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大音量で、中低音のサウンドが怪しく響いたジュークBOX見た目 愚れた風の若者には(昭和の大人は見た目で決めつけましたね)欠かせないアイテムだったのです。自分が選曲してコインを入れた瞬間まるで自分の持ち歌のように自慢気にジュークBOXに寄り掛かるお兄さんでした。ダンス好きのカップルは、自分たちの選曲ではなくても忽ち踊り出します。居合わせた人々は、半円で囲み観賞したのでした。誰かが選曲して、曲が掛かったらそこにいる人は、その曲の好き嫌いにかかわらず聴かねばなりません。この時代、(この曲掛けたら迷惑かなあ?)なんて事 配慮する由もなかったのですね。1980年代CDが登場し、アナログレコード衰退と共にジュークBOXは、存在を薄くしていったのでした。 現在は、デジタルジュークBOXが存在しますよね。昭和のアナログジュークBOX100枚くらいあるレコードをアームがピックアップしターンテーブルまで運ぶというオートマチックとしての動作現在見ると うわ~~っ と 溜息が出ます。
2020.08.24
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バスガイドさん、歌手のようであり アナウンサーのようでもありおしゃべりの上手なタレントであったりもし全体の容姿も素敵な形状で・・昭和のバスの (現在もそうですが) 必要不可欠な存在ですね。左手をご覧ください と右手を横に差し伸べるガイドさん。発声の美しさと、ベーシック性を保ったコスチュームは堪りません。必ず歌う曲は ♪東京のバスガール でしたね。歌の上手いガイドさんのアカペラは聴き惚れてしまうのでした。多美才なガイドさんを見ていると、男の子はうっとりし恋心が芽生えてきます。上の男の子は小学生風ですが、男子高校生などは修学旅行で恋してしまう子が多いかなと思いますね。恋した男の子は、先頭でガイドさんの後にピッタリ追いてゆくのです。名所の説明も顏を見つめているだけで内容は聴いていません。バス旅行が終わる時点では、目にうっすら涙を浮かべてもいるのでした。昭和では、観光バスが10台以上連なり走る光景は当たり前だったのです。旗を持ったガイドさんを先頭に ゾロゾロ行列昭和の人々は、皆ほぼ同じ方向に歩み続けたのです。
2020.08.16
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昭和では、霧をテーマにした歌謡曲 なんて多かったのでしょう。曲を上げれば キリ がないのでそれは、やめます。日活映画の黄金コンビ、昭和では霧をグラスに注いで乾杯していました。夜霧は、ロマンティックで恋心を高ぶらせるのですね。そして、昭和のトレンドファッション トレンチコート都会の街角には、なんとも似合い過ぎていたのです。当時の若者は 日活映画を見 「トレンチコートを着てビルの街角をアベックで歩いてみたい」と思ったのでした。フランク永井さん セクシーさを感じる魅惑の低音でした。夜霧に消えたチャコ夜霧の第2国道霧子のタンゴなど、霧の歌謡曲ヒットさせましたね。第2国道って、国道2号線の事かと薄々霧のように、昭和から想像していたのですが国道1号線のことなのですね。東京の五反田から横浜までの 第2京浜 を詩っているようです。走行していて、昭和30年代初期、霧がかかりネオンも薄くぼかされ感傷極まったのでしょうね。黒木憲さん 霧にむせぶ夜昭和43年、大ヒットしましたね。霧の湿度は、泪を滲ませるのに適しているのです。上の図は、歌謡ショーで、ドライアイスて゛噎せています。噎せ過ぎると泪も出てきてしまうのでした。
2020.08.05
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