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空が薄く白じんできている。ついさっきまでベッド脇の照明をこうこうと照らしていたために気がつかなかった。外界の光を一切拒絶した部屋の中、心もとない照明の下で、貪るように花村萬月『ぢん・ぢん・ぢん』を読んでいた。そして読み終えた。静かに興奮してしまって眠れない。どうしようもなく、何かを書きたくなってこうしてパソコンを開いた。私はただただ、花村萬月という人の、書きたいこと、書くべきことの存在に、慄然としている。性とは死を志向する生の欲動だ。快楽の表情は苦痛の表情となんら変わることなく、性交は一つ一つ小さな甘やかな死でしかない。そして人間の性が愛と暴力から乖離して存在することはあり得ない。これは私が卒論時に学んだ事柄であるが、花村氏は、己がそこに在る、という問題を真摯に受け止めているがために、この問題を真正面から引き受けているように思う。生きるということを思考し知るのに妥協を許さない。「ゲルマニウムの夜」は、格式高い調子で言葉が綴られている上に哲学的で宗教的な色が濃厚でさらりと読めるものではなかったが、「ぢん・ぢん・ぢん」は哲学的な部分が多いにしろ比較的読みやすい言葉で綴られており、立ち止まることなく最期まで一気に読むことができた。これは私の稚拙な推測でしかないが、文章の読みやすさ、本書の長さ、終末にかけて一気にたたみ込むようなリズム、これらは全て人間の性行為をなぞっているのではないだろうか。これでもか、という丁寧な愛撫でじわじわと熱を上げていき、途中気だるささえも感じさせ、ラストに近づいてきたと思ったらオルガスムスに達するまでを一気に攻め立てる。そして唐突に訪れる小さな死=死。あまりにも的外れだったらイヤだな、でもそう感じる。あーーーーーーーーーーーーーーーー。ものすごくお腹がすいたのでスパゲッティ作って食べた。私がここに在る。空腹が満ちると、それを少し感じた。右目のものもらいが、疼く。もう、寝よう。
May 30, 2007
今日の夜8時からNHKハイビジョンで『殯の森』がやりますねー!映画館での上映前に観ることができるなんて!マーベラス!!!うちでは観ることができないので、昨日の夜のうちに親に電話して録画を頼みました。楽しみでありんす。そして右目に、ものもらいが、できました。合掌!!!!!!くるりの新曲JUBILEEが明日発売。ということはもう店頭に並んでいるのです。先日吉祥寺のHMVで先行視聴しました。私がくるりを好きな理由というのは幾つかあるのですがその一つに、油絵のように重ねられた音がシンフォニックにゆっくりと響き、その上に乗る岸田の薄っぺらい声とそれのギャップに切なさを感じる、という点があります。東京、虹、HOW TO GO、Tonight is the nightなどがそうです。JUBILEEも私が聞くところにはその類。壮大で、オーケストラみたいな音で、クラシックな感じも受け取れる(ウィーンでレコーディングしただけあるね)、祝祭の歌みたい。とても素敵。でも、切なくない。切なくないんだよ、もう。もっともっと、くるりには私の胸の奥を締めつけてもどかしさで焦がして欲しい。次のアルバムを楽しみに待っています。だけどきっと、くるりから私はもう遠い気がする。ちなみに、JUBILEEのPVはあまりにもカッコ悪くて度肝抜かれました。
May 29, 2007
クラムボンの新しいアルバム『musical』が素敵です。なんか骨太の音に乗る、郁子ちゃんの自由なボーカルがたまりません。いいなークラムボン。ついでに好きな人からBATTLESとTHA BLUE HERBの新しいアルバムを借りました。言葉が邪魔をしない音楽っていいですね。気持ちいいです。音楽好きな人が近くにいてくれてすごく嬉しい。100sの新しいアルバムもこの前タワレコで視聴したらエラくキラキラしてたので、購入したいのですが、お金が入ってから考えたいと思います。今日は出版以外の面接に行ってきました。私の大好きなカフェを運営している会社の正社員の面接でした。将来、カフェを開きたいと思っているので、そういうところで働くのもいいかな、と思ったのです。度忘れで、履歴書を持っていかなかった私。しかし、即採用、と言われた私。そして、7月から新しくオープンする軽井沢店に行ってもらいます、と言われた私。もちろん、酷く動揺した私。今まだ受けている会社があるので、と言うとそれの結果を待ってくれるとのことでしたが、正社員とは名ばかりで、拘束時間長いし月6日しか休みないし、終いには「給料は最低どのくらい欲しいの?」と聞いてくるし・・・。ああ、怖い。軽井沢にも行きたくない。軽井沢に行ったら一軒家に女性社員3人ぐらいでの共同生活になるらしいし。無理無理無理。発狂にて候。選びさえしなければ就職口なんて幾らでもあるって前に言われた事があるけれど、確かにそれはそうなんだけど、やっぱ選んでいきたいと思いました。ああ怖い。ワーキングプアーってやつじゃないか!!!ワーキングプアー!プアー!!!その後、今やバリバリのキャリアウーマンである高校の友人にドームでの巨人戦を誘ってもらったので、ここぞとばかりにウキウキで観戦してきました。彼女は私と同じ高校にいたとは思えないくらい、私と仲良くしてくれてるのが信じられないくらい、しっかり者で努力家で賢し。です。うらやましい。ニートで親や恋人に迷惑かけるしか能がない私には眩しい。お弁当を奢ってもらっちゃって、私、上機嫌。小笠原が一試合で3本もホームラン打って、私、上機嫌。彼女とまた木曜日に会えると思うと、私、上機嫌。なんだか私もまた必死で頑張ろう、そう思えました。とりあえず、10001回目まで頑張ろう。
May 28, 2007
ドラマ『バンビ~ノ!』は演出に無駄が多すぎる。と思うのだけどどうでしょう。俳優陣の演技をものの見事にぶっ殺している気がしてなりません。松潤の博多弁と同じくらい不必要。最近、ギターを始めました。恋人のギター(FenderのJaguar:彼が敬愛して止まないカート・コバーンが使っていたらしい)をちょくちょく拝借しては美しくない音を掻き鳴らしています。今、主に練習しているのはあまりコードが複雑でないチャットモンチーの曲ですが、最終的にはくるりのHOW TO GOをメランコリックに奏でたいと思っています。しかしですね、くるりの曲はほとんどが難解なコードなんです。うぇうぇぇええ?っていう。私は超超超初心者なので、基本コードと基本コードがマイナーになったとか、基本コードがシャープとかフラットになったとかしか押さえられていないんです。この前ようやっと7がわかったくらいですし。先は遠い。くるりの他にも「この曲ってこんな難解なコード使ってんのか!?」っていう驚きもあり、ギターってすげぇな、と思うのです。うん、ギターってかっこいい。かっこいいんです。だから、音楽覚えたての中学生男子みたいに熱に浮かされたようにギター弾いてます。私はもう23歳なんですが、今さらロックンローラーに憧れちゃってます。あああ末期。ギター弾いてたら左手の指の先の皮膚が厚くなった。可愛いらしいやわらかい女の子の指先ではなくなった。クローゼットの中を生理整頓したら黄ばんだ白シャツがこれでもか!というほどに出てきた。
May 23, 2007
わりと最近したこと。新宿御苑で寝転んだ。ジャンポールエヴァンのケーキを御苑で食べた。バベルを観に行った。大切な面接で質問に答えていたら、辛い思い出を思い出してして涙が止まらなくなって面接官と他のメンバーをドン引きさせた。神楽坂のsaryoでご飯を食べた。新宿2丁目を歩いて衝撃を受けた。バッティングセンターに行ったはいいが球を全然打つことができなかった。友人が無料招待券をもらったので池袋のスパに行って全身を揉み解してもらった。そんで思ったこと。新宿御苑でキャッチボールがしたい。家族と千波公園によく行っていたことを思い出した。ジャンポールエヴァンのチョコはやはり美味しすぎる。『バベル』はとても面白かった。胸に喰い込んでくる映画だった。音楽がいい。菊地凛子が素晴らしい。これはまた後で書く。面接で泣くなんて酷過ぎる。やはり自分は社会に適応できない人間なのか、と落ち込む。saryoはとてもオーガニックでいい感じだった。新宿は面白い街だと再認識。新宿を舞台にお話を書いてみたい。野球選手はやはりすごい。スパの休憩所で『ショコラ』を観ることができて楽しかった。んで、『バベル』について。実は、「どんなもんよ?」とナメていた。完全に「そんなにみんなが大絶賛するならば、観てやろうじゃないか」とナメていた。ラスト、私は涙が止まらなくなっていた。この世界に生きている無力感と絶望感が滲み入って私の体中の血液を逆流させ、私という人間の姿形を変え、曖昧にしていくようだった。私たちはどうしようもなく世界と関わって生きている。断ち切ることなんてできない。私の呼吸が、私の言葉が、どうしようもなく世界と関わってしまっている。だけど、私たちは一人だ。圧倒されるくらいに一人だ。全てが繋がっているのに私は一人だ。家族さえも、近いのに、遠い。だから、私たちはもがく。不様にもがく。孤独から救われたくて、温もりを手に感じたくて、抱きしめて欲しくて、私は我武者羅にもがく。家族。家族。なんて脆くて力強い響き。でも、無力。もどかしさに胸が軋む。バベルという作品のタイトルはバベルの塔から来ていて、言葉が通じないために通い合わない心、というテーマが作品全体の根底にある。らしい。私はそう言われているテーマより、違うモノをこの作品の中に見つけた。この作品はそういう映画なんだと思う。観る人によって、心揺さぶられる箇所が違ってくるはずだ。観る人の感受性に委ねるような、押し付けがましくない素晴らしい映画だ。もう一回劇場に観に行きたいくらい、私は好きです。おススメです。まぁ、一緒に観に行った殿方は「微妙ー。」と言ってましたから、そこも観る人によって違うと思うので予めご了承ください。その後、DVDで『トリック2』を鑑賞したのですが、あのだらだら具合、たまりません。わかる人しか相手にしないネタの散りばめ方も好きです。バベルもあれば、トリック2もある。映画って複数の基準を許す自由だと、改めて思うのです。
May 22, 2007
ドリカムの『何度でも』ってすごくいい歌ですね。今更?えへへ。どうしてわからないんだ?伝わらないんだ?喘ぎ嘆きながら自分と戦ってみるよだってー。うん、うん。鳥山明のことを昨日調べていたら、彼は朝早く起きるのが辛いという理由で会社を退社して、しばらくプーをやってて、それから23歳の時に漫画を本気で描き始めたらしいということを知りました。そして、朝早くおきることさえ出来なかった人が、漫画を書くためには労力を惜しまず1年間のボツページが500ページを超えてもそれでも描き続けた、ってのは凄いと思ったのです。天職とは、そういうことなんだな、と。まぁ、めんどくさがりの性質は変わらなかったようで、雨を描くのがめんどくさくて漫画家の妻をもらうまではペンギン村には雨は降らせなかったし、背景を描くのが面倒臭い市街地はすぐに爆破させるし、フリーザも第2形態を描くのがすぐにめんどくさくなっちゃってすぐに最終形態に変えたり、スーパーサイヤ人はベタ塗りがめんどくさいという理由であーいう髪型になったらしい。あはははん。振り切れる、っていうのはいいですね。私も振り切れて生きていきたい。
May 17, 2007
最近、己の中に巣食って居た世にも醜い怪物が、私という皮膚を身体を突き破ってめきめきとその姿を現している。鏡を覗くのが恐ろしい。私は元来、超依存体質です。両親にはこれでもか!というくらい金銭的にも精神的にも依存しきっていますし、日々の充実を映画や漫画、書籍に求めるのも依存の一つです。病的なまでの超絶依存は、今まではそれだけだったのですが、最近顕著になってきたのが、好きな人への精神的依存です。これがとても恐ろしいのです。これまで把握してきた自分という人格を超越した人格がそこに現れます。依存、というか、独占、なのかもしれません。彼の存在全てを私が支配したいという欲求なのかも知れません。そんな醜い私のお陰で、彼のモトカノに喧嘩まで吹っかけてしまう始末です。恋愛はハッピーにしたいものですが、恋愛は負である、という日本古来の性質(そもそも「恋愛」という概念自体が日本には存在しなかったけれど)が私には脈々と受け継がれているようで、私の恋愛は基本的に負の走行性をもっています。好きという気持ちが自害とか心中とか大蛇になっちゃうとか、そんな風にしか変化できないよっていう感じ。付き合いはじめて1年が経って、彼が私の両親に履歴書持って挨拶に行きたいと言ってくれているのに、私は未だに不安定で破滅しか考えられません。家族の愛は、それを信じる信じないを超越しているもので存在しているけれど、彼と私の間にあるそれは、信じる信じないを超えられないのでしょうか。一つの事を考え出すと、ずっとずーっと、何日でも考えてしまうので、心の入れ換えをかっぽりと行わないと、ダメな気がします。もうすぐ大切な面接だし。てか、こんな時間(午前五時)に起きていること自体が肉体的にも精神的にも超不健康であります。
May 17, 2007
ブログをほっぽっていました。最近、小説を趣味で書いているからです。大学時代には授業の課題として小説やら詩やらをしぶしぶ書いては捨てていましたが、こうやっておのずから書くのは初めてです。そっちのほうに言葉を吐いていると、他のところで言葉を吐けなくなります。無駄な言葉を吐かなくなるのでいいことかも知れません。家に引き篭もってばかりではいけないと、先日、自転車で東京大暴走をしました。吉祥寺から高円寺、高円寺から阿佐ヶ谷、阿佐ヶ谷から高井戸、高井戸から上北沢、そのまま環八を突っ走り危うく蒲田まで行ってしまうところでした。知らない道を知らないままに走ることは至極気持ちが良い。阿佐ヶ谷では『夜の午睡』という夜だけ開店する喫茶店に行ってきたのでした。タツノオトシゴがいるという。タツノオトシゴがヤドカリと、夜な夜な愛を語り合っているという。チャージを取られますが、とてもいい喫茶店です。本がたくさん置いてありますし、オセロもあります。勝手にやってOKです。阿佐ヶ谷駅徒歩すぐなのでおススメデス。喫茶店ってなんでこんなに素敵なんでしょうねぇ。迷走中に瞑想。喫茶店を開きたい。本がたくさん置いてあって、その日の天気や気温や湿度にぴったりの音楽も適音量でかかってて、スクリーンでは名画が上映されていて、猫がいる喫茶店。きっちゃてん。きっちゃてん、といえば。新潮社から発行されているyomyomという雑誌(正しくは、文庫、である)を知っていますか?エンターテイメントよりの素晴らしい文学が収められています。vol.2に角田光代の「くまちゃん」という小説が載っています。最期、くまちゃん、くまちゃんのその存在が私の眼にはあまりにも、いたいいたい。いたいいたいと涙が出ます。いたい、繋がりで。何度も書いているけれど、今月のFEEL YOUNGのピースオブケイク、最高です。架空の物語の登場人物に自分を重ねるのはよくない行為だと思っていますが、重ねずにはいられません。どんなに愛の言葉を囁かれても、どんなに一緒にいても、己の思い込みや邪推に引っ張られてしまします。幸せを受け止めることが怖いのです。最悪の結末を一刻も早く知りたくて、最悪の結末に一刻も早く辿り着きたくて、なんてことない些細な綻びを脳内の最悪の結末へと繋げてしまうのです。志乃ちゃん。(←漫画の主人公)痛いほどわかってしまうよ。でも、信じる信じないの二元論の話では、もう、ない。きっと、きっと。ジョージ朝倉は天才だわ。フロッグマンが言ってた。夢を諦める勇気が必要だ。って。でも、フロッグマンは夢を諦めてなかったじゃないか。そう思う。結果論で話すんじゃねえよ。
May 11, 2007
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