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別に受験生じゃなくても、勉強した方がいいけど(笑)はっきり言って、受験勉強も学校の勉強も、社会に出てからどれくらい役に立つのか。連立方程式がなんの役に立つのか。古文や漢文が営業回りで役に立つのか?そんな疑問を持ったことはありませんか?まあ、確実に言えることは、ゲームの方が役に立たない事は確かです(笑)あのね。受験勉強ですら、社会に出たら役に立つんです。社会にでたことのない未成年が、今、自分たちが学んでいる事が社会で役に立つかどうかを論じるなど100万年早い。というか、役に立たせる方法は自分で見つけるものです。習ってない事はできない、なんてえのは学校でしか通用しません。今、企業には余裕がないんです。人を育ててる余裕は、ほんとにありません。大企業が儲けてる?大きなだけに、こける時も派手なんです。2,3年前にトヨタが空前の利益を出した時に、賃上げを渋っていました。私も思いましたよ。あれだけ経常利益があるなら、給料上げればいいのに、って。多分、その年の空前の利益は、今年の赤字でかなり飛ぶのではないでしょうか。もしかして、トヨタはこの事を予想していたのか?あ。話がずれた。まただ。そう、企業には人を育ててる余裕なんてありません。「ならってないからできません」なんて言うやつは「あ、そう」で置いていくんです。とりあえず、手数にはなるか。でも、自分で仕事をこなしていく力はないな。意欲もないな。教えるだけ無駄かもな。学校の先生じゃないから、無駄な事はしないんです。もっとましなやつが来るかもしれないし。来年。自分で学んで、自分を磨く。自分の引き出しを増やす。今、数字で話をしない企業なんてありません。「たくさん」とか「だいたい」なんて、基準もない表現は何の役にも立ちません。根拠のない数字を並べても、何の役にも立ちません。そして、相手に伝える表現力。数字を羅列したって、誰が興味をそそられるもんですか。短い言葉で、相手に届かせる力。「マジすごくない?」で届く距離だけでは、仕事にならないかもしれないのです。いろんな仕事に詰めるものは、数学であり、国語であり、歴史であり。一般的に、人生の中で仕事に費やす時間は大きい。つまり、仕事という袋の中に詰めるものは「人生という旅にでかけるための袋」に詰めるものでもあるのです。では、社会に出る前には、まだスペースに余裕のある「人生という旅にでかけるための準備をする袋」の中に、なるべく多くのものを詰め込んでおきたい。長い旅に必要なのは、もちろん遊び道具ではない。あったほうがいいけど(笑)そして、現金ではない。食料ではない。それは、先にたくさん用意しても、使ったら減っていくだけです。遊びを楽しめる心であり、現金を手に入れるための技術であり、知識であり、食料を手に入れるための才覚なのです。本当の社会に、倒したら現金の手に入るモンスターはいないし、宝箱は落ちていません。努力は報われます。しかし、報われるのは、目的とする所とは違う場所で報われるのかもしれない。限界を知ることができた、ってことが努力の結果かもしれません。でも、努力しなくちゃ「あいつは口だけ」っていう、人生には重荷になる評価を背負うだけです。恋は実ることの方が少ない。(恋が実る事が多ければ、逆に問題が増えることでしょう・笑)まあ、普通はひとつの恋が実ればいいことになってるんで、それはそれでいいでしょう。でも、それだけにやり直しはきかない(爆)自分の人生を充実させるには、自分を磨いておくほうがいいに決まってる。年齢とともに減少していくアドバンテージもあれば、増していくポイントもあります。それを生かすも殺すも自分次第なのですよ。わかりますか?今の日本で必要なのは、学歴ではありません。どこの大学か、などという事は大きな問題ではない。学んだことを、自分自身の力に変える事ができるかどうか、という事なのです。それならば、学んでいることが多ければ多いほど、深ければ深いほど、力の元はふえるでしょ?ドラゴンクエストで、経験値が増えて魔法をおぼえてるようなものです。今、自分がしなければならない事に対して言い訳をするのなら、その言い訳のオトシマエをつけるのは、自分の未来しかないのですよ。「嫌だ」で許される自分を許し続けるのは、嫌だで許される程度の生活を手に入れるって事です。もしも今、18歳なら。今まで生きて生きた分をもう一度生きたら18年後。36歳。君のご両親は何歳ですか?君のご両親の36歳は、何年前?君は君しかいないから、君らしくあればいい。その代り、その君を愛してくれる、大事にしてくれる人がこれから先にどれくらい現れるかは、君自身がつくる自分次第なんだよ。わがままで身勝手で、実力を伴わないようなら、君を相手にしてる時間を持つ人は、どんどん少なくなるからね。さあ。自分をみがこう。とりあえず勉強しよう。君が今、確実にできることはそれだよ。高校なんて、人生における初等教育にすぎないのだから。でも、遊びは遊びで楽しまなくちゃね。それはそれ(笑)
2009.05.24
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今日、2号と3号が鏡の前で、髪を整えていました。高校生の男の子だったらあたりまえですよね。それくらいはしなくっちゃいけません。「おう、おまえら」「なんだ?」「髪の毛をいじれるのも今のうちだけだからな」「?」「あと20年くらいしたら、髪型の悩みなんてなくなるからな」「…おやじいっ。その遺伝だけは伝えるんじゃねえよっ」「もう遅いわい(笑)」髪型の悩みはなくなるけど、髪の毛の悩みはあるかもな(爆)
2009.05.24
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「20世紀少年」でウィルスはばらまかれますが…中にはごほごほやってるわけじゃなく、1回「コホン」と咳をした人に向かって「マスクをしてない」って文句をつける人も出る始末。そこまで神経質になるなら、家から出るな、ってところです。私はね、独裁政権を作るなら、今の日本をおいてほかにないと思います。批判や非難で盛り上がるのは大好きだけど、自分が言われるのは大嫌い。自分を正当化して、責任からは逃れたい、という人が多ければ多いほど世論コントロールはたやすくなるはずです。この「マスクをつけろ」っていう意見もね、自分が注意するのではなくて、他人に対して要求する意見でしょ。自分の行動の責任を自分でとろうという気はない。他人のいるところへ出かけるリスクは、その場所にいる他人にあって、自分にはない、という考え方なのです。リスクに対する想像力が欠けている、というのは「平和ボケ」という表現でよく言われます。でもね、これは別に悪い事じゃないんですよ。なんだかんだで一般の国民が「平和ボケ」でいられるほど、平和な国に住んでるなんて素敵なことじゃないですか。私は、これはある意味自慢できることだと思います。泥棒に入られて「入られた方が悪い」ってのはおかしな話です。そもそも泥棒が悪いんだから。泥棒なんていない国、てのが平和な国なんですから。でも、現実的に泥棒はいます。でね。備えが甘い、ってのは平和ボケかもしれません。でも、個人の備えってどこまで必要なのでしょう?たとえば。家に鍵をかける、ってのはセキュリティとして常識ですよね。これをしていなければ、一般の方でも備えが甘い、って思われるでしょう。手に持ったカバンをそこに置く。これ、大都市部の方ですと、常識的に「備えが甘い行動」と認識されるかもしれませんが、地方都市、人口が少ない地域になるにしたがい、普通の行動になります。実際、私は都内の商業施設で買い物をしている時に、手に持ったカバンを下においたところ、案内してくれていた友人に「ここはそんなに安心できる街じゃない。カバンから手をはなしちゃダメ」といわれました。いつ銃で狙われるかわからないので、必ず死角になるところに座るようにしている。そんなの、一般の生活を送ってる人なら関係ありません。普段からそんな事に気をつけてるような人が周囲にいたら、仕事はいったい何ですか?ってなもんです。警察官の方とかだと、そういう方もいらっしゃるかもしれませんね。被害者にも責任がある、なんてのはおかしいんです。しかし。平和ボケ出来ることと、全部他人の責任にして「自分には非がない」というのは意味がちがう。いわゆる、自己責任に対する認識ですね。自分のとった行動に対して、他人に責任をかぶせようとしないこと。道を歩けば、石につまずく事もある。電車は遅れる事がある。それを文句つけてるようじゃ、自分で自分の現実には対処できないって言ってるようなもんじゃないですか。自分で自分の始末をつけられないから、他人に始末を押し付けようとするわけです。自分で自分の始末をつけようとするなら、他人の扇動にあおられにくい。自分に責任はなくても、経験として身につけられる。自分だけでは対処できない問題にも、どこを頼ればいいかを考えられる。自分で自分の始末をつけられないならば、自分に責任がなければすぐ増長しちゃうんです。人を責めるのは好きだけど、注意されると「でも」「あの人が」とかって言う人いるでしょ(笑)それは、自分が攻撃してる間、自分が攻撃されないから。攻撃されそうになると「でも」「だって」「あの人が」って先に攻撃するわけです。そりゃあもう、扇動するのは簡単です。「悪いのはあいつらだ」って言って、そっちに向かせておけばいい。で、100人中100人が、本当はそうは思ってないんだけど100人中100人が「違う意見を言いにくい」と思わせればいい。本当は違うけど、100人全員が、同じ意見に同意する。だって、自分が責められるのがいやだから。そうなれば、抑え込むのは簡単になるのです。余談その1周囲と同じが嫌だ、ってのもあんまり認めたくありませんけどね。よくあるでしょ。ファッションとかで「他人と同じが嫌」っていうの。私は、あれをオリジナリティとは認めません。「他人と同じ」かどうかなんて気にした事無い、ってのがオリジナリティだと思うのです(笑)余談その2自分で自分の始末をつけられない、他人を思いやる心に欠けている事に気がつかない。という人が増えるとですね。そういう事が普通にできる人が、ものっすごく頼りになるいい人に見えるわけですよ(笑)で、その中の一部が、見た目が安心な危険人物になる(爆)あなたのする責任逃れや、他人を責める行動は、あなたのまわりにいる誰かの人気を高めることになっているかもしれません。あなたの意見に同調しないと、後がうるさいから、その場は同調して見せてるだけかもしれないのです。裸の王様は、意外とたくさんいるものなのです。
2009.05.24
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デートする時間をひねり出すのは大変です。別に、毎日余裕こいてるわけじゃない。私はこれでも忙しい身体なのです。…ま、デートの時間を作り出すためだけではありませんが(笑)なーんにも改善策を打たずに「忙しい」って言ってるだけでは、話は始りません。たとえ話で書けば、100m離れた倉庫へ100ケース運ぶ時に、1個ずつ手で持って運んだとしたら。本人は「がんばったし大変だった」って言いたいだろうけど、「台車持ってきて運んだらもっと楽だったよね」って事で、それは無駄な仕事なんです。そりゃ、本人的には筋力トレーニングになるんだろうけどさ。こういう無駄、っていうのは実は結構まかり通っています。意外とね、普段の生活の中にもあるのですよ。片手にもったものを下において両手でやった方が速くてきれいにできる、って頭ではわかってても「なんとなく片手でできるような気がして」無駄に時間をかけてたり。汚い部屋をがんばって片付けましたーこの場合、自分の部屋のことだったら、「普段からきれいにしとけよな」ってな事になるわけです。別にほめてもらえる事ではありません。いっつも遅刻してたのが遅刻しなくなったからほめてもらえる、とかいうのはおかしいでしょ。それをもし、ほめてもらえて「うれしい」とか思ってるんだったら、あたりまえのレベルに到達できていない自分を恥じる、という事から学ばなくてはなりません。若いから失敗することもある。それはしかたない。でも、今若いということは、これから年老いていくという事なのです。今、磨いておかなければ、何年かのち「若いから」という理由では通用しなくなる。ま、「トシだから」という逃げ口上に入る人はかなり多いですけど(笑)話がずれた。服を脱ぐとき、カッターシャツやブラウスのボタン、ふたついっぺんに外せますか?私は、両そでのボタンを一度に外せます(笑)片手でブラをはずせ…こらこら(笑)時間という限られた収納スペースに、いかに畳めるものは畳んで詰めていくか。技術や段取りでカバーできるものは、極力カバーしておくことで時間を折りたたむ感じになります。たとえば、キーボードで文字を打つ速さは、正確だったら早ければ早いほどいい。テストの時の計算のスピードもそうです。畳み方がわかっていて、さらにロープやゴム紐でしめあげてコンパクトにするようなもの。収納スペースがきまっているならすぐだし、決まっていなくても、収納スペースを考える時間を作れます。計算が正確で、時間を短くできれば、問題を考える時間を長く作れるのです。ひとつの用事をすませるために出かける時には、その方向へ向かう用事をいかに複数片付けるか。大きな箱の中に、いくつもの小さな箱を入れてかたづけるのに似ています。でもって、最終的にいかにまとめて隙間を作るか。ある程度の大きさの収納スペースができることで、他の収納にも余裕ができる。時間の使い方も同じです。収納と違うのは、過ぎていった時間は使えない、って事ですけどね。それを後悔してる時間は、もっと使いようがないけれど。で、デートの時間を生み出すわけですよ。時間を生み出すのと、相手を生み出すのが別の話、ってところがなあ…(笑)
2009.05.20
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これ、ほんとに書けたら書店にならびますよね(笑)リクエストにお応えして、チャレンジ。いきあたりばったりで書き始めます。しあわせと感じる方法、でもいいかもしれないけど…ちゅうか「しあわせ」って感じたら、しあわせなんだから。それをどれくらい実感するかってことですよね。ぶっちゃけ、1億円をねらって100万円手に入ったら?期待してなかったところへ100万円手に入ったら?よく言われる事ですけど、コップに半分の水をどう感じるか。まだ半分ある、なのか。もう半分しかない、なのか。つまりね。幸せにも基準があるんです。そこにある事実を、幸せな事にする場合と当たり前の事である場合と不幸な事である場合と。たとえ話としては最悪ですけど、結婚ってそうですよね。世間的には「しあわせ」の代名詞とされています。…言っちゃあなんだけど、結婚は「何が何でも」祝い事でなければならなかったはずなのです。今は本人同士の気持ちで決まるから、確かに「しあわせ」の代名詞でいいと思うけれど(その先は知らないけど・汗)かつては、自分の意思などなかったのですから。つまり、特に女性に対しては「好きな人と夫婦になる」事ではなくて「結婚」という事そのものが「しあわせになる」と同義でなければならなかった。そういう教育をしておかなければならなかった、と思うのです。あ、話がそれた。もうね、お互いに愛し合ってて、この人しかいない!っていう場合の「結婚」こりゃあ、しあわせの代名詞です。毎日、顔を合わせて、見てる前で服を着替えてしまう当り前な生活。を作り出す「結婚」しあわせとかそんなんじゃなくて、あったりまえのことですよね。この状態になるのに、早い夫婦で半年かかりません(笑)…いや、調べたわけじゃないけど(爆)うそでも恥じらいはなくしちゃいけません。男をだます時は、まずダンナからです。今さらできない、って人のほうが多いのは百も承知。で、引き返せなくて後悔してる場合と。状況と、本人の気持ちでずいぶん違う。結婚とかは、自分の問題であって、他人と比べることではありません。あ。自分のパートナーと他の人を比べる事はあるなあ。でも、あんまり「あの人よりマシだからしあわせ」って感じることでもないでしょう。「この人と結婚してよかった」って思う事はあると思いますが、それはほかの人と比べてってことはあまりないのではないかと思います。これが収入とかだとね。他と比べて「多い」「少ない」が、しあわせな気分になったりする(笑)基準が「他」へ行ってしまう。うちの子はもう歩く、もう話す。まあ、孫自慢あたりはかわいいものですが、これも「他の子とくらべて」って事になります。何をもって幸せというか。どう受け止めるかにもよるんです。場合によっちゃ、人によっちゃ「不幸じゃない」って事でしかなかったりしますからね。辛辣な事を言えば、不幸自慢をしてるうちは幸せにはなれません。「あなたなんかまだマシよ」って言ってるうちは、ハッピーになれない。だって、相手より自分の方が不幸に感じる事を探すわけだから、しあわせを探してるわけじゃないもん。で、ですね。「しあわせ」になる方法でございます。この際、「しあわせにみえる」とか「しあわせになる」とかは、横に置いておきましょう。世界中の異性から言い寄られても、本当に愛してる人から愛されなかったら。周囲から見たら「うらやましい」かもしれませんが、本人からすればとても「しあわせ」とは言えない。たった一言、たった一行のメールが、しあわせにしてくれることもあるんです。まあ、単純にいきましょう。目標を下げる。まずこれです(笑)あのね、トータルの目標を下げることはないんですよ。大きな目標を掲げるのは人生において必要ですもん。目標のない一生なんて、しあわせまで遠くしてしまいます。達成感、っていうのは、ものすごく満足感…つまり幸せな気分にしてくれるんです。仕事をがんばってしまうのは、この「達成感」を得た時の気持ちを得られる事もあります。それは、自分の存在が人の役に立つ事だったりもします。ま、人の足を上手に引っ張れた時ってのもあるかもしれませんが(笑)だから、目標は細かくして、下げてしまう。100点満点を目標にして、それまでは満足できないとなると、100か0かになってしまう。人生にはグレーゾーンだってあるんだから。グレーゾーンも白く見ることで、しあわせを感じられます。このしあわせをもっと感じたい、って思ったら次に向かえます。やり遂げた感や、手に入れた感じ。ラッキーもそうです。これらは、自分の存在をあらためて感じさせてくれるもの。「愛する」のと「愛される」ことなんて最たるものです。しあわせってのは「いかに感じるか」だと思うのですよ。でね。私なりのしあわせになる方法です。自分に関わる人たちの幸せを願うんです。自分も含めてね。自分が犠牲になるとかではない。どうすれば、自分とかかわる人たちが笑顔になれるか。そうすれば、自分のまわりに笑顔が集まってくるじゃないですか。悪いやつは笑顔で近づいてくるけど(笑)自分が笑顔にしてあげられたのだとしたら、それはいい笑顔が増えてくるでしょ。身にかかる火の粉は払いのけますけど…類は友を呼び、笑顔は笑顔に集まる。悲しい顔や浮かない顔を、笑顔にしてあげたい。その笑顔を喜べたら、その時、自分の中はしあわせになれるのです。…だから恋愛や人生について語るのが好きなんだ、私は(爆)
2009.05.14
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でも、言葉しかないんですよね。言語によるコミュニケーションに頼る以上、基本的な言語を理解し合わなければ通じ合えない。その先にあらゆるコミュニケーションが発生するのです。言っとくけど、第一印象なんてコミュニケーション以前の問題ですからね。面接に行く時にふさわしい恰好ででかけるなんて当たり前のことです。自分で自分の評判を落とすような事をする場合、同情すら感じません。さて、早めに本題(笑)久々にこのテーマだから、ほっとくと話が長くなる(爆)一般的に…あくまで一般的にですよ。好きな相手から「愛してる」という言葉を聞きたい。のは、男も女も同じです。多分。私のこのテーマの話を読んでくださっているのは、女性の方…言っちゃあなんですが、秘密の恋をされてる方が多いのではないかと思っています。言葉での「あいしてる」って言うのは、たった5文字ですけど気持ちを確かめるのにこれ以上の言葉はない。この言葉を、まるっきりのハッタリで言えるような男と付き合ってるはずはない…私。ということはないでしょうか。で、なかなか言ってくれないわけですよ。この5文字、どうでもいい相手に言われたら「めんどくさい」「重たい」「かんべんして~」になる可能性はなきにしもあらず(笑)「好きなんです」っていうのは、どうでもいい相手に言われても結構うれしかったりするもんだけど、「あいしてる」は重過ぎる。でも、好きな相手に言われたら、それはもうすごくうれしい。何度でも聞きたい。今、耳元でささやかれても、その最後の一音が消える前にまた聞きたい。次、いつ聞けるかわからない気がするから、余計に聞きたい。結婚して、長年連れ添う相手に普通に言われると「こいつ、何の魂胆があるんだ?」ってな関係になってる事も多いですけど(笑)でも、夫婦間でも、使いようによっては効果があるんです。ただし、日本人の場合…多分、この言葉に抵抗があるんだよなあ(笑)要は「あいしてる」に照れる。何度も言うのは「軽く」思われるんじゃないか?だから、大事な言葉ではあるから、ウソで言う事もないけれど、連発して言うのはもってのほか、と無意識に思ってる人は多いかもしれません。すいません。「思ってる人が多い」は間違いです。思ってる「男」は多い、が正しい。女性は「何度でも言われたい」ですよね?そりゃまあ、何万人も女性の方はいますから、そうではない方もいるでしょうが。実は、男だって言われたいんです。自分が言うのはともかく、言われるのはかまわない。男ってやつはねえ、環境に慣れるんです。二人の関係が安定すると「だまっていても」とか、まあ、以前にも書きましたけど「健さん」状態になってしまう。でも。健さんにあこがれてるだけで、健さんじゃありませんからね(笑)安心していたら、不安の芽がのびてくる。「あれ?彼女は俺の事愛してるのかな?」「最近、メールが少ないな」「エッチしようとすると避けようとするな」疑いが始まると、確かめたくなる。これは女性もいっしょだとは思いますけど。この状況に入った時は大変です。考えて考えて、一番最近あった時の態度やメールや電話を思い返す。最新の注意を払って思い返す。夜が明ける…(汗)男は、不安を払拭するのは簡単なんです。彼女とエッチすれば、それですべて解決する。これは、男と女のエッチに対する意識の違いですね。男はどこかで「女性がエッチをする」という事は、男ほど簡単なことではない、と知っている。女性の場合は、エッチするだけだったら「身体だけか??」なんて思ったりするから(でもって、それが間違いではなかったりするから)確かめる方法が、言葉とか相手の態度だけになってしまう。「あいしてる」って言ってもらいたい、と思ってるところへ「あいしてる」って言われたら…あるいは不意打ちの如く「あいしてる」って言われたら。その言葉だけでしばらくしあわせになれる。でも、男はそんなことにはなかなか気がつかないですよね(笑)わらいごっちゃないけど。でもね。追加で書いときますけどね。「あいしてる」ってささやくことで、女性がしあわせになれることをしってるような男は、さらに信用できないかもしれません(笑)
2009.05.14
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禁止条約があるそうで。うちの3号(高校三年生)に、この条約について解説してもらいました。「使うんだったら、後で片付けに困らない兵器だけにしようぜ。地雷とかクラスターは必要なくなった後で片づけるのに手間がかかるから、俺も使うのやめるからおまえもやめろよ。ってこったろ」まあ、ぶっちゃけ間違っちゃいないと思うんだけど。だいたいさあ。兵器に人道もへったくれもないでしょ。戦いってのは、相手を消滅させるのが手っ取り早い。それが無理でも、反撃をする意欲などなくさせるほど戦意を消失させなければならない。恨みを残す事は、次の戦いの種をまき、水と肥料をやることにすぎないのだから。できる限り、戦いへの情熱を防がなければならない。それには強い暴力が必要である。暴力を支える権力が必要である。権力は暴力に支えられる。つまり、権力をもつ組織には兵器が必要である。私は、戦争には反対です。ちゅうか、そういう人の方が多いだろうな。子どもの頃にそういう教育を受けてますからね。でもね。軍事力を持たない事には反対です。戦争を抑えるためには、やる気をなくすだけの兵力が必要です。なぜか。兵器がなかったら、殴り合いを始めるだけなんです。まず、言葉での殴り合いからスタートしてね。人間ってのは「戦う」のが大好きなんですから。平和のために戦い、自分たちの暮らしを守るために戦い、子どもたちの未来のために戦うんです。特に、専守防衛の日本人は、何かを守るために戦うのは大好き。私もそうです。領海侵犯に対しては「やっちまえよ」って思いますもん。つまり。戦う、というハートを心の奥にしっかりと持っているんです。何もなければ、素手で、そこにヒノキの棒があればその棒をもって戦う。賛同すれば、集団で戦う。そこに「助け合い協力し合う」満足感も伴う。「クラスター爆弾が必要ない」のではない。「兵器のすべてが必要ないもの」のはずなのです。でも、現実には軍も兵器も必要です。人間に「戦う意思」がある限り。そしてそれは、人類が人間社会を維持するために必要な「意思」である限り。平和運動のために過激な運動をする団体を見ていると思います。多分、あの団体は、使える力があれば武器も兵器もつかうんだろうな、って。そうそう、鯨保護の団体とかもさ。自分たちが正しければ、手段は正当化される。世界平和を目指してるんじゃない。鯨の保護を目指してるんじゃない。自分たちの正しさを証明したいだけなんだよ。本当に平和を望むなら、戦うという意思を省いて、平和を作ることを考えていかなくちゃあねえ。
2009.05.12
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思っていたよりも、かなり早くネットが開通いたしました。復活でございます。ま、持ってくるものも少なかったから、ずいぶんすっきり。でも、まだまだ「旅館に泊まってるような気分」でございます(笑)
2009.05.07
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復活予定日は13日頃の予定です …ネットつながるのがそのあたりなので ネットまったくなしで二日目。 飲もうと思ったらコーヒーが切れてる、みたいな(笑) 我慢できるけど、ちとさみしい…
2009.05.02
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