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今朝は夏前恒例の市内一斉清掃。私の町内は各戸、常時街路をふくめて家周りをきれいにしているので、あらたまって掃除するほどではない。みんなで30分ばかり小さな落ち葉を掃き集めて終了。その量もたかだかレジ袋にして一杯にも満たなかった。 新作に取りかからなければならないのだが、昼過ぎに近所にお住まいのメゾソプラノ歌手チェン・シさんが地域のために開催のミニミニ・コンサートに出かけた。場所は我家から歩いて5分の自治センター。春につづいて2度目のコンサート。実は先日、同じ場所で開催した私のミニミニ個展にチェンさんがおいでになり、ふたりで20分ばかり語りあったのだが、今日はその返礼である。 チェンさんはドラマチックなオペラのアリアを歌うと実にすばらしい。私は彼女の「ハバネラ」が好きだ。前回、アンコールに応えて一曲歌うが「何がいいですか?」と言うので、私はすかさず「ハバネラ!」を所望したのだった。 きょうのプログラムは; しぐれに寄する叙情 佐藤春夫作詞、大中 恩作曲 ふるさとの 三木露風作詞、斉藤佳三作曲 砂山 北原白秋作詞、中山晋平作曲 春への思い 董 巽観作詞、殷 尚能作曲 小川が流れて 中国雲南民謡、黎 英海編曲 花嫁の歌 ll シューマン作曲 オペラ「カヴァレリア・ルスティカナ」より ママも知る通り マスカーニ作曲 オペラ「セビリアの理髪師」より 今の歌声は ロッシーニ作曲(アンコール曲) 宵待草 竹久夢二作詞、多 忠亮作曲
May 31, 2015
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午前中いっぱい、近所の中学校の体育祭に出席。午後の部は失礼した。 昨夜雨が降ったので開会を危ぶんだが、運動会日よりの好天。次第に気温が上昇し、31℃。プログラムの中に、熱中症対策の全校生一斉の給水タイムをもうけていたので〈印刷物に記載はないが、生徒会実行委員が放送で指示〉、安心するやら感心するやら。 その競技プログラム---60年近く昔の私の時代とくらべても意味がないが---「ヘーッ!」と思ったのは、何とも合理的なこと。 1年生は何をやる、2年生は何をやる、という構成ではないのだ。全校生はあらかじめ青組・赤組・緑組に分けられていて、すなわち全競技が団体戦である。たとえば「女子100m走 女子個人」とあるのは、青組・赤組・緑組の1年生から3年生までが順に走るということである。「1・2・3年 全員リレー」というのも同様で、ここでは男女混合(男→女→男→女---)で、もし赤組がどこかで周回遅れになったとすると男女男女---の順番に誤差が出て本来は女子走者だけのはずが男子がまじることになる。要するに総体的に見れば女子と男子がそれぞれ性別で競っているのではなく、赤組なら赤組のために男女共働ならびに各学年共働なのである。 生徒達は皆、すがすがしい。 ここに学年の別、あるいは選抜選手による競技という差(わずかな差だが)が出て来るのが午後のプログラム。 私が解説するよりプログラム画像を掲載しよう。 ---ともかく、ずいぶん綿密に考えられていると、私は感心したのだった。日本の現代社会の有り様が、良くも悪くも透けてみえる。平均的なレベルアップは可能だが、---60年前、私がこのようにプログラミングされた体制のなかにいたら、きっと退屈してしまっただろうな、と思いながら。 ---小学校1年生の私は、---亡母が笑いながら思い出していたが---自分の出たいと思った競技にしか出ず、そのほかの時はただ一人平然と控えの席に坐っていたそうだ。先生たちもクラスメイトも、誰も何も言わなかったな-。授業と授業の間の休み時間も、友達と遊ばずに、学級文庫を読みふけっていた。100冊ほどのそれを全部読み切ったものだ。私は、そういう子供だった。そして、小学校卒業と同時に両親家族から単身で遠く離れてしまった---。だから今日私が見ていた生徒達と同じ年齢のときは、体育祭も遠足も特別な弁当もオヤツもなく一人きりで食べていたし、父兄の授業参観も私にはなかった。卒業式も私一人だった。そうしたことに私はまったく無頓着だったが---なぜなら私の希望したことを両親は何のためらいもなく許し、手放してくれたからだが、後年、結婚した級友と子連れで会ったとき、私を孤児だと思っていたと言ったものだ。 このところ民生・児童委員として小中学校の入学式や卒業式に招かれたり授業参観をしたりしているが、私自身のその時代の思い出と重なることはまったくないのだ。実のところ、「ああ、小学生ってこういうものなんだ、中学生ってこういうものなんだ」と新たな気持で見させてもらっているのである。
May 30, 2015
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道で出逢った方が先日のミニ個展をご覧になったそうで、「あの作品を描く凄いエネルギーはどこから出てくるのでしょう!?」と言われた。「さあ、どこからなのでしょう」と、私は笑った。---私の眼前には茫々とした荒野が果てしなくひろがっているだけだ。そんな光景は誰の目にもみえやしないだろう。 スケジュールを書き込んだカレンダーを見ると、遠くに買い物に行けそうなのは今日だけだったので、画材店に出かけた。しかし、エネルギッシュと言われても、帰宅したら疲れが出て、「ちょっと一眠りするよ」と、ベッドに横たわった。こんなふうに昼寝をすることはほとんどないが、枕元の本を手にしたまま開くこともなく眠ってしまった。
May 29, 2015
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多忙なスケジュールの合間を縫って、民生委員合唱団「かしの木」の練習。新曲2曲は、練習3回目でほぼできあがってきた。6月にはさらなる「芸術性の高い」新曲を加えるとは先生の言。この歳になると曲よりも歌詞を憶えるのがねーとは我々の内心の声。とは言え、帰りがけに「歌っていると解放される」と某氏が言ったのは、まさにそのとおりだ。多忙多忙のさなかに、いっとき歌うことしか考えていないのだから。---チャリティー・コンサートのために、楽しみながらがんばってもう一曲仕上げますゾ。
May 28, 2015
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なんだろう、この暑さ。五月末とは言え、まだ夏日には早かろうと思うのだが---。30℃を超えた。午前中、気温上昇を見越して外出仕事を2件済ませたが、途中で水分補給。と、中学校のグランドで体育祭の練習をしているのを見かけた。私に案内状が届いているので見学させてもらう予定だが、それにしてもくれぐれも熱中症に注意してほしい。昨日の報道に運動会の練習中に熱中症で倒れた子供たちが続出したとあった。 さて、仕事から帰宅したら、隣市の公共街頭放送から光化学スモッグ警報が聞えた。我家は市と市とのちょうど境界に在り、どちらの放送も良く聞えるのである。隣の市の光化学スモッグ警報は全然他所ごとではない。開けっ放しにしていた窓を閉め、眼が少しチカチカするのは気のせいでもなさそうだと、目薬で洗った。 ----どうやら今年の夏、とくに8月は、気象用語での「天候不順」らしい。現在、インドでは熱波、アメリカでは雹が降る異常だが、テレビの気象予報士天達氏が、興味深いことを言っていた。地球規模でみると寒暖が隣り合わせにおこるのは言わば気象のバランス理論らしい。したがってインドでの熱波、アメリカでの雹がほぼ同時に発生するのは良くある現象なのだとか。
May 27, 2015
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まもなく午後2時半になろうという時、関東地方で地震。私は市立図書館3階で会議中。あれ?揺れたな、と思った次の瞬間、激しく建物が揺れた。3.11の再現のような感じ。みな一斉にモバイルフォンで情報収集。東京、震度4。茨城、土浦、震度5。 その後の揺れはなく、会議は何事もなかったように続行。 帰宅して仕事場に入ると、昨日のミニ個展に使った作品が数点倒れていた。片付けずに立てかけたままにしてあったのだ。さいわい無傷ですんだ。あぶない、あぶない。 私は作品の消滅を最も恐れる。作品にしか自分の人生はないのだから。しかし、いざというときに多量の作品を持って逃げることはできないので、或る種の絶望感は、実は日常的に胸のなかに在りつづけてはいる。したがって、放埒な男がいたるところに種をばらまくように、画家もそのようにあることが望ましいのだが----。10万点の作品を創造したピカソは偉大です!
May 25, 2015
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地域の人達のための第3回ミニミニ個展を盛況のうちに終了。たくさんのお客さんのお相手をして、いささか疲れました。驚いてもらったり、喜んでもらったり、「自分の家の近所でほんものの絵を観られるなんて!」---そんな言葉が印象に残った。まあ、私としては、お役にたてかなと思っている。 明日はまた外出の仕事があるので、今夜は、もう休みます。
May 24, 2015
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午後、地域の閉じこもりがちな高齢者のためのミニミニ個展の飾り付け。明日と明後日、二日間だけの開催。作品を見せてほしいと頼まれて始めて、今年で3回目である。 いっとき、家から出てきて、日常とかけ離れた作品世界を(ギョッとしながら)楽しんでもらえれば、それでいい。何かを思い出したり、何か感情を揺さぶられて、あるいは文句のひとつでも言いたくなって、言葉を発してくれるなら、なお宜しかろう。
May 22, 2015
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ヨーロッパ古典美術は「ダ・ヴィンチ・コード」以来、様々な分野の「専門家」による図像の謎解きがおおはやりだ。いやいや図像の謎解きはその小説に始まったことではない。そもそも「図像学;イコノロジー」は、文献資料を駆使した体系的な研究基盤の上に積み重ねられた学問ではあるが、謎解きと言えば謎解きだ。まあ、ニコラス・プッサン (フランス 1594~1665) の「アルカディアの牧人たち」(1639年頃作、 ルーブル美術館蔵)のように、イエスの最後の晩餐に使われた聖杯伝説をめぐってその聖杯の在処を示す鍵が秘められているとか、聖杯の守護結社としての薔薇十字騎士団の暗号が秘められているとか、昔から、そして今も尚主張する人が絶えない絵画作品もあるにはある。綿々とつづくロマンなのであろう。 ところで、CNN.co.jpが伝えている今日のニュースもそんなたぐいかもしれない。イギリスの植物学者・歴史家マーク・グリフィス氏が、1598年刊行の植物図鑑「ハーボール」の表紙に描かれている4人の男性のうちの1人がシェイクスピアだというのだ。 シェイクスピア(1564年4月26日(洗礼日)- 1616年4月23日(グレゴリオ暦5月3日))の肖像画といわれているものは2点ある。いずれもシェイクスピアの死後に描かれた肖像画だ。マーク・グリフィス氏の説が正しければ、この表紙絵はシェイクスピアの生前、30代前半の肖像ということになる。マーク・グリフィス氏がこの肖像をシェイクスピアと同定した根拠は、CNNのニュースからははっきりしないが、どうやら肖像画右手に持っている奇妙な植物の象徴性のようだ。 要するにグリフィス説は謎解きによる「推測」。それ以上ではなさそうなので、すでに説を一蹴する学者もいる。バーミンガム大学シェークスピア研究所長のマイケル・ドブソン教授は、「現時点でこれがシェークスピアだと考えられる証拠はない」と言い切った、とCNN.co.jpは書いている。 まあ、私も眉に唾をつけておもしろがっているが、これもみな汲めども尽きぬシェイクスピアの魅力なのだろう。
May 21, 2015
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ニューヨーク・アート・フェアが終了し、その報告を受けた。 大変な盛況で入場制限しなければならず路上に長い列ができた。私の作品は各国の画廊関係者の関心を呼び、また若い観客から多くの反応があった、と。 これ以上のことは私のビジネスに関することなのでこのブログには書けないが、私をプロモートしてくれている画廊社長のことばは弾み、大きく進展してきているようだ。10月にパリが待っていて、私は今その準備中だが、あらたに、11月にもどうか、と提案された。大きい作品だ。 さて、間に合わせて描ききれるかどうか---。 このところ、韓国ソウル→マイアミ→ニューヨーク→パリ→ニューヨークとつづけざまに新作を出品してきた。国際的な画廊関係者が私の作品がどのように発展しているかを注意してくれている。---まあ、私は完成度の高い作品を描くだけだ。私のやることは、ただそれだけ。さまざまな事象が編み目として存在する世界が、あるときたったひとつの哲学的なイメージに集約して、落雷のように私の脳天に落ちて来るのを待ちながら----
May 20, 2015
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過日私が美術講義をした勉強会と称している文化サロンで、第2回目として、世界の文字通りトップ企業として広く認知されている外資系企業で長らくリーダーシップを執ってこられた方の「外資系の会社ってどんなところ?」という講話があった。私も聴講。残念ながらここに採録することはできないが、とても面白い話が聞けた。優れた文化論だった。 私はこの方と知り合ってちょうど1年半になる。会った当初から私の人間観察史のなかでかなり興味深い---何と言ったらよいか---誤解を恐れずに言えば、日本人の精神構造から何等かの「訓練」によって意識変革をした人格を見ていたのだった。が、私は当人が語りだすまでその人の個人的な履歴を一切質さない主義なので、じつは今日の今日まで、その方が世界で最も有名な企業に勤めていたことを知らなかった。つまり私がこの1年半の間にその方から受け取ってきた印象は、よくある職業的帰属意識を強く押し出すことによって感受させられたものではなかったのであった。かといって「生まれながらの気質」とも思えなかった。もちろんそれもあるだろうが、先に言ったように「訓練」によって、と私は見ていたのだ。 きょうの講話によって、私の「観察」(こんな言葉を使うのをご容赦いただきたいが)は、まんざらでなかったと思った。日本人の意識構造から抜け出ていると感じていたことを、私ははっきり理解した。そして、それはまさに「文化論」と捉えてしかるべきことだった。 ----このブログ日記を読んでくださった人には、私が何を言っているかお分かりになりにくいだろう。事はプライバシーに関わっているので、ご勘弁を。閑話休題 来る23、24日に行う約束の町内の方々のためのミニ個展について、確認の問い合わせがあった。もちろん了承していると応え、さっそく出品作の選定をした。今回で3回目。過去にどの作品を展示したか忘れてしまいそうなので、思い出しながらリストをつくった。
May 19, 2015
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きょうは午前中に東京都民生・児童委員協議会の活動・啓発PRの新宿パレード。東京都全10,000人の民生・児童委員のうち約1400人と大学の吹奏楽団など5つの吹奏楽団、そして各支部のたくさんの着ぐるみキャラクターが行進しました。 赤ちゃん育児の問題、子供の障害や教育問題、高齢者問題、介護や看護の問題、生活問題---等等、ひとりで苦しんでいないで、あなたのそばにいる民生・児童委員に相談してください。 もちろん無料です。私たちは全員ボランティアでみなさんのために喜んで奉仕しています。そしてきっと良い解決をみつけるために努力を惜しみません。秘密も厳守します。この点は、私たちはそうしなければならないと厳重に法律に縛られているのです。相談内容はすべて秘密を守って解決へみちびいてゆきます。安心してください。---じつは、私たちの活動が、人知れず、たくさんの人達の苦しみをやわらげて来ているのです!
May 17, 2015
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きょうは午前中9時から12時30分まで市の児童館「こどもまつり」のサポート。 私の担当はスライム作り。250人以上のこどもに文字通り一人一人に声かけながらのお手伝い。250人以上、年齢も1歳半・2歳から小学3、4年生まで、一度にこんなに大勢を相手にしたのは初めて。開会のときに、「おじいちゃんとスライム作って遊びましょう。プルプルビヨーンで、おもしろいよー」なんて宣伝したけれど、約3時間、切れ目なく列をなしてやって来るとは! しかしそこはそれ、年齢に合わせ表情に合せ関心度を瞬時に見抜いて、かける言葉をかえてゆくのは---年の功というか、お手のもの。もっとも、たった一人、1歳くらいの女の子、私がスライムを作って手渡しながら「食べられませんよ、お口にいれないでね」と言ったら、怒られたと思ったのでしょう、べそをかいてお母さんに抱っこされた途端に泣き出してしまった。お母さんは「怒られたんじゃないのよ」と。私も「怒ったんじゃないですよ、いいこ、いいこ」と言ったけれど---。 しかし、終わって帰宅してから、正直、どっと疲れて、しばらく昼寝をしたのだった。 明日は民生・児童委員の活動と啓発PRのため約1400名が新宿をパレードします(10時50分〜11時30分;新宿通り)。四谷交通少年団吹奏楽団と青山学院大学・東海大学・日本大学・明治学院大学・早稲田大学の各吹奏楽団も参加。
May 16, 2015
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BS-TBSの特別番組で越路吹雪を観た。しばらくぶりでコーちゃんにTVで会った。私が「スター」と呼ぶ唯一の歌手。 越路さんのリサイタルやミュージカルについての思い出はこのブログでも何度か書いてきた。彼女のマネージャーで作詞家の岩谷時子さんが亡くなったときにも追悼しながら思い出を書いた。 毎年恒例となっていたロング・リサイタルのチケットは発売と同時に完売し、なかなか入手できない。なにしろ北海道やその他の遠方在住のファンが隣の帝国ホテルに泊まり込んでチケットを大量に買ったり、東京の大学生をアルバイトに雇って購入させるのだから、私のような一介の若者は到底太刀打ちできなかった。それがたまたま知り合いのつてで、岩谷さんが招待客のために取り置いていた最上席のチケットを譲ってもらったことがあった。 劇場ロビーで御礼の挨拶をしたことを思い出しながら、2時間の特別番組を観た。最後の舞台「古風なコメディー」の今回あらたに発掘されたという映像を観ながら、不意に、あの舞台での越路さんの声が鮮明に甦って聞えてきて驚いた。あれから何年経ったのだろう。34、5年になろうか。あらためて優れた舞台人の「生命力」に感じ入った。
May 15, 2015
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ブルースギタリスト、B・B・キング氏が亡くなったという。享年89。通称の「B・B」は、「Beale Street Blues Boy」を名のっていたのが後に略されて「 Blues Boy;ブルース・ボーイ」と呼ばれるようになったところから。本名はライリー・B・キング。代表作は数えきれない。1999年には「ライヴ・イン・ジャパン」をリリースして日本のファンを喜ばせた。B・B・キング氏の御冥福を祈ります。RIP
May 15, 2015
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昨日書いたモーツァルト「レクイエム」とバッハ「フーガの技法」のオリジナル版の演奏を聴いたことがない方のために、YouTubeにも優れた演奏が投稿されているので、それを紹介しておきます。 「レクイエム」の方はあいにく3分割して投稿されてい、また各パートの出だしの録音(もしかすると投稿時のCDからのピックアップ操作)に難があるるが、演奏そのものは優秀。「ラクリモサ」の「断弦」の部分だけ確認したければ3/3パートを聴かれるとよいでしょう。 「フーガの技法」については、「オリジナル」と言っているのはバッハ自筆譜のことで、演奏楽器のことではない。現在録音で聴くことができるものは、さまざまな種類の楽器で「オリジナル」譜を演奏している。バッハは最初に12曲を書いた時点ではチェンバロ独奏を想定していたが、楽譜には楽器指定がない。したがって、どんな楽器で演奏してもかまわないのだが、やはり鍵盤楽器がバッハのイメージには添っているのかもしれない。しかし、ここにはあえて弦楽四重奏を紹介します。その理由は次のとおりです。 両曲の「断弦」部分の演奏は、合奏者にとって必ずしも容易ではないと私は思うのだが、如何なものであろう。つまり、そこに到る曲想も構成も終曲を予想されていないので---「流麗な勢い」とも言うべき進行形なので、演奏者は心構えしにくいのではあるまいか。むしろ心構えしてはいけないかもしれない。かといって、演奏を止めてしまえばよいというものでもないのではないか。しかも合奏者の呼吸にいささかの乱れも許されない。たとえばセント・マーティン・イン・ザ・フィールドの演奏は、この突然の終わりに到る前からディミヌエンドしていく。心構えをしているのだ。が、私にはこの解釈はまったくイタダケナイ。 ここに紹介する「フーガの技法」の第14番を演奏しているのはケルン古楽弦楽四重奏団だが、女性第二ヴァイオリン奏者がときどきヴィオラやチェロとの呼吸をはかっているのが映像で見て取れる。CDでは分からないYouTubeだからこその効能である。モーツァルト「レクイエム」オリジナル版演奏;クリストフ・シュペリング指揮、新ベルリン室内オーケストラ、コーエルン合唱団ソリスト;イリデ・マルチネス、ステーヴ・デヴィースリム、クァン・チュルヨウン、モニカ・グロープ▶ Mozart: Requiem, original unfinished version [1/3] - YouTube▶ Mozart: Requiem, original unfinished version [2/3] - YouTube▶ Mozart: Requiem, original unfinished version [3/3] - YouTubeバッハ「フーガの技法より第14番」オリジナル版 演奏;ケルン古楽四重奏団 ▶ J.S.Bach - The Art of Fugue - Contrapunctus 14 - YouTube
May 14, 2015
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画家ポール・セザンヌは、彼を慕っていた若き画家・美術評論家エミール・ベルナールの著書『回想のセザンヌ』(有島生馬訳、岩波文庫)によれば、ベルナール宛の1906年9月21日付けの手紙に「私は年をとった上に衰弱している。絵を描きながら死にたいと願っている」と書いている。この手紙から24日後の10月15日、セザンヌは戸外でスケッチをしていて大雨に打たれて倒れ、救助される。しかし肺炎になり、1週間後の22日(一説には23日)に死去した。 こんな言い方はどうかと思うが、まあ「絵を描きながら死にたい」という彼の半ば望み通りだったと言えよう。 舞台俳優はしばしば「舞台の上で死ねたら本望だ」と言う。現代のプロデュース・システムにおいては、主演俳優といえどもなかなかその望みはかなうまい。死に対する彼らの言葉は、煎じ詰めれば芸道の心構えと言ってよかろう。 画家はどうであろう。セザンヌのように皆「絵を描きながら死にたい」と思っているのだろうか。私は、他の画家たちが何らかのかたちでそのような言葉を遺しているかどうか、寡聞にして知らない。死後のアトリエに未完成の絵が遺されていたという話は稀ではないが、未完成作がはたして絶筆を意味するかどうかは、一般的な絵画制作過程から推測すると、言葉の真の意味で「絶筆」と判断することは簡単ではないように思う。 なぜこんなことを書き始めたかというと、三つの理由がある。 一つは、先日ある方が自宅の粗大ゴミを始末したことを話し、「断捨離;だんしゃり」という言葉を使った。そして、「山田さんもそろそろ断捨離でしょう?」と言った。私はうなづき微笑しながら、たぶん少し凝視の視線を返したかもしれない。 「断捨離」という言葉は、たしか或る女性ライターがその著書で使い、世間の如何なる思潮と合致したものか流行語となって人口に乗るようになった。どうやらヨーガを典拠とするらしい。仏教には無い言葉だ。---私の亡母の生家は仏教寺院で、代々の僧侶の家系。私は高校生の頃からそんな家系とは関係なくまったく独自に仏教典籍を原典で読んできたので、仏教用語はわずかながら知っている。しかしその知識に「断捨離」という言葉は無かった。---それはともかく、「山田さんもそろそろ断捨離でしょう?」と言うのはまさに本当で、日頃しばしば胸に去来するのは作品の始末である。そして、書籍。 二つには、モーツァルトの『レクイエム』を聴いていたのだが、衆知のように「ラクリモサ;涙の日」の8小節目まで執筆したところでモーツァルトは死去する。断弦というにこれほどふさわしい事態はないのではないか。鳴り始めた音がプツリと途絶える。モーツァルトの遺体は共同墓地に運ばれて無惨に墓窖に投込まれ、共同墓地のどこであるかいまだにその場所がわからない。 死後、弟子のジュスマイヤーが『レクイエム』を補筆完成させた。いわゆるジュスマイヤー版で、ほかにも別人が補筆した版があり、現在もそれらはモーツァルトの『レクイエム』として演奏されている。 それはそれとしても、私はその補筆を余計なこととして突然の音の消失---断弦に、モーツァルトの死と、死の何たるかを観じる。虚無の本質を「観る」のである。 音楽家がその死によって未完成に終わった曲の例は、ベートーヴェンがあり、シューベルトがあり、ブルックナーやマーラーがある。そして、バッハもまた。 三つ目の理由はそのバッハについてだ。 遺骸が行方不明ということではバッハもそうだ。ただしバッハの場合は死後144年後に或る墓地が発掘され、そこから出た遺骸がライプツィヒ大学解剖学研究室で復顔されてバッハであることが確認されている。私はモーツァルトの『レクイエム』を聴いたあとで、上述の想いに連ねてバッハの『フーガの技法』、その「コントラプンクト第14番」を聴いた。この曲も途中で音がプツリと途絶えてしまう。第3主題があらわれ上向し、上がりきって一旦低音にもどる。そこから主題が複層で展開してゆくのだが、第5展開から次の展開に入る寸前に音は途絶えてしまう。 バッハに何が起ったのか? 『フーガの技法』は1740年の半ば以前に作曲が始められていた。はっきりしているのは1742年に最初の12曲は執筆されていたということ。同時に楽譜の出版も準備されていたようだ。ところが、じつはバッハは眼を患ってい(そこひ)、ほとんど見えなくなっていた。そのため作曲を中断せざるをえなかったのだ。今、私の手元にある30年前に開催された「サントリー音楽文化展'85 バッハ生誕300年」展のカタログによれば、1750年3月に最初の手術をし、4月に2回目の手術をした。しかし良くなることはなく、3ヶ月後の7月28日に死去した。死後、『フーガの技法』の楽譜は未完成のまま出版された。 バッハの「断弦」とモーツァルトのそれとは状況において大きなちがいがあり、作曲者の想いを忖度できない。が、あえて私の想いを言えば、やはり突然出現する果てない闇の衝撃だ。悲哀とかそんなものじゃない。まさに虚無だ。---もしかすると、絵画芸術が到達できない、音楽芸術だけがその本質である音を断つことによって到達した領域かもしれない。 と、まあそんな三つの連想から冒頭に書いたセザンヌの手紙を思い出し、私自身の締めくくり方に想いを致したのだった。じつは、これを書いているときに私をプロモートしてくれている画商から電話があり、パリ展の作品をよろしくと言ってきた。自分の締めくくり方を考えるとは言え、現役で作品をつくりつづけている毎日ではあるのだ。ははは、である。 ところで『フーガの技法』にもたくさんの別人による補筆版がある。なかにはそれらを演奏録音して優れた音盤も少なくない。そのような補筆版で、YouTubeにおもしろい作があるので紹介しておく。演奏が優れているとは思わないのだが、音楽構成が動画の特性を活かしたグラフィック・ヴィジュアル処理してあり、楽譜を見ながら聴かなくても主題がどのように進行しているかが理解できる。投稿者による(もしかするとTudor Saveanu---ドイツ語読みでチュードル・ゾヴェアニューか?---という補筆者自身が投稿したのかもしれない)音楽構成・進行のこのようなグラフィック処理を私は初めて見た。録音マイクのポジショニングの、普通なら拙さが、この音楽構成・進行の理解のためには功を奏していると言えるかもしれない。▶ Contrapunctus XIV - YouTube
May 13, 2015
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午後、パリ展のための作品のスケッチ。以前から構想していたことを具体化できるかどうか、紙にサムネイルを描いてみる。簡単な走り書きのようなものだ。小さなキャンヴァス(サムホール)に縮尺で習作を描いてみることにし、キャンヴァスを張り下地塗りをする。これは技法の練習とその効果を確認するためだ。この技法は、地塗りを乾燥硬化させる必要があるので、キャンヴァスはこのまましばらく日時を置かなければならない。その間にスケッチを重ねることにする。本番用のキャンヴァスも早々に地塗りをしたほうがよかろう。
May 11, 2015
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今週末から絵画制作以外の仕事のスケジュールが月末までつづくので、その代わりでもないけれどこの土日は何にもしないでぼんやり過ごした。あちらこりらに読みかけの本を置いているが、それさへ手にもせず。---きのうは無性に眠くて、椅子に掛けたまま居眠りしていたが、きょうは椅子に掛けても本当に何もしないでいた。パリ展のための作品用にキャンヴァス作りでもしようかと思ったりもするが、結局それもしない。---14日は私の70歳の誕生日。特別の感慨はない。4歳頃からの鮮明な影像がたくさん記憶に残っている。そんな影像が年代順に思い出してみようか。自分が何をしてきたかを改めて明かにするために。
May 10, 2015
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11日から民生・児童委員活動PR週間が始まる。その一環としての日野市役所ロビーにおけるパネル展示のため、午後から準備作業。 パネル展示は、11日(月)〜15日(金)まで日野市役所ロビーにて。16日(土)〜17(日)まで日野市豊田駅前イオンにて。 17日(日)午前10時50分〜11時30分に新宿3丁目交差点からアルタ前までパレードを行います。 私たちの今年のテーマは「虐待、貧困から子どもを守るおせっかい」です。東京都の1万人の民生委員・児童委員が、子どもたちの笑顔のために、温かで思いやりのある「おせっかい」をしています。児童虐待の予防・早期発見に努めたり、貧困家庭に適切な支援が行き届くよう,多くの関係機関と連携しながら活動しています。 尚、17日は日本全国各地で全国23万人の民生・児童委員が活動の周知のために普及・啓発活動をおこないます。
May 8, 2015
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作曲家新実徳英氏CDのためのデザインを3ヴァージョン制作し、CD-Rに録画して新実氏とレコード会社カメラータ・トウキョウにそれぞれ送った。 三つのヴァージョンを作ったのは、音源を聴いているうちに新たな想いとイメージが浮かんできたからで、私としてはいずれも捨てがたかったからである。 このCDには室内楽3曲が収録される。私はその実際の演奏を生で聴いている。3曲のうち「弦楽四重奏曲第2番ーアスラ」は、東日本大震災が発生したその日、新実氏はTVが伝える恐るべき映像を見つづけながら作曲の筆を執った。怒りと悲しみに打ち震えながら、そして祈りながら、彼は、現代音楽の課題として「人間はどのように生き、どのように生きることができるのか」を問いつづけたのだった。 ---私は、彼の曲に秀作はたくさんありそれぞれ現代音楽に新しい視点(聴点)を提示してきたが、「弦楽四重奏曲第2番ーアスラ」は、まさに渾身の一曲と評してはばからない。 このCDは秋口に出版される予定だ。
May 7, 2015
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ゴールデンウィークも最終日。私はやっぱり仕事をしてしまった。のんびりするつもりだったのだが。と言って、せっぱつまって仕事をしていたわけじゃない。のんびり制作していたのだから、やっぱりのんびり過ごしたことになる。なんのこっちゃ! このブログをよく見てくださる下関のちゃれさんから御当地名産を頂戴した。恐縮です。ほんとうにありがとうございます。数年前には私がジャケットの絵を描いたレコード、ラリー・コリエルがギター1本の超絶技巧で演奏したストラビンスキーの交響詩「シエラザード」をネットで見つけてプレゼントして下さった。私がブログで、その自作を持っていない、と書いたばかりに。しばらくしていきなりそのレコードが自宅に送られてきたので、いや、もうびっくり。まさか30年近く昔の自分の仕事にそのように再会するとは、夢にも思っていなかった。ちゃれさん、インターネット上のおつきあいで、一度もお目にかかったこともありませんが、いろいろ重ね重ねありがとうございます。御当地名産はうれしく賞味させてもらいます。
May 6, 2015
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世界中の核兵器の廃絶に向けて活動するGlobal Zeroのジョンソン氏から私宛のメールを掲載します。翻訳は次のページに掲載します。このままスクロールしてください。それではまず原文から---Dear Tadami, I just left the United Nations Headquarters in New York City, and I wanted to write you right away about a critical new effort to move us closer to a world without nuclear weapons. Today, Global Zero’s high-level commission of military experts -- led by the former U.S. commander of nuclear forces General James Cartwright -- urgently called for the U.S. and Russia to stand down their nuclear weapons. Right now, hundreds of U.S.-Russian nuclear weapons are locked and loaded, ready to launch at a moment’s notice. Let me be clear: These weapons pose a clear and present danger to human life, public health, the environment, and the global economy. Only a short burst of computer signals stands between us and disaster. As international tensions rise, the risk that these weapons will be used also rises. We are right on the brink. That’s why our entire international movement is mobilizing to urge the U.S. and Russia to abandon the dangerous Cold War-era practice of keeping nuclear weapons on hair-trigger alert. Will you show your support? We have a plan. The first step is for the U.S. and Russia to immediately end their so-called “launch-on-warning” policies -- which could send hundreds of nuclear missiles flying in response to a false alarm. The second step is for the U.S. and Russia to reach an emergency agreement to take their massive nuclear arsenals off high alert. The third is to lock in international commitments that would prevent ALL nuclear weapons from being placed on hair-trigger alert ANYWHERE -- stopping this dangerous trend from spreading to other nuclear-armed countries. This plan will reduce the real and rising risk of nuclear weapons being used -- and get the world back on track to a nuclear weapons-free future. Today, I’m asking you to stand with me and Global Zero. Let’s send a strong, unified message to stand down these arsenals, before it’s too late. Do you agree that nuclear weapons should be taken off hair-trigger alert? Fight on, Derek JohnsonExecutive DirectorGlobal Zero
May 4, 2015
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世界中の核兵器の廃絶に向けて活動するGlobal Zeroのジョンソン氏から私宛のメールを翻訳して掲載します。翻訳の責任は私山田にあります。親愛なる タダミ私はたったいまニューヨークの国連本部を後にして来ました。核兵器のない世界に私たちが一層近付くための重要な新たな取り組みについてあなたに書こうと思います。今日、ジェームズ・カートライト元米統合参謀本部海兵隊大将核戦力戦術司令官が率いるグローバル·ゼロの軍事専門上級委員会 は、米国とロシアに対し彼らの核兵器から身を引くよう求める緊急の呼びかけをしました。今まさに、米ロの数百の核兵器は、瞬時に起動する準備ができて、ロックされ、装填されています。私は次のことを明確にいたしましょう。これらの武器が、人間の生活、公衆の健康、環境、世界経済の現在の危機となっていることは明白です。コンピュータ信号のまったく突発的な短絡が、私たちと災難との間に存在しています。国際緊張が高まると、これらの兵器が使用されるというリスクも高まります。私たちはまさに危機に瀕しているのです。私達の抱括的国際的な活動は、米国とロシアに対して一触即発状態に核兵器を維持する危険な冷戦時代の実践を放棄することを促すために動員されているのです。あなたは支援してくださいますか?私たちは計画を持っています。その第一段階は、米国とロシアに対して、いわゆる「警告発射」---すなわち誤警報に応答して数百の核ミサイルを放つことができるとした 政策--- を、ただちに止めさせること。第二段階は、米国とロシアが、厳戒態勢からその膨大な核兵器を取り除くべく緊急の合意に達すること。第三番目は、一触即発状態にある如何なる地域からもすべての核兵器を妨げるべく国際的な約束によって締め付ける----すなわち、他の核武装国に広がるこの危険な傾向を止めることです。この計画は、使用されている核兵器の現実的な上昇、ならびに危機の上昇を低減し、世界をふたたび核兵器のない未来に軌道修正するでしょう。今日、私は、私とグローバル·ゼロと共に在ることをあなたにお願いします。これらの兵器を廃絶するために、手遅れになる前に、強力な、統一されたメッセージを送りましょう。がんばりましょう、Global Zero総監督 デレク·ジョンソン
May 4, 2015
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某有名セカンドハンド・ブック・ショップ---(私が認識する古書店とその扱う書籍がまったく異なるので、言い方に困る)---が、全品20%オフにするというので、散歩がてら出かけた。初めから期待はしていなかったが、案の定---であった。しかし、2冊は「おっ!」と思い、1冊は名のみ知るばかりで未読のもの、計3冊を購入した。セカンドハンド・ブックとはいえ、いずれもかつて人の手にあったとは思えない新品同然。スリップ(書店と取次店との連絡票になる売上カード)まで付いていた。 ミルチャ・エリアーデ「ポルトガル日記 1941-1945」(奥山、木下、宮下訳;2014年、作品社刊) 松田敏行(文化財保存技術者)「室生寺五重塔千二百年の生命」(2001年、祥伝社刊) 辺見庸「もの食う人びと」(1994年、共同通信社刊) 帰りに、柏餅を買った。それから、道端に腰をおろして菖蒲を売っていた農家の小父さんから、二束を買う。菖蒲湯にする。端午の節句の我家の恒例である。
May 4, 2015
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May 3, 2015
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アメリカのR&B歌手ベン・E・キング氏が1日死去したと朝日新聞が報じている。享年76。大ヒット曲「スタンド・バイ・ミー」(1961)で世界中に愛された。日本との関わりも深く東日本大震災の8ヶ月後に来日し、復興祈念コンサートを開催している。 ベン・E・キング氏の逝去を悼みます。RIP▶ Stand By Me, Ben E King, 1961 ▶ ベン・E.キング - 上を向いて歩こう
May 2, 2015
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6月に開幕するサッカー女子W杯カナダ大会。日本代表「なでしこジャパン」は大会2連覇に挑む。そのメンバー23名が今日発表された。よもやとは思いながら、この1年間ばかり「なでしこ」から洩れていた澤穂希選手の去就が心配で注目していたが、彼女をハズスほど日本サッカー協会も佐々木則夫監督もおろかではなかった。W杯6大会連続出場にまずは祝意を述べる。若い伸び盛りを大きな国際舞台に投入して育てなければならないので、サッカー協会のやりくりも大変だとは十分承知している。しかし、Jリーグの試合を観て、澤選手の広範囲な目配り・ポジショニングが圧倒的にみごとなことは、一目超然なのだ。ここぞというときに発揮される経験知。2連覇を見据えるW杯カナダ大会に、若い選手育成を理由に澤選手を除外するわけにはいくまい。そんなことをしたらサッカーファンはそっぽ向くかもしれなかった。---よかった、よかった、である。 さて、期待がかかる23名の「なでしこ」は、 GK; 福元、海堀、山根 DF; 近賀、上尾野辺、岩清水、鮫島、有吉、北原、川村、熊谷 MF; 澤、安藤、宮間、川澄、阪口、田中、宇津木、永里 FW; 大野、大儀見、菅沢、岩渕
May 1, 2015
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