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私にとって選挙が格別に面白い理由。それは、普段「先生!先生!」と崇め奉られ倨傲の過ぎる国会議員殿が国民に振り回され、彼らの内に峭刻たるものを見ることができるからであります。そして勝者とされたものは文字通り手放しで嬉々として喜んでいるからであります。ああ、なんというファルス!私は面白くて仕方ないのです。滑稽なものほど奥深いものもなく、滑稽なものほど人間臭いものもありません。選挙は滑稽です。一生懸命政治やってる人もいい加減にやってる人も泣いてる国民も無関心な国民もごっちゃ混ぜぐっちゃぐちゃ、結局なにも変わりゃしないのにお祭り騒ぎ。空虚な記号が飛び交いそれに実体があるかのように操り絡まるカオス3次元。ああファルス文学!そしてその文学の書き手は、もちろん国民たる私!まぁ、そんなくだらないことを思っているので私は選挙権を得てからというのも、選挙に毎回行っているのです。同じ阿呆ならおどらにゃ損損!なんにしたって、人間のドラマが生まれる場所は美しいものであり大変面白いものです。そして田原総一郎は最高に面白い人間だ!
July 29, 2007
今日は、母親の誕生日祝いということで水戸プラザホテルにて高級ディナーを食してきました。真っ白なテーブルクロスにびちゃっとこぼれたチリソースが美しかった。。。父親母親私、でかしこまってご飯食べるのもなかなかよいもので。コースだとお料理がちょびちょびしか来ないから、食い意地の汚いところを見せることなく、焦らずじっくりお食事を楽しめるのでいいですね。うふふふ。そういえば、数日前の夜、パソコンに向かっている父親に「何してるの、お父さん。ねぇ何してるの、お父さんったら!」と声をかけまくっていたら「お父さんはそういうの嫌いなんだよ!」と怒鳴られました。結構本気で。衝撃!!!私は相方男性がパソコンに向かっていたら「ねぇ何してるの?」と何も考えずに尋ねまくりますし、相方男性が本を読んでいたらこれ見よがしにつまらない顔をしたり大きな音を立てたりして気を引きますし、自分の隣から席を立とうものなら「どこ行くの?」と付いていきます(席を立つ、といっても6畳間の中のことなので行くとこといったらトイレくらい)。父親にウザがられて思いました。「何でアイツは私をうざいと思わないんだ!?」そして考察しました。「好きだからに決まってる!」しかし、この考察に大きな穴があることに3秒後気づきました。私は以前に何度かウザがられてそれを態度で示されたことがあったのです。以前相方男性がパソコンに向かっているときに後ろから羽交い絞めにしたら「あーうざい、それ」と腕を払い除けられたことがありました。そして私は大泣きし家出をしました。つまり、大泣きされたり家出されたりするから、相方男性は私を無下にできないのです。というのは、好きだからウザいと思わない、ではなく、ウザいけどこのレベルで我慢しとかないと後々もっとウザくなる、ということなのでしょう。さすがに父親にうざがられただけで泣いたり家出したりはしませんから、父親は未だ自己表現の自由を私に奪われていないわけです。私の母親は父親に無関心です。だからうまくやってるんですね。相方男性がアイツだからこそ、私も好き勝手できてるんですね。あ、好き勝手じゃダメじゃない。
July 28, 2007

『鉄コン筋クリート』完全生産限定版松本大洋描き下ろしDVD BOX眼が覚めたら汗ばんだ額の上に置いてあった。好きな人からの暑中見舞い返し。さっそく観た。クリスマスイブ、爪先の冷える劇場で感じた氷を抱きしめたような感動を、私は未来永劫手にしてしまった。しかも、ブックレットや特典映像DVDなどおまけが満載。明日死ぬことが出来ないではないか!と叫んでしまうくらい嬉しい。その後、衛星放送でやっていた、ジャック・タチの『ぼくの叔父さんの休暇』を鑑賞。ジャック・タチの映画は可愛いのう。コメディ映画として笑うことはできないけど、観てるとくすくすくすくすと心の縁をくすぐって過ぎていく風のよう。アナタノウチニアルモノヲヒキダサナケレバアナタノウチニアルモノ二アナタハハカイサレルダロウくすくすくすくす・・・うふふふふふふふ・・・・
July 27, 2007
DVD買っちゃたけど、ようつべで観られるなら買わなきゃよかったよー。鉄コン筋クリートDVD買えばよかったよー。貧乏人だからさ、DVDディスク1枚4000円高いよ。え?誰が貧乏人だって?貧乏人じゃないよー。貧乏人じゃないよ!貧乏人じゃないよーーーーーーー!!!というわけで、The World of Golden Eggs4分過ぎくらいからが最高。もういっちょ。Evaマヂびびる系
July 24, 2007
最近読んで面白かった漫画なぞ。『東京膜』渡辺ペコ『臨死!江古田ちゃん』瀧波ユカリ江古田ちゃんは以前ちょいと読んだことがあったので、うんうん面白い、と始終安定して読んだのですが『東京膜』には衝撃を受けながら読みました。なんだかこれからどんどん作者を好きになっていきそうな予感。死ぬまで作品を追っかけていく気がする。大好きな衿沢世依子に最近それほど惹かれなくなってしまっていたのでこれは嬉しい出会いでした。淡々としている静の中に、熱く動いていく人間の気持ちが描かれる少女漫画(女性漫画?)がお好きでしたら、おススメです。他にも、ジョージ朝倉を超える!とポップに書かれていた鈴菌カリオの『乙女ウィルス』も買ったのですが、ちょっとビビッてしまってイマイチ飲み込めませんでした。てへ。激しすぎ。『精霊の守り人』上橋菜緒子も面白い。今読んでる途中だけど。あ、これは新潮文庫。夏の100冊にも選ばれてます。NHKでアニメ化されてます。アニメオタク化している恋人が見たがってます。NHKといえば、20日のプレミア10で放送された、女性直木賞作家が世界でトレッキングする、という番組を嬉々として見ました。トレッキングしていたのは角田光代と村山由佳と三浦しをん。ただ、三浦しをんだけなぁなぁな編集がなされている気がしてなりませんでした。時間配分も、角田光代20分、三浦しをん10分、村山由佳30分。トレッキング中に書くエッセイの朗読も三浦しをんだけ群を抜いて少なかった。むーん。たしかに三浦氏は体力不足でトレッキングのゴール地点に到達することが出来なかったので、目指していた地点に到達!やったー!感動!エッセイエッセイ!というわけにはいかなかったのだろう。しかし、製作している人たちは編集のプロなんだから、もっと三浦氏のいろんな面を引き出して欲しかった。あんまりだわ。村山氏の小説は中学生の頃読んだっきりだったけれど、今日放送されたエッセイの朗読を聴いていたらステキな作家さんだな~と感動した。ちょっと読みたくなった、村山由佳。愚痴ったら長くなってしまった。どんじゃら。
July 21, 2007
去る19日は昔の男(正しく言い直せば昔片思いしていた男性)の誕生日でした。昔の男(正しくは2回もフラれた男性)の誕生日は幾ら年月を経ても忘れられぬものです。かくして私は思い出す。今の男(正しくは現在恋している男性)が去年、私というものが在りながら昔の女の誕生日当日に「誕生日おめ」とかいうメールを忘れずに送ったことを。男友だちの誕生日にメール送るのは忘れたくせに!!!!!おのれ~!怨みはらさでおくべきか!!!!!ベッドの中、今さらの怒りに燃え眠れなくなるのでした。
July 20, 2007
知らなかった。吉祥寺のミステリ書専門店TRICK+TRAPが閉店してしまっていたこと。私は子供時分、シャーロックホームズに嵌りアガサクリスティを読み漁り江戸川乱歩を隠れながら読んでいた。しかし大人になっていつの間にかミステリをまったく読まなくなってしまっていた。だから吉祥寺をぶらぶらする際、たまに吉祥寺名物として御書店に立ち寄るくらいだった。しかし、御書店の扉の前に立つときの胸の高鳴りは特別であった。古びたアパートの一室、この扉を開けて中へと踏み込んだならば、とてつもなく壮大で目まぐるしい何かが始まるのではないか!書店から元の世界へと戻ろうとした時にはもうそこは3次元なんかではない!薄暗い灯かりに細々と写された書物たちは、こそこそと大きな世界をその小さな身に隠し、溢れんばかりの神秘に満ちていた。嗚呼なんて寂しいこと・・・。そしてその跡地近く(?)に新しい古本屋さんができたらしい。最近吉祥寺散歩をしていないので、これも知らなかった。店長さんのブログを読んでいると、店長さんの本好きの想いが伝わってきて、それだけでぜひ行ってみよう、と思ったのだった。
July 19, 2007
『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』を水曜レイトショーで観てきた。是即千円也。おー安い、安いのう。サトエリの超絶体躯に恐れ戦く。同じ女子として認めることができない。認めてしまったら私は己のアイデンティティの一つを見事にまるっとするする失ってしまう。貧乳、否、品乳である私は体躯の細さを「ほれほれ」と前面に押し出して、巨乳、否、虚乳が蔓延る世の中を縫うように生きているが、サトエリのような、細く且巨乳な体躯をババーンと眼前に提出されてしまうと、もう、「ぴゅろう」と消滅するのみである。感想なぞ一つ。普通に面白く、これぞ邦画、という映画でした。初メガホンだったらしい吉田大八監督に好感を抱きました。(ラストら辺はどうか、と思ったが)軽すぎず、重すぎず、爽快に映画を楽しむならぴったりの映画だと思います。チャットモンチーのエンディングがいいよ。永作博美もいいよ。そして現在。サイモン・シン著『フェルマーの最終定理』を熱読す。残念ながら私の数学レベルは、大学受験勉強時にセンター試験レベルのベクトルを一問解いたのみで「おー!○○は数学のセンスがあるなぁ~!!!」と数学の先生に言われてしまうくらいのレベルである。つまり、1+1=2ができてもとりあえずめちゃんこ褒めておけ!という指導案が数学の教師たちの間に蔓延した、というレベルである。がしかし、そんな私にとってもこの本はものすごい面白い。ぐんぐん読ませていく力がある。そして気が遠くなる。300年の孤独。ガルシア・マルケスの小説を読んでいるようだ。気が遠くなり、胸奥がほわほわする本が私は大好物である。合掌。
July 13, 2007
『ラ・タ・タ・タム』という絵本が強烈に欲しくなった。今現在私の眼前にあるのは緑色の卵から半漁人へと変化するおもちゃだけ。欲しい欲しい欲しい。と言っていれば誰かがくれるのではないかと思っている。京都にも、今、行きたくなった。京都で自転車乗りたい。行きたい乗りたい行きたい乗りたい行きたい乗りたい。と言っていれば誰かが連れて行ってくれるのではないかと思っている。
July 7, 2007
実は私はどん底にいると思う。私がかつて描いた未来は屍と化し暗く湿った路地裏に累々と積み重なっている。尊大な羞恥心と臆病な自尊心。それらが私をここまでにしてしまった。でも私は李徴のように発狂しあさましき化け物にならずにすんでいる。意外と楽しい。どうしてか。好きな人がいるからだと思っている。家族だけの力では灰燼と化した私がそれでも光を失わずにこうやってひらひらとしてはいられなかったと思う。家族には多大なる恩恵を受けてきて、それなのに自分は落ちぶれて何も返すことができない、という重圧に潰されてしまっていたと思う。新しい未来を描く術を教えてくれた好きな人がいたから、私はこうしていられると思う。私と好きな人は絶妙なバランスで関係を保っている。そう思っている。角田光代の小説ではないけれど、松浦理英子の小説のパクリだけど、私たちは河を挟んだ対岸だと思う。私たちはお互いがお互いを欲している。岸が二つなければ河は成立せず、河がなくなれば岸も岸でなくなってしまう。だから私たちは二人でなくちゃいけない。同じ岸だけど、たぶん出来ている土は違う。赤土と黒土かも知れない。私は思っている。いつしか岸はお互いを隔てている河を疎ましく思う。その距離を埋めようと思う。だけど、岸と岸が手を取り合ったら岸と岸はもはや岸と岸ではなくなってしまう。私たちもお互いの距離を解消してしまったら、私たちが私たちである意味を失う。私は彼に浮気をしてくれたらいいと思うことがある。私を裏切ってくれたらいいと思うことがある。私は彼のことが好きだから、距離を埋めたくなってしまうから、私が埋めても埋めても埋まることのない距離を作って欲しいと思っている。安閑な水面に波を立てて私を削ってくれたらいい。好きだから、好きだから。ずっと一緒にいたいから。だから全てをぶち壊して欲しい。ぶち壊してしまったらもう一緒にはいられないのに。好きという気持ちを私はよくわからない。よくわかるのは、こんな気持ち悪いことを日々考え、時に発狂し、重く圧し掛かり、意味不明で見当外れ極まりない言説を撒き散らす私を難なく受け入れることが出来るのは、彼しかいないということと、私は性質の悪い気持ち悪い人間ということ。
July 6, 2007
昨晩は『時計仕掛けのオレンジ』を鑑賞。アレックス君に久闊を叙した。幾度も観ては幾度も思う。映画史に燦然と輝く不朽の名作!!!!私の父親の少年時代に作られた映画だなんて俄かには信じ難いことである。暴力(悪)は選ばれる、善も選ばれる。人間だもの。本当に恐ろしいのは何かい。暴力かい。違うのではないか凡人。と、キューブリックに私は囁かれる。この映画を観て大統領暗殺を企て実行し見事に失敗した輩が在ったという。己は映画の何を観てたのだ、と横っ面を殴ってやりたい。タイムマシーンに乗って。あだしごとはさておき、キューブリックの音楽の使い方は素晴らしすぎる。後世のものが真似をするのは当たり前だ。追伸。森見登美彦氏の『新釈 走れメロス 他四篇』の装丁がとてもいいです。古本のような装丁。わざとページの大きさを揃えず凸凹な感じが古書そのまんま。新刊なのに古書独特のあの香りが匂ってきそう。ん~たまらん。彼の小説を読むと、猛烈に京都に住みたくなる。京の町を自転車で走ったあの情景が思い出される。いつか絶対京都に住みたい。
July 5, 2007
『殯(もがり)の森』を観ました。むーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん。難解すぎてわからない。冒頭のシークエンスは稀に見る素晴らしさだった。し。緑の中を行く葬列の紅色が眼に沁みた。しかししかし、難解すぎてわからなかった。特に、主人公の二人が森の中に入ってからはもう何がなんだか。監督の持つ強烈なテーマを描出するための題材の一つに、日本古来の山岳信仰があると思われるが、人々の抱いていたそれに対する畏怖や霊世界と現実世界との場である森というのがあまり伝わってこなかった。シナリオも曖昧だからラストがまとまっていない印象。せっかくの素晴らしい冒頭(この冒頭が作品全体としての重要な伏線なのだが)が生かせずに終わっている気が。これは私が日本人であるが故に感じていることなのかも知れない。ただこれだけは確実。尾野真千子さんはやはり、素晴らしい女優さんということ。
July 3, 2007
『 ZODIAC』を観ました。映画1000円ラッキーデイに。誠に遺憾ながら、睡魔に襲われ途中何度も浅い眠りに落ちてしまったために記憶に御座いません箇所が御座います。なので感想もへったくれもないのですが、書いちゃおう。えへへ大衆的なデビッド・フィンチャーぽいエンターテイメント性は徹底的に削られた映画でした。彼の映画にはオチで人々を驚愕させる手法があるのでソレをわくわく期待していくと肩透かしにあいます。あれれれれ?マヂかよー、なんだよー。みたいな。ゾディアック事件を扱ってるってことで非情な殺人シーンも多いのですが、それすらも劇中では平坦。最初から最後まで淡々と、ひたすらフラットに進んでいく映画で彼らしいオチというオチもありません。題材が未解決事件てこともあり、結局なんやねん!と頭掻き毟りたくなったりもするでしょう。確かに、面白い映画だ!と大声で言うことは私はできません。でも、もう1回、もう1回観させてくれ、と思う映画です。観た後に私の身体を支配した気持悪さ後味の悪さは、映画が面白くなかったからではなく、映画の持つなにかしらを中途半端に感じた故のものだと思うのです。私はそれをまだ飲み込めてない。きちんと咀嚼できてない。だけ。気持悪さの中にある、もやもやとした恐さがはっきりとその姿を現した時にこの映画を我がものとできる気がします。解らなかった、とはいえ、やはり、映画の撮り方は素晴らしく、あぁ~(感嘆の溜息)というシーンが多かった。劇中に使用する音楽のセンスも素晴らしかった。デビッド・フィンチャーは唯一無二の監督だと思う。監督であったり、漫画家であったり、アーティストであったり、対象は多岐にわたるけれど、そういう誰かしらの作品を今まで非常に好んでいたのに、最新作で「え・・・?」と疑問符を飛ばしてしまったりすることがある。そういう時、「もうあいつはダメだ。」と文句をぼたぼたと垂れ流しながら離れて行ってしまうことがある。でも、そういう時は自分を疑ってみることが必要だと思う。自分の感性が追いついていないだけかもしれない。自分の思考が未熟なのかもしれない。って。自分の感性がストップしているだけだったりする。嗜好は人それぞれだから、大好きな作家の作品の中にだって嫌いなものをあって当然だけど、大好きな作家たちはずっとずっと信頼していたい。信頼できる創造主を己の中に住まわせたい。これ、自分自身に言っている。最近極めてそういう事象に直面している。
July 2, 2007
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