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アメリカの詩人である、ジョン・グリーンリーフ・ホイッティアーが、こんな詩を残しています。「すべての悲しい言葉の中で、最も悲しいのは、『あのときああしていたら・・・』という言葉」明日は 1日『福々餅』の発売日ですチョコレート餡入りの 大福餅です♪6個入り 480円ご予約も承りますTEL0123-88-00511日限りですくれぐれも 「買いに行けば良かった・・・」と後悔しないように他にも 新作ケーキが続々登場します
2012.01.31

しょうたくん 18歳のお誕生日おめでとうございますさわやかな笑顔ですねもう進路もバッチリかな?ありがとうございました
2012.01.30

たいようくんは やっぱり『超蝶』に 夢中でしたありがとうございました
2012.01.29
感動のメルマガをご紹介させていただきます【浦田さんは、来年の「ロンドンパラリンピック・ゴールボール競技」に 出場する日本代表選手でもいらっしゃいます。 浦田さんのスピーチをご紹介いたします。 ………………………………………………………………………………………………◆目が見えないことが、いつしか「苦しみ」ではなくなっていた (株式会社アソウ・ヒューマニーセンター勤務 浦田理恵さん)……………………………………………………………………………………………… 皆さん、こんにちは。私は九州の福岡からきました、アソウヒューマニーセンターの浦田理恵と申します。皆さん、お分かりにならないかもしれませんが、実は私は視覚に障害があります。活字を見ることも、相手の表情を見ることもできません。私が視力を失ったのは、教職の免許を取るために福岡の専門学校に通っていた20歳の時でした。卒業を間近に控えた頃、網膜色素変性症と診断され、僅か3か月で左目の視力を失い、右目もわずかに光を感じるくらいまで低下してしまったのです。何もできなくなった自分が生きている意味があるのだろうか。いろいろと悩み苦しみ、どん底にまで落ち込みました。独り暮らしをしていた私は誰とも会わずに家の中に引きこもり、熊本の両親にも友達にも真実を伝えられないまま、一年半が過ぎていきました。失明したことを思い切って家族に伝える決心をしたのは、数年ぶりに熊本に帰省した時でした。駅の改札口まで迎えに来てくれた母は、私のぎこちない仕草を見て最初はふざけていると思ったそうです。「お母さん、私はもう何も見えん」。近寄ってきた母にそう率直に打ち明けると、母はその場で泣き崩れてしまいました。でも、この時、自分の思いを一気に吐き出せたことが、一つのステップになったと思っています。私がどんな状態になっても絶対に見捨てずに温かく包み込んでくれる家族がいるのがどれほどありがたいかを、しみじみと感じたからです。人生に絶望していた私が、現在、前向きに頑張れるのはこの安心感のお陰です。・・・】家族の為に 前向きに頑張れるんですよねいつもお読みいただきありがとうございますこちらのブログは 視力の弱い方に向けて引用文以外は 句読点を省いていますご了承下さい
2012.01.28
Youth is not a time of life.青春とは人生における"ある期間"を指すのではない。It is a state of mind.それは心の有様を言う。It is not a matter of rosy cheeks, red lips and supple knees.それは頬や唇の赤い色から連想するものでもなければ、引き締まった肉体が暗示するものでもない。It is a matter of the will, a quality of the imagination, a vigor ofthe emotions.強い意志、たくましい想像力、感動できる心、これらが重なり合ったものをいう。It is the freshness of the deep spring of life.青春とは、ふつふつと湧き出てくる生命の息吹、エネルギーを指すのである。Samuel Ullmanサミュエル・ウルマン(ドイツ生まれ、米国の詩人)いつまでも 青春
2012.01.27

北海道は 寒いです・・・春が待ち遠しい 今日この頃明日から3日間 『さくら餅』がお買い得ですあったか~い お煎茶と春の味覚を楽しんでくださいねご来店お待ちしています
2012.01.26
先ほど 江戸時代の健康法をお伝えしましたが現在105歳の昇地三郎氏の言葉を ご紹介させていただきます『人生は戦いです。楽をしようという怠け心と、苦労に打ち勝っていこうという二つの心の戦いです。その戦いに打ち勝って前進するのです。私は101歳のきょうまで自分自身との戦いで生きてきましたし、これからも生きている限り戦い続けます(「致知」2008 年1月号)』健康を保ちながら 現在105歳まで ご活躍なさっていらっしゃいます敬服します http://blogs.yahoo.co.jp/shiinomi104/archive/2012/1/21
2012.01.25
江戸時代の書物に「養生訓」という書物があるそうですメルマガよりご紹介させていただきます『貝原益軒が、84歳のときに書いた「養生訓」は、後世に残る名著と、言えるのではないかと思います。「養生訓」には、このようなことが記されています。【「人間の寿命は百歳を上限とする。上寿は百歳、中寿は八十歳、下寿は六十歳である。六十歳以上の人は、長生きである。世間の人をみると、この下寿の六十歳まで生きる人は少なく、五十歳未満の短命の人が多い。人の命は、なぜこのように短いのか。これはみな養生の術がないからである。短命の人は、生まれつきではない。十人のうち九人までは、自らの不養生で、身体を害している。だから、人はみな養生の術を、心得なくてはならないのである」】』人それぞれ 養生の術は違うと思いますが自分自身の身体の限界は 知っておいた方が良さそうですね
2012.01.25
『不動心とは人間の成長過程にある幸不幸のすべてを前向きに受け入れられる心』…………………斎藤智也氏(聖光学院高校野球部監督)【(国語辞典では)他によって動かされることのない心。動揺することのない精神。】すべてを 前向きに受け入れられるようになりたいものです
2012.01.24

ウィンドウは もう春一足お先に 春の味覚『さくら餅』が旬です
2012.01.23

りんかちゃん(1歳10ヶ月)が ディズニーランドへ行ってきました♪ミニーのふうせんと若~いママと 若~いおばあちゃまとありがとうございました
2012.01.22

hueさんから とっても不思議な写真が届きました気温の関係でしょうか??不思議ですねありがとうございました
2012.01.22
人間力メルマガより感動の一文をご紹介させていただきます【本日は、ベストセラー『ベルナのしっぽ』の著者としても知られる鍼灸士・郡司ななえさんの随想記事をご紹介します。────────────────────────────────────■「致知随想」ベストセレクション──────────────────────────────────── 「人生のダブルヘッダー」 郡司ななえ氏(鍼灸士) 『致知』1998年7月号「致知随想」 ※肩書きは『致知』掲載当時のものです…………………………………………………………………………………………………私の目が見えなくなったのは二十七歳のときだった。激しい痛みをともなって、徐々に視界がぼやけていった。視力の低下が著しく入院を余儀なくされたときには、とうとう「べーチェットさん」にかなわなくなったのかと思って、悔しくて悔しくて仕方がなかった。厚生省指定の難病の一つであるべーチェット病だと診断されたのは、高校三年生のときだった。体育の時間にクラス全員で列を組んでマラソンをしていたときのことである。突然、足に劇痛が走った。こらえきれずに転倒した。足の腫れがひかずに病院でいろいろな検査を受けていくうちに、ベーチェット病だと診断された。病名がわかっても、どんな障害が出てくるかということは、その時点ではまだわかっていなかった。体に宿ってしまった病と仲良くしようと、私は「ベーチェットさん」と名づけて、なだめすかして十年あまりを平和に過ごしてきた。新潟から東京に出てきて、建築会社でOLをしていた。この平凡な生活が、ずっと続くのではないかと思っていた。いや、そう願い続けることで、病気を克服できると信じていたかった。ところが、「ベーチェットさん」はそんなに優しくなかった。目の痛み、全身を襲う倦怠感、増していく内服薬、注射、度重なる手術……。難題を押しつけるだけ押しつけておいて、一向によくなる気配は見えない。それどころか、ますます窮地に追い詰めていくあまりの意地の悪さに、ほとほと疲れ果ててしまった。十か月あまりの入院の末に、退院することになった。回復したからではない。濃い乳白色の世界は、もう微動だにしなかった。心配して、上京してきた母の腕につかまって、週に一度だけ薬をもらいに病院へ通った。外界との接触はそれだけだった。テレビやラジオの音を耳にするのも煩わしくて仕方がなかった。私にとって見える世界が失われたことは、世界が失われたことに等しかった。ただただ、ベッドの上に縮こまって、何も考えたくなかった。一年六か月の間、私の巣ごもりは続いた。その間、母が私を守る防波堤になってくれた。「がんばりなさい」とか「そろそろ再起をはかったら」などといったことは一言も言わなかった。「いった豆でない限り、かならず芽が出るときがくるんだから」。母が繰り返し言ったのはその一言だけだった。そんな生きているのか、死んでいるのかわからないような私の魂を呼び戻すきっかけとなったのは、大宅壮一さんがお書きになった『婦人公論』の一文だった。「野球の試合にダブルヘッダーがあるように、 人生にもダブルヘッダーはある。 最初の試合で負けたからといって、悲観することはない。 一回戦に素晴らしい試合をすることができたのならば、 その試合が素晴らしかった分だけ、 惨敗して悔しい思いをしたならば、 悔しかった分だけ二回戦にかければいい。 その二回戦は、それまでにどれだけウォーミングアップを してきたかによって勝敗が決まってくる」 私の二回戦はこれから始まるのだと思った。一回戦とは違って、目の見えない私で戦わなければいけない。だが、一年半というもの、二回戦を戦う準備をさせてもらった。もうウォーミングアップは十分だと思った。いてもたってもいられない気持ちで東京都の福祉局に電話をかけ、戸山町にある心身障害者福祉センターを紹介してもらった。目が見えなくなって、何から始めたらいいのかわからない私にとって、まず最初に必要なのは一人で歩けるようになることと、点字を読めるようになることだった。やっと外界と接触する心の準備のできた私を後押しするように、電話で相談にのってくださった先生がおっしゃった。「あなたは運のいい人ですね。 ちょうど視覚障害者向けのカリキュラムにあきが 出たところなのですよ。 明日いらしてください。 明日来られなければ、他の人に順番をまわしてしまいますからね」 舞い込んできた幸先のよさに喜び勇んで、新しい人生を出発することになった。そんな私の二回戦の試合模様が、先に『ベルナのしっぽ』という一冊の本にまとまった。結婚して、子供を産み、盲導犬とともに暮らす奮闘ぶりが描かれている。大竹しのぶさん主演のドラマとして、フジテレビでも取り上げていただいた。こうして、あの空白の一年半から立ち直ってみて思うのは、生きる勇気を失わない限り、私たちはたいていの困難を乗り越えていくことができるということである。不幸のどん底にいるときには、どこまでも奈落の底に落ちていくのではないかと思えてくる。だが、それをこらえてじっと痛みを耐えていれば、かならず明るい光は見えてくる。その一つひとつの困難を乗り越えていくことが生きるということなのではないかと思う。そして、一試合目がうまくいかなくても、人生にはときに二試合目が巡ってくる。そのためのウォーミングアップを続けていくことこそが、次の一歩を踏み出すためにもっとも大切なことなのだと思う。】私の友人は だんだん目が見えなくなってきて鍼灸士の学校に通っていますお子さんは 小学生お2人です「治療院を開きたいんです♪」力強く聞こえましたたとえどんな障害があろうとも 力強く生きている人は 数多くいらっしゃいます遠い北海道から エールを送ります
2012.01.22

しょうこちゃん 3歳のお誕生日おめでとうリクエストは ラブリンです♪メッセージをいただきました『ラブリンのケーキに「わーっ!すご~い〓」と大喜びの翔子〓AKBが大好きで、いつもマイク持って歌っていま~す〓』喜んでいただけたようですねありがとうございました
2012.01.21
『超蝶』をご存知ですか?【密封されたガラス瓶には一頭の蝶。瓶を叩けば音に反応して羽ばたき、あちらこちらへと飛び回る。実にシンプルな構成だが、なんともファンタジックな製品だ。見とれてしまうほどに滑らかに動くのが驚くところだが、当然ながらこの蝶は本物ではない。】http://www.youtube.com/watch?v=8oSCX-wCrUA本物みたいで びっくりしてしまいましたお店にありますので どうぞ 見にいらしてくださいね
2012.01.21

ご結婚のお祝いに可愛いケーキのご注文を頂きました作っている途中ですありがとうございましたお幸せに
2012.01.20

Mちゃん7歳のお誕生日おめでとう リクエストは ワンピースのルフィですそれにしても またまたお寿司もおいしそ~ありがとうございました
2012.01.19

岩見沢のKさまより黒糖蜂蜜ロールのがんばれケーキ何をがんばれ??なのかを 聞き忘れました受験生かな?とにかく 頑張ってねありがとうございました
2012.01.19
昨日に続き 流れを変えるためには師の助言も大切ですね人間力メルマガよりご紹介させていただきます【探検や登山など、その才能をさまざまな分野で発揮した 伝説の技術者・西堀榮三郎氏のお話をご紹介します。 ──────────────────────────────────── 「人には三種類の師がある」 西堀榮三郎氏(理学博士) 『致知』1981年9月号 連載「わが人生の師」より────────────────────────────────────先生とか師というものは如何様にも解釈することができるので、たくさんの先生や師といわれる人たちを持ってきた。それは時代、時代によってみな違う。けれども、私は特定の先生とか師というものは、むしろ、それほど重要に思っていない。師には、解釈によっていろいろな種類があるが、私は三通りに分けている。・自分に知識をさずけてくださる人次に・人生の指針を与えてくれる人三番目に・自分の考えていることを 実行するのにおいて援助してくれる人の三通りが師と呼ばれうる人々である。“知識を与えてくれる師”には、学校の先生がいるが、私は自分で勉強して知識を獲得するということに重点をおいている。文献を読むことで知識は得られる。しかし、もっと大切な対象は、現実の現象そのものである。いいかえれば、自分の探求心によって求めさえずれば、だれからも、あらゆる現象のどんな事柄からも知識は得られる。従って、自分に知識を与えてくれる師は、森羅万象すべてである。第二番目の“自分に人生の指針を与えてくれる”師には、身近な人々たちや過去のいろいろな先人の経験談がある。自分が悩んでいるようなときに心の琴線にふれる、そんなときに強く師を感じる。これまた、いたるところに師あり、といってよい。第三番目の“自分のやろうということに援助してくれる人々”は、もしその人を師と呼びうるならば、非常に大切な師である。特に、自分がだれもやっていないような新しい事柄、考えを持っているときには、いっそう得難い。】《いたるところに師あり》気がつかないだけかもしれない
2012.01.19

ひまりちゃん(1歳7ヶ月)が ママとおばあちゃまと一緒にご来店♪ピースをしたつもりありがとうございました
2012.01.18

あやねちゃん(3歳)が ママと一緒にご来店ちょっと横向いちゃいました・・・アンパンマンのバッグも可愛いですねありがとうございました
2012.01.18
人間力メルマガより自分の性格を 客観的に観てみましょう【「鳴かぬならそれもまたよしほととぎす」 『致知』2001年5月号 特集「流れをつくる」より────────────────────────────────────「鳴かぬなら」の第一句に、天下取りを果たした戦国時代の三人の武将が三様の第二句をつけた有名な「ほととぎす」の句がある。信長は「殺してしまえ」といった。秀吉は「鳴かせてみよう」といった。家康は「鳴くまで待とう」といった。もちろん史実ではない。だが、三者三様の個性、やり方、歴史的役割などをあますところなく表現して見事である。以前、ある人が八百人ほどの経営者にこの「ほととぎす」の句を示し、「あなたはどのタイプか」と質問した。ほとんどの経営者がそれぞれ信長、秀吉、家康になぞらえて、「自分は何々型である」と回答した。その中でたった二人だけ、自分はどのタイプでもない、と答えた経営者がいた。「では、あなたならどう詠むか」とさらに質問すると、一人はこう答えた。「鳴かぬならそれもまたよしほととぎす」もう一人はこう答えた。「私は俳人ではないのでうまく詠むことはできないが、 その三つのタイプには入らない」前者が松下幸之助氏であり、後者が本田宗一郎氏である。人間は選択肢を与えられると、その枠の中に閉じこもってものごとを考えてしまいがちである。与えられた枠、既成概念を踏み越えて発想を飛翔させることが難しい。松下氏も本田氏もそれができたからこそ、新しい流れをつくり得たのだろう。さて、時代はいま、いよいよ混迷の度を加え、閉塞感が色濃い。これを突き抜け、新しい流れをつくるには何が必要か。歴史の中に、企業経営の中に、新しい流れをつくってきた人たちがいる。そこから流れをつくり出す条件を探り、学ばなければならない。流れをつくる。そのためにわれわれ日本人がどのような発想に立ち、何をなすかを見定めるのは、焦眉の急(しょうびのきゅう)《状況が切迫していること》なのである。】新しい流れをつくる・・・難しいが 取り組みたいことですより美味しいお菓子造りの為に新しい考え方も 学び続けていきます
2012.01.18

Mくん お誕生日おめでとうリクエストは 消防車♪大きくなったら 消防士さんになるのかな?それにしても お寿司もおいしそ~ありがとうございました
2012.01.17

ひめかちゃん 3歳のお誕生日おめでとう可愛い写真が届きました事前に ひめかちゃんの写真を頂いてチョコプレートを作りましたありがとうございました※似顔絵ケーキは なるべく一週間位前までにご予約下さいね
2012.01.16
【一途一心とはひたすら、ひたむきということである。一つ事に命を懸けること、ともいえる。あらゆる道、あらゆる事業を完成させる上で、欠かすことのできない心的態度である。物事の成就はこのコア(核)なくしてはあり得ない。イエローハット創業者の鍵山秀三郎氏は、ある時若い人たちから成功の秘訣を問われ、「二つある」と答えて白板に、「コツコツ」――と板書されたという。コツコツは一途一心と同義である。その根底にあるのは無心である。心に雑念妄念が入っては、人間、コツコツにはなれない。人生の先達も一致して一途一心の大事さを説いている。・・・・・・『安岡正篤一日一言』の中にも次のような言葉がある。「何ものにも真剣になれず、したがって、何事にも己を忘れることができない。満足することができない。楽しむことができない。常に不平を抱き、不満を持って、何かの陰口を叩いたり、やけのようなことをいって、その日その日をいかにも雑然、漫然と暮らすということは、人間として一種の自殺行為です。社会にとっても非常に有害です。毒であります」では、どういう生き方をすればよいのか。「いかにすればいつまでも進歩向上していくことができるのか。第一に絶えず精神を仕事に打ち込んでいく、ということです。純一無雑(じゅんいつむざつ)の工夫をする…近代的にいうと、全力を挙げて仕事に打ち込んでいく、ということです」『月刊 致知』 “2012年2月号”特集《一途一心》 致知出版社】自分に与えられた目の前のやるべきことに、「一途一心」に取り組みたい・・・でも 時には『かりんとう饅頭』等を食べて一息つきましょう※明日から3日間(18日まで)大好評の『かりんとう饅頭』がお買い得ですご予約はTEL0123-88-0051まで
2012.01.15

温泉で 新年会とお誕生日のお祝いをなさるそうです主役はやっぱり お孫さんそして ドラえもんのケーキきっと 盛り上がったことでしょうありがとうございました
2012.01.14
人間力メルマガより考えさせられる一文をご紹介させていただきますちょっと長いですのでお時間のあるときに お読み下さい【北陸地方随一の冠婚葬祭チェーンを育て上げた オークスグループ創業者・奥野博氏の 心にしみるお話をご紹介します。 ──────────────────────────────────── 「どん底の淵から私を救った母の一言」 奥野博氏(オークスグループ会長) 『致知』1998年8月号 特集「命の呼応」より────────────────────────────────────【記者:昭和四十二年、四十歳のときに経験された倒産が、 今日の奥野会長の土台になっているようですね】 倒産が土台とは、自分の至らなさをさらけ出すようなものですが、認めないわけにはいきません。戦後軍隊から復員し、商社勤務などを経て、兄弟親戚に金を出してもらい、事業を興したのは三十歳のときでした。室内設計の会社です。仕事は順風満帆でした。私は全国展開を考えて飛び回っていました。だが、いつか有頂天になっていたのですね。足元に忍び寄っている破綻に気づかずにいたのです。それが一挙に口を開いて。【記者:倒産の原因は?】「滅びる者は、滅びるようにして滅びる」。これは今度出した本の書き出しの一行です。倒産の原因はいろいろありますが、つまるところはこれに尽きるというのが実感です。私が滅びるような生き方をしていたのです。出資者、債権者、取引先、従業員と、倒産が社会に及ぼす迷惑は大きい。倒産は経営に携わる者の最大の悪です。世間に顔向けができず、私は妻がやっている美容院の二階に閉じこもり、なぜこういうことになったのか、考え続けました。すると、浮かんでくるのは、あいつがもう少し金を貸してくれたら、あの取引先が手形の期日を延ばしてくれたら、あの部長がヘマをやりやがって、あの下請けが不渡りを出しやがって、といった恨みつらみばかり。つまり、私はすべてを他人のせいにして、自分で引き受けようとしない生き方をしていたのです。だが、人間の迷妄の深さは底知れませんね。そこにこそ倒産の真因があるのに、気づこうとしない。築き上げた社会的地位、評価、人格が倒産によって全否定された悔しさがこみあげてくる。すると、他人への恨みつらみで血管がはち切れそうになる。その渦のなかで堂々めぐりを繰り返す毎日でした。【記者:しかし、会長はその堂々めぐりの渦から抜け出されましたね】いや、何かのきっかけで一気に目覚めたのなら、悟りと言えるのでしょうが、凡夫の悲しさで、徐々に這い出すしかありませんでした。【記者:徐々にしろ、這い出すきっかけとなったものは何ですか】やはり母親の言葉ですね。父は私が幼いころに死んだのですが、その三十三回忌法要の案内を受けたのは、奈落の底に沈んでいるときでした。倒産後、実家には顔を出さずにいたのですが、法事では行かないわけにいかない。行きました。案の定、しらじらとした空気が寄せてきました。無理もありません。そこにいる兄弟や親族は、私の頼みに応じて金を用立て、迷惑を被った人ばかりなのですから。【記者:針の莚(むしろ)ですね】視線に耐えて隅のほうで小さくなっていたのですが、とうとう母のいる仏間に逃げ出してしまいました。【記者:そのとき、お母さんはおいくつでした?】八十四歳です。母が「いまどうしているのか」と聞くので、「これから絶対失敗しないように、 なんで失敗したのか 徹底的に考えているところなんだ」 と答えました。すると、母が言うのです。「そんなこと、考えんでもわかる」私は聞き返しました。「何がわかるんだ」「聞きたいか」「聞きたい」「なら、正座せっしゃい」威厳に満ちた迫力のある声でした。【記者:八十四歳のお母さんが】「倒産したのは会社に愛情がなかったからだ」と母は言います。心外でした。自分のつくった会社です。だれよりも愛情を持っていたつもりです。母は言いました。「あんたはみんなにお金を用立ててもらって、 やすやすと会社をつくった。 やすやすとできたものに愛情など持てるわけがない。 母親が子どもを産むには、死ぬほどの苦しみがある。 だから、子どもが可愛いのだ。 あんたは逆子で、私を一番苦しめた。 だから、あんたが一番可愛い」 母の目に涙が溢れていました。「あんたは逆子で、私を一番苦しめた。 だから、あんたが一番可愛い」母の言葉が胸に響きました。母は私の失態を自分のことのように引き受けて、私に身を寄せて悩み苦しんでくれる。愛情とはどういうものかが、痛いようにしみてきました。このような愛情を私は会社に抱いていただろうか。いやなこと、苦しいことはすべて人のせいにしていた自分の姿が浮き彫りになってくるようでした。「わかった。お袋、俺が悪かった」私は両手をつきました。ついた両手の間に涙がぽとぽととこぼれ落ちました。涙を流すなんて、何年ぶりだったでしょうか。あの涙は自分というものに気づかせてくれるきっかけでした。】子を想う親の気持ちは みな同じですね最後までお読みいただきありがとうございました
2012.01.13

ピアノのケーキのご注文をいただきましたパティシエ石井自慢の一作喜んでいただけましたでしょうか?ありがとうございました
2012.01.12
本日は 『鏡開き』【鏡開き(かがみびらき)・鏡割り(かがみわり)とは、正月に神(年神)や仏に供えた鏡餅を下げて食べる、日本の年中行事[1]であり、神仏に感謝し、またその供えられたものを頂いて無病息災などを祈って[2]、多くの場合は汁粉・雑煮で食す[1]。(ウィキペディァ)より】子どもの頃 お供え餅を下げてカビの部分を除き 小さくして乾燥させて 油で揚げ かき餅にして食べた記憶がありますスーパーで売っているお供え餅は どうなるのでしょう??
2012.01.11
【東洋医学では、「心身一如」が重視され、心と体を一つのものとして考えられています。病気の一番の原因につながるのは、心の問題です。感情のバランスが崩れると各臓器の働きに悪影響を及ぼすと考えられています。例えば東洋医学で言うと、「怒り」過ぎれば気は上昇し、「肝」を痛めます。「憂鬱」によって気は弱まり、「胃」に悪影響を与えます。「恐れ」過ぎれば、気が弱まり「腎」を傷つけてしまいます。「心身一如」を言い換えれば「ホリスティック」(全体的)ということです。東洋医学の根元にあるのが、全体的な心と体のバランス(気のバランスをとる)ということなのです。(ネットより)】ストレスが身体に良くない・・・と言われていますね人によって違うと思いますが ストレスの解消法をみつけておくと良いかもしれませんね人生 思い通りにならないことが多いもの・・・何をしたときに 爽快になりますか?
2012.01.10
ネットより 『厚手の洗濯物を手早く乾かす簡単なワザ』を 見つけました見られなくなってしまうかもしれないので見ておいてくださいねhttp://videotopics.yahoo.co.jp/videolist/official/hobby_cooking_life/pd123b1adccbbc30a84cf3ffc822a01e2もう ご存知の方もいらっしゃると思いますけど・・・
2012.01.09

『人が何と言おうが、この仕事が俺の天命、天職だと惚れ込んでやれば、必ず上手くいく』…………………永守重信氏(日本電産社長)自信を持って 惚れ込みたいものですそれにしても おかげさまで『かりんとう饅頭』も売れていますがいちご大福がブレイクしています社長が惚れ込んで作っているから!3個いり 450円売り切れの恐れがございますご予約承りますTEL0123-88-0051まで
2012.01.09

本日は 朝からとても寒い日でした木は 1日中こんな感じポストカードにしてみました雪の華のように見えますが 本当は樹氷ですね【樹氷(じゅひょう)(soft rime)は、冬山などで、過冷却水滴からなる濃霧が樹木などの地物に衝突し、その衝撃で凍結・付着した氷層。一般的には、氷層を付着させた樹木そのものを指して樹氷と呼ぶこともある。(ウィキペディァより)】
2012.01.08

つきとくん(1歳4ヶ月)がママと一緒にご来店ママは お仕事が忙しいので時々熱を出して 困らせますワンポイントアドバイス『子育ては、大変だ~!』と 思っていれば間違いなし♪大変な子育てを 大いに楽しみましょうありがとうございました
2012.01.07
日本バレーボール協会名誉会長の松平康隆氏が昨年の12月31日に永眠されました。松平康隆氏の言葉を メルマガよりご紹介させていただきます【「やっぱり私の一番根源的な思いは『負けてたまるか』ですね。 これは母の教えでもあるんです」最愛の母の教え・・・「『負けてたまるかと 静かに自分に言いなさい』 という言葉が、監督になって世界一を目指す私にとって 一番大切な言葉であり教えとなりました」己に打ち克つことが人生では大切なことだと、障害をもちながらも厳しい環境の中から子どもを守り、生き抜いた母の姿と、厳しくとも深い愛情は、松平氏の人生哲学として心に刻み込まれ、「バレーボール一筋に人生を終えられて非常に幸せでした。 思い残すことは何もない人生でした」という、最高に素晴らしい人生の幕を閉じられました。】思い残すことは何もない人生でありたいものです
2012.01.06

最近のキャラクターケーキの特別注文をご紹介させていただきますできるだけ ご希望のキャラクターに挑戦しますご相談下さいねありがとうございます
2012.01.06
人間力メルマガより感動の一文を ご紹介させていただきます 【100歳になったいまも現役医師として 活動を続ける聖路加国際病院理事長・日野原重明氏の、 医師としての原点となったお話をご紹介いたします。──────────────────────────────────── 「医師としての原点」 日野原重明氏(聖路加国際病院理事長、名誉院長) 『致知』2012年2月号 特集「一途一心」より http://www.chichi.co.jp/monthly/201202_pickup.html────────────────────────────────────医師としての原点を語る時、外せないのが、医局に入ったばかりの頃、最初に担当した結核性腹膜炎の十六歳の少女です。彼女には父親がおらず、母親が女工として働いていました。家が貧しくて彼女自身も中学に行かず働いていたのですが、ある時、結核を患って入院してきたんです。その病室は八人部屋で、日曜になると皆の家族や友人が差し入れを持って見舞いにくる。でも彼女を訪ねてくる人はほとんどいない。母親は日曜も工場で働いていたから、見舞いにもなかなか来られなかったんです。私は日曜になると教会の朝の礼拝に出席するため、同僚に彼女のことを頼んでいました。ところがある時、その同僚から「日野原先生は、日曜日は いつも病院に来られないから寂しい」 と彼女が言っていたと聞かされましてね。以来私は朝教会に行く前に、病室へ顔を出し、それから礼拝に出るようにしたんです。これはその後の私の医師としての習慣にもなりました。ところが当時は結核の治療法がなかったために、どんどん容態が悪くなっていってね。非常に心配していたんですが、ある朝様子を見に行くと、「先生、私は死ぬような気がします……」と言うんです。私は「午後にはお母さんが来られる予定だから、頑張りなさい」と言いました。すると彼女はしばらく目を閉じて、また目を開いて言葉を続けました。「お母さんはもう間に合わないと思いますから……、 私がどんなにお母さんに感謝していたかを、 日野原先生の口から伝えてください」。 そうして手を合わせた彼女に、私は「バカなことを言うんじゃない。死ぬなんて考えないで! もうすぐお母さんが見えるから、しっかりしなさい」 と言って、その言葉を否定したんです。ところが見る見るうちに顔が真っ青になっていったので、私は看護師を呼んで「強心剤を打って延命しよう」と言い、弱っている彼女に強心剤をジャンジャン打った。そして「頑張れっ、頑張れっ!」と大声で叫び続けた。彼女はまもなく茶褐色の胆汁を吐いて、二つ三つ大きく息をしてから無呼吸になりました。私は大急ぎで彼女の痩せた胸の上に聴診器を当てましたが、もう二度とその心音を捉えることはできませんでした。私は彼女の死体を前にして、どうしてあの時「安心して成仏しなさい。 お母さんには、私があなたの気持ちを ちゃんと伝えてあげるから」 と言ってあげられなかったのだろう。強心剤を注射する代わりに、どうしてもっと彼女の手を握っていてあげなかったのか、と悔やまれてなりませんでした。私は静かに死んでいこうとする彼女に、最後の最後まで鞭を打ってしまったわけです。この時に、医師というのはただ患者さんの命を助けるのじゃない。死にゆく人たちの心を支え、死を受け入れるための援助をしなければならないのだと思いました。その強い自責の念が、後にターミナルケア(終末の患者へのケア)やホスピスに大きな関心と努力を払い、人々が安心して天国や浄土に行くにはどうしたらよいかを考え、そういう施設をつくる行為へと繋がっていったんですね。】助けたくても助からない命もある・・・《死にゆく人たちの心を支え、死を受け入れるための援助をしなければならない》また その家族へのケアも大切ですね日野原先生は満100歳の現在も 現役でお仕事をこなしていらっしゃいます尊敬します日野原先生のダイエット法貴重なインタビューを 発見しましたのでご紹介させていただきます15分くらいですオンデマンド 番組名は 『日野原重明の輝く顔と輝く心』ですhttp://www.radionikkei.jp/style/pc/あなたの仕事の原点は?
2012.01.05
『絆』という字を書いてみて糸偏と半ではないことに 気がつきました半ではなく 上の方が反対を向いているのですなぜなのでしょうか??なかなか 解りませんでした・・・【結びつきの「絆」とは一方が相手の力加減に関係なく引っ張り合うと糸は切れてしまう。お互いが相手の力加減を考慮しながら繋がる結びつきの意味を込めて「糸」+「半」でないかという人もいます。(ネットより)】また 「絆を強める」より「絆を深める」の方が 束縛感がなくて良い との考え方もありますね家族の絆 地域の絆 日本人の絆 世界の絆・・・深めたいですね
2012.01.04
『別腹』(べつばら)という言葉をご存知と思いますが・・・現在 森下松風庵には花びら餅・桜餅・いちご大福・草しんこ・などなど昨日は、福々餅も並んでいましたお客様に「お正月なので、お餅を召し上がっていらっしゃると思いますが、お餅のお菓子が多いですよね(笑)」と 申し上げたらお客様「別腹だから!」と たくさんお買い上げいただきましたところで 『別腹』という言葉を 昔の辞書で引いてみたら載っていませんでしたなので ネットで調べてみました【別腹とはお腹いっぱいの状態でも好きな食べ物は食べられることを意味する言葉である。女性が甘い物を対象に使うことが多く、食後に「ケーキは別腹だから大丈夫」といった形で使う(他には飲酒の後のラーメンなど)。もちろん、実際に好きな食べ物が入る別の腹(胃)や臓器があるわけではなく、好きなものであれば別腹があるかのように食べられるという例えである(最近の調査では美味しいものを見たとき(正確には血糖値が下がったとき)に出るオレキシンという分泌液が胃を緩め、先に食べたものを小腸へ送り出すことで胃にスペースを作るといわれている)。】とのことなので 「別腹だから」と言って召し上がっていただけるおいしいお菓子を 追求したいですねありがとうございます
2012.01.03

先日 無事心臓の手術を終えた ことのちゃんが3歳のお誕生日を迎えました大好きなおにいちゃんと一緒にパチリリクエストは プリキュアのメロディですちょっとアクシデントがあり ケーキが崩れちゃいましたがお子さん達は「大丈夫♪食べられるから♪♪」と 可愛い一言お元気そうで何よりですおめでとうございますいつもありがとうございます
2012.01.02
人間力メルマガより次の世代に伝えなければならないことを再認識しました【「命とは君たちが持っている時間である」 日野原重明氏(聖路加国際病院名誉院長) 『致知』2008年12月号 特集「心願に生きる」より http://www.chichi.co.jp/monthly/200812_index.html────────────────────────────────────僕はいま人生において最も大切だと思うことを、次の世代の人に伝えていく活動を続けているんです。僕の話を聞いた若い人たちが何かを感じ取ってくれて、僕たちの頭を乗り越えて前進してくれたらいいなと。その一つとして僕は二年前から二週間に一回は小学校に出向いて、十歳の子どもを相手に四十五分間の授業をやっています。最初に校歌を歌ってもらいます。前奏が始まると子どもたちの間に入って、僕がタクトを振るの。すると子どもたちは外から来た年配の先生が僕らの歌を指揮してくれたというので、心が一体になるんですね。僕が一貫してテーマとしているのは命の尊さです。難しい問題だからなかなか分からないけれどもね。でも「自分が生きていると思っている人は手を挙げてごらん」と言ったら、全員が挙げるんです。「では命はどこにあるの」って質問すると、心臓に手を当てて「ここにあります」と答える子がいます。僕は聴診器を渡して隣同士で心臓の音を聞いてもらって、このように話を続けるんです。「心臓は確かに大切な臓器だけれども、 これは頭や手足に血液を送るポンプであり、命ではない。 命とは感じるもので、目には見えないんだ。 君たちね。 目には見えないけれども大切なものを考えてごらん。 空気見えるの? 酸素は? 風が見えるの? でもその空気があるから僕たちは生きている。 このように本当に大切なものは 目には見えないんだよ」と。それから僕が言うのは「命はなぜ目に見えないか。 それは命とは君たちが持っている時間だからなんだよ。 死んでしまったら自分で使える時間もなくなってしまう。 どうか一度しかない自分の時間、命をどのように使うか しっかり考えながら生きていってほしい。 さらに言えば、その命を今度は自分以外の何かのために 使うことを学んでほしい」ということです。僕の授業を聞いた小学生からある時、手紙が届きましてね。そこには「寿命という大きな空間の中に、 自分の瞬間瞬間をどう入れるかが 私たちの仕事ですね」と書かれていた。十歳の子どもというのは、もう大人なんですよ。あらゆることをピーンと感じる感性を持っているんです。僕自身のことを振り返っても、十歳の時におばあちゃんの死に接して、人間の死というものが分かりました。子どもたちに命の大切さを語り続けたいと思うのもそのためです。】日々 子供達に『命の尊さ』を 伝えていきたいですね
2012.01.02

先日4歳のお誕生日を迎えた きよしろうくんから可愛い写真が届きましたきよしろうくんからメッセージです『いつもおいしいおかしありがとう(^-^)/きよより』おめでとうございます今年は幼稚園ですね楽しみですねありがとうございます
2012.01.02

2012年の幕開け北海道はお天気も良く おだやかな新年を迎えました昨年は おかげさまでより多くのお客様にご来店頂きましたありがとうございますこれからも スタッフ一同『安心と満足』を追求し 原材料にこだわりより美味しいお菓子を造り続けていきます本年も どうぞよろしくお願い申し上げます明日2日は 初売り2日・3日の初売りでは1,500円以上お買い上げの方にささやかですが、金券を進呈させていただきます1日限りの『福々餅』は1月は 2日になります長沼産『はくちょうもち』を使用したあん餅の中に紀州南香梅を練りこんだ白餡が入っています♪1月のケーキは『春いちご』イチゴムース・生クリーム・スポンジケーキを求肥餅で包みましたかりんとう饅頭・花びら餅・桜餅・いちご大福・草しんこ・お年賀ロールなどなど5日まで 朝9:00~18:00まで営業いたします6日からは 通常どおり19:00まで営業させていただきますご来店 心よりお待ち申し上げます
2012.01.01
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