全4件 (4件中 1-4件目)
1

NTTが電々公社の頃、電話局と呼称していましたね。この黒い電話を使っていたのは、長い期間でした。重量があり、電話器そのものに威厳を感じました。用件だけ 簡潔に 長電話は禁物 がモットーでした。そして そして何より怒りの矛先の代用道具として有効に使われていたのです。力を込めて、受話器を叩きつけるように置くと相手に対しての衝撃音はダメージをたっぷり与えたのです。黒電話は重さも2.5キロ以上あり頑丈だったのですね。家電などにしても昭和製品は外側を覆うものがしっかりしていたのは確かですね。ベルの音も大胆に空気を震わせて、ドキッとさせられました。学校の始業、電車の発車もすべてベルだったのです。お茶を飲むとき 両手を使う女性は受話器も両手で持ったのです。重さもありますが・・そうであった女性は、数年後 携帯電話で通話するのも両手を使ってしているのです。とても上品で、可愛らしく見えます。黒電話が終息に向かう頃、電話器のカバーが発売され一斉に一般家庭はカバーを掛けたのです。黒電話に堅苦しさを覚え始めたころです。その後、色々なカラーの電話器が売り出され基本の型はそのままで、プッシュ式が出回りフォルムもさまざまな物に変化していったのです。
2020.02.26
コメント(0)

25才はお肌の曲がり角あまりにも有名な、マダムジュジユクリームのキャッチコピーですね。 それは昭和38年です。そして 25才以下の方はお使いになってはいけませんと付け足してあるのです。クリームは鏡台の前にポツンと置いてありかなりの香りを辺りに漂わせ、お母さんたちは必死で塗りまくっていました。現在もロングセラーで、多めに付けてパックをするとしっとり肌になれるというようですね。それにしても昭和38年頃、女性の初婚年令は平均24才で、25才には第一子を産んでいたのです。当時は25才を過ぎるとシニア女性に一歩踏み込んだ風な見られ方していたのですね。現在の25才の女性は、まだまだお肌ツルツルしてますものね。やはり長寿社会を身に染みて感じます。鏡台です。正座して使う家具でした。和箪笥の上に置いていた家もありますね。和服を着ることが多かった昭和では必要でした。鏡に布を挟んで傾斜させ、着物を装っていました。昭和では光るものに必ず布でカバーを掛ける習慣があったのです。その後の三面鏡です。初めて付属の椅子に座って、正面の自分の顔を見つめ両脇のふたつの鏡に映る顏は、まったく別人の顔に見えて驚いたのです。鏡は視線を合わせる使い方がふつうと思っていたからです。昭和の嫁入り道具の中では存在感も高く新婚さんの部屋にはドーンと置かれていました。その後、ドレッサーという呼称で横幅もある鏡台が出回り、三面鏡は姿を消していったのです。
2020.02.19
コメント(0)

昭和の初期に生まれた方は圧倒的に リスぺクタブルNHK なのですね。民放の娯楽番組、英語の歌詞が入る歌謡番組など顏をしかめて 「1チャンネルにしろ」と 怒鳴っていたお父さんいましたね。自分でチャンネル回せばいいのに、昭和のお父さんは怒鳴って 威張って だったのです。昭和から平成にかけて、なんと変革の激しかったNHKです。アナウンサーは 石 のようにカチカチで、顏も強張り、見ていてお気の毒に思えましたね。娯楽番組などでも出演可否の条件は、あったのでしょう。あらゆる面、外見、内面、インパクトを与える方は出演していませんでした。要は、臭いものには蓋をする 方針だったのでしょうね。だけど、その名残のせいか 出演タレントなど見ていると、節々に察知できるのが面白いです。クラスの友達が教えてくれました。ドキドキ、ワクワクしながら深夜テレビを点けるとザーッっというノイズが映りました。その画面は、土砂降りとか砂嵐とか表現していたようですよ。少し 不気味な印象を覚えたテストパターンです。直線と円と白黒の濃淡で最良状態になるよう調整をおこなっていたようです。必ずスクーリンミュージックが流れていました。恋は水色 慕情 シバの女王 など。因みにNHKは、一日の放送を終えるとどちら様も、火の元 戸締りには十分ご注意して、お休みくださいませ。と 女性アナウンサーの声が日の丸旗の揺れる画面から流れたのです。
2020.02.09
コメント(0)

おじいさんは 山へ柴刈りに お婆さんは川へ洗濯に柴刈りとは、燃料の雑木を集めに行ったのです。昭和になっても焚き付けとなる小枝を拾いに山に入っていたので、柴刈り作業は大分長いこと行っていたのですね。川での洗濯も、水道が普及されていなかった頃は洗ったものを用水路で濯いでいたのです。だから山への柴刈りと川への洗濯は 長い歴史があるのですね。二槽式洗濯機銀河 青空 うずしお などありました。野外やベランダに置いて使っている家、多かったですね。汚れもよく落ち、槽から抄くい出して確認でき洗剤の使用料のコスパも大変優れていました。それらを身に染みて感じ切っている方は、現在も使用中です。二槽式が主流の頃は、洗剤も超BIGサイズでコップ一杯入れて洗っていたのです。そして、渦巻に泡が立てば立つほど満足したのです。徒歩でお買い物に行くとき、洗剤買ったら他の買い物は、できなかったのです。昭和も終わる頃まさかスプーン一杯で済む洗剤が出来るとは思っていなかったのです。日常用品は、ある期を境に変革が起きるのですがその驚きと戸惑いが 変革そのものを膨大にするのですね。洗剤をコップ一杯 目一杯入れて、当たり前に使っていたシーンを思い浮かべると可笑しくなります。
2020.02.01
コメント(2)
全4件 (4件中 1-4件目)
1
![]()

