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先日、元同僚のS先生とM先生が塾に訪ねて来ました。ちょうど最後の授業の時に、S先生が来られた。テスト前だったので、授業はテスト対策で、演習中心の授業でした。S先生は、自習コーナーのイスに座って、僕達の授業を見学された。授業が終わって、M先生も塾に来られた。M先生は僕が塾講師3年目の時に、同じ教室を担当した方です。物凄く面倒見のいい、明るくパワフルな先生です。1年半ぶりだったので、ちょっと驚きました。授業後、僕は自分の塾のチラシをお渡しして開塾の経緯と、自分がやりたかったことを伝えました。話していると、なんだか勤めていたときの雰囲気が蘇ってきてちょっと懐かしかった。お二人は、将来的に独立を考えておられました。S先生は言われた。「やっぱり、まずは芯がないと駄目ですよね。そのうえで、それがその地域に合うかが問題ですよね。」本当にその通りだと思います。自分の想いがあって、その想いを限りなく実現させたいから塾を開くのだと思います。ただ、お二人でやられるのだから、その芯(信念)を共有していかなくちゃいけない。それが決まれば、どの地域でやられるべきなのか、おのずと決まってくるでしょう。僕の場合、勤めていたとき、いつもアンテナを張っていました。駄目だなぁと思うものは、独立したら絶対に止めよう。いい物に出会ったら、独立したら絶対に採用しよう。いつも「独立したら…」と考えていました。そんなことをずっとずっと考えてきてあるとき、テーブルを囲んで授業をしてみたとき今まで蓄積されてきたものが、一瞬で整理されるみたいにこれだっって思いました。そして開塾場所を決めたら、色々なイメージが膨らんできました。そのイメージの中にいた生徒たちはまぎれもなく、過去に出会った生徒たちでした。いい授業ができて、そして合格を勝ち取った生徒たちです。未来を描く中にいるのは、過去に出会った生徒たちなのです。開塾にはもちろんリスクがあります。現実は厳しく、先は分かりません。けれど、それでもなお突き動かすものは成功体験に裏打ちされた信念だと思います。
Jun 29, 2006
最近授業をしていてよく考えることがあります。「僕がここでちょっと手を抜いたり気合が抜けてたら僕が求めていたもんてなんやったんやろう。」その場その場の自分の感情は様々。疲れているときは、だるい気持ちになるしうまくいかないときは、悲しい気持ちになります。その反対に楽しい事やおもしろい事もあったりします。けれど、あくまでそれはその場、その場の一過性のものでしかないと思うのです。それに流されていてはいけないと思うのです。やはり、授業はその場の変化に惑わされず目標達成に向けて地道にコツコツと勉強していくことが大切。楽な授業とか、その逆にしんどい授業とかあると思うけれどそんなことは越えたところの想いを込めた授業を続けていきたいと思う。想いがブレることなく、継続していけば本当に何が必要で、何がいらないのかを間違えないと思うのです。変化の中で自分が流されてしまうのが物凄く悔しいと思うのかもしれない。自分が求めている授業を、ずっと続けていくためには想いとか信念でしかないんだと思う。
Jun 25, 2006
中1のある数理のグループは僕にとって、あまりうまくいかない授業になることが多かったです。もともと、勉強に対してモチベーションの低い子たちが多くて導入の説明中も、聴く真剣さが足りなくて演習中もぼーーーっとしたりいらぬおしゃべりをしたりとにかくやる気のない子たちに見えました。「ちゃんと解かんかい!」「ちゃんと勉強せーや!」と怒るのですが「この問題が分からなかったから待っててーん。」みたいな返答が何度か返ってきました。その度に、心の奥底で、なんとなく違和感をずっと感じていました。あるときです。僕の怒っているポイントがズレているんではないだろうか…そう気付きはじめました。それからしばらくたってチーーーーーンっと音をたてて、ひらめきました。やはり怒っているポイントはズレている。「ちゃんと解け!」ということが問題じゃなくてボーっとしている態度や肘をついていたりおしゃべりをしたりそれらをひとつひとつ本気で注意しなくてはいけない。勉強するという行為はその後だ。ということに気付きました。それ以来、ボーっとしたら「なにボーっとしとんねん!僕は別に、君がその問題解けへんから怒ってんちゃうねん。鉛筆も持たずにボーッとしているその姿勢に怒ってんねん。勉強以前の問題や!!はよ、鉛筆持ち、ほないくで!!」という感じで、ひとつひとつの悪い態度を注意していきました。そうすると、解けないといっていた問題も解けるようになっていく。勉強以前に、まずは姿勢から当たり前のようですがその当たり前に、本気で取り組んでいきたいです。
Jun 16, 2006
火曜日は、午前中にザッと雨が降って10時頃にはカラっと晴れた日でした。ひさしぶりにT先生とお会いした。日曜日に参加できなかった会の話と、最近の僕の塾の近況について話をしました。自分から話すと、頭の中が整理されていくような感じがします。僕は講師なのか経営者なのかその立ち位置に悩む自分を、再認識できたような気がしました。昼頃に塾に入って初スカイプでTさんに電話しました。想像以上にクリアな音質で驚きました。お互いの近況を話し合って、現在の悩みや目標について話し合いまいした。やっぱり、僕から話すことは講師としての自分と経営者としての自分のことでした。次の日の水曜日K先生とスカイプで話をしました。K先生は昨年の春に、京都の集まりを開いてくれた方でそのおかげでTさんと出会うことができました。物凄く強く、明るい塾をつくっていらっしゃる方です。やはり、僕の話すことは講師としての自分と、経営者としての自分のことでした。一通り、僕の悩みを整理したところで(ありがとうございますっ!)授業中、まわりを見渡す。Oさんをはじめ、S先生、K先生、O先生、I先生、I、Yさん、Hさん、Kさん、Uくんそして教育実習中のT先生、みんなみんな一生懸命に指導してくださる。僕も頑張らんとなぁ!!と本気でプレッシャーを感じることがある。色々な講師をこの目で見ることで僕の講師としてのあり方経営者としてのあり方を常に考えさせられる。講師としての自分の限界が、いつかくるかもしれない。そのときは、潔く講師から退き、経営者としての立場しかとらなくなるのだろうか。時とともに僕自身は変わっていく入ってくる生徒との年齢は毎年1歳ずつ違う。生徒たち、講師たちと出会うなかで僕自身が変わっていっているのが分かる。けれど、塾をはじめた信念だけは絶対に曲げない。いつか目覚める生徒たちの才能のために正しい姿勢で、ひとつひとつ積み上げていくことそれが一番大切。僕は変わっていくけれど、それだけは変わらない。それを信じて一生懸命頑張ろうと思います。感謝です。
Jun 15, 2006
今日は高校生の授業の後でお好み焼きを食べに行きました。高校生を担当している講師の方々も一緒で20名くらいいたと思います。講師の方たちはあまり飲めない方だったので僕とIだけが結構飲んでいました。4テーブルで、僕の席はIとYさんとK先生と高校生のM君K先生はしゃべるしゃべる。それが面白くて、ずっと笑いっぱなしでした。他のテーブルも盛り上がっていてみんな笑顔だった。それがとても嬉しく思えました。2次会は、教え子のIとYさんと一緒に近くの居酒屋へ。昔の話に花を咲かせる。ああ、そういうこともあったなぁとしみじみと思い出される。なによりもIとYさんの今を精一杯楽しんで、未来に向かっている姿をこの目で見ることが僕にとって最高のエネルギーになる。そういう教え子たちとの出会いはこの仕事をやっていく上で、なにものにもかえがたい。今日も高校生1年生のKに数学を教えていて可能性を感じる。きっと未来をつかめる。その可能性を僕は絶対に見過ごしたくない。帰りの電車のなかでそんなことを考えていました。
Jun 11, 2006
僕の住まいは神戸にあり、塾は大阪にあります。神戸と大阪、そんなに遠くはないんですが指導する中で、感覚の違いを微妙に感じることがあります。そのひとつとして「東西南北の感覚の違い」があります。この前も、中1社会(地理)の中間テスト対策のとき東西南北についてあやふやな生徒がいました。神戸に住む僕にとって、それは考えられないことです。なぜなら神戸という街は、海と六甲山を挟んですべて坂になっています。坂を登ることが北、下ることが南または、山が北であり、海が南そういう感覚が子どもの頃からしっかりと根付いています。そのせいか、違う町に行ったときついつい山を見かけるとそこが北だと思い込んでしまうくらいです。そして、主要な線路(阪急、JR、阪神)また、国道が東西にのびているので東西の感覚もはっきりとしています。東西南北という言葉を聞いたときやっぱり頭に浮かぶのは丘から見下ろす神戸の港と海です。電車は東へ西へ流れていく。大阪に住む子たちとは違う感覚なんだろうと思います。東西南北が理解できていたとしても神戸の人たちが感じる東西南北の感覚とは違うような気がします。同じ理解でも、その感覚が微妙に違うというのは本当に面白いと思います。
Jun 2, 2006
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