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【2017年9月30日(土)】 今日は「京の夏の旅」最終日。私の勤務していた下鴨神社のガイドも今日が最終日でした。勤務期間が長い「夏旅」や「冬旅」は、多くの場合、慰労会が行われます。たいてい最終日です。今回の下鴨神社勤務の打ち上げも、今日の最終日にありました。 場所は、京都駅前新阪急ホテル裏の「すぎうら」というお店でした。大雲院の見学、歴彩館訪問(こちら)の後、会場に向かいました。飲み会前の京都タワー「すぎうら」2階のお店です。 私は若輩(この会では)ながら、司会進行を務めさせていただきました。 全体責任者の方から拝観者数の紹介がありました。また、体調の問題や、ご家族の関係で途中で勤務できなかった方がお二人いらっしゃいましたが、その方々からのメッセージも紹介されました。一日も早く復帰していただきたいものです。 途中で各人感想述べる時間がありました。私は、楽しくお仕事をさせていただいたこと、多くの方々と初めてお仕事をさせていただいたのがよかったこと、小さな失敗談、受付も先輩のご指導で何とかこなせたこと、などを話させていただきました。 和気藹々と会は進みお開きになりました。 同期の某さん行きつけのお店に行こうということになりましたが、いっぱいだったので、京都タワー地下の「サンド」で、もう一杯飲みながら、あれこれ語りました。 (内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/09/30
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【2017年9月30日(土)】 「京の夏の旅」は今日が最終日。先日、花山天文台と渉成園・蘆庵に行きましたが(こちらとこちら)、まだ大雲院が行けてなかったので、家内と行ってきました。 大雲院は東山「ねねの道」沿いにあります。天正15年(1587)に正親町天皇の勅命により織田信長・信忠の菩提を弔うために、開山貞安上人の御池御所(烏丸二条南)を賜り、信忠公の法名に因んで、大雲院と名付け、織田父子の碑を建て、追善供養しました。 その後、豊臣秀吉が狭い寺域を見て同18年(1590)に寺町四条に移し、後陽成天皇より勅願寺の綸旨を給い、大雲院の三字が親書されました。その勅額が本堂に掲げられています。 その周辺がやがて商業地域の中心となり、昭和48年に祇園閣のある現地に移転しました。 大雲院はもとは浄土宗知恩院に属しましたが、今は単立寺院です。本堂 本堂には本尊である丈六の阿弥陀如来坐像が安置されています。本尊内部には別の阿弥陀如来像が収められており、室町時代から桃山時代にかけての作で、大雲院創建時の本尊とも考えれています。 本堂ではベテランのお二人の案内を聴かせていだだきました。説得力のあるガイドでした。仏足石平和観音涅槃仏「佐土原藩戦没招魂塚」(左)「豊烈曜後之碑」(右)とその由緒を刻んだ碑 「佐土原藩戦没招魂塚」「豊烈曜後之碑」は戊辰戦争で斃れた佐土原藩士を弔うために建てられた碑です。由緒碑によると、もともと大雲院の旧地にあったのだが、痛みが激しいので、復元移転したもののようです。 大雲院は慶長年間(1596~1615)に日向国佐土原城城主・島津以久の帰依により、寄進を受けています。以久は、天下普請の命により篠山城建築に駆り出され、慶長15年(1610)上洛中に病死したとされています。この時に大雲院の開山 貞安上人に世話になったことから、佐土原藩島津氏は曹洞宗から浄土宗に宗旨替えし、以久の墓も大雲院に建てられています。大雲院と佐土原藩のつながりは幕末まで続きます。大雲院は佐土原藩の京都における本陣の役割を果たしました。このような関係から、これらの碑が立てられたようです。鐘楼 豊臣秀頼が北野神社に寄進した鐘楼。梵鐘は祇園感神院(現・八坂神社)にあった室町時代在銘のもの。ともに維新後の神仏分離によって両社で無用とされていたものを、明治3年、島津家(宮崎県)が佐土原藩士の菩提を弔うため大雲院に寄進したものです。書院(登録有形文化財)(この写真では見にくくてすいません) 元からこの地にあったもので、旧大倉家京都別邸・真葛荘の一部です。 書院は一部コンクリート造で、その他木造。設計は祇園閣と同じ伊東忠太。 内部を八角形状に仕上げた応接室が特徴的。信長・信忠碑石川五右衛門の墓 処刑前に市中を引き回された五右衛門が大雲院門前に至った際、貞安が引導を渡した縁によります。祇園閣 この地は元財閥大倉喜八郎男爵の別荘で、昭和3年御大典記念に祇園祭の壮観を常に披露したいと願って山鉾を模した祇園閣を建てたといわれます。鉄筋コンクリート造3階建で高さ二十尺(36m)、鉾先には金鶴が輝き、地下の基礎も深さ百尺に及びます。喜八郎は金閣、銀閣に次ぐ銅閣をつくりたいということで、伊東忠太に設計を依頼しました。喜八郎は最初、傘をひっくり返したようなものというイメージで依頼したそうだが、断られ、祇園祭の山鉾を模した現在の形のものを設計したとのこと。伊東忠太は京都では他に平安神宮や現・西本願寺伝道院を設計しています。 昭和48年、この地への寺地移転を機に1階正面に阿弥陀如来像が安置されました。また、昭和63年秋開創400年を記念して内部壁面に葛新民の筆による敦煌の壁画模写が完成し、当院に奉納されました。 壁の電球を支えるのは魑魅魍魎という鬼だとのことです。 3階からは京都の360度のパノラマが楽しめますが、近隣からのクレーム防止のため、屋内だけでなく屋外も写真撮影禁止になっています。入口の阿吽(あうん)のライオン祇園閣入口の鶴鉾先の金鶴 普通鳳凰ですが、ここでは鶴。これは喜八郎幼名の鶴吉や号の鶴彦あるいは後年の鶴翁など、喜八郎の名前に由来します。ご朱印 朱印帳を持っていかなかったので、書き置きをいただきました。 祇園閣の絵が描かれています。1ページに入りきらない大きさなので、2ページにわたって貼りました。 清水寺随求堂まで歩き、貸与品を返却。修学旅行生の昼食でよく使う「しがもり」に入ってカレーうどんで昼食。修学旅行生に人気のカレーうどんですが、家内も美味しそうに食べていました。そして家内に歴彩館まで送ってもらいました。 歴彩館は特別客員研究員の研究のため、2回目の訪問です。前回に続き、見稲荷大社の機関誌「朱」を読みましたが、時間が1時間ほどしかなく、創刊号をもう一度今回は詳しく読んだにとどまりました。 夕刻から京都駅近くで「京の夏の旅」下鴨神社の慰労会があるので、地下鉄で京都駅に向かいました。→こちら(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村、
2017/09/30
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【2017年9月29日(金)】 清水寺随求堂の最終勤務後(こちら)、「わかさ球場(西京極球場)」に女子プロ野球の試合を家内といっしょに観に行きました。 私も家内もSKYセンターの会員になっていて、毎年この時期のスポーツ観戦の招待券がもらえます。去年は、京都サンガの試合1枚、女子プロ野球京都フローラの試合1枚でしたが、今年はバスケのハンナリーズの試合1枚も加わりました。これに「京の夏の旅」の招待券1枚です。 私はSKYセンターに入会するのが、我がガイド会の会員であるためのMust事項になっているので入っています。年会費4000円です。旦那が入っていれば、家内の会員料金は半額になり年額2000円です。前述のイベントに全部参加しようと思ったら、4000円以上しますからお得感があり、家内も会員になっています。 去年も女子プロ野球の試合を観に行きましたが、途中から雨が降ってきて延期になってしまいました(こちら)。今日のお天気は大丈夫のようです。 阪急西京極駅前のコンビニで缶ビールを2本とオツマミを買って入場。缶やビンは持ち込み禁止ですので、入口に置いてある紙コップに移し替えて持ち込みができます。中で買うと500円はするので、最初の1杯、2杯はこうするのがコツです。試合開始は午後6時半ですが、5時半には入場していました。しかし、試合前の練習を見たり、パフォーマンスを見て、ビール片手に観ていたらあっという間に時間が過ぎました。明徳高校のブラスバンドの演奏とか、色んな団体がベースを回って、選手とハイタッチするとか、結構楽しく観ていました。明徳高校ブラスバンド 家内はバスで来ることになっています。弁当を買ってきてもらうことになっていますが、近くのコンビニはすぐ売り切れるので、自宅近くのスーパーで買ってくる予定です。ところが、メールが入って「弁当買う時間がなかった。菓子パン持っていくわ。」 まぁいいわ。私が四条河原町あたりで買ってくればよかったです。 女子プロ野球はチームは4チーム。兵庫ディオーネ、埼玉アストライア、京都フローラ、レイア。しかしレイアは若手の育成チームなので、通常のリーグ戦は3チームで試合が組まれています。今日のフローラの対戦相手はディオーネ。 現在、ディオーネが1位、アストライアが2位、フローラが3位。 試合が始まってしばらくしてから家内到着。家内用に水筒にハイボールを作って入れて持ってきていたのには驚きました。ブツブツ言いながらも楽しんでいます。 気持ちいい天気で、のんびりと観戦できました。試合風景応援風景 今日の試合は前述の順位通り、一方的な試合になって、ディオーネ大勝の雰囲気。ファンというわけではないけど、地元が負けるのは面白くないので、途中で帰りました。結果は9対1で負けだったようです。 まぁ、こうやってビール片手に一年に一度女子野球観戦するもの悪くないです。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/09/29
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【2017年9月29日(金)】 清水寺随求堂勤務第27日目。最終勤務日です。 Tシャツでは寒いくらいの気候でした。7月、8月の暑さと比べたら、大きな違いです。時期的に多くの修学旅行生に来ていただきました。 今日も特に大きな問題もなく終了することができました。これで延べ21日間の勤務は終わりです。 最初は要領を得ず指導をいただいたこともありましたが、2、3回でほぼ手際よく諸事できるようになり、案内も分かりやすくできるようになりました。小さな失敗は色々ありましたが、大過なく終えることができました。 身体の負荷は大変でした。7、8月は清水寺に朝、上がってくるだけで汗だくで大変でした。多くのお客様が来られたときは、声がかすれたりしたこともありました。 我が会が担当する箇所のなかで、一日に接する方の人数が最多なのはここでしょう。それぞれの方に接する時間は短いですが、地下の胎内から出てこられたときの、皆さんの満足そうなお顔、あるいは清々しいお顔を拝見させていただくのが大きな喜びでもありました。 たくさんの方と初めて仕事をごいっしょさせていたのも大きな収穫です。皆さん気さくな方で、楽しくいっしょに仕事をさせていただくことができました。 時期や曜日で、外国人観光客、修学旅行生、家族連れの比率が変化するのも興味深かったです。 お守り売り場の方とも親しくなれたので、これから修学旅行で来たときも、言葉を交わすことができます。 次回は桜と新緑のきれいな春、紅葉のきれいな秋に担当できればうれしいのですが。 写真は今朝の清水寺。通勤途上、朝の人の少ない清々しい清水寺や祇園の街を歩くのも楽しみでした。しばらく見る機会がないでしょう。 今朝の仁王門・随求堂・三重塔 勤務後、家内といっしょに女子プロ野球の観戦に「わかさスタジアム(西京極球場)」に行きました(こちら)。(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/09/29
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【2017年9月28日(木)】 花山天文台を見学後(こちら)、渉成園に向かいました。 渉成園は常時公開されており、500円以上の協力寄付金で入園できます。立派な案内冊子がいただけてお得です。この「京の夏の旅」では、中の蘆庵の特別公開が加わった形で、さらにお得です。過去2度だったと思いますが、渉成園は入ったことがありますが、特別公開で建物に入るのは初めてです。 渉成園は東本願寺の飛地境内地です。1602年(慶長7)年、教如上人が徳川家康から寺地を寄進され、東本願寺が成立しました。その後、宣如上人が三代将軍徳川家光から東本願寺の東側の土地を寄進されました。宣如上人は、1653(承応2)年に退隠して自らの隠居所をそこに定め、中国の詩人 陶淵明「帰去来辞」の一節「園日渉而以成趣(園、日に渉って以って趣を成す)から採って「渉成園」と名付けました。そして周囲に枳殻(からたち)を生垣として植えたことから枳殻邸(きこくてい)とも称されるようにもなりました。 庭園はいわゆる「池泉回遊式庭園」であり、洛北詩仙堂を開いた石川丈山の作庭と伝えます。江戸時代後期の文政年間には、儒学者で漢詩人でもある頼山陽が「渉成園記」を撰して「渉成園十三景」を紹介しました。 渉成園は創立以来、幾度かの火災に遭い、現在の建物は、1864(元治元)年の蛤御門の変による炎上以降に再建されたものです。1936(昭和11)年、文人趣味に溢れる仏寺庭園として国の名勝に指定されました。 現在、侵雪橋を修理中で、池の水が減らされているのが残念でした。南側の門 後出の「大玄関」に続きます。西門園内図高石垣庭園北口臨池亭(左)と滴翠軒(十三景の一)(右)両方とも1884(明治17)年再建滴翠軒の「桧垣の燈篭」(中央)と小滝(右) 渉成園にはかつて高瀬川から水が引かれていましたが、川の水位が下がった明治以降、「本願寺水道」から導水されることになりました。この小滝の水がそうです。この滴翠軒の池から流れ出た水が遣水を通り、現在も後出の印月池に注いでいます。そのため、現在は園内の池に琵琶湖で棲息する肴たちが見られます。 この「本願寺水道」は1897(明治30)年に完成しました。1864(元治元)年、蛤御門の変で焼失した東本願寺では、1880(明治13)年頃から再建工事が始まりました。境内の防火は至上命題でした。そこで、琵琶湖疏水を完成させた田辺朔郎博士に依頼し、疏水を東山・蹴上から分水して、東本願寺の境内まで導水するという工事が行われました。三条通、祇園から四条通に水道管が埋設され、さらに五条大橋の下を通っています。 代笠席(たいりつせき) 1888(明治21)年再建 「代笠席」とは、人里離れた地を訪れた旅人が「笠代わり」に雨宿りする席という意味だと 考えられています。傍花閣(十三景の二) 1892(明治25)年再建 後出の園林堂の山門に当たる位置に建てられています。 庭園内には珍しい楼門作りで、左右両側には山廊と呼ばれる階段の入口があり、階上には 四畳半の部屋を設けています。傍らに桜並木があることからの名です。侵雪橋(十三景の六) 工事中です。3つの詩碑 河東碧梧桐、句佛、高浜虚子回棹廊(かいとうろう)(十三景の十二)1884(明治17)年再建 安政の大火(1858年)による焼失以前は、朱塗りの欄干を欄干をもった反橋だったと伝わります。 現在は桧皮葺の屋根をのもつ橋となっています。 中央の唐破風の屋根の天井部には掛け釘が設けられ、かつては夜半の来客の折り、金燈籠を吊って 火を灯しました。縮園亭(十三景の七)1884(明治17)年再建 かつては東山三十六峰の一つ、阿弥陀ヶ峰の遠景が縮図のように見張らせたといいます。印月池(いんげつち)(十三景の三) 東山から上る月影を水面に映して美しいことからの命名。 広さは約1,700坪あり、園全体の約6分の1を占めます。臥龍堂(南大島)(十三景の四) 印月池に浮かぶ南大島のことを臥龍堂とも称しています。 元来はこの島に建てられていた小さな鐘楼堂のことを指しました。 この南大島、そして縮園亭の建つ北大島、さらに回棹廊北側の築山は、北東方向から南西方向に一直線上に並んでいます。これは豊臣秀吉が築いた「御土居」の跡だといわれています。漱枕居(そうちんきょ)(十三景の十一)1865(慶応1)年再建 旅路にあることを意味する「漱流枕石(そうりゅうちんせき)」の語から採られています。 前述の縮園亭(飯店)、代笠席(茶店)とともに「煎茶三席」の「酒店」として用いられたようで、 園内に三席が完存する珍しい例となっています。双梅檐(そうばいえん) 紅梅・白梅が20株ほど植えられた梅林。 「檐」は「ひさし」の意味で、蛤御門の変(1864年)による類焼以前は、今より閬風亭(大書院)の 規模が大きく、屋根がこのあたりまでかかっていたことに由来します。閬風亭(ろうふうてい)1865(慶応1)年再建 室内は通常の書院造の間取りとは異なり、畳を外せば能が演じられるようになっていました。 1880(明治13)に明治天皇がお越しのとき、ご休息された場所でもあり、その石碑が立ちます。 「閬風」とは、中国・崑崙山脈の頂部にあるといわれる山の名前で、仙人が住むとされており、 賓客をお迎えする大書院にふさわしい名前です。石川丈山直筆の「閬風亭」扁額と徳川慶喜筆「渉成園」扁額 幕末の動乱期、東本願寺は徳川幕府に近い立場にあったため、十四代将軍・家茂、 十五代将軍・慶喜も渉成園を何度となく訪れました。園林堂(おんりんどう)1957(昭和329年再建 前述の傍花閣に対応する持仏堂。「園林」とは元来、中国宮廷に設けられた大規模な庭園の意 ですが、仏典では「浄土」をあらわす表現として用いられ、桂離宮にも同じ「園林堂」という 持仏堂があります。 堂の正面軒下には南北朝時代の禅僧・虎関師錬揮毫による「園林」の扁額が掛けれています。 室内は、棟方志功が竣工の翌年に描き上げた42面の襖絵で飾られています。 蘆庵 1957(昭和32)再建 今回の特別公開部分です。 二階席の茶室。階下は七畳で、西側に常をかまえ、二方に縁がついています。 階上は主室四畳半に、台目三畳の次の間を付しています。主室北側を板敷とし、中央に赤松の 曲木を立てて左を床とし、右脇には二重棚があります。 二方の肘掛窓(ひじかけまど)から眺望が楽しめます。 前庭の露地には珍しい形の屋根の中門が開かれています。 「蘆庵」は、江戸時代の文書では「露庵」と書かれており、中国・唐代末(9~10世紀)の 禅僧・雲門文堰(うんもんぶんえん)の言行録から「露」の一字をとり、室内にその扁額を掛けて いたようですが、現在では違う漢字をあてています。 *台目=茶室に使用される1畳の3/4の大きさの畳傍花閣を望む春日燈篭 江戸初期制作。六角形の笠の屋根には降り積もった雪が刻み出されている。門の屋根の裏 1階と2階で、会のお二人の先輩の案内を聞かせていただきました。人柄が表れた打ち解けた感じの、分かりやすい説明をされていて、お客様も大変満足されているようでした。大玄関(おおげんかん)1884(明治17)年頃移築 1880年7月、明治天皇が京都に来られ、渉成園で休息された際、本山・東本願寺の 境内に残る宮御殿とともに大宮御所から移築を約され、後に移築されてきた玄関。 秀吉を祀る豊国神社。秀吉建立の方広寺大仏及び西本願寺は、正面通と呼ばれる東西の道路で直結され、西本願寺が秀吉恩顧の寺院として存在することを都計画に上からも示しているといわれています。 徳川家康が天下を掌握した際、豊臣家の保護を受けた西本願寺と、豊臣家の聖地である豊国神社と方広寺大仏を結ぶライン、すなわち正面通を断ち切るという意図で、現在の地に東本願寺を建立させたのではないかという説があります。 そして三代将軍家光も渉成園の地を寄進して、さらに正面通を分断したのではないかということです。 先輩ガイドの説明でも、今も西・東本願寺には微妙な違いがあるといくつか例をあげて説明していました。宗門のトップは西は「門主」、東が「門首」など。その他は憶えていませんが。 「花山天文台」「渉成園・蘆庵」と濃い一日になりました。 (内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/09/28
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【2017年9月28日(木)】 「京の夏の旅」は9月30日が最終日です。まだ見学できていないところが、花山天文台、渉成園の蘆庵、大雲院です。最終日の30日に下鴨神社ガイドの慰労会が夕刻あるので、その日に回ろうと思っていたのですが、最終日というのも慌ただしいし、今朝、雨が上がったので、今日、花山天文台と渉成園・蘆庵に行ってきました。 まず、花山天文台へ。ここは公共の交通機関では行けないので、地下鉄東山駅前からシャトルバスが運行しています。しかし、頻繁に出ているわけではないので事前に時間を調べておきました。同じバスに乗ったのは約10人でした。バスが花山天文台のすぐそばまで行ってくれるのかと思ったら、そうではなく、門の前で降ろされ、緩やかな上りの砂利道をかなりの距離歩かなければなりませんでした。天文台の門 本館、歴史館で先輩ガイドの案内を聴かせていただきました。 花山天文台は「夏の旅」初公開です。というより、こういった形の観光対象としての公開が初めてです。 花山天文台は2つある京都大学理学研究科付属天文台の一つで、もう一つは飛騨天文台です。花山天文台は1929年に建設されました。建設当時は山科区の人口も少なかったのですが、次第に人口が増えて発せられる光で観測環境が悪化し、1968年に建設された飛騨天文台に主力が移りました。今は、花山天文台は研究・教育活動が中心になっています。文化財としての価値を伝え、何とか存続させたいとの思いがあるようです。本館 直径9メートルのドームを頂きます。本館内部45cm屈折望遠鏡 ドーム内には、国内で屈折望遠鏡としては3番目の口径を持つ45cm屈折望遠鏡が設置されています。この望遠鏡は昭和2年、理学部宇宙物理学教室で購入したもので、昭和4年に 花山天文台が創設されたときに移設されました。当初、口径30cmのレンズがついていましたが、昭和44年に性能向上のため、カール・ツァイス製の45cmレンズに換装されました。これにより、 焦点距離が伸びることで鏡筒が長くなり、架台とのバランスが崩れるのを防ぐための工夫が施されています。 それは対物レンズから入った光を末尾の反射鏡で受けて折り返し、鏡筒の真 ん中付近に接眼レンズを設けるというものです。このため、一般的な屈折式の望遠鏡とは少し違った外観となっています。 天体の追尾には現在でも重力時計が使われています。昔の写真 設立当初から一般公開が行われていました。本館ドームからの眺め 右が別館、左が歴史館 別館には、ザートリウス社製の口径18cm屈折望遠鏡が設置されています。 1910年のハレー彗星接近の際にドイツから輸入されました。 現役としては日本最古の望遠鏡。遠くに大阪中心部のビル群が見えます。歴史館(旧子午線館) 子午儀を用いて正確な時刻を知るための観測が行われていました。 子午儀の上の屋根が移動して開閉できるようになっています。 近年はその活躍の場を失い、解体さ れるという話がありました。しかし、子午線館が大正から昭和の洋式木造建築として、日本の建築学史上において、貴重な建築物であるとの専門家から の指摘もあり、花山天文台歴史館として修復保存されました。 子午儀と精密時計(奥の赤いロープの後ろ) 子午儀から精密時計が誤差を生じれば時刻合わせがされました。 持ち運びできる時計をここで合わせ、京大の時計台に持っていって、時刻合わせをしたとのこと。太陽スペクトラム分析装置機械式計算機修復前には河島英五のアルバム「信望」のジャケットに使われたことがあります。二等三角点(明治31年設置) 花山天文台をあとにして渉成園に向かいました(こちら)。(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。) -------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/09/28
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【2017年9月27日(水)】 清水寺随求堂勤務後(こちら)、いつもであれば、まっすぐ帰るのですが、今日は夕刻6時から、某講座の委員会があるので、歩いてその会場に向かいました。場所は室町出水上ルの京都YWCA。ここに着く頃から雨が降り始めました。 平成30年度のテーマ案と役割分担が議論されました。平成30年度は我がエリアは江戸中期です。江戸中期は京都での政治的な動きが少ない時期です。そこで、絵画を中心にテーマを設定することになりました。詳細テーマは決まっていませんが、おおまかには「琳派と伝統工芸」「若冲と応挙」で行こうということになりました。 私は新参で、補佐的な役割を担当するということになると思ったのですが、なんと座学の講師に指名されてしまいました。お断りしたのですが、最後にはお受けすることになりました。 私担当の座学は再来年の5月頃ですので、まだ1年半先です。しかし、講座自体が来年の9月スタートで、それに合わせて募集要項を決めなければならないので、まずは11月末までにテーマ・サブテーマを決定して、来年3月にはA4で1枚の内容概略を作成しなければなりません。 若冲、応挙とも予備知識は皆無に等しいです。受講料をいただいての講師ですので、質の高い内容が要求されます。手間をかけての準備が必要です。ちょっと大変なことになりました。通常のガイド、特別客員研究員の活動だけでもアップアップなのに、それに加えてこの講師。何とかやりきらなければなりません。次回委員会は11月13日の定例会の前に行うことになりました。 終わってから、軽懇親会ということになりました。家内が飲み会で、私は夕食を外で食べることになっていたので、渡りに船でした。→こちら-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/09/27
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【2017年9月27日(水)】 某講座の委員会は午後7時半頃終わり(こちら)、近くで軽懇親会ということになりました。私は家内が飲み会だったので「晩御飯、外で食べて来て。」と言われていたので渡りに船でした。 この委員会の世話役の方が使ったことのある室町通今出川を少し西に行って北側の「居酒屋林」というお店へ。1階はカウンターのみのようでしたが、2階にテーブル席があって、我々のために開けてくれました。食べログから 大衆的なお店で、一人生中2杯と肴をいくつか頼んで1200円でした。 皆さんとお別れして帰る途中、桂駅のラーメン屋さんに寄って、もう一杯、そしてお腹を満たして帰宅しました。 この委員会、皆さん気さくな方々で仲良く楽しくやっていけそうです。講師という大役をすることになり大変ですが、その点は救いです。(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/09/27
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【2017年9月27日(水)】 清水寺随求堂勤務第20日目。勤務は今日を含めて2回で終わりです。 夕方から雨の予報で、午後から雨がポツリポツリ来たときもありましたが、何とか持ちこたえ雨天対応は不要でした。 清水寺有料拝観エリア手前の見所紹介の続きです。●十一重石塔 「音羽の滝」から出口に向かって下りてきたところにある「放生池(ほうじょうち)」の近くに十一重石塔が立っています。 初層軸石(じゅくいし)の東正面に「天長地久 御願円満 奉寄進龍塔 所願成就 皆令満足」「寛永十二(1625)年・・・石大工今川」などと刻まれています。「龍塔」とありますが、古代インドから龍は仏教を守護し、とくに仏塔を守るとして崇拝されてきたことを示します。「石大工今川」は、石灯籠を含め、多くの優れた石造品を残した京都・白川の名石匠の一人です。 第二層に四方四仏を浮き彫りされています。寛永再建の清水寺荘厳のため、本堂のすぐ東側に建立されましたが、大正7年に現在地に移されました。 普通は十三重ですので、十一重は珍しいです。地震などで、上端の二重が欠落したのかも知れません。 (以上、「京都清水寺さんけいまんだら」から) いつもであれば、勤務終了後まっすぐ帰るのですが、今日は夕刻6時から、某講座の委員会があるので、歩いてその会場に向かいました。場所は室町出水上ルの京都YWCA。ここに着く頃から雨が降り始めました。→こちら(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/09/27
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【2017年9月25日(月)】 興臨院の下見をし(こちら)、金閣寺近くの「Zip Cafe」で昼食御とり(こちら)、その後、「京の夏の旅」の「本野精吾邸」を見学しました。立命館大学の東側、住宅地の細い道を入っていった非常に分かりにくいところにありました。 本野精吾(もとのせいご)は、大正期から昭和期にかけて京都を中心に活躍した建築家。その元自邸です。L字型コンクリートブロックを組み合わせ、空洞部分に鉄筋を配し、コンクリートを流し込んで造られる中村式鉄筋コンクリート(鎮ブロック)により、大正13年に建てられたもので、日本最初のモダニズム(国際様式)建築とも言われます。 本野精吾は、東京帝国大学工科大学建築科卒業後、技師として会社勤務した後、京都高等工芸学校(現・京都工芸繊維大学)の教授に就任。3年間のドイツ留学で当時ヨーロッパで盛んだったモダンデザインに強く影響を受けました。帰国後、建築家としての活動を始め、鉄骨や鉄筋コンクリートを使用し、抽象的な面と線でデザインされた機能性・合理性を追求した建築作品を発表しました。日本におけるモダニズム建築の先駆者の一人として知られます。建築のみならず、家具や舞台、船室のデザインを手掛けるなど幅広く活躍しました。 京都市内に現存する氏の建築作品は、この邸の他に、西陣織物館(現・京都考古資料館)、鶴巻鶴一邸(現・栗原邸)、京都高等工芸学校本館(現・京都工芸繊維大学3号館)。 室内に展示されている染色作品は氏の三男である染色家・本野東一(とういち)によるものです。表からの眺め裏庭からの眺めブロックむき出しの外壁L字型ブロックの説明玄関の洋服掛け1階の暖炉 人の動線が機能的になるように食堂と居間の間の仕切りを除去し、一続きの部屋になっている。暖炉に刻まれた字鍵のツマミドアのノブ このほうが力が入って回しやすい。2階へ上がる階段2階へ上がる階段の明かり取り2階の南側部屋 お二人の先輩ガイドの案内を聴かせていただきました。さすがベテラン、お上手で味があるご案内をされていました。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/09/25
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【2017年9月25日(月)】 興臨院の下見がお昼前に終わったので(こちら)、金閣寺方面に歩き、「Zip Cafe」で食事をしました。 金閣寺道バス停から金閣寺に向かう道の南側、お土産物屋さんの2階です。 席数は多くはなく、窓際のカウンター9席と椅子席が6席+5席のみです。窓から左大文字がきれいに見えます。場所がら、外国人の利用も多いようです。食事メニューはカレー、ピラフ、スパゲッティー、うどんで、種類は多くありません。価格は800円程度。私のオーダーしたのは、京漬物ピラフ。美味しかったです。 内装もメニューもさほど京都らしいとは感じられませんが、値段の点では、修学旅行昼食処の候補としてもいいと思います。 続いて、「京の夏の旅」の「本野精吾邸」を見学しました。→こちら-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/09/25
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【2017年9月25日(月)】 この9月で3ヵ月単位の勤務単位が終わり、来月から新しい3ヵ月サイクルに入ります。 勤務時期は10月日~12月17日です。この期間は私はここの勤務だけで、これに修学旅行を足しても勤務日数はそう多くはありません。少し時間的余裕ができそうで、特別客員研究員の研究に時間が割けそうかなという気がします。 新しいサイクルの勤務の前には、特別な日を設定して、説明会が行われることが多いですが、今回の興臨院では説明会は行われず、現在の拝観期間中にそれぞれで下見をするということになりました。そして新しいサイクルの全体責任者の方は、過去いっしょにお仕事をしたことがない方なので、顔合わせも兼ねて、この方の勤務日の今日に下見をさせていただきました。 朝の準備から下見をさせていただきました。今回初めて担当する同期の某さんも来られていました。今日勤務のお二人から、受付とガイドの要領を伝授していただきました。 ガイド内容については、始まる前に一通り説明を聞いた後、拝観時間になってから一般のお客様に混じって聞かせていただきました。「紙芝居」は、ほとんど使っておられませんでしたが、使ってもよいとのことなので、「紙芝居」を準備して、慣れないうちは使いたいと思います。 受付や授与品販売、ご朱印書き(日付のみ)の方法、その他色んな注意事項も教えていただきました。例えば、お客様がお帰りになるときに「ありがとうございました。」とは言わずに、「ようこそお詣りくださいました。」などと言うことなどです。 気候的には負荷の少ない時期だし、紅葉もきれいな時期です。自分自身も景色も楽しみながらのガイド期間となることが期待されます。 ガイドが始まったら興臨院の詳細を少しずつご案内するとして、今日は、外で撮影した写真だけアップしておきます。 総門前の案内 総見院と黄梅院の特別公開が興臨院と同じ10月7日にスタートしますが、ここにはまだ書かれていません。カバーで覆われたところに書かれているのでしょう。総見院が12月8日、黄梅院が興臨院と同じ12月17日までです。興臨院前の碑 奥にある瑞峰院、大慈院の名も刻まれています。興臨院前の案内興臨院表門(重文)興臨院前庭 お昼前に終わったので、金閣寺方面に歩き、修学旅行生昼食場所の下見を兼ねて「Zip Cafe」というお店で昼食をとり、(こちら)、その後、「京の夏の旅」本野精吾邸を見学しました(こちら)。 (内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/09/25
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【2017年9月24日(日)】 清水寺随求堂勤務第19日目。 昨日の土曜日が秋分の日の休日で、今日が日曜日で正味の二連休、そしてお彼岸のお墓参りのついでに参詣という方もいらっしゃったでしょう。気象庁公式記録では「晴後薄曇」と、お天気も良好でした。いつもの土日より多くの方にお詣りいただきました。 清水寺有料拝観エリア手前の見所紹介の続きです。●祥雲青龍像 西門の前には「祥雲青龍」が建立されています。毎年、春と秋に観音様の化身である16メートルの大青龍が門前を練り歩く、青龍会(せいりゅうえ)が行われています。そのお誕生から15年と清水寺門前会30周年を記念して、2015年の12月に建立されたものです。 青龍会は平成12年(2000年)の御本尊開帳を記念して始まりました。清水寺境内と門前町を「南無観音」と唱え地域守護・除災を祈願して観音加持のお練り巡行が行われます。 「清水門前会」は昭和24年の法隆寺壁画焼失事件をきかけに結成された「清水警備団」が前身です。日夜清水寺と門前町の警備に当たっています。(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/09/24
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【2017年9月23日(土)】 午後からの京都産業大学日本文化研究所・特別客員研究員の研究中間発表会(こちら)の後、場所を変えて夕刻から懇親会がありました。 場所は「がんこ高瀬川二条苑」。ここは、1611年(慶長16年)、高瀬川開削者である豪商角倉了以がその源流に建設した別邸跡にある日本庭園。高瀬川源流庭苑とも呼ばれ、庭園の一角には、江戸時代初期に小堀遠州により作られた茶庭が現存します。明治時代になって、元勲山県有朋が当地に第二無鄰菴と称される別邸を建設しました。このときに庭園は、無鄰菴を作庭した小川治兵衛により改修され、現在に至っています。山県以降は、日本銀行総裁川田小一郎らが当地に別邸を構えていました。そして、現在は日本料理レストラン「がんこ高瀬川二条苑」となっています。 ここは何度か使ったことがありますし、お庭だけ見に来たこともあります。せっかくですので、始まる前にお庭の写真を撮らせていただきました。 今日集まったのは、今年度の特別研究員の方々で今日中間発表をされた8名(私も含め。1名欠席)と担当先生8名中3名です。K所長もご出席でした。私のご担当のM先生は発表会にはご出席でしたが、懇親会はご欠席でした。 研究員の皆様にお会いするのは、7月の入所式以来です。そのときは短時間の会合でした。今日の発表会と、この懇親会で、ようやく研究員の皆さまのお顔とお名前を憶えることができました。今日出席された先生方のお顔も憶えることができましたが、お名前とはまだ一致していません。 今年度の研究員の中に、京都大学の学生さんがいます。確か二十歳だったと思います。特別客員研究員史上、最年少とのことです。K所長の、テレビ出演や新聞コラム記事出稿のよもやま話、研究員の方の自己紹介など、楽しいひと時を過ごさせていただきました。 ガイド会、そして特別研究員と、加齢とともに飲み会のお付き合いの範囲が広がっています。喜ばしいことなのでしょう。 -------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/09/23
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【2017年9月23日(土)】 今日は、京都産業大学日本文化研究所・平成29年度特別客員研究員の研究中間発表会が、京都産業大学でありましたので行ってきました。 来年の4月の最終発表に向け、中間段階で研究の進捗をアドバイザーの先生方や他の研究員に聞いてただき、意見やアドバイスを得る機会です。 私のテーマは「伏見稲荷大社とその周辺の不思議研究」です。その中でいくつかの想定テーマが考えられましたが、私の意向、担当の先生のアドバイスも踏まえ、「お滝場」をクローズアップして進めてきました。しかし、先日、私と全く同じアプローチで研究をし、かなり細かいところまで分析をしている先行研究があることが分かりました(こちら)。その後、色々と忙しかったこともあり、進捗をしていないので、今日の発表では、・テーマ選定の背景・その後の研究経過・直近の先行研究の発見・今後の進め方という流れで、正直に説明させていただくことにしました。 ガイドの仕事やプライベートでスケジュールがぎっしりで、9月に入ってから昨日までの22日間のうち、18日間が昼間フル外出でした。ですので、実質的には一昨日、昨日、今日と早起きしてでの資料準備になりました。 資料は先生方や他の研究員の方にお渡しする文章中心の資料以外に、プロジェクターで表示する資料も作りました。後者はパワーポイントで作るといいのですが、今使っている手ちのパソコンにはインストールされていないので、ガイドの「紙芝居」と同様エクセルで作成してPDF化して、PDFのフル画面表示で対応することにしました。 何とか今日出発前ギリギリに、配布資料を必要部数印刷し、プロジェクター表示用のデータをUSBに保存することができました。大学のPCを使ってプロジェクターに表示をするのですが、もしうまく動作しないといけないので、荷物が重くなりますが、私のPCも持っていきました。 発表会の集合時間は正午。早めに着いて学食で昼食をとる予定でしたが、バスの乗り継ぎが悪かったり、渋滞で遅れて、コンビニでおにぎりを買って歩きながら食べるという慌ただしさでした。おまけに大学へのシャトルバスが休みで、上賀茂神社から路線バスで大学に行かねばなりませんでした。 会場のある建物に着いたら、建物のドアがロックされていて入れません。今日は休みだからのようです。集まった他の研究員の方も右往左往。ちょうどその建物に入られる大学の方に中に入れてもらいましたが、会議室がロックされています。すでに集合時間になっています。「どうなってるんだ。」と皆さん。そうこうしているうちに、係の方がカギを持ってやってきました。渋滞で遅れたとの弁明。しかし、こういうときは渋滞も想定して早めに来るものです。内心少々憤慨。 係の方がパソコンを準備してきていましたが、トラックポイント式ですごく使いづらいもの。研究員の幹事の方が、「どなたかパソコン持ってきていませんか。」と聞くので、私のPCを提供し動作させようとしましたが、ディスプレイを認識しません。止むなく係の方が持ってきたパソコンで私提供のマウスを使ってでの対応になりました。 会社なら重要な会議でこんな準備不足を露呈すれば即査定に響きます。大学の職員ってこんな失態が許されるんだと少々驚いた次第です。係の人も特に慌てる風情もありませんでした。民間企業ではありえないです。 そんなこんなで、少し予定より遅れて発表会がスタート。最初、日本文化研究所所長のご挨拶、引き続き、9人の研究員のうち今日出席の8人の発表が、それぞれ持ち時間20分で行われました。発表時間は13分、質疑応答が7分という設定です。 質疑応答がそれほど時間をとらないので、途中でスタートが遅れた分を取り戻しました。先生方は、所長以外に2名の方が出席。全部で所長含め8人の先生が方がご担当ですが、お休みの日とはいえ、3人のみのご出席は淋しいです。私のご担当のM先生はご出席で、最後の全体講評もしてくださいました。プログラム私の配布資料私のプロジェクターでの表示資料 私の発表は、13分で話し切るには、盛りだくさんの内容で、早口で分かりにくい説明になってしまいました。反省です。でも先生や他の研究員の方々には内容を理解していただけたのではないかと思います。私は、先行研究に直面して、もがいているのですが、他の方も、まず本を読んでみました、先行研究を見つけて困っていますなど、私の状況とあまり変わらない状況で、ちょっと安心しました。 ほぼ予定通り、発表会が終わり、「がんこ二条苑」での懇親会に向かいました。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/09/23
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【2017年9月22日(金)】 下鴨神社ガイド第11日目でした。朝は、いつも阪急河原町駅から1時間ほど歩くのですが、早起きしての特別客員研究員中間発表の資料作りの時間を確保するため、バスを使いました。 今日が最終勤務日。午後は雨が降り、大炊殿のエリアでは初めて本格的な雨の中でのご案内となりました。いつもは出口から間違って入って来られるお客様がいらっしゃらないかを直接確認できる位置でご案内するのですが、その位置ではお客様に傘を差していただかなければならないので、大炊殿前の透き塀の格子から出口を見ながら、お客様には建物の庇の下に入っていただいての案内としました。私の咄嗟のアイデアでそうしたのですが、先輩方に雨の場合どうしているかを事前に確認しておくべきでした。 雨は降りましたが、平日にしては多くのお客様にお越しいただきました。最終日も特にトラブルもなく終えることができました。 7月から9月の3ヵ月で11回の勤務でした。多くの皆さんと初めていっしょにお仕事をさせていただくことができましたが、組み合わせの偶然で、ごいっしょしていただけなかった方も何人かいらっしゃいました。 夏場は特別参拝所前の持ち場では、照り返しの暑さが厳しく、大炊殿エリアでは蚊の攻撃が厳しい中でのご案内でした。小さな失敗もありましたが、皆さんの協力を得ながら、楽しくお仕事をさせていただくことができました。仲間とお客様、下鴨神社様に感謝です。 最後の特別拝観エリアのご案内です。●大炊殿エリア その4 この大炊殿エリアの見どころとして、葵の庭、大炊殿、御井、水ごしらへ場、薬草類をご紹介してきましたが、最後にこのエリアでのその他の見どころについてご紹介します。 まず、北側の板を渡した道を東に進むと、特別参拝所でご覧いただいた本殿の裏に出ます。本殿を裏からご覧いただいたり、参拝いただいたりできます。本殿の裏に続く板の道の入口の説明板本殿裏に導く板の道裏側から見る三井神社裏側から見る叉蔵裏側から見る本殿 大炊殿の西隣には、「御車舎(おくるまや)」の展示エリアがあります。ここの内容は、時間の関係で、項目の紹介にとどめていました。 手前に「唐車」が展示されています。葵祭に使われる唐車は、これよりも一回り大きな唐車になります。 その向こうには、資料の展示場があり、下鴨の地に住んだこともある、川端康成、谷崎潤一郎に関する資料を中心に展示されています。今回は、夏目漱石についての展示もありました。 漱石は京都を4回訪れています。 2回目の訪問が、1907年3月28日~4月11日で、 京都帝国大学文科大学学長・狩野亨吉に招かれて訪れ狩野宅に泊っています。 名所・旧蹟・行楽地などを見て回り、滞在中に『京に着ける夕べ』を書いています。 そばにある糺の森のことを描写しています。******* 寝心地はすこぶる嬉(うれ)しかったが、上に掛ける二枚も、下へ敷く二枚も、ことごとく蒲団なので肩のあたりへ糺の森の風がひやりひやりと吹いて来る。<略> かくして太織の蒲団を離れたる余は、顫えつつ窓を開けば、依稀(いき)たる細雨(さいう)は、濃かに糺の森を罩(こ)めて、糺の森はわが家(や)を遶(めぐ)りて、わが家の寂然(せきぜん)たる十二畳は、われを封じて、余は幾重(いくえ)ともなく寒いものに取り囲まれていた。 春寒(はるさむ)の社頭に鶴を夢みけり ********ピンボケですいません。 その奥の「三つ葉葵紋蒔絵 お駕籠」 (光が反射して見にくく、説明板の字もピンボケですいません) 一番奥に「儀装馬車」が展示されています。葵祭の前に行われる御蔭祭に実際使用しているもので、今年、たまたま観ることができた御蔭祭で見かけました。ですので、そのときの写真を使ってのご案内もしていました。(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/09/22
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【2017年9月21日(木)】 今日は、修学旅行ガイドの通算22回目、今年21回目でした。この秋としては3回目です。 今日の学校は、関東の公立中学校。 八坂神社、金閣寺の後、北野淡満宮へ。女子の一人が北野天満宮で特別展をしている刀剣の「鬼切丸」に非常な関心を示しました。「刀剣乱舞」のファンだそうです。特別展を見たそうでしたが、拝観料がいるし、時間もないので、あきらめてもらいました。中学生にも刀剣ファンがいることを認識しました。 今日の金閣 昼食は北野天満宮前の「たわらや」さんへ。お出汁が美味しいと言って、全員完食でした。 続いて車折神社へ。目的は、男子生徒の一人が「進撃の巨人」のファンで、その声優、梶裕貴、下野紘の玉垣を見つけること。私は「進撃の巨人」という名前は知っていても、声優の名前を知りません。初耳でした。私もいっしょに探しましたが、なかなか見つかりません。時間が足らなくなると困るので、社務所に行ってダメ元で「子供たちが、ある芸能人の玉垣を捜しているのですが、場所を教えていただくことは可能ですか?」と聞いてみました。案の定ダメでした。子供たちのところに戻ると、歓声があがっていました。見つかったようです。メジャーな芸能人は、芸能神社に近いところに玉垣があるのですが、彼らの玉垣はだいぶ離れたところにありました。二人並んでありました。同時にこの神社を訪れたのでしょう。 ファンの生徒が持っていた本の写真も撮らせてもらいました。「進撃の巨人」の声優、梶裕貴、下野紘の玉垣下野紘はこのキャラの声優 続いて野宮神社へ。「進撃・・・」ファンとは別の男子が「黒木の鳥居が見たい。」とのことで、この神社を選んだようです。恋愛成就でこの神社をお参りしたいとか、「竹の小経」のついでに寄りたいとかなら分かるのですが、「黒木の鳥居」を見たいとは驚きです。 そして宿に戻る頃になった、「刀剣乱舞」ファンの女子から、粟田神社に行けないかとの質問。「刀剣乱舞」の聖地になっているようです。距離も遠いし、時間もないので、「また京都に来たときに行って。」となだめたうえ、新選組ファンでもあるので、帰り途にある月真院(伊東甲子太郎らが滞在した)をちょっと覗きました。このことは知らなかったようで、喜んでいました。 今日の班は、「刀剣乱舞」ファンの生徒、「進撃の巨人」ファンの生徒、「黒木の鳥居を見たい」という生徒がおり、かつそれぞれの思い入れが半端じゃない。個性的でした。私自身も楽しくガイドができました。子供たちに感謝です。 家内は、昼間テニスで、夜はテニス仲間との飲み会なので、一人でのんびりと夕食でした。明後日の特別客員研究員の中間発表の資料が進んでおらず、今晩と、明晩で何とかしなければなりません。超焦り状態です。ブログっている場合ではないのですが、(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/09/21
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【2017年9月20日(水)】 今日は「がん」治療復帰後、第28回目のゴルフラウンド。日本に帰ってきてからは通算131回目、今年(2017年)第11回目のラウンド。 場所は「デイリー信楽」。柳生コース→甲賀コース。メンバーは同組が泰さん、谷さん、もう1組が永さん、前さん、佐輝さんでした。 時々日が射しましたが、概ね曇りで、暑くもなく寒くもなく、気持ちよくラウンドできました。柳生1番ホール Par5残り約150ヤード付近 スコア:52+52=104 ストローク:37+34=71 パット:15+18=33 前々回103、前回106、今回104とこの3回の平均が105を切りました。ストロークが68,69,71と安定しています。今日も参加された泰さんに前回いただいた「ハンドファーストがきつすぎる。」というアドバイスに基づいて、修正したのが効果があったようです。泰さんにお礼を申し上げました。 ドライバーは、距離はそれほど出ないものの、方向が安定して、ミスショットはゼロだったように思います。 FWは、チョロが1回、ダフリが2回程度あったものの、こちらも安定していました。ミスショットの原因はボールから目が離れているからかも知れません。 バンカーショットは2回。1回は出すのに3打、もう1回は2打でした。やはりフェースは開いたほうがいいのかもしれません。 ロブの寄せは、AWでの完全なミスショットが1回あった以外は、大きなミスはなかったです。ランでの寄せは、トップ気味が多かったですが、芝が短いのに救われて、結果オーライが多かったように思います。 パットは、ほぼOKの距離で2回外しました。イップスです。手首打ちも試しましたが、以前トライしたとき同様不安定のようです。ただ、中くらいの距離が、時々入ったため、トータルで33と結果は悪くはありませんでした。OKの距離を外さないようにすれば、さらなるスコアアップが望めます。 全体的には、以前のように大崩れすることはなくなりました。 コンペは最下位でした。久しぶりに山本園に寄って、かき氷をいただいて帰りました。 【スコア】【費用】ラウンド代(昼食付き):6,950円高速代:1,150円X2よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村___________________________________「日本でのゴルフ」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=7「ゴルフ他@米国」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=3
2017/09/20
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【2017年9月19日(火)】 今日は、津軽三味線のレッスンの日。夕刻以外はOFFの日。 差し迫った命題2つ。ガイド会機関誌への投稿原稿と特別客員研究員中間発表会の資料作成。 もともとの計画は、前者は今日仕上げ、後者に取りかかる予定でした。 ところが、明後日の修学旅行のルート変更の連絡Faxが午前中に入ってきました。判別行動計画が時間的に妥当かどうか、交通手段をどうするか再度検討しなければなりません。明日はゴルフラウンドで疲れて、帰ってきてから出来ないかもしれないので、まずこの修学旅行の件を対応することに。結構これに時間がかかってしまって、お昼過ぎまでかかってしまいました。 機関誌に投稿する原稿は、今日ガイド会の事務所に届けると編集委員の方に言ってあったので、今日完成させて三味線レッスンの途上届ける予定でした。しかし、今日の完成は無理です。確か提出は来月のエリア会議のときでもいいとおっしゃっていたので、メールでやりとりして、次回のエリア会議まで待っていただくことにしました。 研究員中間発表は23日なので、今日を入れて4日あるのですが、いずれも昼間は外出のため、4日間の夜の時間で発表資料を作成しなければなりません。自分の性格から、まぁこうなるだろうとは予想してはいましたが、少々ピンチです。 今日の津軽三味線レッスンは20回目。初めて河原町御池の「十字屋フォーラム御池」でありました。今まで使っていた四条河原町の「シカタビル」は耐震性の問題があり、今月からこちらでのレッスンになりました。 レッスン会場は、1階の小ホールでミニコンサートもできる広い会場です。広いからか、音響を考慮した設計のためか、音の響きは小さくなってしまいました。 そして阪急河原町駅から歩きますので、今までより往復で30分くらい時間が余分にかかります。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村-------------------------------------------------------------------津軽三味線練習カテゴリー投稿一覧http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=33
2017/09/19
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【2017年9月18日(月)】 下鴨神社ガイド第10日目でした。 台風が過ぎ去って、天気は回復方向なので、いつものように四条河原町から下鴨神社まで1時間近くかけて歩くことに。そのため、7時20分頃のバスに乗車。これで集合時間20分前の9時には着けるはずです。ところが、7時40分頃、阪急桂駅に着いて、人身事故で列車が止まっていることが分かりました。事故が起こったのは大阪方面ですが、その影響で京都河原町行きも止まっています。 運転再開は8時5分くらいとのこと。これであれば、河原町からバスに乗れば集合時間に間に合います。ですので、運転再開を待つことに。ところがしばらくして、運転再開は8時25分くらいになるとのアナウンスがありました。これでも、ギリギリ集合時間には間に合います。しかし、8時25分再開が約束されているわけではないので、さらに遅れる可能性もあります。そうなると、集合時間に間に合わないどころか、拝観開始時間に間に合わない可能性もあります。 そこで、別ルートを色々考えました。まず、家内に車で来てもらって、地下鉄のどこかの駅まで送ってもらう方法です。すぐに家内に電話。しかし、今日は剪定の庭師さんが早朝から来るので家を空けられないとのことで断念。 次の候補は、阪急桂駅からバスで京都駅に出て、地下鉄で鞍馬口まで行き、そこから徒歩。すぐにバスがあったとして、下鴨神社到着は9時過ぎ。集合時間に間に合います。バスを待つ時間が長くなると集合時間に間に合わない可能性もあるので、別のルートも検討。JR桂川駅まで約2km歩いて、JRで京都駅まで行って、地下鉄+徒歩。これであれば、集合時間直前か、チョイ遅れくらいで着けます。 このどちらかで行こうと桂駅の階段を下りたら、幸いにも京都駅行きのバスが停まっていたので、さっと乗りました。皆さん代替ルートで乗られていたので、バスは混雑していました。途中、「電車停止で、最悪集合時間に遅れる可能性がありますが、拝観開始には必ず間に合います。」と今日のペアの方に連絡を入れました。 予想通り9時過ぎには到着。十分集合時間(9:20)には間に合いました。今日のペアの方も阪急をお使いですが、ご近所の他のメンバーの方から、「阪急止まってるぞ!!」とのメールが来て、JRで来たとのことで、私より早く到着されていました。 ということで、朝の電車Stopによるバタバタは一件落着。交通費が余分にかかってしまいました。駅で何か証明をもらったらよかったのかもしれません。 三連休最終日で、時々雨がパラパラと降りましたが、概ねお天気もよく多くのお客様にお越しいただきました。涼しくなって、大炊殿のエリアでは蚊に悩まされることがなかったのが幸いでした。●大炊殿エリア その3 大炊殿の東隣の建物は「御井」です。中に井戸があります。大炊殿同様寛永5年(1628)の建築で、重要文化財に指定されています。井戸が重要文化財に指定されているのは、日本全国でもここだけだと思われます。この井戸の水を使って、神饌料理が作られていました。大炊殿の御井側の側面に木の箱のようなものが取り付けられていて、蓋がされていますが、蓋を開けて、そこに水を入れると、台所の方に流れる構造になっています。御井と「水ごしらえ場」(手前)当別拝観エリアの外の駒札大炊殿の黄色の丸の箱に水を入れると、台所に水が流れるようになっている。 そして、御井の前方には大きな石が埋まっていて、平らな表面が顔を出しています。「水こしらえ場」と呼ばれます。末刀の社(まとのやしろ)という水の神様が降臨されるという磐座(いわくら)です。ここに御井で汲まれた水を入れた桶を置いて、若水神事や御薬種神事が行われています。 この御薬酒を造るために薬草もこの庭には植えられています。掲示板に植えられている薬草の紹介がされています。背の高いものでは、「カリン」です。この「カリン」の古木は有名で、この庭は「葵の庭」と呼ばれますが、「カリンの庭」とも呼ばれています。葉の色と同じなので、分かりにくいのですが、私のガイド期間中は、カリンの薄緑色の大きな実がなっていました。咳どめの効果があり、のど飴の原料にもなっています。カリン酒は披露回復の効果があります。 その他,私のガイド期間中には、カワラナデシコ、ヤブランの花が咲きました。カリンの古木カリンの実(撮影9月13日)庭内の「葵の庭(カリンの庭)」の駒札カワラナデシコ(撮影7月28日)ヤブラン(撮影9月13日)(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/09/18
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【2017年9月17日(日)】 清水寺随求堂勤務第18日目。 清水寺に到着して、朝の準備をしていると、拠点全体責任者の方から携帯に電話があり、「暴風警報が出たら連絡するので、携帯の着信に気をつけておいてください。」との連絡がありました。会の規定で、種々特別警報または暴風警報が出た場合は、勤務を終了し、退勤することになっています。 今日は3連休の中日ということもあり、台風接近にもかかわらず、結構多くのお客様に来ていただいていました。雨も降っていないし、風もそれほど強くありませんでした。これは、いつもの土日以上に忙しくなるかもと思っていましたが、11時40分頃、全体責任者の方から電話があり、「暴風警報が出たので、受付終了して、片づけをして、速やかに帰るように。」という指示がありました。私がガイド中で、携帯着信に気付かなかったので、チームの別の方に連絡が入りました。 すぐに「台風接近により拝観終了」の表示をお守り売り場の方に掲示いただき、受付を終了し、片づけました。それほど天気が悪いわけではないのに、拝観終了となったので、終了直後に来られて入れなかったお客様の中には申し訳なかったのですが。 我々は退勤ですが、清水寺の従業員の方は勤務続行で、本堂は拝観可能のままです。お寺の方に「申し訳ないですが、お先に失礼します。」と、礼を失さないようにして、退勤しました。 公私に忙しい日が続いているので、予期せぬ自由時間ができたという点はありがたかったです。 清水寺有料拝観エリア手前の見所紹介の続きです。●「念彼観音力(ねんぴかんのんりき)」碑 西門下右手の大きな自然石を使った石碑です。元清水寺貫主・大西良慶和上の筆によるもので、「観音経」に説かれている語句です。 命に関わるような非常に危険な苦難に遭遇したとき、その代表的な13を挙げ、「彼の(かの)観音力を念じなさい。そうすれば必ず観音様の絶妙自在な神通力によって即時に助けられ解脱することができる」と説かれています。 碑の裏側には、大西良慶和上による建立の趣旨が漢文で書かれています。昭和39年の本堂大修理、昭和40年の北法相宗創立、昭和42年の本尊御開帳などなど歴史が書かれ、洗心会という京都市民の仏教修養団体での法話に300回出向し、洗心会の施捨で石碑を建て、記念とすると書かれています。昭和42年、和上93歳のときの建立です。 午後早く自宅に戻ったら、長女とベビーと長女の旦那は、名古屋に出発した後でした。明日までいる予定でしたが、台風が来る前に急いで帰ったようです。長女が里帰り出産で帰ってきたのが7月1日。8月12日に出産。2ヵ月半、我が家は賑やかでした。今日からまた家内と二人だけの生活に戻ります。(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/09/17
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【2017年9月16日(土)】 今日は昨日に続きゴルフラウンドの予定でした。M社時代のイズミ仕事関連の有志仲間の集まりです。この集まりには、お一人M社現役がいらっしゃるので、プレーフィーは高くなりますが、土日のラウンドがほとんどです。 しかし今日のラウンドは、台風接近による大雨が予想されたため、幹事さんに事前にキャンセルして、延期いただきました。延期して9月24日(日)になったのですが、私はガイドの仕事が入っているため、今回は結局不参加となります。 予期せぬOFF日となりましたが、今日から長女の旦那が我が家に滞在です。ベビーの1ヵ月検診も先日無事済み、この週末に名古屋に帰るため、迎えに来てもらいました。台風がひどくなければ明日、明日が無理なら明後日、名古屋に戻ります。淋しくなります。 さて、今年の夏は7月、8月と清水寺随求堂と下鴨神社で、ガイドの固定点勤務をしました。今年の夏は、とても暑いと感じたのですが、それが本当に気候的に厳しかったことによるのか、それとも他の要素によるものなのかがよく分かりませんでした。他の要素とは、次のような点です。・担当したガイド拠点が特に暑さが厳しい拠点だった・現役時代はエアコンが効いた室内での仕事だったし、ガイド会に入った去年は、この時期にはガイドを本格的にやっておらず、こういった労働環境は初経験 気象庁のデータベースで、7月、8月の京都市の最高気温を平年値と比べて比較してみました。赤丸で囲んだのが、修学旅行も含め勤務のあった日です。 京都市の最高気温は、全体的に平年より高めです。それに加え、私の勤務日が平年より高い日に多いことが分かります。平年より高い日が7、8月全体で71%ありますが、私の勤務日では86%。下世話な言葉で言えば「貧乏くじ」を引いた感じです。 このような労働環境は初体験であること、私の勤務箇所の環境が特に厳しかったこと、今年は全体的に暑かったこと、さらに私の勤務日は暑い日が多かったこと、このようなことが重なって、特に暑いと感じたのではないかと思います。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/09/16
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【2017年9月15日(金)】 今日は「がん」治療復帰後、第27回目のゴルフラウンド。日本に帰ってきてからは通算130回目、今年(2017年)第10回目のラウンド。 場所は「宇治カントリー」。3回目のラウンドです。ガイド会のいつもの同期のメンバーに同期のグチさん、1期上の先輩3人を含んだ2組でラウンドしました。同期の皆さんとは3回目ですが、先輩とラウンドさせていただくのは初めてです。宇治10番ホール 265ヤードPar4。左ネット付近にOB杭あり。 スコア:54+52=103(下記スコア表のスコアが申告ミスで1つ多い) ストローク:36+33=69 パット:18+17=37 前回103だったので、105未満を狙いましたが、惜しくも106でした。でも110は切れたので良しとしましょう。 前回からハンドファーストを緩め、ゆっくり引き、後ろ足に体重を移動させ、フォワードスイングで前に移動させる打ち方をして、ストロークが安定しました。距離は出ないですが。ドライバーとフェアウェイウッドは、数えるほどしかミスがなかったと思うし、アイアンもミスは少なかったと思います。 ただ、今日はラフが結構長くて、アプローチで手こずりました。ラフが短いと、トップしても方向さえ、合っていれば、そこそこいいところに転がってくれるのですが、ラフが長いと芝で止まってしまいます。ラフが長い時の打ち方が課題です。 パターもパット数37と悪くはなかったですが、ほぼOKの距離を3つくらい外してしまいました。芯でボールが打てていません。練習は行けませんが、要研究です。短いパットはクロスハンドに戻したほうがいいのかも知れません。 ダブルぺリアのコンペをしましたが、特に賞金なしです。しかし、ニアピン4ホールの中で1つニアピン賞をいただき、出資金とチャラになりました。台風が近づいている影響か、ちょっとムシムシしましたが、暑くはなく気候的にも楽しくゴルフができました。 この会を「千十一会」と命名し、これからも集まることになり、次回は12月18日となりました。【スコア】【費用】ラウンド代(昼食付き):7,800円高速代:840円X2 帰る頃に家内からメールがあり、三菱京都病院に頼んでおいた長女の書類が出来上がったので、帰りにピックアップして欲しいとのことで、三菱病院に寄りました。長女とベビーはこの週末旦那が迎えに来て、名古屋に帰ってしまいます。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村___________________________________「日本でのゴルフ」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=7「ゴルフ他@米国」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=3
2017/09/15
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【2017年9月14日(木)】 今日の修学旅行で、生徒から指定のあった、「よーじや嵯峨嵐山店」の「よーじやカフェ」で昼食をとりました。お店に事前に電話したら、午前11時からランチメニューOKとのこと。うまい具合いに11時直前にお店に着くことができ、席も空いていて、私も生徒と距離を置いて座ることができました。よーじや嵯峨嵐山店 よーじやカフェ 生徒たちが選んだところなので下見はしていませんでした。ランチメニューが1000円と、少々高価です。私は、和風オムライスを注文。混ぜご飯?を使い、お出汁に浸ったとても美味しいオムライスでした。和風オムライス 1000円は高めですが、美味しくて、「よーじや」のロゴが入ったオシボリとか、ランチョンペーパーとかもお洒落で、お店の雰囲気もいいので、生徒が1000円をOKすれば、これからも使ってもいい店かなと思います。ランチメニューサンドイッチ-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/09/14
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【2017年9月14日(木)】 今日は、修学旅行ガイドの通算21回目、今年20回目でした。この秋としては2回目です。 今日の学校は、関東の公立中学校。お天気もよく、さほど暑くなかったのは幸いでした。 嵐山で亀山展望台に行き、保津峡を眺めた後、看板を見てさらに奥の展望台に向かいました。そこから「竹林の小経」に下りる道がかなりの急勾配の悪路だったのです。雨が降った直後だったらさらに危険でした。展望台は以前ウォーキングで来たことがありますが、下見まではしていなかったので、悪路に迷い込んでしまいました。最初の展望台で、すぐ下に下りるべきでした。反省点です。 そして昼食は指定のあった「よーじや嵯峨嵐山店」へ。お店に事前に電話したら、午前11時からランチメニューOKとのこと。うまい具合いに11時直前にお店に着くことができ、席も空いていて、私も生徒と距離を置いて座ることができました。→こちら 昼食に想定外の1時間を費やしてしまいましたが、バスでなく嵐電で龍安寺に向かうなどして挽回。龍安寺、金閣寺を、テンポよく回り、生徒指定のスイーツの店「くりけっと」へ。「くりけっと」は西大路通沿い、平野神社の南西にあります。くりけっと スイーツのお店では、我々ガイドは食べないことも多いのですが、生徒たちが前もって選んだ店なので、今後のためにも店に入って、一品注文しました。レモンゼリー。ゼリーのみ、レモンを絞り、リキュールをかけてと3段階で味を楽しみました。700円はちょっとお高いですが逸品でした。レモンゼリー 女子の一人が錦市場にスヌーピーのグッズを売るお店があるとお父さんから聞いたので行きたいと言います。私も場所は知りませんでしたが、錦市場の柳馬場通西入ルに発見。「スヌーピー茶屋」というお店です。グッズもたくさん売ってますが、喫茶食事処もあり、スヌーピーをフィーチャーした料理などが楽しげです。スヌーピー茶屋2階レストランへの階段にスヌーピーの足跡 食事処やこういった場所は、生徒たちに教えてもらってレパートリーが増えていくという側面もあります。 特にトラブルもなく、無事時間通り帰って来ることができました。食事、スイーツ、お土産も含め、京都を満喫してもらったのではないかと思います。 終了後、同期の方と宿の近くのスタバで反省会(情報交換会)でした。(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/09/14
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【2017年9月13日(水)】 下鴨神社ガイド第9日目でした。 お天気もよく平日にしては多くのお客様に来ていただきました。以前、旧三井家下鴨別邸でのガイドのときお世話になったスタッフの方がお二人見学に来られました。お一人は私が特別参拝所でガイドをしているときに来られたそうですが、気が付きませんでした。失礼してしまいました。 今日は結婚式2組以外に、十二単特別拝観がありました。私が担当のときに、これがあるのは初めてです。三井神社エリアの舞殿で、巫女さんが十二単の着付けを見せ、その後王朝舞を披露します。団体での申し込みがあれば行われ、神社のホームページによると1回4万円の初穂料のようです。1回の時間は30分程度です。 この上演時は、三井神社エリアは立ち入りができなくなりますので、特別拝観所の見学が終わったお客様を、外から回って、大炊殿エリアにお連れしなければなりません。初めての経験でしたが、特に問題なく対応できました。●大炊殿エリア その2 賀茂斎院御所が応仁文明の乱で焼失したときに、大炊殿と呼ばれる社殿も焼失しました。大炊殿は平安時代の「鴨社古図」にも描かれている歴史的な建物でした。賀茂斎院御所は再建されることがありませんでしたが、この大炊殿は江戸時代初め、寛永5年(1628)に再建されました。大炊殿は神様にお供えする神饌を調理する社殿です。今ではここで神饌を作ることはありませんが、昔はここで、主にご飯やお餅などの穀物類を使った神饌を調理し、魚鳥類は別棟の「贄殿(にえどの)」、現在の御供所の一間で調理する慣わしになっていました。 神社建築の中で、この種の社殿が現存するのは非常に珍しく、重要文化財に指定されています。大炊殿 中に入ってご覧いただくこともできます。入り口の土間には竃(かまど=おくどさん)があり、中の間は台所になっており、流し台、用具類、神饌の材料などを置く所です。ここでは「大炊殿神」が祀ってあり、調理を始める前にお祓いが行われました。奥の間は、調理した神饌を盛り付けしたり、ご神前にお供えする前に配膳棚に並べておくところです。ここには神饌料理とはこういうものだというサンプルも置かれています。竈(かまど)(おくどさん)大炊殿の古写真屠蘇(とそ)神饌調理の様子(ピンボケすいません)七五三餅(複製)下鴨神社葵祭神饌(複製)御蔭祭の神饌(写真)御粥祭神饌(複製)賀茂祭舗設図 並仮建物図(かもさいいほせつずならびにかりたてものず)特別拝観エリアの外の駒札(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/09/13
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【2017年9月12日(火)】 清水寺随求堂勤務第17日目。 未明に激しい雷雨があり(夕刊で、奈良県高田市などで浸水の被害があったと知りました)、鴨川も茶色の濁流でした。 雨はましにはなりましたが、朝から雨天対応で、使い捨ての靴袋を使用。途中で激しく降る場面もありましたが、午後2時か3時くらいには止みました。修学旅行シーズンが到来し、修学旅行生の比率が高くなりました。 途中でトイレに行くため寺務所に向かうと、重そうなリュックを背負って、杖を突いた女性に呼びとめられました。「お寺の方ですか?月照さんの石碑やお墓はどこにありますか?」尋ねられました。月照さんの石碑は、このブログでも紹介したように(こちら)知っていましたので、お答えできましたが、お墓の存在までは知りません。寺務所にお連れして、事務所の方に対応をお願いしました。 持ち場に戻ってお守り売り場の方にお尋ねしたところ、月照さんのお墓は通常の参拝エリアとは離れたところにあるとのこと。清水寺の詳しいガイドブックを見せていただくと、そのように書いてありました。このガイドブックは「京都清水寺さんけいまんだら」という本で、かなり詳しく清水寺のことが書かれています。随求堂のお守り売り場には置いてなくて、ご朱印所や寺務所で販売しているとのこと。 ガイドをしていると、その女性の方が、随求堂に来られました。「ずいぶん遠かったですが、月照さんのお墓もお参りできました。ありがとうございました。」とのこと。このお墓は、子安の塔の前の谷を下ったところにあるので、杖を突いてそこまで行かれ、またこの随求堂まで戻って来られたということです。お足がお悪いのに、重い荷物を持たれて大変だったでしょうに、きっと月照さんに特別な思い入れがおありになるのでしょう。 早速休憩時間に事務所に行ってこの本を買い求めました。お守り売場の方によると、著者は学校の先生で、清水寺の学芸員をされていた横山正幸さんという方だそうです。学芸員をお辞めになる前に、集大成として書かれて本のようです。帰りの電車で読みましたが、本当に詳しいところまで、しかも全ページカラー写真や絵を使って書かれています。これ一冊あれば、清水寺のことはすべて分かるといっても過言ではありません。1500円の価値がある本です。同期のガイド仲間にも紹介するつもりです。京都清水寺さんけいまんだら月照(忍向)の墓所についての記述(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/09/12
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【2017年9月11日(月)】 午後、ガイド会の地区組月例会の後(月例会はこちら)、グループの懇親会が三条河原町でありました。 もともとこの会は8月7日の8月度の月例会の後に「暑気払い」と称して行われる予定でしたが、当日台風で月例会が延期になり、懇親会も今日に延期になったものです。 場所は、三条河原町の「アサヒビアレストラン スーパードライ京都 」。よく前は通りますが、私が利用するのは初めてです。 我々新入りには、現在の固定点、「夏の旅」の感想の披露が求められました。かなり酔いが回っていて、まとまりのない話をしたのではないかと思います。 某先輩が二次会にお誘いくださり、歩いて四条烏丸方向に向かいましたが、途中でとある理由で、失礼させていただきました。最寄駅でラーメンを啜った後、帰宅。あとはバタンQでした。アサヒビアレストラン スーパードライ京都 https://www.hotpepper.jp/strJ000040561/appearance/https://www.hotpepper.jp/strJ000040561/appearance/ (内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/09/11
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【2017年9月11日(月)】 午後から、ガイド会地区組の月例会でした。 今日の午後は長女と赤ちゃんの1ヵ月検診もありました。車で送り迎えしてあげないといけなのですが、家内も所用で午前中から不在なので、長女には申し訳なかったのですが、タクシーで往復してもらいました。せめて午前中だけでも長女を手助けしてあげないといけないと思い、午前中は出かけるのを控えました。 会での私の特記点は、下記のような内容でした。1)10月~12月の勤務は、大徳寺塔頭の興臨院のみで、勤務期間は10月7日~12月17日。2)11月の修学旅行は1件3)某講座の企画委員への就任公表 10月の第1週、12月の18日以降に仕事空白期間ができます(公募ガイドが入る可能性がありますが)。この期間が、特別客員研究員の研究を進めたり、プライベートで出来てないことをするチャンスです。しかし12月後半は、次女の出産、年末の諸事でなかなか時間がとれないでしょう。 3)は某先輩から電話で就任要請があったもの。どれくらい大変で、どれくらい時間がとられるのかは今のところ分かりません。 終了後、流れで懇親会があるので、河原町三条に向かいました。(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/09/11
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【2017年9月10日(日)】 清水寺随求堂勤務第16日目。 清水寺随求堂のような固定点は3ヵ月に一度のサイクルで担当が替わります。我々のサイクルは9月で終了で、次の10~12月の方々にバトンタッチをすることになります。 バトンタッチをする前には、次に担当する方々への事前説明会が催されます。今日がその日でした。朝の集合場所には、その説明会に参加される方々も集まられて賑やかでした。 我々もこの事前説明会は3ヵ月前に受けています(こちら)。今日もそのときと同じように始業前と始業直後の仕事の内容を見学された後、ミーティングをされていました。 今日は変化点が一つ。 我々がガイドするのは基本日本語です。外国の方々には、外国語で書かれた案内書を見ていただきます。今まで案内用に用意されている言語は、英語、中国語、韓国語、スペイン語、フランス語、ドイツ語の6ヶ国語でした。ところが結構イタリアからのお客様が多くて、イタリア語も入れると、外国語の案内が読まれる回数の順位は、感覚的ですが、中国語、英語、スペイン語、イタリア語、韓国語、フランス語、ドイツ語の順です。そこでイタリア語の案内が準備され、今日から外国語ガイドの棚に置かれました。 今日は天気の良い日曜日でした。無事に業務を終えることができました。 清水寺有料拝観エリア手前の見所紹介の続きです。●仁王門前の狛犬 清水寺の七不思議の一つになっています。 狛犬は普通「阿吽(あうん)」すなわち口を開いた「阿形」と、口を閉じた「吽形」で一対です。「阿」は宇宙や万物の始まり、「吽」は宇宙や万物の終わりという意味があります。五十音も「あ」で始まり「ん」で終わります。「阿吽」で完結するという意味があります。しかし、ここはどちらも「阿形」で口を開けているので、七不思議の一つというわけです。向かって右向かって左 しかし、もともとは「阿吽」で金銅製だったようです。それが、戦時下の昭和十七年に金属供出のため台座を残して撤去され、昭和十九年に石造のものが再建されたようです。その際に東大寺南大門に設置されている狛犬を模して造られました。東大寺南大門のものは、宋人六郎によって建久七年(1196)に造立されたものとされています。渡来した宋の工人によって造られた、中国式の獅子で、両方「阿形」です。それで、清水寺の現在のものも両方「阿形」になったということです。 台座の裏には、「音羽婦人会」(向かって右側)、「清水普門会」(向かって左側)と彫られています。これら団体による寄進により再建されました。台座背面の刻印(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/09/10
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【2017年9月9日(土)】 客員研究員の8月度の担当教授への進行報告は、二条城ガイドがあったために少し遅くなりましたが、下記のように9月3日に完了しています。長女の出産や二条城ガイドの準備で公私に忙しく、あまり進まなかったのが実状です。 今日は、もともとは午後から上京探訪の無料講演会を家内といっしょに聴きに行く予定にしていました。 しかし、9月はガイドの仕事が修学旅行も加わるため日数が多いのと、ゴルフの回数も多く、スケジュールが建て込んでおり、さらにこの前の二条城のガイドの内容を機関誌に掲載するとのことで、その原稿も20日までに書かねばなりません。そして、23日には客員研究員の中間報告会があるので、その発表内容も準備する必要があります。二条城ガイドが終わったので、一息つけるかと思いましたが、そうは問屋が卸してくれません。 そこで、あれもこれも出来ないので、2、3日前に今日の講演会聴講はキャンセルすることに決め、今朝キャンセルの電話を入れました。そして、23日の研究員の中間発表に向け、フィールドワークを企てました。ところがです。私が当面研究しようとしていた内容が、すでに他の方によってほぼ明らかになっていることがインターネット検索で分かりました。 このままフィールドワークに出かけても意味がないので、急きょ中止。担当教授に経緯を下記のようにメール送付しました。これから先生のアドバイスも得ながら、方向の修正を行わねばなりません。ちょっとショッキング。 ということで、今日は終日在宅で、午後から家内と長女が買い物に行くというので、孫のお守もしました。 明日から、研究員中間発表(23日)まで、13日ありますが、完全OFF日はゼロです。ガイド関係が9日間、私用が4日間です。中間発表の準備とガイド会機関誌の原稿作成(20日まで)を、帰宅後の時間でやり切らなくてはなりません。ピンチです。 -------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/09/09
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【2017年9月8日(金)】 下鴨神社ガイド第8日目でした。 このシリーズ、初の受付担当でした。「京の冬の旅」で今年の1~3月、妙心寺塔頭の養徳院でのガイドのとき受付を2度担当しましたが、それ以来の受付担当です。 当日責任者の先輩の方に、助言、協力をしていただき、慌てながらも、何とか想定時間内で矛盾のない締め作業ができました。 これで3回の受付を経験したことになりますが、ようやく慣れたような気がします。次回からは今回のように慌てることなく、こなせるだろうと思います。●大炊殿エリア その1 賀茂斎院御所、双葉葵 三井神社のエリアの西隣りが大炊殿(おおいどの)のエリアです。このエリアのみ屋外・屋内とも写真撮影自由になっています。 このエリアは「賀茂斎院御所」があったところです。 「斎院」について、まず「斎王(さいおう)」から説明します。斎王は、伊勢神宮または賀茂神社に巫女として奉仕した未婚の内親王(親王宣下を受けた天皇の皇女)または女王(親王宣下を受けていない天皇の皇女、あるいは親王の王女)のことです。伊勢神宮の斎王は特に斎宮(さいぐう)、賀茂神社の斎王は特に斎院(さいいん)と呼ばれました。斎宮の歴史は古く、『日本書紀』によれば崇神朝にその嚆矢が認められます。制度的に整ったものが確認できるのは上代の天武朝からです。一方の斎院は平安時代初期に始まり、鎌倉時代、承久の乱後の混乱の中で断絶しました。初代斎院は、嵯峨天皇の有智子(うちこ)内親王。最後の35代斎院は、後鳥羽天皇の皇女、礼子(れいし(いやこ))内親王です。 斎院は、紫野に置かれた斎院御所に滞在しましたが(現在の京都市上京区櫟谷七野(いちいだにななの)神社のあたり)、賀茂祭の期間は、下鴨神社内のこの賀茂斎院御所に滞在したといわれます。斎院制度が廃絶になった後、応仁文明の乱で賀茂斎院御所は焼失し、以降、再建されることはありませんでした。 しかし、この斎院は現在「斎王代」という形で、葵祭に再現されています。 葵祭では、1956年(昭和31年)に斎王にちなみ、斎王代と女人列が創設されました。斎王役は、一般女性から選ばれるので斎王の代理という意味で「斎王代」と呼ばれます。この斎王代は「一般公募」あるいはオーディション等で選ばれません。才色兼備だけでなく、一説によると2000万円と言われる費用を負担できることが条件になります(着る「十二単」の衣装も新調で自前とか)。そのため、京都ゆかりの寺社・文化人・実業家などの令嬢が推薦等で選ばれています。莫大な負担ができる家の令嬢に事実上限られるため、母娘で斎王代、姉妹揃って斎王代とか、祖母・母・子と三代続けて斎王代であるという例もあります。 毎年5月4日には斎王代禊(みそぎ)の儀が行われます。下鴨神社と上賀茂神社両社で隔年交替で行われます。今年は下鴨神社で行われ、斎王代と女人たちが御手洗池(みたらしいけ)に手を浸し清めました。5月15日の葵祭の「路頭の儀」では、斎王代は腰輿(およよ)と呼ばれる輿に乗って、祭の主役の一人を務めます。 この葵祭では、行列に参加する人の衣冠などに双葉葵の葉が飾られます。双葉葵はこの賀茂斎院御所にも自然に豊富に生っていました。しかし、双葉葵は気候に敏感な植物のようで、温暖化などにより、自然に育てることがむつかしくなっています。そのため、現在は上賀茂神社、下鴨神社内だけで賄うのが困難になり、「葵プロジェクト」と称して、全国の学校などに協力してもらって、双葉葵を育ててもらっています。そして、この庭でも賀茂斎院御所の「葵の庭」を再現しようと、双葉葵を植えて庭師さんが苦労しながら育てておられます。葵の庭フタバアオイ (撮影9月13日) もう一つ葵祭に欠かせないのが「カツラ(桂)」の木です。フタバアオイと同じように、ハード型の葉をもち、牛車を飾ったりします。この桂の木もこの庭に植えられています。カツラの木特別拝観エリアの外の駒札 帰宅途中、K歯科に寄り、今回の歯痛の最後の治療をしていただきました。1ヵ月後に点検です。(守秘義務再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/09/08
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【2017年9月7日(木)】 今日は、清水寺随求堂勤務の第15日でした。 朝から雨がショボショボ降る天気で、一日中雨が降ったり止んだりでしたので、スノコを前にもう1枚加え、靴袋も使い捨ての薄いビニールを使うなど、終日雨天仕様で臨みました。途中で雨脚が強くなったときは、随求堂が雨宿り場所と化して、たくさんお客様がお堂にいるにも拘わらず、胎内巡りをするお客さんはほとんどいないという状態になりました。 修学旅行生の比率が増えてきました。修学旅行生はどうしても賑やかなになり、他のお客様の迷惑になることが多いので、堂内での静粛に気を遣った一日でした。 清水寺有料拝観エリア手前の見所紹介の続きです。●子安塔跡 清水寺参道を上ってきた仁王門前、清水寺に向かって右側の商店街東端に、「子安の塔跡」の石碑が建っています。 今「子安の塔」と「泰産寺」は、は清水の舞台の南側、音羽の滝を谷を挟んだ丘の上にありますが、1911年まではこの地にありました。 清水寺参道の商店街の南側東端に建つ「子安の塔址碑」。 「子安の塔」は聖武天皇と光明皇后が御子の誕生を祈願し安産したので建立されたとの伝説をもち、 塔内に六センチほどの小観音を胎内に宿す千手観音を祀る安産の祈願塔として有名です。洛陽三十三所観音霊場第十四番札所にもなっています。清水の舞台の南側の丘の上に建つ「子安の塔」 清水寺への参道の途中から北に降りる坂道を「産寧坂」と呼びますが、その語源については諸説あります。この坂の上の清水寺にある子安観音へ「お産が寧か(やすらか)でありますように」と祈願するために登る坂であることから「産寧坂」と呼ばれるようになったという説が有力ですが、一方で清水寺に参拝した人がこの坂道を通る際に念願を強くし、願いが叶ったあとで観音様への御礼に再度お参りする時に通る坂であることから「再念坂」と呼ぶようになったという説もあります。(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/09/07
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【2017年9月6日(水)】 今日は、家内といっしょに近くのエミナースという商業施設に来ている巡回型の健康診断に行ってきました。以前からM社の健康保健組合を通して予約してあったものです。去年もちょうど1年前ここで健康診断を受けました(こちら)。 京都エミナースhttps://www.tripadvisor.jp/Hotel_Review-g298564-d1093304-Reviews-Hotel_Kyoto_Eminence-Kyoto_Kyoto_Prefecture_Kinki.html 私も家内もオプションで検査項目を付け加えました。両人とも「おすすめ検診コース」に「胃部X線」を追加、それに私は「腫瘍マーカー(男性用)」,家内は「マンモグラフィー(無料)」「腫瘍マーカー(女性用)」を追加。ここまでは去年と同じですが、今年はさらに「ピロリ菌」検査を両人とも加え、追加料金は私も家内も12,500円、合計25,000円でした。 腫瘍マーカーは、男性用・女性用共通マーカー:CA19-9(膵臓がん)、CEA(大腸癌、膵癌、胆管癌、肺癌)、男性用PSA(前立腺がん)、女性用CA125(卵巣がん)です。 腹囲は、去年81センチだったのが、今年は79センチとさらに2センチ小さくなりました。 去年は待ち時間もなく1時間未満で終わりましたが、今日は、結構待ち時間があって1時間半くらいかかりました。結果は、約1ヵ月後に郵送で届きます。どうか今年も異常がありませんように。 帰ってから、私は月イチの高血圧の診察で近所のO医院へ。血圧は夏場ということもあり正常値内で、いつものアムロジピン1錠1ヵ月分を処方してもらました。 胃透視のバリウムのお通じが収まったので、家内と長女はユニクロとスーパーに買い物に行ってます。私は孫ちゃんのお守です。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/09/06
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【2017年9月5日(火)】 今日は「がん」治療復帰後、第26回目のゴルフラウンド。日本に帰ってきてからは通算129回目、今年(2017年)第9回目のラウンド。 場所は「京阪カントリー」。毎月第1火曜日に行っている「京阪会」。メンバーはタニさん、マエさん、フジさん。おなじみのメンバーです。 スコア:54+49=103 ストローク:34+33=67 パット:19+16=35 復帰後最高タイのスコアでした。ハーフ49も復帰後最高タイ。ストローク68は4位タイですが、パット35で3位タイとの組み合わせで最高スコアとなりました。 ストロークで気を付けたことは、ハンドファーストを緩めること。前回のラウンドで、タイさんにアドバイスいただいたことです。それからゆっくり引き、後ろ足に体重を移動させ、フォワードスイングで前に移動させる。これだけだけです。最初の数ホールは不安定でしたが、次第に安定してきて、フォロースル―もキレイに残すことができるようになりました。アイアンは長めに持ちました。 パターも長めに持ってゆっくり引いて、ヘッド中心で当てることに気を付けました。しかし、後者はうまく行かず、それが原因と思われる距離足らずによるショートパットミスがいくつかありました。まだまだ入れないといけない距離で外すことが、3回か4回ありました。これを確実に入れることで、復帰後初の100切りも可能になってくると思います。 アプローチもそこそこでした。バンカーは2ホール目でうまく砂は弾いているものの、しっかりと振れておらずに、出すのに3つ打ってしまいましたが、それ以外は1回で出すことができました。長く持つことで、トップすることはなくなりました。 次回以降、楽しみです。 【スコア】【費用】プレー代:7,050円高速代:1,150円X2 ちょっと失敗をしてしまいました。ゴルフ手袋が傷んでいたので、以前、近くの「つるやゴルフ」で合成比皮革の手袋を2つ買い、今日初めて使いました。ところが何と、右手にはめる用(左利き用)だったのです。間違って買ってしまったようです。最初は、止むを得ず、右手にはめていたのですが、手の平/甲側を逆にはめたら、左手用として何とか使えるので、あとはずっとそうしました。手の甲側でマジックテープで止めるのですが、そこがクラブを握ったときに少し当たります。しかし、違和感はあまりありません。もったいないので、これからもこれで行きます。手の甲側(手袋は手の平側)手の平(手袋は手の甲側) 終わってからお風呂に入った後、いつもなら皆さんとラウンジで談笑するのですが、長女とベビーがいるので早く帰らせていただきました。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村___________________________________「日本でのゴルフ」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=7「ゴルフ他@米国」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=3
2017/09/05
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【2017年9月4日(月)】 本日、ブログのアクセス数が、1,400,000回に到達しました。 直近の100,000回到達の日数は58日でした。前々々回52日、前々回60日、前回62日ですので、少しペースが戻りました。 8月はほぼ毎日投稿できたし、過去の未投稿分を後付けで投稿したりしたので、ペースが少し戻ったのかもしれません。 皆さんにはお立ち寄りいただき感謝いたします。引き続き、1日1記事を目標にして投稿したいと思いますので、どうかこれからもお立ち寄りください。 よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/09/04
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【2017年9月4日(月)】 今日は、修学旅行ガイドの通算20回目、今年19回目でした。この秋としては初回です。 今日の学校は、関東の公立中学校。 朝のミーティングで、時間不足解消のために外す第一候補は相国寺にするとのことを確認しました。もともと御所を入れていたのだけれども、月曜日は開場していないので、距離的に近い相国寺にしただけのことです。特に思い入れがあるわけではないことが分かりました。 交通機関の一日乗車券については、ほとんどの学校が「市バス1日乗車券(500円)」を生徒に持たせます。場合によっては、「市バス+地下鉄の修学旅行生用1日乗車券(900円)」(大人用は1200円)を持たせるところもあります。今日は、それに加え京阪電車にも乗れる「市バス+地下鉄+京阪電車の修学旅行1日乗車券(1000円)」(大人用は無し)を全員に持たせていました。伏見稲荷がコースに入っていると、割安になるし、何よりも切符購入で時間をとられることがなくなるので助かります。この京阪も使える1日乗車券を生徒たちが持っていたのは、私は初めてでした。市バス1日乗車券(500円)修学旅行生用 市バス+地下鉄1日乗車券(900円)修学旅行生用 市バス+地下鉄+京阪電車1日乗車券(1000円) 思惑どおり相国寺以外は全部回ることができ、最後、私の歩数計は25,500歩を示していました。今までの修学旅行での私の歩数最高は、27,000歩ですので、最高に近い歩数です。生徒たち6人のうち運動部は5人でしたが、こんな長距離を一日かけて歩いたことがなく全員疲労困憊のようでした。でも、最後のほうは女子が前を歩き、お別れの挨拶のときには、全員歩き切ったという満足感が表情に現れていて、ホッとしました。 あとで気付いたのですが、南禅寺を修学旅行で初めて案内しました。こちらの紙芝居はあったのですが、修学旅行生用にはなっておらず、次回は要改善です。最後に見せる、修学旅行訪問社寺の創建年表にも南禅寺が抜けていました。これも要改善です。 今回作成した「相国寺」紙芝居創建年表 南禅寺が抜けている。(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/09/04
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【2017年9月2日(土)】 今日は一年に一度のM社のイズミ関係に携わったメンバーによるOB会と懇親会でした。今年で4回目で、第1回目は「がん」の治療中で出席できませんでしたが、それ以降は出席してきました(一昨年の日記、昨年の日記)。 場所は、いつもと同じ「がんこ曽根崎店」。 11:30からOB会をして、部屋を移して懇親会でした。これもいつもと同じパターンです。幹事はこれもいつものように、モーさんとナツさん。いつも本当にありがとうございます。 会員は41名と去年より4人増加。今日の出席は22人(しかし曜日を間違えて欠席の方がおられて結果21人)プラス現役1人。関東から4人来られてました。一昨年25人、昨年22人ですから、相変わらず盛会です。 懇親会では出席者全員の近況報告がありました。私は、観光ガイドを本格的に始め、京都検定1級を合格し、京都産業大学特別客員研究員に就任したことをお話させていただきました。初孫ができたことは、しゃべり忘れてしまいました。かなり酔っぱらっていたので、皆さんからどんな反応があったのか、よく憶えていません。 一昨年まで、よく個人的に飲み会をしていたトミさんも来られていて、ツーさんを誘ってまた飲み会をしようという約束をしたことは憶えています。とにかくワイワイガヤガヤと楽しく過ごさせていただきました。 二次会もあったかもしれませんが、長女の旦那が名古屋から来ているので、お開き後はまっすぐ帰ることに。ただ、小腹が減ったのと、大阪まで折角来たので、一人でラーメン屋に寄りました。 初めて行く店。阪急梅田駅の3階改札口から、東寄りの南に降りるエスカレータを降りて、路地を入ったところにある「らーめん あらうま堂 梅田一番街店 」。定番の「あらうまラーメン」(税込730円)をいただきました。撮影 by me食べログから 阪急梅田から帰る途中、眠ってしまいました。目を覚まして桂駅と思ったら、実はまだ淡路駅でした。現役時代よくやっていた失敗を、性懲りもなくしてしまいました。 -------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/09/02
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【2017年9月1日(金)】 今日は、長時間かけて準備をしてきた某講座での二条城現地研修講師の本番でした。 午後1時スタートですが、準備を進めるうちに、現場を再度確認したいところが出てきたので、午前中に下見をすることにしていました。 朝起きて、観ていただくためのキーワードを何か設定した方がいいと思い、急遽1枚「紙芝居」を作成、「変化 時間・空間」としました。これは準備を進めるうちに、実感として感じてきたことです。 例えば、二条城全体の所有者は徳川家→京都府→宮内省→京都市と変わっているし、東大手門は、時代とともに二層→一層→二層と変化し、清流園のある場所は初代天守、大正天皇即位大礼の饗宴場、進駐軍によるテニスコート、そして庭園と姿を変えています。さらに、二の丸御殿では、奥に進むに従って、部屋の造り、装飾が変化します。 そんな時間的・空間的変化が二条城の至るところに見られます。他の京都の文化財に比べ、そういった変化が大きい文化財だと感じたため、そういう「時間的、空間的変化」に目を向けていただいて観ていただいたら面白いのではないかと思い、このキーワードを設定しました。 午前9時頃、二条城に到着。今日ガイドするので、無料で入れてもらえるはずですが、交渉でもめたり時間を食ってもいけないので、普通どおり入場料を払って入場。まず二の丸御殿の要確認箇所をチェック。・柳の間の柳の絵→模写中で現在はなし・遠侍の虎・彪の親子の場所再確認・大広間 慶長期上中下段構成痕跡→明確な痕跡なし。説明しないことにする。・黒書院の桜の移り変わり→南面も確認可能・蘇鉄の間→狭いので黒書院で説明してしまう。 絵は今置いてある場所ではなく、出入り口にあったことも説明する。・花熨斗形釘隠し→大広間から奥・白書院襖絵 伝説歴史上人物→明確には視認できず。説明しないことにする。・黒書院、白書院の名の由来→監視の方に聞いたが、「黒」「白」の命名は明治期以降で、 特に意味はないとのこと。他では白木なので「白書院」とかあるが、 ここではそういった根拠はないとのこと。・牡丹の間の北面、西面の差→ぱっと見は分からない。説明しないことにする。・老中の間→長押上白壁、竿縁天井、六葉紋釘隠し確認。 屋外では、・釣鐘の前にイベント舞台が設置されていて、近くでの説明は今日はできない。・本丸庭園では大人数での説明できる場所ないので、本丸御殿、本丸庭園、天守閣の説明は、 天守台でまとめて行う。・北大手門への道は結界があって、手前での説明が必要。・台所、御清所は普段も外から観ることはできない。→説明はしない。 直前に下見した収穫は大きかったです。本当は、前回の下見で完了しておかなかればならないことなのですが。 あと、二の丸御殿内の説明板で録音できていないところを録音し、屋外の説明板で写真撮影できていないところを撮影しました。後日、全部の説明板について、テキスト文字に書き写したものをガイド同期のメーリングリストにアップして共有することにします。 買ってきたおにぎりで早めの昼食@城内休憩所をとった後、今日ペアを組む同期の方と12時に待ち合わせ。やがて、依頼元の担当の方が来られ、ガイド会の今回研修の全体責任者の方も来られました。さらに今回見学の同期の方2名も合流。 三々五々研修生の方も集合され、13時10分くらい前には揃って城内へ入場。東大手門を潜った先で、案内スタート。私が第1班、もうおひとかたが第2班を担当。全体で41人+手話通訳2名でした。もうひとかたの班に聴覚障害者の方がおられ、手話通訳の方二人が交替で担当されました。 最初なかなかスムーズに説明できなかったのですが、次第に落ち着いて上手く説明できるようになり、途中それほど端折ったり、慌てたりすることなく、時間通り終わることができました。屋外は、影があるところが少なく、ご高齢の方も多くて心配しましたが、京都の最高気温30.7度と、さほど高くはならなかったので何とか落後者もなく終わることができました。紙芝居では、たくさん、説明を抜かしてしまったところがありました。・東大手門の修復・東南隅櫓の「千鳥破風」名前が思い出せず。・二条城の歴史で、3将軍の将軍宣下拝賀の礼、大坂冬・夏の陣、説明せず。 現況の20年間修理説明せず。・後陽成天皇聚楽第行幸と後水尾天皇二条城行幸の類似説明せず。・二の丸御殿、唯一残る城御殿を説明せず。・二の丸御殿の奥に行くに従っての変化、表裏の変化の示唆をせず。・車寄せ欄間 鸞鳥説明せす。・虎の間 虎は霊獣を説明せず。・廊下天井がうまく説明できず。・大広間 錦鶏鳥、孔雀説明せず。・家康 将軍宣下拝賀の礼説明せず。・大政奉還の流れうまく説明できず。・白書院で、これから今まで見た部屋の裏側を見ること、表裏で違うことを説明せず。・黒書院四の間 秋の情景、牡丹の間、夏の情景を説明せず。・二の丸庭園、「八陣の庭」、御殿+庭園が残るのは二条城のみを説明せず。・本丸御殿 八条宮、現存唯一宮家御殿、皇女和宮出立、孝明天皇仮御所説明せず。 などなです。 「紙芝居」は正解だったと思います。途中の休憩で、研修生の方から「ビジュアルは分かりやすい」との評価もいただきましたし、絵図や写真は興味を持って見ていただいたようです。ときどき「へぇー」という感嘆の声も聞きました。苦労した甲斐がありました。 全体的な出来としては、私自身の期待値の70%くらいでしょうか。最初、慌てるところがあったのと、説明を抜かしてしまったところがたくさんあったためです。しゃべるキーワードは、別途メモとして書き出したため、メモと紙芝居が二重で存在する格好になりました。枚数は多くなりますが、すべて「紙芝居」にしてしまったほうがいいのかもしれません。 最後2つの班を集めて、「時間と体力がある方は、展示場や東大手門、堀川護岸の石垣銘文などを見学して帰ってください」と終了の挨拶をして、解散しました。今日の研修が最終回で、後日終了式があります。 終了後。京都中央図書館に向かい、借りていた二条城関係の本を3冊返却し、「伏見稲荷大社御遷座1300年史」を流し読みました。お滝場に関する記述は、全くありませんでした。 歯医者に寄って帰宅。6日目ぶりの晩酌。今日のガイドは、私にとっては一大イベントだったのですが、誰も「お疲れさん」とは言ってくれないので、心の中で「お疲れさん」を言って、いただきました。一大イベントがようやく終わりました。 二条城は、これから公募ガイドが入っても恐いものなしです。修学旅行ももっと深みのある案内ができるでしょう。大きな収穫のあった現地ガイドでした。 以下は、今回準備した「紙芝居」です。小さい字の分が説明メモ(私自身のための備忘メモ)です。それを入れなくても60枚を超える大作になりました。外堀門の位置南門東大手門隅櫓の位置唐門の装飾後水尾天皇行幸時 城内図徳川慶喜仮御殿天守閣想像図旧二条城石垣土蔵位置西門北・南中仕切門位置清流園域 変遷北大手門堀川護岸石垣(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/09/01
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