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27年前の「一美さん銃撃事件」で殺人罪に問われ無期懲役の判決をうけ、その後最高裁で逆転無罪を勝ち取ったM氏を「22日午後、渡米先の米自冶領サイパン島で逮捕した」という記事を読んで「パチパチ」と思わず手を叩いたのは、私ぐらいのものだろうか。これはあくまでも被害者の母親の気持ちになってのことだけれど…。27年前と言えば私も若かったなー。(いえ、これはどうでも良いのだけれど)私が思うのは、あくまでも「黒」に近い状況証拠が揃っていても「確かな証拠は見つからない」ということで「無罪」となった経緯である。いくら冗談(M氏が言ったそうだ)でも、自分の妻を「1500万円の分け前と結婚を条件に保険金目当てで殺してくれ!と人に頼み、ロス行きの60万とハンマーまで」渡すバカが何処にいるだろうか。ということである。また、いくら証拠が無いと言ってもM氏は、ロス殴打・銃撃事件、動産詐欺、窃盗と疑惑が多すぎる。かといって「えん罪」であってはならないのだけれど…。同じように娘を持つ母親となった今、思えばやりきれない事件であった。だからこそ今回のことで「何か光りがさしたのかな!期待してね」と亡き娘に語りかけた母親の気持ちは痛いほど分かる。日本と米国との司法の違いをしみじみ思うが、どうかとことん調べて欲しいと願わずにはいられない!
2008年02月27日
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昨日の「大荒れ春一番」は今朝になっても止まず強風が吹き荒れた。朝からの震え上がるような寒さと突風にもめげず、月定例の吟行会の集合地に集まった仲間は、流石にこの寒さでは13名と少ない。それぞれが「あら!大丈夫だった?」「電車が遅れてねェー」「私もよ!」と、口々にいいつつ相手をねぎらう。今月の吟行地、東京港野鳥公園は「埋立地によみがえった野鳥の楽園・マップ」から引用すると、【この場所は昔は浅い海でしたが、1960年代に埋立てられました。その後、自然にできた池や草原に野鳥が集まるようになり、地域の人達は、よみがえった自然を守る運動を始めました。その結果、東京都はここに公園を作ることを決めました。1978年に最初にできた大井第七埠頭公園は現在の西淡水池周辺部のみの公園(3,2hr)でしたが、拡大開園を望む都民の声が高まり、1989年に現在の東京港野鳥公園(24,3hr)になりました。】とある。つまり元は浅草海苔の養殖地だったところを、地域の反対を押し切って埋め立て、約10年間放置して、ようやく自然が蘇った一部を公園として残し、その後、また公園部分を広くしたものらしい。確かに自然がいっぱいの公園だけれど、ここが、自然を壊して新しく作られた自然の景色だと思うと何やら違和感がある。全く人間の勝手な都合で大事な自然を壊したり、また、それらしく作り直したりされた公園なのだ!。それでも何も知らずに「人工の干潟」で遊ぶ野鳥たちをみていると心がなごむ。 若返る真鴨の首輪見ていれば 諏訪りんどう
2008年02月24日
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吉永小百合主演の「母(かあ)べぇ」を観た。それは1940年2月、東京で暮らす家族が楽しい夕食を囲んだ翌早朝、ドイツ文学者である夫が治安維持法違反で検挙され、残された母娘の波乱の日々が始まる…。のだが、此処まで観たとき全く同じ場面を体験した方がいて、その方から生々しい話を聞いた時のことを思い出していた。山岳俳句で有名な俳人「石橋辰之助」の奥様からであった。その話を聞いたのがかれこれ、10年ほど前の事なのにまるで昨日のことのように蘇った。京大俳句事件、俳句弾圧があったという。「…昭和15年5月3日でございました。朝の4時半、戸を開けようとする音がしました。余りにも早い訪問者ですから、もしや?という気持ちで鍵を開けようとすると、その鍵が落ちるか落ちないかという間に、向こうからぱっと開けて特高4人が土足で入ってまいりました。その内の2人は主人の書斎へ、後の2人は寝ております主人の頭の上にまいりまして「起きたまえ!」そう言っていました。そのうちに書斎の中の本がバタバタと倒れる音がしました。その音を聞き主人は、特別に本を大事にしていた人でしたから「君達は何をするんだ!君達が読んで解る本など一つもない!」と申しましたが、そんなことには耳も貸しません。…そして全部の本を出して、その本を荒縄で縛って、担ぐのは主人でした。…そのまま連れて行かれて…その後の様子は全く分かりませんでした。」と。80歳はとうに過ぎているという千鶴枝夫人は、凛として静かに当時のことを話してくださったが、私たちには余りにも衝撃的なことばかりで、まるで凍り付いたように誰もが押し黙って聞いていた。俳句を作っていただけなのに、なんという時代だ!。戦時下でマインドコントロールされた婦人運動家たちも、贅沢品撲滅運動とやらを真剣に行っていたという。何もかも狂っていた時代ではなかったのか。現在も先の見えない不安の時代ではあるけれど、私はこの映画の主人公「野上佳代」役の吉永小百合と、俳人・石橋辰之助の奥様の立ち振る舞いとが重なって、熱い思いが何度も込み上げてくるのをどうすることもできなかった。どのくらいの人々がこの「特高」の為に理不尽な苦しみを味わったことだろうか。もう二度とこのようなことがあってはならない!「母べぇ」を見終わって出口に並んだが平日のせいもあってか、若者は一人も居なかった。映画館を出て繁華街を通り、ゲームセンターでたむろしている若者達を見て「もし、この母べぇを観ても彼らに理解が出来るだろうか?」、「特高」という言葉が耳について離れないまま、ふと、そんなことを思った。 戦争が廊下の奥に立ってゐた 渡辺白泉
2008年02月15日
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嫌な事件ばかりがつづく。今朝の読売新聞「死のけいこ解明へ」の大見出しの以下は、目を背けたくなるような記事ばかり。横綱を夢見て上京した僅か17歳の若者が無惨な姿になって親元に帰された実態は、「国技」というカーテンの裏で暴力団まがいの親方や仲間に、暴行を受け、金属バットで殴打され、柱に縛り付けられ残忍な死の制裁が繰り返されたという。なんたることぞ!!言葉もない。外出帰りの電車で小学3年生くらいの男の子2人と隣り合わせに坐った。午後3時頃だったから車内は閑散としていた。2人はなにやら楽しそうに会話していたが、話がまとまったのか、ノートを出してランドセルを台にして日記を書き出したようだ。升目のあるノートは見開きになっているので半分は私の方に垂れて「2月7日はれ」と書かれたページに赤ペンで花まるが書かれているのが印象的だった。周りのことは目に入らないようで、ちょっと考えてはまた鉛筆を真っ直ぐに立てて力強く書いているのがいじらしかった。前の座席に座っていた主婦達も自分達の孫を見守っているように目を細めてみていた。間もなく片方の小太りの子が「よし!」と力強く声に出して一気に書き上げたらしいノートを閉じてランドセルに終った。「まだ?」お友達の方に声を掛けている。早く終われせて遊ぼうよ!とでもいうように…。屈託のない子供達の様子は電車を降りてからも、日記に書かれていた赤い「花まる」とともに、いつまでも私の脳裏から離れなかった。いま別れてきた子供達がどうか、あのまま素直に育つ世の中であって欲しいと願わずにはいられない。「国技」というカーテンの裏で17歳の命を奪われた若者も、それに荷担した兄弟子とやらも、みんなこんな可愛らしい子供達だったであろうに!何故だろう。 春めきてものの果てなる空の色 飯田蛇笏
2008年02月08日
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静かな朝だった。窓をあけて思わず「わあ!雪だ!」と心が弾む。温暖化のせいもあって東京では年々雪を見る機会が少なくなった「多分すぐ消えてしまうだろう」ぐらいの思いでタカをくくっていた。ところが雪予報は見事に的中。雪国の方には本当に悪いのだけれど、これだけ予報が的中してくれるとうれしい。「雪は天からの手紙」だとエッセイに書かれた人がいるが、そんな気がして、子供ならずもついついはしゃぎたくなってしまう私は、やはり可笑しいのかもしれないけれど。「冬季以外は気温が水の融点より高いため落下の途中で融解して液体の水となり、地上では雨となる。地上の温度が水の凝固点である0度になると雪が溶けず結晶のまま地上に到達し雪となる。しかし、空気が十分乾燥していれば気化熱の影響から0度以上でも雪のまま地上に到達することもある。だいたい地上の温度が3度以下であれば雨が雪に変わる」と、正確に広辞苑で調べた。前のことになるが、電車の中で小さな子供が「ねえ!雨ってどうして降るの、雪は降らないの?」と質問攻めで、母親を困らせているのを見たことがあるから正確に知って置かねばと思った次第。子供って思いがけないときに思いがけないことを聞いてくるから困る。さて早速外へ飛び出し、白銀の絨毯に真新しい靴跡を付けて回った。「二の字二の字の下駄の跡…」なあんちゃって。小雪、大雪、深雪、粉雪、細雪、新雪、雪の声、今朝の雪、雪の夜などと、思い付くままに雪の傍題季語を口ずさんでみる。俳句など出来ようはずはないのだけれど…。そうこうしている内に、近所の子供達が三々五々集まってくる。自分達が子供の頃は思う存分子供達だけで遊んだものだけれど、今の子供は必ず親の監視下で遊ぶ。そういう時代になってしまった。1時間後に公園に戻ってみると、思い思いの雪だるまが3個出来上がっていた。雪国の方には本当に悪いのだけれど、今日の日曜日は子供達にとってはきっとうれしい日だったに違いない。そして私にとっても。 外は飛雪帰る風呂敷かたく結ぶ 古沢太穂 小さく握れり粉雪慣いの塩むすび 古沢太穂 雪掻く音さくさくとまた葱切る音 古沢太穂 海にも降り良寛母の墓粉雪 古沢太穂 子も手うつ冬夜北ぐにの魚とる歌 古沢太穂 雪かばい少年がもつ籠に鳩 古沢太穂 妻病むや夜寒の子らと塩買いに 古沢太穂 雪夜子にかぶすマフラー裏につぎ 古沢太穂 吹雪く日ぐれは車窓へ寄り寝行商婦 古沢太穂 「古沢太穂句集」より懐かしい先生の句を拾った。
2008年02月03日
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