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趣味、家族に心配をかける。これからプロフィールで趣味を聞かれたならばこう答えることにしよう。そうしよう。今日は久しぶりに外に出た。実に3日ぶりだろうか。ここんとこ生活のリズムが乱れ、朝10時に就寝、昼14時に起床というループの中にいたので出かけるのが億劫になってしまっていたのだ。ブラックマヨネーズのブツブツの方と一緒にポリシックスのライブを観に行くという奇妙な夢さえ見てしまう。ちなみに傍では麒麟が私たち二人を応援していて、しきりに「奥手やなー!奥手やなー!」とちゃちゃを入れていた。ちょいとタイムリープいたしまして。昨日は夜8時過ぎに高校時代の友人から電話がかかってきまして、日をまたぎ0時半までガールズトークを繰り広げました。4時間!彼女の電話代は大丈夫かいな。幸せってなんだろにゃろめ。って考えちまうって話だ。つまるところ人は無いものねだりで、幸せだにゃんーって声に出して大いに叫んで言い切ってしまわないと、幸せだと思えないんではなかろうか。まぁ、それは私に関しての話であるけれど。「あー、うん、私って幸せだ」そう叫んだ途端に涙が落ちるんだって知ってるかい。浅野いにおの世界。今、『鴨川ホルモー』を読んでいる。万城目学氏の変な小説。だけど今は、カズオ・イスグロの小説『わたしを離さないで』が強烈に読みたい。私は小説に対しては大変な浮気性。読んでいる途中で「面白くなーい」と投げ出すこと多数。「絶対の孤独こそが人間のふるさとだ」なんて言い切る坂口安吾が「生きることだけが、大事である、ということ。」と書いたということ。それは彼の強さである。弱い私は彼の強さに気圧されて堕ちることすら、そう、堕落することすらできないのである。
April 26, 2007
希望通りにいかない人生をたぶん元気にマイシンチュウ!最近、感情の波がいつもに増して激しいです。大泣きして部屋中に物をぶちまけたり、嬉しくてぴょんぴょん跳ねながら歌ってたり。あーあ。細田守監督のアニメ長編『時をかける少女』をDVDで観ました。筒井康隆氏の原作とは違うオリジナルストーリー、原作の主人公の姪が主人公の映画。劇場で観たかったー!!!っていう映画。大画面に5.1chサラウンドシステムじゃなきゃ!!!とにかく映像がすばらしい。多くのジブリ作品を手がけた山本二三氏の背景画には息を飲むものがあります。ただただ美しい。それに乗るキャラクターはかのヴァンゲリオンのキャラクターを生み出した貞本義行氏の仕事。それは一見ミスマッチな感じがあるけれど、それもそれで面白い。映像と音楽の相性もバッチリ。多少腑に落ちない点もあるけれど、オッケーオッケー。観てない人、観なきゃ損損!おどらにゃ損損!横浜の野毛にある急な坂スタジオにチェルフィッチュの公開稽古を見にいきました。大変勉強になりました。無意識による身体のノイジー性の難しさを考えさせられた、という感じでしょうか。これって文章にも当てはめられるって思うんです。何か伝えたいことを書こうとするとき、ごちゃごちゃごちゃごちゃ訳わからんこと書きまくって、本質から遠ざかってる風になってしまう。これってノイジーよね?うん。でもこのノイジーは表現としては成り立ってないわけで。ノイジーなるものを計画的に表すのって、難しい。チェルフィッチュの新作舞台は来年の1月2月になるらしい。その後中華街まで歩いて、梅蘭という中華料理屋さんへ。ここは変わった焼きそばが有名なお店。30分から40分ほど並ぶ。円卓に相席。隣に座ったカップルの男がその男の隣に座っている女性の水を勝手に飲んだ。んでお店のお姉さんに「オキャクサーン、それチガウヨー」と言われていました。そんなこと横目に私は名物焼きそばに酢醤油をかけ味を改変するという悪行をし店を退散。中華街から山下公園を通りみなとみらいまで散歩して帰りました。私は横浜という街が好きです。最近、角田光代ばかり読んでいます。くまちゃんくまちゃんくまちゃん。角田光代が描く、好きな男の子を○○ちゃんづけで呼ぶ登場人物の女の子が好きです。女の人の小説はあまり自らすすんでは読まないのですが、角田光代はやっぱ好きだな、と思うのです。さーて、明日もがんばろう。
April 24, 2007

ユニクロのDesigners invitation projectで初めて服を購入しました。狙っていたものはコレが、時既に遅し。売り切れ。さすがフィリップリム。みんな狙ってたのか。んで買ったものはコレ以上、フィリップリム。んで、アリスロイ1点。コレ。トップス。今をトキメク人気デザイナーの服をこんなに買っても安い!!!さすがユニクロじゃ!!!!ちなみにフィリップリムの黒いワンピースは表面にリボンが3つ付いていて、それがあんまり好きでなかったので外して裾近くに2つ移植してみました。かーわいーんだな、コレが!昨日はまたまた落ち込んでいて涙が止まらなかったので、この服たちに救われたのでした。今の私の中で服の優先順位というのはかなり低い位置にあるので、服なんてここ1年くらい本当に買っていないけれど、服を買うとやっぱなんだか気分がよくなります。また明日もがんばろう、と思うのです。何も考えなくていいからですかね。単純でよかことですね。
April 19, 2007
お風呂の中に顔を鼻の頭まで沈めると耳が完全にお湯の中に沈み、纏わりついていたある程度の音が遮断される。すると聞きたい音だけ聞くことができるのだ。心をすますと心臓の音が聞こえ水面をかすかに揺らしているのがわかる。目を軽く閉じて意識を遠くにやるとはるか遠くに規則的な雨音が聞こえる。私は電気を消したお風呂場で雨音と心臓の音を聞いている。一向に調和することのない二つの音が気持ち悪く脳髄に響いて私はすっかりのぼせてしまった。大きな声を出しても布団を思い切り蹴飛ばしても頭から水を被ってみても、何も変わらない。寒すぎる四月の雨に冷やされた部屋で私は耳に入った水を抜いている。やっぱり次にどこかに住むとしたら、電車の走る音や駅の放送が聞こえる壁の薄い部屋がいいと思った。
April 17, 2007
達磨が転んで起き上がらなかっただけで、今朝見た夢を忘れてしまっただけで、歯磨き粉をほんの数ミリ出しすぎてしまっただけで、超絶気分屋である私のキブンは劇的に変動するのです。莞爾として笑っていたかと思えば激昂し部屋で地団太踏んだりいたすのです。それはそうとして、最近とても涙もろいのです。涙腺の止め具が涙の大決壊によってどこか遠くへ飛んでいってしまったのではないかと思うくらい。最近は腹の奥に湧いて出た感情が如何なるものか、その姿形を即座に把握することができないのです。生まれた感情はもやもやさわさわとして鈍い塊となり重く体内に沈んでいくのがわかります。そんなときに「どうしたの?」と声をかけられますと、自分でも「どうしたんだろう?」と考えます。そして私の思考がその感情の塊の片鱗に触れようとするや否や、それを拒むかのように涙が溢れて止まらなくなるのです。名無しの気持ちを私の持ち得る言葉に変換し目の前にいる人へ伝えようとすることを、正体不明の気持ちが拒むのです。しかし、逆にそれで私は気づくのです。涙が自然にこぼれてしまう時に考えていたことが、正直な気持ちであると。ぺらりぺらりと口から滑り落ちる言葉たちはもはや嘘でしかないことを。正直な気持ちをできるだけその本質と違わぬままに言葉にしようとすると、心が痛むのです。心が痛んでもぎ取られていたいいたいと涙になるのです。今日は神様が心を痛めて一日中泣いておられました。私は自分の気持ちがわからずに涙を落とすことができませんでした。
April 16, 2007
昨日親から頂いた腕時計、オメガコンステレーションのベルトを細くしてもらうべく、私は日曜の吉祥寺への街と迷い込む。ビルとビルの間、テトリスの間のような間、その時計屋は存在し、幾数もの時計がチクタクタクタクチクとせわしのう動いていた。周りのチクタクと呼吸を共にしない私の腕時計チャッピはベルトを7つもぎられて私の腕へとすっぽり程良い心地よさで巻きつき帰ってきた。おかえりなさいませ。その後私は本を買いまくったのだ。買いまくった。そんな表現ができてしまうほど、本当に買ったのだ。夜は短し歩けよ乙女 森見登美彦 ひとり日和 青山七恵 その街の今は 柴崎友香家族八景 筒井康隆二百回忌 笙野頼子フランス文学名作集ドイツ文学名作集エミリ・ブロンテ全集上から3つ目までの本は割りと最近売れている本だ。こーいうのに私はとても疎く、ベンキョしなければならないのだ。常に新しいものには敏感になっていないとこの世は上手く渡ってはゆけぬのだ。昨日は新潮社のかわいい雑誌yomyom買ったのだった。今私の部屋中に活字が溢れ出している。無造作に乱雑にぶちまけられている状態かもしれない。誰かがその言葉を生み出すのに一日かかったかも知れない言葉を下敷きに生活している。よくない。大学の授業で眼鏡をかけた飄々とした先生にひょうひょうと聞かれたことがあった。「本を読まないでキミはどれくらい生きていられるかい?」答えは1日から無限までそれぞれだった。平均は2週間ほどだったらしい。2週間ほどで早稲田大学第一文学部のある授業を取っていた生徒は死に絶える。学食は墓標の山と化すだろう。私は「無論、死ぬまで」と答えた。本がないからって私は死ぬことはない。しかし、その存在がなくても死ぬことはない本を手に入れては、むむむっとゴロゴロしたりキャッキャと飛び跳ねたりして生きている。本がなくて死ぬことなんかない。ただ感情が一つ二つ三つと死んでいくのに気づかないだけだ。そうなのだ。そう思いながら休憩にテレビをつけたら織田裕二がドラマに出ていて、美白対策をしなくてはいけない時期に突入かいな、と思ったのでした。
April 15, 2007

祐天寺に意味もなく行ってみました。落ち着いた古い町並みで、映画の中にいるような錯覚に陥りました。ポロン、パロン、ピン、と鍵盤を無造作に叩く音が聞こえる街。祐天寺にて謀らずにも鉄道ムードのカレー屋さんナイアガラに出会いました。店内は日本全国の駅長さんの色紙とデゴイチのプレートや駅名の看板など鉄道グッズで埋め尽くされ、ぐるっと汽車が走るレールで囲まれている。カレーや飲み物は汽車が運んできてくれるのだ!!!マーベラス!!!超興奮!!!しかも、私が座った席は、陣内と藤原紀香がドラマのロケで座った席で、お店の大将にもおばちゃんにも「よかったねーその席座れて!ここに座ったカップルは結ばれるのよー」と絡まれました。ただ、飲み物を汽車が運ぶというのは結構リスキーな行為でして、誰か飲み物こぼすんじゃないかなーと思ってたら、後ろのおばちゃんが水をおもっきしこぼしてました。帰りには切符もくれるよ。そして、親が、私に時計を買ってくれました。オメガの高いやつらしい。知らないけれど。これから私は一生この時計と共に人生を刻んでいきたいと思いました。時計が刻む「時間」は量的時間であって数値におき変えることができる時間であるというのが一般論です。だけど買ってもらったこの腕時計が刻むのは、私の時間。私そのもの。きっとそう。そうありたい。名前付けよう、名前!なにがいいかなー。うーん・・・チャッピだな、チャッピ。こんにちは私のチャッピ!ただ、私は腕が超絶細いので(あ、自慢じゃないよ?)明日ベルトを細くしてもらいに行きたいと思います。
April 14, 2007
最近、友人からお土産として石鹸を頻繁に頂きます。沖縄のウコン石鹸にノルウェーのローズマリー石鹸、トルコのオリーブオイル石鹸・・・我が家の風呂場にはこの3種類の石鹸が置いてあります。各々が強い香りを持っておるのでお風呂場の匂いがカオスになっています。そんなことはどうでもいいことで、重要なのは、なんでみんなして私に石鹸を渡すのか?ということなんですね。あれか?私はそんなに小汚いか?腹黒いという示唆か?マネーロンダリングならぬボディーロンダリングもしくはスピリットロンダリングを狙ってのお土産か?でもお土産もらうことは嬉しいのでその石鹸を日替わりに使って全身隈なくゴシゴシしてます。ついででいいから心も洗えたらいいのにねえ。ミッシェル・ゴンドリー監督の最新作『恋愛睡眠のすすめ』が4月28日から公開です。うきゃー。もの凄く楽しみ。ミッシェル・ゴンドリーってだけでも期待度100%なのに主演がガエル・ガルシア・ベルナルなんですもの!なんだこりゃ!!!っつーロマンティックさよ。素晴らしい。素晴らしい素晴らしい素晴らしい!!!絶対観に行くぜ。何があっても観に行くぜ。ただシネマライズって映画の日とか女性割引デーを設定してないから前売り買わなきゃいかんかな。シネマライズに前売り買いに行くなら『神童』の前売りも一緒に買っちゃおう。ハンカチ付いてくるらしいよ。オネイサン!『神童』もなかなか素晴らしいスタッフ陣なんすよ。当たり外れはわからんけれど、音楽面において外れはなそうですよ。しーかーも、主演は松山ケンイチだしね。みんなそろって映画観に行こう!春だし!GWだし!憂鬱を吹き飛ばそう!感受性を守りに行こう!!!空っぽになってしまいそうなとき、感受性は自分を救ってくれるらしいよ。ホントだよ。これは信じていいことなんだよ。ホントだよ。ホントか知らん?真っ赤な嘘ではないってだけだよ。あ!!!!今日から時効警察始まるよ。
April 13, 2007
人に借りた本を読みました。西尾維新『きみとぼくの壊れた世界』あはーん。全編にわたり突っ込みどころ満載。「にゃにゃにゃー」や「らじゃりました!」ていう女の子人称に「僕」を使い少年のような喋り方をするジャージで巨乳の女の子不必要に古典文豪の名や小説を出して話をする男の子らが登場します。あはーん。ある作家が言ったのだ。人は誰かを失う時、一度に失うのではない。徐々に失っていくんだ。温もりを失い、匂いを失い、記憶を失う。たぶん、そんなことだった気がする。あーなるほどそうか。お馬鹿さんな私はすぐに納得したのだ。そして思った。同じ家に住み、同じシャンプーを使い、同じ空気を吸って、同じ水を飲む2人は匂いが一緒になるから、最愛の誰かを失っても匂いを失うことがない。のではないか、と。そう思ったら不用意に安心してしまったのだ。私にとって匂いとは、記憶と密接に関係しいているものだから。匂いを求めることはその存在を、その存在の全てを求めることで、匂いが一緒になるということは存在が重なることに他ならない。それは最大の安心。でもそれは、失う過程を失うことでしかないよ。ある人にそう言われた。匂いの同化は、失う過程を失うことでしかなく失うことに変わりはない。そういうことなんだろうか?今日一日それを考えていた。失う過程なしに失うということはそのもの自体の存在が無だったことになるのだろうか。それとも記憶を消されたかのように失うことだろうか。匂いの同化は幸せの終わりの始まりなのだろうか・・・。でもやっぱり結論は。匂いの同化は存在の同化でもあって記憶の同化。そして喪失を無化させること。だから、きっと狭い部屋の空気が、枕カバーが、ドライヤーの風が、服の衿が、指先が、同じ匂いになることは喜ばしいことだ。嗚呼、なんて、楽天的。ネガティブにポジティブじゃないとやってけない。匂いと記憶は蜜月な関係。これは一般論だと思っていたのだけれど、男の子ってそうでもないのかな。私の好きな人は匂いと記憶は繋がってないって言ってたよ。
April 12, 2007

春っぽくこのページの色を萌黄色、いや、若葉色?いやいや、ふきのとう・・・?にしてみたんですけど見難い感じがありますね。昨日今日とお腹と背中の鈍痛にやられてます。寒いしこりゃ困る。朝、目が醒めるとエホバから集会の誘いが枕元に。妹の知り合いが大学を辞めると喚いているらしく、「やめてどうしたいの?」とささやかに尋ねると「わかんない!」とのこと。「それはよく考えた結果なの?」とささやかに尋ねてみると「ずっと通学の電車の中でよく考えた!」とのこと。熟考という行為は器の広い行為でござんすのう。エホバの証人の王国会館にでも行ったらいかがでござんしょう。私は以前、吉祥寺駅周辺で妹を待っている時にサンロード商店街で手相サークルの勧誘に捕まり、暇だったので手相を見させてあげていたことがありました。やつらは変な宗教と繋がっていて、手相から精神の問題へと話をずらし、終いには宗教の話へと持って行きます。私はそういう輩には驚くほど強気なので、輩のいうことを全てバッサバッサ斬っていたら、「あなたに神は必要ありません!」とキレられたことがあります。
April 5, 2007
東京では雪が降りました。桜がかわいそうです。昨日は信じていることがぼやけて自分のふがいなさに泣きましたが、今日はもう一度持ち直すことができました。就職活動で失う夜もあれば、就職活動に救われる夜(ホントは文の流れからは「朝」と書きたいところ)もあるのだ。困難な道こそが私の進むべき道である。私はこの言葉を大切に明日もがんばる。気の強い友人も、恋人と離れた上に慣れない新聞社の研修に日々に毎日泣いているとのこと。苦しいことがあってこそ実のある人生だと信じています。冷たい雨に降られても易々と花は枯らさない。今が試練の時なんだと、友人と頷きあいました。そういえば、岡田あーみん『お父さんは心配性』を大人買いしたのでした。スッカリ忘れてました。少女マンガ崩れ具合がたまりません。あーみん。次は『ルナティック雑技団』かいな。
April 4, 2007
もうやだもうやだもうやだもうやだ夢が叶う人がいるから夢が叶わない人がいるんだと思う不安に食いつぶされそうで足元がおぼつかないまま底なし沼に落ちていく不快な気分で諦めたらそこで終わりだって声すらもかすれてしまって届かない。こんな日があってもいいですかね。ふふ。書くことでどうしてこんなにも救われた気分になるんでしょ。無駄な言葉の消費は避けたいですのう
April 3, 2007
「批評」というジャンルがあります。これが私はとても苦手です。学生時分、授業でプレゼンを行うためには批評文を避けて通ることができず、細細と飛ばし読みしていました。が、まったく理解できません。使っている言語が意味不明。これは私の持論ですが、女の子は批評嫌い男の子は批評好き、だと思うのです。女の子は本を読み映画を観、その後、己の中の自己完結妄想世界で戯れるのが好きです。たぶん。コレに対して男の子は、本を読み映画を観、その後、それに言語で意味を持たせようとするのが好きです。たぶん。だって太古の昔から高名な哲学者はほとんどといっていいほど男性です。今だって論壇に立っているのはほとんどが男性。文芸やサブカルチャー方面で活躍してる女性の文芸批評家っていったら斉藤美奈子くらいしか思いつきませんし。リカちゃん先生はちょっと違う気がするし。私は頭脳面では男の子になりたかった人間なので、男の子のそういった批評好きな面には憧れています。批評的言葉遣いにも憧れますし、なんといっても、そういった言葉を繰り出す頭の働きに感服し尊敬をしているのです。なんでこんな話してるかというと、私の好きな御人が最近批評かぶれしてきて、大変恐ろしく思っておるんです。感覚で言葉を繰り出す私にとって、理詰めでドンと来られることほど怖いことはありません。秩序だった言葉に感覚世界の言葉は、曖昧すぎてその場では敵いませんから。学生時代に培った中途半端な批評分野の知識では太刀打ちできなくなるでしょう。怖い怖い。だから、彼に隠れてこっそりベンキョする予定です。同じジャンルをベンキョした上、さらに、そのジャンルを一太刀でバッサリいけるようにベンキョします。コソコソ。コソコソコソコソ。でも、サブカル批評野郎に勝つためには何をベンキョすればいいんですかね?
April 2, 2007
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