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あっという間に7月が終わった。あれもやりたい、これも書いておきたいと思うばかりで、目下のところ一つの絵にかかりきりだ。とにかく時間を惜しんで仕事しているので予定通りに進行している。8月いっぱいで完成させ、9月からは制作順をもとに戻してパリ用の新作にとりかかる。 ここ2、3年、京城(ソウル)→マイアミ→ニューヨーク→パリ→ニューヨーク→パリ→大邱(テグ)---と、いずれも新作を発表して来た。各展覧会を追いかけて観ている観客もいるようだ。嬉しいことだが、作者にとっては次作のテーマ追求性や作品の質(精神性において、また物質性において)のハードルをあげなければならないので、それはそれでなかなか大変である。尤も難題や困難が立ちはだかっている状態は私の気質に合っている。いま持っているエネルギーで事足りるようではつまらない。げっそりするぐらいじゃないとつまらない。 げっそりと云えば、先日、弟に「兄ちゃん、筋肉が落ちたねー」と言われた。たしかに二の腕などはグンと細くなった。脹ら脛などはむしろ太く強い筋肉になっているのだ。 歳をとっても筋肉は鍛えられると聞く。ところが、---言い訳を言うようだが、私の場合、腕に鍛錬した筋肉をつけると絵筆を動かしづらくなる。もともと上腕筋が発達している人は、それが常体だから何も感じないだろうが、私などは後から付けた筋肉が重くてもたつく感じがする。 弟が私を見て、筋肉が落ちたと感じるのは問題だとしても、病気で痩せたわけではないので、いまのところ肉体改造はしないつもりである。
Jul 31, 2015
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午前中、民生委員として外出仕事。午後には寄せられた相談事について関係機関に連絡。 暑い中を歩いていたら、歌手のチェンさんにバッタリ。チェンさんもハンカチでしきりに汗をぬぐいながら、しばらく立ち話。お互いの活動状況を話し合った。彼女は雲南芸術学院大学客員教授でもあり、近く同大学へ講義にでかけるのだとか。幾つかのコンサートも控えてい、「ご案内を書いてポストに入れておきます」と言っていた。話しの流れで私が70歳だと言うと、「えっ、本当ですか? 60歳代だと思っていました。昔の70歳より、今の70歳は若くて体力があるんですねっ!」だって。でも、69だって60代だよな。若いと言われて喜んでいるのは老人の証拠さ! 西瓜を買って帰るという彼女と別れ、しばらくしたらザーッとにわか雨。遠くで雷鳴がした。
Jul 30, 2015
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仕事場に籠って一日中執筆。 画中の25人すべてに衣服を描き終えた。ここまでは予定通りに進んだ。しかし、私らしい新奇な「美」が実現する作品世界にまとめあげるのは、かなりの力技(ちからわざ)になりそうだ。 「流露感」を求めて自作を仕上げる事を自ら拒否しているので(センチメンタルに堕すのを虞れるからだ。センチメンタルでは世界で闘えない)、まあ、無理矢理組み敷いて「絵」にしてしまうのも仕方がなかろう。観客に媚びれば、あとで辛くなる。もう,半分まで描いた、ごちゃごちゃ自問自答するのはやめよう。 さて、もう一仕事だ。
Jul 29, 2015
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夕刊を取りに出た。柿の木にアブラゼミがとまって鳴いていた。新聞を手にしてもう一度葉叢をのぞきこんだら、驚いたのか一瞬の間に飛び去っていた。すると替わるようにどこかでヒグラシが一斉に鳴いた。かなかなかなと云う鳴き声が、夏の黄昏どきにどこか物悲しい。 昨日、早くも落ち蝉を見た。山の上にある我家の近辺では落ち蝉を見るのは珍しくはない。我家の小庭にも幾つも見つけることがある。 しかし、この落ち蝉を見つけるたびに、私は遙かな昔の苦い思い出が甦る。 ---若い時代というのは困ったもので、情熱の燃え盛る炎に身を焼いたと思えば、一転して死に取り憑かれて蹌踉とする。そして、まるで死のイメージを拾い集めているかのように、蝶の死骸や無数の落ち蝉の亡骸が目についた。私はそれらを拾ってはポケットに入れ、乾ききった亡骸をギュッと握りしめた。こなごなになった悲しみが汗ばんだ掌に張り付いた。 ---私の少年時代、何があんなに辛かったのだろう。 ---いまは、その辛さの正体さへ、すっかり忘れてしまった。 さて、今日も終日執筆した。間もなく21時、もう少し仕事しよう。
Jul 28, 2015
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きょうも私の町は35℃の猛暑。そのなかを往復4kmの道のりをテクテク歩いた。 自転車がパンクしたらしく、いくらエアを注入してもすぐに抜けてしまう。修理に出すしかない。自転車屋は1kmも離れている。で、自転車を押してのテクテク歩きとなった次第だ。預けるために往復2km。引き取るために往復2km。計4km。引き取り後は自転車に乗ったのではあるが、我家は山の上、途中からは自転車を押して山登りである。 その間、午後1時30分から3時30分まで民生委員月例会議に出席。いや、まだあった、私の担当地域のご高齢の方からの報告に応対した。 午後6時、シャワーを浴び、ようやく一息ついて、民生委員同僚のS氏がプレゼントしてくれた武満徹作詞・作曲の「小さな空」混声合唱版のCDを聴く。民生委員合唱団「かしの木」が現在練習中で、多分来年2月に東京・文京シビックホールにおけるチャリティーコンサートで披露することになる曲である。---Sさん、ありがとうございました。 というわけで、作品制作は一筆もいれていない。就寝前にほんの少しでも執筆しよう。一日でも気分が途切れるのはイヤだ。
Jul 27, 2015
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安全保障関連法案をめぐる議論のなかに、主に法案に反対の立場から「徴兵制」論が出ている。法案をなんとしても成立させたい自民・公明からは出るはずのない議論であるが、法案反対の立場を表明する政党のどちらかというと保守系議員たちが「徴兵制復活など、今の日本ではありえない。非現実的だ」〈注;読売新聞の表現〉と言っているようだ。 なんとまあ、お気楽で、頭のニブイこと。 憲法違反を指摘される法案を衆院で強行採決する政権に対し、その反対政党の議員が「徴兵制復活など、今の日本ではありえない」などと、バカでも言えないだろう。 政府は自衛隊の海外派兵を、アメリカを主体とした戦争同盟国の後方支援と言うが、「敵」が後方支援部隊とその派兵国日本を攻撃しないとなぜ断言できるのだ? 攻撃を想定しないのは作戦として誤りなのは言うまでもあるまい? いうなれば国際社会の戦争屋アメリカの戦争に日本は否応無く巻き込まれるのであり、その時点で、すなわち戦時突入態勢に、もはや自衛隊で攻守をまかなえきれるはずはない。当然、「徴兵令」が発布されるはずだ。近く実効される「18歳からの選挙権」は、易々と「徴兵制」に結びつくであろう。18歳選挙権は、そのような将来を見越しての深慮遠謀、と私は言っておく。その実効は他にもあるとしても、見え隠れするのは「徴兵制」だ、と。 私のこの物事の進転についての推論は間違っているだろうか。 戦時兵員は自衛隊だけで足りるという計算は成り立つだろうか。自衛隊が血を流す---そんな事は当たり前だ。戦死者が出る---当たり前だ。安全保障関連法案を成立させて戦争をするんだろう? かつて太平洋戦争で日本兵は230万人が死んだことをわすれちゃいけない。 民主党や共産党が、自民・公明の政権与党が口をつぐむ「徴兵制」に目をつけたのはいい。 だが、その政策PRパンフレットにおいて、民主党の掲げる「いつかは徴兵制?募る不安」という文言が、共産党の掲げる「徴兵制!?広がる不安」という文言に似ていると、党内でもめているのだとか。ほんに、よくもバカばっかり集まったものだ。くだらない! これを伝えているのは今のところ読売新聞だけだが、---読売新聞は憲法を改悪して軍備をする政策を社是としているので、まあ、からかい半分の報道だ。からかわれて当然なアンちゃんネエちゃんの百家鳴騒。 その読売新聞にも、一つ、「なめたらいかんぜよ!」と言っておく。 上記を伝える記事、私はいま「からかい半分」と言ったが、次のような書き出しだ。そのまま引用する。 〈民主党内が、安全保障関連法案に反対して「徴兵制の復活」をあおる手法や表現を巡り、収拾がつかなくなってきている。〉 この文章、事実を伝える以外に政権寄りプロパガンダとしての悪意がある。70歳の私より若い記者が書き、編集長も私より若いにちがいない。文は人なりというが、この記事の書き出しが、そして何故このネタを読売だけがことさらのようにとりあげているか---ジイちゃんにも日本語を玩味し、眼光紙背に徹する読みをする者がいることを忘れたもうな。
Jul 26, 2015
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きょうも書きたいことは幾つかあるが、メモだけとって一日中制作。0時5分にようやく筆を置いた。次第にイメージが明瞭にキャンヴァスの上に定着してきているので、休んでいるのが惜しい。7月も間もなく終わる。あれもやりたい、これもやりたいと、想念がとどまることがない。一度に手をつけると、何一つ完成させることができない虞れがある。醗酵期間だと言い聞かせて、目下の作品に向かっている。
Jul 25, 2015
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戦後思想と文化面に大きな影響を与えた評論家・哲学者の鶴見俊輔氏が亡くなられた。享年93。 今、日本国の立憲主義がヒトラーのナチス政権と同じ方法で蹂躙され、まさに国難と言うべき時に、またひとり大事な知性人を亡くした。93歳というご高齢だったので、誰もが内心で覚悟はしていたであろうが、返す返すも残念である。 衷心より哀悼を捧げます。
Jul 24, 2015
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母校と呼ぶ小学校が私には3校ある。長野県川上村の川上第二小学校、福島県南会津郡の荒海小学校、そして同じく八総鉱山小学校である。 1年生に入学した川上第二小学校の15年後輩にあたる宇宙飛行士の油井亀美也(ゆいきみや)さん(45)が宇宙へ飛び立った。油井さんが搭乗したロシアのソユーズ宇宙船は、23日午前3時2分(日本時間午前6時2分)、カザフスタンのバイコヌール宇宙基地から打ち上げられた。油井さんは、国際宇宙ステーション(ISS)に約5カ月滞在し、科学実験などの任務にあたる。 川上第二小学校の現在の校舎は30年程前に新築されたものと聞く。油井亀美也さんが在校時の校舎は、私が在校した当時と同じだったのではあるまいか。私の担任であり、私の人生の最高の恩師である樋口カエ子先生は、由井さんの時代にはもう川上第二小学校にはいらっしゃらなかっただろう。しかし、梓川の堤防沿いの校舎、そして本道の郵便局前から緩やかな短い坂を少し下って梓川に架かる橋をわたって、由井さんも登下校したにちがいない。 現在は有数のレタス産地である高原地帯の清涼清澄な空気は、夜空の星を一段とあざやかに見せていたものだ。その遙か宇宙へ、由井さんは飛び立って行った。すばらしい! ご無事で!
Jul 23, 2015
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抜けるような青空と言うが、まさにそのとおり。雲一つなかった。こんな日もめずらしい。 そのかわり37℃という暑さ。昼前、何通かの手紙を出しに、ほんの100メートルばかり先のポストへ往復した。それだけでしとどの汗。 目の前をアオスジアゲハが舞った。たちどまって目で行方を追った。すると我家の門のなかへ入っていった。小走りに後を追ったが、すでに美しい蝶の姿はなかった。 例年、我家のユズの葉叢にクロゲハが舞う。ユズに産卵し、そこで孵化するのかもしれない。柑橘系はクロアゲハの幼虫の食草なのである。アオスジアゲハの食草はクスや、シロダモ、イヌガシなどである。それらの樹木は我家の小庭にはないが、裏山の森林公園にはたくさん見られる。クロアゲハのようにアオスジアゲハが我家に住み着くことはなさそうだが、ときどき訪ねてくれると嬉しいのだが--- 熱中症予防を心がけてというわけでもないが、冷茶やアイスド・コーヒーを一日何杯も飲む。この3年間、その日の飲食はすべて記録しているのだが(健康のためである)、今日は、緑茶2杯、コーヒー(無糖)2杯、水1杯。制作しながらガブガブ飲んでいる。 絵は、今日は4人の衣服を描いた。今までの私の作品は、おおむね男女共にヌードしか描かなかったので、一度に25人もの着衣像はまったく異例だ。さて、どうなることやら。
Jul 22, 2015
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執筆中の作品は、順調に進行。今日は3人に衣服を着せた。25人中の3人は予定通りではあるが、今後筆が遅くなることもありうるので、これからもう1人やっておこう。ただいま23時になるところ。
Jul 21, 2015
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ただいま23時14分、きょうの制作を終わった。この作品には26人の顔が描かれる。そのうちの主役以外の25人の描写を終わった。明日からこの25人に衣服を着せて行く。8月10日頃までにそれを終えて、以後、8月末までに主役の描写に全力を傾けて集中する予定だ。 この作品のおぼろげな構想はすでに10年以上前にあった。描きたい描きたいと思いながら、完成作としてのイメージがつかみきれないでいた。この10年間に幾度空想の筆を執ってみたことか。 去る5月の末に画廊の社長から電話があり、10月のパリの後、11月にもやらないかと提案された。パリ展のための制作で手が一杯だと一度は思ったが、同時にその思いを自ら否定するように10年間描けなかった作品構想が頭に浮かんできた。 この機会を措いては決して描けないかもしれない。私は社長には生返事をしたのだが、実はその後まもなく下絵づくりをはじめ、次いでパリ用の作品を1点完成した。そして制作の順番を変えて社長の要請に応えるべく執筆を開始、先日、画廊の私の世話をしてくれている担当者との電話で、はっきり11月にもやることを告げ、期日に間に合うように作品引渡しを約束したのだった。 「作品を見るのが楽しみです」と彼女は言った。楽しませたいものだと、連日キャンバスに向かっているのである。
Jul 20, 2015
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書きたいことは沢山あるが、責任ある文章を書くためにはそれなりの時間が要る。今はその時間がない。 軍国主義への道・ファシズム(独裁的全体主義)への道がどのように形成されてゆくかについて、安倍政権を好例として理論的検証をする必要があろう。政策やそれを取り巻く賛否の言論、世論、およびヘイトスピーチや様々な大小の事件を時系列にならべて関係性を指摘してゆくことが、今、私にできることだろう。その準備として報道記事をファイリングしている。 どういうことか--- ヒトラーのナチス政権による1934年の「ナイフの夜」や1938年の「水晶の夜」。前者は、ヒトラー子飼の、まさしくヒトラーを権力の座におしあげる立役者だったナチス突撃隊(SA)隊長レームを始め前首相シュライヒャー夫妻ら公表77名を逮捕処刑し、「国家の危機の正当防衛」とした事件。後者は、ユダヤ人撲滅の前哨戦とも言うべき反ユダヤ主義者による暴動。このユダヤ人経営の商店を叩き壊して回った(飛び散った窓ガラスのきらめきによって水晶の夜と称された)事件は、そもそもナチス政権の画策疑惑がある。ナチス政権は、陰謀事件によって、善良な若者たちの憎しみを煽り立てて、有望なナチス党員をつくっていった。かくしてヒトラーの政治的野望は、国家の有り様を彼の個人的な精神病理学上の病態発露の場とし、ドイツ国民が「ナチス・ドイツ国民」として抱え込む病態へと変化した。ルキノ・ヴィスコンティの言葉を借りれば「尻と鞭と血と殺人」がその体制固めをした。 ---このようなことは、現代日本で起りえない、と考えるのは早計だろう。私は、とっぴでもない過去の外国の事例を持出したのだろうか? いや、すでに日本社会のあちこちで極めて似たような事が起っている。 愚かな政治家は何でもやるものだ。 重大事実として、憲法違反を指摘されているきわめてあやふやな法案を、小賢しくも「多数決の原理」に則って衆院を通過させた。近代国家以来の国家存立の根本理念である憲法を蹂躙したのだ。立憲主義国家にとってそれが「大罪」でなくて何であろう。 7月16日07時34分の朝日新聞デジタルは、安保法案強行採決について、〈首相に近い参院議員の一人は「消費税や年金と違い、国民生活にすぐに直接の影響がない。法案が成立すれば国民は忘れる」と言い切る。〉と伝えた。この政治家の心中に「国民の意思」など存在しないのは明白だ。国民を侮っているのだ。 日本国民は侮られて然るべきなのか。 私は、現状は「そうだ」とも「そうじゃない」とも言えないと思っている。 つまり、今後、軍国主義への道・ファシズム(独裁的全体主義)への道に進めば、やはり日本国民は政治家達に侮られてもしかたがない、愚かな存在だということ。愚かな首相よりも更に愚かな「羊」だ。 もし、目下の法案を廃案にし、軍国主義への道・ファシズム(独裁的全体主義)への道をとざし、若者たちを戦場の犠牲者にすることを阻止できれば、日本国民は愚かな首相と彼の子分どもが手をくだすことができぬレッキとした主権者であるということだ。 日本国民は岐路に立っている。 憲法違反をしても、「法治国家」と言い張る国では、我々は一寸の油断もできない。「悪法」であっても、一旦成立すれば、それは「善法」になるのだということを、肝に銘じなければならない。(ここでも私は、ナチス・ドイツが、一段一段法的手続き踏んで、ついには覆すことができない国家体制をつくりあげたことを思い出す。) 軍国主義やファシズムの萌芽が台頭してくるときに狙われるのは、教養人や知識人の弱み、すなわち無礼に対して礼をつくし、傲慢に対して寛容をもってし、無知に対して理知を説き、暴力に対するに非暴力と忍従をもってする、その弱さだ。 心身にしみついた教養と知性は、実は、反教養・反知性に対抗する力を持たない。反教養・反知性は、鼻先で笑いながら、教養と知性を蹴散らす。 歴史的に見れば、---長いスパンで見れば、反教養・反知性はその社会体制を維持して行けず、やがて自滅するのではあるが、われわれ一人一人は誰も歴史の長いスパンのなかで生きているわけではない。 そうであろう? 生まれたばかりの赤ん坊が人生の一歩を踏み出さないうちに殺されたり、少年や少女たちが明るいおおらかな青春を謳歌することなく、孤独で惨めな生を終えて、なぜそれがいつか来る希望のためだと言える?! ヒトは誰のためでもなく自分のために生きなければならない。白馬にまたがり、たらふく喰って、ふんぞり返っている者のために生きるわけではないのだ。だが軍国主義やファシズムの体制は、厳格なヒエラルキー体制である。「平等」という概念は最初から存在しない。誰かは誰かに従属し、その連鎖が延々とつづいて社会そのものを形成しているのである。そういう社会では生命は紙よりも薄いのは分かりきったことだ。 今、この国では、現代の一流を自認する世界の国家では滅多にない、恐ろしいことが起っている。私はそれを検証しなければならないと考えている。
Jul 19, 2015
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夕方6時過ぎ、どこか遠くでドーン、ドーンと砲声のような音がした。数発で止んだが、おそらく花火だろう。 私は毎日作品に向かって筆を動かしているだけなので、梅雨だ台風だ夏だといっても、実のところ季節感を「身にしみて」感じていない。雨が降りつづくと鬱陶しいし、暑さはやはり暑い。なのに、パシッと季節が意識のなかに入ってこない。不思議なことだ。 昨日、市内の小中学校長からメールでこの日の終業式を知らせてきた。つまり今日18日から夏休みなのだ。---「ああ、そうか、夏休み---」と、私はいささか間抜けた感慨をもようした。 そういえば昨日、民生委員研修会が終わり、同僚のS氏の車に乗せてもらって帰ったのだが、S氏が担当地域の盆踊りの音響の世話をしていると言っていた。「盆踊りですか---」と、私は随分遠い記憶をまさぐった。故郷喪失者の私には、懐かしいと言えるような盆踊りの記憶はなかった。 夕方の遠花火は、あるいはS氏の町の盆踊り開始の合図だったかもしれない。 私は夏休み無しで制作に励まなければならない。
Jul 18, 2015
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午後、我が市全域の民生・児童委員が集まっての夏期研修会。テーマは「生活困窮者の自立支援に向けて」。---「生活に困っている」「仕事が見つからない」「将来が不安」「家賃を払えない」「家族がひきこもっている」「母子家庭の経済的自立をどう図ればよいか」等々の相談に、どのように対応してゆくかを勉強。 私たち民生委員はそのような問題をかかえて困っている人 をこちらから探し出すようなことはしません。 まず自発的に私たちに相談をもちかけてください。 そこで初めて私たち民生委員は相談者に寄り添って、 適切な行政機関に連絡し、自立した生活ができるように サポートします。 もちろん私たち民生委員はボランティアですから相談料 など必要ありません。行政機関も無料です。 あくまでも「自立」を支援するのが目的です。 だから自分の意志で相談をもちかけてください。
Jul 17, 2015
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台風11号が四国沖を北上、西日本の太平洋側に暴風雨の警報が出ている。その影響は関東地方にも及び、東京は昨夜から激しく雨が降りつづいている。夕方から風も出て来て、庭の柿の木やナツグミ、ユズやツバキがザワザワと音をたてている。 今日もあいかわらず一日中制作。雨の音も木々のざわめきも仕事場にいて聞いている。もう23時30分になるところだが、明日は外出仕事に予定があるので、これからもう少し執筆することにする。
Jul 16, 2015
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私をプロモートしてくれている画商の担当者から電話。制作の進捗状況について。まあまあ予定通りなのでそう応えてひとまず安心してもらった。 すでに完成しているパリ用の社長と約束したテーマの作品について、少し解説した。何気ないような作品だが、私の思想と文化的視点は良くこなれているのではないかと思っている。 しかしそのような問題は、こんなことを言うのはオコガマシイが、観客に幅広い教養を要求する。私の作品はほとんどすべて、観客と丁々発止と切り結ぶことを願って、挑発の網を投げかけているつもりだ。尤も絵の見かけは、いわゆる「造形」的とされるエキセントリックさは無い。そういう表面的な処理にまったく興味がないからだ。 ---ともかく私にとって勝負はこれから(?)だ。死が近くに迫っているのに---
Jul 15, 2015
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きょうも猛暑だ。連日の暑さで、朝、庭のラベンダーや、盆栽仕立てにしようとしているカエデに水をやるのを欠かせない。 しかし台風が西日本にゆっくり接近しているようで、明日夕方あたりから東京もまた雨の日がつづくようだ。 私の近所は土砂崩れが心配な場所があり、地権の頑固な問題があって、数十年間市当局も手をつけられずにいる。真剣に取り組めば策はあるのかもしれぬが、いつかな善処しようとはしない。 6、7年前に別な件で私が当局に打診したら、あろうことか「犠牲者が出るまで何もできない」と言う意味のことを婉曲に言ったので呆れてしまった。そのときには首が飛ぶであろうに。---実は報道によれば、今日、我が市の別な土砂崩れで二人が逮捕された。 危険地帯の住人は、犠牲になる前に、もっと声をあげたほうがよいのではないか。 さて、私はほぼ一日中作品制作。「ほぼ」と言ったのは、午後3時頃になって5匹の猫達の缶詰の買い置きがなくなって、それを買いにちょいと外出した。 いままで気がつかなかっただけなのか、今日初めて蝉の声を聞いた。まだ蝉鳴かまびすしとまでゆかないが、あまり早く出てきては肝心の生殖の相手をさがすのが難しかろう。余計な心配なのだろうか? そんな詮索をしながら、こんど民生委員合唱団で練習がはじまる武満徹作詞作曲の「小さな空」を口ずさんだ。「青空見たら 綿のような雲が 悲しみを乗せて 飛んでいった---」
Jul 14, 2015
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午前中の2時間、民生委員同僚のS氏による「音楽の話---CDを聴きながら」に参加。S氏の膨大なコレクションの中から、氏の音楽愛好に非常な影響を与えたというエリック・クラプトンのギター演奏曲、ビートルズ、そしてクラッシックに目覚めてからのマーラー「交響曲第10番」との出会い、あるいはイギリスの作曲家からヴォーン・ウィリアムズ「パストラル・シンフォニー第3番(ウィリアムズの田園交響曲である)」、あるいはルネッサンス期のヒルデガルト・フォン・ビンゲン作曲教会音楽等々---S氏好みの音楽にたっぷりひたった2時間だった。 ひとりの個人の長年の愛聴音楽を---たとえほんの一部にしろ---まとめて鑑賞するという企画は、あるようでいて実はあまりないのではないか。Sさん、とてもおもしろかったです。
Jul 13, 2015
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二日連続の猛暑である。私のところでは明日はさらに暑くなりそうで、最高気温34℃の予想が出ている。 あいかわらず仕事場に閉じこもって作品にかかりきり。まだ作品世界がはっきりとした印象で立ち顕われるまでには到達しない。したがって高揚感をもって執筆しているのではなく、こつこつと、ただこつこつと、1ミリ先へ、1センチ先へ向かって筆を進めている。
Jul 12, 2015
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エジプト出身の映画俳優オマー・シャリフ氏が10日に亡くなったという。享年83。 言わずと知れた「アラビアのロレンス」(1962)で米ゴールデングローブ賞助演男優賞、「ドクトル・ジバコ」(1965)で同賞主演男優賞を受賞、「ファニー・ガール」(1968)などに出演した名優。 いずれの作品も私は映画館でリアルタイムで観ている。ここに「アラビアのロレンス」のパンフレットと、その中からベドウィン族の長に扮したオマー・シャリフ氏のポートレートを掲載して追悼する。
Jul 11, 2015
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もう雨にはうんざりしていたら今日は久しぶりの晴。夏空は青くとも東京ではカラッと爽やかとはゆかない。ムッとする暑さではあるが、晴は晴だ。あちこちの家の外に洗濯物が並ぶ。 制作に専念できず、途切れ途切れになる精神の磁場をつなぎあわせてゆくのがなかなか大変だ。いま描いている作品には26人の顔が登場する。描写にはそれなりの時間を要する。ここ数日つづけてきて、今日ようやく全員の下地を塗りおわった。明日からまた何日かかけて2回目の塗りをする。それを3回4回と繰り返して次第に細部へと向かって行くわけだ。まだまだ先行きは見えない。だいたい8月末までには完成し、すぐに次作にとりかからなければならない。その構想はまだまとまっていない。
Jul 10, 2015
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梅雨の雨は今日も一日中降りつづいて、23時になる今も雨音は止まない。テレビの天気予報を見ていたら、東京の今月の日照時間は合計でわずかに24分だそうだ。もうそろそろスカッとした青空を見たい気分だ。 朝9時半から15時30分まで東京都市部(区、市、島嶼と分かれている)の民生委員の夏期研修。 就任1年7ヶ月、よくよく研修や会議が好きな組織で、本来の日常的な福祉活動以外に膨大な時間を費やしている。いかにも「日本人らしい」というところか。われわれの日常の福祉活動には細やかな神経と技術を要求するが、そのわれわれに対しては神経を使いはしない様子。こういう行政のありかたもまた,私には「日本人らしさ」と思える。私は、福祉活動に専念したいのだが--- しかし、きょうの研修は、先日とは違って有用、且つ有効な「傾聴」についての演習。 一日いっぱいびっしり演習して、帰宅し、夕食後になっても何故かいつになく疲れてぐったりしていた。帰宅してから高齢者から相談があり、明日早々、関係機関と打ち合わせをすることにする。これが民生委員の本来的な活動で、私もエネルギッシュになる。
Jul 9, 2015
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昼前、昨夜思い出した八総鉱山小学校時代の5、6年時に担任だった孝男先生に電話した。84歳におなりとのことだったが、お声は元気そうだった。当時のことは良く憶えておいでで、同級生の消息もお聞かせくださった。 電話を切ってから、その話しに出た同級生のトモユキ君にも電話してみた。八総鉱山小学校の同級生で私が連絡先を知ってい、ここ10年間年賀状をやりとりしているただ一人の級友だ。 電話の呼び出し音がしばらくつづいたが留守のようなので切った。すると直後に私の電話が鳴って、出ると、トモユキ君だった。 彼は、孝男先生には10年前以前に直接会ったことがあるそうで、その頃は中学の同級会にも出席していたそうだ。実はトモユキ君と私は中学は別々なのだが、トモユキ君の中学の同級生は私の八総鉱山小学校以前の小学校すなわち荒海小学校の同級生なのである。トモユキ君が私の消息を知らせてくれたそうで、最近はトモユキ君の中学校の同級会からも私に知らせがとどく。残念ながら出席の機会を逸しているが、こちらも年賀状でのやりとりが復活した。幹事長を務めるアズマ君の現在の住まいのあたりを、---9歳の私はしばしばスクールバスを待ちきれずにおよそ3里(約12キロ)の道を歩いて帰ったものだが---通ったことを思い出す。 このブログには何度も書くが、今年70歳になった私だが、トモユキ君も、もちろん同年。聞けば1ヶ月違いの生れだとか。行政から後期高齢者の知らせが届き、「いよいよジイさんの仲間入りかと思った」と彼は笑った。 私はすでに早くから自らジイさんを名のっているが、---う〜ん、本音はどうなのだろう---一種の記号かな? そして、時に隠れ蓑かな? 先日の民生委員研修会で私はその内容の無意味なことをずけずけ言い、人の時間をムダに使わせないでくれと切り捨てた。他の民生委員は私の「怒り」と思い、そのような発言をあるまじき事と呆れもしたかもしれない。つまり、私は自分の死をみつめながら仕事をしているので、愚にもつかないことに時間を盗られるのを峻烈に拒否するのである。それは自らの老人を強く意識しているからである。しかしまた、老人と言えないようなまったく枯渇しないエネルギーが湧出し、そのギャップ、いうならば精神的肉体的な内部摩擦を感じてもいる。 ともかく、トモユキ君は元気、私も元気。声を聞いて安心した。 ところで昨日書いた6年生のときの「七夕音楽祭」の写真を掲載しよう。 トモユキ君、憶えていますか? 鮮明ではありませんが、後列中央にトモユキ君がいます。向かって左隣にイケノ君、ヤマノ君。向かって右端にサトル君。その前の列の右端はワダ君。左側のハーモニカは、ホシ君やサワムラ君、ヨシムラ君。リコーダーを吹いているのはモリ君、私、ヤマネ君、キタダ君の姿がわかります。---みんな元気かな?
Jul 8, 2015
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七夕の夜も、あいにくの曇り空。星ひとつ見えない。 そんなことを思っていたら、八総鉱山小学校での「七夕音楽祭」の写真を思い出した。 ---先日、私より7歳下で同窓生の方がこのブログに勤務地の上海からコメントを寄せてくれた。そのT氏が八総鉱山小学校に入学したとき、私は中学2年生だったはずだからすでに親元を一人離れて会津若松市の第三中学校に在学していた。したがって幼かった頃のT氏と出会っていたとしても、小学校入学以後のT氏に会う事はなかったにちがいない。しかし御母堂が八総鉱山診療所の看護婦さんだったというから、御母堂には私はお世話になっているはずだ。いずれにしろ、T氏が私のサイトを訪ねてコメントを寄せてくれるというのも、八総鉱山という今は無い場所の不思議な吸引力で、子供だった人も大人もみな60年も昔のその地を、まるで桃源郷のように懐かしむのである。--- 「七夕音楽祭」の写真は誰が撮影したものか。私が写っているから、たぶん母が撮ったのだろう。露光不足の写真だ。担任の孝男先生が指揮をとっている。 当時、私はアイレスというカメラを持っていた。私が撮った孝男先生の写真がたくさん残っている。---3年前、亡母の遺品の赤い手帖をみつけ、そのなかに孝男先生のお名前と数字が記されていた。電話番号のようだった。私は試しに、その数字の電話をかけてみた。はたして電話番号で、しばらく呼び出していたが応答はなかった。切ろうとしたとき、男性の声がした。「孝男先生でしょうか?」と問うと、「そうです」と応えがあった。 50数年振りだった。先生は私をよく憶えていてくださり、そればかりか私にまつわるエピソードも聞かせてくださった。後日、私は作品が掲載されている画集やその他の書いたものが載っている雑誌などを掻き集めてお送りしたのだった。 七夕の夜に思い出したのだから、そうだ明日にでもまた電話してみよう。私も70歳、先生はお幾つになられたやら。お元気かしら--- そうそうもう一つ。 会津高等学校時代の同学年同窓会の知らせが山野君から届いた。8月の初旬、会津若松市でということだが、私は二つの国際アートフェアを控えて制作にてんてこまいだろう。残念ながら出席は見合わせなければならない。
Jul 7, 2015
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午後1時半から4時過ぎまで民生委員の高齢者部会の認知症サポート研修。 毎度のことながら、この研修会の私にとってはピンボケな内容にはうんざりしている。 包括支援センターが講師を務め、講義内容をプログラミングしている。何がピンボケかというと、少なくとも私が民生委員として対応している実情には合わないないからだ。あまりにも合わなさ過ぎるからだ。このことは数ヶ月前にもこのブログに書いた。 練習問題を提示し、あるいはロールプレイをして、我々に紋切り型の答を求めて、いったい何になる。私が対処した現実に、そのような紋切り型の答で解決するような事例は一件もない。しかも、民生委員は場合によって包括支援センターより一段早い段階で患者さんやそのご家族と接触する。相談や支援をもとめられる事もあれば、周囲から情報を寄せられることもある。その点が一般の方々とおおきく異なるところなのだ。 私たち民生委員は、すでにある程度の心構えはできているし、患者さんやご家族を傷つけることがないよう、自分の顔の表情をおだやかに制禦し、身体行動もおだやかに保つ---それは銘々の自主的な訓練や人生経験に因るものだとしても---心がけができている。 また、私たちが就任して最初に受ける研修のなかに、「傾聴」ということがある。自分が喋るのではなく、相談者や苦しんでいる人の言うことにじっと耳を傾ける---とことん聞き役に徹することを問題解決の第一歩とすることだ。 したがって、民生委員にとっての認知症サポート研修というのは、包括支援センター職員が認識していることより、もっと現場に近づいている講義こそが役立つのであって、私たちからお利口さんな答をもとめるような内容では、私にしてみれば私のリソース(資源である時間)を蹂躙されたと思うほかないのだ。困ったことに、紋切り型の答をもとめる人はそれが無意味だということに気がつかない。へらへら笑って、他人の人生の時間をムダに使わせていると思う想像力に欠ける。 民生・児童委員に就任してあらためて気がついたが、たとえば学校における子供達のことばが、ほとんど紋切り型なのだ。 「みんなを笑顔にするような看護士になりたい」とか、「みんなを笑顔にするようなアニメデザイナーになりたい」とか、「世界で活躍するサッカー選手になって、みんなに笑顔をとどけたいです」等々。 子供の将来の夢にはその時々の世相が反映しているし、こちらも子供らしいと微笑んでいればよいのではあっても、自己主張を「みんなを笑顔にする」と形容すればそれですませることができると考える紋切り型に、私は入学式や卒業式に出席しながら何か釈然としない。紋切り型の主張は、世界に出て行く時にはまったく通用しないだろう。私は自分が画家として主張している世界でそれを如実に思う。芸術に紋切り型は通用しない。 紋切り型から私には日本の現状が見えてくる。子供から大人まで、否、大人から子供までだろう---紋切り型によって閉塞情況が形成されている。血の通わない、本当に困っている人を支援することからズレている状況が形成されている。いくら制度を企図しても、どこかで糞詰まりを起こしている。画餅のような紋切り型の答を出して満足感にひたっている人達がいるからだ。
Jul 6, 2015
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なでしこ2−5でアメリカに敗れ、W杯連覇の夢は潰えた。
Jul 6, 2015
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どうした、なでしこ! 決勝戦。相手は3大会連続でアメリカ。前半で早くもアメリカに4点を先制され、大儀見が1点を返したものの、4−1で折り返して、現在、後半戦続行中。
Jul 6, 2015
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心急く思いで新作を制作している。次第に完成作のイメージが明確になってきている。しかしプリミエールクーシェから彩色描写の部分作業に入った時点で、「これではだめだ。このままつづけては、完成度に悪影響がでてくる---」と気がついた。 これ以上迷ってはいられないので、下書きごと全面的に塗りつぶしてしまった。今日はその塗りつぶした大キャンヴァスを電動サンダーをかけて磨ぎだし、あらたに下絵を描いた。 いやはや、何十年も制作しているのに、この歳になってまだこんなザマだ。我ながらナサケナイ。 うっとうしい雨がふりつづいている。雨に打たれて庭の青柿が二つ三つ、三つ四つと落ちる。 昨年はほとんど数えるほどしか結実しなかった。ここ10数年間に初めてのことだった。生い茂った枝が電線に触れそうだったので、可哀想だったがバサリバサリと伐った。しかしその影響はなかったのか、今年はまたいよいよ枝は伸び、葉は艶をまして、結実も良い。秋に朱に輝く柿を見るのは私の楽しみだ。 ---そう想いながら、雨音をとおして耳を澄ますと青柿の落ちる音がかすかに聴こえる。
Jul 4, 2015
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なでしこがイングランドを敗り決勝進出を決めた。 試合は開始早々、1分のところでいきなりイングランドが強烈なシュートを放った。さいわいネット左へそれたが、危うい一瞬だった。 以後、両者一進一退の攻防。33分、有吉ドリブルであがり、相手のペナルティーエリアに入ったところで倒され、PKを得る。キッカーは宮間。宮間、間合いを取り、まるで歩くようにボールに近づき、GKの身体が右に振れた瞬間にゴール左隅に蹴り込んだ。見事な先制の1点! このまま前半戦を持ちこたえるかと期待したが、39分、イングランドのCK。ファーサイドに飛んだボールをワンタッチでゴール前に。競り合いのなかでイングランドが倒れ、大儀見のファール。PKを与える。キッカーはウィリアムズ。狙いすましたボールがGK海堀の横を擦り抜けてネット左隅に突き刺さって同点ゴール、1−1。 後半戦。イングランドのボールキープと攻撃に日本はラインをあげられない。途中で大野 out, 岩清水 in。なでしこ態勢を立て直すが、なかなか相手を崩せない。しかし持ち味の細かい連繋プレーは維持。アディッショナル・タイム3分が表示される。46分30秒。相手ゴール前まで攻め上った日本、川澄のクロス。中に大儀見と岩清水。一瞬の競り合い。DFローラ・バセットがカットしたボールはネット方向へ飛び、GK対応するがオウン・ゴール! イングランド、痛恨のミスだ。長い笛が鳴り響いた。2−1で、日本は決勝進出!-------------------------------------ウィンブルドンの錦織圭選手、傷めた左ふくらはぎが再度悪化し、大事をとって2回戦以降を棄権した。残念だが、選手人生をつづけるためには最良の判断であろう。
Jul 2, 2015
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私のホームページ「山田維史の遊卵画廊」と、このブログ日記が、開設以来、明日7月2日で11年目に入る。 10年前、私の作品を好きだという大阪のシルフさんがこのホームページを開設し、直後に私本人が日記を書くということでバトンタッチした。私はシルフさんがどういう方か知らなかったし、一度もお会いしたこともなかった。私の資料のなかから沢山の作品をスキャンし、アップロードしてくれ、その膨大な時間をかけての尽力に驚きながら、いま改めて感謝している。 10年間!---よもやこんなに長くつづくとは思わなかった。日記を読んでくださる方があろうとも思わなかった。裏の管理画面によると、日記の記入率は79.7%である。まあまあサボらずに書いているのではあるまいか。読んでくださるお客さんも、実はいまだに少しずつ増えつづけている。ありがたいことだ。 自分自身の日記だから、そっけない書き方をしている。制作中は仕事場に籠りきりなので、記事になるような「事件」も起らない。どんな作品を描いているかということも、その完成作も、画商との関係でウェブ公開できない。あるいは、作品は、完成するまでに絵具が層になって積み重なったり、入り組んだり、異種素材が特殊技術によって接合されているのだが、その過程や技術について、これは私の秘密にしておきたいことだ。---読者は何も無い空っぽの部屋を見ている気分だろう。 そういう点をふくめて、反省したり、よくつづいたものだと、あらためて思った11年目突入の前日の今日である。 読んでくださる皆様、そして10年間変わらずおつきあいくださった下関のちゃれさん、名古屋の大学教授・釈迦楽さん、ありがとうございました。 また、このブログによって、60年前の知人や小学校の級友から元気な消息を受け取ることができたのも、開設当初に予想しなかったことだ。外国人の読者がいることも驚きだった。ありがたいことである。
Jul 1, 2015
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