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環境エネルギー政策研究所所長の飯田哲也氏を代表代行とする日本未来の党が結成され、原子力発電の問題が総選挙の大きな争点になってきました。 さて、文字通り「日本の未来」を考えていくためには、福島原発事故の徹底した検証が大切になってくると思われるのですが、そのような検証作業のすぐれた営みとして『検証・福島原発事故・官邸の100時間』(岩波書店)をあげることができます。 これは、朝日新聞記者である木村英昭が、大震災と事故勃発の100時間(3月11日から15日までの5日間)首相官邸で何が起きていたかを、主要人物の証言や関係者への徹底的な取材をとおして再現したものです。 もちろん、各人の記憶には曖昧さがともなうわけですが、首相秘書官など関係する人たちがその場のやり取りについて多くのメモを残しており、それらのメモと複数の証言を照らし合わせてその内容を裏づけていくという、実に根気のいる取材と作業を積み上げています。 著者がそのような徹底した検証に取り組むことになった大きな動機は、原発事故に関するマスコミの報道が「大本営発表」と批判されたことです。そのような批判も意識しながら木村は次のように述べます。 例えば事故の検証は、政府や国会の事故調に任せるのではなく、ジャーナリズムの責任で検証していい(・・・)。何か公的なものによりかかって記事の信頼性を確保する手法こそが〈3.11〉を契機にして読者から投げかけられた批判だったはずだ。私たちが直接当事者にあたり、この事故はこうだったという結論を読者に提示すべきで、揺らいだジャーナリズムへの信頼感はそこにしか醸成されない。(300頁) 西谷修一氏がブログ上でこの著書に関する要を得た説明をされていますのでそちらもぜひご参照ください。 また、この著書に先立って刊行された『プロメテウスの罠』(朝日新聞特別報道部)の書評はこちらです。 以下は、私自身の印象に強く残った部分ですが、いわゆる福島第一原発からの東電の撤退問題に関しても、実名のやりとりが以下のように記されています。 元警視総監の伊藤は応接室でのやりとりを鮮明に記憶している。 伊藤「第一原発から退避するというが、そんなことを言えば1号機から4号機はどうなるのか」 東電「放棄せざるを得ません」 伊藤「5号機と6号機は?」 東電「同じです。いずれコントロールできなくなりますから」 伊藤「第二原発はどうか」 東電「そちらもいずれ撤退ということになります」 その東電幹部は伊藤に「放棄」「撤退」と明言した。政府事故調の「中間報告書」は撤退問題を官邸の政治家側が勘違いしたかのように片づけている。国会事故調も「全員」か「一部」かという問題の立て方から出発している。この問題は全員撤退問題ではないのだ。(…) これは原発放棄事件なのだ。(233) (・・・) 菅に見せられた東電の稟議書の件名はこうだった。 《本部機能移転について(東電側の紙)》 東電は本部機能を福島第一原発に置くことを断念するつもりだった。本部機能といえば作業を指揮する最重要の部隊だ。それを福島第一原発から撤退させるというのだ。(249) 菅や枝野、海江田ら官邸中枢は「東電が撤退する」と聞き、その対応に追われた。(…) 東電は原発のコントロールを諦め、放棄しようとしていた――。これが取材を通じて浮かび上がる事実だ。重ねて言う。この原発放棄事件はこれからの原発の稼働を東電が担う資格があるかどうかを問う、極めて重要な論点だ。(254) (・・・) 原発事故対応の最高責任者は内閣総理大臣である。その首相の座にあった菅には、一切の責任を背負う義務がある。それは言を俟たない。(…) 最高責任者である菅の責任を問うてもなお、今回の事故では、その根底に対応に当たるべき、保安院、文科省、原子力安全委員会といった原子力関連の官僚組織の機能不全が横たわっていたことを見逃すわけにはいかない。そして専門家の責任だ。方針を決定すべき政治家に、適切で十分な情報を与えず、右往左往して口を噤んだのは、事故対応の中心的な役割を担うはずだった原子力に関係する官僚と専門家たちだった。(278) そして、原因企業である東電はどうだったか――。(…)東電社長の清水に会おうと広報課係長の長谷川和弘を通じて取材を申し入れたが、結局応じてもらえなかった。(…) 「俺は二度と過去のことを語ることはない」(清水発言) この事故により県内外へ避難している福島の人たちは今も16万人を超えている。 (279頁 引用は以上) 福島第一原発の事故とその後の経過を通して、電力会社、経済産業省を中心とする官僚、旧来の政治家、多くの「専門家」、そして電力会社からの広告収入をあてにしてきた報道機関が「原子力村」ともいうべき共同体を作ってきたことが明らかになりました。(その実態、一端はこちら) 『検証・福島原発事故・官邸の100時間』から浮かび上がってくるのは、原子力村の住人たちが適切な対応どころか事態の把握さえまともにできず、官邸に必要な情報を上げることも、助言をすることもできなかったという状況です。そして、事故そのものに全く責任をとらないどころか、原発の再稼動と「原発必要キャンペーン」には奔走する「原子力村」。 報道機関のなかから、上記のような「事故検証」(「原子力村」の実態を浮き彫りにする著書)が生み出されたのは注目すべきことです。報道機関や報道人について十把ひとからげに判断することはできないという例でしょう。 さて、新旧たくさんの政党が選挙戦に入りますが、真っ向から「原子力村」と対峙できる政党・政治家は・・・? 日本の将来を大きく左右するこの問題について、しっかりと判断・意思表示していくことが求められていると考えるのです。 教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに(yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。) 〔 「しょう」のブログ(2) 〕もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など)
2012.11.28
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都知事選に関するコメント、イベント案内等を転載します。 〔11.08反貧困ネットワークの「宇都宮日弁連会長が立候補の意向」と報道されています〕 都知事選についてのコメント 湯浅 誠 (11月4日執筆、6日発行) この間、多くの方から、都知事選についてお問合せなどいただきました。ご推薦いただいた方もおられて光栄かつ恐縮でした。率直に申し上げて、今回の都知事選で私が「勝てる候補」などと言われるのは、ほとんど身の丈に合わない話と思わざるを得ないので、わざわざ態度表明するのもどうかと思っていました。しかし、新聞紙上でも取り沙汰されるようになり、沈黙していることによる不利益も生じかねない情勢になってきたことから、コメントしておきたいと思います。結論から申し上げると、出馬はしません。 以下、この間の経緯や考えたことを書きます。 1)大きな社会状況として、すでに数多くのご指摘があるように、橋下維新、石原新党とつづく世の中の流れには、私も危機感を持っています。石原さんが事実上の後継者として指名した猪瀬直樹さんが石原都政路線を引き継ぐのだとすると、また、出馬を取り沙汰されている東国原さんが橋下さんとの連携を示唆されているのだとすると、この間の流れも踏まえつつ、それに違和感を抱いている人たちの思いを集結させられる対抗馬の擁立(オルタナティブの提示)は必要だと、私も思います。 2)ただし、1000万人を超える有権者を抱える巨大都市・東京都の知事は、広範な人々の利害を調整する官僚機構と良好な関係を保ち、企業から生活者を含めた多様な人々に共感を得る必要があります。イメージとしては、1000万人有権者を自分から近い順に一列に並べたときに、真ん中(500万人目)からちょっと先くらいの人たちに言葉を届けられるくらいの幅の広い陣容を組めるかどうかが重要に思います。 3)では、それは誰か、となるのが選挙です。固有名が出ないことには選挙になりません。ただし、その前段階では「こういう人」というイメージが必要です。私のイメージは以下のようなものでした。(1)原発事故以降、飛散する放射能や食の安全に対する不安は高まっています。それは社会運動や市民活動に参加したことのなかった人たちも抱いています。人によっては濃淡があって、人によっては漠然としてもいる不安感を抱く人たちが共感できる人が望ましい。上から降ろしたような脱原発・反原発ではなく、重要なのは「生活者としての共感でしょう。したがって生活者目線を(「生活者目線!」と訴え(2)加えて、グローバル化が進行する中、グローバルな競争関係にいかに対処するか、という知見も必要です。とりわけ巨大都市で一人勝ち状態の東京では、「東京が牽引役」と漠然と感じている人が多いと思われます。直線的なグローバル批判よりも、多様性(ダイバーシティ)、普遍性(ユニバーサル)をキーワードに、「グローバルとは競争の激烈化とイコールではない」「多様性と普遍性の尊重が発展と成長につながる」という主張を説得的に展開でき、それを体現するグローバルなキャリアを持った人が望ましい。(3)石原新党や橋下維新の諸政策を「新自由主義」と断じる人たちは、どんな対抗馬でも票を入れる。しかしそれだけでは数十万票規模にしか達しないだろう。むしろ問題は「あのマッチョな感じについていけない」と肌感覚で違和感を抱いている人たちの共感を得られるかどうか。ソフト・柔軟・親しみといった対極的な諸要素を併せ持つ人が望ましい。(4)知名度や実績は高ければ高いほどいい。ただ、仮にそれほどの高い実績や知名度がなくても、諸分野の専門家のバックアップや候補者に欠けているものを補う態勢の担保を選挙戦中から示すことで、知名度不足からくる不安感、不信感をできるかぎり払拭することは不可能ではない。 その他、政党人でないことなど、さまざまな要素がありますが、ここでは割愛します。4)そのようなイメージから、私は今回、都知事選には「生活者としての立ち位置とグローバルなキャリアを併せ持ち、猪瀬さんや東国原さんとは対極的なキャラクターを持つ女性」が望ましいのではないかと考え、それに当たる人を探しました。幸い、お一人おられたので、11月頭に急遽お会いしてお話してみましたが、残念ながらお子さんが小さいことなどから固辞されました。この時点で、私にとってベストの候補はいなくなり、あとは誰がベターかという話に移りました。5)「勝つ」ことが困難でも、「勝てない可能性が高いが、オルタナティブを提示し、一定の票を獲得することで、異なる民意を示す価値のある選挙戦ができるか」という次元もあり得ます。理想的な形は作れなくても、意味のある選挙戦ができれば、それは都知事選に続く衆議院選挙、都議会議員選挙に向けて、オルタナティブを望む少なからぬ都民の存在を可視化できる(それは、都知事選を、次の総選挙で自分の政党の得票数増加に結びつけようといった個々の政党の思惑とは別のレベルの話として)。そのラインは、過去2回の選挙で次点候補が獲得した169万票だろうと思います。対戦候補によってはそれだけ取っても勝てないかもしれない。しかし、次点候補がそれ以上の票数を獲得したのは1975年以来ありません。オルタナティブを提示しつつ、それだけの票を獲得したとしたら、仮に選挙で勝つことができなくても、一定の民意を示したと言えるのではないか、と思います(もちろん「選挙なんだから勝たなくては意味がない」という言い方もありまが...)。6)そのためには、いわゆる「左派」系の政党を支持している人の数では到底足りません。それ以外の100万人近い人たちが支持してくれないと、その数には至りません。これは、投票する人たちの5人に1人という気の遠くなるような数です。現在の社会運動の広がり具合、浸透具合を冷静に見るかぎり、その人たちが仮に現在の石原新党、橋下維新といった流れに何らかの違和感を抱いているとしても、同時に社会運動や市民活動にも違和感や拒否感を抱いている可能性は少なくない。「どちらを選ぶか」と問われれば「まあ、どっちもどっちだろうけど、まだ前者のほうに実績と勢いと展望があるのではないか」「後者では、東京がどうなってしまうかわからず不安だ」と感じる人も少なくないのではないかと推測します。危ないのは「石原新党、橋下維新に違和感を抱いている人は少なくないはずだ」という点に重きを置きすぎて、「自分たちに違和感を抱いている人も少なくない」という点を軽視したり忘れてしまうことです。7)そうだとすると、目指すべき戦略は、(1)社会運動や市民活動に対する不安や不信感をいかに払拭し、(2)相手候補に対する違和感にいかに明確な言葉を提供できるか、ということになります。(2)は社会運動や市民活動が比較的ふだんからやっていることで、相対的な得意分野と言えるかもしれません。(1)は比較的ふだんから忘れられがちなことで、相対的な不得意分野です。しかも(1)と(2)はバーター関係にあり、どちらかに偏りすぎると他方を失いますから(先鋭化すれば広がりを失い、広げすぎれば無原則となる)、両者が得票数最大化に向けて絶妙のバランスを取るように工夫する必要があります。 それは容易なことではありません。選挙の事務局内でも「ここが均衡点」の判断は分かれるでしょう。容易ではないから、今まで勝てませんでした。そして、(1)が不得手で(2)が得意なのだとすれば、当面力を入れるべきは、当然不得意分野である必要があります。8)そのためには、自分たちにないものを補っていく布陣が必要です。実績不足については実績のある人を、不安に対しては安心感を与えられる人を、不信感に対しては自分たちと対極にいるような人でチームを構成し、応援団に配置できることが望ましい。もちろんそれも容易なことではありません。ないものを補ってくれるような人たちが、社会運動や市民活動に不安や不信感を抱いている可能性も少なくないからです。だからこそ、対話と調整の技法が必要です。それができなければ、結局選挙戦も広がりを欠くものになります。そして選挙が組織戦でもある以上、社会運動や市民活動に携わる一人ひとりがそれを身につけていかなければ、候補者だけにその広がりの獲得を期待しても、無理な話です。結局、草の根ベースで一人ひとりがそれをできるかどうかが、選挙でも問われることになります。その点は、社会運動や市民活動の日々の現場と変わりません。『ヒーローを待っていても世界は変わらない』ゆえんです。タテに突き抜けるような一点突破型の手法だけでいけるなら、そもそも苦労はありません。9)諸般の事情から、今回の都知事選で私自身がそれを担うことは不可能になりました。当初から自分自身についてはきわめて消極的でしたが、現在では完全にゼロです。「諸般の事情」については、いずれご説明する機会も来るかもしれませんが、いま詳細を述べることは差し控えます。ご了承いただければ幸いです。(・・・後略・・・)以下、イベント等のお知らせです。( 詳細はこちら )━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━イベント情報■1(東京)2012年11月10日(土)15:00~17:30@ダイニングバー「Riddim(リディム)」毎日新聞連載「リアル30‘s」 トークライブの開催について■2(東京)2012年11月11日(日)14:00~19:00頃(開場13:30~)@一橋大学佐野書院イースト・プレス主催<熊谷晋一郎さん連続講演+討議>■3(全国)2012年11月14日(水)・15日(木)・16日(金) 毎日10:00~16:00電話相談「介護保険ホットライン2012」■4(東京)2012年11月24日(土)25日(日)詳細下記@主婦会館プラザエフ 主婦連合会会議室2012年ひとり親サポーター養成講座 受講生募集中! 教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに(yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)
2012.11.08
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