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メーカーは昭和25年に発売したようですが、1968年~1980年頃まで だるま という愛称で呼ばれゴロゴロ転がすようにもてていました。クラブで一本キープすると、6000円~8000位でしたね。酒屋さんで買うと2600円くらいでしたでしょうか。なんと 今は、1000円台で買えます。オールドは1970年代、サントリーの売り上げの半分を稼ぐ存在であったようです。小料理屋、居酒屋でもビールの後にはウイスキーの水割りを嗜むのが一般的だったのです。ところが 1980年に入ると酎ハイが猛威を奮い始めアルコールの好みが、ワインやカクテルにも拡散していったのですね。そして 関税の引き下げもあり、安くなった外国のウイスキーに売り上げを奪われることに・・・これが オールドショック と呼ばれた現象です。ディスコでも 若者たちは、特に味が好きだから呑むわけではなく、周りのテーブルがウイスキーをキープし、置いているからそうしないわけにはいかないと・・・ウイスキーが凋落したのは、麦焼酎の占有力です。そして 見栄を張る必要性の低下なのです。人々は、どういう価値の見出し方をしたら賢者になれるかを、考え始めた1985年以降なのですね。
2019.03.28
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太平洋戦争後の混乱を抜け、落ち着きを取り戻した時代です。男性スーツは尖った印象のない、裾はWが主流で、今見るとダンディーさが滲み出ていますよね。女性のおしゃれの手本は、オードリーヘップバーンでした。思い切りウエストを絞ったワンピースやスーツ、自分のウエストサイズより窮めに絞めてやせ我慢していたようですよ。メイクは太い眉、深紅の口紅、跳ね上がった太いアイラインでした。ビートルズが来日しました。アイビールック大流行です。男性スーツは細身で、Vゾーンは極端に狭いですね。そしてツィッギーもやって来ました。幾何学模様のミニのワンピース大旋風を巻き起こしました。中年女性もミニワンピース着ていたのが凄いことです。メイクは細い眉、口紅は淡いピンク、付けまつげを付け始めました。襟幅が太く、胴回りのくびれがありズボンはフレアー、ベルボトムとも言いましたね。男女共ファッションは、ヒッピー文化の影響を受けたスタイル多かったですね。サングラスやスカーフ重宝させていました。メイクは眉は自然に、あまり色を使わずナチュラルがキレイとされました。男性スーツ、丸味のあるシルエットに、肩パットも婦人服用を使い、大きめにふわっと着るように作られました。女性ファッションはきらびやかで肌の露出部分を大きくとったものが流行、メイクは眉は太く、口紅は赤ワイン系で目は鮮やかなシャドウで仕上げたのです。流行は旋回しますね。1970年代のミニワンピースの幾何学模様ここ数年、女性服に沢山使われています。男性スーツ 細身とゆったり 裾のWとシングル繰り返しています。眉も太さと細さ の繰り返しです。数年前の服だったら、流行遅れ となるかも知れないけど30年以上前の服だったら、新鮮に見えるかもしれないですね。
2019.03.21
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昭和50年代、それは まさかサイボーグと見間違えるほど完璧にメイクした 各大手化粧品メーカーの美容部員の方そのメイクの上に商魂たくましい表情を加えて、百貨店1階フロアで、待ち立ちしていたのです。現代はBAやBCと呼ばれていますね。そのフロアを通り抜けるのは多少のスキルを必要としました。完全に無視する人、走り抜ける人、「化粧なんか、しないのよ。」と威嚇する人、誘われるままに、売り場のメークコーナーまで連れ去られる人、その様子を傍らで見て楽しんでいる男性もいたのです。肌診断機も登場し、化粧品メーカーにとっては、売り上げアップの手段機になったのでした。また゛ 海外化粧品も未知であり、日本の4大メーカーが希望小売価格で販売していたせいもあって、化粧品の売上高は昭和50年代がマックスだったのでしょうね。そして、その頃ファンディーションは勿論2シーズン用ありましたがなんと基礎化粧品にも、春夏用 秋冬用 が分かれてあったのです。夏用は、パッケージも涼しそうで、化粧水やクリームの色もブルー系メントールなども入っていたのです。いつのまにか、気が付かないまま、夏用の基礎化粧品、各メーカー製造しなくなっていました。売れなくなったのでしょうね、きっと。
2019.03.14
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すっかり鯖も油の乗ったノルウェー産食べるのが日常になった昨今です。昭和ではほとんど日本の海で捕れるのを食べていたわけですが。鯖は傷みやすく、大量に捕獲できたのでもの凄い早口で数えられ、実際の数と合わなかったそうです。まあ、それで鯖を読むというそうですが、10才は大袈裟過ぎますが、どうにか5才くらいなら、読んでもある程度年令がいくまでばれないし、その歌手が稼げる期間を想定した上での事だったのでしょうね。人気歌手時代は、年令詐称をしている事に負い目を感じながら歌い続けて、今になってカミングアウト堂々としていますね。本人の意図ではなく、所属事務所の方針なのですから。昭和では、ルックスも良く、歌唱力もある男性歌手は、やはり十代でなくてはいけない、独身であること、恋人はいてはいけない、など暗黙の条件があったのですね。売り込んで、売り込んで大漁にファンをつかもうと年令の鯖を読んだのでした。少し鯖を読む枠が、限度を超えると年月が過ぎれば 人々は気付きます。そして、鯖を読んでいた事に誰も憤慨したり、怒りを覚えたりはしません。ただ有名なその人の顔を見て、「人間は一年一年 齢を重ねていくのだなあ」と。
2019.03.07
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一般の方が出演する先駆けだったような カゴメ野菜ジュースのCM、 こんな風なのありました。1973年頃です。 外食文化に色付けされかけている日本は 特に若者 野菜を取らなくなっていたのですね。 現代では、野菜ジュースすっかり舌に馴染みましたが この当初は、人々は今一でしたね。 パッケージデザインが発売当時と変わらないカップヌードル お値段も 安い、手軽、美味しい、 日清の創業者 安藤百福 さんは、 ヨーロッパで自社のチキンラーメンを 紙コップに入れて食べている欧米人を見て、 思い付いたそうです。現代に至るまで超ロングセラーですね。 1970年代、独身男性はひたすらこれを食べ続けたのです。 栄養バランスなどは眼中になかったのです。 だから 年配の女性は、 カップラーメンは体に悪いと決め付けたのですね。 欧米に憧れている日本人は ハンバーガーチェーンが出店を始めたとき飛びつきました。 「やはり牛肉うまい!」歩きながら食べれるのが ファッションになるからでもあったのですね。 昨今 煙という微粒子あまり見かけなくなりました。 昭和では、80%以上の男性が喫煙者で、 蒸気機関車のように、口から鼻から煙を吐いていました。 まるで 体の中で固形燃料を燃やして自分の体を傷め付けるかのように、 きっとスパスパ吸うことが、 エネルギーにつながると信じ込んでいたのですね。 今や テレビのゴールデンタイム、 食や病に関する番組が軒並みですね。 昭和では、高齢化社会になる事は予測していましたが、 健康や食に関しては、 四方八方を落ち着いて眺めなかったのですね。 だから昭和が終わった頃、 健康最優先の意識が濃くなったのですよね。
2019.03.01
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