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表題は威勢がよいが省みれば、コレと、云ったことは何もなかったし、やってもいない。代わりに我が娘がもんきーの分まで、眩しい活躍を見せてくれた。先ず一等地に居を新築した。その完成を待つまでもなく、エステの勉強を始め、続いて病院に併合して、エステ美容院を開設、経営を軌道にのせた。そのためにも亭主をロータリー・クラブの会員に押し上げたのだ。学級肌の亭主だが、今ではエステの美容整形分野に積極的に協力、講習会などへも忙しい合間をぬって出かけている。京都医師会の誹謗反発もないとはいえないようだが(もんきーの経験だが京男は噂好きな様だ)些細なことだ・・・。「もんきーSP」が「娘・SP」になってしまった。それも無為徒食な親バカと思ってお許し願いたい。008は変わらず、真面目一直線だ。身体に悪いと、今年後半期にパソコンで株式売買の面白さを教えた。賭け事はヤクザ映画に見るように、始めは大勝するものだが、最後は裸にさせられる。008は決めた範囲内を決してはみ出さない性分なので見ていて面白くもないが、当人は結構、儲けをを膨らませたり、凋ませたりして楽しんでいる。表情も柔和になって妻は喜んでいる。008の情報は早く、正確である。もんきーも来年こそ大波にのりたいと、考えているが、昔のような高波は期待できそうにない。今年同様、平穏無事に、娘、孫、008にとって幸せな年になりますように祈りたい。希望も夢も棄てきれないまま、もんきー007、来年の抱負はまた明日~考えよう・・・。 合掌
2003年12月31日
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役職を引いた父が70歳頃から始めた趣味の一つに絵画があった。それも「絵画収集」ではなく、自分で描く方だ。技術屋を自認していた父は、無口で手が器用で絵も上手だった。近所の絵の趣味のグループに参加して地域の展覧会などへも出品していた記憶がある。上手いといっても素人の域で、当時のもんきーには特別、目に留まらなかった。それでも父は調子のいい時には1.2ヶ月に1回ぐらいの割で色紙や短冊また日本画を描いて贈ってきた。励ましの意味を込めて、その都度絵の具代と称して3-5万円送るととても喜んで電話がかかってきたものだ。そんな絵が4-50枚位溜まったが、入院室や待合室に飾れそうなものを除いて、殆んど喜こばれそうな親類縁者へ上げてしまった。その残り少ない父の絵の一枚を迎春用に、リビングに飾った。今見ると、その巧みさに感心すると同時に「糖尿病性白内障」の身でよくぞ、と感嘆させられれる。水仙の色紙に過ぎないが(もんきーの注文)その曲線の一つとっても生き生きとして色使いも立派である。当時、著名画家に目を奪われていたもんきーは、鼻にも引っ掛けなかったが、思えば真に慙愧に耐えない。客間の掛け軸も亡父母が好んでいた高砂<タカサゴ>の軸に変えた。幼い時から見慣れた翁の吉祥画である。あちらこちらと絵の季節を取り替えながら移り変わる時の流れに感傷を感じるのだった。【時が過ぎていくのではない、人が過ぎていくのだ】(西洋の諺~) 合掌
2003年12月30日
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この忙しい年末に、孫にせがまれたとはいえ、3泊4日で沖縄【ザ・ブセナテラス】へよく飛んだものだ。亭主は診察があるので、行かない!「そんな家族旅行があるか?」「私が行きたい分けじゃないのよ!子供達が、どこか連れて行って・・・と云うの」「亭主は大丈夫か?」「うん、・・・診察があるから、・・・その代わり費用は全部貰った!」「ハハハ・・信じられない」「里のお母さんには云った?」「うん」「何て答えた?」「別に、大丈夫?って云われた」わが娘とはいえ、見事である。「気をつけて行ってらtしゃい!」その豪放磊落さは誰の遺伝であろう。普通あれこれ細かく気ずかったり悩んだりするのに、もんきーからみても実に、優れた判断、決断力を示す。傍から見ていてハラハラさせられるが、凡そ望みどうりだと、云う。せいいっぱい生きたらいい。しかし「感謝」と「謙虚」を忘れるなとは柄にもない、もんきー007の「娘への贈る言葉」である。「ハワイに行ったら?」「・・・7回も行ったし、・・」「沖縄も何度も行ったでしょう?」「子供達にウエット・スーツを着けてスキューバダイビングをするの」「エーそんな恐ろしい!」「パパ、何を言ってるの、7.8才から皆やっているのよ!」「晴香はいいにしても、まなは、まだ満足に泳げないでしょう?」「インストラクターがつくもん・・・」それで思い出した事がある。娘が新婚旅行の帰りハワイに立ち寄って、スカイ・ダイビングをやった話だ。あれには、驚いた。ビデオに撮影されたのを見たが、勇壮壮大、未だ記憶に新しい。スキューバダイビングも、インストラクターつきで孫に新鮮な海の世界を見せる程度だろうと、考えている。孫たちも母に負けないように、自由に羽ばたけ!間違いを恐れるな! 合掌
2003年12月28日
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昨夜から、孫がやってきている。12/28旅行に出る前のご挨拶だそうだ。上の孫は、12時30分一人、電車でもんきー宅からいつもの熟へ出かけた。昨日までと一味違う表情を覗かせて、もんきーに微笑みを返しながら駅の階段を登る孫の健気な後姿に感傷を覚えた。今夜は再び、旅行カバンをもって、その孫を連れて泊まりにくるそうだ。明日の旅立ち後の侘しさが今から思いやられる。 合掌
2003年12月27日
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妻は、シャネルのオードゥ・トワレット「エゴイスト」をくれた。もんきーの望んいたものだ。妻へはありきたりだが、カードを添えて黄色のバラのブーケにした。それに彼女が好きなカサブランカを添えた。真紅のバラを考えていたが、風水の縁起をかついだ‘(黄色を、西面に置くと幸せになる)。カサブランカは大昔妻と、一緒に観た映画「カサブランカ」の思い出にも繋がる.。蛇足だが、イングリット・バーグマン&ハンフリー・ボガードは今も好きな俳優だ。、ついでに宝くじを一枚挟んでおいた。その他、孫がくれた、ミニサンタ(手を握るとジングルベルが鳴る)と、手作りの行灯。それぞれささやかだが、昔なら手の届かぬ嬉しい贈り物ばかりだと、思う・・・。省みれば、うわっつらの華やかさばかりに目を奪われていたもんきーだった。別の面から云えば「クルシミマス」であった。プレゼントには頭を悩ませたものだ。今となっては、それも懐かしい思い出で、なかったより良かったと考えている。娘には携帯でメロデーつきのメールを贈っておいた。折り返し電話が『パパありがとう!いい言葉をありがとう。パパには・・・・いい【本】をあげるね。』電話の向こうの明るい声がなによりのクリスマス・プレゼントだ・・・雪はないけど、素敵な「ホワイト・クリスマス」の一夜をすごせた。 合掌
2003年12月25日
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美味い肉に、もう一つ松阪牛があったが、米沢牛を松阪牛に混入して「松阪牛」と販売したことが公に出て以来、大阪でも一部限られたデパ地下でしかお目にかかれなくなった。昨夜ブルゴーニュ生まれの良く名前を知られたワイン「ジュブレー・シャンベルタン一級」<ナポレオンがロシヤ戦線にまで貨車に積み込んでいったという伝説で有名なワインだ。>それを美味いフィレ・ステーキに合わせて見たくシェフ・妻にオーダーした。妻は一昨日は二駅先にあるデパ地下へ昨日は一駅先にある近江牛専門店へ出かけた。それぞれブロックで確認購入したのは云う迄もない。それをシェフ並に焼き上げるようオーダーして、出来上がるまでワインを飲んで待った。ムードは叶うべくもないとして、味は優劣付け難かった。もんきーにとっては、シェフ妻のステーキもワインもいたく満足したが、肉本来の旨味は、主観と偏見?を除いて、近江肉に軍配を挙げた。前者は神戸ホテル内「但馬屋」後者は言うまでもなく京都祇園、の花見小路「金原」が思い出から云っても両横綱格のお店である。話は違うが、酔眼朦朧となって映画「浅間山山荘 突入!」をみた。 日本軍(自衛隊)上層部の命令系統の優柔不断=縄張り根性的示威、面子等に、イラクではどうなる?・・・「テロみたいです!撃っていいですか?!」ではないか!などと、ブツブツ云いながら戦死?してしまった。ワインの諺【良いワインうを飲むと眠くなる。】 合掌
2003年12月24日
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「どんな年寄り?」「見た目にも穏やかで人柄の柔和そうな・・・」「感じがいいってこと?」「まぁそうともいえるな」「あなたとは反対ね?」「どういうこと?」「あなたは年を取っても全然変わらない、ガシャガシャして、キーキー五月蝿くて・・・丸くなるどころか、デコボコで・・・」云われてみれば、反論する自信は余りない。・・・フト思い出した映画(米)「ニューヨークの幻・ゴースト」の霊媒者のセリフ「突然この世から命を奪われた人間は、現世に思いや未練が残って、あの世とこの世の間に挟まれて身動きが取れなくなっているのよ・・・」もんきーも仕事半ばで病に倒れて、未練が残って、執着心とか慾が棄てきれず成仏が出来ないのでは?と考えた。思えば良く之まで回復が出来たものである。「誉めてやりたい・・・」「何云ってているのよ!あなた未練が残る程、仕事熱心じゃなかったわよ!」当分 <過去と現世の板ばさみ 丸くなるのは背中だけ>まだまだ修養が足らん。こんな日は庭へ出て植木の手入れなどして、温めのお風呂にでも入って、ワインでも飲みながら、確かな老後を楽しんだら。もう少しゆっくり、のんびり出来ないものか?「まだ早い、忙しい!」「何が?」「楽しみ足りない!「欲張ったら切りがない!」「・・・欲張って、いる内が華よ、嫌でも枯れる。」今日の日記も之まで・・・<ゴメンナサイ> 合掌
2003年12月23日
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もんきーは、豪華でなければ嫌なのだ。何が?航空機なら、エコノミーはキャンセル、ビジネスクラスなら、まぁいい。ワンクラス上でないと、気持ちが悪い!行った先はベストで楽しみたい・・・。旅は身分不相応でも楽しみたいがコンセプトだ。そのためにはギリギリ貯金をはたいても惜しくない。後のことは、たかを括っている。傲慢、好い加減、無責任と、謗られる。苦労するのは妻とも云われるが今日まで、それなりに楽しめた筈だと、考えている。クルーズは、費用が半端ではないが、船自体が、メジャーかマイナーかも気にする。キャビンは長い時間を過ごすスペースだから悪くても、セミスイートを選ぶ。外国船は特に気を配る。レストランも違う上、ディナータイムはその前の通路まで遮断される場合を見かける。時代錯誤的だが文句は云えない。だから無理をしても、バカバカしくてもスイートにする分けだ。ロイヤルスイートなら申し分ないが、富豪ででもない限り、もんきークラスでは付き合い切れない。参考までに飛鳥2005年世界クルーズの値段(早期予約割引料金)を挙げる。先ず一番安価なキャビン<Jステート・ルーム>一人340万一番高価なロイヤル・スイートなら1600万円だ。日本船なら、そこまで出す必要はない。それは外国船みたいな格差が顕著ではないから。世界一回りクルーズ故、各寄港地先々での観光ツアーの費用だってバカにならない。航空機でも云えることだが、、決められた一定のスペースを買うのだから、それぞれ、クラス別に費用が高額になるのはしょうがない。若くて元気、!だったら安くも高くも自由であろう。「若さ」も財産の一つと云われる所以でもあろうか?もんきーみたいになると、つまらぬことで、高くつくものだ。妻も中々【ウン】と、云わないのは「老後」、「100日間も家を空けること」・そして「健康問題」が挙げられる。・・・・年はとりたくないと、愚痴の一つもでる今日この頃である。世界クルーズは諦めて、【生・老・病・死】を待つ他しょうがないか?・・・大急ぎで次の夢を見つけよう!。(・・・夢でも2003年で、一つ決まりがついた!) 合掌
2003年12月22日
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カタログ等も含めて色々検討した。コンセプトの多くは察するに定年退職して、それまでの妻の苦労に報いたい・・・まぁ感謝の気持ちが多いように見受けられた。そのまま言葉どうりにはすんなり受け止められない、もんきーの場合その費用がスイート・キャビンで3600万円以上<早期予約>だ。さて、そのコンセプトだが、物見遊山の観光だ。安価なステートキャビンなら夫婦で680万だ。気楽に行けるが、その手の旅はゴージャスでないと、興味が持てない厄介なもんきーである。若くて元気な場合なら、そのコンセプトもおのずから変わるだろうが、無為徒食の老もんきーではむべなるかな、であろう。株でも上がっておれば、そんな気持ちにもなるが、現状では出かけても楽しくないと思う。(3600万以上)物見遊山だけで使うのはさすがに、憚られる)その上、娘や孫にも100日間も音信不如意なのは、遊んでいても、気がかりでしょうがない。妻のひ弱さも案じられる。それや、これ考えると、世界一周クルーズの資格はない。「・・・どうしてでもでも、行きたくない!」コンセプトも不純だ。若さへの未練、執着に他ならない。人生に、<若し・・・>も<もう一度>はない。【幸運は持っている人間には来るが、探している人間には来ない。】<アラブ>とりあえず、2004年に夢を繋ぐとしょう。 合掌
2003年12月20日
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昨日迄飲み続けて、遂に決定を下した。飲めない人と、飲んでない人を考えて、その味わい等についてくどくど述べることは差し控えることにする。ただ、これぞ一番!と決まった選考過程については、少々触れておきたい。先ず審査員一人<もんきー>だけで、厳正な主観と偏見でこれぞ!と、決めた。それだけに畑は、同じボジョレー地区のブルイィという最高評価の周りにある僅か9haの畑に植わる樹齢30年~45年の古木から丁寧に摘みとられたブドウで醸造しかも、その最高の状態を保持すべくノンフィルター(無ろ過)と云う。それだけに昨日まで飲んだものとは、一味も二味も違って濃厚、フルーティー&美味い!。作り手もいい!フランスの最高のワイン評価紙でも絶賛されている作り手「ドメーヌ・デュ・トラコ」と聞いた。しかしそれに惑わされることなく、こころして飲んだが、料理はいらない。パンと、水だけでいい【ボジョレー・ヴィラージュ・ヌーヴォー・ドメーヌ・デュ・トラコ2003年】だった。もんきーのヌーヴォーも余すところ後数本になったが、それを味合うまでもなく、それに決めたのである。惜しむらくは、一人だけのの決定では世に認められない! 合掌
2003年12月19日
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歳末の年賀状を書く作業は、いつもながら気が重い。しかし、書き終えた後の爽快感は格別の感がある。、数年前までの手書きのことを思えば、それも隔世の感だ。200枚位なら、30分もあれば、出来上がる。その後もんきーは一枚一枚確認しながら数行のコメントを手書きで書き込む。時間はかかるが、印刷だけのの賀状よりましだと思っている。誰かさんに一枚だけ、誰かさんにだけ分かる特製の年賀状を書きたいものだ。でなければ、気力も体力も衰えた今ではパソコン賀状は楽でいい。本日投函したら、お正月を待つだけである。今夜のボジョレーヌーヴォーは今から楽しみだ。 合掌
2003年12月18日
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本日の朝刊10面に記載されていた記事で「50代夫婦のパートナー評価」に関する調査結果が出ていた。それによると、「生まれ変わっても一緒になりたいか?」の問いに夫は7割近くが「なりたい」との答えに対し妻は「なりたい」が50%「なりたくない」が25%だったそうだ。年をとると男は駄目になった分妻の大切さに気ずくもののようだ。元気なときは、家庭を省みることなく、飛び廻っていてもやがて元の古巣へ帰ってくる。妻から云えば、「勝手な奴」と、呆れ顔で仕方なく迎えることも少なくないと、考える。因みにもんきーはどうであろうか?「生まれ変わっても一緒になりたいか?」「なりたい」・・・。では『相手に対する評価は?』は夫の妻への評価」は平均91点、反して「妻の夫への評価」は82点と、案外であった。我妻に聞いたら「ノーコメント」、聴き質したら「50点でもあり難い・・・?」の答えが返ってきた。終りに「良き夫度」では妻からの評価より自己評価が、一方の「良き妻度」は夫からの評価が自己評価よりそれぞれ高く、妻にも自分にも甘い夫の評価と、夫にも自分にも厳しい妻の評価が浮き彫りになったと述べてあった。甘い夫、もんきー007油断めさるな!! 合掌
2003年12月17日
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世界の建前論や中傷ににめげず遂に<奇しくも12月14日>宿敵フセインを捕獲した米軍側に、吉良邸討ち入り、主君の恨みを晴らした四十七士を思い出した。フセインは穴倉で、上野之介は墨小屋の片隅からみつけられた。吉良邸には合図の呼子が響き渡った。フセインは【撃つな!私は大統領だ・・・】。吉良は無理矢理、首を撥ねられ四十七士は泉岳寺へ凱旋、墓前に首尾よく本懐を報告・・・映画テレビで衆知の話である。江戸市民の歓迎熱狂ぶりもだが、イラク国民の大騒ぎする歓喜のシーンは頂けなかった。民衆も政治家も似たりよったりと、考え苦笑を禁じ得なかった。有力情報は親族からとは、・・・進化している筈の人間性も元禄時代と大差ないと、いうことかも知れない。懸賞金は年末ジャンボの比ではない。悪魔に魂を売ったにしても、高嶺の花である。フセインは「死よりも100回逃げる方を選ぶ」と親類筋に漏らしたそうだが、さすがアラブ人の代表者と云えよう。そこで、フセインの逮捕拘束に際して<アラブの格言>を紐解いてみた。【死んでないやつには、まだチャンスがある。】【ロバが医者になることはないのだから、敵が友になることもない。】【死ぬ予感は、死そのものより悪い。】【本当のことを云うやつは、首を切られる.】【他人を信じるな、自分も信じるな。】【あなたの本当の敵は親友。】【千回も考えを変える方が、一回だまされるよりいい。】切りがないのでイラクの戦争のなりゆきを占うヒント?【正しくたって間違えてたってどっちでもいいのだ。お前の兄弟を支持しろ。】<忠臣蔵が終ると、新しい年が明ける。来年こそ良いお年を・・・♪ 合掌
2003年12月16日
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医者の裏側の一面を描いた好評な社会ドラマとして最近まで放映されたテレビドラマの中でも一番の高視聴率だったと云う。もんきーも久しぶりに医局員時代を思い出して、観終えた後も様々なことが思い出される。自身ばかりか、娘婿の結納の当日の会話まで思いだした。彼の両親に教授にさせてやりたい。「・・・力になってやって欲しい」と、頼まれたことは忘れられない。確かに頭脳は学歴から観ても優秀なのは歴然であった。しかし、頭がいいだけでは、教授にはなれないことは、ドラマをご覧になった方なら先刻ご承知であろう。学閥、系列(教授の息子、血筋)も大きな力である。現にもんきーの医局の同輩にN医大の○科の教授の御曹司がおり、入局して間もなく基礎の病理学へ転入していった。再び産婦人科医局へ戻ってきた時には、やがて教授コースに乗るであろうと、暗黙のうちに認められていたのである。頭も、いつも1.2を争うレベルで、人ずき合いも悪くはなかった。もんきーは好きなタイプではなかったが。それも未来の教授として、人を見る目があったと、云うことかもしれない。話を戻すが、勿論、娘婿のご両親は中小企業のオーナーで、温厚なお人柄と、見受けられ、胸を撫で下ろした覚えが残っている。言い換えれば医者の世界には無知無縁であると、いっても言い過ぎではあるまい。決定的な婿の弱点は、勉強バカ?天才バカボン?と、思う。遊び(政治力)の才能は少し分けてやりたい位だ。どうでも、いいことだが、体型容貌は10人並か?ダンデーで、面白く明るいのは遠くもんきーに及ばない!(ヘヘヘ・・・)決定的な挫折に繋がったのは医局で彼を引き立ててくれていた先輩助教授の転任である。と、云うことは彼も何時何処へとばされるか、分からないと、いうことに他ならない。いち早く、それを察知出来た娘は、もんきーが倒れると共に果敢にも京都近辺で開業することを、強引に推し進めたのである。彼の両親は不満だったようだが、結果として、今の医療法人○○整形外科を立ち上げ、優雅に暮らす基礎を固めた。身びいきに聞こえるかも知れないが我が娘はポジティブで、前向きで勇猛果敢である。今の小泉政権下では、従来の漫然たる病院経営では駄目!とメヂカルエステとやらを創設、亭主から実母迄総動員して美容整形部門にも色気を出し、休む間もなく東西奔走の有様だ。今回入れる器械設備も最新鋭(一千万以上)でどこよりも早く導入、両親の心配なぞ、そこらの空っ風とばかりに吹き飛ばしている。旦那も何時の間にかロータリクラブのバッチをつけさせられている。ときに映画【あげまん】を思いだしているもんきーでもある。『やるだけやれ!!娘よ!一度きりの人生だ。』 合掌
2003年12月14日
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もんきーのノイヘレン(新入医局員)時代を想いだした。昭和31年医師国家試験合格後京都の○医大産婦人科学教室へ入局専門医としての実習を積みながら、研究室(博士課程)へも配属され、医師としての第一歩が始まった。教授は東大産婦人科の助教授をしていた方だと、聞いた。お嬢さんは美智子皇后のご学友、大手某建設会社の御曹司へ嫁がれているとかの噂であった。抄読会の折りなど教授が金縁のめがねを光らせて「駄目だね~、そんなに、のんびりしてては・・・・」「関西の方はゆっくりして・・・」笑みを浮かべて指導されていた様は未だ忘れられない。教授回診はドラマと同じで、緊張感が張りつめ、患者担任の先輩医師などは震えていたものだ。ノイヘレン(新入医局員)のもんきーなどは、笑っていたが、間もなく声をかけられるのも恐ろしい存在と、なった。真に前進的で、ニ年余りの在任期間で、その威光は近畿地方を制覇した感があった。医局員も新旧100名を超えていたものだ。やがて、在任を終えてS教授は東京の大学へ教授として戻っていった。次期教授は在外からか、とも噂されたが本学医局から選出された。二人の助教授の内、外交的な明るい威丈夫なM助教授が、と噂されていたが、目立たない誠実さがとりえとでもいった政治力もないT助教授のほうが選任された。Mの方は何時の間にか教室から姿を消した。その頃もんきーの博士課程も漸く軌道に乗ってT教授の下、無事博士号を授与され、白浜方面の国立病院医長として赴任したのである。もんきー得意絶頂の時代に入る前である。その後は、運命の悪戯か?現在に至るが、ドラマの財前教授の運命もなんだか、儚そうに思えるのは、思い過ごしであろうか?来春から始まるであろう二部は余り期待していない。(笑) 合掌
2003年12月12日
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「アーイテテ・・・!痛テー、うーんイテテ・・・」起床から再びベットへ横たわる際に先日~腰痛に悩まされている。現役時代から時々起こしたことを、思い出す。産婦人科の仕事は中絶~お産まで否、普通の診察にいたるまで中腰が多い。即ち腰で診察する(診察指に力は入れない)。若いときは職業病と適当にやり過ごしていたが、年をとると、若い時の無理を思い出す.術後の患者さんをベットまで一人で抱えて運んで、看護婦に「先生力持ちね~・・・」と、云われて(煽てられて?)いい気になっていたことも覚えている。そんなこんなのツケが廻ってきたのか?ちょっぴり心配したが、008に下腿のほうへ痺れとか痛さがこなければ心心配ない・・・で<あーそいだった>と、胸を撫で下ろした。これ以上ボロボロになったら、オフ会どころか、すべての旅行まで諦めないといけない!先日デパートへ出かけた際少し背筋に気をつけて、腰に無理がかかったのであろう。寝癖で痛くて首が廻らなくなるのと同じであろう。薬で今のところは落ち着いかせている。一番の問題は、ワインが飲めないことであろうか1/2に抑えるとかビールで誤魔化すとか試みているが、酔い覚めどき痛みが鋭敏になる気がする。本日は「お茶け」で留めて楽しみは先送りの予定にする。昔旅先のホテルのロビーなぞで車椅子姿の観光客を見かける度に、・・・そんなにまでして旅行をしなくても、なんて思ったことを、はっきり覚えている。当時はまさか我が身にふりかかってくるなぞ、夢にも思わなかった。同じように、あんなに年をとりたくない、あんな年寄りになりたくない!・・・それがどうであろう。当時思ったことが何時の間にか、思われる立場になった。今更【無常】の意味が身しむ今日この頃である。【紅顔いずくへか去りにし・・・・】である。 合掌
2003年12月11日
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目下テレビドラマで一番の高視聴率<27%>という関西テレビ(18CH22時~)の【白い巨塔】を紹介したい。医学会の知られざる内幕を描いた山崎豊子原作の同名ベストセラー小説のドラマ化で、昔<田宮次郎>が主演して評判をとったリメイクでもある。具体的なストーリーは、原作なり、テレビドラマをご覧頂ければ容易に分かるので此処では省くことにするが、内容に時代錯誤の感がするのは仕方がない。しかし時代は変わっても人間の権性欲、愛憎、欲望、執着心等はおいそれと変わるものでもないので、その点から云えば充分に見応えがある。かってもんきーも京都の大学病院の医局に在籍し研究室にも属していたので今回のドラマは我がことのように、面白く観ている。勿論主人公の財前助教授みたいな腕も欲望もないので、医局にも執着はなかった。唯博士論文には人並みに執着した覚えがある。(論文を纏めるのに、40日ぐらい徹夜で頑張ったことは今もって忘れられない。)ドラマは30年以上も前の話で現代には、当てはまらないが、医局における人間関係の底流は変わらないと思うので、時代を超えて甚だ面白い。特に、なりふりかまわず教授の座をねらう天才外科医、財前(唐沢寿明)はもんきーの好みである。明日で最終回?であろうが、初志貫徹、念願の教授になって欲しいものと、考えている。財前の資金源の義父(西田俊之)は、婿の教授昇進を強く願っており偶然もんきーと同じ産婦人科でもあり、それもイメージがダブって昔を懐かしく思い出し面白かった。 合掌
2003年12月10日
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最終回を迎えたNHK<金曜時代劇>【転がしお銀】のドラマ~借りた表題である。あらすじ>は、仙台のある小藩の家老と娘が友達の公金横領事件にからんで、その罪を背負って切腹した息子の仇討ちのため江戸下町の長屋へ住み込む。そこで、繰り広げられる悲喜劇を描いた人情ものである。従来のストーリー展開の域をはみ出さないが出演の俳優連がベテランなせいか、面白く観れた。転がしの意味はあれこれ考えず、思ったとうりに先ず実行しろと、云うのが作者のメッセージであろう。身体もこころも、良い方に転がせと、云う分けである。前向き、ポジティブに生きよ・・・だ。口で云うほど簡単にはいかないが、とりあえず、転がしてみるべきと、昨日は妻とデパートへ孫のクリスマスプレゼントを買いに出かけた。あれこれ迷った末、娘に電話で「何が欲しい?・・・」「そんなもの、いらない!・・・・」結局何も買えなくて、転がっただけだったが、自分と妻の気に入ったセーター4、5枚と宝くじ60枚をゲット!して、お楽しみが繋がった。<雪だるま>も<お金>も転がし続けることが大事、夢だっていい!・・・合掌
2003年12月08日
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奢る平家は久からず。 勝って兜の緒を締めよ!等の格言は転じて、成功しても油断するなと、いう戒めのことであるが、分かっていても、つい心奢り転落の失敗を繰り返すものらしい。もんきーを卑近な例にとるまでもないが省みれば有頂天になって足元を踏み損なって、得意の絶頂から谷底へ転落した。それを失敗と、後悔の日々を送るか、有頂天を味わえただけ良かった<100年に満たない人生である。より楽しめた>だけ得をしたと、受け止め方は人により様々であろう。もんきーは云うまでもなく後者で、自分の幸運を感謝している。勿論、時と場合によっては、昔を懐かしんだり少し後悔もするが、多分人生最後の総合収支決算は好決算のみとうしである。黒字の上方修正までは、無いと思うがまぁ、成功したと、言えるのではないか?と考えている。先ず二人の子供が、もんきーと同じく幸運に恵まれていると、感謝している。【もんきー人生株式会社】の最大の成果であろう。最終損益が黒字になった所以でもある。今、「聖書物語」を読んでいるが、その言葉を借りれば、少々厚かましいが、多分もんきー007は神仏の祝福を授かった猿なのかも知れない。来年は当たり年である。昨日の日記で記したが、五黄土星の八方塞がり、激動の年回りと、いう。良い方に廻って、どデカイ幸運のチャンスに見舞われるかもと、今から楽しみにしている。具体的な望みは?・・・また 明日考えよう・・・・。 合掌
2003年12月05日
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べつにそれを信じている分けではないが、ジンクスとか、占い、縁起物が嫌いではないもんきー007だ。今朝の新聞に、一面全部を使って『五黄土星』の八方塞がりを大好転させる「黄金富士」と、「五帝」の風水吉祥図!! 平静16年は『五黄土星』にあたり、良くも悪くも運気が激動する年。そこで、激動の『五黄土星』に安定をもたらす、この掛け軸で貴家の除災開運と大金運招来を・・・の、広告が出ていた。(この作品は年内にお届けします)たちまち食いついたもんきーに、妻は信じられないと、いった顔で「いっぱい、その手のものは・・・」「以前買った、<少女が野原を太陽に向かって歩いていく絵>は、どうでした?・・・脳出血で倒れた年では?」「それで、良かったじゃないか?」「何がいいのよ!第一そんなチャチなもの客間に飾れますか?」止めは「中国で買った紅梅の掛軸はどうなりました?」う~ん、数ある中でも一番と、思ったが、日本では見られたものではなかったことを想い出した。「多分それと同じで、ダメだと思う。軸装を替えただけで5万円するでしょう。19800円の掛け軸なんて、どうしょうもないのでは?」縁起ものとは云え、掛けられないのではしょうがない・・・断念!。<来年もいい年になりますように!> 合掌
2003年12月04日
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「神戸」へ来週,楽天でお知り合いになったSさんご一家が旅行でお出でになるとか、その知らせを受けて頭に浮かんだことが、地元で、お目にかかりたい、是非御もてなしが出来ればと、云うことであった。どういうご予定かは皆目知る由もないが、子供ずれの家族旅行となれば、先ず子供を喜ばすことが一番のコンセプトになろう。無論親も楽しくないといけないのは、言うまでもない。そこで、もんきーなりに、色々夢想してみた。最小限一泊2日のコースで想定してみた。この時期の神戸といえば欠かせないのは光のファンタジー<ルミナリエ>は一見の価値がある。ホテルに一泊後(ポートピア・ホテルがお勧め)神戸クルーズが幼稚園児ぐらいの、お小さま連れには格好であろう。昼食は船内でテレビで名前を売った周富徳の中華バイキングがいい。雰囲気も悪くない。ワインはボジョレーヌーヴォー2003がお勧めだ。このコース以外にはメインスポットと、云うべき「ユニバーサル・スタジオ」に立ち寄るのは如何であろう。子供も大人も楽しめるのは言うまでもない。クルーズだけでも楽しめるが、子供の状態を勘案してからでいい・・・。夕食はホテル内で和食(天婦羅コーナーがお勧めだが、それも子供の趣向に合わせて、メニューは豊富である。肉は神戸肉の但馬やの<ステーキコーナー>は美味い。本来ならその全てを不詳もんきーがご案内、ホストを勤めるところだが、ご承知のとおりの不自由な身の上、悪しからずお許しいただきたい。せめて妻でも元気なれば可なれど・・・。 合掌PS:来年は当たり年のもんきー007・・・病も老いもさる。テロもさる。お金と健康は去らないで欲しいが?
2003年12月02日
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