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★☆ 旧ザビエル教会風のイルミネーション ★☆ Merry_ Christmas ! !~ ザビエル布教の地のクリスマスの夜 ~ クリスマスにケーキを食べましたか? 先日、長男の結婚式がありまして、公私ともに忙しい師走(12月)ですが、まさか、気持ちはまだ少年のREALISTに・・・とてもおめでたいことではありますが、息子の結婚式をこんなに早く迎えるとは思いませんでした。・・・披露宴最後の新郎の父親(両家代表)の祝辞を無事に済ませてホッとしている今日この頃です。結婚式は、110人もの列席者があり、とても盛大なものでした。私が見ても、新郎25歳、新婦23歳の二人とも長身のモデルの様な美男美女でした。これで、私の家族に新たに1人の娘が加わりました。まぁ・・人生は山あり谷ありで、夫婦も同じでありまして、これからが大変だと思いますが、ただただ荒波にもめげず頑張って欲しいと親心に願うばかりです。 昨夜(25日)は、朝から雪が積もっていましたが、お昼過ぎには消えていました。クリスマスの夜、山口市内のパークロード沿いに設置されている旧ザビエル教会風のイルミネーションを見に行きました。 1549年、フランシスコ・ザビエルが日本の鹿児島(薩摩)に上陸し、山口(周防山口)の守護大名「大内義隆」に布教活動を許しを請い、1551年に義隆から布教活動が許可されました。そして、ザビエルには、現在の山口市内で当時の廃寺であった「大道寺」を住居兼教会として与えられ、それが日本で最初の常設の教会堂となったそうです。ザビエル来日400年記念事業として、1952年に山口市亀山町に、ザビエルの生まれ育ったスペインのザビエル城の城門を模した「(旧)ザビエル教会」が建設されました。二つの尖塔がある外壁はレンガやモルタルで室内は木造の教会で、スペインから持ち込まれた鐘やザビエルの生涯を物語風に描いた美しいステンドグラスが有名で市民に親しまれた教会でした。残念なことに1991年に火事で全焼、現在では近代的なデザインの教会に生まれ変わってしまいました。・・・設置されたイルミネーションの教会は、親しみのあった旧教会のデザインが採用されていました。 正面から撮影すると趣(おもむき)も随分と変わってきます。寒くクリスマスの夜のためか、車も人通りも少なかったですね。ここには、家族連れ、若者同士や恋人同士??の様な男女が訪れていました。 「クリスマスイブ」 クリスマスに似合う曲・・懐かしい曲です。 なかなかロマンチックなムードの風景でした。やはり、ここには、恋人同士か恋人にまでには至らなくても男女のカップル、友人同士が似合う場所ですね。ここを訪れる方々には、いい思い出を作ってもらいたいものです。 闇に光り輝く教会など眺めていると、幻想的な世界に引き込まれていくようでしたが、火事で焼失した今はもう存在しない旧ザビエル教会の懐かしい情景を思いだしてしまいました。今では、すっかり近代的な教会に生まれ変わっていますが、やはり、旧教会の方が魅力的で味わいがありました。 正面から接近して撮影しました。LEDの青と白の光をじっと見ていると、氷のイメージを感じ、寒さが増すようでした。両側の尖塔と中央の十字架が旧ザビエル教会のイメージそっくりです。 これは、昔懐かしい、なんとREALISTがカトリック系幼稚園の修学旅行で訪れた際の集合写真です。後方に見えるのが、今はもう存在しない旧ザビエル教会です。左端には、幼稚園の保母4人、右端にも2人の保母さん、集合部分の一番上の白い服の方が、引率した若いスペイン人神父の園長先生でした。この神父さんは、ここにいた保母さんの一人と結婚してスペインに帰りました。たどたどしい日本語でイエスの生涯を教えてくれました。神父さんの愛車は、何度か乗せてもらったことがあるフォルクスワーゲンのビートルでした。(Thanks) !! ↓(ありがとう)^^)/~~ ♪どのページへのリンクもご自由にどうぞ。♪
2011/12/26
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★☆ 秋から冬に向かう師走の庭の植物たち ★☆ From autumn to winter garden landscape~ 身近な自然の美にたたずむ ~ 気が付けば、もう師走(12月)となり、街へ出ても何となく気ぜわしい雰囲気が漂っています。いつもよりも人手や車も多く、土日ともなれば、大型電気店やショッピングセンターなどどこでも駐車場が満車状態で買い物客でごったがえしています。 そんな休日の朝、庭に出てみると、椿(つばき)のピンク色の花が枝という枝に満開状態で咲き誇り、少し前まで青々していたはずのモミジの葉が、一斉に真っ赤に染まってました。その日は、しばらく身近な庭の自然を眺めて楽しむことができました。 今年は椿(つばき)の花が満開状態になりました。ピンク色の花がとても美しく見えます。自然という造形美は素晴らしいものです。この椿の木は以前かなり短く剪定(せんてい)し、枝打ちをしていたので、あまり元気がないように感じていましたが、これを見るとかなり元気が良い健康体であることがわかりました。この木の花の蜜を求めて集まるハチの様な虫たちも周囲を羽音を出しながら飛び回っていました。花と虫の関係というのがこの様子からもよくわかります。お互いに持ちつ持たれつという必要な関係で結ばれているわけです。この植物は何と呼ぶ名なのかわかりませんが、今年の春から自然と群生を始めたものです。シダ類植物かと思いましたが、もっと原始的なコケ類に相当する植物のようです。春から夏、秋の10月までは綺麗なグリーン色だったのですが、12月となって次第に赤みがかってきました。これも上で紹介したものと同じ種類のものが、最初は薔薇(バラ)の木だけだったその周囲に今年の春から自然と群生したものです。見た目は悪くないので抜かずにそのままにしています。これは、ハナミズキの木の根元部分に自然と群生しているタマリュウの様な植物ですが、ここにも後からコケ類植物が割り込んで育ち始めました。キンモクセイの木の根元にもタマリュウの様な植物が自然発生的に群生し、円状の面積が次第に広くなっています。この中にも少しだけコケ類植物が生まれています。 【送料無料】すぐに役立つガーデニングのコツ300価格:1,470円(税込、送料別)モミジの赤色は、とても上品な色です。こういうのをワインレッドと呼ぶのでしょうか?この赤いモミジから連想するのが、・・・はるか昔の京都、・・・紫式部の世界の「源氏物語」、・・・「平安貴族の庭の風景」です。光の加減でモミジの色は、様々に変化します。緑色の茂みと赤色の葉のコントラストが妙に古い日本的なイメージを思い起こします。 なんとも美しい一瞬の時間・・・・光と赤色、緑色の世界・・・・小学生のときに初めて覗いた万華鏡の中の様なイメージを感じました。モミジの木の下には、REALISTがガーデニングのまねごとで組んだ円陣模様のコンクリートレンガの未完成部分です。いろいろと構想を練っていますが、全体的なイメージがまだまだですね。プラモデルの組み立てに近い様な楽しい感覚もありますが、これをどういった組み合わせに構築していくかは、かなり時間がかかり、これからが楽しみです。これが、モミジの木の全体像ですが、これでも高さは約3mあります。この木は、当初は1.5mもない小さな木でしたが、かなり成長してきました。【送料無料選択可!】やさしい暮らしをつくる雑木ガーデン 好きな木とゆっくり一緒にいたい (単...価格:1,260円(税込、送料別)(Thanks) !! ↓(ありがとう)^^)/~~ ♪どのページへのリンクもご自由にどうぞ。♪
2011/12/11
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★☆ 『鉄腕アトム』の対抗馬として出現したロボットアニメ ★☆ " The 8Man " By Japanese Anime~ 少年マガジン連載で知った正義の味方『エイトマン』 ~ 『8マン』(エイトマン)は、原作はSF作家の平井和正、作画は桑田次郎(現:桑田二郎)により、手塚治虫の『鉄腕アトム』を越えるようなロボット漫画を目標に週刊少年マガジンに1963年5月から連載されたロボットアニメで、1963年11月8日から1964年12月31日までTBS系で全56話がTV放送されました。少年マガジン版の表記は数字の『8マン』でしたが、テレビアニメ版の表記はカタカナの『エイトマン』に変更されました。このアニメは、当時アメリカでもTV放送されました。 REALISTの記憶では、少年マガジン掲載版のアニメの方が精密な絵であったのが印象的で、TVアニメ版は絵が少し雑であったように思いました。 ★☆ 今でも耳に残るTVアニメ『エイトマン』のテーマソング ★☆ 主人公のロボットヒーローは、その仮の姿は、 私立探偵の「東八郎(あずま はちろう)」であり、生前の職業は警察官の刑事であったが、悪を倒す正義のロボットヒーローに生まれ変わったという設定でしたが、これは、まさに、あの有名なSF映画『 ロボコップ 』の元祖であったわけです。エイトマンの性能は・・・ 〇目は暗闇でも見え、サーチライト機能もついている。〇赤外線、放射能物質(放射性物質?)など肉眼で見えない物も見える。〇紫外線を放射すること(ブラックライトになる)、見たものを映像収録し投影することも可能。 〇『光線兵器レーザー』で改良され、透視装置を装備した(壁越しでも、人体から発する微弱な電気を感知することができる)。〇耳は超音波を捕らえることができる。 〇顔は人工皮膚(プラスティック)で覆われており、どのような顔にも変装できる。 〇関節は伸縮可能(関節を縮めることによって、女性など小柄な人物にも変装できる)。〇予備電子頭脳が肩にセットされている。 〇ボディの骨格はハイマンガン・スチール。〇動力源は内蔵の小型原子炉。 ベルトのバックルに、原子炉を冷却するタバコ型の強化剤が仕込んである。〇10万キロワットの電撃を放つことができる。 〇加速時の会話はフォノン・メーザーによって行う。(以上の出典は、ウィキペディア) 右は、日本のマンガヒーロー特集の記念切手の一枚にも取り上げられた「エイトマン」でした。(Thanks) !! ↓(ありがとう)^^)/~~ ♪どのページへのリンクもご自由にどうぞ。♪
2011/12/10
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★☆ 回天特別攻撃隊の訓練基地探訪(後編) ★☆ Sea without exit(Kaiten)~ 映画『出口のない海』の舞台となった地 ~ さてさて、前回に続き、REALISTが山口県周南市の大津島に現存する旧日本海軍『回天特別攻撃隊』の訓練基地を訪れた後半部分の状況について、撮影した写真でご紹介します。 要塞の様なトンネルを抜けると・・・それから先に続く舗装された道路の先には、2階建てのコンクリート製の建物が見えました。 歩いて右手の大きな看板を見ると・・日本語と英語で「回天発射場跡」とある説明文がありました。その説明文によると・・・・「人間魚雷『回天』は、太平洋戦争末期、戦局の劣勢を挽回しようと空からの『神風特別攻撃隊』とほぼ同じ時期に戦場に登場した。この発射場は、もともとは93式魚雷試験発射のためのもので、昭和12年に開設された。・・・昭和19年9月1日、この地に回天基地が開設され回天の操縦訓練が開始された。回天の訓練は、ここから発射場横の海面に運ばれ、熟練度に従って直線往復、島の半周、一周、停泊艦襲撃、航行艦襲撃等と搭乗員は猛訓練に明け暮れたのである。その訓練は終戦の日、昭和20年8月15日まで続けられた」・・・と書かれています。 左は、説明文のあった看板の左側に立っていた石碑、右は、先ほど出てきたトンネルの出入り口を振り返った状況です。回天関連動画『あヽ回天 』 これは、人間魚雷【回天】をテーマにした歌です。 建物施設の全景を撮影してみました。戦時中は、左手に突き出たコンクリートデッキ部分に、回天を運搬する専用の大型クレーンが設置されていたそうです。 訓練基地のメイン施設である発射場跡の建物に近付くと、昭和12年に完成した建物とは思えないほどに保存状態が良い感じです。荒波にも負けずに耐えて、80年以上も残り続けたわけです。 建物は、奥行きがありますが、海側の部分には2階建てとなっています。中に入ると危険なので人の侵入ができないように、周囲を金網フェンスが設置されていました。手前部分は骨組みだけですが、当時は屋根部分があったようです。 建物の右奥を見ると、2階部分に上がる階段も見えますが、当時は2階で訓練模様や魚雷発射試験の状況を監視していたのでしょうか?いろいろと想像を掻き立てられる風景でした。 金網フェンスに掲示されていた「回天発射訓練基地跡」についての説明文の看板です。ここに来る前に歩いたトンネルの総延長が247mと書かれています。 建物奥の下には、左写真のように海面が見える長方形の穴がありましたが、そこから魚雷の発射試験や回天を降ろして訓練に使用したようです。穴の中に見える海を見ると、沢山の魚が泳いでいるのが見えました。右写真は、大型クレーンが設置されていた部分のようです。 来た道を引き返し、トンネルを抜けて歩いていると、間もなく、この写真の「回天の坂道」があります。この道を当時の若い兵士たちが走って訓練をしていたそうです。ここをしばらく歩くと、「回天記念館」に行くことができます。 約15分程度歩くと「回天記念館」に向かう出入り口となる門(写真左)に到着、ずっと奥に見える平屋建ての建物がその記念館です。そして、その建物(写真右)に到着しました。 「回天記念館」の中に入ると、当時の海軍兵士の制服や回天に関する遺品、資料、映画『出口のない海』で使用された「回天」搭乗席のセットなどが展示されていました。記念館に向かって右側には、人間魚雷「回天」のレプリカが設置されていて、そのさらに右側には忠霊碑があります。 これが、「回天」の実物大のレプリカです。全長14.75m、搭載爆薬重量1.55t、全重量8.3t、推進馬力550馬力、最高速力30ノットで、93式魚雷を人が搭乗できるように改造されたものでした。 これは、レプリカの前に設置されている「回天断面略図」の掲示板です。回天関連動画『人間魚雷回天(木村功)1955 』 戦争は痛ましい・・・悲しい、しかし、この歴史的事実を忘れてはならないし、後世に伝えなければならないと思います。 これは、慰霊碑付近に設置されていた映画俳優の故森重久弥氏がここ大津島を訪問した際の手記のようです。 「回天」の忠霊碑のようですが、沢山の菊の花が添えられていて、とても良く整備されていました。 戦跡を訪れて、いろいろと考えさせられた旅の帰りの高速艇はこの船で、所要時間は、島に来た時に乗船したフェリーの場合の半分の約20分で徳山港に着きます。ご訪問!(Thanks) !! ↓(ありがとう)^^)/~~この前編の「戦跡を訪ねて~ 山口県大津島の回天特攻隊基地跡 (1/2) 」もお楽しみください。 ♪どのページへのリンクもご自由にどうぞ。♪
2011/12/08
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★☆ 回天特別攻撃隊の訓練基地探訪(前編) ★☆ Sea without exit(Kaiten)~ 映画『出口のない海』の舞台となった地 ~ REALISTは、山口県周南市の大津島に現存する第二次世界大戦中の日本海軍『回天特別攻撃隊』の訓練基地を訪れました。撮影した写真数の関係で前編・後編の2回にわたりその状況をご紹介します。 『回天』とは、約1トンの爆薬を先端部に積載した魚雷を隊員自らが操縦し、敵艦めがけて体当たりするという特攻兵器でした。 大津島は、周南市の瀬戸内海側に位置する南北に細長い形状の島です。大津島の回天基地や回天記念館を訪れるには、徳山港から出航する大津島の馬島港行きをフェリーで約42分、高速船で約22分かかって行くことになります。 向かって左が、REALISTが乗船した大津島馬島港行きのフェリーでした。車は、フェリー乗り場の無料駐車場に止めました。島では徒歩の方が身軽なので車では行きませんでした。船は出港、徳山港を後にしました。この日の天候は、雨は降ることはありませんが明るい曇り空でした。 馬島港に到着、上陸すると、右手方向には、「ようこそ 回転の島 大津島へ」の大きな看板が見えます。そして、戦争の犠牲者である特攻隊員たちを弔(とむら)う「回天供養」の観音様がありました。 5分ぐらい歩くと、間もなく、山肌にぽっかり空いたトンネルが見えました。どうやら、このトンネルの先が目指す海沿いの回天訓練基地跡があるようです。 トンネル前の右上は、コンクリートやベトンで補強されており、突起の様な部分がありますが、戦争中はこのトンネル部分が敵に察知されないよう、擬装されていた際の残骸だろうか?・・・と思いました。トロッコで運搬・・・ということは、ここには線路が設置されていたということになります。回天関連動画『 出口のない海 (Sea without exit) Trailer 』 この映画は、太平洋戦争時、回天特別攻撃隊で出撃した若者の姿を描いた映画です。原作は横山秀夫の同名小説であり、監督は佐々部清、2006年9月16日に公開された作品で、主人公の並木浩二海軍少尉役に市川海老蔵が出演していました。また、映画の主題歌「返信」は竹内まりやさんの歌う曲でした。 コンクリートのトンネルの内部に入ると、戦争当時のままに良好な保存状態でした。奥行きがあり、何となく秘密要塞の様な雰囲気がありました。 来た道を振り返ると、トンネルが直線的ではなく少し蛇行していることがわかりました。 トンネルの道幅が倍以上に広くなり、ずっと先まで見えました。左側を見ると、外部からの光が射し込んで明るくなっていました。どうやら左側には、横抜きのトンネル出口があるようです。 左側に入ると、海が見えました。そして、外部との連絡路になっていましたが、ここから何かを搬入・搬出していたのでしょうか?外に出てトンネルの出入り口を撮影してみました。 海側を見ると、やや遠くにコンクリート製の建物らしきものが見えました。・・・あれが、回天訓練基地跡かな? 広いトンネル内には、部分的に、当時の回天に関連する記録写真やその説明文が展示されています。 写真パネルの中の1枚で、イ号潜水艦の上に設置された回天とその上に立っている特攻隊員と思われる姿が見えます。出撃直前の写真でしょうか? これは、写真パネルの下に掲示されていた写真の説明文です。回天関連動画『 18歳の回天特攻隊員の遺書 』 回天特攻隊員の御霊が少しでも慰められますように。 歩いた道を振り返ると、トンネルの中は結構広いことに気づきました。 さらに先を進むと・・・遂にトンネル出口に差し掛かりました。明るい日の光がとてもまぶしく感じます。・・・それでは、これから先は、次回の後編として再びご紹介します。♪どのページへのリンクもご自由にどうぞ。♪
2011/12/04
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★☆ 何気ないスタイルが魅力のミリタリーフィギュアモデル ★☆ "ADVANCE_TO_KHARKOV 1942" By_DRAGON~ 箱絵(BOX ART)リアリティーのこだわりを観る ~ 箱絵(BOX ART)の魅力では、中国の香港に拠点を置くDRAGON社のものも素晴らしいものがあります。このメーカーもタミヤ社に引けを取らないくらいに箱絵に相当なこだわりで力を入れているようで、かなり優秀なアーチストを確保しているようです。 リアリティティのこだわりを感じたDRAGON社のミリタリーフィギュアモデル(1/35スケール)で、今回ご紹介するのが、『 ADVANCE_TO_KHARKOV 1942(ハリコフへの進撃 1942) 』です。 BOX ART (By DRAGON)ADVANCE_TO_KHARKOV 1942" 絵にある4人がそれぞれに個性あるポーズやスタイルを楽しめるものに重点がおかれているようで、向かって左から順に・・・まず、制服の青みがかった兵士は空軍兵士ですが陸上戦のスタイル、次に、MG34機関銃を手に持ち、腰に2個の機銃弾マガジン2個、首に弾帯をかけたお馴染みの機関銃兵スタイル、そして、膝を地面に着き草でカモフラージュヘルメットの野戦スタイル、さらに警戒中の様な略帽スタイル・・・と変化やシチュエーションの雰囲気を楽しめる仕様になっています。「ハリコフ戦」関連記録動画Waffen-SS break into Kharkov: Third Battle of Kharkov (1943) これは、1943年のロシアでのハリコフ奪還戦の模様のようです。ここでは、何度もソビエト軍とドイツ軍の奪還戦が繰り返されました。当時の記録フィルムのようですが、画像状態が鮮明で保存状態が良いもののようです。この動画は、戦時中、ドイツ国民に前線の戦況を伝えるために定期的に映画館で上映された「ドイツ週刊ニュース」の記録動画だと思われます。戦場の記録報道記者が実況中継の様にドイツ語で戦闘の模様を解説しています。 箱絵(BOX ART)の魅力は、その芸術性とりアリティー、何らかのインパクトある表現にあるのだと思いますが、それにも加え楽しさを加えると、ついつい買いたい衝動に誘導されてしまうわけですが、勿論、これもREALISTコレクションの一つに加わりました。いつになったら完成するのやら・・・・箱絵の裏面 DRAGON社の場合も、詳細な塗装方法、マーキングなどが親切に記載されています。絵も精密ですが、プラモ自体も精密さのレベルがピカイチに高いのが魅力のメーカーです。この製品は、楽天にもありました。【12/5am9:59迄ポイント3倍】【Joshinは平成20/22年度製品安全対策優良企業 連続受賞・プライバ...価格:945円(税込、送料別)(Thanks) !! ↓(ありがとう)^^)/~~ ♪どのページへのリンクもご自由にどうぞ。♪
2011/12/04
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★☆ 浜田省吾のバラード調のお気に入りの名曲 ★☆ " I call your name " By Shogo Hamada ~ キラキラ輝いている・・・君の名を呼ぶ・・・ ~ これまた、久しぶりに浜田省吾の名曲の一つをご紹介することにします。 浜田省吾の曲は、初期の作品に多かった元気でハイテンションな曲もたくさんありますが、どちらかというと「片思い」、「丘の上の愛」、「もうひとつの土曜日」など・・・何となく情緒的であり、楽しい雰囲気とはまた違ったある種の「恋愛」の悲哀の一面を感じる様な曲も多いように感じます。それでも、その物語的な歌詞の連続的なイメージと、彼の独特な歌声とギター演奏などの楽器が奏でるサウンドが見事にマッチングして、目に浮かぶようなリアルな情景描写を感じることができる素晴らしい魅力があります。 その数多い中でも、REALISTが特に魅力を感じる曲が、ここにご紹介する『君の名を呼ぶ』です。 ★☆ 『 君の名を呼ぶ 』 ★☆ ★『君の名を呼ぶ』の歌詞☆ このコンサートシーンが収録されているのがこのDVD作品です。もちろん、これはREALISTコレクションの大事な一つです。【Music Festa!!】浜田省吾/WE ARE STILL ON THE ROAD.(DVD) ◆25%OFF!価格:2,205円(税込、送料別)(収録曲)時間~約100分全15曲の収録曲名(1)"Blue Sky(2)路地裏の少年(3)"There`s No Business Like Show Business" (4) A NEW STYLE WAR(5)MONEY(6)LOVE HAS NO PRIDE(7)君の名を呼ぶ(8)Part of "Midnight Cab” (9)モノクロームの虹(10)さよならゲーム(11)Part ob”God`s Little Helper”(12)Prologue of"LET SUMMER ROCK 99"(13)勝利への道(14)星の指輪(15)J BOY(16)もう一つの土曜日 (17) ON THE ROAD(18)終わりなき疾走(19)悲しみは雪のように(20)演奏旅行(21)”Blue Sky” (Thanks) !!↓(ありがとう)^^)/~~♪どのページへのリンクもご自由にどうぞ。♪
2011/12/01
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