“しょう”のブログ
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安保関連法案が参議院の委員会で「可決」される前日、中学に通う息子がポツリと言いました。「選挙って人に投票するわけだけど、重要な法案に賛成するかどうかなぜ投票で決められないんだろう?」 「うん、いい感覚だ」と思いながら私は応えました。「日本の場合、法案の可否を問う国民投票はないんだけど、それをきちんと制度化している国もあるよ。例えば、スウェーデンでは大体一年かけて現状の問題を解決する案を各政党が出し合って、しっかり公開での議論をしたうえで選挙する。そして、選挙の争点にならなかった重要な法律を成立させるときには国民投票を行うんだ。」 近年、投票率低下が問題になっているスウェーデン若年層の投票率は2010年の総選挙で79%!「投票率低下」のレベルが全く違う背景には、上記のような民主的な制度と議論の積み上げがあるのでしょう。確かに、選挙に先立つ議論や国会内の議論において民主主義がまともに機能していると思えない日本の場合とは大違いです。 そのような日本においても、希望を感じさせるのが大学に所属する若年層を中心に広がっていったSEALs の活動です。9月15日中央公聴会、奥田愛基さんの意見陳述は見事だと思いました。「立ち上がり、行動し、自分の言葉で語る」というSEALs の活動、本当に魅力的です。匿名での誹謗中傷ばかりに力を入れるネット右翼とは大違いですね。わたしもこれまで報道やネットでの情報以外(あと、「委員会可決」直前の国会前のデモに参加してその雰囲気を感じた以外)ではSEALs の活動を知らなかったのですが、昨日買った『高橋源一郎×SEALs 民主主義ってなんだ? ~まだこの国をあきらめないために~』(河出書房新社)を本日読了しました。活動の発端や、色々な模索・思索が対話の中で展開されていましたが、ここではあとがきの発言(一部)だけを引用しておきますね。「・・・民主主義とは何か?と考えるのではなく、民主主義的なことをやってみる。つまり、話し合ってみる。その体験が民主主義なんじゃないだろうか・・・。話し合いの中で、相手の意見を聴いて自分も相手も少しずつだけど変わっていく。そして、共通の地平が見えてくる。・・・それは、凝り固まった与えられた制度としての民主主義ではなく『僕らの民主主義』の片りんなのだろう」(牛田)。「・・・この本が出る9月中旬には、国会での安保法制に関する結論は出ているだろう。覚えていてほしいのは、どんな社会になるにしても問われているのは自分たち自身だということだ。法案が通るまでも、通った後も、そして次の選挙も、問われているのは政治家ではない。『民主主義ってなんだ』―― その答えを出すのはずっとずっと自分たちの番なんだと思う」(奥田)。彼らの言う通り、次回の選挙は「安保法制の可否」に関する実質的な国民投票の意味を持たせられるかもしれません。やはり、問われているのは自分たちなのでしょう。「民主主義が終わってるならまた始めればいい」という奥田愛基の発言など、非常に頼もしく元気づけられました。みなさんもぜひご一読ください。 にほんブログ村
2015.09.23
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