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アイドル歌手という存在、続々誕生したのは昭和40年代後半ですね。異次元の世界から来たようなルックスで愛くるしく、歌唱力もあり、百万ドルの微笑みを投げかけられるような存在 の歌手ですね。だけれど、ブラウン管を観ていて虚構の世界を演じているのが、断片で感じられましたね。まあ、お仕事だからそれでいいのですけど。ほんとに可愛らしく、キャスケット帽が売れたようです。別名 アイドル帽なんて言われました。歌い方は、ノンビブラートでしたね。声を震わせない歌唱方法は、清純無垢のイメージを持たせるのですね。アイドル歌手の役柄、十二分に演じていました。昭和のアイドル歌手は、デビューのファースト場面での衝撃が大きければ大きいほど一流のアイドルになれたのですね。上の図の方、最初 人々は性別の見分けがつかなかったのです。声も高音で甘く、体も華奢当時の男性に上のようなタイプの方、いなかったのです。だけど眉は毛虫のように太い、そのアンバランス ひどく面白い。歌唱は聴いていると上手い、楽しくなる。アイドル路線一直線に突っ走ったのです。
2019.11.30
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高度経済成長時の、昭和のお父さんたちははしご酒で飲み歩き、最終的には江戸前の寿司屋でお腹を満たし、飲んで遅く帰る申し訳なさで寿司折りを買って帰るのが 定番 だったのです。その 定番 という事を昭和では ひどく実行したのですね。何も眠っている子を起こさなくてもと思いますが、昭和の親の思いやりでしょうねにぎり寿司、ビフテキは、滅多に口に出来ない庶民はお父さんが千鳥足で 持って帰った江戸前の寿司は、子供達は眠っていても、起きて食べたのです。「すごーい!」「めったに食べれないからね」「いただきまーす」きっと部長さんからいただいたのね・・・と、お母さんは思いながら・・・ 回転寿司の元祖は、元禄寿司さん、開店したのは、大阪に昭和33年とのことです。低料金で美味しく、楽しく、高級すぎる寿司を庶民にも十分味わってもらえるようにと。回る装置は、ビール工場のベルトコンベアを見て思いついたようですね。1970年の大阪万博に出店して、人々の間に回転寿司が認識され始めました。そして、昭和49年に元禄寿司さんの特許が切れたのでその後、色々な回転寿司店が、猛烈な出店を始めたのでした。
2019.11.23
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太古の時代から、人々は火を燃やし、食事を作り暖をとり、団欒を楽しんできました。赤い火には、心も体も癒されますね。上の図のような囲炉裏は、昭和30年代まで農家には普通にあったのです。調理と暖が一緒で、なんともこの生活様式今でも取り入れたくなりますね。昭和では、工場の排煙は問題視され続けていましたが焚火や野焼き、家庭の焼却炉など 遠慮せずあっ、タバコもそうですね、モクモクと煙を出し燃やしまくっていました。上の図のような光景、朝の時間帯によく見かけました。一斗缶焚火ミーティング とでも言いましょうか、とても楽しそうでしたよね。達磨ストーブとか、ひょうたんストーブ、と呼んでいました。昭和35年頃から 燃料は薪から石炭に変化しました。ぐんぐん燃えまくったストーブです。もちろん焼けるような暖かさだったのです。女子はストーブを囲めば、昨夜のテレビの話題「あの歌手、なんであんなに泣くの?」「いやーっ、ショックすぎたのよお。」「私だったら我慢しちゃうけどねえ。」
2019.11.17
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2000年を過ぎた頃から、穴あきジーンズ若者が身に着けるようになりましたね。ファッションが豊かになったという象徴です。第二次世界大戦後は、穴あきズボンを穿いている子供は普通だったのです。ワイシャツのヘムが波形なのは、17世紀西洋ではパンツは穿かずに、ズボンを穿くためあのような形状であるのだとか。それをいいことに 重ね着ファッションしっかり定着しましたね。今や シャツをはみ出させるのがラフでカジュアルになってしまっているのですね。昭和で和装のヘアースタイル、後れ毛はカモフラージュさせ、ピッタリしっかり結っていました。現在は、トップは凹凸、サイドはフリンジ、長さはアンバランスそうしないと、昭和的できっと 駄彩 に見られてしまうのですね。
2019.11.09
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国有鉄道だった頃、キヨスクの売店には年配の女性が働いていました。後に知った事なのですが、旧国鉄に勤務していた男性の奥様を、キヨスクの正社員にして雇用していたそうです。ですからですね。対象客は主に男性サラリーマン超過酷な通勤ラッシュの最中、レジなしで暗算をしながら、商品と釣り銭を同時に渡すすご技を発揮していました。笑顔など造っていられません。いつもきつい表情だったのでやはり怖く見えてしまいましたね。パチンコ店がパチンコ屋と呼称されていた昭和パンチパーマで強面の男性店員多かったですね。「どの台が出ますか?」と訊けば指さして教えてくれる…昭和では、精巧なゴト師は、いなかったはずですが不正する客を見抜けるような容貌ではあるが、自ら客と癒着してしまうような、相反する人存在したのですね。現在だったら 即 露見してしまうでしょうね。昭和では 夏など店先に水を蒔いていましたね。やはり水商売だからでしょうか。化粧は濃く、声はハスキー、ペットはハスキー犬ではなくプードルやマルチーズが主でした。水商売に就いた方は、それなりの苦労があり、強さがたっぷり表情に宿ったのでしょうね。また、昭和では、職業に対する世間の偏見の👀があったので対処すべく強張った顏になったのかもしれません。
2019.11.02
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