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昨日はお店のつけを払い、枚方の路上で機嫌良く絵を売ってました。なかなかと年末は人の止まりが多く、皆がちょいちょい絵を買って行ってくれたり、話し相手にもなってくれるので、ほんと嬉しく思います。やっぱ自分の絵に興味を持ってくれたり、人として興味を持って貰える事は嬉しいもんですもんね。で、そんな調子と絵を売り、店じまいしようと思ったら高校生から連絡あり、僕らの絵売りを覗いて行きたいとの事で絵売りを延長してました。けれども、高校生はあまり僕らの絵売りにさほど興味を持ってるようには感じていなかったのでなんだか珍しいよなぁと変な感じで、いざ絵を手にして見てくれてもどう対応したらいいのか分からなく弱っちゃいました。で、早々に切り上げ、高校生が何時も歌ってる場所で、僕に弟に高校生と三人で機嫌良く缶ビールなんかを煽りながら深夜の二時くらいまで色々とお喋りをしてて、で、三人での友達協定を結んだ調子です。けれども、どうも高校生もナルト好きらしく、何だか話しが合い、しかし弟も居るので、二人ずっとナルト話しをする訳にもいかないので、女の子話やらその他諸々と語り、で、皆で松屋でビビンバ丼を食べてたのですが、そうなんですよね、知り合って十年以上の日々が経ったのですがその時が始めての僕と高校生との食事だったんじゃないでしょうか。(実は僕はそもそも人と食事はあまりしないタイプ。店に行ってもただお酒だけを呑んでる感じなので)まぁ、どんどん皆が気心知れてきた証とも言えるので喜ばしい事だよなぁと思っちゃいました。そして今日は一日、のんびりと一人の世界と映画鑑賞してました。かぞくはじめましたと言う映画をついさっきまで観てたのですがキャサリン・ハイグルは可愛くて素敵ですね。つい最近観た映画でも彼女が出演してて、その映画を観ても、今回のを観てても何だかとある深い関係になった女性を妙に思い出しちゃいました。やたらとプンスカ怒ってる彼女のその演技がんんん、、、僕もこんな感じに怒られてたよなぁと(いらん事しぃの所があり、しょうもないちょっかいをかけたり悪戯するのやら意地悪するのが好きで)懐かしくも楽しく感じてました。そん時、そん時は難儀でやっかいな感じにも思えたものですが、月日も流れればそれもまた楽しかった思い出の一部なんだよなぁとそれなりに清々しくも爽やかな心持ちになってる感じです。で、そろそろと明日からまた真剣に絵事に専念です。何かばてて生活のリズムを崩し、酒ばかりの日々ともう十日近くと経過もしたので、自堕落な毎日とおさらばぁい。俺が諦める事を諦めろってばよってなもんですね。
2012.11.30
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変わらずお酒の方にはストップがかからず気が向けば路上で絵を売る毎日です。けどまぁ心持ちの方はそろそろとしゃきっとしようとした感じに前向きとなってきたように思えます。絵売りの方は皆がコツコツと手にし持ち帰ってくれ、話し相手にもなってくれるので、そこで、僕は自分が絵を描き、そして売ってる男なんだと自覚出来るので嬉しい限りです。で、そんな調子と絵売り後は、ここ最近足を運ぶバーに赴き、あるバーテンの女の子に話し相手になって貰うのが僕の密やかな楽しみで、実の所、ちょいとときめいてたりするんですよね。何だか喋り方と声(もちろん容姿は素敵)が好きで、彼女にしんちゃんと呼ばれるのがどうにも照れ臭く、けれどもその気恥かしさが悪くもなく、彼女に会う目的にぶらっと足を運んじゃうんですよね。で、そうした中、随分とお酒が入り過ぎて、気がつけばよく知らないおっちゃんに言い寄られて、ちゅーをしちゃいあったんですよね。正直、僕は随分と男の人に言い寄られる事が多く、(それと年上の女性もそう)昔から誘われる事が多くて、それにまぁ華奢な体つきに髪も長いので女の人に間違わられたりする事も多く、それから、女の人と深い関係になっても、僕は中性的だと、何度と化粧させてくれと、まぁしょうがねぇとそうさせてあげた事も多く、だからこそか、素行悪く、がさつな男を演じてる所もあるにはあるんですよね。(そうでない部分もあるけど)と、そんな調子とおっちゃんと抱きしめ合いちゅーをしちゃったんですが、僕の気持ち的には内心ときめいてるバーテンダーの女の子とそうしたかっただけで、何故それが見ず知らずのおったちゃんになったのか、けれども僕はお酒が入れば見境無く、女の人のおっぱいもんでたり、それ以上の事も多く、本音の所わけがわかってないもんでそんな自分を嫌いに思ってたりします。で、まぁそんな感じとその後、おっちゃんにしつこく言い寄られるから、怒鳴り罵り蹴り飛ばし、もしくは手も(暴力も出したかも??!)出してる確率も高く、そしておっちゃんに言われたんですよね。てめぇなんかと二度と会うかと。とまぁどうにも僕は意味が分からず、人に理解然ねる男なもんで、まぁそう言わずに、今後機嫌良く酒を飲み合う中になろうと言葉をかけ家路に帰ったそんな始末です。ときめいたバーテンダーの女の子に俺を怒る存在で居て欲しいと口にした事。そんな彼女とこうしてようなぁとそれをおっちゃんとしてた事。ずっと好きに想った子に言葉にし約束した多くの事。こんな自分を嫌い、暴力をふるった事は実の所全部、一つの気持ちから連なるその現象だったりするんですよね。ほんと、人の気持ちも自分の気持ちもむずかしいよなぁと思うばかりです。想いの強さから周りを世を掻き乱す、俺はオビトみてぇなもんだよなぁと、あぁナルトみてぇな奴になりてぇと昨日もナルトを観てた調子です。
2012.11.29
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この四日間程で呑んだお酒の量は二十杯近くで、それ以外はナルトを観てるか、だらだらとしてたそんな調子です。気まま過ぎる毎日だから、ほんと自由過ぎて、最終的にお酒ばかりを呑んでる自分を選んでる始末です。で、人にも絡むようにもなったし、人を蹴り飛ばすようにもなってきたし、そのうち人を殴ってしまう日も近いように思います。折角、人が褒めてくれるようになり、素敵だと思えるそんな言葉を貰える僕であれてきたのに、忌み嫌われる自分へと逆向してきてて、で、ここ最近足を運ぶバーテンダーの女の子に俺を怒る存在であって欲しいと何故だか口にしてました。そうなんですよね、僕は絵を売り始める以前は酒ばかり呑んでぶらぶらとしては、有り余る怒りに憎しみを人にぶつけてるだけの奴で、そしてある子に出会い、その子に褒められ、で、そんな彼女に認められたく、そして、彼女の前ではしっかりとした男として居たく、その存在が悪い自分へとならないよう心がける為の枷になり、彼女を意識する事がこの自分をまともな道へと突き進めてきたもんで、そしてその果ての最後に彼女に怒られたんですよね。しんいち君は人とは絶対解り合えない。ちゃんと目を見て話して。綺麗な言葉を書ける人なのに、どうしてそんな人なのと。(言動、素行、態度が悪い俺)だから、僕はその言葉を受け止めてこの三年間を過ごしてた。で、多くの心から開放され自由になれたら、もっと皆に好かれ褒められる自分になれるのかと思えば、それはそんな事もなく、人はそれでも、まぁしんいち君だからしょうがないとしてくれてるのですが、あれぇ、なんかおかしいぞと。彼女と約束した事はこんな事じゃねぇよなぁ。で、僕の事を何も知らず、僕も何も知らない子に俺を怒ってくれる存在で居てくれと何を言ってんだかと、で、その帰り道、人を怒鳴り散らし蹴り飛ばしてた。そんな自分にうんざりした。で、何かもう誰にも会いたくなくて、うじうじと昨日は部屋に閉じこもりただナルトを見てて、そうなんだよなぁ。みんな良い事してたり、みんな悪い事してたり、好かれる奴も居たり、憎まれる奴も居たり、けれどもその根の心、望んでるもんはみんな同じで、怒鳴ってばかりのホームレスのおっちゃん。喧嘩三昧の辰兄。喧嘩三昧のとしあきさん。タバコ屋のせがれのおっちゃん。人と争ってばかりのヒデ。ちゃんと言葉聞けば、みんな決して素通りし知り得る事もない彼らの本当の心に想いがあり、本当の事はひたすらと隠されてて、そこには直向きな純粋さがあり、けれどもそれに相反するように起こす行動はどれもが人に疎まれ憎まれるものばかりで、そして、人の世にはまたその反対、真逆があるんだろうと、正に多くの人との関わり(知人、友人との決裂が大きかった。)でそれを知り得て、だから、心自由にまんまの自分で居ようと(人と解り合う為に。打算、計算、怒り、憎しみ、嫉妬、妬み無しにただただ心の付き合い。)そうした果がこれでは駄目なんだと、多くの事を知った僕はそしてどうしたもんかと。そうどうしたもんかと、で、今はあまりにもそうした事に気持ちがありすぎて道がずれてきた。何時か僕もあの漫画家を目指してた子みたいに、ナルトみたいな漫画。もしくそうした姿勢での人の気持ちを暖かくするそんな絵を描く奴になるのが、そこに”本当”があるように思えるんですよね。けど、なんかおもしれぇよなぁとそう思うんですよね。酔っ払い人に気持ちぶつけても。誠実に人と付き合い気持ち伝えても。絵でそれを表現して人に届けても。どれをしてみせても、その僕の心はどれも同じで変わり得る事なく、(人からしたら違う印象の自分にそん時、そん時には思えるだろうけれども。)そこで嫌われる場合もあるし、そこで好かれる場合もあるし、そんな自分を嫌いに思う場合もあるし、そんな自分を好きに思える場合もあるし、ほんと不思議なもんだよなぁとただただそう感じます。
2012.11.27
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更に気ままに過ごす生活は加算され、その自由さには尚拍車がかかり、ただしたい事だけしてる調子で、だからこそこの三年間で積み重ね得た協調性と言うもんが驚く程にどんどんと失われ、(家族においては違う)素行に態度に言動が悪い自分へと突き進んでます。気ままわがままと、随分と人を怒らせたそんな自分に戻ってきてる気がします。自分がしてる事もその言動もあんま覚えてなく、ただ思いつくまま言動を吐き、ただ思いつくまま行動に起こし、まぁそう言うのは気楽で僕自身の事に置いては楽しいには楽しいのですが、こと人との関わりにおいてそいつが良いかと言えば言い訳もなく、そして、自身が何時しか辿り着くそうした世界への道しるべとなるのかと言えばそんな分けもなく、百害あって一利なしてっなもんで、ちょいと自制して、好き勝手過ぎる事を抑えていかなければならねぇなぁと深く反省してる昨日でしたね。自由を持て余し過ぎるのはやっぱ良くないですね。金も時間もなんも困ってないし、緊張感もなんもないし、家族が居るから寂しくもなんともないし、未来への恐怖も持ってないし、これから先への不安もなんもないし、世の中に人にも怒ってねぇし、憎しみなんてもんは更に持ち合わせてねぇし、ただ多くの事に開放され、心が自由過ぎるから、ちょいと枷をかけねぇとやべぇよなぁと悪い子レベル急上昇中です。けれども思うんですよね。バランスじゃねぇのかなぁと。こうした心の自由さと上手く付き合っていけばいいだけで良い事へと潔癖すぎても堅物だし、悪い事へと開放的過ぎても不道徳だし、その調和じゃねぇのかなぁと少し考えてます。良い自分を好いてくれる人も居るし、悪い自分を好いてくれる人も居て、で、自身が作り出す世界、人間性に置いて伸び上がるその道筋中その歩みはただ単に両極端、対峙するもんとして存在し得る訳でもなく、こちらを選んだから正しかった、そちらを選んだから不正解だったとそのどちらも確実に選択の誤り正解なのではなく、どちらもただ単に自分の生き方、人間性、ただそれでしかないんですよね。この僕の生き方に政治家の道はないし、この僕の生き方に音楽者の道はないし、この僕の生き方にスポーツ選手の道はないし、そして今生きてるその道から連なる多くの出来事にすべての関わりはどれを選び、何をどうしようとも、その一つ、一つはその僕が培い導き出し作り出したその世界で構築されるその現象の一つ一つで、そしてそこから浮かび上がる道とも思える道がただ単に点在してるだけで、そこに悪くも思え、悪くも思われる自分が存在し、そこに良くも思え、悪くも思われる自分が存在し、で、まるまるその全部が自分であり、(成功する自分も失敗する自分も)上手くいけばそれだけが自分であった訳でもないし、上手くいかなかったからそれだけが自分でなかった訳でもなく、その真逆同士とも思えたその一つ一つはどちらに転んでも自分の作り出すその世界であり、そしてそのどちらをも持ち合わせ踏まえた自分が自分なのであり、で、そのどちらとも思えるどちらもあり得る自分とバランス良く調和させ生きていければ、更なる可能性にそして生きてる事への新たな喜びがあるように思えるんですよね。とまぁややこしくなってきたからこんなもんで。
2012.11.25
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生活のリズムを変え、絵ばかりの日々にし、お酒は控え、そうした日々を過ごして二十日間近くが過ぎ、流石にちょいばてて昨日はだらだらと過ごしてました。けれども、色々と時間が多く出来て、絵事でやりたい事やら、やるべきアイデアがどんどんと出てきて気分は最高潮です。で、最近はただナルトにはまってました。そうしてナルトを観てると、遠い昔に京橋の路上で絵を売ってた時の漫画家を目指してたナルト好きの子を思い出すんだよな。容姿はどうであれ、その純粋な心に気持ち動かされ、沢山ナルト話に付き合った記憶があります。で、何時しかこうして多くの時間を流し、ナルトについて人に口にしてる自分が不思議なもんで、けれどもようするに彼の心が俺には届いたその証なんでしょうね。気持ちがある事は人の心を動かすもんで、それが(気持ち)本当か本当でないかは、やっぱそれなりの年齢と生きてれば分かるもんで、そしてそうした(本当)一つ、一つのこれまでの出会いの皆の心と言うもんを思い起こしてたりする自分が居てたりもするんですよね。とまぁそんな感じと、ナルトは観てて気恥かしなるような台詞やら、青臭い事が一杯あって、けれども大人になれば誰もが絶対に言う分けもなく、ある分けもないそうした心持ちだったりと、しかし、それでもそうしたもんをこれでもかと突きつけてきて、初めの頃はえぇぇぇ、、、うわぁぁ、、、観てるだけで恥ずかしいとした気持ちが募るのですが、しかしずっと観てるとそうした世界観に居心地の良さと言うもんが芽生えてくるんですよね。それは変に大人ぶって、観てる先をそうしたもんに向けてるだけで、しかしその向けてる視線を心持ちを素直に変えて見ればけれども、確かに俺もそうだったよな。けれども確かに皆もそうだったよな。青臭かったそん時にはよ、、、、と。うぶに友達の事で悩んだり、うぶに異性の事で悩んだり、うぶに夢に悩んだり、うぶに仲間の事に悩んだり、で、そうした事が日々の生きてる世界の全てであり、金持ちになりたいだとか、女にもてまくりたいだとか、有名になりたいだとかそんなもんではなく、君と一緒に居て、君と遊びたくて、ただ君と仲良くしてぇんだよなぁとそんな程度のもんで、で、ナルトを観てたら、最終的に悪側の人達になってる奴らも所詮その気持ちの強さの現れがそれをそうさせてるだけで、(友達やら異性、仲間をうぶに想う心)在り来たりの言葉で言えば、子供の気持ちのまんま大人になってるそんなもんで、幼稚で青臭い世界であり、けれども、それがどうにも心動かされるんですよね。で、僕は思うんですよね。そうしたもんがきっと誰の心にも疼いててただ単にかっこつけて大人ぶり無い振りしてるだけで、ほんとんとこは誰もそうなはずで、そのひた隠す皆の心を燻るから、ナルトを読んでる人が多いんじゃねぇのかなぁと。で、エヴァンゲリオンの場合はもうちょい人がそれでも持ち合わせてる陰気な根暗のもんが入り混じったもんで、けれどもその分野、ジャンル、問いかけてる事は同じにも思え、漫画、アニメ、ゲームが、映画やら、海外ドラマとは何だか同じ人に問いかける物語としては何か毛色が違うその意味合いに、そして今のこうした時だからこそ、やたらと目につくほどに流行ってきてる意味も少々解る気もするんですよね。しかし、それでもいい意味での大人になりきれない幼稚な世界に、現実を逃げ出し大人になるつもりのない無知でわがままな子供で居続ける事は、似てるようで全然非なる異なるもんで、そしてどうにも僕は、その後者が多いような気もして、前者には本当の心(素敵で焦がれる世界)が見える事が多いのですが、後者に見えるもんは、大概、それなりの言葉を(形どった言葉、印象良い言葉)口にはするのですがどうにも妬み、嫉妬、欲望となんとも如何わしく感じるその心と言うもんが見えてくるんですよね。色々と同じ幼稚なもんでもこうも違うもんだよなぁと不思議に感じる今日この頃で、もしもそれでも永遠覚める事のない夢を見続けるならば、自分の欲望を突き詰める夢ではなく、誰もがにこやかと笑って生きるそんな夢を俺は見てぇよなぁと素直にそう思います。(で、ようするにナルトにはそうした誰もが笑って生きていこうとした幼稚でうぶなその夢が見えるんですよね。)
2012.11.23
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一週間近く部屋に閉じこもり、家族以外に会う事なく、人との関わりなしにただ絵を描いてました。久々とそうしたこもった中で絵を描き、なかなかと大満足な時間を過ごせれました。おかげで尚、絵を描きたい欲求が出てきてモチベーション的には最高潮です。しかし、人は人と触れないとどうにも協調性と言うもんが失われるもんで、絵も終わり久々と路上での絵売りへと足を運んだのですが、その道のり中、どうも態度に言葉使いの悪い自分がぶり返してました。このクソがぁぁと口走ったり。通行の邪魔をする人に悪態ついたり、弟がニコ生動画を放送してて、そこでのコメントに説教したり、程度の悪い自分が全開でした。もしもそうした自分の時に人に言いがかりをつけられたり、むかつく事があったり、絡まれたりしたら、ぶち切れてる確率120%だったんじゃないでしょうか。で、途中で気を取り直してここ二、三年の自分に戻り、そうした自分を排除しました。もうちょいで尾獣の封印が解けちゃうとこでしたね。(最近ナルトに嵌ってるんだよな。)人と仲良く機嫌良くとした心持ちを取り戻し、穏やかとしてました。で、久々と絵を売って、タイプのお嬢さんが絵を買ってくれたり、性格明るく健康的な若者さんとお話しして絵を買って貰ったり色々とあり、機嫌良く楽しく過ごしてました。で軽くぶらっとお酒を呑み行ってその帰り道に弾き語りの高校生が居たので共に缶ビールを呑み数時間お喋りしてました。この頃は気があって話しも通じ合い楽しい時間を過ごしてました。家族の話しやら、趣味の話に女の子話と色々としたんじゃないでしょうか。で、甥っ子の話になってて、高校生にそうした事が羨ましいと言われたのですが、まぁ実際、皆家族のやり直しみたいな感じで共に生活し、心の交流を測ったり、一緒に遊びに行ったり、飯を食べに行ったり、旅行に行ったり、多くの会話をしたり、ドラマの一つ屋根の下にみたいなもんで、このいい年こいたおっちゃんの僕がそうした感じの家族と言うもんと多くの時間を解かち合う中で過ごせれた事はとても大きな事で大切な時間を過ごせれたのは確かなんですよね。で、そろそろと満たされ大満足と、家族も皆が皆落ち着きいい感じの人生を過ごしてるので、出て行く時が近づいてるんだと思います。じゃないと居心地良すぎて、別に家族以外特に誰かと物事を共有して、共に多くの事を分かち合い多くの日々を過ごしたいそんな欲求というもんが薄れてきて、まぁ家に帰れば、皆が居るからいいやと、これっぽちも寂しくもないし、孤独でもないし、不安もないし、全然多くの事がへっちゃらで、けれどもだからこそ思ったんですよね。なら、そうした関係を、知人、友人、仲間、恋人、そして自身が築き上げる何時しか得るべく家族へとそうした世界を築ければ、これほど生きてて良かったと感じるもんはあるのだろうかと。心と言うもんはほんと大事ですよね。こうして家族と心ある生活を過ごしたからこそ、ここ特に心ある事と心ない事がはっきりと分かり、だからこそ、何事も人との関わりに心を込めるようにしてるのですが、人に純粋、不思議だとそう言われる事が多くなってきてます。まぁシンプルに言えば幼稚な世界を生きてると言うのがほんとんとこでしょうね。それもやっぱ甥っ子ととの付き合いにもあるし、心ある事を彼に教わりましたからね。だから、ナルトみたいな幼稚でうぶな世界がキラキラと輝いてみえちゃうんですよね。けど、ほんとはみんなも、金だとか、地位やら名誉だとか、sexだとかそんなもんよりもこうした幼稚な世界を欲しいんじゃねぇのかなぁとそう思えちゃうんんですよね。どうなんだろうな、、、
2012.11.18
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最近は部屋に篭って絵を描いてる毎日です。絵を描いて飯喰って風呂入って寝るだけなので、毎日がシンプルで楽ちんです。やっぱ絵を描くには色々と多くのものをシャットアウトしないと気が散るので、ただ部屋に篭るのが一番ですね。で、お酒の方はもう一週間以上呑んでないように思います。ボリボリとお菓子を貪るのもやめて、一日一食自炊して食べてるそんな調子かな。ちょい腹減れば軽くパンを食べるくらいと、お菓子は食べたらどうにも癖になりますね。でまぁそんな感じながらと今日は早めに絵が終わったので久々と今さっきまで映画鑑賞してました。前に一度借りた映画でエレン・ペイジが出てるのを観て、何かちょい変な子でけれども可愛げがもあったりと、なんだか好感を持てた事があったので彼女が出てるから何げにジュノと言う映画を借りてみてました。やっぱりこの映画でも何か変な子で、けれども微笑ましくも思えて観てたのですが、何げに心温まる話しで思わず込み上げてくるもんがあり何だか涙が溢れてました。家族が彼女(主人公の女の子)に責める事もなく優しかったり、友達もちょい悪戯にふざけてたりもしながらも仲良しであったり、他にも諸々と、妙に温かげなそんな世界で、この僕にはさほど経験ないそんな世界で、あぁだからこそこの自分はそうしたもんを培い生きていきたいんだなぁとだからこうした温かみある話しに弱いんだなぁと気づいちゃいましたね。もう怒る事も切れる事もないし、人を怒鳴る事も貶す事も責め立てる事もないし、誰かを悪く言う事もないし、それはお酒が入った時でもそうなれてきてるし、(時に説教はしちゃいますが)トラブルは人生から消えたし、争い事も起きないし、揉め事もないし、ないない尽くしなものなんだし、何時か、自分が温かみあるそんな世界を生きてるんだと感じれるそんな時もやってくるんじゃねぇのかなぁとそうも思えてきたんですよね。もしかしたら、そう思えるその気持ちが大事じゃねぇのかなぁなんて。確かに温かいと感じれた事もあったはず。ただ、それを素直に受け止めれやしなかっただけで、それをそうなんだと感じれる、自分のその心がただ必要なだけだったように思えるんですよね。きっと僕はまったく別の違うもんを見てたんだろうな。それを見いたのか、見たくないのかも分からない癖にただやさぐれてて。と、そんな調子の事を何げに思ってました。
2012.11.14
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生活のリズムを変えて色々と心機一転とそれなりと取り組んでます。気晴らしに枚方の路上で絵を売り、ぶらっとお酒を呑みに行ったり、海外ドラマを観てはカラムーチョを食べてたりとそして、ここんとことはやっと絵を描く事にも波が乗ってきたそんな調子です。で、この前、枚方の路上で絵を売り、ちょいちょいと顔を覗かせてくれる二人組の宣教師の方に常々教会に誘われてるので、まぁ絵を買ってくれたり、色々と話し相手になってくれるので一度くらい足を運んでもいいかなぁとそんなとこで、今月の日曜の何処かで訪ねてみようと思います。宗教事には全然興味はないんですけどね。と言うより逆に毛嫌いしてる方なのかな、、、??けど、やっぱ僕は海外ドラマを鑑賞するのが妙におもろいですね。これまで観た量は最早韓国時代劇を超えてるんじゃないでしょうか。それと世の皆がゲームに費やしてる時間並に鑑賞事にその時間を費やしてるんじゃねぇのかなぁと感じる程です。そして最近はヴァンパイアダイアリーのサードシーズンを観てて機嫌良く鑑賞です。今回はデイモンとステファンの立ち位置が逆転して、そうした展開がまだ多くを飽きさせないもんで、後一話、後一話だけとついつい先が気になり予定より多くを観ちゃいます。自分の本心、気持ちとは相反する状況にそれでもそう成らざるおえず己の意思で足を踏む込み、その痛みからそれを紛らわせる為だか、より一層破綻の道を選び、行き着くとこまでとことんと行くしかその怒りに悲しみの向かうべき矛先は無く、けれども、そうなればそうなる程にのちに待ち受けるもんはただただ孤独と、幾ら欲しいと願ったそれに手を差し伸べられようとも、もう決して自分を赦せやしないんだから、(破綻の道を選んでる事にそしてそれを自分の意思でそうしたんだとした自覚を)それそのものを忌み嫌われる程に突き放す事でしか、その欲しいと願ったもんに心あった事を守る方法はないもんで、何だか切ないようなぁと何だかこれまでの自分に起きた多くの事々が妙に思い起こされちゃいましたね。もしくは起こした事々と言う方が妥当と言えるのかもしれませんが。と、そんな調子ともうシーズンの半分も観ちゃいました。けど、僕はどうもヴァンパイアもんのドラマが好きみたいですね。確か昨日飯時に思い出したのですが、七、八歳の子供の頃、西洋のお化け大百科と言う本を買い、ヴァンパイアの事について色々と読み漁り、そこから更に興味が湧き他でもヴァンパイアについて書かれてる本を読んでた記憶が蘇ったんですよね。棺桶で寝る。招待されなければ人の家には入れない。鏡には映らない。ヴァンパイアを殺す方法。蝙蝠に変身する事。美女の血が好きな事。イラストはベットに横たわる美女の部屋の窓付近で不敵に笑みを浮かべるヴァンパイア。なんやかんやと子供の頃に興味あった事はそのまま大人になっても引き継がれて行くんだなぁと、ほんとそうだよなぁと、他事においてもそれはそうとも言え、なら子供時に他者(自分以外からの)からの情報、影響無く、本来己の根本、核から、自分そのものから無償と湧いた興味に好奇心は何事にあるのか、そしてそれを知ればまた今の何かが解り得るような気もした昨日の飯時です。
2012.11.09
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今日はただ絵を描いてるのですが、ふと、確かこの前ぶらっと呑みに行ったらやたらと皆に質問されたよなぁと何げに思い出してました。(それ以前からもここ最近はそうした事は増えてきてるのですが。)普段は大概、僕が一方的に話し込むか、もしくはただ女の人に不真面目な事ばかり言ってたりとそんな調子が僕の酒場での状況であるもので、事、男の人にさほど会話をふられたり、特に関心も持たれたりしないのですが、妙に男の人に質問をされたんですよね。誰と暮らしてるのか。弟と暮らしてるのか。誰に興味を持ってるのか。誰々(女の子)の事はどう思ってるのか。あの子にはどう言った感情があるのか。と、色々と言われたりして、何だかしどろもどろとてんぱってしまうそんな始末だったりしました。人に質問されたり、内面を気にされたり興味を持たれるのが何だか苦手でどう対応し、どう接すればいいのか分からなくなっちゃうんですよね。自分の中で、えらいてんぱって何をどう言ってるのかわけがわからず意味の分からない事ばかり言ってましたね。何、何ちゃんの事はただ裸を見たいと思ってるだとか。誰々には俺のセックスの様子を見せ支配欲を発散したいだとか、他にも訳の分からぬ事ばかり口にし、どうにかやり過ごそうとしてたもんで、そんな感じの自分を唐突に思い出し、何だか可笑しく思っちゃいましたね。まだ俺は人に自分の気持ちに自分の事が知れるのがまだ照れくさく恥ずかしいんだなぁと。路上で絵を売り十年以上と、絵事で人と携わりそいつも十年以上とただただ人との付き合いの人生なのに、人に慕われたり、人に好意を寄せられたり、人を従えたりとそんな調子の事は幾らでも多いのに俺と言う人間そのものの何かにその根っこの部分、心情、俺そのものに関心を持たれたら恥ずかしくて逃げたくなるんだよな。それは猫好きの子との付き合いにも言えてて(何か何時でも照れくさかった。)だからこそか最終的に俺は逃げたんだとそう言えるのかもしれませんよね。けど、何だかそうした事が浮き彫りとなるそうした出来事がありがたくも思います。じゃぁどうしようかぁと、じゃぁどうしたいのかなぁと、そうしたもんに意識向き、そのうち、そうした事から逃げない自分にたどり着くような気がしますもんね。そしたら更に人と手を取り合い分かち合い、俺の望むその世界が近づくはずなんですからね。俺の仲間に、俺の友達に、俺の特別な誰かと築き上げるほんと生きてて良かったと心から誰もがそう思えるそんなもんに、、、まずは恥ずかしくない振りから始めようかな、、、、??
2012.11.07
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ここ二日間程は不調に過ごしてました。少々お酒の量も増えてきたので、もう少ししゃきっとしないとなぁとそう感じる次第です。この一週間程で呑んだお酒の量は缶ビール七本に、ビール七、八杯、ウィスキー二、三杯、ミニボトルのウィスキー二本。ほっとけば普通にこの二、三倍は次第に呑むようになるので、気をつけねぇとなぁ。とまぁそんな調子ながらと気楽に枚方の路上で絵を売りつつ、絵を描いてたりとそんな日常を堪能してます。とりわけ何かを深く考える事もなく、何となしの心持ちとしたもんで、劇的に心揺さぶられる事もさほどないそんな所です。けど流石にアニメを観てるのは辛くなってきたのでまたまた海外ドラマを観始めてます。カラムーチョをボリボリと喰いあさりながら、ヴァンパイアのドラマを観てました。あと、人生に後悔してる事が限りなく多く、自分の今は一つ、一つの選択ミスの果てのその現状なのだと、とあるきっかけで過去に戻る事が出来るようになり、その後悔してる過去を変えるそんなドラマで、しかし、もう一度やり方を変えやり直しても同じような結末になり、そこで、とある事に気がつくそんなドラマを観たのかな。まぁ自分は自分でしかないのだから、もう一度それをやり直そうとも、そこに示されるのはたかだか自分の人間性が反映されるそんなものなのだから、同じ自分である限り、少々の違いは出ようとも、取り分けその根本が劇的に変わるわけもねぇよなぁと自然とそう思えます。要するに、今と未来を見据えてるわけではなく、過去ばかりの後悔に目を向けてるその心である限り、少々過去を修正して上手くいってもまたそこで不満が出てきて、あぁすれば上手くいったのにと、こうすればもっとよかったのにと、そこでの新たな(上手くいった人生のはずのその世界で)後悔やら不満が出てきて、生きてるその世界にさほど違いはない、そんなもんとなるようにしか思えないんですよね。もしも後悔があるならば、ただ精進するまで。その後悔を物事、他者のせいにするのではなく、それを選択ミスとした感覚で自分の人間性を濁し誤魔化すのではなく、その後悔に自分の人間性も深く関わり、そこに生きる自分が齎したその結果とその世界なんだと受け止め、じゃぁこの先、どうしたもんかと、本来望んだ己の世界を、そしてその後悔の気持ち共々(何故後悔したのか。どうしてそうも後悔してるのか。そしてどうすれば後悔しないですんだのか。変えようもない後悔の根底。刻々と過ぎ去り時を刻み通り過ぎる後悔。決して後悔し続けるのではなく、自分に取ってのその後悔の本当の意味。)魂に心に焼き付けて、その日、その日をクソ真面目(自分の望んだ世界に向かって)に生きてれば、時期に物事は自然と変わり始め、劇的に期待通りともまではいかなくとも、とある事は次第に、、、、としたもんですよね。過去が生まれるのではなく、今が生まれる。そんな気がしてならない現状の僕です。三つある選択肢から一つを選び、その一つからもまた四つ程の選択肢が伸び、そこからもその一つ一つにまたまた十程の選ぶべき一つの道があり、しかし、それは与えられ親切丁寧に整備され作られた道なのではなく、自分の人間性がその生き方がそれぞれの人生がその道のりを作りあげてるもんで、そうも、それがミス、ミスの連続なはずもなく、(所詮己で作った道の中での選択)複雑怪奇に伸び上がるから選びあぐねて失敗するんだと、そんな馬鹿な話しがあるはずもなく、そもそも、何かが根底でこいつはおかしいのかもしれないとその真理に目を背けずに見据えれば、自ずと、あぁ、そう言う事だったんだなと、何げにだからそうなのかぁと薄々と分かってくる事があるはずなんだとそう思えちゃいます。
2012.11.07
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