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なかなかと気分良く過ごしてるそんな感じの日々です。冬は体調崩しやすいので路上での絵売りは控えめにしてたのですが、そろそろと春も近く、再来週くらいから、平日の夜は週に二日程に、週末は夕方くらいからと機嫌よくあっちこっちの路上で絵でも売ろうかなぁと思ってます。缶ビールを煽り、何気に黄昏、見ず知らずの誰彼等と出会い、そして何気ない会話を交わすのもまた僕の楽しい日常の一部なのでコツコツと上手い具合と楽しんでいきたいです。で、よくよく考えて路上での絵売りでの会話で誰が一番話し面白く楽しかっただろうかとそれを考えれば、やっぱよっちゃんだったんじゃねぇのかなぁとそう感じます。人間的に面白かったのは辰にぃだな。人柄の人間的中身での良さはサム兄。一番はちゃめちゃな人は克俊さん。面白みあり不思議な感じの人柄はたけちゃん。そして僕はただただ怒り続けてたそんな奴だったな。まぁ、そんな感じとしながら最近思うのはなんやかんやと物事は複雑に入れ混じり混雑してはいるのですが僕が思う所に世の中の9・5割の人達はほぼ確実に悪い人間。(僕も含め)そして善い人間はたかだか0・5割程度か更に少ないくらい。人はただ人と言うその存在でもう悪者でしかない。そいつに薄々と気がつき始めました。そこで僕が言いたいのは、世の中悪者ばかりで何も信じられなく、うそっぱちのいんちきばかりで耐え難く苦痛に満ちてる的なそんな調子のものでは決してなく、人そのものはその本質ではどうにも悪でしかなく、どうにかそれでも善い人間になろうと努力し、精進し、目指し、心がけて、多くの事に自制心を持って、そしてやっと普通の人間になれる。決してそれでも善い人間なのではなく、普通の人間。妬み易く、嫉妬深く、疑心に満ち、人の粗探しにやっきと、けれでもそれでも、そればかりではどうしようもなくまかりならないから、善いもの触れたく、優しいものを知りたく、もがき嘆くそんな悪を引きずりながらの善い奴を目指すからの普通の人間に行き着ける悪人の集まりの世の中。そして極限られた存在ながらも、絶対的な善い人間が存在してる。それは悪人も普通の人間も受け入れがたく理解し難くそれでも世のその真実が確かにある。善い人間になろうともがくそんな生業ではなく、決してそのようなものではない、普通を超えたそんなもの。で、この僕はと言えば悪人へと踏ん反り返った日々ながらもやっと普通の人間であろうとする事の意味合いへと辿りつけたようにも思えます。まぁ、それでもやっぱ善い人間ではないから、毎日、毎日、あぁぁ、それでもぶち切れたろうかぁと、綱渡りな命ってなもんです。
2012.03.25
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この頃と言えば、サーカスを観に行ったり、皆とモンハンをしてたり、ぶらっとバーに呑みに行ったり、路上で絵を売っては缶チューハイを煽ったり、まめに絵を描いてたりと、それなりに気ままに過ごしてるようでありながら、それぞれに目的意識を持ちながら、果たして俺はどうあるべきなのかといった心持を何時でも携えてたりもします。で、そんな日々中、人との付き合い中、ふと何気に気がついた事があったんですよね。とても言葉が悪く、物事を多く貶し、どうにも品が悪い物言いをしてる人が居て、愚痴に人の悪口と収まりはなく、だからと言って、僕はもう人のそのような事は所詮人の勝手と気にしてはいないのですが、そうなんですよね、実は僕はあまり育ちが良くなく程度低く、あまり品はなく、乱暴な物言いに、人をおちょくった物言いに絡み口調な人間で、実にそれがこの自分だったのですが、なぁ、おい、それじゃぁあまりに品がねぇんじゃねぇのかいと、ただ普通に自然とそう感じてました。そう、僕はある時から意識して、丁寧な物言いをするように心がけ、なるべく人が不快に感じる物言いをしないよう努力してたのですが、僕の中でそうした事への意味合いと言うものが確かに見えてきました。見掛け倒しと丁寧ではなく、本音から丁寧中身からの丁寧さか、、、心が自然とそうなら、物事は自然とそう感じるもので、意図するから、それはそうなるのではなく、人の本当はと、ある時に浮き彫りになる、、、、、、、、、言葉は選ばれ口から発せられる、、、、、、、、、それを選ぶ人の本質、、、その中身、、、、、、、、人当たり良くいくため、、、、、、、、保身に攻撃的主張に興じるため、、、、、、、、それぞれに届かぬ何処ぞとひた隠しの答えを秘めてる、、、
2012.03.19
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何人かと集まりモンハンをしてたりしながら、あまり酒は飲まずに絵なんかを描いてたり呑気な感じで過ごしてる調子です。ここ一ヶ月半で呑んだ量は僅かビール三杯程です。僕の人生はどうやら素面状態と何だか可笑しなもんですね。で、一昨日程くらいに夜な夜な絵を描きながら何気に思ったんですよね。どうやら本当になかなかとまかならぬ己の呪いと言う呪いの呪縛から解放されたんじゃねぇのかなぁと、、、あまりの怒りの大きさにサンにアシタカをも飲み込む乙事主のような末路を辿らずに済み感無調です。と、言ってもそれに近い状態でそれなりに多くの者達を巻き込んでしまったのもその事実も過去に散々多くあり、それを決してなかった事にする事無く心から受け止めたく思うばかりです。しかし、実はそれでも僕は気がついている事がちょいとあるんですよね。忌み嫌い取り払いたく感じたこの呪いに感じたその血肉も己の一部でただ切り離し失くせばいいものではなく、それは確実に自分の一部分、その一面で、だからその肉を鋭利な刃物で削ぎ落とせばそれで済むかと言えばてんでそうでもなく、それを良い意味で自分の中に取り組みうまい具合に付き合っていきゃぁいいんじゃねぇのかと、、、それも自分、、、、自分でしかない、、、そしてそれがあったから今の自分があるのだし、そうでなければ、また違った自分であるのだろうけれども、もしもまったく違った自分としたならば、そうしたならば、今まだの全ては無かった事になり、全否定されるべく己の人生と成り下がり、なら、この俺は今までの何もかもが要らぬ、必要なかったその歩み、辿った人生だったのかと言えば決してそうではなく、どれもが絶対不可欠、必要なもんで、だからこそ行き着いた多くの心に感情に気持ちがあるんだから、まっそう言うことじゃねぇのかなぁとよくよく思ってます。
2012.03.15
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何だか自分なりにとある想いがあり、一つの感覚に囚われ日々過ごしてます。本当と、本当ではない事への境目とでも言うのでしょうか、、、人は僕を含めた上で、大概と世を人を根のとこで嘘で固められたいんちきもんだと思ってるようにそう感じるんですよね。年々歳をを喰えば喰うほど人のその心理は尚凄まじく、大概の事は見たまんまと信じる事はなく、しかし、それならどいつもこいつも俺と言う人間ももちろんと含め、自分の中には一体どれほどの本当が詰まってるんだろうかと、自分を差し置いて他の物事を嘘だと信じる、それら一体はどれほど大層な本当を抱えてるのだろうかと、、、俺のこれは本当か、、、、俺のこの心は本当か、、、俺の今感じるその想いは本物か、、、、口に出すこの言葉にどれだけの本当の事が詰まってるのか、、、そうしてる内に何時の間にやら、どうにも昔みたいにあまり言葉数多くない自分になってきている事に気がつきました。それが本当なら否応にもなく勝手と行動に出るもんさと、俺の全てを本当に、俺の命を魂を本物にしなければとどうにもやっきになってます。そう、大概と多くの事は気を晴らし、とことんと行くとこまで行ってこの上なく、そして燃えカスだけが残った、、、、けれども、それは可笑しな話なのだけれども、そいつが肝心重大だったのかもしれません、、燃やし尽くしたつもりで、それでも残りカスとして残り続ける様々な想いに情熱に命の節々、、、そこに、てめぇの命の本当が詰まってる、、、、、、、、そう、、、こいつさえ気を晴らせば何時死んでも構いやしないし、そしてそいつを果たすまでは死ぬ気もさらさらないそんなてめぇの命そのものと言える想い、、、、、、、、そいつを果たす為だけに信念の塊と化す、、、、、、、、俺が俺の手で見つけ、そして燃やし尽くしたつもりで、今も尚、心の奥で燃えカスとして残り燻り、グスグスと燃え滾り続ける、俺の真実、、、、
2012.03.07
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