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野球界に例をとると、直ぐ思い浮かぶのが新庄選手だ。、その人気も来年ぐらいが勝負の分かれ目になりそうに思う。翻って、芸能界にその例をさがすと、忘れ去られた過去の人気タレントは数えきれない。反して、老いて益々燻し銀の演技をみせ貴重な存在感をアピールしている役者、タレントも少なくない。それらの差はどこから来るのであろう?天から恵まれた才能によるもの、運命的なもの、もあろう。本人の努力(それも天からの授かりもの?)・・・も忘れてはいけない。それよりなにより、本職大好きで、それ以上、夢中になれるものが、ないのだとも考えたい。.酒も女も2番目で、それに夢中になって溺れこむこともないのだろう。((笑)それに反して、<ワインとバラの日々>にうつつを抜かしたもんきーのような輩は、夏の花火に似て夜空を一っ時彩る光芒に相応しい。別に悪いとは考えないが、傍目には真に虚しく愚かしくも映るであろう?しかし、それも見様考え様で、・・・好き放題やって良かった、バカな奴、かも知れないし、逆の見方もあろう。他人の目にどう見えるか?より、自分がどう思うかが大事だ。責任を取れるのは自分しかないのだから・・・。限られた命を面白、可笑しく過ごせた幸運こそ、ヨクヤッタ!と、感謝したい。アハハ・・・・少々間違っていても、もんきー007なるが故、何事も100点満点とはいかないとも考えている。(笑) 合掌
2003年10月29日
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追い風となった参院埼玉補選で自民候補が小差で勝った。来る衆院選の前哨戦と位置ずけていた自民には格好の追い風と、見られている。負けたら前回に続いて連敗となる。自民にとっては負けられない敵地での勝利であり、言い換えれば民主党の【金城湯池】.→金の城と熱湯の池のこと。非常に硬い守りや備えのこと。なかなか侵入できない場所や地域・・・(ことわざ辞典~)での勝利と云う分けで、その喜ぶ様も伺い知れる。政治大嫌いもんきーでも、こと株式相場に影響がありそうな今回の選挙は気になる。一応絵空事的マニフェストを掲げる腹黒い策士がいる民主より、一生懸命改革に努力しているかに見える小泉を応援したい。転じて本日【金城湯池】で決戦を迎える頼りない阪神の日本一を切に祈願する。負けても、星野監督の頭が切れるよりいいと、思っている。同時に、今回の補選で負けた場合の言い訳に聞こえた選対筋の言葉も思い出した。(笑) 合掌
2003年10月27日
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本日新規上場株(抽選で当たった)には数日前から、かなりの期待感で胸を躍らせていたが、ご存知の低迷相場の時期に重なって思ったほどにならなかった。即ち4.5倍になる予定が今、倍どころなのだ。全く、分からないのは、<女心と、株式相場>である。そのこころは「掴んだと、思ったら!裏切られる。」・・・明るい話題に変えよう。フランス・<ボジョレー>は1893年以来の歴史的な出来栄えだとかで今からワイン好きでなくとも、ワイン業界は大いに沸いている様子が伺える。若くてフレッシュなだけの安物のイメージしか持っていなかったが今年は一目おいている。フレッシュで軽いのみ口は元々嫌いではなく、お祭り大好き、もんきーには格好のヌーヴォー年である。今頃はフランスに飛ぶ準備に追われていたであろうが、<早く運を使い果たした>のでは致し方ない話だ。せめて日本でその出来栄えを愉しみながら、ヌーヴォーコンテストにうつつを抜かすことにしよう。今年は信じられぬ様な良家のワイン娘も登場するようだ。例えばロマネコンティのドメーヌ メゾン・ルロワ、ブルゴーニュ1の作り手といわれるドミニク・ローランのヌーヴォー等数え切れない位だ。つい、.あれもこれもと、予約注文をしていたら18本になった。「ボジョレー美人コンテストなぞと、粋がってたら身が持たないわよ」!と、嫌味を言われた.アハハ・・・。 合掌
2003年10月24日
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文中にあった次の【すべてが目に見えない速さですすむ氷河の世界にあっては、その数千、数万分の一といったスケールの時間の生き物など存在しない等しい】というフレーズに感銘を受けた。先日のアルプスのゴンドラ墜死事故、プレジャーボート転覆死亡事故等、果てはニューヨーク国際貿易センタービルのテロ事件など、きりがないほどの不幸、不運を世界中で見聞きする。何故?と、思いつつ、彼等の不幸を運が悪い、運命と、捉えて、普段は忘れて諦めようと、している自分に気ずく.。人間の善悪を超えた【不幸せ】については、いつも疑問を感じる。それを、人生の不条理とか不合理とかで済ましているが、心のどこかで不満を感じていないと、云うのは嘘である。悪いことをして安楽に暮らしている奴もいれば、努力しても報われない不運な人もいる。その差はどこでつくのだあろう。始めから決まっているとしか思えないと、いうのが本音なのだが・・・浅学非才なもんきーにはそれ以上分からない。神は心の中にと・・・、云う人もいるであろうが,先日の事故を見てもその差は<甚だ不可解>である。【運】としかいえないのだ。ふと思ったに過ぎないが、前述の小説の中の叙述に、その答えの一端があるように思った.【神】が存在しても人間という生き物の微細な点にまで目が届かなだけと考えた。だから、今夜もワインを飲もう・・・難しいことは先延ばしか、暇潰しに考えていい年頃と思う。(笑) 合掌
2003年10月23日
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それを早めた要因として考えられるのが、ギリシャ神話の天空を駆ける馬<ペガサス>由来のカルフォルニアワイン「クロ・ペガス1996」赤と想われる?痛み止めはあらかじめ飲まなかった。アルコールで麻痺したわけでもない。ワインが好みに合っただけと、想う。妻特製の神戸サーロインステーキ>も美味かった.重いフルボデーのワインには格好であった。今夜もそうしたいが、妻の身体を考えれば、我が儘はいえない。・・・ともかくワインは申し分がなかった。セパージュ(ブドウ品種)はメルロー90%カベルネ・ソーヴィニヨン10%で、作り手の妻の名前(日本人)を付けたワンランク上の畑『ミツコ・ヴィンヤード』のもの!!という触れ込みだ。それだけ気の入れようも違うと、いうもの。ワインは赤というより、黒に近い色調だが、メルロー種特有の芳しさに溢れており、艶やかで、喉越し滑らかなワインであった。ボジョレー・ヌーヴォーの季節が済んだら、もんきーが昔購入(ボルドーのグランクリュの畑の権利)して大いに飲み、楽しんだ懐かしいボルドーワインに戻ってテスティングを試してみようかと想っている。(ここ数年来はもっぱらブルゴーニュ・ワインに嵌っていた・・・)しかしまた寿命を延ばさないといけないことが問題である。 神の与え賜うた魅惑のワインちゃんへ変わらぬ愛をこめて もんきー007 合掌
2003年10月22日
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フランス パリへは観光で3.4回訪れたにも関わらず、不思議とそのコース線上のノートルダム寺院へは足を踏み入れたことがない。コンコルド広場前のH・クリヨンへは4日も滞在したのに雨に降られたり(車椅子だった)面倒だと、車で待機して車窓観光ですました。そのせいか、昔ノートル・ダム寺院があった僅かな敷地の畑から採れるワインと、聞いて惹かれた。優良な生産者ということで期待したが、一本飲み切れずに棄ててしまった。体調のせいだったかも知れない.。数日前から歯と、はぐきが沁みてるのか痛いかはっきりしない。歯医者へ行けばいいのだが、どちらか、はっきりしないうちは行きたくない。第一、面倒くさい。ワインを飲んだら治るだろうと、飲んだが駄目だった。当たり、はずれはあるにしても、今回は口に合わなかった。昨夜はレシビにあわせてロゼを選んだが、今日も完全ではない。そこで今夜は身体には悪いが?最上級サーロインを妻に注文、ギリシャ神話に登場するペガサスに由来する「クロ・ペガス」というワインを飲むつもりだ。名前だけでもご利益に預かろうと、云うつもりである。あらかじめ痛み止めを飲んで最高に美味い晩餐?を楽しむつもりにしている。妻が「・・・可笑しい」と笑うのも分かる気がするが、楽しく可笑しいがもんきーの身上でもある。しかし今日は、どうしても笑えないものが一つある。青菜に塩みたいな本日の相場だ。不安だが、それは明日また考えよう・・・。お天気も薄ら寒い雨だが、<ボジョレー・ヌーヴォー>については1893年以来の当たり年と、聞いて待ちきれない思いでいる。市場には有名無名のネゴシアンが大活躍?、あれこれ予約注文をしたが飲みきれるかどうかは、知る限りではない。今年ばかりは11月の第三木曜が待ちどうしい。 合掌
2003年10月21日
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また、と嘲笑いたい気持ちもあるが折角愛しい可愛い子、孫たちに恵まれておるのに無理やり自分の気持ちを抑えて、どれだけ偉いと?反面「自制心」は人生を生きる上で、大切なものと、考える。一昨日からお泊りの上の孫に言ったものだ。「晴香ちゃん、人生で大事なものは何だと思う?」「・・・???」「頭がいいなんて、大して意味がない、生きる上で大事なことは、どれだけ辛抱できるか、我慢できるか・・・」それも誰かの言葉なのだ。難しいかな?と、思いつつ特に上の孫にいっておきたいと、考えていた。時を置いて「・・・人生で大事なことは?」と尋ねてみたらすぐさま「辛抱でしょ」と返ってきて安心した。唯下の孫と二人で「おじいちゃん、悪いことでも・・・?」と聞かれて一瞬答えに詰った自身を悔やんだことは忘れられない。それは、その内わかることとして、久ぶりに一駅先の大型スーパー店へ行った。併設のゲームセンターーで姉妹が一緒に真剣に「上手いでしょう」という太鼓叩きのゲームを競っていた姿はその性格の違いも現れて、観ていても面白かった。後「小説が欲しいの」と、云う姉に3冊買ってやったが、おじいちゃんお奨めの「巌窟王」「15少年漂流紀」「ギリシャ神話」などは無視された。お好みのアイスクリ-ム2ツを三人で食べ、文房具店で欲しいものを買ってやり再び率先して、ゲームセンターへ行った。ムキになって「キャッチャー」で前の味が忘れられなくて挑戦いたが、成績は1600円使って「ロールケーキドック」一つだった。「・・インチキや!」と、文句を云いながら帰路についた。ついでにそばにある宝くじ売り場で一枚200円のスクラッチ籤とかを5枚かってあたれば100万円?と、笑いながら、真剣にコインでコスッテ出てくる絵合わせを試みた。晴香が1000円!妹は100円おじいちゃんはハズレ、喜ぶ姉を挟んで嬉々として家路を急いだ。余り教育上は良くないな~と思ったが、楽しい一日には代えられないとも考えた。昨日娘のお迎えで早々に帰ったがその淋しさは例え様のないものであった。子離れ・孫離れなんて死ぬまで、出来そうにないと思った。 合掌
2003年10月20日
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今頃になってと笑われそうだが、それまでにも何度かその思いはあった。しかしその度に、いつのまにか、うやむやに、なしくずしになってきたようだ。卑近な例では、一ヶ月余りの2001年<アジアクルーズ>にまで逆のぼる話である。親がウハウハ旅を楽しんでいる間に娘の方は人に云えない苦しみで夜も寝れない日々を過ごしていたのである。ママに相談したくても旅を楽しんでいるのに、そんなことを電話したら悪いと思ったらしい。義母では話にならないし、亭主は「更年期と、違う?」と云った程度の「天才バカボン」ぶり(整形外科医は他科に対して無頓着の傾向がある?)だったようだ。その話を聞いた時から、今後もう絶対長旅は止める!と、決心したもんきーである。そしてそれ以来それを曲げたことは一度もない。世界クルーズの望みも断った。2002年は妻の骨折やらなにやらで国内はおろか、入院先からの小旅行でお茶を濁した始末であった。そして今年はまたチャンスがあるさ・・・で、結局、先日の<孫と一緒の初島>ぐらいで終りになりそうだ。特にその後の【塾】問題で、久しぶりに「小離れ孫離れ」を新たに覚悟した。ところが、昨夜~孫たちがお泊りして甚だ怪しくなった。仏教の「四苦八苦」の一つで最も辛いのが【愛別離苦】という。愛するものとの別れ、恋人であれ、我が子であれ、友人であれ、人生でそれが一番辛くて厄介な問題という。もんきーは老いたせいか、それが一番怖い、特に妻との別れなど、想像するだに、厄介である。それを思えば子離れ、孫離れなど、・・・と思っているせいか、云ってる先から気が変わる。おおよそ大昔から「子を思う親の心は闇なれど 子は親を思わざりけり」<読み人?>である。<子離れて 株で育てる老いし夢>と考えていたが昨夜から、その決心も挫折の予感がする。 合掌
2003年10月18日
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未だその夜のことを思い出すと哀しみで胸が一杯になると共に死にたくなる。楽しい旅であった筈がどうしょうもない腹立たしさと、虚しさに胸が、かきむしられる。何故?というと、娘の自宅に帰り着くやいなや、孫の晴香へ「今日は熟がある日でしょう。ママはおばあちゃんにエステしに行くから・・・、ちゃんと行くのよ」すぐさま、「え~・・・!熟?そんな無茶苦茶な、今日位はお休みにし・・・!可愛そうやんか、第一、集中もできないから勉強の成果も上がらない。」「お休みにしなさい・・・休み、休み!」それで話はすんだと思って、取り合えず<お言葉に甘えて>・・・エステをして貰いタクシーのチケットを貰って別れたのである。そのまま大阪へ帰れば良いのに旅気分が抜けないまま、京都で食事をして帰ろうと、いうことにした。その食事中のことである。携帯が鳴った。「・・・おじいちゃん?ウッ・・・ウッ・・・ママがね・・ウッ」一気に酔いも醒めて「晴香ちゃん・・・どうしたの?・・・うん分かった。心配しないでいいよ・・・ママにはおじいちゃんから云って上げるから」電話はそれで切れた。どうしょうもない怒りに殆んどパニック状態の私は「直ぐ、娘宅へ引き返す」「それでどうするの?」「晴香に合って話を聞いて慰めてやる」「貴方の子供じゃないのよ!」その辺のところの会話はご想像にお任せする。その場は何とか収まりをつけて大阪に戻ったが、その後と、云うより今もって、我が身の不自由が悔しく、恨めしく思える日々である。(反面、不自由で良かったのであるとも考えられる・・)「人は望みどうりに物事を変えていくことはできない。望みのほうが少しずつ変わってゆく」<マルセル・プルースト~>楽しかるべきだけの旅の思い出の筈が無残に敗れた老もんきーの恥かしい一面である。 合掌
2003年10月13日
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何のことだろうと、その紙上の解説を見た。語源はラテン語だそうで、いつでも、どこにでもそこにある>という意味だそうだ。そして、そのような「ユビキタス社会」を後押し・・・・と記されていた。一瞬、映画の未来都市のシーンが頭をよぎった。現代だって充分我々の世代には、ユビキタスな世の中に思えるのだが・・・。PCは云うまでもなく携帯だって充分ユビキタスである。それで恩恵を受けたのは株で儲けたくらいだ。新し物好きなもんきーは、結構日々の無聊は慰められたが、所詮其処までで、若い人達のようにすんなりと理解、受け入れることが出来ない。【古いのよ~】で、かまわないが、かえってややこしいユビキタス社会である。カーナビだってその一つだ。(もう一つ、信用できない・・・?)そして、自分の経験とか感を辿って全く反対方向へ行き、同乗者の顰蹙を買った記憶がある。街角に便利な情報が一杯詰ったPCが置いてあっても使用法が分からなければ、無用の長物だ。年寄りは、頭は硬く頑固で目も薄く耳も聞こえにくい。手足も自由自在と、いうわけにはいかない、ハッきり云って一面、ユビキタス社会にとって厄介な存在である。銀行とか郵便局のATMの前で滞っているのは年寄りが多い。かく云うもんきーも未だ送金とか、引き出しとか良く理解できないばかりか苦手である。・・・【ユビキタス社会】は老人には余り利点はないようである。「老兵は死なず 消え去るのみ」も一段と現実味をもって迫ってくるように思っている。 合掌
2003年10月12日
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期待した程でもなかったし、多分孫達も同じだったであろう。彼女達もどんどん成長しているのである。それと共にその世界も違うのである。時代が違ううえに、各々の価値観も変わっていく。それらのことが、今頃になって色々分かってきたと、いうところである。時代に取り残され、世の中変わったのよ!と、身に沁みてきたというわけなのだ。それはHPにでも言えることである。旅へ出かける前から薄々感じていたことなのであるが・・・帰ったら、気持ちが変わるかもと、考えていたが同じである。年々歳を重ねて一層それがはっきりするばかりなのだ。例えば2001年に一ヶ月余りクルージングした際には、未だ余裕であった。ところが、今回の熱海初島旅行で、我が家が一番良いと、さえ思った。カラオケで孫と歌ったことが、最も新鮮な思い出になったほどで、正直、自分の年代を思い知らされたし、絶望さえ感じた。これ以上老いの醜さを曝さぬためにも一から出直したいと、考えている。この際時代遅れのパソコン(ソーテック980)も液晶薄型に装いを変えて出直そうと、検討している。出来たら人間も新品に取り変えられないものか?神様のRe・メールを待っているが、音沙汰なしである。 合掌
2003年10月11日
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先ず旅を終えた感想に関する問題です。お土産はありませんので、答えたくない方は最後まで読まなくて結構です.「旅行」とかけて「予定日」を迎えた妊婦さんと、解く・・・。そのこころは?「帰りは宝物(赤ちゃん)だけ抱えて身軽になっている。」便利な世の中になったもので、もって来たものも含めて、お土産やらなにやら洗いざらい詰め込んで宅急便で送る。身もこころも手軽に我が家へ帰るだけだ。その頃には我が家が一番!懐かしくもなっている。滞在中ホテルの「カラオケ・ルーム」で騒いだことが一番の思い出になりました。熱海から30分余りの離れ小島で見るものとてなにもない島では、幼い孫を相手では、プールか温泉、男の子なら魚釣りの船をチャーターして、釣りバカ日誌という手もあろうが、・・・まぁ、陸の信州・「鹿教湯温泉」か景色の変わらないクルーズ船のたぐいである。孫達は大いにはしゃぎ、老夫婦にも嬉しく楽しい休日でした。孫の成長振りには目を見張る思いをさせられた。同時に時の流れには、逆らえぬことを改めて実感できた。パーティ「カラオケ」~一句!?【カラオケの歌声酷し、枯れススキ リズム狂いて 逝く秋ぞ知る】もんきーの18番!「群青」を歌ってみたら「カラオケ」の評価点【一寸、キツイでしょう!】そこで、昔を思い出して歌うのはやめた。【孫たちの声のみひびく 夜のしじま 恋の別れの友情に愛】【妻と二人 顔見合わせて 祈るなり 孫の幸せ安らかならん】アハハ・・・・(涙) 合掌
2003年10月09日
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・・・未だ少し食い足りない思いがしているが、それ以上爪を伸ばすと、また食べそこないそうなので、過去の失敗やら、何やらを思い出して【欲】を戒めながら思い切って指値(売る値段を指定)をした。今日はアメリカのダウも200ドル高でそれに連動して日本の相場も強いようなので売れると、考えている(惜しい、もう少し待とうか?)。当初の思惑どうりとは違ったが、上手いとこだけでも食っておかないと、また食べ損なって後悔をしかねない。・・・・以上が尤もらしい言い訳と,云うことなのだ。省みるに、今日まで言い訳ばかりして自分を誤魔化して来たようにも考えるが、それで結構だ?今更、人生の終焉の淵を覗き込みながら、自分らしく・・・もないものであろう・・・。面白く可笑しく無責任・・をモットウに今日まで生き長らえたのである。それを否定したら、全部否定せねばなるまい!真理より意地である。避けるまでもなく真理、道理は勝手に向こうからやって来る。(笑) 合掌
2003年10月02日
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今では己の欲深さを反省すると共に、当時を懐かしく想う。性懲りもないと、思う方もおられるだろうが客観的に良かったかどうかは別にして、悪くはなかったなと、考えている。おかげで、面白い思いも沢山出来た。若し今、当時の財産がそのままあっても、同じ思いを味合うことは出来まい。祇園界隈のお茶屋遊びもしかり、ネオン街での遊興三昧も同じだろう。過ぎ去りし、うたかたどもの夢の跡である。(笑)省みて、時々思い出すのは「孫悟空」の寓話である。終いに、観音様の怒りに触れて天空から墜落、岩に閉じ込められた猿の物語こそ、現在のもんきーに似て非也と考えている。最近は再び昔を思い出してネット・サーフィンなぞと、称して相場を愉しんでいるが「欲張り」の落とし穴に落ちて時々膝を擦りむむき痛がっている。(笑)儲けについて「・・・全部頂こうなんて思わないことだ。魚と同じ、美味しいとこだけを食べたら、それで良い・・・。」相場ばかりではない金言の一つである。丸々食べたいのが、人の情というもので、それでいつも失敗した記憶は数え切れない。「株は涙かため息か・・・」である。 合掌
2003年10月01日
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