全31件 (31件中 1-31件目)
1
弟が来たとき聖書の話をしようとしたら「よくウチに来るよ」と言われた。それは「エホバの証人」と言ってキリスト教ではないよ、といっても「キリスト教だよ」と言い張る。キリスト教はね、キリスト様を拝むのだけれど彼らはキリスト様を拝まないんだよ、だからキリスト教ではないよ。何を言っても「キリスト教だよ」
2010年02月27日
コメント(9)
あそこで旧友と遭遇奥さんを亡くされた友「残念だったね」というと「残念ではありません」と笑いながら「身も心も一つでしたから。 身だけは先に行きましたが 心はいつも一緒です」キリスト様の言葉を思い出しました。「行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える。こうして、わたしのいる所に、あなたがたもいることになる。」ヨハネによる福音書14章3節キリスト様が迎えに来られるとき彼女も一緒に来るのかな
2010年02月27日
コメント(0)
人のメッセージを聴いていると色々なアイディアや思いがあふれてくるもの黒色でメッセージを書き留め青色で心の思いを書き留めたヨセフの生涯について話されていた志を立てた自分の歩みと重ね合わせた30代、40代、50代、60代60代がまだ大部分残っているまだ4分の一も残っていると思った
2010年02月26日
コメント(2)
箱根の聖会ではたくさんの人がお声をかけてくれた。「お孫さんの具合はどうですか? お祈りしていますよ。」妻はその度に涙声。本人いわく「うれし泣きなの」さんびかを歌っていても涙。メッセージにも涙。今日は息子がその子の写真をプリントして見せてくれた。「わぁ、かわいい」とまた涙ぐむ。
2010年02月25日
コメント(4)
49年目を数える箱根のキリスト者聖会に行きました。英国のケズイックという町で古くから行われている聖会に因んで「日本ケズイックコンベンション」と呼んでいます。「超教派の集会」だと思っていましたら、違うと言われました。「互いに教派の衣を脱いで、純粋に聖書の御言葉に耳を傾ける。つまりケズイックの目指すところは「無教派」なんです。」そんなポリシーで持たれていたのです。ケズイックのメッセージは、「明け渡し」です。自分の心配や課題だけではなく、自分自身を神様に明け渡すことがケズイック聖会の目指すところです。今日の午後はメンズ・コンベンションに参加しました。一人のかたが賛美のご奉仕をなさいした。聞き違いでなければ72歳とおっしゃっていましたが若々しいのです。「私はオペラ歌手を目指していました。 ○○(忘れた)というオペラに出たこともあります。 でも神様からの召しを受け牧師への道を選びました。」自由で柔らかな物腰、明るい笑顔、幸福そう!牧師の道に変更して良かったですね。
2010年02月24日
コメント(5)
新聖歌では105番去年からボクの中でブレイクしています。去年のレントには礼拝で毎週歌いました。今年も歌い始めましたとも。 栄えの冠を 献げまつらん かつては茨を かむりし主に ゲッセマネの汝を カルバリの汝を 覚えて近づかん 王なるイエスよこれを歌うと淀橋教会時代作曲家でもあられた高野忠博先生の独特にアレンジされた伴奏が心に思い浮かびます。もう一度あの伴奏で歌いたい。
2010年02月23日
コメント(4)
こんな職業を選んだので、歌手でもないのに、文字通りに歌いつつ生きてきた。レッスンを受けずに自己流で、皆さんの前でハズカシげもなく歌い続けた。歌わない日がめずらしい。これをノーテンキな人生とでもいうのかな?これからも心臓が動く限り歌い続けます。歌の本も「讃美歌」「讃美歌第2編」「聖歌」「新聖歌」「こどもさんびか」「ふくいんこどもさんびか」「友よ歌おう」「青年聖歌」「教会讃美歌」その他もろもろボクは身持ちの悪い、飽きっぽい性格だと思っている。こんなボクが「牧師」という職を志したお陰で、今日まで守られてきた。「職が人を作る」ってボクの場合ホントのことです。だれか牧師という職を志す人はいないかな?それにはまずクリスチャンにならなければ(笑)
2010年02月22日
コメント(8)
朝の礼拝メッセージで詩編46番をとりあげました。短いけれど心に響く壮大な詩編です。準備不足のため読んで与えられた恵みを十分に語れませんでした。それで語れなかったところを夕礼拝で補足しました。朝夕で一つのメッセージとなりました。
2010年02月21日
コメント(0)
スマートでなくても泥臭くても本質だけで生きる周りを見回すとお手本にできるような人がけっこう居るボクもその仲間に入りたい
2010年02月20日
コメント(4)
孫を持って初めて知った孫の可愛さ
2010年02月19日
コメント(6)
国母ぅ一発勝負をかけたな残念だったなよかったよ堂々と帰ってこい
2010年02月18日
コメント(2)
「ドメスティック・ヴァイオレンス」たとえ、死なせてしまっても反省はしない溜飲を下げるだけ
2010年02月17日
コメント(0)
教会にお出かけ下さること心から歓迎いたします。イエス様に向かう心が一つならば自分のスタイルを大切にお過ごし下さい。ただ一つだけお約束をお願いいたします。「どんな時にも、人への批判を慎むこと」
2010年02月16日
コメント(6)
身体は寒かったが心は温かかった
2010年02月15日
コメント(2)
(仏式の葬儀に参列するキリスト教徒)前に出て焼香をする代わりに予め花を用意してきて台に置くという人を知っている。真の証詞とは目立つようなことをしない。光を覆い隠すように隠そうとしても漏れてきてしまうもの。そんなことをするくらいなら葬儀に出ないで遺族のために祈っている方がよい。
2010年02月13日
コメント(12)
五輪の日本代表選手団は飛行機に乗る時から、きりりとネクタイを締めてワイシャツのすそはしっかりと中に収め顔は勝利の表彰台を遠くに向けあれ? だらしないヤツがいるぞネクタイはゆるみワイシャツのすそは・・・・だらしない、ですって?今時の若者の自己主張がわからなきゃ今時の五輪に勝てませんぞ
2010年02月13日
コメント(4)
体力限界のボーダーラインあたりでよくがんばりますね。先ほどももう歩けないと玄関先でうずくまっていて気が付くとテーブルの上で手紙を書いています。あなたの心に秘められているのは愛の鈴りん、りん、とは鳴り響かないけれど。
2010年02月12日
コメント(4)
ちょっと遠方への訪問を予定していたが冷たい雨が降り続くので延期、代わりに、看板用の書き物を、4つ切りじょうふく半紙に4枚書く。この書き物は、以前は信徒さんたちにお願いしていたもの。信徒さんたちは事情が変わり、今はボクが書く。お願いしていた頃は、簡単に書けるものと考えていた。「お帰りになる前にちょっと書いていって下さいな」などと声をかけたもの。自分が書いてみると時間も精力も驚くほど消耗する。体調や気分によっても書き味が変わる。簡単に書けると考えた自分のお気楽さを恥じなければならなかった。
2010年02月11日
コメント(0)
春の精がキラキラ舞い降りて来てお山が緑に色づきはじめる菜の花が土手に咲き乱れたらその中にうずくまる原っぱには、白つめくさがひろがる子供の頃それをつなげてレイを作った光の春
2010年02月10日
コメント(2)
「あの人がこう言っていたよ」「えっ、ほんと? ムカ ムカ ムカ ムカ」「親友に向かってすら王を呪うな。 寝室ですら金持ちを呪うな。 空の鳥がその声を伝え 翼あるものがその言葉を告げる。」 コヘレト10:20「自分の口と舌を守る人は 苦難から自分の魂を守る。」 箴言21:23
2010年02月10日
コメント(0)
息子の子を見舞った。生後3週間たった。よく産まれてくれたね。今日までガンバッテ生きてくれてありがとう。ボクたちみんなに力をくれているね。血色も良くくりくりした目を開ける。声にも反応。身体を撫でるとくすぐったがる。看護師に頼んで息子がだっこする。写真を写す。「父さんも母さんも一緒に入りなよ」「おぅ。よし」
2010年02月10日
コメント(4)
ポッカポッカポッカポッカ春先って気分は気持ちいい陽光が気持ちいい
2010年02月08日
コメント(2)
礼拝に来る方々が口々に「今朝は一番寒い」寒いと言ってもここは伊豆。いつものメンバーが揃います。日曜学校先生方3人、生徒は高校生一人成人科は6人礼拝は13人生気に満ち礼拝が進みます。聖餐式渾身から主を仰いで式を司ります。夕礼拝今日は4人でした。バビロン捕囚の苦難と教訓とを、列王記と哀歌から学びました。
2010年02月07日
コメント(0)
ボクは今、お勤めしている教会の礼拝で詩編からの説教をしています。説教の準備はつらく苦しいです。ボクの場合は、説教者の喜びに輝いて、と言うわけにはいきません。ブログ日記のようにはゆかない。でも苦しむのは当然で大切なことでもあります。赤児を産む時に、もし苦しまなかったら?そんなものは絶対ありません。すらすらお話が出来ると思ったら、もうおしまいだと思います。正しく苦しまずに、ごまかして講壇に立つことがあります。概して声は小さく早口で猫なで声になるので、自分でもわかります。妻はもちろん礼拝に来られる皆さんも、見透かしていることでしょう。さて明日は詩編40編になります。
2010年02月06日
コメント(2)
「冬将軍様、立春も過ぎたことですし ぼちぼちご退場願います。」「なんの。 あの心地よい調べがわしの耳に響くウチはな。」『春は名のみの風の寒さや 谷のウグイス歌を思えど・・・・』
2010年02月06日
コメント(0)
エリシャがシュネムで死んだ子供を生き返らせる場面は臨場感があふれている。物語は具体的かつ神秘的である。(列王記下4章)キリストは会堂長ヤイロの娘を生き返らせた。(マルコ5章)悲しみに打ちひしがれる人々と、よみがえった娘を目の当たりにする対比が劇的である。またキリストは死んで3日たって死臭を漂わせていたラザロをよみがえらされた。この場面の書き方は生き生きとしている。福音記者ヨハネの真骨頂である。(11章)ペトロは死んだタビタをよみがえらせた。(使徒9章)パウロは3階から落ちて息絶えた若者をよみがえらせた(使徒20章)神のみ力は時として、生と死のボーダーラインをずらされる。なぜか? 神がそれを必要とされたとき。
2010年02月05日
コメント(2)
冬将軍はえばりくさっているのだが朝のお空は春の精が舞いだしたぜ見えるかな?
2010年02月04日
コメント(0)
お勤めしている神学院の当直で来ています。授業は1月末で終わり、テストや特別講義が待っています。2月は日にちが少ないので、たちまちに3月そして年度末となるでしょう。最上級生が巣立っていきます。神様とボクたちとで作る歴史のページがまた1枚、繰(く)られます。先生たち、学生たちに神様の祝福があるように。
2010年02月03日
コメント(0)
午後はじき3歳になる孫娘と遊びました。前半はボクが彼女を乗せて市内をドライブ後半は妻が片づけがてら、何かと話しかけていました。孫娘は帰しましたが、妻の表情はいつまでも緩んでいます。
2010年02月02日
コメント(0)
関東地方は雪の朝を迎えたようです。こちらは雨でしたが冷えています。朝、陽がさしかけたので、喜んだのですが今また空があやしくなりました。午後は孫娘と遊ぶことになりそうです。とりあえず主を賛美しましょう。ハレルヤ。
2010年02月02日
コメント(2)
嫌いな言葉の一つ~「しつけ」ボクにとっては、「パワハラ」「虐待」と同じ意味。それよりも共に生き、共に苦しむ共に笑う
2010年02月01日
コメント(5)
全31件 (31件中 1-31件目)
1