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主要3人だけで文字数いきそうな自分の文章力のなさは置いといて。使徒を差し置いてカヤパ、アンナス。カヤパ 金本和起さん。声量がすごーい。低音が響くー。ユダに銀貨を受け取らせるところで「ただの金」と歌うところのバス音がもう何とも言えず、そこに委ねたくなるいい声。だけどユダにとっては悪魔の声にも等しいんだよね。なので余計に影コーラスの天使の声(という解釈で合ってるのかな?)との対比が際立ってすごかった。アンナス 吉賀陶馬ワイスさん。この歌は出だしがとにかく難しいんだろうなぁ。いきなりあの高音から入るとか。それもファルセットじゃきっと意味がないんだね。脳の血管切れそうな勢いで歌ってくれました。アンナスってカヤパの義父なのに、ワイスさんの方が息子っぽかった。シモン 佐久間仁さん。ソンダン全国花束脳の私はここでもう涙腺崩壊を堪えるのに必死。洋輔さーん!西尾さーん!初めて神戸で花束を観てからもう1年もたってしまったんだなぁ…今、洋輔さんはどこで何をしていらっしゃるのか。泣泣泣花束での洋輔さんのギラギラした瞳が忘れられず、佐久間シモンは狂信度がもっとあってもいいかなと思いました。狂信者と過激派は紙一重だと思うんですよね。言われた事は何一つ疑わずに実行しちゃうし、下手すると言われてないことまで勝手に解釈して先走ってしまう。当時のキリスト教はユダヤ教に対する新興宗教だったと思うし、現代日本人の私は狂信者が教祖のために殉死するところも簡単に人を殺めるところも自分の生きてる時代で知ってしまったので、尚更に思いました。ペテロ 五十嵐春くん。最初、立ち位置とかわかってないので彼がシモンなのかなと思って観てました。立ってるだけなのに自然と目が行く感じ。プロフィール写真を見たら可愛い顔なんですねぇ。ペテロはジーザスより年上だったような曖昧な記憶。なので、ここを若い春くんが演じるのは何だかおもしろかったです。ペテロがジーザスを3度否定するシーン。年配のペテロだともっと重厚で切実な感じになったと思うけど、春くんペテロだと「そんな奴、友達じゃないし!」みたいな雰囲気。そう!書いててわかった。ジーザスを崇拝するというより友達感覚。ペテロの中ではジーザスも含めて1つの仲間だったのかもしれない。ヘロデ王 下村尊則(敬意をこめて敬称略)もうね、舞台が暗転して絨毯をバサーッと敷くところから「来るぞ来るぞ」と期待値Max。で「ジーザスさんよ」と入ったところで「来たーーーー!」ってなるというね。ただ、最初のところはエコーかけ過ぎてた?それとも下様は倍音の持ち主なの?ちょっと音が大きすぎたよね。ジーザスを含めユダもピラトも皆が悩みまくるJCSなので、3分程度のヘロデ王のシーンは数少ない陽の部分で貴重よね。バトンもこなせて日舞も長くされてる下様だけあって、所作に見惚れます。長い長い重そうなマントを華麗に操り、ジーザスをからかい蔑む間も指先まで美しい。はける時は客席に届かせるつもりかというくらいビュワンとマントを翻してくれました。自分の思い込みもあるけれど、やっぱり持ってくよねー。下様の存在は宝塚における大階段でのトップスターの羽根だと思ってる私です。ユダがいろいろ苦悩するところ、まるっきりの素人考えだし的外れなことも多々あるでしょうけど、神学に詳しくない人はこんな風に思うのか、という感じで。ユダってこんなに辛い気持ちで裏切ったのかな??ものすごくウェットで裏切りたくない感満載なんだけど。ジーザスはユダに自分を裏切る任務(?)を与えたという感じなのかなぁ…だからすべてを知っているし、予言もできるというか。ここまでジーザスの側に居たい、裏切りたくないという弱いユダだと最初から裏切るのは無理じゃない?と思ってしまう。逆にこんな弱いユダに自分を裏切らせるなんてジーザスひどい奴という解釈もできる。ジーザスは実は神の子でもなんでもない、と平気でローマに売っておいて手が届かなくなってから本当のジーザスのすごさや素晴らしさに気づき、自分の行為の愚かさに耐えられなくなって自殺する方がユダらしいような。今の芝ユダの演技だと、最初から弱い自分に自分が取り込まれていってる感じでジーザスを裏切らなくても何かのきっかけで自殺してしまうような感じがある。最後の晩餐。このシーンで使徒達が歌ってたのかーーー!という個人的記憶が呼び起されました。前回見た時に頭の中にメロディーだけ残ってて、普段の生活の中でひょいと現れる曲でした。歌詞とかはすっぽり抜けてたので、どこで聞いた曲だっけ?と思ってました。歌詞を覚えてたらJCSとすぐ気付けたのにね。使徒達の曲はとっても70年代。ちょうどヒッピーとかフラワーチルドレンとかがいた時代。自分は幼すぎてその若者の熱狂的な気分とかはわからないけど、その頃に流行ってた曲調なのよね。あの頃は何かというと集って歌ってたイメージです。ジーザスの苦悩も知らずに幸せそうに歌って眠る使徒達がとても呑気に見えて、温度差を感じました。それだけジーザスの哀しみが引き立ちますね。ジーザスに着いていけば自分達は後世に名を残せると信じてるし(事実残すけど)、ちょっと大変だけど今日と同じ明日が続く事を疑いもしないのが、荒野の中でのゲッセマネの園の楽園的な感じが伝わって好きです。ピラトはジーザスに死刑を宣告した悪い人、みたいな感じでいたけど彼自身の意志というよりは世間や地位に流されたんだなと思えました。それでもやっぱりその弱さも罪、ということで最後に手を洗ってきれいにしたつもりが血に染まったということなんでしょうね。そういう意味でやっぱり怖いのは群衆だなぁと。その時の気分で英雄にも祀り上げるし、引きずりおろしもする。極悪な強盗よりもジーザスを磔にしたいと熱狂した感じが、大きな声を上げた人を先頭に一斉にわーっとなる今のネットの世界とも通じるものがあるかも。カーテンコールで踊るシーン、ユダが先頭になって人々を率いてくるところは何とも皮肉。主要キャストを先頭にということでそこまで意図はないのかもしれないけど、使徒も群衆もローマ人も皆地獄に堕ちたユダと同じという風に見えて。それだけにその後ジーザスを中心に輪になるところに和を感じました。何度もカーテンコールに応えてくださって熱い舞台でした。下村ヘロデが腕を上げたままゆっくりゆっくりと去っていくので下様最後の最後まで持ってくなーと(笑)時間が取れれば京都公演も行きたい。3ヶ月後のキャストの皆さんの変化を観てみたいと思いました。
2014年09月17日
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夏休みはcatsを見て、今日はJCS。Twitterを再開してから四季クラスタと繋がれて嬉しい反面観たい観たい病が頻発。車検もあるし、もれなく自動車保険もあるし夏休みの交通費の支払いもまだなんだけどなぁ。初・神戸文化ホール。ぐぐる先生によると阪神ー地下鉄を乗り継がなくても阪神電車1本で行けるらしい。迷っても30分みとけば着くでしょうと行ったら、真っ直ぐの1本道で迷いようがなかった。駅からの案内板も出てるし。反対側に行くとハーバーランドの方へ行くみたい。確かに地下鉄は駅から出たらホールは目の前でもっと迷いようがないけど。以下長文及びシーンのネタバレありです。ご興味のある方はどうぞ。さて、初めてづくしのJCS。何と言っても前回は10年も前の柳瀬、吉原、金ですから。ジーザス 神永 東吾ユダ 芝 清道マリア 観月 さらcatsもそうだけどJCSも緞帳は開いたまま、ただ荒野が佇んでる。客電が落ちて真っ暗になった後、舞台が明るくなると無数の民が横たわってるのがすごくシュール。そしてJCSの舞台って狭いなぁとまず思う。芝ユダ。第一声を聞いて「あれ?マイク絞ってる?」と思ったくらいちょっと控えめな声。芝さんは割と「シャウト!シャウト!シャウト!」という印象があるので、ちょっと高音をコントロールするためもあるかなと思いました。舞台が進んでいくにつれてユダの嘆き、苦しみ、後悔が増していく歌い方はさすがでした。ジーザスを裏切るところで「金がほしいわけじゃない」と言いながら葛藤しているところがすごかった。これだけの銀貨があればたとえ一瞬でも多くの人を救えるという現実と永遠の救いであるキリスト教。比べようもないことなのに目の前の事実が勝ってしまう人の心の弱さ。最後、放り投げられた銀貨の袋に押さえつけられるようになるユダがとても哀しい。ゲッセマネの園でユダがジーザスを裏切った時、ジーザスにしがみつくようにしているユダは裏切りながらも引き渡したくない感じが伝わって、客席には背を向けているのにユダの慟哭が聞こえてきそうでした。その後もどんどんテンションがあがっていく(?)芝ユダ。荒野を転げ落ちるシーンでは肘をきゅっと引いて腕はしっかり胸につけて華麗なローリング!いやいやいや、これ大変だよね。最期のシーン、腕一本だけ見えてる状態での「あぁーーーー」という遠くなる叫びが辛い。で、一転スーパースターを歌うところでは急に軽くなるのよね。地獄に堕ちて吹っ切れた?人であった時のさめざめとした感じはなくなる。この歌を歌ってる時のユダの心情って難しいなぁと改めて思う。カーテンコールでは丘を降りてくる時、何もなさげなところで躓いて苦笑い。神永ジーザス。ソング&ダンス花束凱旋で更にファンを増やした感のある神永さん。お初なのでとても楽しみにしていました。今回は突発当日券、ちょっと後ろの方の席だったのにオペグラ忘れたので、細かい表情までは見分けられなかったのですがものすごく静謐な感じのするジーザスでした。それだけにところどころで抑えきれずに爆発する感情がとても印象深かったです。『ここは祈りの場だ!』とか『自分で治せ』と言うところとかね。ジーザスは神の子ではなくただの人だよね、と思える。だからゲッセマネの園で自問してるところの苦悩に心打たれるし、ジーザスにしかわからない啓示を与える神は非情だなぁと思ってしまう。神様のロングトーンがすごくて、会場から拍手が出ました。そして神様、どのシーンだったか人々に引きずられるシーンはものすごくシャカシャカ足を動かして移動するからちょっと笑ってしまった。体力あり過ぎだし。後半の兵士に引きずられるところはしっかり足を投げ出して引きずられるままだったけど。最初は意に染まないままあれよあれよと振り回され、後半は諦念を表してる足でした。ジーザスは自分の予言通り裏切られるとわかっていても最後まで人を信じてましたね。だからペテロが3度否定するところでものすごく淋しそうでした。十字架を運びながら歩くシーンは本当につらくてつらくて。考えたら自分の処刑台を運んで歩くとかどれだけ残酷な話かと。磔にされて手から流れる血が痛々しいですね。・・・そしてドンヨンファンには申し訳ないけど、最期の台詞は・・・歌がすごく良かっただけに、いかにも韓国俳優です、ニホンゴベンキョウチュウデスといったように聞こえる台詞回しが本当に残念でした。歌う時には強みだった高い声がここでは仇になってしまってた。彼だけでなく中韓俳優さん全般に言える事だと思うけど、台詞がはっきり聞き取れるだけでは伝わらないんだよねぇ。歌う声は本当に素敵だし、韓国の人はどれだけ歌っても潰れない喉の強い人が多いからもっと台詞を頑張ってほしい。ここでがっくしとなるのは本当にもったいないと思う。観月マリア。こちらは本当にお初もお初。スラリとしてお顔もパキッと綺麗な人。割と背も高い?神永ジーザスと並ぶと美男美女~といった感じになって絵になります。歌う声も伸び伸びとした高音がきれいですね。そして私の持ってるマリア感とはかけ離れた元気なマリアでした。私の中でのマリアは実は芯は強いんだけどそこに自分でも気づいてなくて日々の生活では周りに抵抗する力も勇気も持ち合わせず流されてる。だからジーザスが「守ってあげたい」となるタイプ。観月マリアは自分の立場も弱さもわかってるけど力強く生きてる。「娼婦?だから何?」と言い返しそうな姐御系マリアに見えました。若くて元気いっぱい。マグダラのマリアはジーザスの恋人とも妻ともいう説もあるし、ひたすら悩み祈るジーザスだから自分にはない陽の雰囲気を持ってるマリアに魅かれたのかも、と新しい解釈のできるマリアでした。ここまででようやく3人ですよ。まだまだサイドの人も語りたいので(2)に続く。
2014年09月17日
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