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【2017年7月31日(月)】 ガイド業が忙しくなるとともに、日課としていたことが色々できなくなってきました。現在日課としていることの中には、退職をして「毎日が日曜日」となったときにやり初めたこともあるので、仕事が忙しくなると、やりこなすのが難しくなるのは当然の成り行きです。 物の「断捨離」だけでなく、行動の「断捨離」も必要です。 在宅の日の散歩は、会社勤めをしているときはしていませんでした。会社の往復とバス停を3つ手前で降りるくらいで、1日1万歩くらい歩けていたし、休みの日くらいゆっくりしたいと思っていたからです。 それが、「がん」を患って、ほとんど外出しなくなったので、在宅日は意識的に一日5000歩くらい散歩する習慣にしました。ガイド業が始まってからも、それを続けてきました。しかし、修学旅行も増え、固定点の勤務では交通費節約も兼ね、できるだけ歩くようにしたため、それだけでも結構歩くようになりました。 一日の歩数を記録しているので統計をとってみました。5月、6月は14,000歩程度まで達しています。 そして体重も60kgを切るときがあります。私の身長では、ベスト体重は63kgから64kgだと思うので、これ以上減ると「やせ過ぎ」の領域に入るのかも知れません。最近人から「ちょっとやせ過ぎと違う?大丈夫?」と言われることもあります。 そこで、月平均で一日8000歩に達する範囲で、一日在宅時の散歩を抑制することにしました。すでに7月19日からそうしています。行動の「断捨離」です。 今日は長女の33回目の誕生日です。すでに先日家内と長女がいっしょに買い物に行って、家内が服などプレゼントに買ってあげたようです。今日は、それぞれ好みのショートケーキでささやかにお祝いです。あと2週間あまりでベビー誕生予定です。 よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/07/31
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今日の読売朝刊から。 使っていないひらがな「へ」「し」は何となく分かりますが、「あ」と「お」もなのですね。 棲み分けの話も初めて聞きました。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/07/31
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【2017年7月30日(日)】 N社の元仕事仲間との京都歩きの後、予約してあった、鴨川納涼床に向かいました。京都に30年近く住みながら、いつもは近くを通るだけで、初めての納涼床体験です。N社に入社しなければ、こうやって関東の方々を京都に案内することもなかった訳で、去年夏の貴船の川床にしても、今年の鴨川納涼床にしても、大げさですが、一生体験しないまま終わったかもしれません。そういった意味でも、こじ付けですが、N社に再就職したのはよかった(病気で辞めたので、実質は1年3ヵ月の勤務ですが)のではと思います。 場所は「先斗町花柳(かりゅう)」というお店で、先斗町の通りを三条側から入って、先斗町歌舞練場を少し南に行ったところです。路地を入ったお茶屋を改装した趣のあるお店です。 最初2階へどうぞと案内されて、「あれっ?」と思ったら、室内のお部屋。「床を予約したはずですが。」と言ったら、「承知しました。では階段をお降りください。床にご案内します。」 間違ったふうでもなかったので、何か変なやりとりでした。あとで考えると、予約がいっぱいで一応室内を押さえて、空きがでれば床に変更というお客様がいらっしゃって、我々を室内に案内して文句が出なければ、そのお客さんを床に案内するということだったのかもしれません。 午後5時半から予約していました。まだ暑い時間だとは思ったのですが、明日、私以外はお仕事なので、早い時間がいいと思い、この時間にしていました。お店は5時から開いているようで、すでに先客が2組おられました。 昼間蒸し暑くはありましたが、日中日照りがそれほど強くなく、床はすでに日陰になっていることもあって、暑さはあまり感じず、時折川風も吹いて、気持ちよかったです。両隣りには床がなく開放的な床で、ビルの谷間ではありますが、大文字、比叡山、南座、レストラン菊水なども望むことができました。 お料理は、「先斗町懐石」を予約してありました。税抜きで7000円と、納涼床では平均的なお値段だと思います。 皆さんお飲みになるので、アルコールを結構いただき、お会計は一人10,000円と少しでした。料理も美味しくて、料理が出てくるタイミングもちょうどよくて、お腹も結構ふくれて、景色、川風、風情を皆さん楽しんでいただいて、大満足のようでした。私も、京産大客員特別研究員に就任したことなど近況をお伝えし、皆さんからもお仕事のことなど近況をお聞きして歓談し、あっという間の2時間でした。紅葉シーズンの11月26日(日)に銀閣寺付近をご案内するということで、次回の日程設定をしてお開きとしました。回りもすっかり暗くなりました。 外に出たら、ムッとしていて、汗ばむほど。やはりその名の通り「納涼床」だということを、実感できました。 ネットから印刷したクーポンを持って行った(使えるかどうか分かりませんが)のに、見せず仕舞いだったということに、帰ってから気付き、少し情けなかったです。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/07/30
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【2017年7月30日(日)】 再就職で2013年4月にN社に入社しましたが、「がん」を患って2年で辞めました。しかし、在職中に開始した、同時期入社仲間との日帰り旅行(N社四人会)は今も続いています。 過去の行き先です。 第1回 2014年2月 北陸 山代温泉 第2回 2014年4月 京都 岡崎近辺(花見) 私の病気で中断。 第3回 2015年5月 京都 東山 六道珍皇寺など 第4回 2015年11月 京都 源光庵・大徳寺高桐院(紅葉) 第5回 2016年4月 京都 醍醐寺(花見) 第6回 2016年7月 京都 鞍馬・貴船(川床料理) 第7回 2016年11月 京都 嵐山(紅葉) 第8回 2017年4月 京都 京おどり・清水寺・高台寺 今回で9回目になります。いずれも、Sさん、Yさん、Mさんと私の4人が集まり、第2回以降は私が幹事を務めています。 今回、事前に行き先をいくつか書き出して、参加メンバーに希望を問い合わせところ、お2人は「お任せします。」とのことだったのですが、お一人が「東寺」「三十三間堂」は最近行ったことがあるので、上賀茂神社がいいとのことでした。そこで下記コースを設定しました。移動手段はバスです。 出町柳駅前 ↓ 上賀茂神社 ↓ 下鴨神社 ↓ 旧三井家下鴨別邸 ↓ 夕食 先斗町花柳 上賀茂神社、下鴨神社とも「京の夏の旅」で特別拝観中で、下鴨神社では今日まで御手洗祭でした。3つの訪問先とも、我がガイド会が案内しています。このうち、私は旧三井家下鴨別邸の案内をしたことがあり、現在は下鴨神社で案内をしています。 上賀茂神社では、神職の方に、神社の由緒を説明をしていただき、お祓いを受けたうえで、本殿を参拝します。さらに現在は楼門を修復工事中で、ヘルメットをかぶって、工事中の楼門を見学することもできます。お得感たっぷりで、皆さんに感動していただけました。 楼門で色々質問させていただきました。・檜皮は以前外国産のを使ったこともあるが、気候が違いで、反ったりして使いにくいことが分かったので、現在はすべて国内産を使っている。 ・以前は丹波産のヒノキが使われたが、今は、それにこだわると材料が足らなくなるので、現在は日本全国の檜皮を使っている。 細殿の前にある「立砂(たてずな)」についても、宮司さんの説明で、新たに知ったことがあります。 立砂の頂上に差してある松葉は、左は3葉、右は2葉の松の葉が用いられていて、陰陽道に基づいて奇数(陽)と偶数(陰)が合わさることで神の出現を願う意があるとのことです。 下鴨神社で、今日まで行われている御手洗祭は、御手洗池に足を浸して無病息災を願うことから別名「足つけ神事」とも言われています。私も初めて参加しました。 靴を脱いで、用意されているビニール袋に履物と脱いだ靴下を入れ、ズボンを膝上までたくしあげます。 受付で竹ヒゴに差されたローソクを買い求めます。御手洗池に足をつけて進み、火点け用のローソクで火を点けます。火を消さないようにして、ローソクをローソク立てに立てます。御手洗池の水が、思った以上に冷たかったです。 濡れた足を拭いて靴を履き、ご神水をいただきます。 三井家下鴨別邸の見学後、鴨川納涼床に向かいましたが、蒸し暑くて疲れたし、予約時間まで時間があったので、三条河原町のリプトンでしばし休憩しました。 納涼床での夕食は別途投稿します。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/07/30
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【2017年7月29日(土)】 清水寺随求堂のガイド勤務第7日でした。 朝、烏丸五条から歩くにしても、四条河原町から歩くにしても、清水寺に着いたら、汗だくです。勤務は支給された清水寺のTシャツを着てするので、朝来てきた服は勤務中ハンガーにかけておくのですが、帰りに着替えるときに、汗が乾かないこともあるので、今日から着替えを持っていくことにしました。 夏休みに入った土曜ということで、日本人の比率は半分程度と、今までに比べ日本人の比率が高かったように思います。今日は、夕立に降られることはありませんでしたが、蒸し暑い一日でした。無事、勤務を終えることができました。 清水寺無料拝観エリアの見所紹介の続きです。●景清爪形観音(かげきよつめがたかんのん) 清水寺の七不思議の一つです。 随求堂の前、三重塔の前の石段を上がるところに燈籠があります。この燈籠の火袋の奥にある火穴の奥面に、観音像が線刻されているといいます。 壇ノ浦で滅亡した平家の侍大将に悪七兵衛景清という豪の者がいました。景清は落ちのび、清水寺付近に潜伏し、源頼朝の命を狙っていました。彼が打倒源氏を願って心魂込め、自分の爪で石に観音を刻んだという伝説があります。 石も黒っぽく、火穴も小さいため暗くて見えませんが、晴天時には、まれに一部が見えるという説もあります。お天気に恵まれたら、ぜひお試しを。写真右の燈籠です。 (内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/07/29
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【2017年7月28日(金)】 5連続ガイドOFF日が終わり、久しぶりの勤務でした。 今日は、下鴨神社勤務の3日目。五条通を通るバスに乗り遅れ、桂駅行きバス+阪急で四条河原町に出て、歩きました。温度はそうでもなっかたと思うのですが、湿度が半端ではなく、着いたら汗だくでした。 みたらし祭が、7月22日(土)~30日(日)の期間行われており、「足つけ神事」に多くの方が訪れらています。 湿度が高く、午後からは日差しも強くなって、暑かったですが、帰る頃になって夕立になり、傘を持っておられないお客様が、特別拝観エリアから出るに出られず閉門を遅らせました。特別拝観エリアの御案内の続きです。●特別参拝所での案内 その2 神社の名前の由来と葵祭 上賀茂、下鴨の両神社は、鴨川の上流・下流の位置関係からそのように呼ばれています。同じ「かも」ですが、上賀茂神社は「賀茂」と書き、下鴨神社は「鴨」と書きます。「かも川」も一般的には、高野川と合流する鴨川デルタより上流を「賀茂川」と書き、下流を「鴨川」と書き、神社の名称と同じ関係になっています。神社の名前が先にこうなっていて、川の名前もこうなったようです。 しかし、上賀茂神社、下鴨神社という呼称はいずれも通称であって、正式には下鴨神社を賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)といい、上賀茂神社を賀茂別雷神社(かもわけいかずちじんじゃ)といいます。賀茂別雷神社は、ご祭神の名前からの名前であり、賀茂御祖神社は、賀茂別雷命の母と祖父、すなわちご先祖がご祭神になっていることからの名勝です。上賀茂神社を上社、下鴨神社を下社、両社を合わせて賀茂社ともいいます このように、神社のご祭神は日本神話と深くかかわっていますが、神社としての歴史は紀元前にさかのぼります。紀元前90年の崇神天皇(すじんてんのう)の時には、早くも朝廷による神社施設造り替えの記録があることから、それ以前の古い時代から祀られていたものと思われます。先年、糺の森の発掘調査で弥生時代の住居跡や土器が発掘され、そのことが裏付けされました。 上賀茂神社、下鴨神社、両社の祭祀が、有名な葵祭です。昔は賀茂祭と呼びました。毎年5月15日に行われています。御所を出発した行列は、下鴨神社に立ち寄り、儀礼をおこなった後、その日のうちに上賀茂神社に向かい、やはり儀礼を行って、そこでお祭が終わります。 勤務後歯医者でしたが、勤務終了がいつもより遅れたので、予約していた時間に間に合いませんでしたが、診ていただきました。私自身も、柔らかいものは両方の歯で食べることができるようになったし、先生からも腫れが軽くなっているとことでした、1週間後にまた診察していただきます。(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/07/28
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【2017年7月27日(木)】 ガイド5連続OFF日の最終日です。ロームシアターで開催の「京都創生推進フォーラム」のシンポジウムに行ってきました。無料で家内の分も含め2人分申し込んであったのですが、家内が2週間に一度の気功だったので、一人で行ってきました。 京都の町なかに行くのであれば、何かついでに済ますというスケベ根性が出ます。ロームシアター近くの府立図書館で客員研究対象の伏見稲荷の文献を物色しようと早めに出ました。琵琶湖疏水と慶流橋 岡崎エリアには、多くのレトロ建物があります。藤井斉成会有鄰館 設計:武田五一 竣工: 1926年京都市美術館 設計:前田健次郎 開館:1933年(昭和8年) 昭和天皇即位の礼記念京都市美術館別館別館 旧・京都市公会堂東館、京都会館別館 1931年(昭和6年)竣工京都府立図書館 1909年(明治42年)竣工 武田五一設計 ファサード保存 京都府立図書館に到着。ところが今日は休館日。お隣の「みやこめっせ」で、京都の伝統産業の展示物などを見学しました。今日は、京鹿の子絞りの実演をしました。京都検定のテキストに、伝統産業の解説はありますが、言葉中心で分かりにくいです。しかし、今日は現物を目の当たりにすることができ、色んな伝統産業について、より詳しく知ることができました。 昼食は、伝統産業見学前に、みやこめっせ内の「浮船」というレストランでいただきました。定食類は1000円超えますが、丼、麺類は1000円以下と、修学旅行でも使えそうです。1000円(税込)の浮舟ランチをいただきました。味は良かったです。 帰ってきてから、ガイド同期仲間で共有している修学旅行生向き食事処一覧表を見ると、このお店は掲載されていませんでした。掲載してもいいのかもしれません。 時間が来たので、ロームシアターのサウスホールへ。それほど大きくないホールで700人収容とのこと。無料ということもあり、ほぼ満員の盛況でした。 最初に茂山一門により狂言「因幡堂」が演ぜられ、その後、京都商工会議所・立石義雄氏、引き続き京都市長の角川大作氏から挨拶がありました。立石氏、角川氏とも直接拝顔させていただくのは初めてです。 その後、パネルディスカッションが「京都から考える日本文化の多様性と地方創生」というテーマでありましたが、ありきたりの内容で私にとっては、期待外れでした。 これでガイド5連続OFFが終わりました。現役の頃の夏休みのような気分を味わいました。再就職したN社では、夏休みというものがなかったので、5年ぶりの感触でした。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/07/27
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【2017年7月26日(水)】 5連続ガイドOFF日の4日目です。 長女は三菱京都病院で毎週火曜日に検診を受けるのですが、もともと昨日は私がゴルフの予定で車がないため、先生はかわってしまうのですが、今日の水曜日に予約を変更してもらっていました。しかし、昨日はゴルフの人数が集まらず、だいぶ前にゴルフは中止になっていたのに、それをダイヤリーに記載するのを忘れてそのままになっていたのです。もう一度昨日の火曜日に予約を戻すこともできたのですが、今度は家内の実家へ行く予定が昨日に入ってしまったので、結局、今日の水曜日の検診になりました。 長女には私のミスで申し訳ないことをしました。家内が今日はテニスで、友達の車で出かけたので、私が長女の送り迎えをしました。前回は、病院へ送った後、一旦自宅に戻ったのですが、戻ったらほどなく「今、終わった。迎えに来て。」と連絡があったので、今日は病院で待ちました。しかし、今日は生憎、混んでいて、薬待ちもあって、結構待ちました。 診察結果は、引き続き小さめの赤ちゃんですが、ほぼ順調とのことです。あと3週間で待望の初孫誕生予定です。 下記は、一昨日の読売夕刊の記事です。 京都のバスが外国人観光客で大混雑で、一日乗車券を来年3月から500円から600円に値上げをすることが決まったというニュースです。 その通り、修学旅行で生徒たちを市バスを使って案内していると、人気観光地に行き来するバスは大混雑です。例えば、三十三間堂が最後の訪問地で、京都駅近くのホテルに戻る場合、バスが一杯で乗れなくて、何台も待たねばならないこともあります。乗れても、大混雑で満員バスに慣れない生徒たちは可哀そうです。 修学旅行生は、バス一日乗車券は大人と同じ500円ですが、地下鉄も乗れるものは900円と大人1200円より割安になっています。しかし、この400円の差は大きく、ほとんどの学校はバスのみの一日乗車券を生徒に持たせています。従って、地下鉄で行けば便利なところ(例えば二条城)や、地下鉄を乗り継げば楽で早くなるところ(例えば、金閣寺や銀閣寺)もバスのみを使うのがほとんどです。 今回の値上げで、修学旅行生もバス一日乗車券は600円に値上がりするでしょう。修学旅行生用の地下鉄兼用が900円据え置きなら、差額は300円。地下鉄兼用が増えれば、我々ガイドも生徒たちも少し楽になりますが、差額が400円→300円では、地下鉄兼用採用割合はあまり増えないかもしれません。しかし、大人の地下鉄兼用が1200円→900円になるので、バス利用者が地下鉄に流れて、バスの混雑が緩和される分、楽になることが期待できるかもしれません。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/07/26
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【2017年7月25日(火)】 ガイド5連続OFF日の中日です。 長女が里帰り中ですが、以前、高槻の義父から「何か食べたいものある?」と聞かれて「ウナギ!!!」と答えたので、今日、実家近くの「あじとみ」というレストランを予約してくれて、食べに行くことになっていました。今日は土用の丑の日ですが、これは偶然です。 私と家内と長女の3人で実家に寄って、義父母をピックアップ。実家の近くは第二名神の工事中で景色が様変わりしています。取りつけ道路もできて、実家へのアクセスもずいぶん便利になりました。 「あじとみ」というお店は、摂津富田駅の近くにあり、私も現役時代、休みの日に会社のテニスコートでテニスの練習をしたときなど、昼食によく利用した店です。義父母と家内、もちろん長女も初めてとのこと。ウナギだけでなく、焼き鳥やなどメニューは豊富なのですが、今日は土用の丑の日でウナギしか取り扱っていませんでした。https://tabelog.com/osaka/A2706/A270604/27009521/http://shokumania.exblog.jp/24171237/https://www.hotpepper.jp/strJ000472688/appearance/ 義父がせっかくだからと特上のうな重を注文してくれました。食べログ(古い投稿ですが)によると、四万十川の青うなぎ(半天然物)のようです。注文してから炭火で焼くので、出てくるまで時間がかかりましたが、あっさりタレ味の絶品でした。タレだけでなく、ウナギ自身もアッサリの感じで、ハモの食感に近いものがありました。私も家内も長女も大満足でしたが、義父はお店が洒落た雰囲気でなく、今日はウナギしかメニューがないことも含め不満のようで、「口直しに、どこか行こうか?」と言い出す始末。お腹もいっぱいなので、どこも寄らず実家に戻りましたが。 このお店は、恐らく30年くらい前に出来たと思います。私の所属していた近くの会社の従業員もほとんどいなくなり、駅からも決して近くはなく、国道171号からも奥まったところにあり、立地は良くありません。でも、30年近く続いているので、コスパもよくて根強い固定ファンがいるのでしょう。これはうな丼https://tabelog.com/osaka/A2706/A270604/27009521/ しばし実家で談笑して、自宅に戻りました。振り返ってみると、2月以来、忙しくて実家に足を運んでいませんでした。もちろん長女も久しぶり。来月が出産予定です。元気なひ孫の誕生を見せてあげられれば幸いです。 -------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/07/25
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【2017年7月24日(月)】 昨日から27日まで、5日連続でガイド関係での外出なしです。ダイヤリーで振り返ってみたら、CVポート抜去で入院のときを除いて、ガイド関係での外出がない日が5日以上連続するのは、4月上旬以来です。3連続以上もそんなにありません。4月に3連続が1回、5月に4連続が1回と3連続が1回。6月は皆無。7月が4連続が1回。よくぞこのピーク時期を乗り切ったなぁという感じです。 今朝は、この前の歯の治療(こちら)後の診察で、K歯科へ行ってきました。前回治療後、ロキソニンを飲んだのは1回だけですが、まだ柔らかいものでも右側で噛むことができず、歯をずらせて噛み合わせると痛いです。そして、右耳や右あごのリンパ節が腫れているように感じます。そんなことを説明したうえで、診てもらいました。 化膿の進行は治まっているが、膿(うみ)があって歯が浮いているので、歯が当たってしまって痛みを感じ、それもあって顔の右側に力が入り、筋肉痛が起こっているとのこと。リンパ節の腫れではないようです。歯を削って、噛み合わせが当たらないようにするなど治療をしてもらい、次回診察を28日の下鴨神社のガイドの帰りのタイミングで予約しました。 帰宅したら、家内がテニスの試合の応援に洛西口まで送って欲しいとのこと。バスで行くと言っていたのに。はいはい、サービスします。送ったついでに、桂川イオンで買い物。まとまった買い物は久しぶりです。この3ヵ月間は、行きたくても時間がなかったし、心の余裕もありませんでした。 買ったのは、半袖のワイシャツ2枚と、カジュアルシューズ1足、つば付き帽子1つ。 サラリーマン時代の最後のほうは、夏は身体がエアコンで冷え過ぎないように、長袖のワイシャツでした。ガイドはエアコンが効いていないところでするところがほとんどなので、半袖でないと暑くてしょうがありません。数がなかったので、買い増し。 カジュアルシューズは、1足がくたびれたので買い替え。左:ダンロップ。長い間お疲れさん。ありがとう。 右:ヘルシーメニュー。これからよろしく。 帽子は、夏物は野球帽以外はパナマ帽しか持っていません。ガイドの行き帰り結構な距離歩くので、日差しを遮りたいです。ガイドの仕事では、ガイド中には被らない(会の制帽ならいい場合がありますが)ので、折りたたんでカバンの中に入れておけるものが便利です。下の写真の帽子を買い求めました。Outdoorブランドの帽子。帽子天部内側が袋になっていて、その中に畳める優れ物です。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/07/24
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【2017年7月23日(日)】 家内といっしょに三重にお墓参りに行ってきました。月に一度行くのを習慣としていますが、6月は修学旅行のガイドなどで忙しく、家内と共通のOFF日がなく断念しましたので、2ヵ月ぶりのお墓参りです。家内が車をぶつけて修理中なので、代車での往復でした。里帰りしている長女はお留守番でした。 日曜日でしたが、帰りも亀山ジャンクションまでの渋滞だったので、スムーズに往復できました。雨が心配されましたが、時々ポツポツ降ったものの大丈夫でした。 以前はお墓参りのとき、実家の中庭の草刈りをやってきました。それは賃貸したり、家ごと売却したりする可能性もあるため、できるだけ綺麗に保っておくためです。しかし、観光ガイドを始めて、そんな時間もとれそうもなく、ちょっと先にはなると思いますが、更地にしての売却を決心しました。それで、ここ何回かは草刈りなしの状態が続いています。今、庭はジャングル状態です。止むを得ません。 お墓参りの後、駐車場後ろの溝の土取りをしました。こちらのほうは固定資産税は賄えているし、溝が土で埋まって草ぼうぼう状態では、世間からも非難されるので続けています。今日も小さなビニール袋に10個くらい取りました。 写真の2つの赤線の間が、今回土取りをしたところ。その手前がすでに土取りをしたところですが、赤丸部分のように、土を取った後に雑草が生えています。2つの赤線の向こうの、土を取っていないところに比べると少なくはありますが。土を取った部分も含め、除草剤は撒いていますが、除草剤に強い品種が生えてきているようです。イタチごっこが続くのでしょう。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/07/23
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【2017年7月22日(土)】 随求堂での6回目の勤務でした。 今日は、日差しはそれほど強くなかったですが、蒸し暑かったので、こまめに休憩をとるようにしました。お客様の状況、環境を見ながら、臨機応変の対応です。 いただいた拝観料の中に100ウォン硬貨を1枚発見しました。500ウォン硬貨は日本の500円と同じ大きさのようですが、100ウォンは100円より少し大きいです。しかし、100を刻んだ側のデザインは酷似しており、注意していないと見分けはむつかしいと思います。引き継ぎ事項で注意喚起しておきました。 帰りは、烏丸五条からバス1本で帰ろうとしましたが、土曜日でバスがその時間ないことに、五条坂バス停付近まで来て初めて気付きました。暑い中、余分に歩いて四条河原町まで行き、阪急+バスで帰宅しました。まだまだ土日休日の失念があります。●随求堂のご本尊と胎内めぐり 随求堂のご本尊は大随求菩薩です。大随求菩薩は密教における菩薩の一尊で、観音菩薩の変化身とされ、胎蔵界曼荼羅の蓮華部院におられます。「随求」とは「人々の求めや願いに随(したが)って、その求願を叶えてくださる」ご利益絶大な仏様とされています。大随求菩薩 しかしながら随求堂の大随求菩薩は秘仏となっていて、直接お姿を見ることはできず、外陣の外から御前立での参拝になります。しかし、地下にはこのご本尊のお腹の中に見立てた真っ暗な回廊があり、その中を巡ることができます。 真っ暗な回廊を左手で数珠を触りながら進みます。無明解脱の道です。何度か角度を変えながら進むと、ほのかな光の中に、大随求菩薩のシンボル文字(梵字)「ハラ」を表した、菩薩の分身の石「随求石」が見えます。その石を回し、あるいは手を置いて一つだけ願い事をし、新たな気持ちで再び陽の光と出会います。随求石 平成12年(2000)、清水寺のご本尊ご開帳が行われた際、記念事業として行われ、それが現在まで続いています。本堂に向かう途中にあり、拝観料も100円(小学生以上)なので、多くの方が、この胎内巡りを訪れます。修学旅行生にも人気です。外国人向けのガイドブックにも載っていて、外国人観光客も多く訪れます。 本当に真っ暗で、経験したことのない暗さに皆さん感動して出て来られます。随求石に出会った後、手を数珠から離してしまって、入口に戻って来られる方もおられるし、あまりの暗さに恐怖心から進むことができず、あきらめて入口に戻って来られる方も多くいらっしゃいます。子供さんは泣き出すこともあります。そして特に修学旅行生は興奮して大声をあげることも多く、静かにお参りするよう促すのも我々の役目です。他の方に迷惑をかける恐れがある場合は、止むを得ず、制止をしに回廊に降りることもあります。(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/07/22
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【2017年7月21日(金)】 「京の夏の旅」下鴨神社の第2日でした。 初日よりはリラックスしてできました。暑い一日で、体力的には厳しい一日でした。 いっしょに勤務をいただいた先輩から、大炊殿の立ち位値は、常に出口が見える位置でとの指導を受け修正しました。 これから下鴨神社の勤務を投稿するとき、我々が案内する内容を紹介していきます。 まず特別参拝所です。拝観券を購入いただいた後の、最初の案内場所です。本殿は、通常参拝いただくところからもご覧いただけますが、この特別参拝所では、2つの本殿を南南西の方向からご覧いただけ、正面から見ていただくよりは、全貌がよく分かっていただけると思います。そして、エアコンが効いていて、この季節ホッと一息ついていただける場所でもあります。 特別参拝所では、下鴨神社の由緒と、本殿を中心に7分~10分程度でご案内します。●特別参拝所での案内 その1 下鴨神社の由緒 特別拝観所から左手奥に見える二棟が下鴨神社の本殿です。手前の方が西本殿で、賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)が祀られています。 奈良時代に編纂された「山城国風土記」によりますと、今の宮崎県、日向の国、高千穂峰に降臨された賀茂建角身命は、神武東征の際、神武天皇の元に赴いて、紀州熊野から大和へ至る道を先導しました。これにより天皇より八咫烏(やたがらす)の称号を頂きました。 神武天皇在位中は大和の国、葛城にいて天皇を補佐し、天皇が亡くなられた後は南山城の岡田の賀茂に閑居していましたが、その後木津川を下り、鴨川に沿って北上し、今の下鴨神社辺りに落ち着いたとされています。 その後、賀茂建角身命は丹波の国の神、伊可古夜日女命(いかこやひめのみこと)を娶り、玉依媛命(たまよりひめのみこと)をもうけます。東本殿には、その玉依媛命が祀られています。すなわち、親子で両本殿にお祀りされているということになります。 玉依媛命が鴨川で川遊びをしていると、上流から丹塗りの矢が流れてきたので、それを持ち帰り枕元に置いて休んだところ、まもなく身ごもり、男の子を生んだそうです。お父さんは誰か分かりません。やがてその子が成人になったとき、外祖父の賀茂建角身命は神々を呼び集めて七日七夜の宴を催し、そしてその子に向かって「お前の父と思う人に、この酒を飲ませなさい。」と言います。子は盃を捧げたまま、屋根を突き抜けて天に昇って行きました。天上の雷神(火雷神(ほのいかづちのかみ))が父とわかり、子は若い雷の神という意味で賀茂別雷命(かもわけいかずちのみこと)と名付けられました。そして、上賀茂神社本殿の祭神として祀られています。 このように上賀茂神社、下鴨神社の本殿には、三代にわたる神様が祭神としてお祀りされているということになります。ここで使う私製「紙芝居」。当初作成のものから字を大きくしました。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/07/21
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【2017年7月20日(木)】 随求堂での5回目の勤務でした。初の当日責任者でした。無事務めることができました。 修学旅行が終わり、夏休みが始まる前の平日ということもあり、直観ですが、拝観者のうち95%が外国人観光客ではなかったかと思います。この随求堂の胎内巡りは2000年に始まり、そのときから我がガイド会が案内を担当しているようですが、この外国人比率は、古い先輩方にとっては、隔世の感があるのではないでしょうか。 本堂より早く、午後4時で拝観終了ですが、太陽が低くなってきて、西日が持ち場の近くまで来ていました。これからの遅い午後の暑さが思いやられます。●随求堂の建物 堂は前堂と後堂、それを繋ぐ相の間で連結した構造。前堂が外陣部分となります。 前堂は楼閣風で下層の軒下正面には、盛松権体師の筆になる「随求殿」の横額がかかっています。 千鳥破風の正面白壁には、珍しいこて絵の龍が描かれています。 後堂は内陣で、ここにぱ秘仏ご本尊の大随求菩薩を納めた大厨子があります。相の聞には清水型千手観音、十一面千手観音、大聖歓喜天などが祀られています。 地下部は「胎内めぐり」となっていて、ここの案内を我がガイド会が担当しています。外陣・内陣ともに非公開ですが、外陣の外から、外陣や内陣をご覧いただき、参拝をしていただくことはできます。 随求堂の左手(北側)に旧慈心院の空き地広場があり、ここに『中興堂』があります。京都清水寺の貫主を務められた大西良慶和上(1875-1983)をおまつりしています。良慶和上の十三回忌の平成七年(1995)に建立発願され、同九年に落慶しました。中尊寺金堂風の宝形造りで清水寺では新しいお堂です。(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。) -------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/07/20
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【2017年7月19日(水)】 1週間前くらい前から右の奥歯が痛く、2~3日前からは、我慢しづらい痛みになったので、ロキソニンを飲んでいます。3連休明けの今日、午前中に、行きつけのK歯科医院に行ってきました。 レントゲン写真を撮って診ていただいたところ、以前5月上旬に痛くなったところは、右下親知らずから2番目で、歯が慢性的な炎症で痛くなったとのことですが、今回は親知らずの根元が化膿しているから痛みがあるとのこと。 被せものを取って神経を抜いていただきました。抗生物質(セブソン)と鎮痛剤(ロキソニン)をいただいてきました。次回は7月24日です。このところ歯痛が続きます。ガイド業が多忙で、体力が落ちているためかもしれません。 午後は、長女が三菱京都病院検診。家内が外出のため、私が送り迎えをしました。赤ちゃんは体重が軽めですが、順調のようです。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/07/19
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【2017年7月18日(火)】 今日は、津軽三味線始めて1年と6ヶ月目のレッスン日でした(18回目)。 今日はゴルフラウンド(こちら)とダブったために、ゴルフ場からそのまま駆け付けました。朝、ゴルフバッグといっしょに三味線も車に積み込みましたが、三味線は暑さや湿気に弱いので、ゴルフラウンド中は、ロッカールームに保管。終わってから、ゴルフバッグといっしょに車に積み込み。 コンペの表彰式に出席しても、まだまだ時間があったので、大津カントリー最寄りの笠取インターから京滋バイパスに乗って、宇治東インターで降りて、教室のある四条河原町まで地道で行きました。 横大路あたりで大変なことに気付きました。ゴルフ場の駐車場で、ゴルフバッグといっしょに三味線のケースを積み込んだつもりだったのですが、よく考えると運転席と反対側の車外に一旦置いて、ゴルフバッグだけ積み込んで、三味線ケースはそのまま放置してゴルフ場を出てしまったことに気付きました。 ゴルフ場に電話して、駐車場まで探しに行ってもらったところ、黒い細長いケースが置いてあったとのこと。ほっと一息。東の空を見ると、真っ暗だったので、「雨は降ってませんか。」と聞いたら、「今降り始めたところで、ちょっと濡れた程度です。」 とんぼ帰りでゴルフ場に取りに行きました。途中土砂降りの雨。タッチの差で、大枚叩いた三味線がずぶ濡れにならずに済みました。 また京都に向かい、河原町四条近くのコインパークに車を停めてレッスン会場へ。15分遅れくらいでレッスンに参加できました。 今日のレッスンで、次の課題曲をいただきました。去年の12月にいただいた課題曲「よされ節(イントロ)」以来の新課題曲です。 今回の曲は「よされ節(歌部分)」です。前回、先生から「次回、次の課題曲を渡す。」と言っていただいたのですが、お忘れになっているようで、レッスンの最後に私からお願いしていただきました。従って、先生の模範演奏は聴けていません。番号の順番に演奏するようですが、譜面が読み切れません。譜面だけで練習したうえ、次回模範演奏をしていただいて修正です。 四条河原町のシカタビル8、9階の「十字屋カルチャーセンター」でレッスンを受けてきましたが、耐震工事のため閉鎖になり、来々月からは河原町御池の「ジュージヤ・フォーラム御池」でのレッスンになります。自宅からはより遠くなります。 よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村-------------------------------------------------------------------津軽三味線練習カテゴリー投稿一覧http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=33
2017/07/18
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【2017年7月18日(火)】 今日は「がん」治療復帰後、第25回目のゴルフラウンド。日本に帰ってきてからは通算128回目、今年(2017年)第8回目のラウンド。 場所は「大津カントリー東コース」。今日は、C&C会コンペで、もともと6月21日に予定されていたのを、雨で今日に順延していたものです。このコンペは5回目、私は2回目の参加になります。ガイド業で忙しく、今回も前回ゴルフから練習なしでの本番になりました。 今回の参加は9名で、3人X3組でのラウンドでした。私は、事業部時代の先輩の中さん、初めてごいっしょいただく河さんとの組でした。 スコア:58+60=118 ストローク:40+42=82 パット:18+18=36 トータル118。 またまた120に近いスコアを出してしまいました。パットは36と悪くはなく、一時のひどいイップスは脱した感がありますが、それでも1メートル以下のOKに近いパットを2度くらい外すなど、イップスの傾向は残っています。 ひどかったのがストローク。OBなどトラブルショットが6もありました。それに加え、フェアウェイウッド、アイアンもチョロ、ダフリが多発でした。これからも、練習なしで、本番になると思うので、本番でスコア向上を図るしかありません。いっしょにラウンドした河さん(今回89とお上手)に、最後のほうでアドバイスをいただいたのが、アドレスのときハンドファースト過ぎるとのこと。意識的にしているのですが、意識するあまり、度が過ぎているのかもしれません。次回少し緩めてみます。 ガイドで4連続出勤のあとのラウンドで、暑い一日でしたが、何とか元気に回り切ることができました。途中1ホールは夕立にも見舞われました。 コンペのほうはブービー賞。次回幹事を優勝者、ブービー賞者で務めることになっていますので、横さんと幹事を務めることになります。 長女は、この日三菱京都病院での検診予定だったのですが、私が車を使うため、明日に変更してもらいました。部長先生に診てもらっているのですが、そのために別の先生になります。そこまでしてもらったのに、このスコアは情けないです。 【スコア】【コンペ結果】【費用】8,416円(昼食含む)+参加費1,500円(バック1,000円)高速代:1,150円+210円+560円+1080円 コンペの表彰式が終わって、そのまま三味線のレッスンに向かいましたが、そこで大失敗。高速代が余計にかかっているのも、そのためですが、こちらのほうは三味線レッスンの投稿の方に書きます。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村___________________________________「日本でのゴルフ」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=7「ゴルフ他@米国」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=3
2017/07/18
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【2017年7月17日(日)】 「京の夏の旅」下鴨神社の初日でした。特別公開はすでに7月8日からスタートしていますが、私の勤務今日が初日です。7~9月は清水寺随求堂が月に7日程度、下鴨神社が月に4日程度の勤務になります。 交通機関は、今朝は、五条通を通るバスで烏丸五条まで行き、そこから歩いて五条河原町へ。そして市バス205番の反時計回りで、下鴨神社前で降りました。確か1時間15分程度で着いたと思います。往きはこのルートにしようと思います。帰りも平日はその逆ルートにしようと思いますが、土日は五条通を通るバスの本数が1時間に1本になるので、今日は、市バス205番を四条河原町で降り、阪急+京阪京都交通バスで帰りました。 ガイドの方は、用意した紙芝居を使って、ほぼ標準説明内容に沿って説明しました。最初はやはりたどたどしさがありましたが、次第に慣れ、午後からは、ほぼ問題なくできました。 昼食時の対応や交替時間の調整で一部反省点もあいましたが、何とか一日終えることができました。そして暑い一日でした。祇園祭前祭の山鉾巡行の日で、京都が最も熱くなる一日でもありました。夕立がありましたが、バスに乗った後だったので助かりました。 特別拝観の範囲1:西本殿、2:東本殿 3:霊璽社 4:叉蔵(あぜくら) 14~19:三井神社、唐門 20:大炊殿 (内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/07/17
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【2017年7月16日(日)】 随求堂での4回目の勤務でした。交通費が余計にかかりますが、この暑さと体力を考え、朝は五条烏丸から歩く(交通費片道300円)のでなく、四条河原町から歩きました(430円)。 休みの日は、家族連れが増えるためか、日本人の比率が多少上がるようです。それでも、外国人の比率は50%超だと思います。 作業、案内ともほぼ問題なくできるようになりましたが、今日は夕刻にわか雨が降ってきて、私にとって、初めての雨天対応となりました。先輩方に教えていただいて、雨天対応も把握することができました。 朝の随求堂。西面しており、朝日を背にしています。●随求堂の歴史 随求堂は、清水寺塔頭の一つであった「慈心院」の本堂にあたるところです。 慈心院は、もとは室町時代以前から「轟坊」の名で存在しました。桃山時代、太閤秀吉が特に信心篤く、後継男子の出生を祈願し、寺領を寄進して、「慈心院」となりました。 江戸時代に入ると、執行職(住職)の宝性院に次ぐ寺第二の役職・目代職の有力塔頭となりました。しかし、その後衰微します。江戸時代中期、享保年間、慈心院を建て直すため、大坂和泉の安楽寺の盛松権律師という僧が、享保3年(1718)清水寺に入寺しました。盛松権律師は塔頭慈心院の復興のため、享保20年(1735)、本堂として随求堂を再建しました。ご本尊大随求菩薩は同18年(1733)に開眼供養して祀られました。 ところが、慈心院そのものは明治の廃仏毀釈の波をこうむり、なくなってしまって随求堂のみが残ることになりました。 帰りは、まだ雨が降っていたので、四条河原町まで歩き、阪急+バスで帰宅しました。 帰宅したら、長女の旦那が名古屋に帰った直後でした。家内と長女と旦那で、安産祈願で有名な梅宮神社にお参りして、やはり初ベビーの次女の安産お守りを買ってきたとのことでした。(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/07/16
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【2017年7月15日(土)】 午前中、7~9月にガイドをする「京の夏の旅」下鴨神社の下見をしてから(こちら)、京都アスニーの京都学講座の聴講をしました。京都学講座は、事前申し込み必要なしの、無料のセミナーです。 「重要文化財の保存と活用について」と題しての、京都市文化財保護課 松浦大輔さんのお話でした。講師の方はずいぶん若いお方でした。 とりあげられた事例が「二条城」と「旧三井家下鴨別邸」でした。「旧三井家下鴨別邸」は、4~6月の固定点ガイドで担当したところだし、「二条城」は9月1日に、「京都ウェルカムサポーター養成講座」で現地ガイドとして担当するところなので、是非ともと思い聴講しました。 事前に旧三井家下鴨別邸で同時に勤務した方々や、同期のガイドの方々にも案内をしていました。会場でお会いしたのは、下鴨別邸の担当だったときに責任者だったNさん♀、いっしょに仕事をした同期のMさん♂だけでした。あと、スタッフの責任者の一人Tさん♂も来られてたし、ボランティアで来られていた方もお見かけしました。 ●二条城のお話で新たに知ったこと。・二条城は史跡に指定されているが、そこには周辺の堀川通なども含まれる。<唐門について>・重要文化財の唐門について、瓦屋根なら耐用年数は50年から60年だが、檜皮葺きなので20~30年しかない。丹波産の檜皮が使われる。・西に龍、東に虎が彫られている。守護神と考えれる。京都の四神相応とは何故か逆・蝶と牡丹が彫られている。蝶は長寿を表す。・南側に蓬莱山を載せた亀が彫られている。 蓬莱山は中国、古代における想像上の神山。仙人が住み、不死の薬をつくっているとされた。・北側には亀に乗った仙人が彫られている。 この仙人は黄安(こうあん、通称:亀仙人)。前漢・武帝の時代の仙人。3尺もある亀に乗っており、その亀は3000年に1回しか首を出さなかったと言われる。黄安は5回出したのを見たといわれ、単純計算でも黄安は1万5千年生きたことになる。・妻には3体の唐獅子×両側。領域を守る動物。・垂木鼻先金具で,菊紋の下に葵紋を発見。前回修理(昭和48年~50年度)で破風飾金具の菊紋裏に同様の葵紋があることは知られていたが、この部分に関しては新発見と言える。・唐破風の漆は日光で白くなっていたので、塗り替え。30工程に及ぶ。塗って塗ってを繰り返す。<東大手門について>・H26年度~H28年度に修理。前回の修理は昭和25年。・漆喰塗り 火に強い。蔵などに用いられる。石灰、紙すさ、糊を混合。・平瓦と丸瓦を組み合わせた本瓦葺き。下に土居葺きがあったが、屋根が重くなるので、のじ板に変更。●旧三井家下鴨別邸について新たに知ったこと 我々がガイドをする中で知った知識以上のことは、多くはありませんでした。・近代和風建築の特徴の一つは、木の組み方の進歩や、鉄材の使用なので、大きな開口部をもつ建物が作れるようになったこと、・柱を露出させた、真壁造り。漆喰塗り。一部灰色の漆喰で鼠漆喰と呼ばれる。・昭和10年に京都大洪水で床上浸水。昭和40年に拡張工事。このときアルミサッシがはめられた。 下鴨別邸の説明では、最後に講師の方が、「現在公開しており、ガイド会の方が玄関棟で案内してくださいます。2階は8月に期間限定で特別公開されます。」と、我々の仲間がガイドをしている写真を見せて紹介してくださいました。しかし、最後の質疑応答で、「公開は8月のときだけですか?」という質問も出て、常時公開されているということの認知度がまだまだ低いようです。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/07/15
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【2017年7月15日(土)】 7~9月の固定点ガイドは2つ。通常固定点の清水寺随求堂と「京の夏の旅」の下鴨神社です。清水寺随求堂は連続的にガイドがありますが、「京の夏の旅」は7月8日から始まり、9月30日まで。私の初勤務は7月16日となっています。2日後に初日を迎えるので、今日、下見に行ってきました。 通勤経路も考慮して、五条通を通るバスで行って、西大路五条で降りて、時計回りの205番のバスに乗り継ぎ、下鴨神社前で降りました。片道1時間半かかりました。時計回りのバスだと歩く距離は少ないですが、遠回りになるので、時間がかかったようです。五条通を通るバスで烏丸五条まで行って、そこで降りて、河原町五条まで歩いて、反時計回りの205番に乗るほうが早いかもしれません。そして適当な歩行距離でもあります。 以前は、下見に行っても、ほとんどが面識のない方ばかりだったのですが、過去の勤務などを通して、面識のある方が増え、下見もずいぶんやりやすくなりました。同期の方一人も下見に来ておられました。朝のミーティングから参加されたそうです。 特別参拝所、三井神社、大炊殿とも複数の方のガイドを聞きましたが、3箇所とも、今回の責任者の方の案内を聞くことができました。分かりやすく、素直で癖のない説明をされていました。私の目指すスタイルに近く、かつ標準版にはない内容も加えて、厚みのある説明をされていましたので、とても参考になりました。最初は、標準版に忠実に話すとしても、慣れてきたら、そういった内容も加えたいと思います。案内の看板 タヌキなどの漫画は「有頂天家族」から。 お昼過ぎに下鴨神社を出て、午後からの京都アスニーの「京都学講座」に向かいました。→こちら(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/07/15
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【2017年7月15日(土)】 今日は、午前中、この7月から3ヵ月間、「京の夏の旅」でガイドする下鴨神社の下見、午後から、京都アスニーでの京都学セミナーに出席して、夕刻に帰宅しました。 長女が出産のために7月7日から里帰りしていますが、旦那が今日、明日と我が家に滞在です。私が帰宅したら、すでに来宅済みでしたが、長女夫妻は近くの西松屋に買い物に行っているところでした。西松屋は、私がM社を早期退職後、再就職したところです。がんを患って2年で辞めましたが、こうやって娘と娘婿が西松屋のお世話になるのは、感慨深いものがあります。やがて、色んなものを買って帰ってきました。 夕食は、せっかくなので外にすることにし、娘が身重なので、近いところにして、向日町の「大拙」という焼肉屋が予約してありました。家内には申し訳ないけど、運転手をお願いしました。家内が友達に教えてもらったところですが、こじんまりとした洒落た焼肉屋さんでした。https://tabelog.com/kyoto/A2607/A260702/26004773/ 17日は休日出勤とのことで、旦那は明日帰るとのこと。長女の出産は1ヵ月後の予定です。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/07/15
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【2017年7月14日(金)】 清水寺随求堂勤務の第3日目でした。 通勤はバス1本で烏丸五条まで行って、そこから歩くことを基本にしようと思っています。歩きは、往きは上り坂なので40分くらい、帰りは下り坂なので35分くらいかかります。 この暑い中、体力的にしんどいので、バスを乗り継いで、歩きを少なくできないかと思い、今日は試しに五条大宮で降りて、207番のバスで清水道まで行ってみました。往きは10分くらい短縮できそうです。帰りは試してませんが、渋滞が激しいので、あまり変わらないか、ひょっとすると歩きのほうが早いかもしれません。 毎朝コンビニに寄って、昼食のおにぎりを買うのですが、今朝は違うルートを試したこともあり、うっかりして忘れてしまいました。同じ勤務の方が、「近くの梅山堂の地下の食堂なら、清水寺関係者は半額になるそうだよ。」と教えてくださいました。しかし、参道のお土産屋さんのどこかに、おにぎりくらい売っているだろうと思い、かなり下りたところまで探しながら行ってみました。ところが、売っている気配はありません。止むなく戻って、教えていただいた梅山堂の地下の食堂に行ってみました。 店の方が、私が清水寺のTシャツを着ているのを見て、「清水寺関係者の方は、半額になります。ただし、先にお会計をしていただき、食べ終わった食器はご自分で返却口まで運んでいただきます。」とのこと。きつねうどん700円を注文し、350円で食べることができました。昼食時間の目安30分ギリギリで持ち場に戻れましたが、おにぎりを探しに下りることをしなければ、余裕で間に合いました。近くで働いておられる清水寺の方によれば、混んでいる場合は、断られることもあるようですが。 テレビ番組で、清水寺の参道の商店街は、清水寺で成り立っているので、清水寺の消防隊を結成したり、夜の見回りをしたりして、奉仕しておられるというのを視たことがあります。半額サービスもその一環なのかもしれません。 暑さが厳しい一日でした。 写真は、今朝の出勤途上の「八坂の塔」の東側からの眺め。修学旅行生を清水寺に案内するときは、清水道のバス停で下りて、少し遠回りになりますが、八坂通から上がります。八坂通に入ると、見上げる感じでパッと八坂の塔が目に入り、感嘆の声が上がります。そして、塔を行き過ぎたところで、「せーので振り返って!!」と促します。振り返るとこの景色が目に飛び込んできて、2回目の感嘆の声があります。京都の絶景スポットの一つです。 八坂の塔は、正式には法観寺。臨済宗建仁寺派の寺院。伝承によれば五重塔は592年に聖徳太子が如意輪観音の夢告により建てたとされ、その際仏舎利を三粒を収めて法観寺と号したといわれます。五重塔は永享12年(1440年)の再建。高さ49mで東寺、興福寺の五重塔に次ぐ高さ。浄蔵貴所(じょうぞうきしょ・平安時代中期の天台宗の僧侶)が、この塔の傾きを法力でなおしたという故事があります。八坂の塔 二年坂、三年坂も、早朝はほとんど人がいません。二年坂三年坂(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/07/14
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【2017年7月13日(木)】 今日は一日終日在宅の日。7月になってからは、CVポート手術から退院した後の、7月6日以来の終日在宅です。 「京の夏の旅」の担当は下鴨神社です。初日が7月17日(海の日)で4日後です。明日からの3日間、随求堂勤務、講演会聴講+長女の旦那来宅、随求堂勤務となっており、時間がありませんので、時間がかかる「紙芝居」作成を今日やってしまいました。 我々新人は、まず標準説明内容に忠実に作成しました。3箇所での案内があります。・特別参拝所・唐門~三井神社・大炊殿 標準説明内容は目安の説明時間の内容になっているので、それに忠実に説明すれば時間のほうは大丈夫でしょう。 「紙芝居」は自分流のものを作成してOKとのことでしたので、下記のようなシンプルなものを作成しました。ただ、説明する部屋の大きさに対して、字が小さいので、A4で1枚なのを、A4で2枚の見開きくらいに大きくしないといけないかもしれません。特別参拝所唐門~三井神社大炊殿(賀茂斎院御所跡) 5月16日(土)の午前中に、下見に行く予定です。過去のガイドでは、「紙芝居」作成で精一杯で、「しゃべり」は下手くそな様態でスター尾でした。今回は、最初から上手く「しゃべり」ができるようにしたいものです。 家内はテニス、そして気功を終えて帰ってきました。夜は飲み会でまた外出です。気功での駐車のとき車を擦ったので、相手方車も含め保険で修理です。また等級が下がって保険料がアップします。トホホ。(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/07/13
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【017年7月12日(水)】 清水寺随求堂2日目の勤務でした。 朝の準備、夕刻の片づけ、1回目よりは慣れましたが、まだ理解できていない部分も多いです。あと2、3回すればマスターできると思います。 お寺の方も近くで勤務されており、何かあれば、アドバイスをいただくのですが、今日はTUさんを通じて、もう少し説明を分かりやすくというアドバイスを受けました。自分では気づかない部分があるのでしょう。真摯に受け止めて、修正していかねばなりません。 修学旅行のシーズンが終わり、慣れも手伝って、1回目の勤務よりは余裕ができましたが、蒸し暑さは相変わらずで、朝の汗が完全に乾くことがなく、帰りの歩きでまた汗をしこたまかきました。雨が降らなかったのが、せめてもの幸いです。 今日は、五条烏丸からの歩きでの往復でした。往きは登り坂で、45分くらい、帰りは下り坂で35分くらいという感じでしょうか。暑い時期、かなりしんどいですが、雨が降らない限りはこれでいきたいと思います。 写真は通勤途上の五条通にあるレトロ建物です。京都中央信用金庫の東五条支店です。場所は五条大橋を東に行った北側です。 明治のたばこ王といわれた村井吉兵衛が起こした村井兄弟商会に関連した建物で、旧・村井銀行五条支店です。石造り2階建て。 建築:1924(大正13)年 設計:吉武長一 吉武長一が京都で手がけた建物としては、他に旧東邦生命、閻魔などがあります。特徴は、彫りの深いアーチ窓、屋上の石材による装飾の手摺などの重量感、柱が強調された意匠などです。(守秘義務再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/07/12
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【2017年7月11日(火)】 先日から準備や下見をしてきた、祇園祭鉾建てのガイドの日でした。 今日は、直前まで紙芝居の準備。約40枚に及ぶ大作になりました。鉾建てだけではなく、祇園祭の歴史、巡行以外の行事、組み立てが終わった状態の山鉾の説明もしなければなりません。目の前に物がないので、視覚に訴えての説明が不可欠と考えましたので、枚数が多くなりました。それに加え、山鉾の由緒やご神体や懸装品の説明では、私の不確かな記憶を補助するという目的もあります。 昨日に続き、直前にも下見しました。昨日組み立てが始まった5つの鉾のうち、菊水鉾を除き、真木立てが終わっていました。菊水鉾が真木立ての直前で、多くの見物客が集まっていました。放下鉾は確認を忘れてましたが、船鉾、岩戸山の組み立ても始まっていました。長刀鉾鉾頭の長刀の先が、巡行中に八坂神社の方向に向かないように設置されています。函谷鉾月鉾菊水鉾昨日始まった鉾建ての中では、菊水鉾だけが真木立ての前でした。車輪は約2メートルの直径があります。鉾頭の菊の花鶏鉾中国の唐堯の時代に天下がよく治まり、訴訟用の太鼓も用がなくなく、苔が生え鶏が宿ったという故事に基づいています。鉾頭の三角形の中の円形は、鶏卵が太鼓の中にあるのを表しています。船鉾今日から組み立て開始。雨対策、日除けのためか、テントを張っての作業です。真木立てがない分、他の鉾より1日遅いスタートになっているようです。岩戸山老舗料亭「木乃婦」は岩戸山の近くにあります。 今日のガイドは2人。もう一人の先輩の方も、鉾建て状態でのガイドは初めてとのこと。1つのところに大人数が固まらないように、2班が反対方向に回ることにしました。添乗員さんもそれでOKとのこと。 お客様は全部で18人。日帰り旅行で、神戸方面からのお客様でした。バスで来られたのですが、お昼頃出て、日航プリンセスホテルでお茶休憩をして、鉾建てを見学して、夕食を召しあがって帰るという、ゆったりとしたツアーです。60代後半から70代の方が多かったようです。複数名のバス会社のスタッフに加え、京都支店の従業員と思われる若い女性が数人浴衣姿で同行されていました。 午後3時半からスタートして、5時までの1時間半。私の班は、長刀鉾→函谷鉾→菊水鉾→放下鉾→月鉾→鶏鉾→船鉾→岩戸山→大政所御旅所跡 と回りました。山鉾建てが始まっている山鉾全部を回ったかたちになります。暑い日でしたし、ご高齢の方も多いので、修学旅行よりは遅めの歩速で回りました。様子をみて、歩くのがしんどそうならば、最後のほうはカットすることも視野に入れていましたが、皆さん比較的お元気に付いてきていただいたようだったので、結局全部回りました。 皆さん、満足していただいたと思います。私も今回のガイドで祇園祭に関する知識が、かなり深まりました。 それと、セミナーで学んだことが、実感できたガイドでもありました。 山鉾は京都の四条烏丸を中心とした地域にかたまっています。河原町付近にはないし、堀川付近にもありまあせん。セミナーで室町時代は、今のように一面に家が建てこんでいるのではなく、上京と下京の限られた地域にしか家が建っておらず、上京と下京は室町通で結ばれていたことを学びました。 下記のような地域になります。下京の家がある地域は、ちょうど山鉾の町がある地域に合致します。これで、何故、ごく限られた地域しか山鉾がないのかということが理解できました。(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/07/11
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【2017年7月10日(月)】 明日午後、祇園祭鉾建てのガイドを1時間半します。鉾建てについては知識がほとんどありませんが、チャレンジ精神よろしく引き受けることにしました。 先輩と2人で、神戸方面からのシニアの日帰り旅行の一部を担当します。18人のお客様を2人で担当ですから、人数的には案内しやすい人数です。 地区組月例会(こちら)が終わってから下見に行ってきました。前祭で今日山鉾建てが始まったのが、長刀鉾、函谷鉾、鶏鉾、月鉾、菊水鉾。明日始まるのが、放下鉾、船鉾、岩戸山です。今日、始まった鉾は、どこも土台が完成した段階です。 長刀鉾、鶏鉾のところで町会所や大工さんに聞いてみました。真木立ては、時間は特定できないが、明日の午後になるだろうとのことです。明日は午後3時半からの案内ですので、うまくいけば真木立てを見ることができるかもしれません。次の写真群は午後5時頃のものです。長刀鉾土台を組み立て中でした。函谷鉾土台が組み終わり、透明シートで覆われていました。菊水鉾 土台は組み終わっているようで、ブルーシートにくるまれていました。月鉾 土台は組み終わっていました。船鉾土台を組み立て中。真木に縄を巻いているところでした。 明日は、烏丸高辻を東に入ったところにある日航プリンセスホテルからの案内で、大政所御旅所も立ち寄る予定なので、ここも見ておきました。この「大政所」は、豊臣秀吉の母ではなく、素戔鳴尊(すさのおをのみこと)のことです。豊臣秀吉が四条寺町に移す前は、ここに御旅所がありました。もう一つ少将井御旅所がありました。烏丸丸太町近くに少将井御旅町という地名が残ります。祠は京都御苑内の宗像神社内に遷されました。祇園祭歴史やスケジュールも一通り説明するので、紙芝居を多用します。2日くらい前から少しずつ準備しています。明日、午前中に仕上げたいと思っています。この投稿をアップして、紙芝居作成を再開します。(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/07/10
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【2017年7月10日(月)】 午後から観光ガイド会の月イチのエリア集会でした。春・夏の修学旅行がほぼ終わり、今月から再び昼間の開催です。 私の特記点は9月の修学旅行ガイドが決まったこと。中学校4校を担当することになりました。東京の学校が多いようです。 明日午後、祇園祭鉾建てのガイドを1時間半しますので、定例会後下見をしました。→こちら(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/07/10
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今日の読売朝刊の写真。こんなに多くの崖崩れが同時発生している写真、見たことがありません。 どうか、できるだけ万遍に日本に雨を降らせてください。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/07/10
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【2017年7月9日(土)】 下京区御幸町通仏光寺下ルの「京都市学校歴史博物館」(元開智小学校)の講演会に行ってきました。事前申し込みで満席でキャンセル待ちだったのですが、申し込みが多かったため、収容能力の大きい講堂に会場が変更になり参加できました。 家内は京都コンサートホールにクラシックのコンサートを聴きに行くので、車で先に送って会場近くのコインパークに停めて会場へ。京都市学校歴史博物館演題:【幕末維新期の京都と教育】講師:同志社大学文学部教授 小林丈広氏 京都は番組小学校というかたちで日本初の小学校が建てられましたが、これは全く新しい考え方に基づくものではなく、江戸時代から連続性を持ったものであるというのが氏の基本的な考え方のようです。 その中で、京都・地方にできた私塾をいくつか氏があげておられましたが、全く知らない人名が多くでてきました。断片的ですが、出てきた人名を中心に記します。後刻自分で調べたことも含みます。 京都では皆川淇園の弘道館。これは聞いたことがありましたし、弘道館跡碑も見たことがあります。 さらに江戸時代の陽明学者、春日潜菴。上京区烏丸通一条上る三筋目西入南側に碑があるそうです。初めて知りました。 江戸後期、西欧医学導入の基礎となる蘭学を京都など西日本に広げたのが小石元俊。医学塾「究理堂」を開設しました。小石家は現在の9代まで、途切れることなく庶民の医家としてつづいています。中京区釜座通竹屋町下ルにあり、究理堂跡碑も建てられています。 山本亡洋読書室。油小路五条上ル。石碑があり、宅も残っている。江戸後期の本草家、医家。この石碑は訪れたことがあります。 青谿書院は弘化4年(1845)池田草庵が35歳の時に兵庫県養父市八鹿町宿南に開いた漢学塾。初めて知った人物です。 広瀬淡窓(ひろせ たんそう、天明2年4月11日(1782年5月22日) - 安政3年11月1日(1856年11月28日))は、江戸時代の儒学者で、教育者、漢詩人でもありました。豊後国日田の人。1805年(文化2年)には豆田町にある長福寺の一角を借りて塾を開き、咸宜園(かんぎえん)へと発展させました。妙心寺塔頭養徳院でこの1~3月ガイドをしたとき、ご住職が名誉会長を務める「薪流会」の名の元になった漢詩を書いたのが広瀬淡窓でした。意外なところで繋がりました。 菅茶山(かん ちゃざん)、延享5年2月2日(1748年2月29日)- 文政10年8月13日(1827年10月3日))は、江戸時代後期の儒学者・漢詩人。備後国安那郡川北村(現広島県福山市神辺町)の出身で、1781年(天明元年)頃、神辺(現在の福山市)に私塾黄葉夕陽村舎(こうようせきようそんしゃ)を開きました。塾は1796年(寛政8年)には福山藩の郷学として認可され廉塾と名が改められました。初めて知った人物です。 山田方谷(やまだ ほうこく、文化2年2月21日(1805年3月21日)~明治10年(1877年)6月26日)は、幕末期の儒家・陽明学者。備中松山藩士。藩校有終館や方谷自身の私塾、明治以降には備前の閑谷精舎(閑谷学校)などで多くの子弟を教えました。初めて知った人物です。 やがて明治維新。京都の香商鳩居堂7代目当主、香具屋久右衛門(熊谷直孝)が新政府の資金調達に1500両を供出したとされます。明治初年に種痘所の有信堂を再建,また全国最初の小学校(上京第27校・柳池小学校)を明治2(1869)年に開校させるなど京都大年寄として近代化に積極的な役割を果たしました。 講演の内容は、開国による物価の高騰の話を絡めながらの、江戸時代から明治初期に繋がっていく教育の体系的なお話だったのですが、それをまとめる力はありませんので、上記断片的な内容に留めます。 家内をコンサートホールでピックアップして帰りましたが、途中ひどい雷雨になりました。九州はまだ豪雨が続くようで心配です。もういい加減にして欲しいところです。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/07/09
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【2017年7月8日(土)】 午前中、ほぼ2ヵ月ぶりの床屋。以前は1ヵ月半に一度行っていたのに、今は2ヵ月に一度になりました。短くカットしてもらっているからかもしれませんが、以前、ゴルフ仲間の先輩方に尋ねたら、やはり加齢とともに床屋の回数は減ったとのこと。お財布に優しいのはいいですが、やはり寂しいです。 午後から、以前から申し込んであった無料の講演会、「上京探訪 語り部と歩く1200年 連続講座」の弟4回講座に家内といっしょに行ってきました。全部で6回ですが、観光ガイドと重なったりして、今回が2つめの出席です。 名古屋から出産のために里帰りしている長女が四条の大丸で買い物をしたいというので、四条烏丸まで乗せて、上京総合庁舎へ。いつもは無料の相国寺の駐車場に止めて歩くのですが、家内が夕刻美容室を予約しているので、確実に間に合うよう、会場近くのコインパークに停めました。 演題は【「ひと」「もの」「街道」が交差する京の北のターミナル、出町!】 講師は、京都歴史探偵団の宇野進氏。 知らなかったこと、目からウロコの話が、目白押しで、眠くなることもなく、面白く聴講することができました。プレゼン資料を部分的に引用させていただき、面白かった部分をピックアップします。 出町は、鴨川の西にあり、昔は、上京地域から離れて島のように存在する町だった。出町は洛内、今の出町柳駅付近は洛外になる。 豊臣秀吉の時代の寺町は、鞍馬口から五条まですっと寺院が途切れることなく繋がっていた。今の枡形商店街の場所には立本寺があった。その今出川を挟んで反対側には真如堂があった。真如堂の跡地の現在の地名に「大宮町」「大猪熊町」など、堀川以西の通の名が付いているものが多いが、これは所司代の領域拡張で、堀川以西の人がここに引っ越ししてきたため。 出町柳という地名はなく、若狭街道と志賀越道(西進分)が交わるところに柳の木があったので、出町柳と呼ばれるようになった。出町は鴨川より西なので、出町柳駅で会う時に「じゃあ出町で!」と言うのは誤りで、「出町柳で!」というのが正しい。 明治34年に京都電気鉄道の出町線が開通して、出町橋西詰めに駅があった。現在も広いスペースが残っている。今出川通からすぐ南の寺町通が広くなっているのは駅があったため。当時は河原町通は広くなく、寺町通がメインの通りだった。 出町四橋「葵橋」「出町橋」「河合橋」「賀茂大橋」の江戸時代から現在に至る変遷の話も面白かったです。 最後に御霊祭(上御霊神社の祭)のお話。祇園祭同様、神泉苑でも御霊会が発祥だが、御霊祭のほうが祇園祭より6年早い。 社殿は昔は町から外れたところにあった(今は町が繋がっていて町の中にあるように見えるが)。そして御旅所が町の中に作られた。 いやいや、本当に面白かったです。 長女をまた四条烏丸でピックアップして帰りました。早めに終わったので、家内の美容院も余裕で間に合いました。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/07/08
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【2017年7月8日(土)】 本日、ブログのアクセス数が、1,300,000回に到達しました。 直近の100,000回到達の日数は62日でした。前々々回57日、前々回52日、前回60日ですので、さらにペースダウンです。 ガイド業が忙しくなり、さらにセミナーを聴きに行く機会も増え、1日1記事ペースどころか、書けない日も多いので止むを得ません。 皆さんにはお立ち寄りいただき感謝いたします。これからは、1日1記事はむつかしいと思いますが、どうか引き続きお立ち寄りください。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/07/08
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【2017年7月7日(金)】 今日は七夕。午前中はM病院でした。7月5日のCVポート抜去手術後の傷口の経過を診ていただくためです。執刀いただいた女医さんに診ていただきました。傷口の快復は順調のようで、防水シートはもう貼らずに、お風呂に入ってもらって、今貼ってある絆創膏が自然に剥がれれば放置してもらったらいいとのこと。 それで終わりかと思ったら、転勤されたと聞いていた、主治医のH先生の診察がありました。すでに部分的に転勤されており、今回担当できなかったということのようです。しかし、近々フルに転勤されるので、やはり私の診察はできなくなるとのこと。今日、CTと血液検査をしたうえで、どこかの金曜日にもう一度来てもらって、それをH先生の最終診察として、以降は、別の先生に引き継ぐとのこと。8月4日を予約しました。 CT撮影と採血後、M病院をあとにして京都に向かいました。京阪守口から出町柳へ。京都バスで京都産業大学へ。頼んでおいた、特別客員研究員の名刺が出来上がったの連絡があり、それをピックアップするためです。とんぼ帰りで、バスを乗り継いで京都アスニーへ。 会員割引きのセミナー受講券(1回620円)を買い求めて、3階のセミナー会場へ。 今日の講演題目は、「利休の『文化の下剋上』~茶の湯と戦国武将のこころ」。講師は、千里金襴大学名誉教授 生形貴重氏。 途中、眠くなって、聞けてないところも多く、残念ながら全体は把握できていません。 しかし、真田幸村が大坂夏の陣で、伊達正宗と死闘を繰り広げる際、自分の娘阿梅と子息大八らを、敵将の片倉重長(伊達正宗の忠臣、片倉小十郎景綱の長男)に託し、後に、阿梅は重長の継室に、大八は、伊達家家臣となる話は私としては初めて聞く話でした。 また、「利休弟子七人衆」というのがあって、それは蒲生氏郷、高山右近、細川三斎、芝山監物、瀬田掃部、牧村兵部、古田織部であることなど、色々新しいことを知ることができました。芝山監物、瀬田掃部、牧村兵部は初めて聞く名前でした。 その後、アスニーに隣接する京都市中央図書館へ。特別客員研究員の研究テーマである、「伏見稲荷大社とその周辺の不思議研究」の参考にするため、伏見稲荷ご遷座1300年記念に書かれた本を、1時間近くその場で読みました。 朝は7時20分頃出て、帰りは、午後6時くらいでした。 -------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/07/07
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【2017年7月6日(木)】 CVポート抜去手術退院翌日です。医者からは今週中は安静にと言われていますが、恐らく傷口に負荷がかかったり、血流が激しくなったりするような、激しい運動や動きは避けるうようにという意味だと思います。しかし、今日は大事をとって散歩も行かず、1ヵ月に一度の高血圧の薬をもらいに、近所のO医院にだけ行きました。 長女は三菱京都病院の2回目の診察。母親教室があったようです。家内が車で送り迎えしてくれました。 ガイド業を始め、そのための資料が増えてきており、これからも増えづづけるであろうから、そのためのスペースを確保するため、不要な書類、資料類を適宜処分しています。5月15日 年末調整関係5月16日 ゴルフのコンペ関係5月16日 種々手続き関係5月17日 銀行関係5月21日 携帯や光ケーブル関係5月21日 銀行関係5月24日 CATV関係5月24日 京都関係5月31日 銀行・株関係6月23日 書類ではないですが、愛用の古いポロシャツ。 新しいのを2つ、家内がユニクロで買ってきてくれました。マイナス1です。6月25日 同窓会、以前の会社関係 ガイド関係の資料用のスペースがだいぶできましたが、いずれは埋まるでしょうから、継続的に書類・資料関係の廃棄が必要です。 よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/07/06
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【2017年7月5日(水)】 昨日、CVポートの抜去手術をしました。 傷口から血が滲んでガーゼが汚れたりはしていますが、こぼれ出るほどではなく、痛みはその後もありませんでした。 朝、担当医の女医さんに傷口や出血状態を診ていただいた結果、想定内とのことで、今日退院となりました。 明後日に傷口の治癒の状態を診るために診察を受け、そのときに、次回の血液検査、CT検査の日程を設定するということになりました。 午前10時過ぎには請求書も出て(28,930円)、帰ろうとしたとき、抗がん剤治療のときお世話になった恰幅のよいAさんという看護師さんとお会いしました。目を合わすなり、私の名前を呼んでくれました。憶えていてくださったのです。退院後の経過をお話し、孫ができる予定というのも伝えました。こうやって元気になった患者さんと再会するのは、看護師冥利に尽きるのでしょうね。「外来でお会いしましょうね。それから、5階にも寄ってくださいね。」と言ってくださいました。5階病室からのなつかしい眺め。パナソニック本社が見えます。 想定より早い帰宅になったので、昼食が家で摂れるかどうか家内に聞こうとしましたが、すでにテニスに出て不在で、携帯にも出ずでした。食いっぱぐれてもいけないので、お昼前でしたが、自宅最寄り駅近くのサイゼリアで腹ごしらえしてから帰宅。 CVポートがなくなりましたので、これからは1ヵ月に一度のフラッシュが不要になるので、3ヵ月に一度のCT検査と血液検査だけになり、時間的にも経済的にも助かります。 9月1日に担当する二条城でのボランティアガイド養成講座のための下勉強を、この2日間でできたのは隠れた収穫です。 長女は昨日、家内といっしょに京都三菱病院に1回目の診察に行ったとのことです。今のところ順調のようです。 昨日一旦お断りした祇園祭鉾建てのガイド(11日の午後1時間半)ですが、引き受け者がいなかったとのことで、引き受けることになりました。なかなか時間に余裕ができません。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_________________________________過去の治療履歴は下記を参考にしてください。がん治療日記:http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=10がん治療振り返り:http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=11
2017/07/05
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【2017年7月4日(火)】 2014年8月に後腹膜悪性腫瘍の抗がん剤治療を始めましたが、その前にCVポートの埋め込み手術をしました(こちら)。長期間抗がん剤を点滴する計画でしたので、より安全に、より快適に点滴ができるようにというのが目的でした。確かに、針の抜き差しの痛みもほとんどないし、液漏れによる皮膚炎のリスクも小さいし、何よりも両手が自由に使えるというのがありがたかったです。 5ヵ月に渡りCVポートを使っての抗がん剤治療後、粒子線治療を受け、治療は2015年5月1日終わりました。その後、CTで経過観察してきましたが、腫瘍は劇的に小さくなり、2年経過した今も少しずつ小さくなっています。再発の可能性が小さく、抗がん剤を近々に使うこともないだろうとのことから、CVポートを取ってしまう(「抜去」というそうです)手術を受けることになりました。 M病院に午前10時に出向き、なつかしい5階の病棟へ。リスクの少ない手術なので、家族の付き添いもなしです。担当医はすでに2回も替わっていますが、当時の看護師さんは多く残っておられて、なつかしく再会できました。長期間入院したこともあって、皆さん私のことを憶えていてくださいました。なつかしい4人部屋の病室 手術は午後1時からでした。埋め込むときは、外科担当だったと記憶していますが、抜去手術は、泌尿器科担当でした。執刀医は、新しく来られた先生2名で、主担当が女医さんでした。それと看護師2名を加え、4人体制。局所麻酔ですので、音も聞こえるし、目も見えますし(ただし顔はシートで覆われているので、視界はありません)、匂いも感じることができます。抗生物質を点滴しながらの手術です。 手術といっても、鎖骨近辺のポートが埋まっているところの皮膚を切って、皮膚下のポートと、それに繋がって中心静脈に入っているカテーテルとを取りだして、皮膚を縫合するだけです。先生たちの「もうちょっと切ったほうがいいよ。」とか「もう、ごそっと抜けるでしょう。」とか生々しい言葉を聞きながらの手術でした。ほとんど痛みはなかったです。 30分程度で、無事完了。途中で焦げ臭いにおいがしたので、先生に尋ねたら、止血のために血管を焦がした匂いだとのこと。車椅子に乗って病室に戻るとのことでしたが、歩いて病室に戻りました。 麻酔が切れてきたとき痛みがあるかもとのことでしたが、ほとんど痛みはなく、切ったところからの術後の出血も想定内で、今のところ順調です。持ってきた二条城関係で図書館から借りている本をベッドに座って読んだりして時間を過ごしています。 このまま異常がなければ、明日退院です。 よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_________________________________過去の治療履歴は下記を参考にしてください。がん治療日記:http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=10がん治療振り返り:http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=11
2017/07/04
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【2017年7月3日(月)】 7月から固定点ガイドの新しい3ヵ月のサイクルが始まります。私は、通常の固定点が清水寺の随求堂、「京の夏の旅」が下鴨神社です。 今日が随求堂の初日でした。通勤は、五条通のバス1本で行って、烏丸五条から歩くことを考えていますが、今日は、乗り遅れて、最寄駅までバスで行って、四条河原町から清水寺まで歩きました。40分くらいの歩きです。後半は上り坂がきつく、着いたときはすでに汗だくでした。この季節、このような長距離のしかも坂のきつい通勤、身体がもつでしょうか。 朝早く7時半頃、祇園や「ねねの道」を通ったので、ほとんど人がおらず、すでに暑かったですが、すがすがしい京の町を楽しむことができました。花見小路草間弥生フォーエバー現代美術館―祇園・京都―が、祇園甲部歌舞練場にプレオープンしました。石塀小路ねねの道三年坂 開店前の準備です。清水寺 随求堂 まだ誰もいません。 この随求堂では、参拝者に暗闇の胎内巡りをしていただきますが、清水寺の境内にあり、かつ拝観料が100円ということもあって、多くの参拝者数が来られます。従って、長々と説明するのでなく、短時間で胎内巡りの意義と注意点を説明し、拝観料をいただくというのが主な業務です。清水寺のTシャツを着させていただいての勤務です。 今日いっしょの先輩に優しく教えていただきましたが、私が不慣れなため、朝の準備も、夕方の片付けも、目いっぱい時間がかかってしまいました。ご迷惑をおかけしました。 拝観料徴収のときに、説明者の補助も必要ですが、最初拝観料徴収で目いっぱいで対応できなかったのも反省点です。昼食や休憩で一人になるときは、説明と拝観料徴収を一人でせねばなりませんので大変です。外国人に対しては、基本は置いてある各外国語の説明文を読んでもらってから入ってもらうのですが、拝観料を徴収しているときに、外国人が案内も読まずに、土足で上がってきたりします。 それでも暑い中、何とか初日を乗り切ることができました。まずは早くマニュアル通りに行動できるようになることだと思います。(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/07/03
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【2017年7月2日(日)】 通算19回目(今年18回目)の修学旅行ガイド。7月8日がキャンセルになりましたので、今日が、この春・夏シーズン最後の修学旅行ガイドとなりました。今日も関東の公立中学校でした。 伏見稲荷拝観後、京阪伏見稲荷駅から三条方面行きの電車に乗ろうとしたとき、危うく乗り残しを起こしそうになりました。間一髪で迷子にならずに済みました。電車はバスに乗る直前の生徒たちの位置、人数確認は怠ってはいけません。 伏見稲荷の後、JR二条駅近くの「よし廣製菓」で体験学習。お菓子作り教室は、私も初めてで、生徒たちの写真撮影のためにいっしょさせていただきました(私はお菓子は作らず、見るだけ)。 職人さんが一つ2分くらいで作る和菓子を、説明を聞きながら30分くらいかけて作ります。2種類作って、1時間強の体験教室でした。男子生徒も、楽しそうに取り組んでいました。作った2つのお菓子はその場で食べ、職人さんが作った見本のお菓子2つは持って帰ります。これで、一般1,950円/高校生以下1,620円。お菓子4つ付きを考えるとお安いかも。 最後にお抹茶とここの名菓「八ッ橋饅頭」が出されて、これは私もいただくことができました。 その後、生徒指定のカレー屋さん「近江屋清右衛門」(堀川丸太町の東)へ。下見に行って、お店の方と話して、日曜日は予約不可とのことだったので(こちら)、予約なしで飛び込みました。お客様が何人か待っていました。下見のときは、お店の方が、席がいっぱいでも、あまり待っていただくことはないと思いますとおっしゃっていたのですが、聞けば40分くらい待たなければならないとのことで、生徒たちに「清水寺を外して、ここでカレーを食べるか、カレーをあきらめ、清水寺に行くか」を選択させました。 結局、清水寺は外せないとのことで、カレーはあきらめることに。少し残念なことになってしまいました。ということで、昼食は、清水道バス停近くの、我々の定番「しげもり」で摂りました。 その後、清水寺へ。ところが、仁王門を過ぎたあたりでにわか雨。移動しまがら雨宿りをしましたが、雨はどんどんきつくなり最後はずぶ濡れ状態。最後は大雨の中を走って、本堂に入って雨をしのぎました。雨がそれほどでないうちに、濡れながらも、最初にそのまま本堂に走り込むべきでした。反省。 生徒たちは、「これもいい思い出」と最後は開き直ってくれたのが救いでした。小雨になり地主神社の恋占い石も楽しんでいたし、お土産も楽しそうに買っていたし、八坂の塔の絶景にも感激していました。雨宿りに時間をとったので、スイーツの時間がとれなかったのが唯一の心残りです。 これで、この春・夏の修学旅行ガイドが終わりましたが、去年秋の1校を含めて、累計19校になりました。大きな問題もなく、私の担当した班はいずれも、素直な生徒さんたちで、新人としては非常に助かりました。 中学校16校、小学校3校。いずれも公立中学校でした。訪問地の統計は下記のようになりました。(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/07/02
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【2017年7月1日(土)】 今日から7月。早くも1年の半分が経過しました。 今月は、修学旅行は1件しかありませんが、新たに3ヵ月サイクルの固定点ガイドが始まります。清水寺随求堂と「京の夏の旅」下鴨神社の説明、要領を憶えて確かなものにしなければなりません。それに、CVポート抜去手術もありますし、客員研究員の研究も本格的にスタートせねばなりません。9月1日の「ウェルカムサポーター養成講座」の講師の準備も必要です。5月、6月ほどではないにしても、忙しい日が続きそうです。 昨晩は大荒れの天気で、朝も風が強く不安定なお天気でした。しかし、昼からは晴れ、蒸し暑い一日になりました。 午後には、名古屋に住む長女が我が家に帰省してきました。旦那といっしょに車で来ましたが、旦那は夕食後名古屋に戻りました。そして長女は、里帰り出産でこちらに残ります。予定日はお盆の8月16日です。しばし、賑やかな毎日が続きます。無事の出産を祈るばかりです。 普段は1台の駐車場が2台に。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/07/01
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