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「描いて!描いて!描きまくる!!」 「それでも飛べなかったら?」 「描くのをやめる!…そのうちに、急に描きたくなるんだよ」 魔女の宅急便という映画のワンシーンですが 中学生のときから、ずっと引っかかっている言葉です。 あるきっかけで、気持ちが落ち込んでしまって 今は力を失ってしまったり 発揮できなかったとしても、 本当に才能があるのなら いつか必ずその力を取り戻す。 いつだって困難は 才能を試しているんだと思います。 そして、本当に力が必要になったとき 必ずその人を救うのは やっぱり才能なんだと思います。
Apr 29, 2006
今日は個人塾の塾長の集まりに参加してきました。 今回のお題はS塾長の塾についての報告です。 それについては 以前から、よく伺っていたので だいたいのことは知っていたのですが やはり納得させられました。 塾の商品が きっちり4つに確立しつつある。 実績は驚くほどいい。 今日は淡々と語っておられたが 教務内容を詳しく検証すれば 多くの有益なヒントが得られるだろうとも思いました。 そしてやはり、目標とする数字を キッチリと掲げておられる。 僕の勘では、うまく調整すれば 夏以降までには目標の数字まで達成できそうに感じました。 S塾長の凄みは何なのか 自分なりに考えてみたところ 現状の商品のみで勝負しないところです。 常に新たな商品を生み出す努力をしている。 当然、既存の商品は 生徒、保護者に十分に吟味されながら 生き残った商品なわけで いわば主力商品です。 しかし完成されていればいるほどこれ以上の発展は見込めない。 塾が成長するためには 新たな商品が必要なのです。僕は刺激を受けるためだけに勉強会に参加しているわけではありません。自塾を発展させていくためのヒントを探っているのです。メリット、デメリットを分析し自分の塾に活かすことができるかどうか…新たな商品を生み出すため自分だったら何ができるのか…反芻しながら、実践していくしかありません。それにしてもS塾長のガッツには驚かさせられました。4つの商品を維持していくのは相当なエネルギーがいると思います。僕だけでなく、他の塾長先生たちもその点に関しては驚いておられた。自分に置き換えてみたときまず問題点に感じるのは、その点だなぁと感じました。
Apr 23, 2006
今日は昨日の考えを 少し改めねばと思いました。 教え子の講師たちとは 気心が知れているだけに 僕自身がそういう部分に甘えてる部分がありますが、よくよく考えてみたら 塾講師の一番大切なことって 生徒のためにどれだけ頑張れるかなんだと思います。 今日でも 講師が急に来れなくなった生徒たちに対して T先生は自然とフォローに回ってくれていた。 あれは生徒を大切に思う心があればこそです。 同時にこうも思いました。 僕は経営者でもあるけれど そんなことは、ある意味どうでもいいこと。 講師としての仕事と経営者としての仕事は 内容的には違うけれど 根っこの部分は同じです。 すべては生徒のためであるかどうかなんです。 つまるところは信念。 そこに思いがあるかどうか。 T先生の行動を見ていて 僕の甘えを痛感した次第です。 塾講師をやりたいと思う人は 決して時給とかだけじゃないと思います。 やはり根本の部分では 生徒のために…と思っている部分が大きいはずです。 そして経営者はその部分に甘えてはいけない。 僕もその部分では負けちゃいけない。 そこを競っていきたいとさえ思います。 そう思えた一日でした。
Apr 21, 2006
授業後の卒塾生講師Iとの会話が和みます。 彼との付き合いは5年にもなります。 5年って短いようで、結構長い。 そのくらい前の塾って色々あったなぁと思います。 塾長は頑固な人でした。 僕は相当なイエスマンでしたが 胸の内では、独立したときには反面教師にしようとずっと思っていました。 けれど、今になって少しだけ塾長の気持ちが 分かるような気がします。 経営者には経営者としてのプレッシャーがある。 生徒だけではなく、社員も支えていかないといけない。 僕のような個人塾じゃなくて 多くの教室を抱えた法人の塾でしたから 想像できないくらいのプレッシャーがあったと思います。 …目標が少し分からなくなってきています。 開塾当初の目標は、達成できたんだと思います。 そこに生徒がいてくれることが どれだけ渇望したことだったのか… その幸福の中にいると いかに自分が幸福なのかを忘れてしまう。 失ったときにはじめて気付くのでしょうがそんなことはしたくありません。 今は経営者と講師の二束のわらじを履いています。 講師としての自分としては 自分の弟子となるような生徒と 何人会えるかだと思います。 それは経営とは外れたポジションになるでしょう。 僕の塾にはすでに 4名も卒塾生講師がいます。 さらに1名、地方の大学にいったUを含めると 5名です。 Uはこの夏、外国に行くらしいので 講習会は来れないでしょうが。 彼等は僕の求めるものに あわせてくれる。 そして受け持った生徒のことを ああだこうだと伝えてくれる。 これはいい。 関われない生徒を預けるなら できるだけ教え子たちがいい。 それなら 一講師として僕としても 納得がいくのです。
Apr 20, 2006
中3生の今の時期数学の内容は「式の展開」を習っているところだと思います。計算を楽にするために乗法公式というものを使います。それは基本的3つあるのですがそのひとつが(x+a)(x+b)=x^2+(a+b)x+ab (^2は二乗の意味です)になります。例えば(x-3)(x-5)=x^2+(-3-5)x+(-3)×(-5)=x^2-8x+15というように計算します。塾で、式の展開を指導した際に少しシャレっぽい問題を出してみることがあります。ではそれを使って次の式を展開してみてください。(x-a)(x-b)(x-c)(x-d)…(x-z)= まともに計算するととんでもないことになります。実は(x-a)(x-b)(x-c)(x-d)…(x-x)(x-y)(x-z)=(x-a)(x-b)(x-c)(x-d)…(0)(x-y)(x-z)=0になります。…生徒の反応はあんまり良くないんですけど僕はこの問題が結構ツボです。今年はまだこの問題を出してなかったので出してみようと思います。(受けなかったらツライですけど)
Apr 20, 2006
塾ブログを通じて公立塾の記事を拝読しネットの新聞でその内容を確認しました。そのとき、知り合いの人から「今は団塊の世代の教師が大量に定年になるから教採の倍率がかなり低い。」というお話を伺ったのを思い出しました。一方でその団塊の世代の教師たちをサイクルで使っていく案が進められていたとは…人件費のかからない完全なボランティアであれば僕たち塾屋は文句は言いません。やはり塾はスキマ産業でしかないのか。そう思うと少し空しくなります。
Apr 17, 2006
中2の理科で神経系の単元が授業のときにちょっとした実験をします。左目を閉じたまま右目で左の白マルを見ながら顔を前後してみて下さい。右の黒マルが消えます。○ ●これは盲斑という部分に光が入ったからです。視神経が束になる部分は光の刺激を受け取る感覚細胞がないところなのでここで像を結んでも、視神経まで伝わらないのです。人体のところは本当に面白いと思います。
Apr 15, 2006
塾を開いて1年と1ヶ月が経ちました。振り返ると、いろいろと乗り越えなくてはいけない壁があったけれどもそんなときいつも思うのがやはり求めていくべきものはたったひとつの信念だということです。全ての行動に僕の求めている信念が息づいているかそれが大切だと思います。なぜなら、方法や手段というものはいくつもあります。例えば、数学の問題の解き方ひとつにしてみてもいくつも方法があります。どれがいい解き方でどれが悪い解き方というものでもありません。生徒にたいする接し方も優しく接するか、厳しく接するかどちらも正解に成りえるでしょう。つまり、どちらの方法をとったとしてもどちらにもそれなりの論理があるわけですから間違いであるとはいえないと思うのです。だからこそ、根っこの部分にすべての選択の決定権を握る信念を持っていなければいけない。教務も経営もすべてその信念が息づいているか活かされているかすべてを信念で埋め尽くしたいとさえ願っています。信念がなければのしかかるプレッシャーに打ち勝つことはできません。迷ったとき、どれも正解だと思えるそのとき自分の信念を頼りにしようと思います。
Apr 14, 2006
公立の高校入試が終わった頃に親しくさせていただいているS塾長が塾に訪ねてこられた。S塾長と会うといつもS塾長のこれからの目標についてお話が伺える。会うたびにその目標について伺っているような気がします。いつも目標に向かって走っている…そう感じられます。さらに面白く感じるところがあってそれは新たな試みを行ったときそこから生じる様々な影響を予想していてそれを活かそうとしているところです。塾の運営を立体的に組み立てている。何か新しいことをはじめると必ず現状に影響が出てくる。そこを思い切りプラスに変えていこうとする姿勢が物凄く刺激になります。信念は貫くそれは変わりません。しかしその上に築き上げる新たなる試みが塾をより発展させていくのです。大切なのは新たなる試みが信念の上に載るかどうかということです。載るものであればその塾は大きくもなり硬くもなりとにかく強い塾になっていくように思えます。
Apr 12, 2006
またまた情熱大陸で感動しました。今回は眼科医の服部 匡志さんでした。彼は2週間ごとにベトナムと日本を往復しなんとベトナムでは無償で手術を行いさらには宿泊費なども自費、患者の治療費も肩代わりをすることがあるという。また、日本では自分の診療所を持たず病院のアルバイトで生活費を稼いでいて年収も4~500万円ほどだそうです。そういう情報を知った上で物凄い刺激を受けたのは数多くの手術をできる限り行おうとしている姿勢を感じ取れたことです。お金よりもなによりもとにかく1人でも多くの患者を救いたい。そういう意志をブラウン管を通じて感じました。自らが力を手に入れたときその力を何のために使うのか。お金のため…それもあると思うけれど誰かの笑顔が見たいためにその力を振るう。それは綺麗事かもしれないけれどもっと素晴らしいことのように思えます。網膜症で、すでに片目は失明、残されたもうひとつの目も明るさしか分からなくなった少年が服部医師の手術によって、光を取り戻しました。失敗したら自殺をするとまで言った彼が子どもたちとサッカーをしていました。それをスタッフから聞いた服部医師の笑顔は喜びを噛み締めるようでした。彼の求めている情熱が何なのか物語っているように思えました。
Apr 11, 2006
最近考えることは塾というのは師弟関係をつくることが大切だということです。個人塾は塾長が商品であるという考え方は師弟関係を築くことに他ならないと思うのです。それでは、塾生が増えてきて塾長が見切れなくなったらどうなるのか…問題はここです。塾長以外の講師に、生徒を任せていかなくてはいけません。打ち合わせがしっかりなされていないと、必ず講師のスタンドプレーが生じます。講師のスタンドプレーというのもそれが、講師のこだわりであれば僕は構わないと思います。たとえそれが、僕のこだわりと180度違っていたとしてもです。塾に新しい血が入ることは、ひとつの刺激になるからです。自分の授業を見つめなおす、良い機会でもあると考えます。ですが、それはあくまでも刺激。それがすべてを飲み込むわけではありません。それで飲み込まれるようでしたら、僕の授業はその程度のものだったのです。鍵を握るのは、講師間の打ち合わせでしょう。任せてはいくけれども、お互いに情報交換、意見交換は行いたとえ担当講師でなくても情報や意見は共有すべきだと思います。共有することで、塾全体としての進むべき方向性は明確になるはずなのです。こだわり…つまり信念と信念がぶつかり合って折り合いがつかず、平行線をたどるような結果になったとしても生徒のことを考えて、良くしようと思っている点で同じである以上、いつの日か、お互いの信念を尊重し合い、良き仲間になっていき、塾の進むべき方向性に新たな可能性を見いだせるような気がします。正解の授業というのは、常に現場の中にあって僕たち講師はそれを常に追い続けています。けれど自分の力を過信すると、必ず視野が狭くなって、それを見落としてしまします。情報や意見を共有することで何をすべきなのか、気付くことができます。そういう仲間との、議論の時間を大切にしていきたいと思います。
Apr 7, 2006
勤めていた塾の社員であるS先生と同じ教室で親しくさせて頂いていたT先生と飲みにいきました。久しぶりに会ったせいでお互いに1年間の積もり積もった話で盛り上がり朝まで続きました。S先生は若い講師の方です。彼と話をしていると、本当にこれからの人だと感じます。今は、あれこれ抱え込むような悩みを持つのではなくて輝かしい未来のために絶えず挑戦していって、未来のための何かを掴んでいって欲しいと思いました。ところで、先週の木曜日、この春から公立高校の数学教師として復帰なされたK先生と電話でお話をしました。K先生が塾の道を捨て、教員の道に復帰されるきっかけとなった思いを熱く語られた。「僕は塾で授業をやっているとき、常に自分のことが心配でならなかった。自分のことが心配でたまらないのに、どうして他人の心配ができようか…。」塾の仕事は、人対人の真剣勝負だと思います。僕はどんな授業でも、いつもプレッシャーを感じます。自分の健康や精神が不安定な状況下でこの真剣勝負を挑み続けることは、できないだろうと思います。僕はこの業界が好きです。この業界に生きる人たちに、とても尊敬できる先輩たちがいます。そして競い合いたい仲間たちがいます。歳をとったら潰しが効かないとかそんな夢のない話は考えないようにしたいと思います。心身ともに健康であること。これはとても重要なことです。そのうえで、塾でしかできない僕の求める信念を貫き通していきたいのです。
Apr 3, 2006
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