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九重佑三子さんが演じました。横山光輝さんのアニメのドラマ化でした。宇宙のかなたからやってきたコメットさんお手伝いさんとして、地球の家庭に住み込み魔法で、苦悩やトラブルを解決していく。九重さん ほんとソフトに演じていましたね。マハリク マハリク ヤンバラヤンヤンヤ~ンやはり横山さんの作品です。デパートのアドバルーンに魅せられて宇宙からやってきたサリー、すみれちゃんとヨシコちゃんと友達になり、人間のふりをして、素敵な地球で生きていきたいと思ったのですね。サリーは魔法の国の王女で、地球が大好きだったのです。サマンサ(奥様)は、エリザベス モンゴメリが演じました。御主人をダーリンと呼ぶのを流行らせたのはこのドラマでしたね。時々実母が現れ、いかにも魔女らしい皮肉を言うシーンは、凄力ありましたね。それぞれ、魔法を使うことが、またそのシーンが売りのドラマだったのですが、魔法を使うことに、微妙に躊躇する主人公の表情も見せ付けてくれていましたね。魔法ブームが起こった頃、テレビはモノクロからカラーに変換しつつある時期でした。ポットも上図のような注ぐ魔法びんでした。昭和は、やはり魔法なんてあり得ないけれど魔法を操り使えたらどんなにいいだろうという夢を持って進んできたのだと思います。そして現在、魔法ともいえるコンピューターをさり気なく生活の中で使える時代になったのですね。
2019.05.31
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昭和50年頃迄でしょうか、都会で流行ったものが地方に浸透していくのには、かなりの月日を要しました。特にファッション、ライフスタイル、全て、書物刊行誌などは、発売が何日か遅れたのです。都会に憧れ、田舎を貶す人都会の色に染まったら堕落すると信じる人二極化にバッサリ分かれていたのでした。こどもの容貌にも、格差は表れていました。都会は工業地帯だったため空はスモッグに覆われ、青空はなく日に焼けないから都会の子は、肌が白いと 田舎の人は決めつけました。田舎の子は、野原を駆け回り手足はいつも すり傷と赤チンだらけて゛顔も体も日焼けして真っ黒でした。上の絵図のタイプのような子は近年、全く見かけません。現代は死語に近くなっていますが昭和では おのぼりさん という呼称がありました。この言葉、都会の人は使いませんでしたが田舎から上京した人が、自分より後に出できた人に侮蔑して使った言葉なのですね。多少の差別用語のニュアンスも含まれていたせいか消えかけています。今現在、人々の何が進化したかというと物事を決め付けることが無くなったという事です。東京ぽん太さんが流行語にした イロイロあらあなのような思想ですね。東京ぽん太さん、いなかっぺ という存在を大変面白く芸にしていましたよね。
2019.05.23
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犯行は、強盗ではなく 窃盗ですね。この事件が起きた当時は、億という単位に馴染みもなく、0がいくつ付くか指で数えたのです。上の絵図の方に、それほど憎しみも持たず「凄い! よくやったなあ」と関心しヒーローを見るような視線を注がせたのです。事件は、昭和43年12月10日に起きました。前代見聞の犯行手口ではあるけれど偽白バイにバイクカバーを引きずって現金輸送車を追跡したというのは、ミスをしたのか警察として、慌てふためいている行為の偽装だったのかわからないですね。完全犯罪とはいえ、カバーを引きずったり、白バイの書類箱にクッキー缶を使ったり非精巧的な箇所があり、犯人は若者だったのかと 想像します。モンタージュ写真(ほんとうはモンタージュではなく人の写真だったとか)が、メインの決め手で、容疑者は11万人以上になったそうです。平均的な日本人男性の顔でそれは沢山似ている人いたはずです。今でも 白ヘルを被った人見ると「あら、この人誰かに?」と、思うことあります。この事件昭和50年に時効を迎え迷宮入りになったのですね。人を傷つけない3億円事件の犯人はヒーロー視されました。この時代は、アウトローな人を偉尊する傾向が強かったのです。
2019.05.15
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