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本ブログではマヌルネコの記事が意外と人気で、ページビューも多いようです。2018年11月22日付け「マヌルネコを知っていますか?」(https://plaza.rakuten.co.jp/mongolmasami/diary/201811210000/)2019年12月20日付け「国内最高齢のマヌルネコ死亡」(https://plaza.rakuten.co.jp/mongolmasami/diary/201912200000/)以前から本物のマヌルネコを見てみたいと思っていました。今までで一番迫力あった映像は、NHKの番組での真冬の草原におけるマヌルネコでした。時期で言えば、今月来月あたりでしょう。ですが、そもそもモンゴル人のほとんどさえも見たことがない珍獣です。こんな時期にマイナス30度や40度の草原なんて行けるはずありません。ですが冬ではないといけない事情もあります。マヌルネコは夏に痩せていますが、冬に脂肪たっぷりと太れることで、この厳しい草原を生き抜いてきたのです。なので、夏に見たのでは「なんか普通っぽい猫だな」で終わってしまいそうです。モンゴルでいつでも見られる場所があるわけではありませんから、見たいときに見られるとすればそれは日本国内しかありません。ということで、冬の那須に行ってきました。暖冬のせいか那須の冬と言っても全然寒くなく、もちろん雪もありません。冬季営業時間がかなり限られているので、事前にマヌルネコを見られるかどうかを確認してから行きました。行かれる方は、冬季営業はかなり制限がありますから、事前に確認された方がいいと思います。で、行ってみました。これがオス親です。最初は寝てるだけでしたが、こちらが近寄ると、サービス精神のためか窓際まで来てくれました。モンゴルの真冬ほどは脂肪はないようですが、ちゃんと冬の体形をしてました。他方メスはほとんど同じ場所から動きませんでした。ほとんど顔も伏せてましたが、これはほんの少しだけ顔を上げた瞬間です。メスの方は人間なんて全く気にもせず、ただただマイペースでした。訪問の一番の目的はまだ1歳にもならない赤ちゃんマヌルネコを見ることですが、ここにはお父さん、お母さんのみで子供たちはいませんでした。他の部屋にいました。やはり親ネコよりは身体は小さいです。これは二匹の赤ちゃんのうち、どちらでしょうか?メスの赤ちゃん、アズちゃんです。アズはモンゴル語で幸せを意味しますから、日本語で言えば「幸ちゃん」でしょうか?モンゴル語で命名してくれたのはすごいですね。子ネコと言えども、しっかり太っています。注意書きによると、赤ちゃん2匹の同時展示はないとのことです。で、1時間後に入れ替わって今度はオスの赤ちゃんが登場しました。こちらも堂々とした赤ちゃんです。名前は・・・オスのエル君です。エルはモンゴルの語で健康を意味するエルールから取った名前なので、日本風に言えば「健くん」でしょうか。家ネコとは違い、肉食系ですから、時々野生っぽい雰囲気も出ています。解説などを読むと、現在に生きるネコの仲間では最も古くから存在している種類だそうです。今後も大切に保護されていくといいですね。せっかく那須に来たので、マヌルネコのいる動物園からほど近い場所にある、アルパカ牧場にも行ってみました。アルパカが260頭もいるそうで、確かに柵の中にたくさんいました。初めて本物のアルパカを見ました。とても人懐こくてかわいいです。私の姿を見つけると、すぐに寄ってきます。毛の色は大まかに分けて、茶色系と白系がいるようです。第一印象は「ラクダそっくりの顔とヤギのような人懐こさ」って感じでした。これはクラレのコマーシャルにも出ているアルパカで、確かに見た目で他のアルパカとは違ってました。まあ、人間と同じく、イケメン俳優というところでしょうか?毛は確かにしっとりと柔らかく、カシミヤのライバルになりそうな感触でした。いつかモンゴルでも育てられる日が来るような気もしました。南米からモンゴルに連れて行くのは相当大変でしょうけど。
2020.01.30
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「昔の面白いブログシリーズ」の第27回目です。2008年10月5日付けの「2つのモンゴル初、です。」を載せます。モンゴルに住み始めて1か月程度の頃の話です。初料理に挑戦したりしてますが、生活基盤を整えるのにも一苦労しています。以下、掲載します。少しずつ生活基盤もできてきました。授業の方は、今週からあるとは思うのですが、なぜかまだ一向に連絡が来ません。まあ、それは別にして、まだまだ問題はあるものの、少しずつ進んでいます。この週末で、「2つの初」ができました。1つ目は、料理です。料理などといっても、もともと日本でもやってなかったし、ましてやモンゴルで何もありませんから、簡単なものです。外食は肉類が多いので、野菜中心とは思っているのですが、なかなかその肝心の野菜が買えません。日本の感覚でサラダを作ろうにも、普通のスーパーにはレタスなどはないですし、他にも「生鮮野菜」って感じのが少ないです。ジャガイモ、ニンジンはありますが、種類は少ないです。というわけで、簡単なスパゲティを作りました。ですが、その前にスパゲティを盛るような皿も必要ですし、茹でたスパゲティを入れるザルも必要。簡単なようで、こういうのはその辺では売ってません。コンセント買うのも大変だし、電球もそうです。というわけで、市内に唯一のデパートでいろいろ買ってきました。確かに、デパートでは特別なことを言わなければ、大体揃います。日本で三越に救われたことはありませんが、モンゴルでは未だに「百貨店」の機能と威厳を持っているようです。玉ねぎは、先日スーパーに行った時に買っておいたので、玉ねぎとなす、ピーマンにベーコンを具にしたスパゲティを作ることにしました。味付けは、日本からアンチョビの缶詰を持ってきたので、それを使います。で、まず玉ねぎを切ってびっくり!何これ??あまりにも当たり前に、茶色になった切り口が出てきたので、これはモンゴルの品種なのかと思ってしまいました。でも、どう見たって腐ってます。で、もう一つ切ってみたら、そっちは普通に白かったです。一目瞭然ですね。新種の玉ねぎかと思いました。買ったばかりの玉ねぎがこんなになっているなんて、日本じゃちょっと考えられませんよね?やっぱ、生野菜でのサラダは・・・心配ですね。気を取り直して、ベーコンや玉ねぎを切って、オリーブオイルで炒めてアンチョビのフィレ入れて適当に味付けして、ハイ出来上がり!盛りつけはオシャレじゃないけど、味はまあまあ。特別ななんとかソースを使ってるわけでもなく、パッと作っただけなので、見た目も含めて大したことないですが、まあモンゴル最初の料理ということでいいでしょう。味は?結構、おいしかったです。もう1つの初は、洗濯です。洗濯機はついてましたが、その電源が3針平型で、買ってきた延長コードでは使えなかったのです。2つの大きなスーパーでないと言われましたが、やっとデパートにありました。で、早速洗濯を。洗濯機置き場は、バスルームにあるのですが、排水口はあるのになぜか電源が洗濯機のそばにありません。友人のBさんに聞くと「延長コードで引っ張ればいいですよ」と言われましたが、どうせ洗濯機を置くスペースを意識しているなら電源くらい欲しいです。こんな感じで、延長コードでつないでます。このセッティングなら、洗濯機の後ろか、洗面所の脇に電源ありますよね?ちなみに、洗面所にも電源はありません。Bさんに「髭そるときはどうするの?」と聞くと「僕のは充電式だから・・・」だって。そりゃそうかもしれないけど、洗面所に電気コードはあるでしょ、普通?このアパートは建ってまだ2-3年くらいなんだから。着実に進んでいる気はしています。今残る大きな課題は、ネット環境と交通手段です。それは次回で。
2020.01.26
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羊肉が大人気だとのニュースに目が留まりました。ニュース自体は、サイゼリアの「アロスティチーニ」というラム(羊肉)の串焼きで、イタリア中部アブルッツォ州の名物料理が、昨年12月18日にグランドメニューに載って以来、客が殺到したとあります。そして予想以上の反響の大きさに、現在、原料が確保できず一時販売を休止しているとのこと。原料が確保でき次第、期間や地域を限定して販売を再開するとの情報でした。こんなニュースを聞いたら、モンゴル人からは「モンゴルにはいくらでも羊の肉があるから、日本へ輸出しよう!」という反応が来そうですが、そうはなかなかいかないのが残念です。日本人は世界的に見ても、羊肉を食べる機会や量が圧倒的に少ない民族と言えるでしょう。モンゴルや中央アジアではもちろん主流の肉ですし、中東も人気があります。イギリスやフランスでも一流のレストランには必ず羊料理があるように、人気があります。中国では豚が中心ではありますが、こちらでも伝統的に羊は美味しい肉として人気があります。そもそもこの羊という漢字はいろんな漢字に転化しています。羊は美味しいく、美しいのです。これを見てわかるように、美は羊が基になっています。羊に大を付けて、美ですから、古代の中国の人も美味しく、美しいと思ったのでしょう。善も羊を神に捧げるとか、「捧げた羊を前に神が審判すること」イコール「善いこと」のような意味があるそうです。他にも詳、祥、義など羊を使った漢字が多いのは、古代から大切な食べ物として見られてきたからでしょう。つまり、西洋でも東洋でもその間の中央アジア・中東でも人気の羊の肉はなぜか日本ではあんまりパッとしませんでした。ですが、過去に何度かブームはありました。一番記憶に残っているのは、今から15年位前のジンギスカン・ブームでしょう。この料理名に問題があることはさておき、東京ではほとんど食べることができなかった羊肉がどこでも食べられると、当時私は喜んで食べに出かけたものです。ですが所詮はブームで、今ではあんなにあったジンギスカン屋さんは、ほとんど消えてしまいました。今回の「アロスティチーニ」というラム(羊肉)の串焼きやジンギスカンもそうですが、日本人には焼いた羊肉が好まれるような気がします。ですが、モンゴルには基本焼いた羊肉料理はありません。バヤンウルギーのカザフ人のケバブや内モンゴル風の鉄板焼きはありますが、もともとのモンゴル料理は茹でる(塩茹で肉)とか蒸す(ボーズ)とか煮る(肉入りモンゴルうどん)などがメインです。で、今回関心を持ったのは、日本に入ってくる羊肉はどこから来るのか、です。もちろん北海道などの国産肉もありますが、量的には少ないでしょう。すぐに頭に浮かぶのは、ニュージーランドとオーストラリアです。当然この両国がメインでしょう。他にはイギリスのウェールズ、アイスランド、フランスのヨーロッパ勢があります。フランス料理レストランではフランス産がメニューに載っていますから、レストラン向けに人気があるのでしょう。あとはアメリカ、アルゼンチンの北南米です。こちらはどんな特徴があるのかわかりませんが、「アルゼンチン産は比較的リーズナブルなので、もっと手軽に食べられる店が今後増えてくると思います」とのコメントがありましたから、大規模経営によるコスト勝負というところでしょうか?これらを考えた時、仮に腐蹄病(羊のひづめの伝染病)などの問題がクリアされたとして、モンゴルに参入余地はあるのでしょうか?私はいくつかクリアしなければならない課題はあるものの、十分な競争力はあるんじゃないかと思います。第一が品質管理です。近代的な大規模肉処理場を持つニュージーランドなどと同等の衛生保安施設を持つことが必須になるでしょう。また血抜きなどの処理も重要です。あとは文化の問題もあります。モンゴルでは子羊を食べるのは良いこととされていませんが、世界的な需要はマトン(大人の羊肉)よりラムの方が人気があります。この辺の対応もしないといけないでしょう。モンゴル人は肉には絶対の自信があるので、外国人が何か言うと「モンゴルの肉が世界で一番だ!」と頑なに変えようとしないところがあるのが懸念点です。FTAに関したミーティングでも「なんで日本はモンゴルの肉を輸入しないんだ?」と聞かれることがあります。残念ながら、今のままでは難しいのですが、モンゴル側は「全然問題ない。品質は最高だし、安全だよ。なぜなら私たちは毎日食べてるから。」と言って、対応する雰囲気はありません。ただ、モンゴルに内モンゴル出身の火鍋屋、小肥羊が進出しており、そこはモンゴル産でしかもちゃんと管理された肉を調達しているということなので、そうした外部の影響で徐々に変わっていくような気もします。バヤンウルギーのケバブは美味しかったです。あれなら日本でも行けそうです。ですがやっぱりハルハ人からすると「ああ、なんかカザフ人が夏に外で焼いてるやつでしょ?」とイマイチ、評価してないようです。せっかくFTAもあるんだから、なんとか病気問題、品質問題を解決して日本に輸出してほしいものです。
2020.01.23
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今年2020年のツァガンサルは1月24日だと聞いていました。そろそろ、そんな話題をブログにアップしようかなともっていました。明日は大晦日ですから、もう各家庭ではボーズもたくさん(1000個以上?)作って準備も完了というところでしょうか?中国の春節は1月25日とのことで、今年はツァガンサルとは1日違いのようです。春節もツァガンサルも旧暦(太陽ではなく月の満ち欠けをベースにした暦)を基本とすることには変わりはありませんが、そのベースとなる古い暦が違うので、基本的にはツァガンサルは春節とは別物です。とはいえ、同じ旧暦ベースですのでほとんど同じ(1日違いくらい?)か同じ日の年もあります。なので、今年は「ツァガンサルの方が1日早いのか」と思っていました。そうなると、明日23日は大晦日ということになります。で、ちょっとネットで今年のツァガンサルはどんな感じかなーと見ていたら・・・びっくり仰天!私の勘違いなら、勘違いすぎるほどの日程を発見!!同じ24日でも2月24日だというのです。誰が言っているのか?それは在モンゴル日本国大使館です。そのホームページによると、2月24日旧正月モンゴル休日とあります。え?本当!?確かに春節と同じ日でないということはありませんが、1か月も違うなんてことはあるのかな?長くても1‐2週間くらいの差だったように記憶しています。驚いて以前モンゴル人に日程を聞いた内容を確認すると、やはり1月24日となっています。ということで、早速別のモンゴル人に確認していたら「2月24日だと思うよ」との返事が。うーん、どうも2月24日が正しいようです。ですが、過去のツァガンサルと春節の違いを見てみると、2003年が1日違い、2006年が1日違い・・・あ、ありました!2004年はツァガンサルが2月21日で春節は1月22日というのがありました。今回と同じく、ツァガンサルの方が1か月遅いということです。私が住んでいた2009年も1か月違いでした!で、その後またモンゴルからメールが来ました。それによると、モンゴルの中でも議論があるようで、今も一部の人は「ツァガンサルは1月24日だ!」と言っているそうです。本当にややこしい話です。思い出しました。そもそもモンゴルのツァガンサルの日程の決め方はわかりにくいというかかなり人為的です。中国春節は、今年の日程も来年於再来年も10年後も決まっています。そりゃあそうです、太陰暦と太陽暦の違いから計算できるのですから。ベトナムとかが時々1日違うのは、単なる時差の問題です。ですが、モンゴルは前の年の後半まで決まらないのです。詳しくは「モンゴル暦の旧正月」(https://plaza.rakuten.co.jp/mongolmasami/diary/200812070000/)をご覧ください。しかも、モンゴルで2つの日程が噂になるというのは、別に中国の春節の日程を真似しようなんてことではなく、そうなる仕組みになっているのです。ご興味ある方は「ツァガンサルの日程と祭日」(https://plaza.rakuten.co.jp/mongolmasami/diary/201202150000/comment/write/#comment)をご参照ください。今、最終確認しました。やはり今年のツァガンサル休日は2月24日です。1月24日説のモンゴル人の皆さん、残念でしたね。その方々はツァガンサルを二度楽しんでください。サイハンシンレーレー!!
2020.01.22
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「昔の面白いブログシリーズ」の第26回目です。2008年11月14日付けの「毎日、よくまあいろいろ起こります・・」を載せます。大学の教員に対するバックアップというか、事務的サポートがほぼゼロという現状を書いてます。コピーとるのも大ごとになってしまうような体制なのだということです。以下、掲載します。今、大学です。現在、週3回の授業なんですが、意外と暇な時間がありません。なんだかいつも追われてる感じです。というのも、まだ今期が終わってないので、すべて一巡目なのです。つまり、毎回授業の準備が必要ということです。もちろん、日本での経験から大まかなプランはありますが、生徒に渡す資料は全部英語にしなくてはならないので、これが結構大変です。結局、前日の夜準備することが多いので、最近は平日の夜のお酒は控えています。しかも、私はプリンターを持っていないので、授業当日の朝友人のBさんのオフィスへ行って、プリントアウトしてそれを大学で人数分コピーを取るということでなんとかしのいでます。プリンターは10日ほど前に学部長が私専用のを買うと言ってくれましたが、まだ来てません。昨日は、9時40分スタートの授業でしたが、ちょっと早めに来てコピーを取ろうと思っていました。コピー機は、私のいる部屋にはなく隣のアシスタントのいる部屋にあります。ですが、朝来たら鍵がかかってて入れません。スタッフも来てないし、誰もいません。向かいの部屋に仲良くなった先生がいるのでその部屋にあるコピー機を借りようとしましたが、これもロックアウト!仕方なく、最後の手段として、学部長の部屋にあるコピー機を借りようとしましたが、これまたロックアウト!一体どうなってんの、この学校は??もう9時半で、朝早い授業はとっくに始ってるのに誰もいないなんて!結局また事務局のDr.Bの携帯に電話しました。彼にとっては、私は面倒なクレーマー以外、何者でもないでしょうね。彼は、「授業は何時から?」と聞くので「あと10分です」と答えると、「なんとかしましょう、連絡します」と言ってくれました。更に、最近まで私のアシスタントをしてくれていた人(昇格して、マネジャーになったらしい)がいたので、助けを求めると、真剣に考えてはくれますが、なすすべなし。鍵も持ってないと言います。彼女の部屋にもコピー機はないとのこと。なんとかしましょう、と言ってくれたDr.Bもなしのつぶて・・・時間だけがどんどん経っ行きます。私の怒りが爆発しそうになる寸前(?)に、アシスタントが出社(登校?)してきました。私はすぐにその部屋に入り、コピー機のスイッチを入れました。ここにあるコピー機はキャノン製ですが、多分今の日本には存在しないような超旧型で、立ち上げも遅い、コピー取るのも遅い、印刷もきれいじゃないという三重苦の器械ですが、文句言ってる暇はありません。ところが、今度は紙がなくなりました。アシスタントに言うと、「今ないから、他の部屋に探しに行きます」と言って、どこからか持ってきました。あれやこれやで、30分以上の遅刻となってしまいました。せっかく早めに来たのにー。今までの授業は、ほとんど毎回何かのトラブルが発生しています。チョークがない、部屋が間違ってるなどなどは、毎度お馴染みです。チョークのなさとチョークによる汚れ(服が毎回白くなる)が嫌なので、黒板を裏返してホワイトボードの面を使っていますが、その面はホワイトにならずに前の文字が残ったままです。消しても消えません。濡らした雑巾で、結構な力を入れないときれいにならないので、毎回生徒に手伝ってもらってます。昨日は、それでスタートしたのですが、今度はマーカー(ペン)が途中でインク切れで字が書けなくなってしまいました・・・もちろん、あるのはこの1本だけです。毎日こんなトホホな生活です。今朝は今朝で、やはりいつものように友人のBさんのオフィスへ寄ってプリントアウトしました。そして、タクシーに飛び乗り大学へ向かいました。タクシーは、一番多いヒュンダイの超超オンボロセダンで、多分エクセラだと思います。ドアだって、簡単には開かないし、スプリングは壊れてるのか、乗り心地はボコボコです。でも、まあ動けば文句は言いません。「次は、左折」と言ったのに、なんかよろよろと右へ行きます。そして、止まってしまいました。ガソリンはまだ入ってるようですが、かれは車を降りて大きくドアを開け、まずアクセルをチェックしました。ダッシュボードから工具を取り出し、何やら言ってます。そしてボンネットを開け、また調整を始めました。私はこんなのに付き合ってられないので、「だめみたいだから行くね」と去ろうとすると「お金は?」です。私が「冗談じゃない、私はこれから歩くんだからお金は払えない!」と言って大学に向かいました。ちなみに、会話のほとんどは、彼がモンゴル語で言って私が勝手に英語で話してるので、多分お互い通じてないでしょう。通じるのは「まっすぐ」「左折」などの簡単な私のモンゴル語だけです。昨日のこともあったので、今日はより早めに来ましたが、それで良かったです。毎日何が起こるか予想できないのが、モンゴルです。
2020.01.20
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食べ物に関して誰もが好き嫌いがあるのは普通です。その場合には、アレルギーや宗教的な要因を別にすると2つの原因があると思います。一つは、実際に食べてみて美味しくない場合です。これは仕方ないですね。食べなくても、口に近づけただけで臭いでダメな場合もこれに入るかもしれません。もう一つは、イメージや視覚からダメな場合もあります。鶏肉がダメな人の多くには、あの鳥の皮のぶつぶつを想像してしまい食べられないという人もいます。蛇がだめとか、カエルがダメとかもこれに含まれるでしょう。私はこのタイプを「頭で食べる」と呼んでいます。舌で食べるんじゃなく、食材の良し悪しを頭で考えて拒否するからです。モンゴル人は元々魚などを食べる習慣はありませんでした。モンゴルの北の方の川で採れる魚を燻製にしたのを食べる人が少しいるという程度でした。私も食べましたが、夏のある期間に河原や道路で売っている程度で、どう見ても一般的なモンゴル人が常食にしているものではありません。ウランバートルのレストランで出てくる魚のほとんどは輸入の冷凍魚と見て間違いありません。そんなモンゴル人もここ10年ほどで、嗜好は大きく変わりました。日本食レストランもでき、韓国など外国へ行く機会も多くなったこともあり、少なくともUBの中流以上の人たちにとっては、魚は珍しいものではなく、「食べたことがある」人の方が多いでしょう。それどころか、世界的な和食人気はUBにまで及び、お寿司を食べる人も増えています。10数年前は「日本人は生の魚を食べると聞いたが、本当か?」などの質問は当たり前のことでした。私としてはちゃんと説明したつもりですが、海の魚を知らないモンゴル人にとっては「川でクマが生きている魚を食べる」みたいに食べているように想像していたように思われます。もちろん、それは昔のこと。このブログにも書きましたが、今では日本へ来るモンゴル人が食べたいもの第1位は、刺身か寿司です。10年前であれば、当然焼肉でした。このように、食生活が広がったモンゴル人に相変わらず不人気なシーフードがあります。それは蝦です。しかも小さな蝦のみならず、ロブスターのような世界的高級食材も「No」という人が多いのです。なぜか?それは「頭で食べようとする」からです。モンゴル人は蝦を虫だと言って食べない人が多いのです。日本に住んで蝦は虫なんかじゃないとわかっているモンゴル人ですら、この「虫」というのが頭にあって食べられない人がいるのです。実際モンゴル語では蝦をсам хорхой と言います。сам は櫛、髪の毛をとかす櫛で、хорхойは虫です。モンゴル語にはもともとモンゴルになかった食材など、中国語から引用している言葉が結構あります。葉野菜とか生姜など、中国語起源は結構多いのです。確かにそう思って蝦という字を見れば、確かに虫偏です。これを見て、「櫛の虫」と名付けたところで、仕方ないでしょう。中国語も虫になっているのですから。このことが頭にあった中で、先日新聞のコラムにあった蝦の語源を読み「なるほど」と思いました。元々虫という字は、現代の昆虫を表す字ではなく、まむし(頭の大きな毒蛇)を表す文字だったそうです。いわゆる昆虫は蟲と虫の字を3つも書いて表していたんだそうです。ですが、当初の虫(まむし)という意味はのちに転じて変わった形の動物、とくに川や海にいる動物を意味するようになったとのです。蛙、蛸、蛤など水中動物に虫偏が多いのはこのためです。時代が下り漢字の簡略化の流れもあり、本来の昆虫を表す蟲という文字が、虫に変わっていき、今では昆虫も虫と表すようになったのです。ですから、現代人の我々からすると蝦も蟹も昆虫の仲間に見えてしまうのです。モンゴルに蝦が伝わった頃ももう、虫と蟲の違いも分からない頃だったのでしょう。これだけ生魚や寿司に理解を示すモンゴル人が多い中、伊勢エビだろうがロブスターだろうが「虫は食べられない!」と主張するモンゴル人は多いのです。「頭で食べる」ことによる拒否感というのは非常に強いものがあります。これと似た事例は、ステーキやローストビーフの赤身です。当然ですが、モンゴル人の肉食の歴史は筋金入りで、日本人の歴史とは比べ物になりませんし、食べる量も桁違いです。ですが恐らく歴史的にいろいろあったのでしょう。「十分に熱してない肉を食べてはいけない」「赤い部分が少しでも残っていたら、食べるな」など。ですが世界のグルメの主流は「赤身の肉をどう綺麗に残したまま調理するか」がポイントです。一流のステーキレストランでウエルダン(完全に火を通して、赤い部分が全くなくなった肉)を注文する人はまずいません。ローストビーフの名店が、赤い部分なしのローストビーフを出していたら、閉店しなくてはならないでしょう。でも、モンゴル人はあくまでも「頭で食べる」ので、赤い部分が少しでも残っていたら、食べられないのです。例え、三ツ星レストランでも。今回、虫偏のにわか勉強をしました。蝦の叚は何か?仮面や外皮を被るの意味だそうです。なるほど、外皮のある海中動物と言えば、確かに蝦ですね。では蟹は?虫は海中動物につけられる文字です。では解は何か?解答?解剖?解には「部分部分になる」とか「ばらばらになる」という意味があります。確かに蟹を食べるときは足をばらばらにします。なるほどー!漢字は意味が深いです。モンゴル人も刺身を食べられるようになったのですから、蝦も赤身のステーキも食べられるようになってほしいものです。
2020.01.19
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最近の報道で目にした方もいると思いますが、プラハ市長が「中国を「信頼できないパートナー」だと非難すると同時に、台湾の台北市と姉妹都市関係を結ぶ方針を明らかにした。」との記事がありました。これはなかなか画期的な決断だと思いました。そもそも日本も含め、中国批判は多いですが、そのどれもが口先だけで行動を取ろうという人はいません。それは日本人も例外ではないです。最近、南太平洋の島国のいくつかが台湾と断交して、中国政府と国交を結ぶニュースがありました。そうしたニュースへのコメントは大体似たようなもので、「また中国が金の力で台湾と断交させた」とか、未だ台湾と国交を結んでいる国に対しては「台湾との国交継続を支持する」や「中国に負けるな!」みたいな稚拙なコメントが目立ちます。私に言わせれば、よくぞこの長い間中国の経済力による誘惑や脅しに耐えてきたなと思います。そもそも日本は1972年、つまり48年も前に台湾と断交し、中国と国交を結んでいるのです。まるで他国の「台湾断交中国国交」が悪いことのように思っている人がいるようですが、それ言うなら「日本は今すぐ中国と断交せよ!」と言えばいいのです。ですが、そんな主張はほとんど聞きませんし、現実的にも受け入れられるはずがありません。中国は今や日本にとっての最大の輸出国であり、断交なんてことになったら、それこそ経済的に天地がひっくり返るような話です。つまり日本人のこういうコメントする人たちは、自分たちは安全な立場(中国と国交を持ち、大きな経済的利益を得ている)にいながら、太平洋に小さな島国を「中国に金で変えさせられた」などとほざいているわけです。そうした本音と建前で中国を批判する人が多い中、プラハ市長はすごいです。当然ですが、チェコは国としては中国と国交を持ち、台湾とは断絶しています。しかもチェコの大統領は、当然中国マネーを意識しながら、対中関係の親密化を目指しているのです。これは奇手というか、すごいアイデアだなと思いました。国レベルでの断行となると、中国が好きだ嫌いだの問題ではないのは、日本を見ればわかります。ものすごい政治的圧力を受け、結局は断念せざるを得ないでしょう。ですが姉妹都市となると話は別です。姉妹都市なんて国とは関係ない、自治体ベースの話ですし、国同士の権利義務とか協定違反とか関係ありません。しかもプラハが凄いのは、北京市を切って台北市に変えたという、象徴的な変更ができるレベルの主要都市だということです。仮に新潟市が中国ハルピン市との提携を止めて、台湾の台南市と提携したからと言って大したニュースにはなりませんし、デメリットの方が多い気もします。プラハ市長は「中国は怨恨(えんこん)に満ちており、チェコの世論に影響を及ぼそうとしている」と言ったり、「中国のいわゆる「一つの中国」という主張について、フジブ市政下のプラハ市は支持しない方針」を示したり、皆の心の中にある「中国に対して言いたいこと」を明確に言ってます。更に「チェコ政府に「チベットと台湾の独立に反対する」ことを強いる合意には署名できないと」述べているのです。あのトランプ大統領でも、心で思っていても言えないことをはっきりと言い切っています。そして世界の国々に対して「脅威や脅迫を前にして、自らの価値観や誠実さを放棄しないよう皆に求める」と訴えた。のです。日本の政治家辺りは「チェコなんて中国から遠い国だから言いたいこと言えるんだよ」なんて言い訳する人もいるでしょうが、じゃあ「イスラエルに原爆を作るのを止めろ」とか「パレスチナ人への迫害を止めろ」って言えますか?日本の政治家はとてもそんな度量はないでしょうね。歯切れのいい物言いの期待されたホープも「石炭使うのは仕方ないんだ」とか言って「化石賞」を二度ももらうくらいですから、日本の政治家にはとてもできない正しい主張です。ところで、モンゴルは台湾領だというのをご存知ですか?もちろん、今ではさすがの台湾人もモンゴルを台湾領だと本気で思っている人はいません。ですが、建前上は台湾はそう主張してますし、実際、台湾の地図にはモンゴルがその領土となっているものが多いのです。中華民国は清の領土を引き継いだとされています。今のモンゴル国は中国共産党とソ連から独立国と認められていますが、中国国民党はその前に台湾に逃げ込みました。その国民党は中国本土の奪回を(建前上は)目指しているわけです。中国本土とは中国共産党ができる前の清の時代の領土なので、モンゴルまで中華民国領になってしまうというわけです。今ではウランバートルに台湾代表処を置いているくらいですから、友好関係もありそんな主張は現実的ではありませんが、念のためモンゴルファンの方の頭の片隅に入れておいてください。
2020.01.16
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先日、NHKの番組でアイアンロードというのを見ました。シルクロードは有名ですが、それよりも古くからある北の草原にある東西を結ぶ道のことです。番組の詳細の紹介はここでは書きませんが、そこから得た示唆をいくつかご紹介したいと思います。まずはスキタイの東への広がりです。スキタイは遊牧民としては最も古い紀元前7世紀ころに黒海やカフカス地方にいた人々です。このスキタイは、製鉄技術を持った最も古い人々であるヒッタイト(今のトルコのある半島にいた)の技術を継承したのだそうです。ヒッタイトは紀元前15世紀頃ですから、その頃の日本は縄文時代であり、鉄どころかようやく土器を作っていた時代です。スキタイについては私もいくつかの書物を読みましたが、インドヨーロッパ系人ということもあり、かなり西方の国という認識でした。ですが近年の調査では、かなり東方、アルタイ地方までスキタイの勢力は延びていたということです。今で言えば、ロシアのトヴァやモンゴルのオブス県辺りまできていたようです。そしてその技術は、紀元前3世紀にできた匈奴に引き継がれたのです。この匈奴ですが、日本語ではもちろん「きょうど」ですが、当然ながらこれは完全な日本語読みです。モンゴル人は「フンヌ」と呼び、モンゴル人の祖先と考えています。フンヌは一般的にも使われており航空会社「フンヌエアー」は有名です。HUNNUの文字が見えます。漢字にすると「匈奴航空」となります。ですがもちろん匈奴という字は中国お得意の「悪字」です。「騒乱を起こす連中」の意味があるそうですから、北から攻められる漢人にとっては確かにそんな気持ちになるかもしれません。匈奴の軍事力が強かったことは有名ですが、そこに製鉄技術が大きく影響していたとは知りませんでした。鉄があるとなぜ強いのか?当然ですが、まず考えられるのは武器です。弓矢の先につけた鉄の矢じりの破壊力は半端なく、漢人が持つ青銅でできた盾をも貫き、その後ろにいる人間も殺傷するほどの力があったそうです。なるほど、今でもナーダムで弓が大切な競技の一つとされるのは、この弓矢による軍事力アップがあったということなんですね。テレビでは青銅の盾を貫く実験が映されましたが、確かに石でできた矢じりとはけた違いの強さを見せていました。ですが鉄が軍事力に重要なのはこれだけではなかったのです。騎馬です。騎馬民族なんだから当たり前だと思いがちですが、実は昔の遊牧民は確かに馬には乗っていたけど、それは羊を追う程度で、長距離を俊敏に走ることはできなかったのです。それを可能にしたのは「ハミ」です。ハミと馬具の一つで、馬を自在に扱う上での最大の発明とも言われています。鉄製のハミができるまでは、馬の首や頭に縄を巻いて制御してましたが、細かい人間の意思は伝わらず、馬は単なる移動手段に使うだけだったのです。木製のハミでは耐久性がなく、使い物にならなかったそうです。この鉄のハミができてから乗馬技術は飛躍的に伸び、これ以降近代兵器が登場する18世紀までは騎馬軍団が地球上で最も強力な軍隊であったわけです。つまりチンギスハーンも、ハミがなければとてもじゃないが、世界征服はできなかったというわけです。全く関係ありませんが、私の高校時代の世界史O先生のあだ名は「ヒッタイト」でした。ヒッタイトという聞いたこともないようなインパクトのある名前、語音が生徒らに強く印象に残り、その先生をヒッタイトと呼んでいたのです。先生の見た目とは全然関係ありません。今でも同窓会ではその先生のことをヒッタイトと呼ぶほどです。その「ヒッタイト」から「スキタイ」へ。「スキタイ」から「匈奴」へ。そして「匈奴」から「モンゴル」へ。なんだかこじつけのようですが、ちょっぴり私にも縁があるように感じてます。その匈奴は武力で大国漢を圧倒し、毎年莫大な貢物を約束させるなど、東アジアでは大きな存在となりました。ですが、漢の武帝の登場で匈奴は西域の一部を失い、北の草原に追いやられてしまったのは有名な話です。なんとこれにも製鉄技術が背景にあったのです。武帝は青銅器が鉄の武器に負けるのを見て、製鉄技術を向上させ、匈奴の鉄よりもより強い鉄を作り上げたのです。その上、情報戦で仕入れた内容を軍事に生かし、何度も匈奴を打ち負かしたというのです。今も昔も変わらないと思いました。企業は新技術の導入で優位に立つ。しかしその技術の革新を怠っていると、競合はよりよい技術を導入し、逆襲する。武器だけの世界ではなく、企業間競争も同じことが言えます。残念だと思ったのが、紀元前にはモンゴルに製鉄技術があったということです。その後どうなって消えてしまったかは不明ですが、当時土器をこねていた日本が近代になって世界最高の製鉄技術を持つようになったのです。モンゴルには鉄鉱石も石炭コークスもあります。でも、2000年以上前から持っていた製鉄技術は消えてしまいました。歴史の難しさを知るとともに、モンゴル草原のはかないその後の行方を思い巡らさないわけにはいきません。
2020.01.13
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あの会見を見て感じました。当初は英語で話しましたが、質問時間になるとフランス語がメインになり、レバノン語(アラビア語の方言)、ポルトガル語での質問も相次ぎましたが、ゴーンさんはなんの躊躇も見せず、ネイティブのように自分の言葉で怯むことなく答えていました。言語を別にしても、こんな経営者、日本にいるでしょうか?従業員数日本トップクラスの日本郵政の社長?お笑いの大家で安倍政権とも近い吉本興業の社長?関西財界のトップである関西電力の社長?半導体2位だった東芝の社長?LIXILの社長?ベネッセの社長?日本一の大学、日大の総長?言葉以前に、厳しい質問に自分の言葉で答えられるまともな経営者はほとんどいません。ソニーなどプレゼンの上手い会社は増えましたが、そのソニーでも「追及されるとき」はへなへなな対応になってしまいます。しかもゴーンさんは、参謀もなく、すべて自分の言葉で、自分の頭で考えて答えています。私は経営者としての能力では、話にならないくらいに日本の大企業のトップと差がありすぎると感じました。その上、あの語学力です。日本企業ではアメリカ駐在で英語が達者な役員を「国際派」などと呼びますが、話になりません。日本人の国際感覚のなさは、あの会見中継でもわかりました。テレビ東京が日経新聞と協力してネット中継してくれたことは称賛に値しますが、あの通訳はなんなんでしょうか?私ですらゴーンさんの中継をやると知った時、「何語でやるのかな?フランス語かな?」と思ったくらいです。レバノンは旧フランス植民地で、ビジネスマンの多くはフランス語を話します。というか、日本人はよくわからないかもしれませんが、コンチネンタルヨーロッパ(イギリス以外の大陸)のメジャーな言語はフランス語であるという事実をわかっていない人が多いのです。私が出席していた上述のパートナーミーティングには、レバノン人、ユーゴスラビア人、イタリア人、ベルギー人、フランス人とおり、日本人は私一人でした。というか、非ヨーロッパ人は私一人でした。会議はもちろん英語です。ところが・・・私が手洗いから戻ってくると、フランス語の会話が聞えました。が、私が会議室に姿を現すと、自然に全員英語に変わるのです。ごく自然に。要するに、本来の共通語はフランス語なのですが、私一人のために全員英語に切り替えたということなのです。そのくらいフランス語の力は、大陸では強かったのです。レバノンなら一層フランス語です。なのに、通訳は3人も揃えながら、英語しかいません。質疑応答の後半のほとんどはフランス語でしたから、通訳なしでただ流すだけでした。通訳を向こうまで派遣するならコストの問題もありますが、ネット映像を見ながらの通訳ならフランス語通訳を入れることにどれほどコスト増となるというのでしょうか?手持無沙汰の3人(フランス語、レバノン語、ポルトガル語では出番がない)にするなら、一人をフランス語通訳にするべきではないでしょうか?さすがに、レバノン語やポルトガル語もとまでは言いませんが、大手マスメディアですら、全く海外事情が分かっていないということでしょう。今朝のニュースに「森雅子法相は9日未明に会見し「刑事裁判そのものから逃避し、許されない」と批判。東京地検の斎藤隆博次席検事は「日本の刑事司法制度を不当におとしめる主張で到底受け入れられない」とのコメントを出した。」とあります。ですが、これは何も言ってないことと同じです。「日本で弁護士同席を認めない理由はこれこれです」とか「自白しない限りは拘置所に長期間拘留するのは日本の検察の特徴です。」とか、言えばいい。つまり、具体的な反論ができないということなのです。「法律を破ったからだめ」と言ってるだけで、なぜそのような異様な法律が存在するかについては説明していません。ゴーンさんは、日本脱出を日本の法律違反だと認識したうえで、そのシステムそのものがおかしいと言ってるのです。これでは海外から見れば、日本側は何も言えないというのと同じです。こうして見ると、ゴーンさんと日本の大企業の経営能力の差、日本メディアの国際感覚の欠如、そして政府や検察が説明責任を持てないことが一層際立った会見であったように思えました。内容の真実性については私にはわかりませんが、ゴーンさんの日本脱出後の第1ラウンドとしては、ゴーンさんの勝ちで勝負あったと思います。(完)
2020.01.10
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「弁護士の同席が認められない中、警察から夜通し尋問を受けたうえ、訴えを取り下げるよう圧力をかけられたと主張している。」「被害者は出国も禁止された。」弁護士は「この人は、基本的人権も尊厳も奪われた。」との記事を目にしました。まるでゴーンさんの訴えのように見えますが、これはキプロスで集団レイプ被害にあった19歳イギリス人女性の話です。これだけを読むと「キプロスってひどい国だなあ」「まあ、あの辺は法的秩序もないような国なのかもしれない。」とこの文面から思ってしまいます。外国人から見れば、20未満の女性を集団で襲うという極悪非道の事件でさえ弁護士の同席を認められない(加害者に対してではなく、被害者に対しての話です)ことは、当然基本的人権がない国だと思われるのでしょう。翻って、ゴーンさんへの「先進国」「法治国家」としての日本はどうか?経済犯罪であるにもかかわらず、基本的にはこのキプロスでの扱いと同じようなことを日本で行われているということを認識しないといけないと思います。私は別にゴーンさんが無実だとかと主張しているのではなく、そもそもの日本の検察の容疑者への扱いが「いい加減な独裁国家「」と大して変わらないということを理解せねばならないということです。少なくとも、海外からの視線は。ゴーンさんの記者会見をネット中継で見ました。ゴーンさんの犯したことへの事実認識は私にはわからないので、それについては何も言うことはありません。が、会見見ながら感じたことがありました。レバノンでの会見を見ながら、思い出したのは昔のレバノン人の同僚です。かなり昔ですが、私がPE(まだプライベートエクイティという言葉がない頃に、PEの会社を立ち上げました)をやっていたころです。グローバルでのパートナーミーティングを毎年やっていました。本部のあるブリュッセル、そして実際の事業展開をするニューヨーク、パリ、香港そして東京からパートナーが世界のどこかに集まって情報交換をするのです。その時のNYのパートナーはレバノン人とユーゴスラビア人で、共に私と同じBCG出身者でした。そもそもそれまでレバノンという国を意識したこともなければ、もちろんレバノン人にあったこともありません。ですが、最初に会った時のこと、もう20年以上前にもなりますが、明確に覚えています。「なんて頭がいい人なんだ!」と。BCGのようなところには、頭がいい人はうじゃうじゃいますので、普通は大して驚きません。が、彼は全然違いました。頭の回転が恐ろしく早く、瞬時に本質を突き留めます。それ以上に感じたのは、寛容性、優しさです。いつもにこにこして、決して怒らない。常に優しく語り掛けます。しかも、英語はもちろん、フランス語、アラビア語、スペイン語・・・で、それぞれをネイティブのように話すのです。英語でフーフーいっているような私とは比べものになりません。しかも語学なんて彼の武器でもないんでもないと思わせるほど、思考力が抜群でした。後でわかったのですが、そのレバノン人のパートナーは、BCGでもトップクラスに優秀なマネジャーだったようです。彼はレバノンで生まれ、フランスの大学を卒業し、ハーバードでMBAを取って、BCGに来た人でした。ちなみにもう一人のユーゴスラビア人パートナーも、ユーゴ内戦の最中に育ち、なんとか脱出して欧米で教育を受け、BCGに来てました。こっちも負けず劣らず優秀で、もちろん4つも5つも言語は話せました。その時からレバノンに関心を持ちました。レバノン人が優秀なのは中東はもちろん、ヨーロッパでも有名でした。石油などの資源を持たないレバノン人の唯一の武器は「頭」です。サウジアラビアなどの石油裕福国での医者や弁護士などのプロフェッショナルの多くはレバノン人だと聞きました。日本の報道では、レバノンという国の体制に言及していますが、もともとレバノンは国としては大したことなく、当然汚職もいろいろあるでしょうが、本質はそこではなく、レバノン人の優秀さと国際的ネットワークです。これを持っている代表格がゴーンさんなんだと思います。(続く)
2020.01.09
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