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先月から始めた着付けのお稽古、地道に通い続けております。お茶席の疲労を引きずったまま、今週もお稽古に行ってきました。はぁしんどい…などとこぼすと、夫から「自分でやるって決めたことでしょ」と鋭い指摘をされかねないので(笑)黙々と怠け心を押さえつけます。実際には、出かける前は(面倒だなぁ)と思っていても、いざお稽古に臨むと、新しいことを覚えるのが楽しくて、あっという間に時間が過ぎるのですが…私が習っている先生は、ある着付けの団体に所属して資格を取られていますが、器具も使わず、テキストの購入も義務づけられていない自由な教え方です。そして、本当に手ぶらで行っても、必要な一式をすべて貸していただけるというのも、超・初心者の私にはありがたい限り。先生曰く、(固有名詞は明かされないものの)授業料に教室ごとの本部への上納金が加算されている…といった、大手の団体によくある仕組みではないそうです。着付け教室の中には、無料で教えるという名目で、実際には展示会で着物を購入させられるようなケースもあるんだそうで…「展示会といえば」…と、お稽古初日に先生が厳しい顔で注意されたのが「やたらと、呉服屋さんで住所を書いたりしたらいかんよ」とのこと。その理由は、一度連絡先を教えたら最後、しつこく展示会の勧誘をしてくるお店も多いから…というのです。先生は「最初のうちは腰紐一本買わなくてよろしい。要るものはお貸しします。自分で着られるようになってからじっくり購入を考えればいいし、着物が好きです、って言っていると自然に“集まって”くるものなんだから」というのが口ぐせ。知識があまりないうちに、言われるがままにお買い物してたら大変よ!ということなんでしょうね。実は、この話が出た後で、私はわけあって呉服屋ののれんをくぐることになりました。着付けの際に、帯や襦袢がずれないように止める専用のクリップを使っている生徒さんがいて、(あれぐらいだったら自分で買おうかな、便利そうだし)…と考えたのです。【ちなみにこういうものです。】超便利 帯クリップ何も考えずに、駅前の百貨店に入っている某・有名チェーン店に入って「すみません、着付けに使う洗濯ばさみみたいなものが欲しいんです」と、和服に前掛け姿の店員さん(男)に告げたところ、すぐに目当ての品を出してくれました。ところが。お会計を済ませて店を出ようとすると、商品とお釣りをなかなか渡してくれない。レジ担当の人が奥へ引っ込んでしまって、仕方ないので待っていると、背後で先ほどのお兄さんが「お客様、お待ちの間にちょっと、これご覧になってくださいよ!」…絢爛豪華な帯をカウンターの上に広げているではありませんか。いや、私、あの、そんなステキなもの買えませんから!!…しどろもどろになる私。でもお釣りもらえないし、きれいなお姉さんがお茶まで出してくるし。そして何より、目の前の帯は本当に綺麗だった。もちろん、最後は少々ケンカ腰になりながらもキッパリと、受け取るべきものだけいただいて店を出ましたが。店員総出の見事な(?)チームワークにしてやられました。先生が言っていたのはこれか~、呉服屋ってなんて恐ろしいところなんだ…と、初めて知る世界に身のすくむ思いがしたのでありました。着物上級者になるにつれて、こういう場もさらりとしのげるようになるのでしょうか… 先生からのプレゼント 緑に囲まれた先生のお宅。お稽古に来た人へ、今週は 自ら摘まれた金柑の枝がお土産に。早速、一輪挿しに活けてみました。 Designed by hana
2005.11.30
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もう若くない私は、体を使うと筋肉痛は二日後に来る。そんな訳で、今日は足が張ってしまって痛い、イタイ!なぜかというと、日曜日に「立ったり座ったり」のスクワット系の動きを一日繰り返していたからです。4月からお茶を習い始めた市民プラザで、年に一度行われる文化祭。ちょうど、この前の土日が今年の開催日にあたり、裏千家茶道のクラスでも日曜日のお茶席を切り盛りすることに。亭主や半東を務める、ベテランの生徒さんはあでやかな着物姿で登場です。お稽古を始めて間もない私は、当然のように裏方にまわって、水屋で黙々とお茶碗を洗ったりお菓子を並べたり、受付でお客様からお茶券を受け取ったりしていた訳ですが…一日で、なんと340人ものお客様がお見えになるという、盛況ぶり。確かに、20以上の講座が展示や発表をするので、その生徒さん・関係者、すべて含めたらかなりの人数になるわけで。次回のお茶席が始まるまで、和室の前で行列して待っていただくような感じになり、もう大わらわでした。でも、忙しかったけれど、先生や生徒さん達がご自宅から運ばれた、数々のお道具を見るのはとても楽しくて。お客様がお見えになる前に、教室のメンバーだけで、1回お稽古をしたのですが、見慣れた「練習用」のではなく、はじめて目にする美しいお茶碗を手に取ると、拝見する手にもおのずと力が入りました。掛け軸も、花入れも、水指もお棚も…へぇーこんなお道具があるんだ、きれいだなぁ、ステキだなぁ…と眺めていると、先生から「もう、今日が過ぎたらこのお道具でお茶をいただけることは二度とないかもしれない。そういう気持ちでしっかり目に焼き付けてね」と、声がかかりました。まさに、「一期一会」の心を知った一瞬でした。しかし、あまりの盛況ぶりで当日券も早々に売り切れになり、のんびりと髪を切ってから様子を見に来た我が家の夫は、お茶も飲めずにすごすご引き返して行ったのでした。そんな訳で、おうちでお稽古の復習をしながら、ふたりでお茶をいただいたのでした。
2005.11.29
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連日、ニュースを騒がせている「耐震データ偽造事件」。おそらく、日本中の飲み会の席で5万回は口にされていると思いますが、私と夫も、TVで姉歯建築士の姿を見ながら「この人さぁ、髪の毛の耐震構造は大丈夫なのかねぇー」などと、冗談を言っております。しかし、実際にはシャレにならない連鎖反応が起きて、多くの人が仕事を失う結果になっていますし、数千万円の大きな買い物をしたマンションの住人にとっては、本当に「冗談じゃない」話。現時点でよくわからないことも多いし、どれほどのストレスかと思うと、お気の毒…という言葉では片付けられませんね。わが家の場合、夫が長男で転勤族ということもあって、腰を据えて自分たちの家を持つという話を、具体的に検討することがなかなか出来ません。同年代の友人達は、続々とマンションを購入したり、家を建てたりしていますから、私たち夫婦の「終の住処」はどうなるのだろう…と、思わないではないですが。賃貸マンションだと、大規模なリフォームはおろか、壁に釘を打つことさえ控えなければならないので、インテリアのアレンジはあまり大胆には出来ないのです。まぁ、理由はそれだけではなく、本来の性格にもよるのだと思いますが、私の場合、どうも機能性重視の傾向が強く、「室内装飾」に情熱を注げないのですね。「飾ろう」と思ってモノを増やすと、私は収納のセンスが全然ないので収拾がつかない。そして、好きなテイストの幅が広すぎて、どうしても統一感がなくなってくるのです。これが、本当に悩みのタネ。だから、お金をかける・かけないに関わらず、自分のポリシーに則って、思いのままに家をつくりあげている人には憧れます。昨日、そういう人の究極の一例ともいえる、アメリカの絵本画家ターシャ・テューダーの自宅を取材した番組を見ました。90才になる彼女が、自分の好きなもの、愛する世界を追い求めて作り上げた、独り住まいの家と広大な庭。「エジソンには感謝してるわ」と言いながらも、アメリカの開拓時代のライフスタイルを貫いて、手作りのキャンドルを灯しながら暖炉の火でローストチキンを焼き上げる姿…「喜びは創り出すものよ」「わたしはずっと休みなく働いてきたわ―欲しいものを手に入れるために」という言葉の重み。「自分の家を作り上げる」経験を未だ持たない私には、ひたすらまぶしく映る人の姿です。【ターシャ・テューダーのクリスマス】
2005.11.27
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WOWOWで「サイン・シャネル 憧れのバックステージ」なるドキュメンタリー番組を放映していました。フランスの放送局が制作した、1話30分、全5話のこの番組。デザイナー、カール・ラガーフェルドのスケッチが出来上がるところから、実際に冬のコレクションのファッションショーが行われるまでの舞台裏を「密着リポート」。昨夜遅く、一挙に再放送されていて、ちょうど見逃した回もあったので、夜更かしして見てしまいました。だいたい、デザイナーの「サササッ」と描かれたデッサンを、実際に人が着られる美しい服に仕立てるということ自体、お裁縫が不得手な私には想像もつかない偉業なのですが…布地選び、仮縫い、靴づくり、刺繍…どの過程においても「これぞプロ、これぞ職人」とも言うべき人々が、見事な仕事ぶりを発揮。ため息の出るような作業を経て、美しい服が次々と生まれていく様子は圧巻でした。カンボン通りの、シャネル本店の作業場で働くお針子さんたち。ほとんどが恰幅のいいおばさま方で、仕事の合間に精力的にお菓子をつまみ、おしゃべりして笑ったり、カメラの前でグチったり…素晴らしい技術を持つ一方で、皆がとっても人間的で、(あぁ、働いているとこういう感じのときってあるなぁ)と、懐かしいような思いがすることも。コレクションが近づき、激務でクタクタの刺繍職人の女性たちが、疲労のあまり意味も無くゲタゲタ笑いはじめてしまう、なんてシーンもあって。ほら、残業つづきのオフィスでも、これってよくあることですよね?(笑)特に印象的だったのが、「ガロン」という縁飾り(シャネルスーツについている、あれ?)の職人、マダム・プージュー。なんと、生きているココ・シャネルを知っている古参の職人さん。75歳のおばあちゃんであります。すごいのはそれにとどまらず、このマダム、パリから遠く離れた田舎の村に住み、一人で大きな農場を切り盛りし、家畜を飼いながら生活しているとのこと。仕事を頼むときは、パリから運転手さんが恭しく布地をお届けにあがるのですが、ご本人「農作業が先、そっちの仕事は後あと」なんて感じ。取材班もタジタジの毒舌で、かくしゃくとしたご夫人であります。納屋のような離れにある、自家製の織り機でガロンを織っていくマダムの背中は、長年の仕事のためかすっかり曲がってしまっています。シャネルでガロンを作れるのは今のところ、このマダムただ一人なのだとか。本社から派遣されて技の習得に挑んだ人は、今まで全員が挫折したそうで…コレクション直前は、このおばあちゃんでさえ睡眠時間2時間の激務を余儀なくされるのですが、本人曰く「人間の限界なんて、思い込み次第で決まるのよ」…ご立派!こういう生き方って本当に憧れます。ナンバーワンよりオンリーワン。このほかにも、お針子さんたちの間で伝わる数々のジンクスとか、ショーの直前まで、セレブの席順で悩むプレスの仕事とか、スタッフのために開かれるもう一つのファッションショーとか…本当に興味深いシーンがたくさん。使われる音楽もシャレていて、エスプリの効いた番組でした。来月7日にも一挙放送があるようなので、WOWOWに加入されている方はぜひ。【そういえば私、シャネルって口紅くらいしか持ってない。それも誰かの海外旅行のお土産…(笑)】
2005.11.25
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1969年生まれの私は、かつての紀宮清子内親王、現在黒田清子さんとは同い年、になります。今朝のニュースで、新宿御苑を散歩される黒田夫妻のご様子を拝見しました。新婚生活も、一応こんな風にお披露目の機会を作らなければならないとは、平民になられたとはいえなかなか大変なことですね。それにしても、黒田さんの言葉づかいはいつもながらお上品。15日の結婚式当日は、朝の実況中継のところだけ、テレビで見ていました。(夜の特番は、調子が悪く見られず。ちょっと残念。)ご成婚のパレードで必ず流れる「祝典行進曲」が大好きです。単純に、弾けるような晴れがましさを派手に表すのではなく、一歩奥ゆかしさを含んだ喜びがイメージされて…。まさに「お嫁入り」って感じがするマーチ。大好きな團伊玖磨さんの作品なので、ひいき目で余計に良く思えるのかもしれませんが。どんな装いで来られるのか、興味津々でしたが、正直、結婚式でもこのヘアスタイルですか??と、びっくり仰天してしまいました…もちろん、ウェディングベールを着けろというつもりはありませんが、ボンネとか、小さなヘアアクセサリとか、せめてアップにするくらいはしてもいいのでは?と、ついつい思ってしまったのですが。下々の者にはわからない、厳然たるドレスコードがあったのでしょうか?TV画面を通してもシルクの上質さが伝わってくる、シンプルなドレスのラインがきれいだっただけに、そしてパールのネックレスがさすがの輝きだっただけに、(なぜ?なぜ?)の思いがつのってしまったのでありました。【日本の“ハレの日”にはやっぱり真珠が似合うんですね。】一世を風靡した本「負け犬の遠吠え」で、『嫁がず産まずこの年に…』の三十路女性の星、と書かれたこともある紀宮さま。でも、気がつけば、お兄様方のご成婚に比べ便乗商戦も盛り上がらず、ご本人たちも頑ななまでの「地味婚」で。36歳の嫁入りってこういうものなんでしょうか…もうちょっとはしゃいだっていいじゃない~、と、一抹の寂しさを覚える同年代の私なのでありました。それにしても「清子」と書いて「さやこ」と読ませるって、なかなか素敵な名づけのセンスだと思います。…って私なんかが批評しても仕方ないんですが(笑)【戦前の皇族の暮らしを知りたい方に。秩父宮妃勢津子さまの回想録は面白いですよ】銀のボンボニエール
2005.11.24
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先月行って来た美輪明宏さんのリサイタルで、ご本人が「この映画は傑作です。私は涙が止まりませんでした。」と力説されていたのを聴いて、映画館に足を運びました。白状すると、私は三島由紀夫の文体というのにどうにもアレルギーがあるというか、小説に限ってはまったく楽しめないのです。「黒蜥蜴」をはじめ、戯曲になると、一つひとつのセリフが言葉の宝石のようで大好きなのですが…この映画の原作、遺作となった「豊饒の海」四部作も、第一作の「春の雪」を読むのがやっとで、長い間投げ出したままでした。映画化の話を聞いたとき、(行定勲と三島由紀夫?)(妻夫木くんと竹内結子??)…と、原作を深く読み込んだわけでもないのに、何一つピンと来るものがなく、美輪サマの一言がなければわざわざ観にいく気はまったく起きなかったと思うのですが…結論からいうと、二時間半の上映時間がちっとも長く感じられない、密度の濃い世界が展開されていて、どっぷりと映画の中に入り込んでしまいました。エンディングテーマの宇多田ヒカルの歌で、いきなり現実に引き戻されたという(笑)好みが分かれるタイプの映画でしょうね。私はとても楽しめました。原作の設定やテーマを大きくそぎ落として、主人公二人の「道ならぬ恋」に絞込んでいるのを「浅い」と捉える向きもあるかもしれません。が、風格ある映像の美しさが、観る側を十分に酔わせる力を持っていたと思います。さすがは「花様年華」や「夏至」の撮影監督、李屏賓だけのことはあります。竹内結子って、いい女優さんなんだなぁ…と、目からウロコも落ちました。彼女の着物や洋装の「大正ファッション」。特に、ベビーパールのレース状のネックレスを重ねづけしたアクセサリ使いが、本当に可愛かった。エンドロールには、ちゃんと「MIKIMOTO」の名がクレジットされておりました。病み上がりの身体で、久しぶりの映画鑑賞でしたが、美しいものに身を浸す時間は、何より心身のリハビリに役立つことを実感しました。【美輪明宏×瀬戸内寂聴。三島と交際のあった二人は、この対談の中で存分に思い出を語り合っています】ぴんぽんぱんふたり話久しぶりの日記になりました。休止にあたって、温かいコメントをたくさんいただいたこと、とってもうれしかったです。この場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございました。また、マイペースで更新していきたいと思っていますので、どうぞよろしくお願いいたします。
2005.11.22
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前回の日記に書いた大伯母の死去や、タイミングよく(いや、悪く)時を同じくして様々な用事が発生して、タイトなスケジュールで実家に帰りました。『弱った同胞を人は恐怖する。自分達の生活が終わってしまうように錯覚する。どちらも慣れてしまえば同じことだというのに。』 -よしもとばなな“みどりのゆび”(「体は全部知っている」収載)-すでに顔をあわせなくなって何年も経っていた大伯母の葬儀でしたが、やはり別れの寂しさというものはありました。また、今回の帰省ではどういう訳か、気もちが重たく沈むような、知己を得た人の衰えを目にしたり、耳に入ってきたりということが続きました。どの話も、直接自分の身に看病や介護がふりかかってくる訳ではないのですが、あまりに立て続けだったので、さすがに落ち込みました。あわただしく実家の両親の手伝いをしなければならなかったこともあり、心身ともに妙な疲れが出てしまって。そんな時に折悪しく木枯らしにさらされたりもして、数日前からひどい風邪をひきこんでおります。悪いことは重なるものですね。そんな訳で、ブログの更新も滞り、いただいたコメントにもお返事できない状態ですが、もう少し元気になったら、また再開したいと思います。とくに、前回の日記に思いやりあふれる温かいコメントをいただいて、本当に元気づけられました。この場を借りてお礼申しあげます。ありがとうございました。以上、取り急ぎの「小休止宣言」でした。また、これからもよろしくお願いいたしますね。最後に、季節の変わり目、皆さんも風邪には十分お気をつけて!!
2005.11.14
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クリームソーダを飲むとき、ソーダを飲むのが先か、アイスクリームを食べるのが先か、それともその時の気分次第か。皆さんは、いかがでしょうか?…そもそも、私の場合、クリームソーダって今ではほとんどいただく機会がありませんが…子どもの頃は、本当に大好きでした。そして、必ず守っていたのが「最初にソーダをちょっと飲んで、スプーンを入れてもあふれないようにしてからアイスクリームを食べる」という、順番。大人になった今でも、目の前にクリームソーダがあったとしたら、私はその手順にしたがっていただくと思います。乳歯の時代から、とにかく虫歯が出来やすかった私。母親は、甘いものを食べることに対してかなり厳格だったのですが、これに反して文字通り「大甘」だったのが、同居していた祖母でした。母の手前、家の中で大っぴらにおやつを与えるのははばかられたのでしょう。その代わり、自分がちょっとした外出をする時に、よく私をお供に連れていってくれて、喫茶店でケーキや、ジュースをご馳走してくれました。私が生まれて初めて「クリームソーダ」というものに出会ったのも、そんなお出かけのひと時。まだ幼稚園に通っていた時代だと思うのですが、祖母が自分の姉の、日舞の発表会に行くときに私を同伴したのです。たぶん、どこかのホールの喫茶コーナーで、出番を終えた大伯母と、祖母、私の3人がお茶していたんでしょう。その時、「サリィちゃんはクリームソーダでいい??」と言われ、初めて目にする美味しそうな(だってソーダとアイスがいっぺんに、だもんね)飲み物を前に興奮している私に向かって、「ちょっと!最初にソーダを飲んでおくのよ、そうしないとほら、あふれちゃうわよ」と、教えてくれたのが大伯母だったのでした。以来三十数年、大伯母のおかげで、私はクリームソーダをこぼすことなく、現在に至ります。おばちゃま、ありがとう。子どもがいないせいか、年齢に関係なく、誰のことも大人として扱ってくれる、おしゃれなこの人が、私は好きでした。昨日、その大伯母が亡くなったという報せが届きました。90歳の大往生です。悲しいというよりは、おめでたいことかもしれません。歳を重ねるということは、小さなことから大きなことまで、様々な教えを自分に与えてくれた人を、一人一人見送っていくことでもあります。気がついたら、もう、あの人も、この人もいなくなってしまった…そんな思いに捉われた日でした。久しぶりに、あの、体に悪そうなグリーンの、チェリーで飾られた昔ながらのクリームソーダが飲みたいです。
2005.11.07
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タイトルだけ見たら、絶対に手に取らない類の本だと思うのだけれど、この本は広告を見た瞬間に書店に走りました。Y)でも、あんなモテモテマンとずっと一緒にいるって、すごい気疲れしそうな気が。0)ないない。だって、あんなすてきな人なんだから。みんなが好きになって寄ってくるのは当たり前だと思うの。もっともっと寄ってきて当然じゃないかと思うの。で、太郎さんが、その子と仲良くしていたら、そばにいる私だってうれしいの。Yはよしもとばななさん、0は岡本敏子さんです。文中の「太郎」とは、敏子さんが長い時間を共に生きた芸術家、岡本太郎氏を指します。この本は、今春急逝された岡本さんの死の直前に行われた対談を、一冊の本にまとめたものです。敏子さんについては、以前の日記でも書いているのですが…はじめてテレビで彼女の話を聞いたとき、相手の死後も全く薄れることのない、太郎への恋心を語る姿に、心底感銘を受けた私。「恋愛」の現役選手でなくなってからずいぶん経ちますが、この本は絶対に読みたいと思ったのです。読んでいて、二人の言葉の数々にはうならされるばかり。埃がつもってガビガビに干からびていた心を、シャワーでガァっと洗い流してもらったような、爽快な気持ちになりました。「今死んでもいいし、落ちてもいいし、自分のはかりごとでやっていることは一つもないから。」という敏子さんの言葉を目にして、突然の死は驚きだったけれど、こんな心境でいらしたのなら、ご本人は平然と運命を受け入れて旅立たれたのだろうなぁと思います。他にも、『癒しブーム』に関して、「癒しなんて卑しい言葉を使うな、って言ったの。そんなの、癒されたってしょうがない人ばかりが癒されたがるの」と、バッサリ。対するばななさんも、今何をやりたいかがわからない、自分らしくありたいんだけど、自分らしくないんじゃないか…という若者について「その気持ちは十八才ぐらいまでで終わらせてほしいですね」。そんな風に、ところどころ拍手喝采を送りたくなる痛快な発言もあり、読み終えて、心が瑞々しくなっているのを感じました。四十代と七十代の対話で、しかも世間の『常識』と呼ばれるものからは相当突き抜けた感覚を持つお二人の話ですが、うーんと若い子に読ませてあげたくなる一冊でもあります。自分が十代の頃、近くにこんなことを言ってくれる人がいてくれたら、すごく生きるのが楽だったろうなぁ、と。本の扉には賭けなきゃ。自分を投げ出さなきゃ、恋愛なんて始まらないじゃない。という、敏子さんの言葉が抜粋されていました。本の最後に、「敏子さん」という味わい深い文章をばななさんが書いているのですが、その最後の一行「あんなすばらしい人にすべりこみセーフで会えてよかった、私は幸運だった、そう思う。」という思い、私も本当に同感です。恋愛について、話しました。
2005.11.05
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英国王室のチャールズ皇太子夫妻が、今、アメリカをご訪問中です。カミラ夫人との再婚後、ご夫妻での外国への公式訪問ははじめてとなるそうです。この件に関して、数日前の新聞で、面白い記事を見つけました。『夫人は今回、通常の王室職員のほかに、結婚式の時に採用した著名なヘアドレッサーとメーキャップ・アーティストら「チーム・カミラ」と名付けられた特別スタッフを同行させ、お披露目に備える。以前はファッションにこだわるタイプではなかったが、今回は衣装も数十枚用意するとされ、元妃を意識した力の入れようがうかがえる。』(読売新聞)チャールズ皇太子とダイアナ元妃、そしてカミラ夫人との愛憎の物語は、「人間(男女)の相性は、いくら外見が美しくても、内側の趣味嗜好が自分と合う人でなければ、うまく行かない」ことを如実に示す例とも言えます。でも、当人同士は幸せでも、いざ第三者の目を意識すると…あのダイアナさんの後釜になるというのは、女性としては相当ツラいものがあるのではないか、とご同情申し上げます。比べられる対象としては、ハードルが高すぎるではありませんか。そう言いながらも、チャールズ皇太子の長年の恋人として浮上してきたカミラ夫人を初めて見たときは「…な、なんでこの人なの??????」と、絶句してしまったのも事実。特に私たちの世代は、夢見る少女時代にあのロイヤルウェディングの中継を目の当たりにし、来日されたときも、連日のニュースに釘付けで「このドレス素敵、あの帽子かわいかった」と、大はしゃぎしておりましたので…。今回、初の海外訪問として出向かれたアメリカでも、ダイアナ元妃の人気は相当根強いそうです。(たしか、ホワイトハウスで、ジョン・トラボルタと華麗にダンスしていたような…?)ニュースサイトをチェックすると、「米CNNなどの世論調査では、夫妻の訪問に「全く関心がない」と答えた人は59%で、「あまり関心がない」の22%と合わせると、無関心層は81%にのぼる。」…と、気の毒な現状のようですが。衣装50着、ヘアスタイリスト3人…というカミラ夫人の「お支度」は、面白おかしく取り上げられて失笑をかっている、という話もあります。「チーム・カミラ」の奮闘により、この状況は打破できるでしょうか。晩餐会の黒のドレスは、なかなかシックで素敵でしたけど。昨日の日記で触れた、皆が(誰も忠告する人はいなかったのか…)と思ったに違いない、猪口大臣の青いドレスから連想して、注目したニュースでした。(写真は、同時多発テロの現場に追悼に訪れた夫妻。このスーツはイタリア製だそうです)
2005.11.03
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一昨日から、新内閣スタートの話題でメディアが賑やかです。組閣人事で「サプライズ」があるか、どうかが大きな関心になっていましたが、私にとっては一番のサプライズは、猪口邦子大臣の、あのブルーのドレス姿!久しぶりに、テレビの前で「目が点になる」という状態を実感しました。国際派の猪口さん、まさかハロウィンを意識して、お姫様の仮装をしたわけではないでしょうが。男性陣の正装だって、決してサマになっている人ばかりではないのですけど、どうしてもこういう時は、女性のファッションに目がいってしまう…そして、ある程度年齢を重ねた方の場合、「あちゃー」と目を覆いたくなるようなケースが多々あるように思われます。別に大臣だけに限らず、結婚式の会場で見かけるオバサマ方のおしゃれなどでも…どうしてそうなっちゃうの?と首をかしげたくなる例は、多々あるような。そういう時、しみじみ思うのが「日本人が、おばちゃんになって洋装でドレスアップするのは難度が高い」ということ。さらに重ねて思うのが「着物にしておけば、間違いないんだろうけど…」と、いう点です。だって、背が小さくても横幅が広くても、着物は体型面のハンディをすべてカバーしてくれますものね。以前の日記でも書きましたが、私自身は、自分で着付けが出来ません。でも「いつかは…」と念じておりました。実は、今月から、ご近所で教えていらっしゃる先生のところで着付けを習うことになりました。月に3回、手ぶらで来ても一式貸してもらえるということで、知識はまったく持ち合わせていない私ですが、まずは一歩、踏み出してみたいと思います。【憧れてる究極は、この世界…】【猪口さんの真珠のネックレスはかっこいいと思う。】
2005.11.02
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