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第 二百九十二 回 目 セリフ劇形式の朗読台本の試作 ― 「 和歌を 楽しく 語る 」 登場人物:名歌の作者たち、鑑賞する男と女 男の作者「 月やあらぬ 春や昔の 春ならぬ わが身一つは もとの身にして 」 鑑賞する男「 月はあの時のあの月ではないだろうか…、春はあの熱い恋に燃えた季節の春では無いのだろうか…、取り残された自分だけは、元の儘の自分だと言うのに」 鑑賞者の女「初句は字余りですが、唐突な出だしで胸中に沸騰する激情を先ず提示する、技巧を超えた超絶技巧を感じさせます」 男「月は夜の世界の女王、春は恋の季節に一番ふさわしい時期。あらぬ、ならぬ、と不在を強く表現するフレイズを繰り返すことで、今、この場に恋の相手である素晴らしい女性の居ないことの嘆きが、クローズアップ手法で表現されている」 女「女性は高貴で限りなく美しい、魅力あふれる恋人」 男「男性もとびぬけて気品ある貴公子」 女「詩歌の鑑賞の際に、作者の意図や作意などが問題にされますが」 男「鑑賞とはもう一つの創作だとも言える。和歌の意味内容が深まるような 誤読・解釈 は極限まで許されるべきでしょうね。名歌にはとりわけその種の誤読を誘っているような、不思議な魅力が秘められている」 女の作者「 花の色は 移りにけりな 徒に わが身よにふり ながめせしまに 」 女「美しい女性が屋外に咲く、美しい花を眺めている。ぼーつと深い物思いに耽りながら」男「季節は春の長雨の頃。しとしとと、小止みなく降り注ぐ雨粒に打たれて、あんなにも可憐に愛らしかった美しい花は、今はもう色褪せて盛りの頃の魅力の、大半が失われてしまっている」 男「女は、あの花は自分だと、感じる。恋し、愛する最愛の人に逢えずに、ただ無駄な時間を悶々として過ごしただけ。得恋という実を決して結ぶこともできずに、このままであたら惜しい花の命を終えてしまうのだろうか、哀しくて、淋しくて、やるせない…」 女「作者が絶世の美女であるところが実に切ないですね」 男の作者「 嘆けとて 月やはものを 思はする かこち顔なる 我が泪かな 」 男「名月を眺めていると、何故か自然に涙が流れ落ちてしまった。秋の満月は本当に美しい。ただうっとりと見入ってしまう、魅せられてしまう。そして、涙。月のせいでは断じてない。けれども、私が流した涙は名月のせいなのだ。そう何だか涙が言いたそうな風情ではあるよ」 女「鏡の様な澄み切った月の面に、いつも心に思っている恋しいお方の美しい面影が、何処からともなく浮かんできて、恋しい、切ない感情が込み上げた。それだけで、月には何の罪科も無いのにねえ」 男「芯が強く、豪気に見える男性ほど、涙もろい一面を有している」 女「なかなか参考になる男性心理の解説ですね」 男の作者「 今はただ 思ひたえなむ とばかりを 人づてならで 言うよしもがな 」 女「こうなった今は、もうあなたへのこの火の如くに燃え盛って、私の心を焦がし続けて来た恋の火を、自らの手で消し止めて、跡かたもなく消滅させてしまいましょう。とは言ったもののそのような芸当が本当にこの自分に、出来る物なのかどうか、心もとない限りではある…」 男「真実に惚れた心と言うものは、男に限らず、女性でも同様だろうと想像されますが、本当に、実に女々しく、諦めが悪く、何時までも尾を引いて、だらだらと、連綿と終わる時が無いとまで思われる。しかし、絶望だと分かったとき、せめて恋の相手に直接に、たとえ強がりだけ、言葉の上だけでも、ダイレクトに伝える手段が残されていたならば…」 女「人伝(ひとづて)、つまり誰か人を介してでなくては、それさえも叶わない」 男「ひたすら、ただ逢いたくて仕方がないのですよ。それから後のことは、考えられもしない。でも言葉の上では最後の強がりを、表明せずにはいられない、未練、残念、哀れ、無惨…」 女の作者「 めぐりあひて 見てやそれとも わかぬ間に 雲がくれにし 夜半の月かな 」 男「恋い焦がれて、その熱い想いという火を胸に抱き、心の底に秘めて、秘めて、それでも尚且密かに諦めかけていた自分の命以上に大切な、憧れの、眩しいお方。その理想の男性と夢の様な逢瀬を遂げることが出来た。あの日、あの時、あの忘我の瞬間に続く、惑溺の時間…。しかし気が付けばあの人はもういない。忽然として姿を消してしまっていた。実にあっけなく、肌を直接に重ね合わせたという実感すら、残して呉れずに…。今、今宵、夜空に美しく煌々と光り輝いている名月の如き君よ。そして、悪夢の如き雲の存在が永遠に取り除くことが出来ない、邪悪な障害物が只でさえ二人の仲を無情に遮っている空間に加えて、私にこれ以上生きる希望さえ、冷たく仮借なく奪い去るばかり」 女「何か、空腹時に銘酒を頂いた時の心持に似て、強烈な陶酔感に襲われますが、恋とは、男女の強く惹かれ合う感情、激情の様は一種激烈な 酩酊感 を齎さずにはおきませんね」 男「徒に為すな恋、と昔の人は忠告していますが、常識のレベルから見れば 狂気の沙汰 という形容がまさにぴったりとくる、実に空恐ろしい激情の坩堝と、称さないわけには行きません」 男の作者「 君がため 惜しからざりし 命さえ 長くもがなと 思ひけるかな 」 男「実にストレートに、自分の感情を吐露したもの。余計な解釈などが入り込む余地がなくなる。非常に俗な話を持ち込みましょうか。昭和の歌謡曲にこれとは真逆な 男の心 を謡ったものがあります。あばよ東京 ― と言う題名ですが、恋と言うものは時代を越え、得恋であるか失恋であるかを問わず、命に密接に係わる一生の重大事になり得る」 女「恋に破れた心、真実に惚れた末のハートブレイク…。男女を問わず、文字通りに心臓が大きな音を立てて破裂する。仇や疎かに恋をしてはいけない。恋愛の本質は猛烈な毒であり、死病である。そう言えそうですね」 男「クールに醒めて、敢えて意見を言えばですが、誰でもが好んでこの毒を仰ぎたいと、待ち望んでいる。桑原、くわばら!」 女「本当に、そうですね」女 と 男「(笑い)」
2018年02月25日
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第二百九十一回目 「 死に向かう恋・死 恋 」― 近松門左衛門の『冥土の飛脚』に触発された悲劇 時代:現代 人物:太郎、次郎、花子、太郎の父,その他 場所:日本 或るビルの一室。太郎と次郎の二人が激しく言い合いをしている。 次郎「冷静になれよ、全く君らしくないじゃないか」 太郎「僕は冷静さ。これまでの僕の32年の短い人生で、これ程クールに、正しい判断をこれまでに下した事は一度も無かった。それくらいに僕はいま正常さを保っているさ」 次郎「馬鹿を休み休み言いたまえ。自分を破滅させると分かり切った道を選ぶことが、クールで冷静な証明だとでも、言いたいのかい。いいかい、君らしくもないじゃないか。君は我々同世代の者たちがこぞって憧れ続けていた、現代に稀に見る俊才だよ。そればかりではない。光源氏の再来かと周囲の若い女性たちから、いつも羨望の眼差しで見詰めら見守られ続けて来た、とびっきりのハンサムボーイじゃないか。その君がだよ、何を血迷って、そうとしか僕には解釈の仕様がない、選りに選って、あんな危険で、堕落した女を相手にしなくとも。いやいや、君だって聖人君子じゃあない、一時的に邪恋に狂うことだって、あってもいいさ。若気の至りと言う言葉もあるしね。でも、何度も繰り返し言って来たように、あんな女の為に、みすみす命を捨てることは無いじゃないか、ええ…」 太郎「君は二つの点で間違いを犯している。一つ目は、僕を過大に評価し過ぎている。つまり、買いかぶりというやつさ。そしてもっとひどいのは、彼女の評価さ。今度は反対に過少評価どころか、見当違いも甚だしい。聡明な君らしくもないことだ。もっとも世間の評判と言う当てにならない物に災いされているのだけれども」 次郎「その点に関してはいくらここで論争をしたところで、埒が明かない。どうかここは長年の篤い友情に免じて僕の言う事を聞いては呉れまいか」 太郎「ほかの事なら兎も角、彼女の事では、僕は一歩も譲れないよ。僕を説得しようとしても時間の無駄さ」 次郎「(何か言いかけるが、絶望の身振りで天を仰いで、絶句する)」 数日後の、辺鄙な場所に在る老人ホームホームの一室。一人の老人が椅子に腰を下ろして眼を閉じている。うつらうつらとしている様である。ドアがノックされて、一人の若い女性が静かに入って来る。 若い女「失礼いたします。知人に頼まれまして、御届け物を持って参りました」とおずおずと老人に近づき、相手が眠っているのかと判断したのか、傍らに佇んで待機の姿勢。 老人「わしは眠っては居らなぬ。話があるならさっさとして、足元の明るいうちに帰りなさい」 若い女「私は花子と申します。実はわたくし…(と、言いさして言葉に詰まっている)」 老人「大体の察しはついている。それどころか、わしは御主を、御主の来訪を期待して待っていたとも言える」 若い女「それでは私と太郎さんとの関係も…」 老人「いいや、知らぬ。何も知らぬ。と、いう事にしておこう。(花子が何か言いかけたのを手で制して)いいから黙ってお聞きなさい、ぼけ老人の他愛もない愚痴じゃ。わしに一人の息子が居た。じゃが、死んでしまった。と、わしは心の中で息子とこの世での一切の縁を、断ち切って、今では赤の他人と考えている。と、まあ、世間様には義理が悪くて、顔向けも出来ないので、己の本心を偽って、そんな風に言い繕って来た。じゃがな、夜中など床の中で目をつぶっていると、可愛い、可愛い息子の姿が目の前に浮かんできて、涙が止まらなくなる。あいつは、息子は、可愛い太郎は二年前に病気で亡くなった家内と、このわしが二人して自慢にしてきた、素晴らしい人間じゃ、誰が何と言っても、世界一素晴らしい青年じゃよ。誰が、何を言おうとも(嗚咽で言葉が途切れる)、その太郎を狂わした性悪女が、心底憎い。出来る事なら、この手で殺してやりたい。と、一時は逆上の余りに、そう思った。親バカの典型じゃよ、親バカちゃんリン…」 花子「(首うなだれて涙に暮れている)」 老人「これは此処だけの発言だから、何もかも正直にぶちまけてしまうが、わしも、天国に居る家内も息子を百パーセント信じている。たとえ世界中の全員が息子を極刑・死刑に値すると断罪したとしても、わしも家内も息子を信じる。少なくとも、心の中の潔白を、どこまでも信じ続ける。どこまでもじゃ…。テレビなどの報道では、色々と、息子の犯した重罪について、それはそれは大勢の人々が様々に言っている。それには間違いはないのだろうとわしも思う。仕方なかったのじゃろう、きっと、他には手段が無かったのに違いない。原因となった、事件の蔭に居るらしい、札付きの性悪女に関しても、世間では様々に噂している。家の孝行息子が命に代えて選んだ 花嫁 なら、わしらにとっても、世界一の素晴らしい女子、嫁御。それに間違いはない、断じて間違いはない筈じゃ」 花子「(全く信じられないと言った態で、茫然自失している)」 老人「(椅子から立ち上がり、最敬礼して)息子を、太郎を宜しく御頼み申し上げます」 花子「太郎さん、私、嬉しくて、嬉しくて、もう死んでも悔いはありません。実のところ私、こちらに、お義父さんの所に来るのが、辛くて、厭でした。どのような顔をして、どの様な御挨拶をしたらよいのやら…。そう思って、でも太郎さんが、とにかく会ってみてくれって仰るので、恥を忍んでやって参ったのですが。でも、お会いできて最高に倖せでした。有難う存じました」 老人「いや、いや、礼を言わなくてはならないのは、わしの方です。太郎を、息子を頼みましたよ」 花子「あのこれ、太郎さんから預かって参ったお土産の品です」と、小さな紙包みを渡す。 老人「ああ、有難う。本当に有難う」 花子「それでは私、これで失礼致します。どうぞお元気で、御達者で御暮らし下さいませ」 花子は深々と一礼してから部屋を立ち去った。暫時、椅子に座り瞑目していた老人は、花子から受け取った土産の紙包みを開けた。 老人「わしの好物の羊羹だな。何かメモ書きが入っている。父上様…、…太郎より…。太郎、太郎、お前の気持ちは痛いくらいに父さんには分かるぞ、痛いくらいに。この何も書かれていない白い空間に、お前の言葉では言い尽くせない無限の気持ちが、次から次へと浮かんでくる。素晴らしい、心の籠った便りを有難う…、有難う太郎。天国に居る母さんも喜んでいる、とても喜んでいる。お前も嫁も、もう直ぐあの世に旅立つ決意なのだな…。お前が決断したことだ。父さんはお前の考えを全面的に支持する、断固としてだ。父さんも、遅かれ早かれ早晩、お前たちと一緒になるじゃろう。その時期は神様がお決めになられること…。それまでの間、父さんはお前の文字のない手紙を何度でも読み返すつもりでいる、何度でもだ…。ああ、神様、わたくしども愚かな家族の犯した、愚かなる罪をお許しください、どうぞ。仕方なかったのです。力の限りに生きた結果だったのですから…、既に御見透しの如くに。力ない、愚かなわたくし共に憐れみと、慈しみの御心を賜りますよう、衷心よりお願い申し上げます。……、ああ、太郎、花子、天国の母さん…」
2018年02月19日
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第 二百九十 回 目 野辺地町の 住人の方々 に対するアピール文章 『 俳優 への 勧め 』 ここで言う 俳優 とは、ごく普通に使われている定義や用例と同義であります。つまり、舞台上で、或いは映画やテレビドラマなどで、台本に書かれた役柄を演じるプロ・職業人を意味します。つまり、平たく言えば役者のことです。 その俳優・役者に一人でも多くの人々になっていただきたい。その様に私・草加の爺こと、古屋克征は強く、強くお訴え申し上げたいと存じます。 それには最終的に非常に遠大な目的があります。最大限に申し上げると、全人類救済の為の最重要スポットとして、野辺地の町を再構築すると同時に、永遠に繁栄を続けるコミュニティーのモデルケースに仕立て上げる事、これこそが 真のゴール であります。 唐突に上の様な 大風呂敷 を目いっぱいに広げ過ぎた如き物言いを致しますと、常識ある有識者の方々のみならず、ごく普通に、生真面目に生活されていらっしゃる大部分の人々から、即座にそっぽを向かれてしまい、それ以上は何を言っても無駄。狂人の戯言(たわごと)としか受け取っては呉れず、鼻汁(はな)もひっかけては貰えない。これでも私はそれくらいの冷静な判断力を持ち合わせて居るつもりです。それが、その私が何故にそうした大きな危険を、敢えて冒すのか?それは、真実より強い説得力は無い、と確信しているからであります。 偉そうな物言いに聞こえましたなら、暫時は御容赦をお願い致します。時間が、事実が間もなく嘘や飾りのメッキであれば、た易く剥がしてしまうでありましょう。私は自分が確信している目標の実現に向かって、一直線に邁進し、ベストを尽くし続けるのみ。そう自分自身に言い聞かせて前進する所存であります。 しかし、ただ一つだけ絶対に不可欠な、そして必要にして、十分な条件があります。それは予算という名前の金銭の力では、断じてありません。現代では、お金さえあれば何でも可能であります。しかし、しかし、よく考えて下さい。本当にそうでしょうか…。 現状がそう見えているのは、人々がそういう方向に向けて、長い年月にわたって努力を続けて来た結果、そうなったのに過ぎません。であるならば、今後人々が、ほんの一握りの人々で構いませんから、全然違った方向に向かっての真摯な努力を重ねるならば、全く違った展望が開けるのは謂わば 理の当然 なのであります。 そうです、それは自分以外の「 他者に向けた、善意の、無償の行為としての働き掛け 」なのでありますが、その無償の行為・好意は直ちにその行為を行った人に、あたかもブーメランの如くに還元されてくる。 それが「俳優への勧め」の大意なのですが、私の推奨している 方言によるセリフ劇 の定着と活動によって 魂の洗濯・浄化 という、私たち通常人にとって日々の生活を十全に、そして輝かしく生きるために最も必要でありながら、見過ごしにされている基本的な営みを、しっかりと野辺地の町に根付かせ、定着させ、更には美しい大輪の華として、花咲かせる事を意味しています。 そしてその前途遠大にして遼遠なる目標へ向けての、重要な第一歩は町民おひとり御一人の、日常的な 音読励行 の習慣化運動にこそあります。更には、その延長線上にセリフ劇による心と魂の癒しと清めの、町ぐるみでの創造行為があり、その先端にプロの俳優集団の誕生・創設への輝かしい発展が期待されているのであります。 少しく先を急ぎ過ぎたきらいがありますが、最初の記念すべき「音読の習慣化」が、長いスパンで見た場合に如何に重要であるかを、ご理解頂きたくての説明でありました。 部分には既に全体が宿っている ― との仏教の教えは、この場合でも真実であります。即ち、音読の中に 癒しや清掃、カタルシス、憂さ晴らし の本質的な効用は、顕著に現れていますし、将来観客と役者に育っていく 読み手 と 聴き手 の役割も、同時に併行して含まれています。 言葉とは本当に有難い物であります。とりわけ標準語などという人工的な処置の施されている「便宜のための加工語」と違って、方言と呼ばれる土地の普段着としての言葉には、長い、長い歴史と無数の人々によって培われた愛情とエネルギーとが、無尽蔵に蓄えられて居りますので、それに対して無心に、限りない真情を込めて接するならば、数えきれない程の効用と元気とを、生きるヴァイタリティ―の根源となるミラクルパワーを、人々に惜しみもなく大きな恩恵として分け与えてくれることは、間違いない事、百パーセント請け合いですよ。 さて扨て、ここで改めてタイトルの「俳優への勧め」に戻ってみましょうか。 人は誰でも生まれながらにして、一個の 俳優 である。そう申し上げたなら、貴方は吃驚仰天なさるでしょうか? そうです、私たちは例外なく「天性の俳優」なのであります。そして、そこに 無自覚な という形容詞が付くのですが。 誰か身近な人を頭の中で思い浮かべてみて下さい。あなたのお父さんでも、お母さんでも、その他の友人知人でも結構です。どうですか、その人は明らかに他の誰とも違っては、いないでしょうか? ほかの誰とも違う語り口や、癖や、雰囲気や、顔つきなどが直ぐに思い浮かぶのでは、無いでしょうか…。そうなのです、私たちは皆が自分自身を終始一貫して、又、巧まずして日々演じている、名優達ばかりなのでありますね、実際の話が。 それでは世間で言われている 名優 と、普通人としての「無自覚な俳優」とは、何所がどう違うのでしょうか? 少し考えてみましょう。 物語の世界を例にとってみましょう。典型的には ヤマト・タケル と かぐや姫 が居ます。男性としては異常な強さ故に悲劇的な死を遂げる。女性としては光り輝くような異常な美しさが特徴と言えます。端的にヒーローと美人と言っておきましょうか。このヒーロー性をた易く連想させるタイプの男優が人気を取り易い。女優の場合でも、スタイルや容貌が決め手になります。 私、草加の爺は四十年近くを、役者とかタレントなどという人気稼業の人々の近くで生活し、仕事の上で多大な恩恵を被って来て居ります。 役者やタレントは典型的な人気稼業ですから、見た目とか語り口と言った、手っ取り早く魅力が視聴者や観客に伝わるキャラクターが、はっきり言って世間で持て囃される。簡単に表現すれば、ヒーローと美人に外見が適合してさえいれば、スターになりやすい。人気を取り易い。そう言えますよ。 しかし、私が野辺地町を中心地に選んで実現しようと計画している「セリフ劇」の核心の目標は、視覚に主として訴える行き方ではなく、人間の想像力をメインに刺激して、心の中、精神、魂の 「手当て」による治癒・癒し を実現しようとする目的ですから、演じ手の側に強い善意の意欲さえあれば、人を選ばない。俳優の資質・資格は全く問わない。基本的には、そう言った性格のものなのであります。 更に重要な点を付け加えるならば、主役は舞台上の俳優・役者の側にはなく、客席、桟敷、平土間に座っている観客の側に在るのですよ。被治癒者は、つまり観客は、舞台で演じられ語られるドラマを通して、自らの心の健康を回復する。そういう場を提供することこそ、方言によるセリフ劇の真骨頂なのであります。如何でしょうか、従来の 芝居・劇・ドラマ の概念を百八十度転換させる、真に革新的な意味合いを、ご理解頂きたく念願する次第であります。 非常に短縮した要点だけを申し上げるならば、音読に始まり、読み聞かせ、セリフ劇の実演、そしてカタルシスを齎す治癒的なパフォーマンスに到る、最終的な理想形に於いては、再び三度、ヒーラー・治療実施者としての俳優の資質や能力が改めて問題視される。つまり「藪医者」よりは名医、即ち真の意味の 名優 が初めて要請されなければならない。しかし、この最終段階に至る道程は遥かに遠く、理想のまた理想と言え、現実問題としては私たちの関心の埒外に有る物と、無視して差し支えない。その様に考えます。 この様に述べて参りますと、この 俳優への勧め とは、現在の野辺地の町民に対する呼び掛けであると同時に、あらゆる人に通用し適応可能なとても大切な事柄であり、その意味でも私たちが自己に与えられた人生を、主体的に、前向きに、積極的に生きる上で決して蔑ろにしてはいけない、むしろ最重要課題だという事実に気付く筈なのです。 無自覚な、受け身で消極的な生き方から、自覚して自主的に、そして積極的にして有意義な生き方とは一体どのような物なのか、改めて各自が何度でも自己に問いを重ね重ね、充実した輝かしい生き方を模索する。私を含めてこの世に生を享けた万人が、心して生きる上で、どうしても避けては通れない道だったのでありますね、実際の所。 ですから、それ故の「俳優への勧め」なのでありました。
2018年02月11日
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第 二百八十九 回 目 寸劇の台本候補として ― 「ジジ 竜宮城に行く」(喜劇) 時代:現代 場所:竜宮城 人物:そくら爺さん、乙姫、甲姫、丙(へい)姫、その他 舞台が明るくなると、中央にジジと丙姫が楽しく会話している。 ジジ「初めまして、吾は野辺地町の住人のソクラと申します」 丙姫「私は竜宮城の三人姉妹の末娘、丙姫と申します。どうぞ宜しくお願いいたします」 ジジ「こちらこそ宜しく願います。早速ですが、お尋ねしたい事が沢山あるのですが、物分かりの悪い年寄りにも理解できるように、可能な限り平易に、かみ砕いて御説明をお願い申します」 丙姫「畏まりました。何なりとお尋ね下さいませ。出来る限り分かりやすくご説明させて頂きましょう」 ジジ「此処は確か 竜宮城と呼ばれている海底の底の底の方にある、目が眩むばかりに美しい宮殿の様ですが、何故、どういう理由によって吾が、この竜宮城に招待されることに、なったのでしょうか?」 丙姫「(微笑みを浮かべて)理由など御座いません。お爺さんが心の中で、その様に望まれたからです」 ジジ「吾が心の中で、此処に、竜宮城に来たいと思った? 成程、確かに…。しかし、それがどうして分かったのでしょうか? 吾が心の中で思った事が…」 丙姫「龍神様は、この竜宮城の御主人様は、善い人の、善い願い事は何でも直ちに、叶えて下さいます。龍神様は、万能の、全能の神様でいらっしゃいますので」 ジジ「成程、龍神様ですか…。ところで、吾が理解している範囲では、竜宮城には乙姫さまが住んでいらっしゃる、と聞き及んでいるのですが、貴女さまは先ほど ヘイひめ と自己紹介なさいました。お名前を変えられたのでしょうか?」 丙姫「いいえ、私は元から丙姫で御座いました。乙姫は私のすぐ上の姉の名前です。あら、そう申しております所に、姉たちが揃ってやって参りました」と、舞台の下手を振り返る。甲姫と乙姫が連れだって登場する。 甲姫と乙姫「(同時に)そくら爺さん、竜宮城へようこそいらっしゃいました」 ジジ「そくらで御座います。どうぞ宜しくお願い申し上げます」 甲姫「竜宮での滞在を十二分に御堪能下さいますよう」 乙姫「私たち三姉妹が出来るだけの御接待を、心掛けますので、どうぞご遠慮などなさらずにお楽しみ下さいませ」 ジジ「有難う存じます」 それから暫らく後の、乙姫の居住空間でのこと。そくら爺さんと乙姫付きの侍女が会話している。 侍女「姫様はお料理がとてもお上手でいらっしゃいますので、どの様なご注文にも応じられます。どうぞ遠慮などなさらずに、何なりとご希望の御品を、オーダーなさって下さい」 ジジ「外国の物と言わず、日本国内の物と言わず、それこそ山海の珍味を何なりとご注文下さいってか。そんな大富豪の様な贅沢が、吾に許されるなどと、一体誰が信じられますか?」 侍女「何なりと仰ってみて下さい」 ジジ「あーあ、本当に困ってしまうな。あれも食べたい、これも試してみたい。あーあ、迷ってしまって一つに決められない…」 侍女「一つとは申して居りませんよ。幾つでも、和洋に中華、イタリアン、ロシア料理その他、何なりとオーダー願います。幾品でも、次々に御用意いたしますので」 ジジ「幾品でも、次々に。あの只で、ロハで御馳走して貰える?!」 侍女「勿論で御座いますわ」 ジジ「あー、もう駄目だ。吾は嬉しさを通り越して、もう死にそうだ」 侍女「(笑っている)」 ジジ「望みの品は何でも、と言いましたね…。決めた、やっぱりあれにしよう!」 すると、ジジの言葉が終わらないうちに、乙姫が何か料理を載せた皿を両手に持って、にこやかに登場した。 乙姫「そくらさん、あなたが子供の頃に大好物だった、お母さま手作りの稲荷ずしです。どうぞ召し上がれ」 ジジは呆気にとられたように暫らく茫然としていたが、俄然お皿の上に並べられた稲荷ずしを手掴みでむしゃむしゃと、口の中に頬張り食べ始めた。そのジジの満足そのものと言った表情を優しく見守る乙姫と侍女である。 しばらくしてからの、甲姫の居住地域である。甲姫とその御付の侍女数名に手伝われて、女装の着付けや化粧に余念のないジジがいる。やがて、準備を終えたジジが日舞を舞い始めた。お世辞にも上手いとは言えない踊り方だが、ジジ本人は大満足の模様。 シーンが変わり、三女の丙姫の居室で小さなテーブルを挟んで向かい合うジジと丙姫が居る。 ジジ「大変お世話になりました。とても楽しく、そして貴重な体験をさせていただきました。時間が経つのがこんなにも早いと感じたのは、生まれて初めてのことでした。本当に有難う御座いました」 丙姫「どういたしまして。お喜び戴けたのでしたら、私どもも嬉しゅうございます。最後に、何かお土産を差し上げたいのですが、何かご希望のお品など御座いますか?」 ジジ「いえ、いえ、とんでもない。十分に、心の底から満足致しました。これ以上は何も望む物など有りません」 丙姫「お爺さんらしい仰い方ですこと。でも、これは私ども三姉妹からのほんのささやかなプレゼントの品です。どうぞ、お受け取り下さい」 ジジ「そうですか。それでは御厚意に甘えついでに、遠慮なく頂戴致しましょうか」と、小さな玉手箱を受け取った。 数日後の川沿いの散歩道を仲良く肩を並べて歩いているジジとババの姿がある。 ババ「その土産の玉手箱には、一体何が入っていたのかね」 ジジ「なんだと思う。当ててみてくれないか」 ババ「まさか白い煙が入っていて、太郎は忽ち、と言ってもおめえは元々白髪頭の爺さんなんだから、……、逆に若返ってイケメンの若者に、なって無いもの」 ジジ「種明かしをしようか。吾はまだ箱を開けていないのさ」 ババ「どうしてまた」 ジジ「開けなくとも分かっているからさ。吾の明日への希望、という名の宝物さ。分かるかな」 ババ「分からない。分かるわけないでしょ」と、素っ気無く、しかし楽し気に前に進んでいくババである。ジジも、楽し気に後を追う。太陽が燦々と降り注ぐ午後の事である。
2018年02月09日
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