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昨日のお休み後、子どもたちをお迎えに行ってから、一緒にだらだら過ごしていました…(笑)。そこで、この間Mさんに言ってもらったことを思い出して「ああ、まだここにも私の苦しい気持ちがあったんだなぁ」って思ったらそのまま声を上げて泣いてしまいました。下の2歳のお嬢が、だまって私のひざへ乗ってきて、私の首に手を回してぎゅーっと抱きしめていてくれました。その間もずっと、私は声を上げて泣きつづけていました。お嬢は、私の肩に自分の頭を乗せて、さらにぎゅーっと抱きしめてくれて。抱いてもらいながら、しばらくずっと、泣きつづけていました。ふっと顔を上げると、お嬢も顔を上げて私の顔を見て。そうしたら、お嬢はその間ずっと黙っていたはずだったのにお嬢の目にはいっぱい涙が溜まっていて、頬にはたくさん涙が流れていました。黙って、一緒に泣いていてくれたんだね。そうやって、ママの気持ちに寄り添っていてくれたんだね。それから、チビふたりでかわるがわるタオルやティッシュを持ってきてくれて私の顔を拭いてくれました。上の坊が、「ママ、泣かんでも大丈夫だよ、僕たちがいるからね」。チビたち、どうもありがとう。いっぱい寄り添ってくれてありがとうね。
2007.03.30
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今週月曜に家の点検が入り、それが終わったらどーーーーっと疲れが出た。いかに片付けに踏ん張ったか、自分でもよく分かる。昨日はかろうじて洗濯機を回したけれど今日は何もできないから、何もしないことに決めた。夕飯も、外でお寿司を買ってきた。朝子どもたちを保育園へ送っていったあと、20分だけマッサージに行ってそのあと日中はずっとベッドの中で過ごした。こういうお休みは、やっぱり必要なのだと思う。今までなら、やる気がおきないときも「やらなきゃ」と気持ちが焦るから何もできないことにイライラしてしまう。昨日、私がいつも助けてもらっているMさんに下の子の抱っこをお願いしてそのときにまたいろんな話をした。「今までずっと、リラックスしたことがなかったんだもんね。 だから少し時間ができても、心がリラックスすることを求めているから だから動きたくなくなっちゃうのかもしれないね」そんなふうに言ってくれた。ものすごく、じわーっと心にしみこんできた。そして、Mさんがそのあとでメールをくれて「何もできないとき、できないことで自分を責めなくていいんだよ」と。だから、今朝起きたとき「今日は動けない気がする」と気付いて朝の時点で、今日は何もしないと決めたのだ。一日ぼーっと過ごして、心がはればれしたわけじゃないけれど何もしないと決めて何もしなかったんだからいつものような罪悪感がない。ああ、こうやって休めばいいんだ。それが分かって、またひとつほっとした。江原さんの本にも、書いてあった。肉体の休日と、精神の休日をとる必要があるって。精神的な休日をとることが私にはまだ難しいのだけれどでも肉体的な休日を取る時に罪悪感を感じないというのはとても大きい。旦那さんにも、休日をプレゼントしてあげないとね。そう思えたことが、ちょっと嬉しかった。
2007.03.29
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元気?なんだかふと聞いてみたい気持ちになって。私が子どもの頃、ひとりぼっちな気がしていてそんなふうに何気なく声をかけてくれる人がいなかったから。なーんにも言わなくてもいいよ。話したくないときもあるし、うまく言葉にできないときだってある。何か話したくなったら、そのときはちゃんと聞くから。一回ちょっと深呼吸して、それからまた日常の生活に戻ろうね。大丈夫だよ。私がここにいるからね。あなたのこと、大事って思っているからね。
2007.03.24
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我が家は山の中にある。保育園の駐車場から園までは少し歩かなければならないので、毎朝、子どもを送っていったときにはすぐ目の前に素晴らしい山と空の景色を見ながら帰ってくることになる。特に今日のような晴天の日には、私は空を見上げながらふらふら歩くので、車の邪魔になって迷惑がられることもしばしばある(笑)。で、朝イチでそんな素晴らしい空気を吸ってしまったものだから帰ってきて家の中にこもるのももったいなくて庭の土を掘り返したりハーブの苗に水をやったりして過ごし、そのあとも窓を全開にして家の中の掃除の続きを。布団を干し、階段に掃除機をかけ、1階にちらばっていたおもちゃを放り込んで、カーペットにも掃除機。うーん、少しずつ掃除のしやすい家になりつつあるかも。で、ちょっと休憩、と思ったら、そこでとうとう燃料切れ。今日はこれで、ま、いいか。(いや、ちょっと待て。せめてモノの少ないうちに ダイニングテーブルの上をすっからかんにしておかなければ…)しかし、本当に、カーテンも全部開けて、家の中にたくさん光が入ってくると本当に気持ちがいい。家中の整理がある程度完了したら、こんな空気の中でのんびりとクロスステッチを楽しみたいものだ。
2007.03.23
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とりあえず、お掃除シリーズ続きですが。洗濯物をたたむ。近藤典子さんの本に書いてあるたたみ方を実践しはじめてからかれこれ半年ほどになるが、これがかなり役に立っていて。子どもの服だけは、ずっときれいな状態で片付けることができるようになった。そのポイントは、とにかくたたむときには平らな場所で! だそうだ。以前は、床やカーペットに座り込んでたたむなんてことをしなかった。だって、お掃除できてないんだから、そこに服を広げて置くなんてもってのほか。だから洗濯物をたたむのがとてもおっくうで、たたまない状態のまま、どんどん積み重なって行くのだ。で、近藤典子さんの本に書いてあったとおり下に広げてたたみ始めた頃、毎日毎日たたむ物を広げる前に掃除機をかけなきゃいけないということが苦痛になってきて。それで使い始めたのが、100均に売っている、キャラクターの子どもの遠足に使うビニールシート。たまたま、チビ二人がお店のおまけや病院の開院時などにもらってきて封を開けていないものが余っていたのだ。以来、掃除機までかけられないときでも(というより、掃除機をかけない日のほうが多いんだが)、ファインディングニモのビニールシートを広げてその上でたたむようになった。実は、この100均で売っているサイズがお手ごろ。あまり大きすぎると、片付けるとき面倒だから。子どもがいるときは、たたんだそばから子どもに片付けてもらう。「この靴下しまってきて」「パンツしまってきて」と、子どもそれぞれに自分の分を手渡して、片付けてきてもらうのだ。自分ひとりしかいないときは、ビニールシートの上が狭くなってきた時点でいったんしまいに行く。で、ビニールシートが広くなったら、再び残りのものをたたみ始める。脱衣所にしまうものは(我が家の場合はタオル類と、旦那&私の下着や靴下)たたんだそばからかごへ入れていき、たたみ終えたあとにカゴごと脱衣所へ運んでいってそこで片付ける。2階へ片付けるものは、我が家の場合は数が少ないので脱衣所のものを片付けたあとで再びカゴに入れ、カゴごと2階へ運んでいって片付ける。洗濯物を片付け終えたら、ビニールシートをたたんで、衣装ケースの一番上の引き出しに放り込んで終わり。ビニールシートは汚れもつきにくいし、せんたくものをたたむのにはとても重宝している。我が家の一押しアイテムだ。
2007.03.23
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ADHDの人が片付けよう、掃除しよう、と思っても、とにかく何が何やら分からずに途方に暮れてしまう。やる気がなくてのんべんだらりとしてばかりってわけじゃない。やらなきゃ、といつもあせっているしさあやろう、と思っても、とにかくモノが分類されて見えないのだから何から手をつけてよいのか分からない。そういうときは。とにかく、片付ける場所を一箇所に絞る。例えば、■ダイニングテーブルの上だけ■リビングのカーペットの上だけ■ソファの上だけ■電話やパソコン周りだけ■新聞だけをまとめるこんなふうに、まずはどこか場所を絞ってみる。そこに、いろんなものがわんさか積み上げられていたりごちゃごちゃといろんなものが置かれているかしら?そしたら、とにかく、ADHDの王道その箇所にあるものだけ、とにかく箱へ放り込め!!ボールペン、紙、ダイレクトメール、その他もろもろ、捨てるものも要るものも分ける必要もない、とにかくまずはその場所のものを、全部箱へ放り込むのだ。そして、場所が空いたり、上のものがなくなった時点で、ほこりとりモップなどで上のほこりをとる。そのあたりだけ、動かせるなら動かして、とにかくその場所だけを掃除機。そして、その場所だけをまずきれいにするのだ。モノを整理するのは、そのあと。箱に向き合って、ペンはペンを入れるところへ。ダイレクトメールなどは必要なければがんがんゴミ箱へ。細かいものが多すぎて片付けるのがいやになったら、それらを100均のカゴや小さい箱にまとめて入れる。ここでストップしてしまっても、一箇所だけはとりあえずきれいになった。部屋全体をきれいにしなきゃと思うから、どこから手をつけていいのか分からない。全部をきれいにしようと思っても、全部をきれいにしきれなくてまたとっちらかったままになっちゃう。だから、とにかく、一箇所だけきれいを目指すのだ。一度にやらなくてもいい。一度にやろうとしても、それは発達障害を持っていない人でも大変なのだから、できなくて当たり前。私は今日は午前中にブログにも時間をかけすぎて、途中ちょっとしたヤボ用も入っちゃったりして、結局片付けたいなぁという漠然とした気持ちだけで終わってしまいそうだった。だから、ダイニングテーブルの上だけを、きれいにした。テーブルクロスをずっと替えたいと思っていたんだけどなかなか思うようなものがなくて、オークションで、子どもの好きなカーズのビニールクロスを購入してたのよね。でも、垂れ下がる部分にはたくさんキャラクターが載っていていいんだけどテーブルの上の面は、空の色一色で、部屋の感じと全然合わない。それで、しばらくどうしようか思案したままで放ってあったのだ。ダイニングテーブルの上のものだけをとにかく全部どかして古いテーブルクロスを捨て、カーズのビニールクロスをひいてみた。でかい。それで、脇のほうを少しカットした。ビニールが薄いし、子どもが落書きしたりご飯をこぼしたりするのでテーブル面だけに敷く、ビニールマットを買いに行った。そのとき、手芸洋品店でカーズのカントリー色の布を発見。この布も敷いちゃえば、少しは空色を隠せる。それも一枚購入。で、帰ってきて、カーズのビニールクロスの上に、真ん中だけだけどカーズの布を敷いてみた。それでも少しは部屋の色に近づける。最後に、テーブル用のビニールマット。今日は、以上。これからやっとキッチンの片付けに入ります。だって、ご飯作らないといけないからね~。
2007.03.22
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一日置いて、昨日もふたたび片付けデー。(ちなみに、20日は海遊館へ遊びに行っていた)昨日は1階の部屋の模様替え。2年前に引っ越してきたとき、ADHDの虫が騒いでカントリー調のリビングに凝ってしまって。我が家には、ちょっとカントリーチックだけれど利用しきれていない小家具がいろいろある。で、子ども二人が順番に保育園へ入園したためにその都度保育園用品を置くための家具を買ってしまったので(↑しかも、バーゲンやオークションなどで買える範囲のものしか買ってないため 統一感もあまりなく、雑然としている)なにしろ1階はごたごたしているのだ。で、ADHDの私が子どもの着替えを2階へ置いても管理できないので、子どもの着替えや保育園道具、上着類もすべて1階に置いてある。我が家はリビングダイニングともう一部屋が続きになっているつくりなので、ごちゃごちゃしながらもなんとかそれでやっているのだ。お掃除の仕事へ行き始めたとき、やっと気付いたのだがいくらカントリー調にしたいと思っても部屋が片づけられなければ、人も呼べないし、カントリーの雰囲気にひたることもできない。それよりも、まずは片づけられる部屋・掃除のしやすい部屋を目指そう、と思ったのだった。今まで利用しきれていなかった家具の配置を、考えに考えた。引き出しのたくさんある野菜ストッカーを、我が家では書類や薬の管理、ガムテープ&ビニールテープ、ゴミ袋等々置き場所としてリビングとキッチン脇にそれぞれ2つずつ並べて使用していた。それをすべて、リビングから続くもう一部屋へ並べて子どもの下着類と保育園服を入れるのに使ってはどうかと前にも考えたことがあるが私は子どもの靴下も下着も、やたらめったら買いこんでしまう性質で靴下だけでもひとつの引き出しに入りきらないので、あきらめていた。で、やってしまえ~と昨日思い切ってそのように配置してみた。下着類などをそちらへ入れ替えると、やっぱりぎゅうぎゅう詰めになってしまった。やりながら、「これじゃあ洗濯物をたたむとき、嫌になるだろうな…」と思って元に戻そうかと思案する。で、結局、私にしてはひらめいた!という感じだったのだがどれも半分ずつ、よく使う柄のものだけを残してあとは予備分として2階へ持っていくことにした。幸い、19日の2階の片づけで、寝室奥のウォークインクローゼットにはまだ空の引き出しの残っている衣装ケースがある。そこへ予備分は置いておけばよいのだ。家具の移動で余った100均カゴ4つに上の子のパンツ&靴下半分上の子のシャツ下の子の靴下半分下の子のシャツ半分を放り込んで、2階の衣装ケースの引き出しひとつにカゴごと全部入れた。これで、何かが足りなくなったときはこの引き出しに直行すればよい。前なら袋に入れてダンボールにしまったりしていたので探すのに手間取っていたけれど引き出しなら、迷わず取りに行ける。次は、電話台代わりに使っていた、レンジ台。我が家はファックス複合機と電話機とインターネットのルータがありさらに仕事用のデスクトップのマッキントッシュとは別に(マッキントッシュのほうは馬鹿でかいプリンタとともに隣の部屋にあり、 そのマッキントッシュへもネット無線を飛ばせるように、 ルータにさらにエアマックを接続している)普段はウインドウズのノートパソコンを利用しているのでそれらを置くのに、縦にいくつも置ける古いレンジ台を利用していたのだ。このレンジ台、結婚した当初から使っているもので引っ越し後は電話台として使えていたけれど、下のほうは野菜ストックのためのカゴになっていて、そのカゴが壊れてしまってからは下半分が空洞になっていたのだ。あちこちに散っていたカントリー調の白い小家具を一列に並べて、その上にファックス複合機類をすべて横に並べて配置した。が、やっぱりルータ類がどうもごちゃごちゃした雰囲気。前まで、100均で買った小さなトレリスを組み合わせて棒を渡し、それを子どもの保育園のブレザーや上着をかける小さなハンガーラックとして使っていたがこの日の配置換えで、これも以前に買って使っていなかった子供用ハンガーラックを1階に下ろしてきたので、トレリスの小さな即席ハンガーラックはごみになる予定だった。何の気なしにそのトレリスをルータを囲う形で置いて見たら、おお、これで何となくすっきりするように見える。でも、トレリスは無駄に背が高すぎる。間にすのこを取り付けてみたら、釘で打ちつけてみただけでも我が家の小さい電話機くらいは置けそうだ。で、こんなんになりました。ちょっと見にくいけど、トレリスの横がわに、電磁波防止のサボテンがかかっている。コード類も、トレリスの目から通せるのであまり目立たない。さて、これで本当に不要になったのは、電話台として使っていたレンジ台。もともとアウトレットで安く買ったものなので、そろそろお払い箱でもいいか。…と思ったけれど、ちょっと待て。ちょうどこの間からハーブを育てたいと思い始めて外にいくつかハーブの苗を植えた木のプランターが置いてある。植えつけてすぐは風もあまり当たらないほうがいいようなことが書いてあったし。しかも我が家は、外構にあまりお金をかけなかったので玄関を出た脇に中途半端なスペースがあるのだ。そこへ、このレンジ台、鉢置きとして置いてみたら…おお、ぴったりじゃないの!!しかもちょっと古い作りなのが、かえって趣を放っている(笑)。で、レンジ台についていたコードを切って、玄関脇のスペースがレンジ台の定位置に決定した。昨日はこんな感じで1階の模様替えをしてみたけれど結局、捨てる家具はひとつも出ず、一件落着したのでした。今まで家具の上に置いてあったこまごましたものも、すべてそれぞれの家具の中へ無理せず置くことができたのでホコリ取りモップも活躍しやすくなりそうだ。めでたし、めでたし。------------------------------------------------------------私が主に掃除&片づけのとき参考にしているのは、こんな本。■毎日の掃除 タオル一本で家中ピッカピカ■下着・服のたたみ方 近藤典子の収納10の常識& 100の実例
2007.03.22
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19日は、片付けデーだった。朝そんな気分だったので、やる気が萎えてしまう前にリタリンを飲んだ。我が家は、寝室の奥にウォークインクローゼットがあるんだが、チビたちがまだ小さくて個々の部屋を持っていないため、旦那は2階の真ん中にある一部屋で普段着替えをしている。その部屋に、室内干しやら、ハンガー類などが置いてあって洗濯物を干すときもその部屋からベランダへ出入りする。だから、洗濯物が乾ききらないときや、乾いた洗濯物をたたむ暇がないとき(+たたむ気力が無いとき)はこの部屋が服でいっぱいになる。しかも旦那さんがそこですべて着替えや準備ができるよう、旦那さんの服も作業服もすべてその部屋のクローゼットやタンスにしまってある。しかも、親用の本棚もここにあるのだ。昨年、この部屋に、別の部屋のクローゼットに引っ越し後からずっと置いてあった本などをカラーボックス4つを並べて整理して置いた。最近になっていらない本を旦那さんに頼んでまとめて捨ててきてもらったけどまだまだたくさん置いてある。…で、つい数日前、ふと気付いたのだ。この部屋で着替えをしたり洗濯物を干したりしているのにそこにこの本棚が置いてないといけない理由があるかしらん???自分の服や、スーツ類(旦那は普段スーツは着ない)、喪服、お下がりのものだけは寝室奥のクローゼットに置いてあったがADHDの私が、自分の服をたたんだあと、まめにここへ片づけに来るわけが無い。先日ここにあったいらない服やお下がりの服などを処分したので実際には寝室奥のクローゼットにある衣装ケースなどは空のものが多い。このウォークインクローゼットは、ほとんど利用していないのだ(笑)。クローゼットに服を置くものだという固定観念が、こんな状態を生んでしまうのだ。で、まずは寝室のほうのウォークインクローゼットから空になった衣装ケースを運び出し、寝室のベッドの脇へ移動。スティック型の掃除機は、こういうときとても役に立つ。がががーっと掃除機をかけ、ウォークインクローゼットはすっきり。そして、今度は二階真ん中の部屋にあった本棚(カラーボックス)から本を全部出し、そのカラーボックスをすべて寝室のウォークインクローゼットへ移動。で、改めて本を運ぼうと思って見て見渡すと、こりゃあもう読まないよなぁ…の本が、あるわあるわ、それでいらない本を束ね始めた。束ねた本は、要らないものだとすぐ分かるように、廊下へ全部並べる。で、残した本だけを運んでカラーボックスへしまってみたら、カラーボックスの半分はスッカラカン!!おお、こりゃあちょうどいい、とパソコン関係のソフトやケーブル類をカラーボックスの空きスペースへ入れた。(私はもともと本職がグラフィック関係の仕事なので、 パソコンのソフトやケーブルがたくさんあるのだ)で、今度は寝室に借り置きした衣装ケースを、二階真ん中の部屋へ移動。自分の服をたたんで(←最近、たたみ方は、近藤典子さんの本を参考にしている)衣装ケースへ。二階真ん中の部屋は、最終的に私と旦那さんの衣裳部屋となり、しかも室内干しはそのまま置いてあるのに、ぐんと広くなった。そして、寝室奥のウォークインクローゼットが、二つ目の納戸の役目を果たすことに。うーん、なんで今までこの使い方に気付かなかったんだろう。かくして、19日の片づけデーは幕を閉じた。
2007.03.22
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今朝、またまたやっちまいました。上の子に、どかんとカミナリ。取るに足らない、ほんのちょっとのことなのに、イライライラ…、ドカン!!そして、あるところへ、電話をしたのだ。何があったかというと、本当にくだらないことなのだ。上の子(ADHDかもしれない子)に、保育園の準備をさせているとき、ぐずぐずしていてなかなか準備が進まないので叱り通しだったのだ。で、さて送っていこう、というときに、風邪薬を飲ませ忘れたことに気がついて下の子に先に飲ませ、さらに上の子に飲ませたら、上の坊は何かを持ったままコップで水を飲んだので服に水をこぼしてしまった。そこで、また叱る。で、今度こそやっと出るぞ、というときになって上の坊は、ランドセルを部屋の真ん中に置きっぱなしのまま靴を履いている。玄関から呼び戻して、「ランドセル!」と怒鳴ったがやっぱり、目の前にあるランドセルに気付かずに「ランドセルが無い~」と言う。ここでとうとうカミナリが大爆発した。「ここにあるだろー!!」と怒鳴り、頭を一発派手にぶん殴ってしまった。いつもの泣き方と違い、わぁっと一度大声で泣いたものの、そのあとも靴を履きながら、しくしく泣き続けている。私はまだ腹が立っている状態でありながら、小さい頃の自分の姿とまったく同じことに気がついた。ああ、この子は今、叱られたことよりも自分を情けなく思って泣いているんだろうな…。それで、怒りをこらえながら「坊、大丈夫、坊はママとおんなじなんだよ」と声をかけた。まだ怒りがおさまっていないから、ごめんね、と私はまだ言えない。それでも、「ママもね、よくおんなじことで叱られたんだ。 坊はママと一緒なんだよ。だから大丈夫だからね」坊は、悲しそうではあるけれど救いを求めるような目でじっと私を見ながら、うなづいた。車に乗ってから、少し私も気持ちが落ち着いて改めてもう一度声をかけた。「ママねぇ、小さいときから、坊と同じことでよくばーばに叱られたんだよ」坊が言う。「ママも、ランドセル無いって言って叱られたの?」「うん、ランドセルとか、お便りとか、いろんなものが無いって言って たくさん叱られたよ」「いっぱいいろんなものなくしちゃってねぇ、いっつも怒られてたんだよ」「だから、坊の気持ちもよく分かってるはずなのに、 いっぱい怒っちゃってごめんね」そんなことを何度か繰り返し言っているうち、「そうかー。ママもばーばに怒られた。僕も怒られて、ママとおんなじ。」そういって、坊はけらけらと笑っていた。駐車場から教室まで、いつものように手をつなぎながら、飛び跳ねながら送っていった。そして、家に帰ってすぐ、この間から「そのうち、そのうち…」と思っていたところへ電話をかけてみた。発達障害者支援センター。三重県では、正確には、「三重県自閉症・発達障害支援センター」。そして、上の坊がもしかしたらADHDかなぁと思うんですけど、と話をしてみたのだ。今現在、どうこうしようとは思っていなかったんだけれど。昨日の小事件のときにも、旦那さんには電話をしようと思っていることを話していて。こんなふうに毎日家で叱られまくり、おそらくは保育園でも注意されまくっているだろう坊が、私と同じように自己否定感を抱えながら生きていくことになったら可哀想だ、とそれが一番心配だったから数ヶ月前から、そのうち電話してみようと思ってはいたのだけれど昨日の一件と、今朝の私の怒りや坊の表情を見ていて保育園に送っていったあと、迷いもせず電話をかけていた。センターの方は、とにかく暖かい人だった。「今すぐどうこうあせる必要はないと思うから、 就学に向けて、本人が過ごしやすくやっていけるように、 我が家の方面へ来る機会があったときに(ちょくちょくあるらしい) 一度様子を見させてください」とのことだった。で、就学時にもしかして薬が必要だったりすることがあればそのときにはちゃんと診察や診断もできるので長い目で一緒にやっていきましょう、と。そして、「学校の先生や保育園の先生に理解しろといっても それは実際にはとても難しいので、 実際の場面では、お子さんやお母さんが傷つくことも少なくないのね。 具体的にどういう場面でどういう形で対応すると良いか、ということも含めて お子さんの学校や園にも、こちらからも依頼をして この先長い期間にわたって一緒に連携してやっていけますからね。 …でも、お母さんが、自分の経験から一番分かってあげられるものね。 だから、大丈夫。」とも。そして、電話の最後に、「今日は本当にお電話くださってありがとうね」と、その方が言ってくださった。なんという安心感。我が子を守ってくれる協力者が増えた、というだけでこれほどの安心感。しかも、その場限りのものではなくてこの先の長い時間、ずっと協力してサポートしてくれるのだと知って本当に嬉しかった。この安心感を得られただけでも、子どもに優しくできる気持ちが持てる。子どものADHDを相談するにあたっては病院へ電話をするか、センターへ電話をするか、ものすごく迷ったけれど長期的に考えた場合、また、親の自分自身の不安もすべて含めて考えた場合、「発達障害者支援センター」というのは大きな支えになるだろうと思う。------------------------------------------------------------http://www.autism.or.jp/relation05/siencenter2006.htm↑ここに、全国のセンターが載っているので もしも不安を感じたら、一度相談してみるのもいいかもね。------------------------------------------------------------ちなみに、何度も言っているが、私自身は、我が子がADHDであっても幸せになれると信じていてそういう意味での不安はまったく感じていない。だって、私自身が本当に幸せなんだから。でも、私が抱えてきたような自己否定感は、大人になってからそれを脱ぎ捨てようと思ってもなかなか難しい。それには本当にかなりの時間を費やすことになってしまう。だから、私が我が子に診断を受けさせようと思う理由は、ただ一つの目的しかない。「あなたは大切な子」「あなたは生きていく価値がある」「あなたは幸せになれる権利がある」それを、我が子に伝えるため。そして、我が子が失敗したり落ち込んだりしたときは「やっぱりママの子だねぇ」と一緒に笑い飛ばせるようになりたい。
2007.03.19
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昨日、我が家では、小事件があった。ADHDに関する、旦那さんの悪気の無い軽い一言。昨日の朝ごはんのとき、我が子二人は旦那さんによく叱られていた。ちなみに、私もかなり叱りまくっていた。上の子が特に、朝食をなかなか集中して食べてくれず、注意をしても上の空。さらに、同じことを2度3度言ってもまったく耳に入っていない様子。それで私に叱られ、最後はパパの大きなカミナリが落ちたのだ。その直後に、私も少し反省して旦那さんに「この子、たぶん私と同じなんだと思うよ」と話した。もともと、上の子は私から見ていてADHDの気配をかなり漂わせていてそのことはちょくちょく旦那さんに話してはいたけれどあまりに怒りすぎた昨日、改めて自分の反省も込めて旦那さんに説明をしたのだ。■目の前にあるものをまったく認識できず、 「そこにあるよ」と教えても見つけられないこと。■こちらの言っていることが聞こえてはいるけれども そのことに注意を向けられないで上の空でいること。■例えば店の中で大声で叫びながら飛び回ったり走り回ったりして それを叱られてもその瞬間だけしか静まらず、 ものの1分もたたないうちに同じことを繰り返してしまうこと。■とにかくあちこちに意識せずにモノを置いてしまい 何処へ行っても数分で物をなくしてしまうこと。等々、自分と同じ症状と思われる、上の子の言動を旦那さんに改めて話をしてみたのだ。それで、どういうふうにこちらが注意をすればよいか、などそんなことも話してみた。そのとき、旦那さんが何気なく「お前、外へ出たらやっていけんぞ」と上の子にぽろっと言ったのだ。…。…。…。しばし、私は無言になった。そしてしばらくしてから、旦那さんに正直に言った。「今の言葉は、ちょっと、傷ついた」旦那さんはきょとんとして、何が悪いのか分からないようだった。いつもなら自分が失言をしたと気付いたらすぐに謝る旦那さんが何がそんなに悪かったのか分からないようで「何が。別にお前に何にも言ってないぞ」と、本当に訳の分からない様子。「その症状で、外へ出てやっていけないって簡単に言われてしまうと 私も社会人としてやっていけない人間だって否定されてる気がする。 私も何とか一生懸命やっていかなきゃって思ってるのに」「小さい頃から、落ち着きがないっていつも通知表に書かれてて 大事なお知らせもお母さんに渡し忘れたり 時間割を間違えて忘れ物ばかりだったり それでいつも叱られてばっかりいて、お母さんにも恥をかかせてばっかりで 私は自分がものすごく情けない人間なんだっていっつも思ってた」「それでもなんとかこの年まで生きてきて、 やっと自分のことを認めたいって思い始めてきたのに それを簡単に『やっていけないぞ』なんて言われたら、 私やこの子は努力してもいつまでたってもダメなんだってことになる」そこまでの言葉を言うと、さすがに私の顔も、自分でかなりムッとしてきたのが分かった。旦那さんはそれだけの言葉を聞いて、初めて何度も謝ってくれた。「ごめん、ごめん、ちょっとうかつなことを口走った。」「本当にごめん。そんなに傷つけると思ってなくって。」「俺には分からなくても、でもお前からしたらすごいひどい言葉だったんだな」そういって、上の子にも「パパちょっとひどいこと言ってごめんな」「お前だっていいところはたくさんあるんだから、 ちゃんとこの先もやっていけるからな、 パパも一生懸命協力するからな」「パパだって怒ってばっかりで、悪いとこたくさんあるもんなぁ。 おあいこだよなー」と、語りかけていた。我が子は、にんまり笑顔を返していた。それでも、私自身は、しばらく無表情になってしまうのを抑えられなかった。旦那さんが気を遣って話しかけてくれても「うん」「ううん」「そこ」「いらない」と単語でしか返事ができなかった。それでも、我が家の旦那さんは本当によくできた人だ。私がそれほどつんけんしていても、本当はとても短気な人なのに辛抱強く受け入れてくれていつも片づけはとても協力的だが、いつにもましてせっせと手伝ってくれた。実はこの間から私のADHDの最大の欠点、「思いついたらどうしてもやり始めないと気が済まない」病が出てきていて。それは、手入れができないから絶対無理だといって何も植えていなかった庭に「ハーブを育ててみたい」と思い初めたことなんだけれど。(実際、先週いくつかの苗と土を買ってきて植えてみたんだが)私がそういうことを思い立つと、いつもその熱がおさまるまでかなりお金を使ってしまうので旦那さんもいい顔をしないときもあるんだけれど昨日は、旦那さんのほうから、「今日、花ひろばへ見に行ってみるか」と声をかけてくれた。今まで、私は道が分からないので一度も行ったことがないんだけれど旦那さんが連れて行ってくれるという。そこで、私自身も、改めて自分を振り返って旦那さんに言ってみた。「だけどさぁ。私、いつも中途半端に終わっちゃうでしょ。 今回もそうなりかねないし、そうなっちゃったら申し訳ないから」。そしたら、旦那さん、「まぁ、試して見るのもいいじゃん。」「俺は、全然花とか植物とか世話できないし分からないから、 何にも協力してやれんかもしれないけどさ」「でも、ちょっとやってみたいんだろ」私が主婦になって、ADHDで一番迷惑をかけていることと言えば「片づけができないこと」と「やりたい病が出てきたときに、お金を使ってしまうこと」。この2点が最大の悪と言える。自分でも、さすがに最近はよく認識してきてだから思いとどまることもできるようになってはきたものの、どうしても…!!と思い始めてしまうと自分で罪悪感を感じながら、それでも頭から離れずにそれを実行するまでは、そのほかの大事なこと(家事や片付け)に手がつけられないのだ。旦那さんは、それをちゃんと分かった上で、おそらくは私が投げ出してしまうだろうことを承知の上で、それでもたぶん、自分の発した言葉の償いもあったんだろうな。昨日は花ひろばへ連れて行ってくれた。途中で、草競馬の馬がたくさんいるところを通り抜けて子どもたちと「すごい!こんなにそばに馬がたくさんいるよ!!」と車の中で大騒ぎしながら、とても楽しい時間をプレゼントしてくれた。結局、土と苗をいくつか買って、いちごも買って帰ってきて、私が庭にハーブを植えつけている間、子どもにいちごを食べさせながら待っていてくれた。またお金を使ってわがままを通しちゃったなぁと思いながらそれでも、まるごと受け入れようと努力してくれる人がそばにいてくれて私ってADHDだからこそこんなふうに幸せを感じられるんだなぁと本当に幸せに一日を終えた。
2007.03.19
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今日は朝からすこぶる機嫌が悪い。誰が?って、私が(笑)。朝イチから子どもたちを怒鳴りまくり、やっとの思いで保育園へ。帰ってきて冷静になると、あ~、やっちゃったなぁ~…。と思う。だいたい、どういうときに機嫌が悪くなるかというのは分かっている。片づけられなくて、部屋の中やキッチンが汚いとき。汚い部屋にいると空気もよどんできてそれで気分が晴れ晴れとしない、ということもあるだろうし頑張れないときの自分に自己嫌悪を感じるから、それで余計に怒りっぽくなるのだ。きれいにできているときは、自分に自信を持てるので多少のことは腹が立たない。さて、少しでも気分が良くなる様に洗濯物をたたむとするか。まだ今の時期はなかなか乾きにくくて、取り入れた洗濯物をまた部屋に干しなおすしかなくていつまでたってもすっきりしないなぁ。集中して洗濯物を片づけて少しは気分をすっきりさせてから元気な笑顔で子どもたちを迎えに行こう!頑張れ、私。
2007.03.17
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さきほど、風呂の湯ぶねで。「ママー!今ねぇ、お尻からねぇ!…しゃぼん玉が出たよ!」野口雨情も真っ青だ。
2007.03.14
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下の子は、保育園の0・1歳児クラスに通っている。こんな小さなクラスでも、ちゃーんと社会ができていて時々、うちのお嬢も「ねぇ、てくてくしよう(歩こう)」と同じ女の子からデートのお誘い(?)を受けて仲良くおててをつないで教室の中を散歩していることがある(笑)。やっぱり、喧嘩もそれなりにある。送り迎えのときだけでも、何度か目撃したけれど、しばらく見ていて不思議な現象が起きていることに気がついた。(あくまでも、私個人から見ての「不思議な現象」なんだけど)誰かが誰かに叩かれたり、おもちゃを取り上げられたりしてわーっと泣いたときとりあえず、まず先生は、叩いたり取り上げたりした側の子を叱る。「ちゃんと『ごめんね』しなさい」と声をかけてもその子が逃げていったりするとその子を追いかけてつかまえて戻ってくる。そして、根気強く、何がいけないかを話して聞かせる。その間、泣いている子はひとりで泣き続けている。そういう場面を実際に数回見た。この前もたまたまそういう場面に遭遇して、あまり立ち入ったことはしないほうがいいかも…といつもなら遠慮するのだけれどそのときはたまたま泣いている子が泣きながら私の前を通り過ぎようとしたのでいったんしゃがみこんでその子をぎゅーっとして「そうかそうか。痛かったねぇ。よしよし」と頭をなでていたらその子がいっときしがみついてきてわぁーっと泣いて、そしてケロッとしておもちゃを見せていろいろ教えてくれた。痛いー、とか、取られたぁ、って訴えをそのままにしておいたら泣いても泣いても先生に伝わらない気がしてさらに泣きつづけるしかできないよね、と思ったりして…。たぶん、子どもって、相手の子を制裁してもらうことよりも自分の気持ちを慰めてもらうことのほうを望んでいるんじゃないかなぁって。でも、今の保育園の先生たちを見ているとそれはそれは大変。実際、今年一年先生たちと話をしていて知ったんだけど、子どもの喧嘩ひとつでも、親がわーっと文句を言ってくることはやっぱり少なくないらしいんだよね。だから、先生たちも、言っていた。どういう対応をするのが子どもにとって一番いいのか、訳が分からなくなっています、って。子どもが家に帰って、誰かに何かをされた、と話したときたぶん子どもが求めているのは「そうかそうか、それは悲しかったね」「それは悔しかったね」と共感してもらうことなんじゃないかな。子どもの話に対して、相手や先生に対してムッとして文句を言うのはそれは子どもの気持ちうんぬんより親の自己満足のための行動になっちゃうんじゃないかしら。確かに、さすがにそれは…と思えるようなことがあったら、それは先生に伝える必要もあると思うんだけれどその前に、子どもの気持ちに寄り添うことが必要だと思う。もしかしたら、子どもの一番伝えたいことが喧嘩そのもののことじゃなくてちょっとお母さんに甘えたくって、話を聞いてもらう時間が欲しいんだっていうそういうことなのかもしれないし。それとも、「やられたけど、僕は我慢できたんだ。頑張ったでしょ」ってお母さんに頑張ったことを褒めて欲しいのかもしれない。少なくとも、お母さんと先生が喧嘩することは望んでいないと思うし相手のお友達とも、本当はこの先も仲良くしたいって思っているかも。でも、そういうお母さんたちも、実は先生と喧嘩したいわけでも、相手の子を責めたいわけでもないかもしれない。普段、あわただしく毎日の生活を送っていて周りからは母親として非難の目で見られているような気もしていてその上、誰からもねぎらってもらえない。きっと「いつもよく頑張ってるね」「ありがとうね」とそんな優しい言葉をたくさんもらっているお母さんなら先生たちに対しても、それほど腹が立たないんじゃないかな。自分自身が何かを抱えているときに、お説教やアドバイスよりまず先に「そう、それは辛かったね」「それでもよく頑張ってるよね」って共感してもらえていたらお母さんだって少し肩の力を抜くことができるかも。そんなふうにいろいろ考えたりしているとお母さんも、先生たちも、その先にいる子どもたちも、みんなあっぷあっぷの苦しい気持ちを抱えているんだね。私たち大人が「ありがとう」「大好き」の気持ちをたくさん持てるようになれば子どもたちもいじめや不登校で自分を追い詰めなくてもすむのかもしれないね。------------------------------------------------------------今ココに続けて昔の自分の話を書きかけたけれどあまりに長くなりそうだったので、全部消してしまった。また書ける時に、書いてみようと思う。
2007.03.14
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(今日はなんと、夕飯の支度中に親指をザックリ切ってしまった!これではいつものペースではキーボードを打てやしねぇ…。)今日、下のお嬢を迎えにいったときのこと。よそのお母さんと先生がしばらく話し込んでいたので少し待っていたんだけれど、そうしたらもともと人懐っこいお嬢のお友達が、私の足にぎゅーっと抱きついてきた。私も座り込んで、その子をぎゅーっと抱きしめながら、ほっぺどうしをすりすり。すると、4~5人のほかのお友達も、わーっと抱きついてきた。それからしばらく、てんやわんや(笑)。ひとりがいなくなれば、そのスペースにすかさず別の子が入ってきて入れ替わり立ち代わり、両手にいっぱいの可愛い笑顔を抱えていた。いつもはちょっと遠巻きにしている子も、このときとばかりに飛び込んできてそれはそれは楽しい「ぎゅー」の時間だった。このクラスは0歳児・1歳児のクラスなので、やっぱり一番抱っこ大好きな時期の子どもたちばかり。今日はおばちゃんにたくさん「ぎゅー」をくれてありがとうね。みんなのママたちも一生懸命お仕事頑張ってくれてるからね。ママが疲れていたら、今日みたいに思いっきりぎゅーってしてあげてね。
2007.03.13
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かなり思い切ってさっきの日記を書いてはみたものの、「ADHDなんかじゃないよ」と言ってくれている人たちが私を励まそうと思ってくれていることはよく分かっているからなんだかとても後ろめたい気もしていたりするんだ。だって、私はここ何年もかけて、その人たちのおかげで自分を好きになれるようになってきたんだもの。それでもね、やっぱりADHDの私自身がそう思っているということはすべてではなくても、中にはね、その言葉で少しつらくなる子がいるかもしれない、とも思うんだ。発達障害というのは、とても理解しにくいものかもしれない。だからこそ、学校でその対応をしなければいけない状況になってきた今、正直に書いてみようって思った。私は、頑張れって言ってもらえることはそれほど嫌いじゃない。でも、頑張れって言われて「自分はものすごく頑張ってるつもりなんだけど もっともっと頑張らなくちゃいけないのかなぁ」「まだまだ今の自分の頑張りじゃ全然足らないのかなぁ」「もっと頑張り続けないと、自分は愛される資格がないのかなぁ」ってそんな風に思ってしまう子もいるかもしれない。ふと、思うことがあるんだよね。この人にとっては、ADHDの私じゃだめなのかなぁって。「私はADHDなんかじゃない」って言える私じゃないと、認めてもらえないのかなぁって。
2007.03.12
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ADHDだとダメ?不思議に思う場面に、今まで何度も遭遇したことがある。ずっと思っていたことがあって昨日の日記にCMLみらいさんの温かいコメントをいただいたことで、書いてみようと思ったりして。以前、不登校の講演会で体験談を話した折、そのときの講師の先生から、「本当にADHDなのかな。違うかもしれないよ」と言葉をかけてもらったことがある。また、その後も、別のところで「ものすごく苦しい思いを抱えてきた人だから、 だからADHDのようなことが出てくるのかもしれないけれど、 本当はADHDじゃないかもよ、って私は思っているよ」とそういう言葉を何度かかけてもらったこともある。これは強調しておきたいのだけれど、私はそう言葉をかけてくれた上の人たちのことは心底尊敬していて大好きな人たちで、その人たちも、私を励まそうと思って、…というか、そんなふうに自分を追い詰めなくていいよ、という意味で言ってくれているのだと分かっている。でもね。私は、本当はね。自分がADHDであることを、恥ずかしいとも、つらいとも思っていない。むしろほかの人が普通にできてしまうことが自分にはどう頑張ってもできなくて、ものすごく自信を失ったまま30年を生きてきて、自分がADHDだと分かったとき、「ああ、私が悪かったわけじゃないんだ」と分かって本当にほっとしたのだ。ちなみに、私が診断を受けたのは、主に自閉症やADHDなどの発達障害を抱えた子どもたちを専門に診ている病院で、ADHDを本当に知っているかどうか怪しいような近くの精神科ではない。だから、「本当はあなたはADHDじゃないと思うよ」と言われることは私にとって、嬉しい言葉ではないんだ。私がADHDだと、なんでいけないんだろう。私が自分をADHDだと認めることは、そんなに悪いことだろうか。と、不思議に思えて仕方がない。でも、そういう言葉をかけてくれたその人たちも子どもたちの不登校やいじめ、少年犯罪などをよく研究して実際に今までも数え切れないほどの子どもたちと接してきた、子どもや親の抱える苦しさに関してはスペシャリストと言ってもいい人たち。ADHDのことも、まるで知らずに声をかけてくれているわけではない。要するに、ADHDというものの特徴がごく限られたものしか知られていないということなのだ。私が本を読むのが好きだったから、文章を書くのもそれほど苦手ではなく、そうなると一般的には「支離滅裂な文章になっていないから、ADHDではない」とそういうことになるらしい。ADHDの人間が、やたらと長い文章を書いてしまうことは、どうやら一般的にはあまり知られていない。だから私のメールや手紙がものすごく長いことに驚かれるのだが私には伝えたいことがあるとき、短い簡潔な文章を書くことができないのだ。また、私はある部分では時間を忘れるほど没頭しすぎてしまうところもあるが「集中力が足りないのがADHDだから、それほど集中できるならADHDではない」とこれもまたそういうことになるらしい。ADHDのなかには、自分の好きなことになると過度に集中しすぎてしまうタイプがあることもやはり知られていないらしい。それで、私は、そういうときには気がつけばなぜか自分がADHDであることを事細かに説明しているような状況に身を置いているのだ。ASの方々も、たぶん、同じような立場にいらっしゃるのだろう。ADHDやASが、何故いけないのだろう。確かに、我が子や夫に対して、自分がADHDであることを申し訳なく思うことはある。でも、その自分を、我が子も受け入れてくれ、夫もまるごと受け入れてくれている。私は、申し訳ないと思うことはあっても、自分がADHDで不幸だなどとは思っていないのだ。本に書いてあったのとまったく同じことを思っている。ADHDは、目が悪いのと同じ。目が悪いから眼鏡をかけないとよく見えない、というのと同じでADHDなのだから、薬やその他の力を借りなければ片づけや管理ができない、ただそれだけのことだ。目が悪い人がいくら努力をしたところで、眼鏡もなしに見えるようにはならないしADHDの人がいくら自分を叱責して努力をしたところで、無理なものは無理なのだ。だから、まるごとその自分を受け入れて上手に付き合っていくしかないしそれが私が自分をまるごと受け入れているということだ。私がちょっと片づけを頑張ったからといって、「やっぱりあなたはADHDじゃないんだよ、きっと」と言われるより「ADHDなのに、よくこんなに頑張ったね」と言われたほうがどれほど嬉しいだろう。だって「ADHDなのに、よくこんなに頑張ったね」と言う言葉がもらえたとすればそれは、相手の人が私がADHDでそこまで片づけるのにどれほどの頑張りが必要だったか、それをちゃんと分かってくれているということなのだ。裏を返せば、「やっぱりADHDじゃないんだよ」と言われたときにはできなかったのは単なる私の怠けだった、ということになってしまう。今まで、きれい好きの母のもとで育ってきて私がどれほど片づけや掃除のことで工夫し、挫折し、悩んできたかそれを全部一蹴されてしまうことになる。私は、顔も知らない人たちのこの場所だからこそ初めてこの思いを書くことができた。私と同じ、ADHDやASの人でなければ、理解できない気持ちかもしれない。普通の人から見れば、「なんだ、ADHDって言葉に甘えてるだけじゃん」と思われるかもしれない。それでもいい。私がどれほど片付けと掃除と自己否定に時間を費やしてきたかは私自身がよく分かっているのだから。でも、あえて書いたのには理由がある。私はここでこうして書けても同じ思いを抱えていたり、そのことで苦しんでいる子どもたちは、なかなか理解されにくいからだ。ADHDも、ASも、悪いことではない。ただの個性だ。その子たちがそうだからといって、その子たちが悪いわけではない。それをまるごと受け入れて、ただ愛してあげて欲しい。少なくとも私にとって、「あなたはADHDじゃないよ」という言葉は私自身を追い詰める言葉でしかないから。
2007.03.12
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上の子の保育園生活も、なんやかんやで一年が過ぎた。誰でもそうだろうけどうちの子が保育園でやっていけるんだろうか…と最初は不安に思ったものだ。それに加えて、私は自分がADHDというおまけまである。しかも、上の子はおそらく、私と同じ資質を持っている気配。毎日の持ち物や、行事のときの特別な準備、それに子どもが持ち帰ってくる書類などの管理等々、私にはどれ一つとっても、特別に気合を入れないとできないことばかり。これから始まる保育園生活を思うと、不安で恐怖すら感じたものだった。そろそろ一年目を終えるけれどそれでもどうにかこうにかやってきた。たまたま2日前によそのお母さんとの会話で早帰りがあることを知ったり下の子が入園してすぐのときには、下の子の分までお弁当がいると知らずに持って行かなかったりした。先生にも自分がADHDであることを伝え、協力をお願いし続けてきたが普段私がぱっと見はしっかり者のように見えてしまうせいで先生方もどこをどう念押ししてよいのか分からなかったらしく。結局、最終的にはお母さん友達にお願いして特別なことがあるときには、念のために連絡してもらったりしていた。最近、子どもが保育園から帰ってきて「うるさーーーい!!」と怒鳴りながらふと気付けば上の子は自分でちゃんとかばんからお箸を取り出して流しに放り込み、脱ぎっぱなしではあっても、自分で私服を出して着替えてある。そしてこの間は、朝、服を着替えるのを手伝っていると、上の子が途中で「今日、○○先生の体操教室だから、体操服着てきてねって先生が言ってたよ」と。「おお!坊もなかなかやるじゃんか!ママすっかり忘れてたよ!!」と間一髪のところで坊主に救われたのだ。今日は、大量にたまった洗濯物をたたんでいたら2歳のお嬢が、自分の保育園のお手拭タオルを全部持っていって自分で床に置いて裏返しに四つ折にたたみ、ちゃんと決まった引き出しに放り込んでいるじゃあないか。そのあとも、私がたたんでいる洗濯物を私に確認することなく、ちゃんとそれぞれ所定の場所へ放り込んでくる。もちろんきれいに並べて入れることはできないけれど多少ぐちゃぐちゃでもかまわない下着類やタオルなどはお嬢が入れてくれたそのままにしておいた。私ができないなりに、ちゃんと子どもたちは成長している。それに、もともとなんでも適当にしかできない私だから子どもたちのやることがどれほど適当だろうがまったく苦にならないし、有難いと素直に思えてしまう。今日は、坊主がお餅を食べたいと言うのでお雑煮を作りかけていたらにんじんを花の形に抜こうかなぁと遊び心がちょっと顔を出し型抜きを出したところで電話につかまってしまった。電話を切ったら、坊が「ちぎれちゃった」。見ると、にんじん全部、他の料理に使おうと思っていた分まで坊が花型に抜いてあった。確かに崩れてしまったものもたくさんあったけれどせっかくだから全部お雑煮に放り込んだ。今日のお雑煮はにんじんの割合がとても多い(笑)。でもこんなに美味しいお雑煮はなかなか食べられないよね。でも、ちゃんと手を洗ってから型抜きしてくれたのかなぁ?まぁ、今日はあえて聞かなかった。
2007.03.11
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ここ何回か、上の坊主とはこんな会話があった。「今日○○くん叩いてきたんだ」「そうか、坊はどうした?」「ぼく、叩かなかったんだ」「ええ?!我慢したの?!すごいねぇ」「…でも、先生に言っちゃったけどね(ニヤっと笑う)」「それでも、叩くの我慢したんだ!すごいじゃん。 今日パパが帰ってきたら教えたろ~」実は先月、坊は連日喧嘩をして、相手の子(毎回違う子なんだが)に引っかき傷を負わせていたのだ。我が家では喧嘩をすること自体は悪いとは言っていないが、さすがに毎日相手の子に傷を作ってくると、喧嘩そのものよりも、本人に何かストレスがあるのだろうか、とそっちを考えた。それと並行して、坊はパパとお風呂に入りながら「喧嘩をしても、ひっかかない」と男同士の約束をしたのである。それでも、そのあと何度かはやはり相手をひっかく喧嘩が続いた。約束を守りたい気持ちと、それでもそうせずにいられないストレス、そして約束を守れなかった悔しさ 等々いろんな気持ちを抱えているだろうなぁ、としばらく見守った。それが、今月に入り、2度ほど「相手の子にやられたけどやり返さなかった」ことをぽろっと口にしたのだ。そりゃあ誉めてやるしかない。本人もそれほど誉めてもらえると思っていなかったらしく、最後ににやっと笑って「でも、先生に言っちゃったけどね」と告げ口してしまったことを恥ずかしそうに付け加えるのだ。ところが今日、ご飯を作っている横に並んで立ち、「今日、先生に怒られたから、ごはんだけおかわりしたんだ」と言う。お、何か言いたいことがあるな、と「そう、ご飯だけおかわりしたの?」「うん、先生に怒られたから。」「どうして怒られたの?」「お友だちを叩いたから。」「そっか。叩いちゃって、先生に怒られたのかぁ」「お友だちはぼくのこと叩いてないけど、ぼくは叩いたんだ。 それで先生に怒られたんだ」「そっか、坊だけがお友だちを叩いちゃったんだね」「うん、ぼくだけ叩いた。お友だちはぼくのこと叩いてないのに。 だから先生に『叩いたら駄目』って怒られたんだ」とりあえず、頭をなでながら、「そうか、お友だちを叩いちゃって、坊も悲しかったね。 でもそんなときもあるさ。 お友だちと、仲直りできた?」「うん。だけど、○○くんも、ぼくのことどんって押してきたんだ。 スケーターで押してきて、そのあと耳のとこ押してきたんだ」「そうか、それじゃあホントはおあいこだったね。 ○○くんも先生に怒られたの?」「ううん、○○くんは怒られてない。ぼくだけ怒られたんだ」「坊だけ怒られたんだね。悔しかったね」「でも、仲直りできたからいいんだ」「そうだね、仲直りできて良かったね」そのあと、延々と、○○くんと遊んだ内容を聞かされたのでした。この4歳のチビは、順序だてて言いたいことを説明できない。でも、繰り返し聞いているうち、とんでもない順序でいろんな状況説明が飛び出してくる。今日は、突然ごはんのおかわりの話から始まって結局、喧嘩のことか、先生に誤解されたことか、何かそのあたりのことを話したかったらしい。結論はどーでもよいのだ。とにかく、坊が話したいだけ話したから。その後は、こっちが話しかけても、テレビを見ていて相手もしてくれない(笑)。おっと、ご飯の炊けた音がした。ご飯にするか。
2007.03.09
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朝から3回も洗濯機を回したら、そのあとどうにもこうにもやる気が起きなくなってしまった。しょうがない、延ばし延ばしにしてきたけど美容院でも行くか。…と、美容院が大嫌いの私が、やっと美容院へ行ってきた。それでも、カラーをするだけの時間が耐えられない。カットだけを頼んで、帰ってきてそのまま洗面所へ直行。今カラー剤をつけてその間にパソコンに向かっている。昨日は下の子が熱を出して保育園から電話が入り、早引きさせて帰ってきた。熱があっても、子どもは元気。つい数日前まで子どもたちは胃腸風邪で休んでいたので私も体力がそうとう限界に来ていて、昨日はかなり頭痛もひどく、夕飯をさぼってスパゲティにしてしまった。子どもたちはそれでも「ママ、おいしいね」と言いながら、にこにこして食べる。こんな普通の毎日が、本当はとっても幸せなんだろうなぁ。下の子が熱のために昨日はお風呂もなし。旦那さんは帰りが遅いので、子ども二人を寝かせるつもりがどうやら私が一番最初に寝てしまったみたい(笑)。はっと目が覚めたら、もう0時をまわっていた。…あ!旦那さんのご飯!!あわてて下の部屋へ降りていったら、旦那さんは自分で適当に済ませていた。「いいよ、かなり疲れてるんだね」と旦那さん。ああああああ、なんていい旦那を持ったんだろう(笑)。明け方、旦那さんのものすごいいびきで目が覚めたけど。旦那さんが朝起きて「ごめん、昨日いびきすごかった?」。昨日の言葉をそのまま、旦那さんに返した。「いいよ、かなり疲れてるんだね」。今日は頑張って美味しいご飯を作ろうっと。
2007.03.09
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今4歳の上の子が1歳のころから、時々私は荒れることがあった。2歳のとき、あまりに自分のイライラを上の子にぶつけてしまった時期があってこのままでは殺してしまうかもしれない、としばらく実家へ預けたこともあった。今年に入って、抱っこ法の抱っこをしてもらう機会があった。私はさぞかし、自分でも気付いていない、母親としての至らなさを知ることになるだろうと覚悟していた。4歳のわが子の訴えを聞いていこうといろいろ語りかけてみたけれどどれもこれもあまり反応が無い。私の子育ては、お世辞にものびのびと育てているとは言えないのに訴えることが何もないはずはないのになぁ…としばらく途方にくれた。ふと、援助者の方が私のADHDのことに触れたとき、とたんに我が子は大暴れして泣き出した。ああ、そんなにこの子には迷惑をかけていたのか、と胸のつぶれる思いだった。でも、それは、まったくの思い違いだった。「ママ、そのままでいいよ。ママはそのままで素敵なママだよ。」「ママは一生懸命やっているのに、そんなに自分を責めないでよ」「ママが自分を責めているのを見ると苦しいよ」我が子はそう訴えていた。それが分かったとき、我が子は泣き顔のままにーっと笑った。子供というのは、大人の思っているよりも何倍もの思いやりや愛情に満ちている。それは知っていたつもりだったのに私のその想像をはるかに超えたレベルで、我が子は私を思ってくれているのだと知った。子どもは誰でもみんな、思いやりと愛情と優しさのかたまりで生まれてくる。大人が持っているような、そんなレベルじゃない。ひたすら人を信じて、愛して、すべて受け入れてしまうくらい純粋に生まれてくる。人をいじめようとか、傷つけようとか、殺そうとか、そんな気持ちを持って生まれてくる子どもなんて絶対にいない。殺人鬼として名高い人たちも例えばアルバート・フィッシュ、エドワード・ゲイン、ジョン・ウェイン・ゲイシー、テッド・バンディ、ヘンリー・リー・ルーカス、ジェフリー・ダーマー、等々、これらいろんな映画のモデルになったほどの殺人鬼たちも皆が皆、幼い頃から想像を絶する虐待を受けて育っている。今、いじめる側の子どもたちも同じこと。そうしなければ日々を生きていけないような苦しいものを抱えている子が多い。そしてそれによって、いじめられる側の子どもたちも新たに苦しさを抱えて生きていくようになってしまう。子どもたちをそんなふうにしてしまうのはその子どもたちの責任なんかじゃない。私たち大人や、社会が、人間をそんなふうに作り上げていってしまうんだ。きっと。いじめをなくそうと思ったら追求したって、責めたって、排除したって、何も変わらない。ただ愛を注ぐだけ。子どもたちが幼い頃に私たち大人にそうしてくれたように、今度は私たち大人が「そのままでいいよ」「そのままで大事だよ」「あなたをまるごと大好きだよ」「いつでもたくさん大好きだよ」そういう思いで接して、そういう言葉を伝え続けるしかない。そして、それが上っ面の言葉にならないために私たち大人が、自分を愛せるようにならなきゃね。自分をまるごと愛せるようになったら、そうしたら今度は人を愛せるようになるんだものね。
2007.03.07
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またぞろ、ADHDの虫が元気に活動しているようで、今日はリビングを見るとうんざりする(笑)。ところが、この私でも、ここしばらくずっときれいを維持できている場所がある。洗面所と、1階のトイレ。沖幸子さんの本を読んでから、その2箇所だけはずっときれいなまま維持できている。タオル一本で家中ピッカピカ洗面所は、最初の一回だけをタオルできれいに掃除してから、それ以後は毎日自分が顔を洗ったとき、自分の顔を拭いたタオルでそのまま、洗面所の水分を全部拭き取って鏡もぐるっと一回拭いてそのまま洗濯機に放り込んでいる。外出から帰ったときや子どもが帰ってきたとき、旦那さんが顔を洗ったときはまた水が飛んでいるがそれはそれで別にいい。日々拭かないまま放置すれば汚れはたまっていくけれど毎日一度でも拭いていたら、その一度で簡単にきれいになるから。おかげで、洗面所に立ったとき、今ではちょっと汚れていると気になってすぐ拭くようになった。ピカピカの状態をこれで一ヶ月維持している。トイレは、毎日トイレに行く中の一回、急いでいないときの使用後に「ちょいふき」(←今はスーパーや薬局で売っている)をトイレットペーパーに吹き付けて、それで便器と便座の裏を拭く。ついでに、トイレブラシで便器の中を一度こする。やはりほこりとりのハンディモップをひとつ置いておいて便器のふたやウォシュレットのボタン部分はそれでさっとひと拭き。一階のトイレだけは毎日絶対使うので一階のトイレも、やっぱりピカピカ。そうなってくると、トイレの床に髪の毛やトイレットペーパーの破片が落ちていても気になってそれもついでに拾ったり、便器周りの床もついでに拭いていたりする。汚い頃は、まったくやる気がおきなかったもんなー。お掃除の仕事に行き始めてから、トイレの床に置いてある物が多ければ多いほど掃除が嫌になることに気付いてナプキンやトイレットペーパーの在庫などは使わないかばんに入れてトイレの壁に全部かけてある。床に置いてあるのは、トイレブラシやトイレ用洗剤などをまとめてあるひとつのカゴだけだ。たまたま、とある場所でスティック型の掃除機を当てたのでその掃除機をしまったりせず、階段下にいつも置きっぱなしにしてある。ちょっと気になったとき、面倒を感じずに使える場所に置いておくのがポイントなのだ!掃除機を出しっぱなしにしているのはちょっとなぁ、と以前はそう思っていたが、掃除機をきちんとしまわなければと思っていた頃は掃除機を出したりしまったりすることがおっくうで何となく掃除機に触れる回数が減っていたものだ。それよりも、気軽に使える場所に置いておいて誰かが来るときだけ二階に上げればよいのだから今は基本的に、スティック型掃除機の定位置は階段下なのだ。おかげで、トイレや洗面所のようにピカピカで汚れ一つない、とまではいかないが前と違って、廊下もホコリがふわふわするようなことはない。パッと見は、「そこそこきれい」なのだ。そのおかげで、宅配便やモップの定期交換が急に来たとき玄関先に入ってもらうことが苦痛でなくなった。ADHDとはいえ、「そこそこきれい」くらいは何とかなるものだ。今日も、洗濯物を干したら、二階の一部屋だけ、捨てるもの選びをしようと思う。この間捨てるもの選びをした納戸は、いろんなものを捨てて空間が倍になったので楽しい。捨てないものを納戸に運び込めるようになったので二階の部屋がどれだけ空間が広がるのか、楽しみ♪
2007.03.07
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昨年から仕事を始めた私。ところが2月に入って「上の子のインフルエンザ→下の子の胃腸風邪」でまるっと一ヶ月以上休まざるを得なくなった。さすがにこうなると、仕事を休むのもストレスになり、このまま当てにできない私が籍を置いていてもかえって迷惑だろうなぁ、と今日、仕事場へ、辞めますと伝えに言った。仕事場へ着くと、まだ支店長は帰っておらず、他の人たちが寄ってきてくれた。子どもの心配をしてくれて、治ってよかったねぇと声を掛けてくれる。で、とりあえず辞めようと思って来たことを話すとみんなの言葉はとても温かかった。そこへ支店長が戻ってきて、「仕事をする人である前に、お母さんであり奥さんなんだから仕事より家庭を優先するのは当たり前だよ」と。そんなことを言ってくれる職場なんて、そうそうあるもんじゃない。「一ヶ月に一日ずつでもいいよ、休んだからそのぶん頑張らなきゃって無理することもないし、ぼちぼちやれるペースでいけばいいよ」。こんな職場にこの先出会えることもないかもなぁ。そう思って、とりあえずもうしばらく休みをもらって家のことが落ち着いてから、ぼちぼち出勤することにした。私は、ADHDということもあるからか(そればかりが理由ではないが)、とにかく今まで転職が多い。でも、自分でもよく分かっているが、以前の私はとにかく何に関しても不平不満が多かった。感謝の気持ちが足りなさ過ぎる人間だった。だから、職場のトラブルも絶えず、いつも何か不満を持ち、反面、自己否定感は募る一方だった。それも、私という人間にとっては、大切な学びだったのだと思う。人に、環境に、仕事に、いろんなものに感謝すること。トラブルが絶えない職場(自分がトラブルを起こしてきたとも言える)を転々としてきたからこそ、こんなに思いやりのある人たちに出会えたことをどれほど感謝しなければいけないか、本当に幸せな気持ちをいただいて帰ってきた。子どもを育てていける環境にある自分は、とても幸せ。それでいて、仕事もさせてもらえる環境にある自分は、やっぱり幸せ。仕事を辞めようと思ったとき、「俺が何にもやってやれないからなぁ、ごめんな」と言ってくれた、そういう主人がいてくれることの幸せ。仕事が遅くなったとき、ずっと保育園で待っててくれた上に「ママ、仕事頑張ってくれてありがとう」と逆に言ってくれる子どもを持った幸せ。どれもこれも、自分が不平不満ばかり口にしていた頃には出会えなかったものばかりだ。「ありがとう」の気持ちをひとつ持つたび「ありがとう」と思えるモノが増えてくる。人生っていうのはそういうものなのかもしれない。
2007.03.06
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今苦しい子どもたちはどこでどうやって過ごしているだろう。その居場所が分かりさえすればただひたすら抱きしめてあげたいと思う。一緒に泣いて、でもその手を離さないでずっとずっと抱きしめていたいと思う。いつか、出会えるだろうか。きっとどこかで出会えるよね。だから何とかして今を生き抜いて欲しい。ひとりじゃないって思えるときが絶対来るからね。ずっと待っているからね。
2007.03.05
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まず、とにかくモノを減らせ!!というわけで、ステップ1。■1…捨てるために必要なモノを買う。 ○ゴミ袋(多めに) ○掃除機の紙パック ○ホコリとりモップ(ハンディワイパーウェーブみたいなもの)ゴミ袋が足りなくなると、詰め込みすぎたり、日々の生活でのごみがそのままになりやすいので、私のような片づけ嫌いには多めに買っておいたほうが良いと思う。ごみをまとめてスペースができてくると、そこにたまっていたホコリが姿をあらわしてきます。そのとき掃除機がごみを吸えないほどいっぱいになっているとやる気が失せます。また、ごみをまとめようとするときにあまり触っていない場所にはホコリが乗っていることも。そういうものを触るのも嫌になるのでホコリとりのハンディモップがあると便利。汚れたら一緒に捨てちゃえばいいから。まずは1日目はこれだけでもOKかも。しかし!!!片づけ嫌いは、買ってきたものをそのままどこかへほいっと置いてしまう可能性が大。今日買ってきたものだけは、絶対にどこかへまぎれないように意識して置いておこう!!!■2…ごみをゴミ袋へとにかくまずは窓を開けろ!!!ゴミ袋には、いっぱいいっぱいまで入れない!!!ゴミ袋にいっぱいいっぱいまで詰め込みすぎると、捨てに行くときが大変です。ゴミ袋がもったいないと思うだろうけどあまり詰め込みすぎると運ぶときに破れたりして大変。片手に2袋くらい持てるように詰め込みすぎず、もったいないくらいのスペースを残して袋を閉じよう。一度に全部やろうとしないで今日はこの部屋の○○だけ、と決めよう。例えば、今日はこの部屋のクローゼットにある服だけ、とか。いっぺんに気合を入れてやろうとしても、途中で疲れ果てて逆にちらかったまま放置する破目に陥ります。しかも、ごみの入ったゴミ袋がたくさん出すぎて、捨てに行くのが嫌になってしまう。まだまだもっと動けるけどな…という気持ちのうちに切り上げて、ちょちょいっとそこらに簡単に掃除機をかけて、終わります。時間はまだあるけど「今日はこれだけできたんだから、上等じゃん、私」とその後の空いた時間は紅茶を飲んでブログでも書こう。私は初日はウォークインクローゼットにある、あまり着なくなった自分と旦那のパジャマ類と子どもが着るかもしれないと取ってあったお下がりの服を捨てました。だってねぇ、お下がりの服でも、「これはまだ着れる」と思って置いてあったけどいざ本当に着せるかっていったら、子どもの服をしまっているタンスにすら入りきらなくてそのお下がりがあることすらずっと忘れ去っていたんだもの。それは、あっても使わないモノ。それでいて、収納スペースを埋めてしまうだけのモノ。その中で、あ、これは外行きにも着せたい!っていうものだけ箱へ放り込んであとはもったいないおばけに取り付かれる前にゴミ袋へ。これだけでもかなりスペースができましたよ。
2007.03.05
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ADHDの私。そう、掃除・片付けができない!!!長いことそれで悩んできた私が、近頃ちょっとずつ変わってきた。掃除嫌いがゆえに、思い切って、お掃除サービスの仕事をやってみたのだ。面接のときにも聞かれて、正直に言った。「掃除が大嫌いなので、お勉強できるかなぁと思って…」そうすると、こんな返事がかえってきた。「そういう方、多いですよ。」「でもね、皆さん、意外と『仕事でだと結構やれる』って言われるんですよ」で、仕事をすることになった。あれ、不思議。仕事になると、面接のとき言われた通り、本当にやれてしまうのだ。しかも、少し自分に自信が出てきたりして。「ここまで汚せる人がいるんなら、私もまだまだ大丈夫なほうだな…」と妙に安心感。そして、何軒かのお掃除に伺ううち、汚れているお宅に共通するモノが見えてきた。とにかく、モノが多すぎる!!!そしてあるとき、ふと仕事目線で自分の家を見渡してみると、やっぱり、我が家にもモノが多すぎる!!!で、本屋めぐりの大好きな私は、たまたまこんな本を買ってみたのだ。夜、寝るときにちょっとずつ読んでいて、はっとした。確かに、私はいろんなものを溜め込んでいる。で、いきなりいろんなものを捨て始めた。捨て始めてから、今日でもう1ヶ月くらいになる。今日は、子どもを送り出してここでブログを書いてから、二階へあがっていって寝室と納戸にあるいらないものをゴミ袋へ。今日の2時間だけでも、すでに10袋のごみの山ができた。ごみの日になると、我が家は旦那さんが協力してくれるのでとても助かる。今日の午前中だけで、納戸がとーっても広くなった。収納スペースがかなり広がったよ。
2007.03.05
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私が自殺を図ったのは、小学校4年生のとき。具体的に何か大きな出来事があったから、とは記憶していない。ただ、それまでずっとどうして自分なんか生まれてきたんだろうどうして自分はこんなこともまともにできないんだろうこのまま生きていてもお母さんもお父さんもきっと困るに違いないと思い続けていたことが、限界にきたとき家にあった薬を片っ端から全部飲んでしまった。そして、その薬を飲んでいるとき私が死んだら、そうしたらお母さんは私のことを思って泣いてくれるだろうかとそう思っていたこともはっきり覚えている。結局、少し頭が痛くなっただけで、次の日学校へも普通に通える程度の状況だった。母にはそのとき、「何考えてるの」とますますあきれられたような覚えがある。たぶん、小さい頃から私はとても嘘つきだったから私が気を惹くためにそういうフリをしただけで本当に薬を飲んだとは思わなかったんだと思う。その一年後には、私の姿はうってかわっていじめっ子の中心人物だった。先生も私という児童をもてあまして個人懇談では、母に「私どもの教育範囲をはるかに超えたお子さんです」と。あの頃、恐ろしいほど気を張って意地を張って生きていた自分はその数年後、何年にもわたる家庭内暴力を起こすようになる。あの長い長い戦いの年月を振り返ってあの数年間ほど寂しくて苦しかった期間はなかったな…と思う。ひとりでいても、何も感じないように踏ん張っていた。泣くと、自分が苦しいという気持ちから逃れられなくなるからとにかく、私はめちゃくちゃなんだ、私はそういう悪い人間なんだ、だから仕方ないんだ、私は全然平気なんだ、何にも求めてない、私は一人で生きていくしかない、それでいいんだ、それでいいんだ、私はそういう生き方しかできない人間なんだ、そんなふうに意地を張って寂しい気持ちにフタをしていた。あの頃、自分が寂しいということに気付いていたらきっと壊れてしまっていただろうと思う。寂しいと気付いても、それを補うものは周りに何もなかったから。今苦しい子どもたちはどこでどうやって過ごしているだろう。その居場所が分かりさえすればただひたすら抱きしめてあげたいと思う。一緒に泣いて、でもその手を離さないでずっとずっと抱きしめていたいと思う。いつか、出会えるだろうか。きっとどこかで出会えるよね。だから何とかして今を生き抜いて欲しい。ひとりじゃないって思えるときが絶対来るからね。ずっと待っているからね。
2007.03.05
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昨日、癒しの子育てネットワーク交流会に行ってきました。詳しいことはここでは書けないけどみんな一生懸命お母さんになろうとしていてでもなかなか自分の理想像に追いつけなくてそんなお母さんたちを見ていて、切ないくらい人間って素敵なんだなぁと思いました。ちっちゃい赤ちゃんでもそうやって頑張ってくれている自分のお母さんを「そのままのお母さんでいいんだよ、そのままで大好き」と一生懸命伝えようとしていてお母さんが話しながら泣き始めるととたんに自分は泣きやんでお母さんの顔を一生懸命見つめている。お母さんもとても素敵で子どもたちもとても素敵でした。子どもが生まれるとき、私たちは「何のとりえがなくても、ただ元気で、明るくて、優しい子に育ってくれれば」と願うんだけれど子どもを育てていくにつれ周りの空気にあせりを感じてあれもこれも、できればこっちも、となんでもかんでもできる子になって欲しいと思うようになってしまう。それはきっと、教育ママになろうと思っているのではなくて今の自分自身に自信が持てなくてせめてわが子にだけは何か自信が持てるものを、とそういう親心なんだろうね。私自身、自分の子ども時代を振り返ってそのままでいいよ、と包まれた記憶もなくどうしてこうなの、早くしなさい、ちゃんとできないの?…とそんな言葉の中で生きてきたから他のお母さんたちもきっと同じなんだろうな、と思う。だからといって、私たちの親に愛情がなかったわけでもなく私たちの親も含めてみんながみんな現状に甘んじていては駄目、いつでも努力し続けるべき、という空気の中で必死に生きてきただけだったんだろうと思う。自分を責めたり反省したりすることは容易でも自分を認めたり許したり受け入れたりすることはとても難しいよね。自分たちが子どもの頃そうだったように自分の子どもたちもまたお母さんやお父さんが少しでも喜んでくれるように、認めてくれるように切ないくらい頑張りすぎているんだね。そうしながら一方ではお母さんに「そのままのお母さんで充分だよ、そのままで大好きだよ」と一生懸命メッセージを送ってくれている。本当は、みんなそのままでいいんだよね。それが分かったら、人にも優しくなれるのにね。
2007.03.05
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なんだか弱音を吐きたいとき気がついたら誰もいない自分って今なんなんだろう息をしてるだけなのかもそれでもこうしてつながってるカオも見えない誰かとここでそれだけでもいいじゃない誰かときっとつながってるときどきね、ひとりぼっちの気がするよ寂しいって気付きたくはないけれどでもね、もうひとつ気がついてここで私が待ってるよあなたがいることを知ってるよ
2007.03.03
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フリーページに、私がお世話になっている方々の著書を少しだけ紹介してみました。不登校、自閉症、その他日々の子育てに悩んでおられるお母さんやお父さん、是非一度手にとってみてはいかがでしょうか。私はどの方々にもお会いしたことがあり、ずっとお世話になっているので、是非是非皆さんにもそのおすそわけを…!!と思いました。図書館などでも置いてあると思いますので、ちょっと疲れたとき、時間のあるとき、是非一度読んでみてくださいね。
2007.03.03
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夢を見た。詳しいことは覚えていないけどおそらくあの場面は中学時代だったのだと思う。私が昨年と今年の二度の講演会で自分の恥ずかしい過去を語りながら泣いたのと同じ、とにかくこんな自分は苦しいといってひたすら泣き続ける夢だった。夢の中で聞いてくれていたのは、中学2年の時の担任。みんなに人気のある先生だったけど結婚式に来てもらったとき、ふとした言葉で「この先生にも自分は実はあまり好かれてはいなかったんだな」と気がついた。何故その先生が相手だったのかは謎だけれど夢の中では、先生がただひたすら「なんだ、そんなに苦しかったのか」「気が済むまで付き合うぞ」と私が泣いているそばにずっと寄り添ってくれていた。泣いても泣いても涙が止まらず時間がどんどん過ぎていって先生にもそのあと予定が入っていて「ちょっと待ってろ、キャンセルしてくるから」と先生は職員室へいったん戻っていった。そこで一人になって、「迷惑かけるから、もう泣き止まなきゃ」と必死で自分を抑えようとしているのに涙は止まらなくてでもそこまで自分に寄り添ってくれている先生が有難くて「私って幸せなんだな、ホントは…」と思ったところで目が覚めた。実際の世界に戻っても、顔じゅう涙だらけになっていた。現実にはその先生にはあまり好かれていなかったようだと知っているのにそれでも夢から醒めたら、私の気持ちはあったかかった。江原啓之氏が、何かの本に書いていた。夢の中で涙を流すのは「魂の浄化行為」。夢の中で癒されてきたのだと思うと、ただ生きているだけでもやっぱり生きているのは楽しい、と思う。
2007.03.03
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生まれてきてごめんねこんな自分でごめんねごめんねごめんねごめんねそれでもいいよ、それがあなた。あなたのままで、そこにいて。あなたが自分を愛せないなら私がその分愛しているから。生きていても仕方がない自分になんて、価値がないここにいてごめんね生きていてごめんねそれでもいいの、いてくれるなら。ただただそこに生きていて。私にとっては価値がある。だからずっと生きていて。あなたが壊れてしまいそう。それでも私はあなたが大好き。価値のないものなんて何もないよ。私があなたを大好きだから。だからずっとそこにいて。私があなたを大好きだから。
2007.03.02
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今日はやっと下のチビが保育園へ。胃腸風邪が治まって、久しぶりの保育園に喜んで登園していきました。さてさて、4日は名古屋で「癒しの子育てネットワーク交流会」。久しぶりの集いなので、わくわくしています。私はお手伝いもあるので、ちょっと早めの参加。森ひと美さんに会えるのが楽しみ。さらに9日には、森さんに下のチビの抱っこをお願いしてあります。「心を抱きしめると子育てが変わる」の萩原光さんには、先日の研修会で上のチビの抱っこをサポートしてもらった。とってもやさしいおじさんで、威圧感というものがない。その日は抱っこ法協会名誉会長の阿部秀雄先生もいらっしゃっていたが私のADHDについて、こんな定義をしてくださった。A 愛情とD 大好きとH ほっとするような安心感のためにD 努力してきた人それからA 愛する子どもたちとD 旦那さんとH ひと美さんからD 大事にされている人とも。ADHDというものを、こんなふうに素敵に解釈してくれる阿部先生、さすが。私はますます幸せな気分になったのでした。よっしゃ、今日も一日楽しむとするか。
2007.03.02
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さて、何からはじめようか。最初から飛ばすと続かないので(ADHDの基本だ)、ちょっと物足りないくらいで終わらせねば。身近な人たちがいろんな活動をしているのを見るとなんだかちょっと焦ったりするなー。昨年末から仕事を始めていたんだけどそれもかなり楽しんでいたんだけど子どもの体調不良が重なって休むことが増えちゃって、あんまり迷惑をかけるのも悪いしな…と辞める決意を表明したところ。そんなんで昨日はちょっと落ち込んだりもしてました。でも、今まで仕事場では人間関係で悩むことが多かったから今回みたいに人に恵まれた職場はとても楽しかった。そういう場所と離れるのは寂しいけどそういう場所に出会えたというのは一歩進歩だったよね、と前向きに考えてみることにした。だから余計に迷惑かけたくないもんね、仕事場に。また日々ちょっとずつ頑張ってればいつかいい場所に出会えるさ。しばらくはのんびり進もう。ってな感じでブログ初日をスタートしました。どんな人に出会えるかな???
2007.03.01
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