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夜の祈り会で2009年度のすべてのプログラムを終えた。信徒さんが2人来て下さった。この年、変化に満ちた一年だった。無事に終えられて心からうれしい。明日から新年度、ま新しい頁が始まる。感謝主!感謝主!
2010年03月31日
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ある日、友だちが教会の庭道路に面した場所に三本の桜の苗を植えていきました。年ごとに大きくなりボクは1本だけ残し2本は取り去りました。残った一本は屋根にかかるほどの大きな木になりました。でも咲かないのです。隣の神社の桜は、それは今見事に咲いているのに。ボクは上を見上げて数えました。全然咲いていないわけではありません。一つ、ふたつ、みっつ・・・・指を折って数えられるほどに開いた桜の花その可憐なこと、言葉で表しにくい。
2010年03月30日
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午後から雨が降り出しました。妻と静岡市に行きました。出るときから雨にみぞれが混じり始めています。蒲原あたりで雪となりました。秋田県出身の妻は喜びひとしきり雪のお話を聞かされました。あなたは、将来は秋田で暮らしたい?東京で暮らしたい?と聞きます。ボクが東京の出身なので。秋田だな、というと、寒いわよやっぱり温かい静岡が良いわね一人で決めてしまわれました。電光掲示板が出ています。「箱根新道、雪、通行止め」
2010年03月29日
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周囲の注目を浴びていると感じるとカッとなり顔も紅潮する。天にも登る気持ちに浸る。逆に、ちょっとした言葉に傷つき落ち込む。「青菜に塩」のような顔つきになっているだろう。礼拝でお話しするときは、おおむねハイ気分である。思いもよらなかったひらめきが来る、人を傷つける言葉が、平然と出てくることもあり。身の置き所のないような落ち込んだ気分で葬儀を司ったとき「今日のあなたは、よかった」そう妻に言われた。「得意げな顔が消えていたのよ」教団総会では、お話の担当があったが妻は「夫がハイになりませんように」と祈っていたという。みんなの前に立って、ボクはハイになった。妻の顔が浮かんだ。「原稿にないことは、ひらめいても口にしないように」それを心がけた。
2010年03月27日
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2泊3日の教団総会から帰りまた日常が始まる。今年のテーマは「見よ、新しいことをわたしは行う。 今や、それは芽生えている。 あなたたちはそれを悟らないのか。 わたしは荒れ野に道を敷き 砂漠に大河を流れさせる。」このイザヤ書43章19節の聖句が繰り返し語られ、ボクたちみんなの心に新しい期待が膨らんだに違いない。神様がボクたちの小さな働きを用いて、新しいことをしてくださると信じます。
2010年03月26日
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一陣の風のように吹き抜けていったようにボクには思えるのです。ただそれだけ。はにかんだ笑顔と主のための熱意あなたが吹き抜けたあとの残像
2010年03月22日
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受難節も半ばを過ごし、次週は「しゅろの日曜日」から受難週に入ります。イースターは間もなく。詩編選集を休止にして、ルカによる福音書から「ゲッセマネの祈り」をメッセージにとりあげました。つたないもので、公開するようなものでもありませんがキリスト教の説教というものに興味のあるかたは、お聴きになってみて下さい。聖書朗読と終わりの祈りを含めて約35分の音声ファイルを載せています。 http://mnc.holy.jp/service.html
2010年03月21日
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「サウルの子ヨナタンは立って、ホレシにいるダビデのもとに行き、神によって彼を力づけた。」サムエル記上23章16節(口語訳聖書)ヨナタンとダビデの友情。王の子と、王から命を狙われている従卒との深い愛。共に神様にあって結ばれていた。「神によって彼を力づける」気休めの言葉は通じない。神の御名による言葉だけが心に通じる。そしてボクは明日ヨナタンにならなければならない。
2010年03月20日
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キリストを愛する人はキリスト以外では決して満足しない。
2010年03月19日
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「わたしたちは、生きるとすれば主のために生き、死ぬとすれば主のために死ぬのです。従って、生きるにしても、死ぬにしても、わたしたちは主のものです。」ローマ14:8進路を考えていたときに、友人からこの聖句を教えられ献身に導かれ、友人も献身しバプテスト教会の牧師をしています。もう友人は忘れていると思います。ボクはこの聖句を読む度に思い出します。
2010年03月19日
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土曜日~火曜日、ずっと夜更かしだったので週の後半、からだの変調がきました。風邪はぜったいにひけない。しかし自己管理は何よりも困難なこと。主よどうぞお赦しを。皆さんに祝福を。
2010年03月18日
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時節柄、バッハの「マタイ受難曲」を毎日のように聴いています。ちょっとした空き時間に、部分的に聴いたり、聴きながら寝たりしています。CD添付の歌詞カードを開いて今どの場面かを確かめます。時々は、ため息をつくボクなのです。「ドイツに生まれたかった、 バッハの受難曲を聴くためにだけ。」
2010年03月17日
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散歩に出る妻はボクの携帯電話を持っていく。子どもたちや信徒さんへの電話もボクの携帯から。メールも「貸して。 あぁめんどうだ。 ちょっと代わりに打って」「キミも自分の携帯持ちなよ。」「もう余分なものは持たない」
2010年03月16日
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花瓶に挿されて講壇の横に置かれている花ボクは感動しながら訊いた「何流なの?」「自己流なの」いやここにあなたはいない花々が輝いているだけ
2010年03月15日
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喜びも悲しみも突然その都度あたふたしないように神様の御顔を仰いでいよう
2010年03月15日
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遠州キリスト教会での聖会に出席車1台で4人乗り。去年に続いて、中野雄一郎先生のお話。中野先生は70歳くらいだそうですが煮えたぎる熱き血潮に脱帽。ボクが落としてきて長い間気づかないでいたものを教え下さったような気がした。中野先生、ありがとうございます。どうぞいつまでもお健やかに・・・・
2010年03月14日
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「神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。」ローマの信徒への手紙8章28節試練もマイナスごとも、神様の手の中でプラスに変えられていくと言われます。すべてを支配なさる神様の善意を確信しながら、そのことを経験したいと思います。
2010年03月13日
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「わたしは生きるわ」命を巡っての会話の中で妻は言う。
2010年03月12日
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このボログを読んでくださる友だちへつたない言葉があなたがたの心の中に入るとドライアイスのように気化して心の栄養に役立てられますように。
2010年03月11日
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冬将軍がサムソンのように春を押し戻しお陰で寝る前の入浴がうれし
2010年03月10日
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こども病院のPICUは初めてのクリスマスの日のイエス様がお生まれになった馬小屋のようボクの周りでみんながのぞき込むお母さんはマリアさんいつもボクを見て笑っているそれからボクをそっと抱いてくれるお父さんうれしそうにボクの写真を撮っている
2010年03月09日
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電車の中で小さな女の子が「おばあちゃん」と言って体をよせている。お祖母様は知らんぷり。
2010年03月09日
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生きるんです。命のある限りは。それを燃やすんです。めらめらと。下火になることもあります。でもまた燃えてくるんです。生きるんです。生きること~それだけが確かなこと。それを否定してはダメ。生きるんです。生きるんです。生きるんです。生きるんです。生きるんです。生きるんです。生きるんです。生きるんです。生きるんです。生きるんです。生きるんです。生きるんです。生きるんです。生きるんです。生きるんです。生きるんです。生きるんです。生きるんです。生きるんです。生きるんです。生きるんです。生きるんです。生きるんです。生きるんです。生きるんです。生きるんです。生きるんです。生きるんです。生きるんです。生きるんです。生きるんです。生きるんです。生きるんです。生きるんです。生きるんです。生きるんです。生きるんです。生きるんです。生きるんです。生きるんです。生きるんです。生きるんです。生きるんです。生きるんです。生きるんです。生きるんです。生きるんです。生きるんです。
2010年03月06日
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強い幸福感とか、信仰の恵みの経験とか高い所に立つ経験の後は晴天が突然かき曇るような事態がやってくる。稲光が炸裂し大雨となりもう先がないような恐怖感にさえ心が占領される。神様がチャレンジを与えているのだ。乗りこえられないことはない。
2010年03月02日
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