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助けてもらった鶴は、女に変わってその家を訪ねた。その家に身を寄せた鶴は、自分の羽を抜いて機を織り、たいそう立派な織物を作った。愛とは、愛するもののために、そのように身を削るものだ。どんなに身を削りやつれても、それをやり通すものだ。 「愛は大水も消すことができない、 洪水もおぼれさせることができない。 もし人がその家の財産をことごとく与えて、 愛に換えようとするならば、 いたくいやしめられるでしょう。」 雅歌より(口語訳聖書)
2006年10月31日
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☆好きな色は? ~白、青☆嫌いな色は?~だいだい色 ☆携帯の色は何色? ~薄い青色っぽい灰色 ☆あなたの心の色は?~レモン色 ☆回してくれた人の色は?~レモン色
2006年10月30日
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1.春の花といえば?な花2.夏の花といえば?あじさい3.秋の花といえば?コスモス4.冬の花といえば?さざんか(花ではない?)5.木の花といえば?しゃくなげ6.香りの好きな花はなんですか。きんもくせい7.はじめて育てた花はなんですか。チューリップ8.あなたを花にたとえると。たんぽぽ9.大切なひとにプレゼントする(した)花は?ひみつ「花バトン」を勝手に頂いてきました。
2006年10月30日
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礼拝が終わったチャペル内は、あちこちにお話の輪ができていた。このところ頭痛持ちになっているかたがボクの所に来て祈りを願われた。よほど耐えがたい痛みだったのだろう。講壇の上にある小さなオリブ油のビンを開けそのかたの額にオリブ油を点けて痛みからの解放を祈った。「あなたがたの中で病気の人は、 教会の長老を招いて、 主の名によってオリーブ油を塗り、 祈ってもらいなさい。 信仰に基づく祈りは、病人を救い、 主がその人を起き上がらせてくださいます。 その人が罪を犯したのであれば、 主が赦してくださいます。」 ヤコブ書5章14~15節(新共同訳聖書)
2006年10月29日
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日付が変わって寝床に入る頃には、音を立てていた雨6時の合図で目覚めると、雨上がりの朝となっていた。予報では、午前中は雨模様とのことだった。こういうことはよくあることだ。教会に来られる皆さんが出やすくなるようにとの、天の神様の格段のお計らいだと信じることに、ためらいはない。 (2006年10月29日 9時20分59秒)
2006年10月29日
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日本ハム、優勝おめでとう。高校生のように抱き合う、泣く。みんなが燃えていた。選手も球場も、そして町も。みんなが青春だ。
2006年10月26日
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ボクたちの教団は、設立後まだ若いのです。ですからまだ「信仰告白」を持っていません。「信仰告白」とは、ボクたちのキリスト教信仰のあらましを、神様に対しては捧げ、他の人々には短い言葉で説明するものです。火曜日から全教師が埼玉県に集まり、3日間かけて「信仰告白文」を作成するために話し合いました。もう3年ぐらい話し合っていますが、なかなか煮詰まりません。「使徒信条」という古い信仰告白文があります。たくさんの教派があっても「一つ」という「公同の精神」を歩むために、「使徒信条」を入れます。その中では、カトリックも正教会も一つです。その上で私たち「ウェスレアン・ホーリネス教団」というキリスト教の一教派としての証詞をうたい込むのです。だんだん形になってきました。
2006年10月26日
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武蔵丘陵森林公園でサイクリングをした。アップダウンのある17キロ、自分の体力のためしでもあった。久々にマウンテンバイクに乗った。
2006年10月25日
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最近、「一所懸命」と書いている人を、時々見かける。「そのことに、自分の一生を懸けるようにあたる」だから「一生懸命」なのだと思っていた。
2006年10月24日
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チャペルの正面 講壇の端にはオリーブ油の小瓶が置いてある。友人がイスラエル旅行の土産に下さったものだ。 「あなたがたの中で病気の人は、 (中略) 主の名によってオリーブ油を塗り、 祈ってもらいなさい。 信仰に基づく祈りは、病人を救い、 主がその人を起き上がらせてくださいます。」 ヤコブの手紙5章14~15節(新共同訳聖書)
2006年10月23日
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毎週の礼拝では、普段は完全原稿を作って、それに目を落としながらお話します。今日は、ポイントだけのメモを持って、お話をする場所に立ちました。ちょっと荒々しくなったかも知れない。しかし原稿を持たない自由さを味わいました。自己満足は厳に慎まねばなりませんが。自分をぶつけてお話ができたと思います。これからは、完全原稿を手放すように、心がけようか、と思いました。これからの課題は、皆さんのお顔を均等に見ながら、お話ができることです。皆さんの前でお話をするようになって30年やっとここまで来られたと言うべきでしょうか?
2006年10月22日
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昼前、知多市から友だちが来た。「寿司食べに行こう」と誘われた。午後、半袖・短パンに着替えて車のワックスがけをした。古い車が輝いてまぶしかった。それから脚立に乗って食堂のガラスを磨いた。妻に「きれいになった?」と訊いた。夜、信者さんの息子さんから電話「母が、転んでケガをしました」明日見舞う約束をした。
2006年10月21日
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聖書は、できるだけ素直に、楽しく読むことがいい。朝の光に感謝したり、夕景に見とれたりするように、聖書を読み進めるように。そこには、日だまりがあり、ぬかるみもあり、嵐さえあり、そよ風さえある。ただ神の愛を信じ続けること。そうすればその山並みを越え行くことができる。
2006年10月21日
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どんなに重い心で謝りにでかけたことだろうどんなに重い心でそれを迎えたことだろう謝りの言葉をかき消す痛罵の声謝る人も謝られる人も共に手を取って赦しを請い合いもう決して悲しむことのないように悲しみの旅路を安らかな道につなげるために共に励まし合いましょうとそんな光景を心に描いていた
2006年10月20日
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いつの間にか、夕闇が来るのが早くなった 山の端がうっすら明るい ほんのひと時の美しさ 見とれていると いっそうの闇に包まれた街は 新しい営みに生まれ変わろうとしている
2006年10月19日
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大切な事をしているはずの時間なのにボクの部屋から音楽が聞こえてくるので妻が心配して見に来たボクが音楽をいつもかけているのは気を散らさないためとんでもない方に、心が飛び出しそうになると聞こえている音楽に心を移すのだと妻に説明して聞かせたわかったようなわからないような顔をしていた
2006年10月18日
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毎朝6時15分からの「朝の祈り」いつ頃からか、信徒さんが来られなくなったので気が緩んで昨日は夫婦して寝坊した。朝6時半頃、駐車場から車が出て行った気配があった。しまった! どなたかが待っていたんだ。それで今朝は5時半に起きて、電気を点けて待っている。
2006年10月17日
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昨日の小さな旅では自分が小さな試しにも耐えられず相変わらず、罪深い心を持ちながら生きている者であることを明かさねばならない思いに駆られていました。お話しを終えて、帰り道、それでも自分は良くなってきていることに気づきました。それは前方に見える光であり、これからは、その光に向かって生きればいいのです。帰りの電車の中で、一つの聖句を思い出し、あの御言葉を皆さんに読めば良かったな、と思いました。「お前たちの愛は朝の霧 すぐに消えうせる露のようだ。」ホセア書6章4節ボクは聖書を開き、この聖句を探し出し、改めて読み、やはりこの言葉はボクの心を言い当てていると思いました。それから、電車が三島の駅に滑り込むまで、ホセア書全体を読みました。そこで、ほとばしるような愛と赦しの御言葉にふれました。「お前を見捨てることができようか。 お前を引き渡すことができようか。 わたしは激しく心を動かされ 憐れみに胸を焼かれる。 わたしは、もはや怒りに燃えることなく エフライムを再び滅ぼすことはしない。 わたしは神であり、人間ではない。 お前たちのうちにあって聖なる者。 怒りをもって臨みはしない。」 ホセア書11章8~9(新共同訳から抜き書き)
2006年10月16日
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今日はこれからほかの教会の礼拝に行きます。帰りは夜になるでしょう。ドキドキしています。ウチでは妻が留守番です。うまくやるかな!
2006年10月15日
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昨日は半袖を着た。今朝は長袖を着た。
2006年10月14日
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ボクたちが、楽器だとする。それは、とてもシンプルな音色を持つ楽器。それぞれが、違う音色の楽器だ。全部、違う音色!どんなに麗しく虹色にも優る音楽が奏でられることを期待されただろう。指揮棒を振るのは神様「サッ」と指揮棒が宙を舞うぐわ~んぐわぐわぐわぐわぎぃぎぃぎぃおお~なんたる不協和音!「もっとみんな、合わせて合わせて!」
2006年10月13日
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都会の憩いの川辺。隅田川。総武線の鉄橋。国技館の屋根。首都高の車の流れ水上バスや運搬船が行き交う。ボクは鱗雲の下にたたずむ。
2006年10月12日
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「心の貧しい人々は、幸いである、 天の国はその人たちのものである。」 マタイによる福音書5章より----------------高校時代、倫理社会の時間にキリスト教があった。教科書に載った上の聖句を先生が読む、それから生徒に言った。「心が豊かな人は幸いというならわかるが 心が貧しい人が幸いなんて これだから、ボクにはキリスト教はわからない」こう言って教科書を閉じて、それでキリスト教の時間は終わり。正直なのは、よかったが。大学では中国文学の老教授「宗教なんて、一言で言えば「勧善懲悪」だよ」
2006年10月11日
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浅草橋駅の近くにある教団の事務所に行きました。用事を終えて帰ろうと外に出ると、事務の方に声をかけられました。「お弁当が一つ余っているので食べて行きませんか?」それで、お弁当を頂いていたら、忙しそうにしている人がボクに目を留め、「やまひでさん、もうお帰りなの~ これ印刷してくださいませんかね~?」それは、数日前ボクが編集して彼に送った原稿でした。彼が他の仕事に入っている間、プリント両面印刷1500枚を引き受けることに。無事に終わり、置き手紙をして、家路を急ぎました。
2006年10月10日
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「兄弟ってこんなに仲がいいものなの?」と驚かれた子供たちもそれぞれの道を進んでいった駐車場にたたずんでいたら子供たちが三々五々 車に乗ってやってきて鉢合わせ近所の子供たちも久々に集まってきてにぎやかになった夢を今朝は見ていた
2006年10月09日
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「わたしについて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのために命を失う者は、それを得る。」(キリストの言葉~マタイによる福音書16章24- 新共同訳聖書)---------------キリストの弟子になりたい人は、自分を捨て、自分の十字架を背負う決意をするように、求められています。「自分を捨てる」自分の栄光を追い求める野心的な思いをあきらめること。「自分の十字架を背負う」神様のために働く上での様々な責任を喜んで引き受けること。クリスチャンと教会生活に照らし合わせれば、教会の運営に生涯をかけて加わっていくと理解できます。「自分の命を救いたいと思う者は、それを失う」自分の城を守ることだけに一生懸命な人は、年を経て振り返る時に、落胆せざるを得ないでしょう。「わたしのために命を失う者は、それを得る」英語の聖書(NEB)に、この句を解く鍵を見つけました。 but if a man will let himself be lost for my sake,he will find his true self.「彼は本当の自分を見いだすでしょう!」神様に作られたままの、オリジナルな自分は、ここで造られます。罪の縄目から解かれた本当の自分自身がここで発見できます。若き日に「ボクの全生活を、あなたのお仕事が進み行くために、お使い下さい」と祈ったことは正しかった。ボクの今日までの人生の中のただ一つの喜びが、ここにあります。
2006年10月08日
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昨日は、傘が風に飛ばされないように気を付けながら、お父様先生の時代から30年もお世話になっている歯科医院に行ってきました。奥歯の治療と、前歯の義歯の修理のためです。ここは、医師一人だけ。お一人で受け付けも診察も片づけもなさいます。予約もありません。午前10頃着くと、院内はがらんとしていました。ラジオからは、田中真紀子議員の国会質問が聞こえています。ボクは治療室に呼ばれます。ちょうど2時間にわたる治療が終わると、先生は電卓で点数を計算し、治療費を告げます。「「親知らず」なんてヘンな名前ですねぇ」ボクの感想から始まって、「親知らず談義」をひとしきり。4年ぶりに出かけたのに、治療費が2千円足らず。思わず「今日は2カ所の治療だったのですが?」とボク。とうとうほかに患者さんは来られませんでした。VIPの気分でした。
2006年10月07日
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夜半に目覚めると雨音に混じってコオロギのなく声が聞こえました
2006年10月06日
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指揮者が微笑をオーケストラに送った。ヴァイオリンの女性が、笑みを返した。
2006年10月05日
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山口秀樹 と打ったつもり山口不出来 と出た
2006年10月04日
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インターネット・オークションで詩集を買いました。裏表紙に著者の為書と署名がありました。それなのに、読まれた形跡がありません。きっと難しかったのでしょう。抒情詩とはやさしいようで難しいものです。小さな景色から、奥深いものを探り出すこと、その細やかな心に共感できなければ読み続けることは大変です。「故園・冬の旅抄」という題の島崎光正さんの詩集ですが
2006年10月03日
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ウェスレーという18世紀の伝道者は神様に向かう「一つの目」a single eye があればいいと言いました。2つあると、神様以外のもの見てしまうと考えたようです。ボクも神様を見る時は、「一つの目」でありたいと思っています。そして神様から目をこの地上に移す時には2つの目が欲しいなと思います。一つの目は、ボクがお仕えしているこの世でたった一つの教会を見つめるもう一つの目は、さらに広い世界を見つめる
2006年10月02日
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