全31件 (31件中 1-31件目)
1
きょうは午後に民生・児童委員の上期の協議会。前年度の活動総決算と今年度の活動計画を議決。私も早、任期の半分を務めたわけだ。 ところで5月は民生・児童委員活動のPR月間である。全国の民生・児童委員協議会がそれぞれの地区でPRのための催事をするはずだ。東京都では区市町村島嶼部それぞれでパネル展をおこなうほか、17日(日)10時30分から11時まで、新宿駅通り(3丁目伊勢丹前からアルタ前まで)を普及・啓発パレードする。私もパレードに参加する。みなさん、そこでお会いしましょう! 夕方、民生委員として私が担当している地区の方を訪問し、お話を聞く。私が頼まれ事を次々引き受けるので、私の身を心配してくださるが、「ははは、にっちもさっちも行かなくなるかもしれません」と笑った。なーに、大丈夫、できるから引き受けるのであって、自分の能力にみあうことしかやりません。それを超える事についてはちゃんと関係機関がありますから、どうぞご心配なく何でも相談してください。
Apr 30, 2015
コメント(0)
休日だけど私は終日仕事場に籠って、新実氏のCDデザインの第2案を制作。第1案とはまったく印象が異なるものにすべく、何度も何度もやりなおしてみる。これはコンピューター・グラフィック。やりながらすでに第3案のイメージが漠然とではあるが浮かんできている。油彩の原画を制作する案だ。---夕方6時、ブックレットの表紙の表裏ができあがる。一晩寝かせれば、善し悪しが明瞭に見えてくるだろう。これで今日の仕事を終了。
Apr 29, 2015
コメント(2)
![]()
きのう古書店で買った水上勉「瀋陽の月」を読了した。 過日、某女性国会議員が国会審議の場で、「八紘一宇」という言葉をもちだして日本人の心の表現だと発言した。この言葉は日本帝国主義が他国侵略のための国民懐柔策の標語として使い、その意味するところは「世界を一つにする」ということ。正確を記すために辞解を広辞苑から引用する。 【八紘一宇】太平洋戦争期におけるわが国の海外進出を正当化するために用いた標語で、世界を一つの家にするの意。日本書記の「兼六合以開都、掩八紘而為宇」(山田後註)から、田中智学が日本的世界統一の原理として、明治36年に造語したもの。 山田註・解; 読み;「六合(りくごう)を兼ねて以て都を開き、八紘(はっこう)を掩(おおい)て宇(う)と為す」 意味;「天地と東西南北を合せ、そのうえで都をつくり、天下をおおって一国の家とする」 日本書記の原義はともかくとして、それを日本帝国主義の標語としたとき、その思想はもちろん独善的な身勝手な言い分である。この標語について私は今しがた「国民懐柔策の標語」と言った。なぜなら、日本国内で息巻く以外、とうてい他国には通用しないからで、だとすると馬の鼻面にぶらさげた人参みたいなもので、この標語によって国民を欺瞞し、他国侵略へと駆立てたからである。 某女性議員はこの言葉の歴史的な真の意味あるいは意図について無知だったのであろう。あるいは彼女を取り巻く「おとな」が、若い彼女の無知につけこんで悪魔の知恵を吹き込んだのかもしれない。大相撲の横綱昇進の答辞のように、使い慣れない四文字熟語でそれらしく格好をつけてみせるは、噴飯ものだが可愛いものだ。しかし、国会議員が国会の場で発した言葉となると、格好をつけてみせたではすまされぬ。 太平洋戦争後、米ソ冷戦時代を克服して、世界平和のパラダイム理論は大きく転換したといえる。その足並みにそろえて日本も世界に冠たる「平和憲法」を掲げることによって、戦争の贖罪の基盤として来た。のみならず少なからず世界平和に貢献して来たのであった。 ところが、9.11アタックをもって戦後世界平和のパラダイムは崩壊し、いまや再び世界は混乱と渾沌の最中にある。 そして、あろうことか、その人心不安に乗じて安倍政権は「平和」のために日本を軍事国家にするために「努力」している。それはまさに虚仮の一念の観を呈している。 そもそも「平和」のための「軍国主義」とは論理的矛盾、倫理的にはその「平和」は世界的ではありえない身勝手を抱え込み、「軍国主義」は果てる事無い闘争を---もっとはっきり言うなら本質的に殺戮の永続を夢見るものだ。軍国主義の維持は強制と抑圧、すなわち暴力と人間性の剥奪によって成立する。そこに人民の平和などありようがないことは自明の理だ。安倍政権のやろうとしていることはそういうことだ。その空気のなかで、何やら利を嗅ぎ付けたか、某女性国会議員の「八紘一宇」発言なのだ。 水上勉氏の「瀋陽の月」には「八紘」という言葉が2度出て来た。19歳の若き水上氏は、その言葉に鼓舞され、国策による満州(東中国)への移住を決意した。「王道楽土」を信じてその地に骨を埋めようと渡海した。が、到着して勤務地に配属されるや、目にしたのは中国人を牛馬のごとく使役する日本人の粗野で傲慢な姿だった。---- 某女性国会議員よ、あなたの無知がかような黴がはえた言葉を発したのなら、この「瀋陽の月」を読まれるがよろしい。 ついでに書いておこう。私の父が北方中国の戦地で目撃したのも、水上氏が体験された同様の事だった。粗暴な日本兵のふるまいに、「ほんとうに嫌になってしまった」と、父は私に語った。
Apr 28, 2015
コメント(2)
しばらく家に閉じこもって仕事をしていたので、日光浴を兼ねて自転車で画材店までちょっと遠出の買い物に出た。思いついたことを小さな絵にしようとしたが、普段小さな作品を描かないので、買い置きの木枠(キャンヴァスの支持体)がない。それを買おうというわけだ。 それにしても今日は気温が一気に上昇し、暑かった。肌着はすっかり汗に濡れてしまった。途中で自動販売機で冷たいブラックコーヒーを買って飲んだ。熱中症予防だ。 帰りに昼食用のパンを買い、それから古本屋に立ち寄って、水上勉「瀋陽の月」(1986年、新潮社)を買った。 水上勉氏(1919-2004)は19歳のとき(昭和12年)、中国・瀋陽で苦力(クリー;中国人最下級労働者)の監督見習だった。日本の会社がタコ部屋的環境で中国人労働者を時に竹刀で叩きながらこき使っていた。そういう日本人の一人だったと、48年ぶり(昭和60年)に同地を訪ねた贖罪の旅の記。 立ち読みでざっと目を通したら次の記述があった。それで買って読むことにした。「人は七十近くなれば、それぞれの死仕度をはじめる。あれこれ古い事どもにこだわりはじめるのもその証しかもしれない。自分のしてきたことは自分の責任だ。人にかわってもらえるものでもないのである。」(8p.)
Apr 27, 2015
コメント(0)
独居高齢者が私の町内でも、多いとまでは言わないが、増加傾向にあるのは確か。そしてそういう人達は往々にして閉じこもりがちだ。きょう私に協力をもとめてきたのは、その人達にときどき会って、お茶でも飲みながら世間話をするごく少人数---たとえばその当人と私のほかに二人ぐらい---の会をいくつか立ち上げたいのだが、というのである。閉じこもりがちな独居高齢者は、多人数がいる場が苦手という傾向がある。それで「ごく少人数」でいくつかのグループを、というわけだ。 その人の身になってさりげなく小さな救いの手をさしのべる、見守ってゆくというのは、官製の福祉事業にはできないことだ。したがって私に協力をもちかけてきたようなことは、独居高齢者の日常を支えるためには、実は痒いところに手がとどくような、最も必要なことではある。この考えには大変感心する。 ---だが、と、私は自分が実際に行動に移して行くとして、はたと困るのは、私は70歳のいままで「世間話」というのをほとんどしてこなかった人間。そういう時間のすごしかたを知らないのだ。こんなことを言ったら、「まさか!?」と思われるだろうが、事実だ。私は昔々のことでも、どこで誰と何の話をしたかを記憶しているけれど、たぶん相手はほんの「世間話」だったであろうが、私にとっては違う。人と言葉を交わす意味があったのだ。親しくしていた間柄でも、交わす言葉が「世間話」に変わってゆく時がある。私はもう、その人とは会わない。---私はそういう人間だ。 きょうの申し出に協力することは、主旨を尊重して、やぶさかではない。連休明けにでも独居高齢者を訪問してみましょう、と応えたが---。そうか、「世間話」を世間話でなくするには、私が相手の人生をドカッと受け止めればいいんだ! それならできるかもしれない。
Apr 26, 2015
コメント(2)
新実徳英氏のCDデザインを完成。残すはブックレット本文のレイアウトおよびCD本体の盤面デザインのみ。完成とは言っても、出版社サイドならびに新実氏との細部の検討はまだなので、手直しすることを考慮に入れて、頂戴している時間はまだたっぷりあるので、これを第一稿としておく。 ゴールデンウィークはのんびりしようと思っている。5月は私の誕生月で、70歳になる。もっとも、1、2年前から「私は70歳」と口走って来たので、今更何の感慨もない。この歳で多忙に飛び回っているので、心身の元気なこと、むしろ歳をとっていくことが面白いのだ。民生委員の私の担当地域の地区会長は、聞けば同年齢。若い若い。元気元気。我々二人に共通しているのは、声がでかくて良く通ること。これは、想うに、常に人にストレートにメッセージを伝えようという意志の表われ。無意識のうちにそういう訓練ができているのだ。内省は内省、が、ひとたび外に出れば人間が面白くてしょうがないタイプ。---それが、たぶん我々の活力の元のような気がする。
Apr 25, 2015
コメント(2)
今朝、起床してすぐに思いついたことがあり、7時に仕事場に入って1時間ばかり作業。その後は午前中は雑用をかたづけ、午後から半日仕事場にとじこもった。しかし、なんだか冴えない一日だった。まあ、そんな日もあるさと思ったが、1年も3分の1が過ぎた。 アガパンサスの花が咲いた。ナツグミの白く細い管のような花は散りはじめている。椿は散った。木瓜も散った。ラベンダーが陽の傾きに応じて日がな一日くねくねとしている。 どこからか飛んで来たサクラソウの種が庭のあちこちの雑草のなかで花を咲かせている。ざっと10余株。むしろこんな咲き方が私は好きだ。オニタビラコが茎をのばしてタンポポのような花を咲かせ、ツボスミレも咲いている我家の小庭である。
Apr 24, 2015
コメント(2)
仕事を早めにきりあげて、夕方から民生委員合唱団「かしの木」の練習に出かけた。新しい2曲になって2回目の練習だが、先日この日記に書いたけれど、睡眠中に覚えた(と思っている)ことが、本当に正確な音程であるかどうか分かるわけだ。なにしろ私は楽器を何一つ演奏しないし、持ってさへいない。楽譜を読んで、自分の音感をたよりに確認はしても、正確かどうかは分かったものじゃない。先生の弾いたピアノの音を、睡眠中に頭の中で記憶から呼び出しているらしい、そのことをもって曲を歌えるまでに暗譜したと思っているのだから。 と言う訳で、練習が始まってみると、やや危なげな箇所はあるもののほぼ正確な音程で、ほとんど譜面を見ることなく歌えたのだ。睡眠中の自己練習(?)は、功を奏したのである。私が譜面を見ないので、先生は「暗譜したんですか?」とお訊きになった。私は睡眠中の一件を話したのだが、さて、団員諸君はどこまで本気にされたことか。 睡眠の臨床的研究によると、浅いレム睡眠時に、脳の記憶部位が活性化するらしい。私の睡眠中の音楽練習は、あるいはその研究結果と合致することかもしれない。夢を見ていたのではなく、寝言のように声に出して歌っていたのでもない。とにかく、団員とともに練習したときの先生のピアノの音が記憶され、それが睡眠中に頭の中で呼び出されていた。そしてそのままさらに確固とした記憶として脳に定着した。すなわち、朝目覚めたときに、いままで未知の曲がほぼ正確に歌えるようになっていたのだ。----おもしろい体験をしたと、自分ながら思っている。
Apr 23, 2015
コメント(2)
![]()
朝刊を開いたら、小説家の船戸与一氏が死去されたとあった。享年71。 ちょうど35年前のものだが、私の仕事のなかにただ一冊、船戸氏が小説家としてデビューされた翌年の作品「祖国よ友よ」(1980年、双葉社刊)の表紙絵を描いている。日本人傭兵を主人公とした骨太の冒険小説だった。「祖国よ友よ」は船戸氏の2冊目の著書と記憶する。1冊目は「非合法員」(1979年、講談社)である。その後の氏のご活躍については衆知のこと、私が述べるにはおよばない。コミックファンには、「ゴルゴ13」の原作者だと申しておこう。外浦吾朗名義で30作を書いていられる。 「祖国よ友よ」の表紙絵は、私の作品としてはきわめて珍しい絵で、フランス軍外人部隊を描くために、軍装や武器についていろいろ調べた思い出がある。 その思い出とともに、船戸与一氏のご冥福を祈ります。
Apr 23, 2015
コメント(0)
ボクシング井岡一翔、3階級制覇! WBA世界フライ級タイトルマッチ、vsフアン・カルロス・レベコ(アルゼンチン)は、判定で井岡が2-0で王座奪還。レベコは負け無しの8連覇中だったが、ついに惜敗した。両者、最後まで気力あふれる面白い戦いだった。 さて、私のきょうの仕事は、CDのインレイのデザインを終了。
Apr 22, 2015
コメント(0)
午後からCDブックレットのデザイン。表紙の表と裏とはほぼ完成。すべてのデザインが終了するまで第1次案として保留する。
Apr 21, 2015
コメント(0)
現代音楽出版社カメラータ・トウキョウから、CD用デザインのためのすべてのフォーマットが届き、予定通り今日から新実徳英氏のCDデザインにとりかかった。今までちょっとした時間の空きをつかまえては、ブックレットの表紙用に、4点ばかり試作してきた。が、自分としてなかなか決定打が出ない。クラシック音楽のイメージおよび色使いの難しいところだ。とにかく、頂戴した時間は充分ある。出て来るイメージは、次々コンピューターに取り込んで行くことにした。 話は変わる。---天候が崩れて、全国的に暴風雨の予想が出ている。明日朝にかけて東日本の太平洋側は要注意だという。我家のあたりは一日中小雨がぱらつき、夜に入って時折風が雨戸を揺すっている。近くに山崩れが予想される危険地帯がある。住人は日頃から戦々恐々としているが、複雑な地権問題がからんでいる場所で、市当局も手が出せないでいる。---本当に手が出せないのか、金がかかることゆえ見て見ぬふりをしているのか、行政的怠慢による無策なのか。---いずれにしろ、このままだと何か大事が起るのは必定だ。地権に足をとられて大災害が起るまで行政が何もできないとしたら、そのような法制は狂っているのではあるまいか。もし現在ただちに地権者の頭越しに災害を未然に防ぐ処置が法的にできないとしたら、災害発生後にだって法的には何も出来ない道理ではあるまいか。---法の歪みが見えてくる。
Apr 20, 2015
コメント(0)
先日金曜日に、主治医のクリニックへ行き、簡単な検診を受けた。2月初めに1年振りになる血液検査をしてもらっていたのだが、忙しくて結果を聞きに行っていなかったのだ。結果は良好。何の異常もなく、日常生活が良くコントロールされているとのこと。良かった良かったである。「パリ展のための作品はどうですか」と言われるので、これからです、と。 ところで、先生からおもしろいオファーがあった。ここ2年ばかりかかって隣接地に新たに建設していた診療棟が竣工し、5月にいよいよ開院するとのこと。その一部分に設けられた開放的な部屋で、来院者や周辺住人(主に高齢者対象)のために文化セミナーを定期的に開催してゆきたい、プランニングを含めて協力してほしい、と言うのである。 先生の意図は、個々の病気を治療するのはもちろんながら、ホリスティック医療---すなわち、患者をとりまく生活全般に目を向け、生活を活性化することによる予防医療の方向を積極的に推進してゆく。そのための一つとして文化セミナーを病院で開催して行きたい、と。 「すばらしいお考えです。喜んで協力いたします」---そう応えて来たところである。
Apr 19, 2015
コメント(0)
Northern White Rhinoceros! by Tadami Yamada Northern White Rhinoceros!I think the loneliness of youNow on this earthIt has become only fiveThe loneliness of youNorthern White Rhinoceros!I think the beautiful tusks of youTo order does deprived of your tusksOur human conducted ourThat it was doing as much of slaughterNorthern White Rhinoceros!You good to despise our human gloryAnd stupidity of us that does not extend understand The meaning of the loss of life CyclesLeave a not be atoned life of youNorthern White Rhinoceros!What billion times cry of death throes of youAnd our human even listen to earConducted our did not imagine For the species of sorrow to extinction from the groundNorthern White Rhinoceros!Splashes of Some of bloodI think the eye of the end of youIn which eternal star blink isAnd that the disappearingNorthern White Rhinoceros!You like that now became the only fiveNot to come across each otherEarth was much widerTo the extent that the howl of you such as unexpected reach (Continued following. Please just scroll.)
Apr 18, 2015
コメント(0)
(Continued from above.) Northern White Rhinoceros! Such sorrow of you Let's at least spread in my chest As the night of city to cover an old whore's heart As dense fog of late autumn fill the harbor of North As winter storm across the bamboo forest of Adashino As thick ice to cover the ground of Siberia As dry sand wash away the lake of Rob Roy Like the rain of Cherrapunji that falls after day after day Like sunset of far sea, as sink to the ends of the earth Northern White Rhinoceros! The anger of you Let's at least carve in my chest As the Tri-states USA tornado As the huge hail that hit the Nebraska As the lava flow of Besubiosu volcano Like the black clutches of the East Japan Tsunami As the earthquake that destroyed Shaanxi China As the Bangladesh cyclone In my chest the anger of you, as its deep Traces Northern White Rhinoceros! In 46 billion years of Earth history Again and again the alternation of generations life You repeated that I do not know But now I repent our human sinfulness That we drove you to extinction While count days of until our extinction
Apr 18, 2015
コメント(0)
《キタシロサイよ》 山田維史キタシロサイよ私は君等の寂しさを想うこの地球上に いまやたった五頭になってしまった君等の孤独をキタシロサイよ私は君等の美しい牙を想うその牙を奪わんがために我ら人間どもは殺戮の限りを尽くした事をキタシロサイよ我ら人間の栄華を蔑むがよい生命連環の欠落の意味を理解およばぬ我らの愚かさを君等の命が贖えられぬままにキタシロサイよ君等の何億回の断末魔の叫びを耳に聞いても 我ら人間どもは地上から絶滅する種の哀しみに想いをいたさなかった キタシロサイよ飛び散る血潮のなかの君等の末期の眼を想う悠久の星のまたたきがその中で消えてゆくのを キタシロサイよ今やたった五頭となった君等は互いにまみえる事はない地球はそれほど広かった君等の遠吠えがとどかぬ程に (以下、前ペジーへそのままスクロールしてください)
Apr 17, 2015
コメント(0)
(つづき) キタシロサイよ 君等の哀しみを せめて私の胸にひろげよう都会の夜が老いた娼婦を覆うように 晩秋の濃霧が北の港を埋めるように 冬の嵐が化野の竹林をわたるように 厚い氷がシベリヤの大地をおおうように 乾いた砂がロブロイの湖を押流すように 来る日も来る日も降るチェラプンジの雨のように 今日の夕陽が海の彼方、地の果てに沈むように キタシロサイよ 君等の怒りを せめて私の胸に刻み付けよう トライステートの竜巻のように ネブラスカを襲った雹のように ベスビオス火山の溶岩流のように 東北日本津波の黒い魔手のように 陝西省華県を破壊した地震のように バングラデシュ・サイクロンのように その深い爪痕のように君等の怒りを私の胸に キタシロサイよ 46億年の地球史に君等は いくたび生命の世代交替を 繰り返したか私は知らぬが 君等を絶滅に追い込んだ今 我ら人間の罪深さを悔いる 我らの絶滅の日数かぞえながら ------------------------------------------------------【註】上の詩は、ちょうど2ヶ月ほど前に手帖に書き留めておいたのだが、今日の CNN.co.jpにキタシロサイに関する記事が掲載されていたので、あらためてこのブログに書き写した。ブログの字数制限のため本来ひとつづきの詩を2ページに分けざるを得なかった。 【関連報道】CNN.co.jp : 世界で最後の1頭、オスのキタシロサイを24時間警備
Apr 17, 2015
コメント(2)
きょうは新実氏CDのブックレット表紙デザイン試作。考えの基本はほぼ決まり、色調を変えてみたり文字の配置を変えてみたり---。途中で音源を聴きながらイメージを動かしてみたり---。楽しみながら仕事を進めている。
Apr 16, 2015
コメント(0)
長らくかかったニューヨーク展のための全作品完成を当初の予定より半月遅延し、しかし延ばしてもらった締め切りより1週間早く画商に引渡しを完了した。そして今日午後、20号(72.7×60.6cm)の新作にとりかかった。この作品は多忙なスケジュールの隙間を縫ってじっくり仕上げてゆくつもりだが、いま、筆を置いて休憩、緑茶を飲みながら眺めると、急に心臓が高鳴った。できあがりのイメージが頭に浮かんで興奮したのだ。制作が楽しみな1点になるかもしれない---と思って。
Apr 15, 2015
コメント(1)
![]()
ドイツのノーベル文学賞作家ギュンター・グラス氏が13日に死去されたという。享年87。 代表作「ブリキの太鼓」が邦訳されたのは1972年(昭和47年)、私は27歳だったが、一読驚嘆した。自らの意志で3歳児のまま成長を止めてしまったオスカルの猥雑なイメージにあふれた回想が、ドイツ現代史を貫く。それはまさに小説を読む醍醐味だった。 43年前の本だが、あてずっぽうの見当で本の山をほじくったら、意外にすぐみつかった。書影を掲げておく。この小説は映画化されていて、映画も滅法おもしろかった。鰻漁のために馬の死骸を湖に投げ入れておくと、鰻は腐肉を喰いに頭蓋骨の中にもぐりこむ。その鰻の巨大なこと! 私はこのシーンによって、ヨーロッパの鰻がまるでアナコンダのように太くてでかいことを知った。妊娠中毒で食欲異常になった女がその巨大鰻にかぶりつく映像もすばらしかった。オスカルが叫び声をあげると町中の窓ガラスが粉々に割れて飛び散る奇想天外さ!---映画のパンフレットも所蔵してるのだが、残念ながら倉庫のほうにある。 邦訳「ブリキの太鼓」の巻末に付されたギュンター・グラス氏の略歴を見ると,1947年から1949年にかけてデュッセルドルフ美術学校で彫刻と絵画を学んでいる。ギュンター・グラス氏のエッチング作品はかつて日本でも美術雑誌で紹介されたこともあるが、なるほど日本の文士の余技的へなちょこ絵とは違い、大胆な接視的形態にこめられた奇怪でエロチックなその絵は、見事なものだ。蝸牛がオブセッションのように頻出する。あのヌルヌル、ネチョネチョの触感と食欲とが結びついたエロチシズム。まさにヨーロッパ的エロチシズムと言ってよいかもしれない。 ギュンター・グラス氏の逝去を心から悼みます。RIP 「ブリキの太鼓」集英社 昭和47年8月30日発行 初版
Apr 13, 2015
コメント(2)
春らしい気持の良い天気となった。猫達はベランダでひなたぼっこだ。 私はあいかわらず仕事三昧。10月のパリ展の構想---と言うより、基盤となる思想固め。あらゆる方面に思いを巡らせて、一本の縄に捩る。一本になるかどうか、その切っ掛けにイメージが作用する。それは一種の瞑想のような過程だが、私の創作法なのである。 午後3時から6時までは、新実徳英氏が秋にカメラータ・トウキョウから出版するCDのためのブックレットの表紙デザインの試作。試作を何点かやってみるつもりだ。私が引き受けたのは、ブックレット表紙と本体のレイアウト、そしてCDケースの裏面になるインレイ、およびパッケージの襷のデザイン。 もちろん民生・児童委員としての仕事がある。こちらの内容を書くことはできないが、場合によっては文字通り駆け足で山を下りたり上ったりしている。そのせいではないが、さきほど両脚のマッサージをしながら、ふくらはぎが頑丈になっているのを自覚したのだった。
Apr 12, 2015
コメント(0)
昨夜、就寝して1時間ほど経ったとき、枕上の窓ガラスに何かぶつかるような、あるいはキーっと擦るような音に目が醒めた。ベッド横の彼女達の寝床にいた猫たちが、暗がりのなかでキッと身を起こして身構えた気配がした。 私は起きて、窓を開けてみた。その途端、何か黒い物が室内に飛び込んできた。コウモリだった。 翼をひろげて20cmほど。天井をかすめるように四方八方に飛び回る。猫達はおおさわぎだ。私のベッドに飛び乗るもの。ベッドの下に隠れるもの。ジャンプして捕まえようとするもの。 ---コウモリはひとしきり飛び回って、やがてベッドサイドの本の山と壁との隙間に滑り落ちた。リコが逸早く隙間を覗き込んで手を入れた。コウモリはキーと鳴きながらガサゴソと動きまわる。私が覗くと、大きさがちがう本の段差の間にちじこまっていた。 「リコ、ちょっとどきなさい。いま捕まえて逃がしてやろうね」と言いながら、ティッシュペーパーでその軀を摘み、そのまま窓から出してやった。雨が降っていた。まあ、うまくどこかに身をかくすだろう、と思いながら。 「さあさあ、みんな寝んねだ寝んねだ」 我家は山の上のせいか、コウモリ飛来は以前にも何度かあった。寝端をくじかれた昨夜のできごとである。
Apr 11, 2015
コメント(2)
![]()
一日中、小雨が降りつづいている。寒い。 私は仕事場に閉じこもりきり。よって、書く事もないのだが、東京で雪が降った一昨日は灌佛会(かんぶつえ)、すなわち釈迦の誕生日だった。 芭蕉に「灌佛の日に生れあふ鹿の子かな」という句がある。花祭とも言う。花御堂に安置されている釈迦誕生仏に甘茶を灌(そそ)ぎかける。 私も幼児のころにその祭に参列し、途中で居眠りをしながらお坊さんに手を引かれて歩いた記憶がある。下にそのときの写真を掲載してみよう。私は満2歳。
Apr 10, 2015
コメント(2)
雪が降っている! 昨日一日中降りつづいていた雨が、今朝は雪にかわった。車のルーフにうっすらと積もり、プランターも白くガーゼをかぶせたみたいだ。「重いコートは脱ぎ捨てなければ(谷村新司さんの歌)」と脱いだのは1ヶ月も前、私は1週間前には2枚重ねのアンダーシャツも脱いだというのに。
Apr 8, 2015
コメント(0)
あいにくの雨だが、近くの中学校の入学式に出席した。 先日、小学校の卒業式で送り出した子供たちが、今日、大人びた制服を着て少しばかり緊張気味。一人一人の胸の内は知るべくもないが、教員紹介で、担任教師のほかに科目毎に先生が変わるのは小学校とおおいに違う、と思ったかもしれない。算数が数学になり、英語が正規の科目として入ってくる。 この中学校は、IT教育のモデル校。そう言えば昨年授業参観させてもらったとき「ヘーッ!」と思ったのだが、英語の授業に教科書を見かけないような気がした。学習内容は大型の液晶画面に映しだされ、ときに例文がネイティヴ・スピーカーによって読み上げられ、「リピート・アフター・ミー」で生徒達が一斉に画面を見ながら読んでいた。一人一人に端末が与えられ、そのなかに教科書ソフトが入っているのだろうか。私はくわしくは分からない。---ともかく、授業参観してみると、現在の授業風景は私の時代とはおおきく様変わりしてい、面食らうのは新入生ではなく、彼らにとってはオジイちゃんの私たちの方かもしれない。 さらにこの中学校は合唱に力を入れていて、秋には市の大ホールでコンサートを開催している。私は何度か聴いているが、たしかに上手なのだ。すばらしいハーモニーに、なるほどと感じ入る教育内容が知れる。全校生でひとつの音楽を創り上げてゆく過程で、一人一人の心に何が起っているかは想像に難くない。指揮もピアノ伴奏も生徒である。---今日も在校生が新入生にその合唱を歓迎の歌として聞かせていた。新入生たちはどう思っただろう。
Apr 7, 2015
コメント(0)
午前中、近くの小学校の入学式に出席。校門にも校舎の周囲にも桜が爛漫と咲く。雨の予想は今夜へと「順延」、まぶしい青空がひろがった。校門の前は、我が子の姿を写真におさめようと、お母さんお父さんで順番待ちだ。 式の開始前に、拍手に迎えられて、担任に引率された新1年生が入場。小さい小さい。椅子に坐っている父母や6年生の陰にかくれるほど。この子たちが6年後に卒業するころまでには、背丈は2倍を超えるのだ。ほんとうの若芽である。先日の卒業式では卒業生全員がひとりひとり、将来の夢を発表していたが、今日、この若芽たちはどんな夢をいだくようになるのか--- それにしても、60年以上昔の私の時代にくらべて、入学式にしろ卒業式にしろ式が長時間ですなー。私の時代は椅子に坐ることはなく立っていたので、時に貧血をおこす子もあったけれど(戦後まだ7、8年だ。栄養状態も充分ではなかっただろう)、それを見越してではあるまいが、式は概して短かった。それが今は、卒業式は2時間だ。 パフォーマンスのし過ぎのようにも思う。その整然とした様子を絶賛する人もいるが、考えるまでもないが、そのためには式に要する時間の何倍もの時間をつかって練習(訓練と言ってよいかもしれない)しているわけだ。---光陰矢の如し。学成りがたし---私のように70歳にもなると、人生の時間には厳しく限りがあることをつくずく思い知るのだ。あすこでムダをした、ここでムダをしたと思い返しても、後悔先に立たずである。人生にムダはない、とも言うけれど、そう言える人生も滅多にはない。---もっとも、空虚に向かって敬礼するようなアンドロイドは、そんなことすら考えないかもしれないけれど。 明日は中学校の入学式に招かれている。
Apr 6, 2015
コメント(2)
日曜日の花見を計画していた人も多かっただろうが、あいにくの雨。どうやら2、3日つづくようだ。 買い物に出て、我家のあたりは曇ってはいても降ってはいなかったが、山を下りたら小降り。新宿に着いたらざんざん降りだった。海外からの団体旅行者たちが、キャスター付きの大きなバッグを二つ三つ引いて雨の中を行く。傘を持っている人も、それを開けない。難渋していると思うのは、当方だけで、彼らはそれほど意に介さないようだ。バッグのなかは、たぶんお土産なのだろう。パンパンにふくれている。買い物をおおいに楽しんでいるらしい。7、8人で、また別の店に入っていった。まことに結構なことで、---いや、私はなにも日本経済のことを言っているのではなく、旅行者が日本を楽しんでいるのを見て嬉しく感じたのだ。 街のあちこちで英語がとびかい、中国語がとびかい、韓国語やタイ語や、イタリア語やフランス語、あらゆる言語があふれているのは、すばらしいではないか。 ---エジプトのアレキサンドリアに、近年、新アレキサンドリア図書館が建設された。紀元前4世紀から約800年間、紀元4世紀末にキリスト教徒によって放火全壊するまで、古代世界最大の図書館がアレキサンドリア図書館だった。ヘレニズム文化最高の科学者だったアルキメデスが滞在していたことでも知られる。その往事を今に甦らせようとするかのように、新アレキサンドリア図書館は建設された。その外壁の装飾として、世界のあらゆる言語が刻まれている。文明、文化、そして知とは、一国や一民族で成立しているものではないのだ。 そうであろう。ためしに、自分自身を解析してみるがいい、はたして純粋な日本文化の血肉たるやを。おそらくそんな人は、たった一人さへもいないであろう。「文化的純粋」などは、まったくの幻想、ないしは妄想と言ってよい。人間は、哀れにも幻想や妄想から脱出できないのではあるが、そのために血みどろな殺戮ごっこを繰り返して何になろう。現代人はすべからく生まれながらにして国際人なのである。 そんなことを思いながら、私は例によって急いで買い物をすませ、途中で、春らしいスイーツをお土産にもとめて帰宅した。
Apr 5, 2015
コメント(2)
制作は昨日のつづきをやって乾燥待ちということで、その後はしばらくぶりで半日休み。 読書をはじめるが、あまり身が入らない。で、ベートヴェンの弦楽四重奏曲作品18番全曲をイタリア四重奏団の演奏で聴く。猫のリコが膝の上にいて、私が音楽に合わせてかすかに頭を振るので気にかかるのか、手をのばして私の頬に触れてくる。 そうそう、今夜は皆既月食で全国的に観測が可能のはずだったが、私の処はあいにくの曇り空。次に日本で観ることができるのは3年後の2018年の1月31日。そして今宵のように桜の季節と重なるのは28年後だとか。2043年だ。私は、もし生きていたとしたら97歳か。う〜ん、画家には長命者が比較的多いのだが、---私は---無理だろう。せっせと作品を描きつづけて、3年後、1月の皆既月食はだいじょうぶとしても、1ヶ月後に70歳、まだピンシャンだが、70歳では中途半端。ヘタにピンシャンだから、一層先の予想がつかない。
Apr 4, 2015
コメント(0)
5月のニューヨーク展のための最後の1点の制作の、文字通り最後の工程に入った。三日かかる予定。ただし明日は気温が下がり、明後日の天気は雨の予報が出ている。いずれも乾燥に微妙に影響するので、三日かかる予定が四日になるかも知れない。じたばたしても仕方が無いので、順序立ててやることだけはきっちりやる。---と言う訳で、今日やるべき作業は終了した。明日は乾燥の具合をみて、作業開始の時間を決める。
Apr 3, 2015
コメント(0)
多用で東へ行ったり西へ行ったり、午前から午後にかけて3時間半ばかり自転車で市中を駆けめぐっていた。何処も彼処も桜が満開だ。ハナモモ、ボケ、カイドウ、ツツジ、モクレン、ヤマブキなども目につく。シバザクラ、スミレ、サクラソウ、ナノハナ、タンポポ---おや! スズランだ! 弟が筍を買って来た。初筍。夕食は筍御飯。良い香りが仕事部屋まで漂って来ていた。おいしかった。
Apr 2, 2015
コメント(2)
ニューヨーク展のための最後の作品制作も残すところ1工程のみ。 しかし、ここまで来ると、ほっとする気持とともにもう次の作品にとりかかりたくて、心身が奥深いとことでザワついている。一つ描きかけのままキャンヴァスを裏返しにしておいたものがある。ニューヨークへ送る作品をすべて完成するまでは見ないようにしていたのだ。その描きかけ作品が、「おい、こんどこそ俺の番だ」と呼びかけている。 ほかにも、新実徳英氏のCDジャケットやブックレットのデザインをしなければならない。10月のパリ展のための新作も描かなければならない。 パリの方は、画商から注文のテーマがある。私の従来のテーマを一部分拡大(解釈によっては、逆に、狭く絞ってと言う事だが---要するにクローズアップ)して描いてみないか、と言うのである。私は即座に承知した。構図のアイデアも幾つかあるのだが、それも考えを固めなければならない。テーマのクローズアップは、簡単のようでいて実は通俗に堕しかねない落とし穴がある。そういう危うい境界でタダミ・ヤマダのスタイルを見せることができるかどうか。---難しいからこそ引き受けた。ほんとうに簡単なことなど、やる気はない。
Apr 1, 2015
コメント(0)
全31件 (31件中 1-31件目)
1

![]()
![]()