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今朝起きたらシンクはきれいさっぱり、片付いていました。テーブルの上も、きれいに拭いてありました。昨日私たちが寝たあとで主人が仕事から帰ってきて、ご飯を済ませてから全部片付けておいてくれたのでした。朝、主人に、ごめんねと一緒にお礼を言うと「別に、俺が勝手にやったことだからさ」。私って、すごいじゃん。何がすごいって、こんな素晴らしい人をパートナーに選んでいること。それだけでも、すごいことじゃん。そう思ったら、ひとつ、元気が増えました。
2007.08.29
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4歳の長男が自分を「ノートを忘れちゃうびょうき」と知っている事実。その一言をあんなにも苦しそうにしか語れないという事実。私は何て残酷なことを彼に教えてしまったんだろう。まだ4歳だと言うのに。まだまだこんなに小さいのに。その苦しさを倍増させてしまっているのは私が自分自身のことを悩んで泣き続けたからだ。彼は私自身が自分のADHDのことを悩んでいることを感じていてだからその障害を彼自身も持っていることに恐怖を感じたのかもしれない。それよりも何より4歳の彼は、そのことで私の苦しみを増やしていると感じているのだろう。今こそ頑張れ、母ちゃんの私。今こそ人生で一番頑張るときだ。自分のために頑張るのなら限界はあるかもしれない。でも、子どもたちのために頑張るのなら、きっと母性本能に限界なんてないはずだ。今こそ一番頑張るときだ。今こそ。今こそ私が持っているはずの力を発揮するんだ。だって、こんなに素晴らしい二人の子どもを授かったのだから。私にその力が無かったら、絶対にこの子どもたちは私を選んで生まれてきたりしないはずだ。今こそ頑張れ、私。今こそ頑張れ。頑張れ。頑張れ。頑張れ。頑張れ。頑張れ。
2007.08.28
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昨日保育園から帰ってきて、大爆発のなっち。そしてその後、チビたちと3人で向き合って、話しをした。その中で、たぶんしばらくは心から消えないだろう場面があった。私がいくらイライラして怒っても、長男が自分自身を責めて自信を失わなくて済むようにという思いだけだったのに、私が彼に伝えていた事実がいかに残酷だったか。4歳の長男が泣きながらしぼり出した、一言。そのとき、私は本当に本当に後悔した。「坊、坊はママとおんなじなの、分かるかな」と言ったとき彼は、両目にいっぱい涙をためて、とたんにしゃくりあげながら、苦しそうに「あのねぇ、ノートをわすれちゃう、びょうき」それだけ言って、ごめんなさいーーーーーと叫びながら、私の膝に泣き崩れた。そして、2歳の妹は、一緒に泣きながら抱きついてきた。神様、どうか、この子たちが一人でも多くの人に、たくさんたくさん愛されますように。私がこのさき誰かからもらう分の愛情もすべて、この子たちに届けてやってください。
2007.08.28
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先週、どぼんと頭の先まで苦しい波につかってあっぷあっぷしていたよ。薬が変わってから一ヶ月。みるみるうちに我が家はゴミ屋敷へと変化していった(笑)。ただでさえ、ちょっと気を抜くと生活を立て直すのに数日かかっていたのに薬が変わってからは、生活空間がどんどん減っていってしまいには食事を作るだけのスペースもなくなってしまった。…いやいや、前から、食事を作るスペースをまず確保してから炊事に取り掛かかってたんだけどあまりの惨状に、スペースを確保することすら難しいほど台所は洗い物とゴミとどう判別していいのか分からないモノであふれかえってしまっていたのだ~。しかも、お盆には2泊3日でじじばばと一緒に旅行があったために帰ってきてからはその荷物も片付けられず、洗濯物はお盆以降洗うだけは洗えても一度もたたむという行為ができず長男の20枚以上あるパンツですらすべて行方不明(笑)。こんな状態で保育園が始まったから毎朝、何十分もモノを探し回ってなかなか出発できない。一番多い日は、40分もいろんなものを探し回っていた。その日はさすがに保育園についたときには泣き崩れ、そして先週を通してたった一度しか夕飯が作れなかった。そんな状態だったから、先週は休みの日はほとんどあちこちに問い合わせて成人のADHDを診察してくれる病院を探して過ごしたよ。それがどこもかしこも断られて、毎日毎日泣いてばかりだった。長男が私と同じADHDの診断を受けて2ヶ月。私は、自分と同じ道を歩いていくことになるかもしれない恐怖を、先週になって初めて心のそこから感じたんだ。私が長男と同じ気持ちを理解できるのだから、私と同じだけの苦しみ方はせずにすむだろう、と楽観的に構えていたのに。薬を変えられてから、それまでかろうじて回っていた生活自体が破綻をきたして子どもの持ち物を毎朝何十分も探し回ってしかも食事も作れないとなったら経済的な負担も一気にのしかかってきた。そして、主人は私を助けようと、毎日くたくたになって帰ってきてからシンクの洗い物を手伝ってくれたり子どもの準備を手伝ってくれたり食事を買いに行ってくれたりして(その上、私に文句も言わず、「ゆっくり休んでいいんだよ」と声をかけてくれながら)水曜以降、何度起こしても起き上がれないくらい疲れ果ててた。親の私たちや保育園で長男のADHDをサポートするようにアドバイスを受けてきていたけれどそのためだったらどんなにだって努力は惜しまないけど私にはサポートする「能力」が、決定的に欠けている。だって、長男がモノをなくしてしまったり準備できなかったりするのにそれ以前に、私が長男の大切なものを次から次へと失くしてしまう。長男に保育園の準備をさせるより先に、長男のかばんを私がふとどこかへ置いてしまって探し回る破目になる。そして、やっとこさできたと思ったところで長男が失敗をすれば私自身の混乱も頂点に達して怒鳴り散らすことになる。それを、特にこの一週間は痛感させられてしまった。今日、やっと電話で断られずに済んだ病院を見つけて1%だけの可能性(現状の私にとっては)にすがって泣いて帰ってくるのを覚悟で、行ってみた。「あれあれ、それは大変だったね」「めずらしいくらい典型的なADHDだねぇ」「一緒に頑張っていこうね」先生の返事で覚えているのは、ほとんどこれだけ。あっけらかんと、しかも力強く、明るく。「いまはね、ADHDだとリタリンなんかも処方が難しいから、 適当に病名つけておくけど、いい?」と聞かれて、即座に「毎日の生活さえなんとか回していければ、 病名なんかどうでも構いません」と答えた。いままでも、問い合わせた病院のほとんどでさんざん「リタリン中毒」のことは聞かされてきた。だから、今までずっと、行事があるときや大変なとき以外はまったく飲まないか、一回だけ飲む程度でなんとか生活を回してた。今日行った病院で、先生は、まずは私の言うことを信じてくれた。大きくうなずきながら、「そりゃ大変だよね」と共感してくれた。それが、一番大きかったよ。帰り道は、気持ちがものすごく軽かった。行きの道中は、自分が存在していることすら不思議に思ったくらいだったのにね。何への感謝かよく自分でも分からないけどただただ、ありがとう、と思った。先生への感謝でもあるしこの病院を教えてくれたセンターの人への感謝でもあるしこの一週間を支えてくれた主人への感謝でもあるし園で泣き出してしまった私に2時間もつきあってくれた園長先生への感謝でもあるし短い時間でも話を聞いてくれたMさんへの感謝でもあるしメールで共感してくれた友人への感謝でもあるしそういうものをすべて与えてくれた神様への感謝でもあるしただただ、ありがとう、って思ったよ。本当に、ありがとう。ありがとう。ありがとう。
2007.08.27
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さぁ、今日も一日が始まります。朝起きたら、昨日の疲れもぜーんぶ雨が洗い流してくれました。子育てに奮闘するママたちみんな発達障害に関わるすべての人たちそれらを取り囲むたくさんの人たちそして毎日パワーを振りまいてくれる世界中の子どもたちすべての人たちに幸せな一日でありますように!!
2007.08.02
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