの投資を歓迎します」「モンゴルの法律は整備され、外資に対する差別や不利益は存在しません」と言い切るんでしょうね。そして偉い人たちはもちろんモンゴルのことは知りませんから、大して突っ込んだ質問もできず、せいぜい帰国後に担当役員に対して「モンゴル面白そうだから、ちょっと調べてみてくれ」と投げかけて終わりでしょう。元々、本気でモンゴルに関心のある企業はそんな訪問団程度の情報収集以上にやっているでしょうから、モンゴル政府の説明程度で「なるほど、面白そうだな」なんていう企業のトップは、とてもじゃないけど決断はできないでしょう。経団連クラスの企業で多少なりともモンゴルを語れるのは、住友商事、三菱商事それにオリックスくらいでしょうか。訪問後に調査の仕事が増える人がいるかもしれませんけどね。そして武部さん。久しぶりに聞いたこの名前は、小泉政権時代の幹事長、武部勤氏です。今月末に行われる「民主化25周年の記念式典」に首相特使として出席するんだそうです。なぜ武部さん?実は、長い間日本側、実質的には自民党内でモンゴル関係の利権を牛耳ってきたのはこの武部さんなのです。理由の詳細は知りませんが、北海道/ロシアつながりでモンゴルとの窓口になっていたそうです。単に式典だけのためなのか、何か他に懸案があるのか、わかりませんが引退した議員が利権のある国に首相特使として出向くのには、なんか感じますね。最後は旭天鵬でしょう。本当にお疲れ様でした。朝青竜や白鵬にいろいろ言う人はいても、この人に文句言う人はいないでしょうし、文字通り誰からも愛された力士でした。出身地を「モンゴル・ナライハ」とアナウンスされるたびに「え?ナライハってウランバートル市内じゃないの?」なんて突っ込みたくなります。ナライハはウランバートル市の郊外特別区の一つなのですが、、UB市内の人もあたかも別の市のように見ている少し中心部から離れた街です。白鵬などの多くの力士のは「ウランバートル出身」であり、それ以外は「スフバートルやアルハンガイ」のように県名で紹介されます。旭天鵬のように「モンゴル+特別区」というのはいません。それだけナライハが好きなんでしょうね。今後はモンゴル出身の初めての親方として協会に残ってくれるでしょうから、モンゴルとの交流に大きく貢献してくれと期待しています。
2015.07.26
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ネットのニュースで「カタールのドーハで、鷹の治療専門病院が開院した」というのを見ました。このニュースを見て「もしかして、画像に映ってたのはモンゴルの鷹かも?」と思ってしまいました。意外な組み合わせかもしれませんが、実はモンゴルと中東・アラブ諸国とは縁があるのです。日本人にとっての中東諸国との縁は、なんと言っても石油です。が、モンゴルの場合はそのほとんどをロシア(最近は中国も)からの輸入に頼っています。モンゴルと中東の場合は、鷹です。モンゴルに鷹がいるのは、テレルジへ行く途中に観光客相手に鷹を見せている場所を通ってご存知の方も多いでしょう。鷹狩の起源は中央アジアの遊牧民ではないかと言われています。それがアラブ諸国に伝わり、今では大変人気な遊びとなっているのです。元々は、アラブ(多くは砂漠)地域では、遊牧民が鳥や小動物を獲るために訓練した鷹を使って狩りをしたというものです。この伝統は多くのアラブ諸国にあり、鷹狩への思いは相当強いようです。もちろん現在ではスーパーに行けば鶏肉でもなんでも買えますから、鷹狩をする必要はありません。が、今ではその伝統を守るという名目でアラブのお金持ちにとっては一つのステータスになるほど人気があり、競って鷹を買いたがるそうです。ですが、そんな人気の鷹ですが、地元のアラブ地域ではほとんど絶滅に近い状態になってしまいました。そこで輸入することになったわけです。どこからか?そんなデータはもちろんありませんが、調べてみるとどうもモンゴルからが1番(少なくとも2番目?)らしいのです。あとは、中国があります。カザフあたりは鷹狩の本場のようですから、どうなんでしょうか?国内需要が大きいので、輸出にまで回せないのかもしれませんね。モンゴルでは、鷹を自由に獲って売ってもいいのか?もちろん、それはできません。自然環境保護法で禁止されていますから。ですが、政府が「特別の許可」を出せば、輸出できるのです。なんかこの「特別の許可」には利権の匂いがプンプンしますけど。これは野生の鷹です。田舎へ行くと時々猛禽類の集団に出会うことがあります。動物の肉を食べているの見ると、いかにも肉食という感じです。禁止されている希少等物で相手はアラブの金持、供給できる国はほとんどないと来れば、当然のことながら価格は上がります。10年前の資料を見ると「シリアへ20羽の鷹を輸出」などが載ってます。そこには「アラビアの貴族たちにとってタカは一番良い飾りになっているようです。アラビア諸国ではタカがもう絶滅になったためモンゴルから輸入しています。」とあります。この頃は、300羽の輸出で単価は4600ドルとあります。つまりこれだけで100万ドル以上になるのです。言い方は変ですが、自然界のものを獲るだけなので、基本的な原価はゼロです。それが恐らく獲った遊牧民から地元の仲介業者やウランバートルの仲介業者、輸出業者更には「特別許可」を出す政治家と役人らのマージンがたっぷり乗せているということでしょう。確かにこれらのおいしいマージンの前では、自然環境保護法なんて力はないのでしょうね。こんな記事もありました。クウェートへの鷹の輸出に関して「アラブ諸国は鷹を愛好している。その鷹が少なくなり、アラブ諸国はモンゴルに鷹の輸出を要請してきた。」とあります。そして「モンゴルは、自然環境保護法で鷹の輸出を禁止している。だが、このアラブ諸国の要請に対し、モンゴルは法をまげて鷹の輸出を許可した」とあります。」その見返りがなんと「クウェートは、ダルハン・エルデネト間舗装道路、エルデネト・ボルガン・ソニト間舗装道路、ソニト・ムルン間舗装道路、タイシル河水力発電所建設、国会議事堂建設のための1200万ドルの無償資金援助などを行ってきた」なんだそうです。ここまで来ると、政治家がちょこちょこと小遣い稼ぎをする話ではありません。当然この見返りは100万ドルどころではなく、鷹の輸出で道路など1200万ドルの無償援助!ここまで大きいと、大物政治家が絡むのは必至です。当然ですが、アラブ側から見れば「見返り」というのは善意ではなくコストです。鷹の価格も最近では相当上がっているようです。元々金持がたくさんいて、輸入にコストがかかるんですから高くなるのは当然です。最近では、高級ドイツ車くらいの価格(数百万円)はするようで、中にはフェラーリ(数千万円)よりも高いのもあるそうな。モンゴルでは高級車の生産はしていませんが、それらと同じくらいの値段のものをずーっと低コストで「獲得」してアラブで売っているんだと思うと、微妙な気分です。基本的に鉱山と同じ考えです。何か価値のあるものを自分たちで積み上げてくというよりは、ただ同然である物を世界に向けて高く売っていく方が楽して儲かるってことです。結局乱獲になってしまって、ほとんど見られなくなってしまったゴビのガゼルみたいにならないか心配です。自然保護を声高に叫ぶつもりはありませんが、輸出禁止の鳥が政治家の懐を潤すと考えると、ちょっと残念ですね。
2015.07.23
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本ブログへの総アクセス数が50万件を超えました。これもひとえに、このブログを訪れてくださる方々のおかげです。この場をもって、お礼申し上げます。そもそも「訪問者数」「PV数」「アクセス数」など、厳密な定義がどう違うのかもわかりませんし、以前聞いた話ではブログの運営会社によっても、同じ名前でもカウントの仕方は異なるとのことでした。ですので、他のブログと数で比較することには関心ありませんし、有名人ともなるとこの50万もの数字がたった1日の数字であるらしいことも承知しています。単純に私にとっては「とても大きな数字」と表現するしかありません。このブログを始めたのはモンゴルへ行く直前の2008年8月7日でしたから、もう7年も前のことです。うーむ、それだけ私も読者のみなさん(そんなころからの読者は少ないでしょうけど)も年を取ったってことですね。当然、スタート直後は1日数件のアクセスしかありませんでした。多分それも、適当な検索でたまたま引っかかったってだけでしたでしょう。その後1-2か月も1日30-40件くらいでした。モンゴルに住んで、日本では考えられないようなハプニングの連続が毎日あった頃にその数も増えたように記憶しています。でも、当時のブログを読むとちょうど1年後に4万を超えていた程度です。つまり、ほぼ1日100件ってことです。10万アクセスを超えたのが2010年9月ですから、およそ26か月後くらいです。この頃には、1日平均120件は超えていたんですね。その後も順調に増えたものの、それ以降は大体150-300件の間でした。日本へ戻ってからもしばらくは200-300件くらいありましたが、その後アップ数も減り再び100台になったのを覚えています。ですが今年に入ってからでしょうか、そんな数字が突如400-500になる日が続き、「なんで増えたのかな?」なんて思う間もなく最近は2000前後の日が続きます。ちょっとびっくりです。ちなみに、本ブログの過去7年間の全ての平均アクセス数は1日当たり198件ですから、いかに最近の増加ぶりがわかろうかというものです。モンゴルにいたころは多くともせいぜい300止まりだったのが、帰国して4年以上たとうとしているのに、その7倍にもなっているのです。なぜか?ちょっと考えましたが、よくわかりません。「モンゴルの生活感がリアルな感覚で伝わってくる?」←これはモンゴルに住んでいた時の方が圧倒的にあったでしょうから、これは原因じゃないですね。「モンゴルに関心を持つ人が増えた?」←これは嬉しいですが、残念ながら1-2年前よりも減ってるような気がするほどで、これも違うでしょう。「どこかの有名なブロガーやサイトで紹介された?」←過去に何度かこういうのはありました。ある日突然、怖くなるほどアクセス素が増えるのですが、大体1-2週間静まります。今回は結構続いているので、これも違うのかな?と。まあ、原因の一部かもしれませんね。でも、どこにそういうのが載っているのか私にはわかりません。どなたかわかったら教えてください。上記2番目の「モンゴルに関心を持つ人が増えた」というのが一番好ましい要因ですから、ま、そんなこともあるかもしれないくらいと思っておきましょう。当然ですが、もう帰国後の期間の方が長くなってしまいました。モンゴルとの日々の接点は減りましたが、できるだけ多くの皆さんにモンゴルの今をお伝えしたいと思っています。今後ともご愛読のほど、よろしくお願いします。筆者拝
2015.07.20
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先日、日本の大学で活動している中国人の大学教授とお話しする機会がありました。その先生は、近代史・現代史における中国の外交を専門にされている方です。日本には20年以上もおられ、非常に温和で優しい話し方をする先生です。中国の方が日本で研究を続けるにはいろんな難しいことがあったんだろうなと拝察しましたが、先生はまさに「忍耐強く」優しい表情を崩すことはありませんでした。そんな人格者的な先生なので、ついつい「モンゴルへの愛国心」的立場から、中国の民族問題についていろいろ質問させていただきました。先生は、中国の民族問題について近代史や現代史における日本の役割を十分に理解、評価されています。中国国内でも、現在に続く民族問題はなかなか中立的に研究できません。更に、民族問題と密接に関係がある文化大革命のこととなると、とても研究、発表はできません。周辺諸国となると、それどころじゃない国も多く、モンゴルや中央アジア諸国のように社会主義だったり(社会主義では根こそぎモンゴルの歴史は否定されていました)、戦争したり、貧しかったりで、それらの国々も考えると、やはり日本がもっとも中立的な研究をしてきたということです。なので、先生は日本の立場、役割への理解も十分にわかっています。そんな先生でも、やはり中国の少数民族問題となると、やはり大国としての言い方になってしまうんだなと思いました。中国には少数民族は55あると言われていますが、少数と言っても一番多いチワン族(ベトナム民族の仲間)は2千万人もいるわけですから、ヨーロッパの小国と比べると結構な規模です。私は「新疆ウィグルやチベットなど、どんなに力で制圧しようとしても永遠にこの問題は解決しないんじゃないでしょうか?そもそも違う民族だし、一方的な価値の押し付けは反発が増えるだけでしょう」などと言いました。先生は温和な顔で、中国の立場を話してくれました。多少はもっともかもと思う部分もないとは言いませんが、結局は「誰かが管理しないといけない」という立場です。こんなに自由に物事が言える立場なのに、なんでこういう発言になってしまうんだろうと考えました。少なくとも、現在の共産党政権に洗脳されているわけではないことは事実です。やっぱり漢人としての発言というか、中国中心の考え方なのです。これを中華思想というのは簡単ですが、私はなぜそう考えるんだろうと思いました。ヨーロッパは、伝統的にキリスト教、白人、などの共通基盤を持っていながら、人口数百万人の国々も含めてたくさんの国に分かれています。スイスやベルギーのように、複数言語の国すらあります。全体の管理なんかしなくても、それぞれの国が独自の道を歩んできました。(逆に今はEUが管理していますけど)ですが、中国はそういう共通基盤を無理やり一つの価値観、政治支配でまとめないと気が済まないDNAがあるんじゃないかと思いました。私のチベットでの体験談を聞いても、「さすがにモンゴルやチベットに行ってそこまでいろいろ知っている人はあまりいないでしょう」的にはおっしゃってくださいました。が、その体験すらも「たまたまそういうこともあるでしょうが、今のチベットは生活は向上してずっと良くなっていますよ」と、あまり問題視してはいないようでした。パンチョンラマの問題も、「ダライラマの方が偉いというのではなく、チベットの人たちの選択ですね」みたいな、ちょっと共産党発表そのままか、という言い方もあって驚きました。私はここで、先生の考え方を非難するつもりは毛頭ありません。先生の方が当たり前ですが、付け焼刃の私の知識なんかよりもずっと深く広いのは明確です。ただ思ったのは、日本にいて自由に発言でき、かなり客観的に物事を判断でき、しかも決して感情的にならずに温和な表情のままの先生でも、やはり民族問題となると「漢人中心」になってしまうんだなということです。そう考えれば、中国内で共産党教育にどっぷりつかった普通の人々が少数民族をどのように扱うかは、容易に想像できると思いました。先生と話していて、正直ちょっと「カチン」ときたことがありました。(笑)先生が中国の歴史やアジアの歴史を語っていた時、20世紀直前まで(清滅亡前ってことでしょう)アジアは全て2000年もの間中国文化圏だったというのです。明確に「日本も含めて」と言ってました。そこではあえて強い反論はしませんでしたが、うーん、江戸時代や鎌倉文化も全部中国文化の一つなのか・・・ほんまかいな!と思いました。何をもって中国文化というかはいろいろ基準はあるのでしょうが、米を食べて漢字を使うと言われればそれまでですけどね。でも、最後には意見は一致しました。「先生、本当に今の体制が永遠に続くと思いますか?」と聞いたら「やはり行きつくところは、どこかで民主化をして連邦国家になるんだろうね」と言いました。それもそんなに遠くない将来、2025年から30年くらい?私も同感です。民主化のレベル、連邦国家内の国家像、共産党が支配を続けているかどうかなど、細かいところは違うでしょうが、このままでは国が持たないのも事実だという認識は一致しました。自分と同じ意見かどうかには関係なく、こうしてモンゴルや中国少数民族問題を何の遠慮もなく知識の深い方と議論できるのは、ある意味楽しかったです。またお目にかかりたいと思いました。そしてその忍耐強さには敬意を表したいと思います。(私、民族の話となると結構突っ込みますから、笑)
2015.07.18
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新大関の照ノ富士が連日力強い相撲で勝ちっぱなしの5連勝です。これで横綱の白鵬と鶴竜とともにモンゴル出身上位力士3人は勝ちっぱなしと、予想通り本場所の中心となっています。そんな中、旭天鵬にようやく初日が出ました。これで1勝4敗。もちろん、成績は良くありませんが、気になるのは今場所の成績だけではありません。というのは、旭天鵬は十両に落ちたら引退すると言っているからです。現在幕内の11枚目です。あまりに負けが続くと、今場所後に十両陥落もありうるのです。どうなると、十両にまで落ちるのか?番付の上がり下がりは、基本的には勝敗差で決まると言われています。もちろん、実際には同じようなランクの力士たちの成績の影響はあります。特に上位はその傾向が強く、関脇や小結人全員の成績がいい場所の後は、幕内上位で勝ち越しても上に空席がなく三役昇進が難しい場合もあるからです。ですので、あくまでも原則という前提ですが、勝敗差が次の場所の位置を決める大きな要素になるのです。勝敗差というのは勝ち星から負け星を差し引いた数です。8勝7敗ならプラス1となり、一つ上の番付になるということです。この原則で考えると、現在幕内11枚目の旭天鵬は幕尻の16枚目まで5つの余裕があります。つまり5勝10敗なら、幕内16枚目で十両には落ちないと計算できます。逆に言えば、4勝11敗なら陥落の可能性ありともいえるわけです。初日から4連敗した時は、さすがに「今場所で終わる可能性もありか?」と心配しましたが、まずは初日が出てよかったです。4日目を終わって、白鵬が現役幕内最多勝利との報道が出ていました。場所前は、旭天鵬の方が3つリードしていたということでしょう。それが方や初日から3連勝、方や3連敗で追いつかれ、4日目に追い抜かれたというわけです。もちろん、時間の問題ではありましたが、もう少し旭天鵬が勝っていれば、まだ追いつかれてはいなかったかもしれません。また旭天鵬の誕生日は9月13日ですので、来場所も幕内で現役となると、41歳になります。既に昭和以降の最年長に関する記録のほとんどを塗り替えているレジェンドですが、ここまで来たら41歳になっても土俵に上がってもらいたいです。とにかく、今の旭天鵬には土俵に上がる、勝ち星がつく、勝ち越すなどすべてのことが記録に直結していますから、もう少し、本当にもう少し土俵にいてほしいと切に思います。ウランバートル空港や成田空港で何度か見かけました。背は高いですが、あまり威圧的な雰囲気はなく、テレビインタビューそのままの優しそうな雰囲気が好感を持てました。この旭天鵬の出現で、NHKのアナウンサーをはじめとするマスコミの言葉使いが少し変わったのをご存知ですか?よくいう「日本人の優勝はもう何年もない」という言い方です。旭天鵬は帰化して、現在日本人です。ですので、旭天鵬の優勝をもって、長い間日本人が優勝から遠ざかっていたことにピリオドが打たれたのです。とはいえ、マスコミも一般の人たちもそんな厳密な話をしているわけではありません。ですので、「日本出身力士がもう数年も優勝していない」という言い方に変わったのです。モンゴルで実業家をしている旭鷲山を考えると、随分昔の相撲取りと思われるかもしれませんが、旭天鵬はその旭鷲山と同期で大相撲初のモンゴル人力士でした。まさに生きるレジェンドです。強さでは朝青竜や白鵬の方が圧倒的なのは言うまでもありませんが、モンゴル人力士たちからの尊敬を集め、多くの日本人ファンを持つ旭天鵬は「記録にも記憶にも残る」力士として長く語り継がれることでしょう。そんな旭天鵬にも、毎日の勝敗が力士生命に関わるときがやってきたということでしょう。今場所も来場所も要注目力士であることは忘れないでいましょう。
2015.07.17
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日本の衆議院で安保法案が可決されました。昨日の特別委員会の様子は、何度もテレビで放映され「いかにも十分な審議がないまま、力ずくで可決した」という雰囲気を各局のニュースは伝えていました。更に、可決後も深夜まで国会近くでは多くの若者が抗議運動を続けていました。最近政治には無関心と言うかおとなしい若者がたくさん集まってきたとの報道も多かったです。これらの報道を見て感じたのは「力ずく?」「数の論理で強行した?」って?その原因はわかってるの?もちろん、私は個人的には一連のやり方はひどいと思うし、安倍政権をいつか振り返る時が来たら「あの安保法案が最終的に安倍政権が衰退した原因になったな」と思われるような、ターニングポイントだと思います。ですが私に違和感があるのは、日本人の大多数(かどうかもわかりませんが)の人たちに対してです。確かにテレビを見る限りは、街頭インタビューなどで今回の強行採決を批判している人が多いように見えますし、実際、こんなひどいやり方は日本がまだ途上国だったころの安保法案くらいしかないと思います。でも、私はあえて言いたいです。「数の論理?」「力ずく?」それって一体誰が安倍首相に与えたのですか?そこを問いたいと思います。少なくとも私じゃないです。なんせ私は20歳の時から未だに自民党に投票したことないんですから。(笑)テレビや新聞のニュースもその観点が抜けています。どうせ街頭インタビューするなら「あなたは今回の強行採決に賛成ですか?反対ですか?」「反対です。まったくひどいと思います」「あなたは前回の総選挙でどの党に入れましたか?」「自民党です。安倍さんの経済政策に期待していました・・・」「つまりあなたが安倍首相に力を与えたんですね?」なんせ前回の総選挙の圧勝ぶりを見れば、どの地域、どの年代にかかわらず安倍さん率いる自民党に投票した人が圧倒的に多いのです。選挙に行かない若者が、にわかに政策反対を唱えている場合もあります。「あなたは今回の強行採決に賛成ですか?反対ですか?」「絶対反対です。この法案は、結局僕たちの世代が影響を受けることになると思うので、今日こうやって国会まで抗議活動に来ました」「あなたは前回の選挙でどの党に入れましたか?」「選挙には行ってません。政治には興味ないんで。でも、今回は絶対嫌だと思って、ここまで来ました」「こんなところで朝まで叫んでも、なんの力もありませんよ。でもあなたには選挙という法律で保障された権利があったのにそれは使わず、こんなところで騒いでるだけなんですね・・・」同じように数の論理で押し切っていることへ不満を表明している地域があります。それは沖縄県です。沖縄県は、衆議院小選挙区から自民党議員はだれもいない状態になりました。これが民意であり、この民意を示したうえで今も基地移転の反対活動をしている人が多いです。私はこれはまっとうなことだと思います。選挙で意思表示をした上で、更に反対活動をしたり、現政権を強く批判しているのですから。ですが、それ以外のほぼすべての都道府県の人はどうですか?国民の多くが安倍さん率いる自民党に投票したんじゃないですか?それが現在の安倍さんの「直接の」力の源泉となっているわけです。別に安倍さんが、こわもてで国民を脅して強行採決したんじゃないです。国民がそのパワーを与えたんです。もちろん、街頭インタビューで答えた人は「あの時は安倍さんに期待して自民党に入れましたよ。でも、まさかこんな強硬なことをする人だとは思いませんでした・・・ひどいですよ!」とか言うでしょうね。そういう人は常に自分が正しく「安倍さんに騙された」って思うのでしょうね。決して「自分がこの悪夢のような採決に手を貸した」なんて思わないのでしょう。でも私に言わせれば「あなたなんですよ!(自民党に投票しなかった)私じゃなく、あなたなんですよ、こんな法案を可決させたのは!」と言いたいです。それが民主主義なんです。テレビの解説者は訳知り顔で「民主主義は、多数が決めるのではなく、少数の意見をくみ上げながら決めていくことにある」なんて言ってますけど、それは大学の狭い講義室で理想論としては言えるけど、全く現実的じゃない。ギリシャ問題でも、オバマケアやTPPの大統領権限移譲でも、数が多いか足りないかで決まるのです。そんなの小学生でもわかります。だからみんな選挙で必死になるのです。選挙違反なく、大きな議席を獲得したということは、逆に言えば国民がその「数の論理」を与えたってことになるのです。そういう一番基本中の基本の話を忘れたかのように、現在の自民党だけを批判しているのはなんなのよって感じです。しかも、既に前回の総選挙期間中にも週刊誌などでは「ここで大勝したら、来年にはすごい安保法案が出る」ってことも書かれていました。「そんなの知らない。」「安倍さんはもっといい人だと思った。」「経済政策で支持したけど、安保は反対です」なんて民主主義を50年も60年もやってきた国民とは思えませんね。なので私は「確かに安倍さんのやり方はひどい。でも、世の中ひどいことを考えている人はゴマンといるわけで、そういう人に法律に基づいて力を与えることができるのは一人一人の国民だけ」だというのが、民主主義の姿だと思っています。なので、今回の騒動の原因は自民党に圧勝させた人たちです。モンゴルは民主化してからまだ20数年です。毎回、公約違反に賄賂、バラマキなどの問題が出ますが、民主主義の先輩である日本も、実はまだ民意を政策に反映させることができなのです。はっきり言って、今現在は「今、この安保法案に反対の国民が過半を占める」でしょう。でも、成立しました。モンゴルも苦労はしてますが、未だにどの国でも「民意を政策に反映させる」方法論を模索している途中なんだと考えていいかと思います。とはいっても、もちろん私もモンゴルの政治家には超不満があります。結局、選挙というのは「向こう4年間の権限を与える」ってことなんですね。嘘も(その時は言わない)秘密も何もかも含めて。
2015.07.16
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具体的に見ればすぐわかります。今日二日目を終わって、横綱大関で全勝(たったの2勝を全勝というのはちょっと恥ずかしいですが)は、白鵬、鶴竜そして新大関の照ノ富士の3人だけです。稀勢の里は1敗、豪栄道と琴奨菊はともに2敗です。 問題はだれに負けたかです。わずか2日間で3大関合計で1勝5敗というのも情けないですが、この5敗は全部日本人相手に負けてます。モンゴル勢がどうのこうのいう以前の問題です。 この中で一番期待されているのが稀勢の里だというのはだれもが認めるところでしょう。じゃあ、この稀勢の里は横綱昇進のチャンスは一度もなかったのか? 私に言わせれば「一度も優勝したことないんだから、あるはずない」と言いたいところですが、そこはさじ加減の得意な相撲協会ですから、準優勝などで「翌場所、好成績なら・・・」ということはありました。 この時に「稀勢の里が初日から順調に白星を重ねたのに、終盤に白鵬に負けて残念ながら綱取りならず!」ということがあれば、そういう批判も多少は「そうかもしれませんね」と思うかもしれないけど、皆さん覚えているでしょ? そういうときの稀勢の里は、そもそも序盤から崩れていたのです。モンゴル勢がどうこうというレベルではありません。 なのでもう一度聞きたいわけです。「一体、いつモンゴル勢がいなければ稀勢の里や琴奨菊が横綱になれるチャンスがあったのですか?」と。 つまり、モンゴル勢が壁になる前に、ほとんどの場合自滅しています。ということは、そもそも日本人だけだとしても2場所連続でいい成績を出せる力士はもう10年近く出ていないというのが実態であり、それはモンゴル人とは関係ありません。 「いやいや、もし日本人だけであれば、その中からきっと横綱が出ていたに違いない」と思う人もいるでしょう。それは、要するに「レベルを下げれば、日本人にもチャンスがある」と言っているだけのことです。 そういう人は「日本人ファンは、もっとレベルの低い相撲を見たいんだ!」と言ってるようなものです。それなら「社会人相撲」や「学生相撲」でも見ていればいいんじゃないでしょうか? 「アメリカ人がホームラン王を取るのはけしからん。」「なんでブラジル人がJリーグの得点王になるんだ?」なんて言ってるファンはいないでしょう。 ビジネスの世界でも「ウィンブルドン方式」という言い方があります。12日に終わったばかりの全英オープンの優勝者は当然のことながら今年もイギリス人ではありませんでした。 この世界最古と言われる大会は、当初はイギリス人のための大会だったそうです。ですが、これを国籍に関係なく参加できるオープン大会としました。 その結果得られたものは、今では世界4大大会として君臨し、その中でも最も歴史ある大会として尊敬されています。 失ったものは?それはイギリス人優勝者です。2013年にイギリス人男性が優勝しましたが、なんと77年ぶりのイギリス人の優勝だったそうです。 もしウィンブルドンが今もイギリス人だけの大会だったら・・・言わなくてもわかりますよね。ま、日本の国体みたいなもんでしょう。 ビジネスでのウインブルドン方式と言うのは、これに似ています。例えば、日本の金融。日本は長い間大蔵省の護送船団方式により、日系の銀行や証券会社は守られてきました。そのために、日本の金融市場は他の先進国に比べて遅れており、弱かったのです。 でもそれはだれのためなのか? 消費者、つまり日本国民のためには大いに競争してもらおうということで、外資に対する規制を大幅に緩和したのです。 前例は、これもイギリスです。イギリスは、ビッグバンで外資系金融機関への規制のほとんど撤廃しました。そのために、イギリス系の銀行などは一時的に弱くなりましたが、ロンドン市場そのものは世界トップクラスの金融センターとなりました。 日本も、無駄に多かった都銀などの大手銀行は淘汰、整理され、世界中からトップクラスの銀行がやってきて、東京市場をグローバルセンターの一角に押し上げました。 「相撲はビジネスとは違う」「相撲はサッカーじゃない」という人は、おそらく「弱くなっていく大相撲」が好きなんでしょうね。 私は、モンゴル勢を云々言う以前に「白鵬に千秋楽に負けたから、俺は横綱になれなかったんだ!」という大関が出ないことの方が大きな問題だと思っています。 今は「初日か二日目で負けるかどうか」の大関しかいないのが実情なんです。8勝か9勝しかできない大関陣の現実を見ないで、モンゴル勢のせいにするのは、本当に的外れな批判です。 (完)
2015.07.14
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大相撲がまた始まりました。モンゴル勢の上位集中化はどんどん進んでおり、今場所の初日を見ても横綱3人と大関1人、関脇1人と役付力士だけでも5人もいます。大相撲の魅力は当たり前ですが、一般人にはない力強さ、精神力そして長い伝統の上にある伝統芸能的な部分もあると思います。更に、他のスポーツと一番違うところは「単純な強い人たちが競い合う場」ではないということです。どういうことか?別にプロレスと比べなくても、ほとんどのスポーツと比べればわかります。例えばテニス。テニスはイギリスだろうが、アメリカだろうがもちろん日本でも一定のルールのもとであればどこでもできます。更に、小学生のころからやっていようが、大学の部活から始めようが、或は外部のコーチと関係なく自己流だけでやってきた人も、本当に強ければ全米オープンにも出れますし、そこで勝つことも問題ありません。水泳だって、英才教育を受けようが、離島の海でおじいちゃんから教わった泳ぎだろうが、地方大会に出て優勝し、県大会でも優勝し、全国大会でも優勝すれば、オリンピックに出られます。「当たり前じゃないか!一体何を言いたいんだ?」と思われる向きもあるでしょう。そう、ほとんどのスポーツはだれに教わろうと、どこで教わろうと、試合に出ることはでき、勝ち進めば日本一、世界一だって夢ではありません。ですが、大相撲は違います。これはある種の伝統芸能であり、他のスポーツでは考えられないような「縛り」があるのです。それは、大相撲の土俵に立つには相撲部屋に入門しないといけない、というルールがあるのです。そしてその部屋で、すべて一から仕込まれるのです。しかも言葉や食べ物について、入門者を思いやるというよりは、その世界のルールを入門者に押し付けるという、現代的に言えばかなり理不尽なやり方で通しています。「そんなのどこだって同じじゃないか。例えば、プロ野球選手になるには、ドラフトにかけられないと入団できない」などを例にとる人もいるでしょう。でもよく考えればわかります。外国人選手、例えば阪神のマートンでも元巨人のクロマティでもいいです。「日本で野球をやりたい?だったら、アメリカでどんな実績を積もうと、まずは日本の球団の2軍にはいりなさい。そして食べ物は全部日本食、雑用もこなし、当然すべて日本語で理解できるようになりなさい」なんて言われますか?せいぜい「日米の野球は微妙に違うからその辺の違いを理解・調整して、来日後即試合に出て結果を出してくれ」というのが普通でしょう。それを「お前はアメリカで野球やってた?そんなもん、関係ない。まずは日本のコーチの下で数年修行してからでないと試合には出さないぞ」なんてありえません。もちろん、即試合に出してはみたが、全然だめなので2軍へ行って日本人のコーチの元調整して来い!」というのはあるでしょうね。でも、それは本番で戦ってから後の話です。ですが、大相撲は違います。どんなに強くても、例え欧州のレスリングチャンピオン(琴欧州がそうでしたね)だったとしても、土俵上ですぐにプロの力士と戦わせることはありません。43ある部屋のどこかに属し、しかもゼロから教育された人以外は戦うことさえも許されないのです。つまり大相撲の場合は、本場所の土俵に上がれる段階で、相当過酷な「日本化」を終えているのです。その過酷な過程は日本人ですら逃げ出したくなるほどで、多くの外国人にとってはとんでもないほどの「習慣の押し付け」であることは容易に想像できます。逆に言えば、そこを通過してきた幕内力士たちはもう日本人も外国人も何もないと言えるんだと思います。結果として、モンゴル人が強く上位に並んでいます。私は「日本人の横綱が出ないのは寂しい」「日本人に優勝してほしい」という願いを口にするのは全然悪くないと思っています。サッカーだって、日本とアメリカが対戦したら、誰だって日本を応援しますからね。ただおかしいと思うのは、「モンゴル人が多いから、日本人は横綱になれない」と的外れな批判をする人たちです。こういうことを言う人たちは、本当にそんなことがあると信じているんでしょうかね?もっと具体的に言えば、「一体いつ、モンゴル人力士の存在で、横綱になれるはずの大関がなれなかった」事実があるのか知りたいです。(続く)
2015.07.13
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モンゴル経済が低迷して既に丸2年以上は経っています。いつもをもって低迷し始めたかはいろんな見方があるでしょうが、私はここ10年では昨年が一番厳しい年だったと思っており、その前兆は一昨年つまり2013年の半ばごろには始まっていたと思います。人によっては、2011年がピークで、その後はずっと落ち込んでいるという説もあるでしょうが、2012年ごろの景況感はさほどひどいものではありませんでした。元々楽観的な人が多いモンゴル人ですが、さすがに昨年から今年にかけてはほぼすべてのビジネス関係者は「モンゴルは厳しい」と言います。そんな状況下、久しぶりに友人のUさんが来日したので、赤坂のお寿司屋さんへ一緒に行きました。そこは日曜日でもやっており、値段もリーズナブルなので私は個人的に時々行ってる店です。Uさんの最初の一言「やっぱり日本はいいですね」という乾杯後の最初の言葉には実感がこもっていました。Uさんは日本での生活も長く、日本語も完ぺきです。いつもなら、一般的な意味での「いいですね」に聞こえるところを、今回はなんだか「最近のモンゴルは厳しい」ということの裏返しなのかなと思ってしまいました。やはり経済は大変なようです。不動産価格も下落しているし、経済の元気さを表す広告業界も相当落ち込んでいるとも聞きました。このブログで定期的にお伝えしているトゥグルグの動向も、せっかく対ドルで上昇しかけたものの、あっという間に1ドル=2000トゥグルグ近辺に戻ってしまい、モンゴル経済をじわじわと締め上げているようです。近年では一番ひどかった2014年と比べても、結局昨年同時期比で1ドル当たり150トゥグルグ近く、率にして8%以上も下落しています。最悪の昨年よりももっと悪い今年、という流れになりそうです。それでも今年の成長率は「7%くらいは行くんじゃないでしょうか?」だそうです。私の知る多くの民間企業はほとんど前年割れの状態ですから、そんなに悪くとも国のGDPは成長するんだと感心する次第です。原因は?中国?資源価格?もちろんいろいろあるでしょうが「これは人災だ」という点では一致しました。もちろん、ほとんどの方のご推察の通り人災とは私利私欲にまみれたアホな政治家のことです。「サイハンビレグは前任者よりもいいようだ」という声には賛成ですが、前任者からの交代が遅すぎたのは確かでしょう。私は「日本とのEPAはいいんだけど、具体的に何がどう増えるの?」と聞きましたが、Uさんも残念ながらその答えは持ってないようでした。むしろ最近は「結局、お金を出してくれるのは日本ではなく、中国だ」という声も多いそうです。確かに1992年の民主化以降、日本は多大な金銭的援助をしてきたし、モンゴル政府も(中国とは違って)日本からの援助だと国民に知らしめてきました。そういう経緯もあり、現在では非常に親日的な国となっています。ほんの数年前までは、そういう認識が国中に広がっており、「やはりパートナーとなるべきは日本だ」という風潮は強かったと思います。ですが、2011年の資源バブルを経て、一度自信を持ったモンゴルが窮地に落ち込んでいる現在は段々そんな記憶も薄れていきそうです。2010年以前の「困っているモンゴルへの援助」というのと、現在の「モンゴルへの資金提供」というのは性格が異なっています。現在のモンゴルは以前のような、いわゆる貧困国では全くありません。街を歩けばわかりますが、UB市民の姿や行動は日本やほかのアジア諸国の人たちと大して変わりません。この時期であれば、オープンテラスでビールや食事を楽しむ人で溢れていることでしょう。今の困窮は、「調達した(借りた)巨額のお金が返せない」とか「ビジネス上の資金が回らない」「作りすぎた不動産が売れない」など、多くはビジネス上の問題です。もちろん、それゆえの失業者の増加もあるでしょう。今の日本政府はモンゴルを「基本的なことで困っている国」とは見ていないので、無償援助などは今後ほとんどないと思われます。他方、「モンゴルについて他の目的」を持った中国は官民ともにどんどんやってくるので、今のビジネスパーソンにとっては日本なんかより圧倒的に中国の方が頼りになると映っているのだろうと推測します。じゃあどうする?急がば回れじゃないですが、やはりここは「資源価格の神風」に頼るのではなく、モンゴルとしていかに価値のあるものを生産、サービスできるかを真剣に取り組むべきだと思います。こういう正論は、今までも何度か取り上げられましたが、結局は「たった300万人くらい、鉱山を生かせばなんとでもなる」という発想で、消されてきました。例えば、2008年ごろにそういう政策をとっていたら今はどうなっていたか?7-8年なんてあっという間です。もう今頃、何かの芽が出たり、方向性が見えているかもしれません。ですが、国民にとってはあっという間でも、政治家にとってはそこまで待てないので、手っ取り早い資源への強度の依存になってしまうのでしょう。この資源バブル後の数年間を、どう将来に生かすかがモンゴルの将来を決める大事な時期ではないかと思います。「来年の選挙までは何もできないし、何も動かないでしょう。」というのがUさんの見立てでした。民主化したモンゴルですが、過度に民主主義に振り回されているような気もしています。Happy Naadam!
2015.07.12
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東京は梅雨真っ盛りという感じで、空梅雨が多かった近年には珍しく真面目に「梅雨」やってます。5月は異常だったのか、「今からこんなに暑かったら、7月はどうなるんだろう?」と懸念していましたが、やはり梅雨になればそれなりの気温になります。というわけで、東京はまだ「真夏」とは呼べるような状態ではありません。最高気温も30度どころか25度すら下回る日もあり、早朝は薄手のタオルケットでは少し寒いと感じるほどです。ですが、モンゴルでは今が夏の真っ盛り。私も頭ではわかっていたのですが、どうしても日本の季節感が抜けず、「本当に暑くなるのは7月下旬から8月にかけて」と思っていました。10年以上も前から夏のモンゴルを訪れているのに、そういう感覚は変わりませんでした。実際に住めばわかりますが、モンゴルの本当の夏は「6月中旬から7月中旬まで」という感じです。つまり今が夏の真っ盛りで、実際昼間の気温は30度を超える日は珍しくありません。日本人は今頃「今年の夏休みはどうしようか?」と考える人もいるでしょうが、モンゴルでは今がピークってことですね。モンゴル人はよく「ナーダムが過ぎれば、もう秋になる」と言いますが、確かにそうかもしれません。7月11日のナーダムはモンゴル人最大のお祭りですが、ビジネスパーソンはその前後で夏季休暇を取る人が多いです。経営幹部らは、この時期を利用して海外に出かける人も多く、仕事上の連絡が不十分になることもあるほどです。8月に入ると、田舎でゲルに泊まる場合はストーブが必要になるときもあります。9月になれば、日によっては気温がマイナスになることも。そう考えると、やはりモンゴルの夏は短いです。モンゴルへの旅行をお考えの方は、今さら言っても遅いかもしれませんが、できるだけ前倒しで予定することをお勧めします。最近のトゥグルグ急落、いつまで経ってもあまりいい話を聞かないモンゴル経済などいろいろ懸念することはありますが、ナーダム前後の1-2週間はそんなことは忘れてモンゴル全体がおやすみモードに入ります。ウランバートルは仕事で時々行くので特段そんな気持ちにはなりませんが、やはりこの時期になるとモンゴルの田舎が思い出されます。ゴビの満天の星、フブスグルの壮大な景色、名もない田舎での乗馬など。東京の梅雨空を恨めしく思いながら、そんなことを考えています。
2015.07.04
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さて、時間も過ぎ、ジェトロ主催の交流会も終了の時間となりました。 この後は、モンゴル商工会議所主催のレセプションパーティーです。「別室へ」というわけにはいかず、いったん全員会場外へ出されて、改めて入り直しです。それはレセプションには入場料5千円が必要なので、再入場の際にチェックするためのようです。 このレセプションがしょぼいのなんの。私も過去たーくさんのレセプションに出席しましたが、さすがにこういうのは「初体験」でしたね。 まずはモンゴルの大臣からの挨拶で始まりました。 まあ、手短な挨拶なので問題ありません。 この後は、例によって別室(というのではなく、受付場所があるスペース)へ移動して各自が食事をとるというブッフェ方式です。ただ、私はこの人数とこの部屋の狭さ、そして食事の量の少なさから「こんなんで間に合うのか?」とちょっと気になりました。 案の定、行列がすごいです。その上、モンゴルでお馴染の横から入りも当然のように行われますから、ひどいもんです。日本のレセプションみたいなのは想像しない方がいいです。あまり長いので、私は電話を一本してから戻ってきました。すると・・・ あれ?何もない??ほんの数分?10分はなかったと思いますが・・・何もありません。 私が「あのー、料理はもうないんですか?」と聞くと、一人の人は「はい、そうですね、もうないです」と答えます。もっと驚いたのはもう一人の人です。「いえ、ありますよ。」と私を案内します。そしてサラダボウルに残っていた2-3枚のレタスの葉っぱを指さして「ここにあります」だって。あ、ちなみにこの二人はともに日本人でした。なかなかこんな感覚、普通には持てませんね。 更にもう一人の人は「料理はありませんが、ビールはありますから大丈夫です」だって。驚いたのは、誰も悪びれる様子がないということです。普通だったら「申し訳ございません・・・」って感じでしょうけど、「はい、ありませんけど、何か問題ですか?」みたいな雰囲気には驚きました。 来る人数もわかっており、会場費なんかほとんどないでしょうし、一人5千円の弁当屋さんっぽいところからのケータリングですから、相当な低コストが予想されます。「予想外に人が来ました」というのではなく、予め「当然そうなるでしょうね」的な設定だったと思います。 私には理由があまりにも明確だったので、「やっぱりそうか・・・でも、何もこんな時に」と思いました。 なぜ、やっぱり、か? モンゴル商工会議所と聞くと、日本人の多くは公的な機関だと思いますよね?ですが、実態は全然違う、利益追求団体なのです。これは仕方のないことですが、モンゴル商工会議所(これはモンゴルにある本当の団体)はとても資金を出しながら日本に拠点を置くことができません。 なので、モンゴル商工会議所・日本は、この「モンゴル商工会議所」という名前を使ってもいいという許可を得ているだけで、あとは何の援助もないのです。要するに「この名前を使って日本で利益を出して、そこから自分たちの人件費を賄え」というわけです。というか、モンゴル側がお願いした組織ではなく、日本側が「名乗らせてくれ」という趣旨でできた組織なのです。 なので、この会は常に「この名前を使って、どうやって利益を出そうか」と考えないと、すぐに行き詰ってしまいます。そういう組織にとっては、こうして100人も200人も集まる機会は絶好の資金稼ぎの場です。残念ながら、こういう状況が「5000円でビールだけ。それで何か?」というぼったくりバーのような仕組みを生んでいるのでしょう。 とはいえ、じゃあ、日本側の企業がこの組織の会員になって十分な活動費を出してくれる現状かというと、残念ながらとてもそんなことはありません。そう考えると、やはりこんな機会にでも資金を集めないと組織の維持はできないんだろうなとも思います。 念のため、このレセプションの仕組みとジェトロは何の関係もありません。ジェトロはただ場所を提供しただけです。 ジェトロの方も十分承知なので文句は言えませんが、やはり準備不足で急きょ始めた会というのはいろんなところにほころびが出ますね。でも、急な対応にもできるだけの対応をしたジェトロへは「ご苦労様でした」と言っておきます。 (完)
2015.07.01
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