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もう夏の季節なもんでこうして暑い季節になると心残る楽しかった事が多かったので妙に気持ち高ぶられそわそわした変な気分になります。まぁ好きな季節ですね。絵売りやり始めたのもこうした季節でまるっきり全然別の毎日に変わっちゃたもので美人のOLさんと知り合ったり、女子中学生に女子高生に女子大生とうら若きお嬢様に囲まれその当初硬派としときたかった僕はただただ気恥ずかしかったもんです。あまりに恥ずかしくて三時間くらいで帰ったもんな。島巡りもやはりこの季節で絵売り、島巡りは同時進行の夏の楽しい思い出です。流石にこの歳で野宿生活は無理なので過去に歩いて堪能した島に旅行するのもいいかもしれないな。リンダ、ニッキー、パトレシア、辰兄、アンテナ屋さん、ヒデ、歌を聞かせてくれた子に多くの心あった人等の事も命に感じる事も出来るし、猫皿で皆と愉快に戯れてたのももちろんこの季節で良い出来事だったし、猫好きの子とはちゃめちゃに戯れ仲良くしてたのも夏の暑いときで心残る良い出来事だったし、だから夏になればそうしたそわそわした気持ちが活発な日々へと自身を押し上げるのですがけれども今年はそうした気持ちをまた別のエネルギーにしなるべくインドア派的に絵に文とそこいらの感性を磨くべく好物の生ビールも無しに(きんきんに冷えたのジョッキ二杯くらいをいっき呑みするのが堪らない。)また別の道を触れた事のないそんな場所に多くの心を預けたいです。思い出は心に優しく穏やかな気持ちを齎しまた別の形でもいいからとまた素敵にも感じられる一つ、、一つの思い出となるもんを心に残し己の何かしらを形成していく。シャ写やら写真も必要なく心に、命に残す事が肝心でだから僕はほぼ限りなくゼロに近い程に何かを写す事も写される事もやんわりと逃げてただ形だけが写った何かを残さないんですよね。ただちょっとした時期だけそうした事を限定解除した事はあるにはあるけれども忘れられない喜びの瞬間は魂みたいなとこに焼き写せばそれは俺の永遠になりそれをまた別の形で(生き方、人への触れ合い方、絵等々)果てる事無く広がりを見せそれらは命宿したなんらかになり、無限に続く終わる事の無い俺の喜びとして直ぐ傍に微笑み続ける、、、、そしてそこに誰一人とて残っていやしなくそれが逃れようもない僕の命の現実だとしても、、、嫌悪し否定され憎まれるべくして憎まれる存在とし皆の心に残っていようとも俺の本当の願いの根底の真意を何時しかふいにこれからもと生きていく人生のなにかしらにと直面する決して言葉には表せやしない人に理解されがたい何かしらに違和感覚える人との触れ合いの中に俺の齎したもんはもしかしたらこういう事だったのかなとほんの些細にでも感じ得て貰えたら俺の小さな願いは決して人が羨む事もない小さな願いは果たされる気がして、、、
2015.06.29
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ここ最近の空いてる時間は本屋にぶらっと行って漫画を買いそれを気が向いた時に読む事と、あまり胃の調子が悪くならないもんを食べながらだらっとアニメを観てる事なのですが流石にアニメに漫画とそうしたもんだけではちょいといい年齢に達してるおっちゃんの僕としてはなんだか自身に置いて恥かしくなってきたのもあるにはあるのですが(人にそれを知られるのは別に恥かしくもなんともない。事実を事実と知られる事にあまり躊躇はなかったりする。えろいもんも好むし、巨乳も堪らないし、スレンダー美人も堪らないし自堕落的なもんも人並みにあるしそしてそうしたもんに置いての偏りは人それぞれ必ずあるものだからだから他者に置いても自身に置いてもそうした偏りを無条件に非難する気持ちはあんまない。まぁそれでも許容ががあるから強烈過ぎるもんは無理かもしれないけど。)なんか無性に絵売り以前みたいに文字、本を読みたくなってきて小説なんかを買って読み始めてたりもします。実は僕は探偵もんやら刑事が出てきたり犯罪を解決するといった類の小説がまるっきり駄目でちょっとも購読欲が沸かずほぼ読んだりもしないのですがまぁだからこそ触れた事がないからこそとミステリー小説を読み始めてます。案の定出だしに被害者描写、そして事件描写に、捜索描写とそうした流れが文面で説明されていて(五十ページくらいかな。)なんか昔はそう言うのが如何せん読んでて退屈だったのですが、ほんと小説やら本を(漫画は別)ちゃんと読むのなんて十数年振りくらいなので(時間つぶしに流し読みしてるもんはあったけど)文字を読んでるそうした行為に快感を覚えなんか案外読めてる調子です。(あと怪奇小説やらホラーもんも読んだりもしなかったなぁ。)けど昔は何を読んでたんだろう。歴史小説に伝記もん。文学的なもん。詩やら思想、生き方、哲学、、犯罪者についてのもん、、、漫画を読むから漫画的な小説も読んでみるかとファンタジー文庫、、、大人も読めるような児童小説、、、スポーツ選手の本、、、インディアンもん、、、破滅的な類の本、、、一度官能小説にも挑戦したけどなんかそこいらのインテリ気取ったむさいおっちゃんが妄想して書いてるのかなぁとそう思えばえっ、何言ってんの、、、はぁ、、馬鹿じゃねぇの、、、えぇぇ本気かよ、、、と少し読んではいちいちとそう感じてはそれでも更にと読んではまたまたいちいち非難した思いしか出てこずまともに読めやしなかったなぁ、、何時か美人な女の人が書いてるそうしたもんなら読めるかもしれないけどあんまだったな、、、それと今と違いネットとかなかったから知りたい事は本を買ってそれを知るしかないから色んな異国の風習やら生活に衣服に興味があったからそんなの読んでたり、特にエジプトやらインドにフランス、イタリアの事についてのもんはやたらと食いついてたかもしれないなぁ、、、ほんと、なんでもかんでも本の時代だったようにも思える、、、後は映画の元になってる海外小説、、、そういやぁ時間潰しに図書館なんかに足を運んでは色んな小説も読んでたし、よくよく思い出せば五、六歳の頃の遊び場も図書館で小説に出てくる挿絵なんかを眺めてたよな、、、そう考えれば自分の人生は絵と本に凝縮されてるのかもしれないし、やっぱ無条件に興味は何事と沸くもんな、、、でやっぱこうしてブログに綴るだけでもああじゃこうじゃと何時までも終わる事無く幾らでも綴りたい事は出てくるし、本当に関心、興味ある事とはそういう事なのかなぁなんて、、、
2015.06.27
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なかなかと自分なりの日々を堪能してる調子です。お酒の方はかれこれもう一年以上も呑んでない状態で記録更新ですね。呑んでる夢を二、三度見たのと一、二度だけ呑んでしまいそうな事があったくらいで今ではもうあんま呑みたいと感じる事はありません。十五から生きていくのに頼ったお酒とこうして決別する事は夢にも思わなく人生はやっぱ何があるのか分かりませんね。いつかまた嗜む程度か付き合い程度には呑んでもいいかもしれませんがまぁ今はまだそこまで身体(胃)の調子も万全でもないので(一年以上市販の胃薬を呑んでやりすごしているうちにましになってきて初めの頃は食事も取れず痛みで夜寝れなかったり薬の呑みすぎで立ってる事も出来ない程に視界がぼやけたり目眩に立ちくらみに呼吸出来なかったりと大変だった。)まだ今少しそれは先の事ですね。けれどもずっと続く素面の世界もいいもんですね。大体酔っ払ってるか二日酔いの状態で生きてたもんでなんか穏やかに静かな世界が広がってます。怒りも憎しみに劣等感に嫉妬、妬みに悪意に敵意もとことん発散ぶちまけてほんとなんもかんも絞り尽くして人としての人が持ち合わしてるであろうそんな程度にしかきっともう残っていやしないもんで人に手をあげる事も喧嘩ふっかける事もないし汚い言葉を口にする事もないし素行の悪さもなりを潜め勿論それはただ我慢して無理しそうしてるのではなくもうそんな気が起きないんですよね。今では何で自分がそうだったのかも不思議に思うくらい昔の自分の言葉を借りれば甘っちょろいぼんぼんの青びょうたん野朗で最近はおたくな調子とアニメを沢山観てるのですが(茶化して言ってるけどアニメは馬鹿に出来ない凄いもんと感じつつある。動いてる膨大な絵が全部人が描いたもんだったり、脚本、シナリオ、音楽に声を当てる人にとんでもない才能の集まりで成してやっと週一に二十数分の作品に凝縮詰め込んでてなんかドラマや実写映画とは異なったそれ固有の独特の異質なる凄さを感じてる。称賛に尊敬の念が産まれたのかな。)Fate/Zeroに出てくる(昨日なんかおもろく一挙に全部観てしまった。おたくっぽいアニメだけど。)憑き物の落ちた晩年の切嗣みたいなもんなのかもしれません。手段やら方法は少し違うけれども自分が望んだ事が似寄ってたりけれどもそれを成そうと思えば思うほどにそれから懸け離れた方法でなければ自身の命では叶わずそして脅迫概念的に囚われて人に齎そうとしてた事とは丸っきり正反対なもんを人に突きつけるそんな生き方に捻じ曲がり人の笑顔を望んでそれを叶える為には自身のそうしたもんは捨て去り心を刃金と化す事で自我をどうにか保ちながらもでももうその段階で人の笑顔は失せてるその事実を見ない振りして生きて俺もなんかちょっとした切嗣みたいなもんでしたね。(なんかみんな外道と嫌っててそうしたもんも俺も同じようなもんだよな。いかれてる、理解できない、多くの誉れない言葉もらったもんな。)願いと手段が一致しないと望んだ事から懸け離れる。そもそもが方法が解らないのに願いそのものだけを穢れ無き美しいものと叶えれるわけもなく薄汚れた道のりの果てに辿り着く願いの熟成は歩んだ道のりの通り人が喜びやしないそんなもん。けれどもそれでも士郎の存在でどうにか救われた切嗣と同じく俺にもその存在に救われたそんなもんがあったりもする。とまぁそんな調子と穏やかに余生を静かに自分がなりたかったもんになれやしなかった事実を受け止め今までとは正反対な生き方をしてみては人の好意を鱈腹貰い受けてで、、で、、、俺もまぁ道は歪に捻り曲がったけれどもそれでもやるだけの事はやったさと、、、それで終わるのが己の在り方にも思ったのだけれどもどうも人の命はそうも単純なもんでもなく不可思議なもんで自分の中に眠るひた隠しにしてたもんが自分の命を急き立てるんだよな、、、それに対して随分と自分自身驚いてる、、、俺って奴は本当に、、、、と随分とたまげてる、、、、本当の意味での絵売り以前の自身と向き合い(絵売りの忙しない日々でただかき消されてただけだったんだよな実は。)その中にも多くの価値を見出しそして絵に携わる生き方に身を投じそれに切嗣的に歪に捻り曲がった道の歩み方をしてきた事をも糧にしその上で本当の自分を浮き彫りにし到達するもん、、、それはとてもシンプルで簡単なもんで本来ははなっから解ってたもんでそしてもうそれを理解し受け止めたらもうなんだか心楽で毎日が楽しい、、、、、、、とそんな調子に過ごしてる毎日でもう一年以上枚方の路上で絵を売ってないけれどももう片手にビールではなく手にするのは本にでもして夜風に吹かれながら月に数回程度にはその場所で絵でも売ってみようかなぁと何気に感じてる次第です。
2015.06.22
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2015.06.21
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