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(尾崎一雄)先生の家は神社のすぐ手前の右側だった。「やあー、遠いところを御苦労さん、待っていたよ」先生は相好をほころばして、ほんとうに待っていたというふうに、一休みする間もなく、早速、廊下の奥にある書庫へ私を案内した。そんなに大きな書庫ではなかったが、書棚からはみ出した本は、床の上までところ狭しとうず高く積んであった。(中略)砂子屋書房から出した本も、出た当時のままで沢山あった。その砂子屋書房で、一番最初に出した太宰治の「晩年」は二冊あった。このフランス装の「晩年」の一冊はいまだアンカットであり、いま一冊の「晩年」の見返しには、「オマエヲチラット見タノガ不幸ノ始マリ 太宰治」と墨書きし、尾崎一雄様としてあった。先生は、太宰の奴、こんなことを書きゃがってと笑ったので、先生、これはどういうことですかと訊くと、うん、これは多分フランスあたりの詩人の言葉を書いたんだよと言った。(関口良雄さん「昔日の客 二人の尾崎先生」P189)
2013年02月28日
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「柳田国男 山人論集成」を買書つんどく。角川ソフィア文庫「柳田国男コレクション」の一冊として刊行されました。「日本の先住民族の末裔で、山姥や天狗のような姿をもつと考えられた「山人」。彼らは一体何者なのかー。柳田が記した膨大な「山人論」の成立・展開・消滅の過程がわかるよう、その著作や論文を編者独自に再構成。「山人論」の変容と柳田の学問や文学の核心に迫る。」「序 孤児の感傷ー原初の山人論/第1章 「天狗」から先住民へー山人論の成立/第2章 山人論の変奏と展開/第3章 山人と狼に育てられた子供ー柳田・南方山人論争/第4章 アサヒグラフ版「山の人生」/第5章 隘勇線の彼方ー越境する柳田国男/終章 「山」の消滅」(「BOOK」データベースより)
2013年02月28日
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今年も又葉桜の季節となった。今日は朝から逝く春の雨が静かに降っている。私は閑散とした店先で本を読んでいたが、ふと川田さんのことが頭に浮かんで本を閉じた。夏休みにはフランスに行くが、秋までには帰るから、そしたら又沢山本を買いに来ますよといった川田さんの言葉を思い出した。川田さんは私の話を面白いと言い、私も川田さん、あなたの話は面白いですねと言ってよく雑談をしたのだが、あの時既に川田さんは狂っていたのか。狂った川田さんと話がよく通じ合うということは、これはどういうことか。その後の消息では、川田さんはまだ入院しているらしい。川田さんは精神病院の窓から新緑の中にそびえるシャンボール何とかいう近代風の白い建物を眺めて、案外フランスにでも行ったような気になっているかも知れない。(関口良雄さん「昔日の客 某月某日」P96)
2013年02月27日
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狙いどおり、最初彼女は目を丸くしていました。しかし、藤子不二雄の相当なファンだったようで、並んでいる作品について滔々と語り始めたんです。子供向けの有名な作品はともかく、「劇画毛沢東伝」や「ミノタウロスの皿」のような大人向けのマンガについては、わたしよりもよく読んでいるようでした。(「ビブリア古書堂の事件手帖2 足塚不二雄「UTOPIA 最後の世界大戦」」P221)「・・・・・大輔さん」冷たい潮風に、彼女の黒い髪が躍った。杖を握っていない左手でかき上げた時、まだ例の値札を握っていることに気付いた。「私の母が「最後の世界大戦」について、本当になにも知らなかったと思いますか」(「ビブリア古書堂の事件手帖2 足塚不二雄「UTOPIA 最後の世界大戦」」P233)「劇画毛沢東伝」「ミノタウロスの皿」ところで、僕が持っている藤子さんのコミックは次の三冊ですが、絶版になってて、美本ならちょっと高いみたいですねえ(笑)。「カンビュセスの籤」「みどりの守り神」「征地球論」
2013年02月27日
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花空先生が買って行った本は何ひとつ覚えていないが、一冊だけ覚えている本がある。藤沢清造の「根津権現裏」という本である。たしか買って七、八年もたってからの或る夜遅く、その本を手にした時の感激を、大分昂奮した口調で電話してきたことがあった。友達と文学論でもしていてたまたま藤沢清造のことに及び、私のところに電話でもしたくなったのに違いないと思った。(関口良雄さん「昔日の客 某月某日」P89)
2013年02月26日
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ふと、彼女は一冊の本を抜き出して、俺の方に向けた。黄色い函に「豚と薔薇」という署名が印刷されている。著者は司馬遼太郎。「これ、珍しいですね」司馬遼太郎の名前は知っている。ドラマ化された「坂の上の雲」をいつだったかテレビで見た。「豚と薔薇」は初めて聞く書名だった。「どういう内容なんですか」「推理小説です」(「ビブリア古書堂の事件手帖2 福田定一「名言随筆 サラリーマン」」P131)私は、探偵小説に登場してくる探偵役を、決して好きではない。他人の秘め事を、なぜあれほどの執拗さであばきたてねばならないのか、その情熱の根源がわからない。それらの探偵たちの変質的な詮索癖こそ、小説のテーマであり、もしくは、精神病理学の研究対象ではないかとさえおもっている。俺は目を丸くした。あとがきで作者本人に、ジャンルごと否定される小説なんて聞いたことがない。(「ビブリア古書堂の事件手帖2 福田定一「名言随筆 サラリーマン」」P133)どうも、ドラマのほうは、順番がバラつくみたいなので、もう、先になってもいいから、読むことにしました。ところで、こんなのがありました。「豚と薔薇」「ペルシャの幻術師」
2013年02月26日
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もう殆ど口をきく気力もなくなった尾崎(士郎)さんは腹の中で「馬鹿ッ、違う違う。俺の好きな歌は「白虎隊の歌」なんだよ。俺は間もなく死んでしまうというのに、何をトンマな間違いをやっているんだ」と、怒鳴りながらもそこは生来の楽天家の尾崎さん「まあいいや、俺も随分トンチンカンな間違いをやらかしてきたんだから。俺は俺で先に行った奴等とあの世で雪見酒でもやりながら、浪花節でもやろう」と、苦笑しながら昇天されたことと私は思うのである。(関口良雄さん「昔日の客 尾崎さんの臨終」P56)
2013年02月25日
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「日本近代短篇小説選(昭和篇1)」を買書つんどく。こういう短篇集で、一日一篇づつ読んでいくような、こころの余裕が欲しいもんだ・・・・・。「施 療室にて(平林たい子)/鯉(井伏鱒二)/キャラメル工場から(佐多稲子)/死の素描(堀辰雄)/機械(横光利一)/闇の絵巻(梶井基次郎)/ゼーロン (牧野信一)/母たち(小林多喜二)/生物祭(伊藤整)/あにいもうと(室生犀星)/いのちの初夜(北条民雄)/築地河岸(宮本百合子)/虚実(高見 順)/家霊(岡本かの子)/待つ(太宰治)/文字禍(中島敦)」(「BOOK」データベースより)
2013年02月25日
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尾崎(士郎)先生はそのころ、慈恵病院を退院されて自宅で静養されていた。夜の九時頃だった。私は先生のいつもの冗談かと思って笑っていた。「君、冗談じゃないよ。本気で頼んでいるんだ。待っているよ」私は犀星の、雪降るといひしばかりの人しづかふるさとや白山吹の町のうらの二句を色紙に書くと、先生のところへ届けた。春とはいっても、名ばかりの寒い夜だった。応接間で待っていた尾崎さんは、二枚の色紙を交互に見ていたが、「うん、是はよく出来ている」といたずらっぽい顔をして笑った。(関口良雄さん「昔日の客 偽筆の話」P38)
2013年02月24日
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村井康彦さんの「出雲と大和 古代国家の原像をたずねて」を買書つんどく。この本、なんだか売れてるみたいですね。「大 和の中心にある三輪山になぜ出雲の神様が祭られているのか?それは出雲勢力が大和に早くから進出し、邪馬台国を創ったのも出雲の人々だったからではない か?ゆかりの地を歩きながら、記紀・出雲国風土記・魏志倭人伝等を読み解き、古代世界における出雲の存在と役割にせまる。古代史理解に新たな観点を打ちだ す一冊。」(「BOOK」データベースより)
2013年02月24日
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私は売れなくてもいいから、久米正雄の本は棚の上にそのまま置いておこうと思う。相馬御風、吉田絃二郎、土田杏村の本なども今はあまり読む人もいなくなった。古本としては冷遇され、今は古本屋の下積みとなっている不遇な本たちだ。マリー・ローランサンの詩の一説に「もっとも哀れなのは、忘れられた女です」というのがある。古い書物の辿る運命も又同じで、忘れられた本は古本屋の片隅で顧みられようともしない。(関口良雄さん「昔日の客 古本」P32)
2013年02月23日
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レーモン・クノー・コレクション3「リモンの子供たち」を買書つんどく。「シリーズ、ついに完結!」というわけで・・・・・。「実在の「狂人」たちをテーマに『不正確科学百科事典』を執筆するシャンベルナックとブルジョアの一家、リモン家。二つの世界が交錯し、突飛な「狂人」たちの言行が、破局へ向かう時代の空気を照らし出す。人間の愚かさを根源的に問う、クノーの知られざる傑作。」(「BOOK」データベースより)
2013年02月23日
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夫人は口の中で何やらつぶやきながら一冊々々の思い出に浸っているらしく、その思い出を私に話して下さった。「忠夫(正宗白鳥)の本は売れなくてねー、だから儲からないんですよ、荷風さんはあんなに全集が出ているのに・・・・・。いつだったか深沢さんの「楢山節考」を忠夫が褒めて書評を書いたら、あの本が沢山売れて深沢さんはとても儲かったのですよ、だけど自家は少しも儲からないんですよ」私は夫人が儲からない儲からないと言うのが可笑しかった。(関口良雄さん「昔日の客 正宗白鳥先生訪問記」P13)
2013年02月22日
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藤村・武者小路・志賀直哉と乱読していた私は、いつかこの洗足池畔の赤い屋根に住む、白鳥というペンネームを持つ主人公は、一体どんなロマンチックな小説を書いているのかしらと興味を持つようになった。そして古本屋で「改造」の文学全集の白鳥集を一冊買って来て読んでみたがさっぱり面白くない。読みかけては止めてしまう。だが何か心に残る物があるので又読み出すのだが投げ出してしまう。(中略)初めに正宗先生の本を読み出してから今日迄二十余年になるが、その間評論的なものは面白いから殆ど目に触れるものは読んで来たが、小説は相変わらず面白くなく、読んだものもあるが読まないものもある。(関口良雄さん「昔日の客 正宗白鳥先生訪問記」P8)「尾崎一雄、尾崎士郎、上林暁、野呂邦暢、三島由紀夫…。文学者たちに愛された、東京大森の古本屋「山王書房」と、その店主。幻の名著、32年ぶりの復刊。」(「BOOK」データベースより)
2013年02月21日
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前にもお話ししましたが、ある種の人間にとっては、本は魔物です。これに魅入られたら――そうですな、本の虫といいますか、こいつが取り憑いたら、もう逃れようがない。あたしみたいに、一冊の本を、とことん探し廻る阿呆もおれば、一冊の本のために人殺しする者もあるんですな。これは、活字の魅力なんてもんでは、決してない。本なんです。書物なんです。(梶山季之さん「せどり男爵数奇譚」P285)というわけで、梶山季之さんの「せどり男爵数奇譚」を読みました。とはいうものの、「せどり」あるいは「本」の話というよりも、「数奇譚」的なグロいところがあります。ミステリという感じでもありませんねえ。そういうのが好きな人にはいいかも・・・・・。
2013年02月20日
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「きっと、ビブリオクレプトの仕事だ!」と――。「あたしも、そう思いますね」笠井は、大きく肯いた。ビブリオクレプトとは、盗書狂とでも訳したらよいだろうか。早い話が、本盗人であった。この盗癖をもった人間は、世の中には、意外と多いのである。特に学者や、蒐集家に多い。いわゆる万引きして、それを売って小遣銭に替えるような輩とは違い、その盗癖は、本に対する偏執的な愛着から来ているのだから始末がわるいのだ。愛書家であるが故に、手に入らない本となると、ついつい盗むのである。(梶山季之さん「せどり男爵数奇譚」P232)
2013年02月20日
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小野正嗣さんの「獅子渡り鼻」を買書つんどく。こんな書評があります。逆に、小野さんの「abさんご」についてのこんな書評があります。「入 江と山に囲まれた土地を舞台に、その母の故郷を頼ってやってきた10歳の少年「尊(たける)」を主人公に、ある夏の彼の生活を描く。都会で心身不自由な兄 と、男にだらしなく家に寄りつかない母と暮らしていた尊は、母の親戚に連れられ、母が大嫌いだった田舎へとやってきた。豊かな自然、素朴な人々、現実を超 えた霊的な存在に触れ、尊は再生していく。児童文学、神話、近代小説、叙事詩・・・・・あらゆる形式を超えた奇蹟の物語です。」(講談社の紹介)
2013年02月19日
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笠井菊哉は、その「コンベンジューム・スピリチュアリス・ドチェリーネン」と云う本が、実に貴重な本であることを知っていた。本の標題は、訳すと「精神修行の要領」と云うことになるだろうか。そしてそれは、幻の稀覯本と云われているキリシタン版の中の一冊だったのであった。・・・・・日本にキリスト教が伝来したのは、一五四九年(天文十八年)のことだと云われている。有名なフランシスコ・ザビエルが、もたらしたのだ。それから約五十年後――。ポルトガルから、アレサンドロ・ヴァレニャーノと云う宣教師が来日した。その時、彼は、印刷工数名と、洋式の印刷機を土産に持参したのだった。ヴァレニャーノ宣教師は、九州の長崎、天草などで、キリスト教伝道のために、宗教読本をつくった。漢字仮名の国字本は、日本人に布教するためのものである。ローマ字本(ラテン語とポルトガル語の対訳が使われている)は、これから来朝する外人宣教師の語学習得のために印刷された。だが、これらの日本ではじめての、洋式印刷による書物は、キリスト教弾圧のために、或いは焼かれ、或いは散逸してしまってゆくことになる。(梶山季之さん「せどり男爵数奇譚」P219)
2013年02月19日
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ジョイス・キャロル・オーツ「とうもろこしの乙女、あるいは七つの悪夢」を買書つんどく。たくさんの著作が翻訳もされているのに、僕にとって、ジョイス・キャロル・オーツ初めての「買書つんどく」ではなかろうか?「ミステリー! ホラー!! ファンタジー!!!心の暗闇にある何かから目が離せない。現代アメリカ随一の短篇の名手が自ら編んだ傑作集。ブラム・ストーカー賞、世界幻想文学大賞受賞。美 しい金髪の下級生を誘拐する、有名私立中学校の女子三人組(「とうもろこしの乙女」)、屈強で悪魔的な性格の兄にいたぶられる、善良な芸術家肌の弟(「化 石の兄弟」)、好色でハンサムな兄に悩まされる、奥手で繊細な弟(「タマゴテングタケ」)、退役傷病軍人の若者に思いを寄せる、裕福な未亡人(「ヘルピン グ・ハンズ」)、悪夢のような現実に落ちこんでいく、腕利きの美容整形外科医(「頭の穴」)・・・・・。1995年から2010年にかけて発表された多くの短篇から、著者自らが選んだ悪夢的作品の傑作集。ブラム・ストーカー賞(短篇小説集部門)、世界幻想文学大賞(短篇部門「化石の兄弟」)受賞」(河出書房新社の紹介)
2013年02月18日
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彼女が手にしていたのは、シェークスピアの初版本「フォリオ」である。笠井は、しばらく夫人の様子を、冷たく見戍っていた。通訳が、「なにか気分が悪いのですか?」と訊いた。夫人は、答えない。ただ、ブルブル震えているだけだ。笠井菊哉は、昂奮も、度を越すと、感受性のつよい女性は、立って居られなくなるのだ・・・・・と云うことを、その時に知った。「どうしたんです?」「医者を呼びますか?」通訳は、しきりに問いかけている。「ちょっと、手を貸して・・・・・」やっとの思いで、喘ぎながら、ヤッスーン夫人は云った。「はい、どうぞ」通訳が、夫人を助け起した。しかし、彼女は、本を書棚に戻そうとしない。いや、むしろ小脇に抱え込んだ。「お返し下さい」笠井は、手を出した。イヤ、イヤと云うように、夫人はかぶりを振って、「これ、売って!」と云う。(梶山季之さん「せどり男爵数奇譚」P177)
2013年02月18日
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さても、仏のをしへはあだあだしき事のみぞかし。かく土の下に入りて鉦打ちならす事、凡百余年なるべし。何のしるしもなく て、骨のみ留まりしは、あさましき有様也。母刀自はかへりて覚悟あらためて、「年月大事と子の財宝をぬすみて、三施おこたらじとつとめしは、きつね狸に道 まどはされしよ」とて、子の物しりに問ひて、日がらの尸まうでの外は、野山のあそびして、嫁まご子に手ひかれ、よろこぶよろこぶ。一族の人々にもよく交 り、めしつかふ者らに心つけて、物をりをりあたへつれば、「貴しと聞きし事も忘れて、心しづかに暮らす事のうれしさ」と、時々人にかたり出でて、うれしげ 也。(上田秋成「春雨物語 二世の縁」P174)
2013年02月17日
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笠井菊哉は、金玉淑からコインを受け取り一緒に朴氏邸を出た。「さよなら」彼女は、そう云った。笠井は、自分に云われたのだと思って、「さよなら。また会いましょう」と答えた。ところが、彼女は、彼の手首にかかっている金鎖のコインに対して、グッド・バイを告げているのであることが、やがて判った。笠井は、なんとなく悪いような気がして、「そんなに未練があるんだったら、返すよ」と云った。金玉淑は首をふり、「それは、あなたにお売りした物です。返して貰うわけにはゆきません」と首をふった。そう云われると笠井は、十五万円ぐらい、彼女にプレゼントしても構わないような気がして来た。「では、手術する弟さんの護り符として、プレゼントするよ。病気が癒ったら、そして気が向いたら、この住所に送って下さい」笠井菊哉は、金玉淑の掌に、その新羅のコインを包み込ませ、一気に駆け出した。坂道を下って来たところに、ソウルの象徴とも云うべき南大門が、のっそりと聳えていた。(梶山季之さん「せどり男爵数奇譚」P145)
2013年02月17日
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酒な物とりそへてあたふ。飽くまでくらひのみ、「今は興尽きたり。木偶殿よ、暇申さん」とて、おのが舟に飛びうつり、舷たたいて、「やんらめでた」と、声たかくうたふ。つらゆきの舟も、「もうそろもうそろ」と、ふな子等がうたひつるる。海ぞくが舟は、はやいづち漕ぎかくれて、跡しら波とぞ成りにけエり。(上田秋成「春雨物語 海賊」P167) 「ふん屋の秋津なるべし。文よむ事博かりしかど、放蕩乱行にして、つひに追ひはらはれしが、海賊となりて、あぶれあるくよ。それはた渠儂が天ろくの助くるならめ。さてなん罪にあたらずして、今まで縦横しあるくよ」とかたりしとぞ。是は、我欺かれて又人をあざむく也。筆、人を刺す。又人にささるれども、相共に血を見ず。(上田秋成「春雨物語 海賊」P170)
2013年02月16日
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愛書家には、時として書物破壊症と云うのか、狂人じみた行動をとる者がある。ビブリオクラストと呼ばれているが、他人にその本を渡したくないばっかりに、その本を破損するのだ、本の扉、口絵、奥付け、蔵書票などを切り取ったりする不徳義漢は、この書物破壊症であろう。・・・・・こんな話がある。イギリスの書物狂が、長年、自分の蔵書を、世界でただ一つと自惚れていたところ、パリに同じ本を持っている人物がいると聞かされて逆上した。彼は、大金を懐に、英仏海峡を渡り、そのパリの蔵書家の許を訪れた。そして、一千フランまで値を吊り上げて、件の書物を譲り受けると、直ちに暖炉の中に、その本を投げ込んでしまったと云う。(梶山季之さん「せどり男爵数奇譚」P78)
2013年02月16日
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本の壁の上からそろそろ覗きこむと、パソコンの前に座った彼女が文庫本らしきものを一心に読みふけっていた。よほど夢中になっているようで、俺の視線にまったく気付かない。待っていても埒が明かないので、声をかけることにした。「・・・・・あの」「ひゃっ」彼女はしゃっくりめいた声を上げて、飛び上がるのと振り返るのを同時にやった。半開きの唇がまだ少し尖っている――あわてて文庫本を閉じて、それからびしっと背筋を伸ばした。アーシュラ・K・ル・グイン「ふたり物語」集英社文庫」(「ビブリア古書堂の事件手帖2」P62)「ふたり物語」は、現在、「どこからも彼方にある国」という題名で復刊されているようです。ル・グインの本をピックアップし始めると、きりがないので、やんぴ。「ふたり物語」「どこからも彼方にある国」
2013年02月15日
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彼を、かくも昂奮させた「幻の本」とは、なにか。――その本の背には、「ふらんす物語」と云う文字が読めた。云うまでもなく筆者は、永井荷風である。この本は、博文社から、明治四十二年三月に発売される予定であった。当時は、内務省の検閲制度があり、製本にかかる前に、内容を提出しなければならぬ規定であったらしい。ところが、内務省に提出すると、その日のうちに発売禁止を命ぜられ、押収となったのである。だから、初版本ながら、製本し、市販される余裕もなく、発禁――と云う、世にも珍しいケースとなったのだった。古本業界では、この「ふらんす物語」は、日本に二冊しかないと云われていた。(梶山季之さん「せどり男爵数奇譚」P73)
2013年02月15日
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天つ風 雲のかよひぢ吹きとぢよ をとめの姿 しばしとどめむ(遍昭)内つ国のここかしこにす行あるけば、つひにあらはさ れて、内にしきしき参りたりき。又、時の帝の、才有る者ぞとて、しきりになし昇し、僧正位にすすめたまふ。遍昭と名は改めたりき。(中略)僧正、花山と云 ふ所に寺つくりて、おこなひよく終らせたまへりとぞ。仏の道こそいといとあやしけれ。世を捨てし始めの心に似ずして、色よき衣、から錦の袈裟まとひ、車と どろかせ、内に参りしこ事、「かくかくに、人のよしあしは、稟け得たるおのがさちさち」といふ人ありき。御みづからも、しか思されぬらんかし。(上田秋成「春雨物語 天津処女」P158)
2013年02月14日
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先ず和本の歴史である。日本最古の図書館は、芸亭(うんてい)であった。奈良時代の末期、石上宅嗣なる人物が、集めた写本を、学者に限って閲覧を許したのが、その嚆矢である。古来、こうした書物を集めることは、時の権力者でなくては出来なかった。平安朝の藤原頼長は、保元の乱を引き起こした悪党だが、濠をめぐらし、高い土塀を書庫の廻りに築いていたと云う。いまも横浜に残る金沢文庫は、鎌倉時代、北条実時が称名寺につくったものだ。戦国時代には、後陽成天皇の勅版として、活版技術が生まれ、徳川家康は駿河版をつくり、文教政策に貢献したのであった。(梶山季之さん「せどり男爵数奇譚」P38)
2013年02月14日
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もうすでに、伝説となりつつある「伝奇ノ匣」シリーズです。「国枝史郎ベスト・セレクション(伝奇ノ匣1)」「岡本綺堂妖術伝奇集(伝奇ノ匣2)」「芥川龍之介妖怪文学館(伝奇ノ匣3)」「村山槐多耽美怪奇全集(伝奇ノ匣4)」「夢野久作ドグラマグラ幻戯(伝奇ノ匣5)」「田中貢太郎日本怪談事典(伝奇ノ匣6)」「ゴシック名訳集成西洋伝奇物語(伝奇ノ匣7)」「ゴシック名訳集成暴夜(アラビア)幻想譚(伝奇ノ匣8)」「ゴシック名訳集成 吸血妖鬼譚(伝奇ノ匣9)」
2013年02月13日
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「どなたから、電話があったんですか?」「在庫の問い合わせです。その前にこういうファックスが来たんですけど・・・・・」報告するのは気が重かったが、さっき来たファックス用紙を差し出す。とたんに彼女の表情がぱっと明るくなった。「あっ、「蔦葛木曽桟」ですね。桃源社版なら初版がありますよ」「つ、つたかずら・・・・・?」「きそのかけはし。すごく面白いですよ。国枝史郎が大正時代に発表した伝奇小説の名作で、室町時代末期、木曽の領主に親を殺された美形の兄妹が復讐に挑むんです。わたし子供の時に読んだんですけど、とにかく登場人物が・・・・・」(「ビブリア古書堂の事件手帖2 アントニイ・バージェス「時計じかけのオレンジ」」P23)つい手にとって函から出し、冒頭のページを開く。途端に背筋に軽い震えが走った。本が読めないおれの「体質」のせいで、中身のせいではない。急いで文章に目を走らせる。舞台は戦国時代のあたりらしい。二人の男が時代がかった言葉遣いで、この世のものとは思えない美しい遊女についてあれこれ噂している。「いやいや若しもその女が、妖怪変化であったなら・・・・・」「妖怪変化?変化とは?」「それではお前はまだ聞かぬか?その美しい鳰鳥(におどり)には、聞いただけでも慄然とする呪詛が纏わって居るそうじゃ」「ふうん、それは初耳じゃ」「と云うのは何んでも夜になると、その鳰鳥は一瞬時、現世から黄泉へ行くそうじゃ。換言とつまり死ぬのじゃな。そうして一旦死んで置いて、それから間も無く生き返えるそうじゃ・・・・・」鳰鳥というのが遊女の名前らしい。死んで生き返るというのはどういうことか。つい続きが気になったが、今は仕事中だ。本を函に戻した。(「ビブリア古書堂の事件手帖2 ントニイ・バージェス「時計じかけのオレンジ」」P30)「蔦葛木曽桟」「神州纐纈城」「国枝史郎ベスト・セレクション(伝奇ノ匣1)」
2013年02月13日
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デイヴィッド・ミッチェル「クラウド・アトラス」を買書つんどく。この本、映画化されるわりに、あまり話題になってないですねえ。「19世紀の南太平洋を船で旅するサンフランシスコ出身の公証人。第二次大戦前のベルギーで天才作曲家に師事する若き音楽家。1970年代のアメリカ西海岸で原発の不正を追及する女性ジャーナリスト。現代ロンドンでインチキ出版社を営む老編集者。近未来の韓国でウエイトレスとして生きるファブリカント。遠い未来のハワイで人類絶滅の危機を迎える文明の守り手。身体のどこかに不思議な彗星のあざを持つ主人公たちが、支配と暴力と抑圧に抗して叫びをあげる。現代英語圏屈指のストーリーテラーの代表作。」「古人が遺した技術を調査に赴く文明の守り手。レストランから逃亡し革命に身を投じるファブリカント。施設からの脱出を模索する老編集者。殺し屋に追われながら取材を続ける女性ジャーナリスト。究極の旋律を探る若き音楽家。交易船の上で次第に衰弱してく公証人。強者が弱者を貪る世界の果てには何が見えるのか。雲が空を横切るように、魂は時代を横切る。人間と世界の歴史を映しだし、クラウド・アトラス(雲の世界地図)はついにその円環を閉じる。21世紀世界文学の金字塔たる六重構造の物語がついにその全貌をあらわす。」(「BOOK」データベースより)
2013年02月12日
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しかし本当は、そうでなく、更に寝室のその奥――道路に面した北向きの部分に、二十畳は優にあると思われる、耐火設備を施した特別室があったのだった。彼――笠井菊哉の云う「宝庫」が、それである。そして、その宝庫の中に納められた品こそ彼の人生を狂わせたものであり、不思議なことに彼の生活を支える唯一の財源となっていたのであった。その品とは、書物である。そして書物こそ、笠井菊哉の恋人であり、生き甲斐であり、親譲りの財を蕩尽しても悔いなかった対象物だったのだ・・・・・。(梶山季之さん「せどり男爵数奇譚」P16)
2013年02月12日
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又、御子の高丘親王は、今の帝の、上皇の御心とりて、儲の君と定めたまひしを、停めさせて、「僧になれ」と宣旨あれば、親王、かしらを薙ぎ、改名して、真如と申し奉る。三論を道詮に学び、真言の密旨を空海に習ひたまひ、「猶奥あらばや」とて、貞観三年唐土にわたり、行々葱嶺 (そうれい)をこえ、羅越国(らをこく)にいたり、御心ゆくまで問ひ学びて、帰朝ありしとぞ。「この皇太子の御代しらせたまはばや」と、みそかには上下申しあへりきと也。(上田秋成「春雨物語 血かたびら」P133) 澁澤龍彦さんの「高丘親王航海記」を思い出しました。すばらしい本です。「高丘親王航海記」「貞観七(865)年正月、高丘親王は唐の広州から海路天竺へ向った。幼時から父平城帝の寵姫藤原薬子に天竺への夢を吹きこまれた親王は、エクゾティシズムの徒と化していたのだ。鳥の下半身をした女、犬頭人の国など、怪奇と幻想の世界を遍歴した親王が、旅に病んで考えたことは・・・・・。遺作となった読売文学賞受賞作。」(「BOOK」データベースより)
2013年02月11日
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三上延さんの「ビブリア古書堂の事件手帖2 栞子さんと謎めく日常」、「ビブリア古書堂の事件手帖3 栞子さんと消えない絆」を買書。テレビドラマを見てから、追っかけ読みます。 「鎌倉の片隅にひっそりと佇むビブリア古書堂。その美しい女店主が帰ってきた。だが、入院以前とは勝手が違うよう。店内で古書と悪戦苦闘する無骨な青年の存在に、戸惑いつつもひそかに目を細めるのだった。変わらないことも一つあるーそれは持ち主の秘密を抱えて持ち込まれる本。まるで吸い寄せられるかのように舞い込んでくる古書には、人の秘密、そして想いがこもっている。青年とともに彼女はそれをあるときは鋭く、あるときは優しく紐解いていきー。」「坂口三千代『クラクラ日記』(文藝春秋)/アントニイ・バージェス『時計じかけのオレンジ』(ハヤカワNV文庫)/福田定一『名言随筆 サラリーマン』(六月社)/足塚不二雄『UTOPIA 最後の世界大戦』(鶴書房)」(「BOOK」データベースより)「鎌倉の片隅にあるビブリア古書堂は、その佇まいに似合わず様々な客が訪れる。すっかり常連の賑やかなあの人や、困惑するような珍客も。人々は懐かしい本に想いを込める。それらは予期せぬ人と人の絆を表出させることも。美しき女店主は頁をめくるように、古書に秘められたその「言葉」を読みとっていく。彼女と無 骨な青年店員が、その妙なる絆を目の当たりにしたとき思うのは?絆はとても近いところにもあるのかもしれないー。これは“古書と絆”の物語。」「『王さまのみみはロバのみみ』(ポプラ社)・1/ロバート・F・ヤング『たんぽぽ娘』(集英社文庫)/『タヌキとワニと犬が出てくる、絵本みたいなの』/宮澤賢治『春と修羅』(關根書店)/『王さまのみみはロバのみみ』(ポプラ社)」(「BOOK」データベースより)
2013年02月11日
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「さらば」とて、即ち官兵を遣はされて、仲成をとらへて首刎ねさせ、なら坂に梟けさせ、薬子は家におらさせて、こめおらす。(中略)薬子、おのれが罪はくやまずして、怨気ほむらなし、つひに刃に伏して死ぬ。此の血の帳かたびらに飛び走りそそぎて、ぬれぬれと乾かず。たけき若者は弓に射れどなびかず、剣にうてば刃欠けこぼれて、ただおそろしさのみまさりしとなん。上皇には、かたくしろしめさざる事なれど、ただ「あやまりつ」とて、御みづからおぼし立ちて、みぐしおろし、御齢五十二と云ふまで、世にはおはせしとなん、史にしるしたりける。(上田秋成「春雨物語 血かたびら」P133)
2013年02月10日
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平安時代初期に起こった、平城天皇と嵯峨天皇の抗争事件。 この事件はやや根が深い。平城天皇の父である桓武天皇 の時代、奈良・平城京から長岡京(藤原京)に遷都することとなり、都建設の責任者として任に当たっていたのが藤原種継であった。藤原仲成と薬子の父であ る。建設が軌道に乗り始めたころ、種継は何者かによって暗殺される。それでも長岡京は建設されたが10年くらいで放棄され、今の京都に平安京が建設される こととなった。仲成と薬子は、心血注いだ父の偉業を、理由は何であれ簡単に放棄した桓武天皇に不満を覚えたという。 薬子は、藤原縄主と結婚し2男3女をもうけ、その娘が安殿親王(後の平城天皇)の後宮に入り、母の薬子も平城に寵愛され、発言力を増したという。しかし、そのことを快く思わない桓武天皇は薬子を追放処分とした。 桓武天皇と安殿親王(平城天皇)はあまり仲がよくなく、薬子追放によって確執が深まった。が、桓武天皇が没し、平城天皇として即位すると、再び薬子を招き よせ「尚侍(天皇の側に仕え、天皇の言葉を臣下に、臣下の言上を天皇に伝える役職で女性の役目)」に任じた。平城天皇は15歳の頃に実の母を亡くし、7歳 ほど上でしかない薬子に母と女性の魅力に引かれていたとも言う。また天皇は病弱でややノイローゼぎみだったということもあり、そのせいもあってか薬子の影 響力は多大なもので、天皇はほとんどいいなりのような状態だった。 しかし政務には励み、民情視察のために「参議」職の者を「観察使」に任命して 各地へ派遣し、これは造都による財政難から参議職を無くす意味も含めるなどの政治手腕を見せてはいたが、在位3年にして病気が悪化し、809年(大同4 年)に平城天皇が病のために弟の神野親王(嵯峨天皇)に譲位し、自らは上皇となって療養のため生まれ故郷である平城京へと移っていったが、この時点では天 皇・上皇の間には特に何の問題もなかった。 早速、嵯峨天皇は「蔵人頭」という役職を新設する。これは「尚侍」と同等の役職で男性によるものとさ れた。これは尚侍である薬子を遠ざけるため処置であった。それを知った上皇は、自ら設置した「観察使」を廃止して、「参議」に復職させることを指令した。 これは「参議」→「観察使」の逆で「観察使」→「参議」に戻すことで、もともと参議職になかったが北陸道観察使に任命されていた薬子の兄・藤原仲成を参議 にさせ、薬子に代わって嵯峨天皇の動きを監視しようとするトリックであった。 こうして、2所朝廷の様相を呈してきた。 810年(弘仁元年)9月6日、突如上皇は平安京貴族に「平城京に遷都する」との詔を発すると、嵯峨天皇はいち早く対応し、坂上田村麻呂と藤原冬嗣に「造平城宮使(上皇の宮殿を建設する役目)」に任命して平城京に送り、上皇の監視役とさせた。 9月10日、ここに至り嵯峨天皇は、参議として平安京に入り遷都を画策していた藤原仲成を逮捕して佐渡権守に降格させると、薬子を追放処分とした。仲成は翌日処刑された。 この嵯峨天皇の思わぬ行動に上皇は薬子と共に平城京を出て東国で再起を図ろうとしたが、坂上田村麻呂によって阻まれ失敗し、平城京に戻ると剃髪、薬子は自 殺した。乱は9月12日に終息、宮廷抗争以上のものにはならなかったが、皇太子・高岳親王は平城上皇の子息である、という理由で廃され、皇弟・大伴親王が 皇太弟となった。 こうして、平城天皇の思惑とは裏腹に、平安京はこの後数百年間日本の都として繁栄を極め、また仲成・薬子の血筋である「式家藤原氏」は衰え、この乱で活躍した藤原冬嗣こと「北家藤原氏」の繁栄のきっかけとなり、それは冬嗣の息子・藤原良房によって頂点に達するのである。(出典ホームページ。多謝!)
2013年02月10日
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物がたりざまのまねびは、うひ事也。されど、おのが世の山がつめきたるには、何をかかたり出ん。むかし此の頃の事どもも、人に欺かれしを、我又いつはりとしらで、人をあざむく。よしやよし、寓ごとをかたりつづけて、ふみとおしいただかする人もあればとて、物いひつづくれば、猶春さめはふるふる。(上田秋成「春雨物語 序」P133)
2013年02月09日
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篠崎紘一さんの「言霊 大伴家持伝」を買書つんどく。岩波文庫でも新しい「万葉集」の刊行が始まりましたね。「怨霊の跋扈する世を、言の葉で鎮めようとした壮大な試み。歴史ロマン小説!古来、武をもって朝廷に仕えてきた大伴氏に、旅人、家持と、2代続けて歌才に恵まれた当主が現れた。愛妻の死、叔母・坂上郎女の支配に苦悩しつつ、家持は生まれながらの使命である「万葉集」編纂に奔走する。」(角川書店の紹介)
2013年02月09日
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怪異小説の名作「雨月物語」を壮年期に書いた上田秋成は、晩年になって同じ傾向の小説を残さなかったのか――。こうした潜在的欲求は、「雨月物語」の評価が高くなるほど強くなっていった。「雨月物語」のように秋成の生前に刊行され、人気を得た作品に比べ、晩年数種の写本の形でしか残されなかった「春雨物語」は、長らく「幻の名作」だった。(中略)ようやくその渇きが癒されるようになるのは、昭和二十四年から二十七年のかけて全十編を完備した文化五年の奥書を持つ諸本三種が次々と紹介されてからであった。その意味で「春雨物語」は、「雨月物語」と比べ、はるかに手垢のついていない「新しい古典」であった。「春雨物語」全貌が知られるようになってから後、この作品に対する作家の発言で最も注目されるのは、昭和三十四年の秋成没後百五十年祭における石川淳の講演「秋成私論」である。そこでは、「春雨物語」が「雨月物語」の美文や雄弁の要素を払拭したとして、近代の散文精神の先駆けだと位置づけているが、このことは大きなインパクトを持った。(上田秋成「春雨物語 解説」P289)
2013年02月08日
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ふと、ぞくりと背筋に寒気が走った。「あいつの名刺ぐらい見たことあるだろ。笠井菊哉。ありゃ梶山季之の「せどり男爵数奇譚」の主人公の名前だ。題名の通り、せどり屋を主人公にした小説だよ。だから俺は男爵って呼んでんだ」まさかそんな由来だとは想像もしていなかった。いや、それよりもっと気になることがある。小説の主人公の名前を名乗る――つい最近、そんな人間の話を聞いたばかりだ。(「ビブリア古書堂の事件手帖 太宰治「晩年」」P265)この梶山季之さんの「せどり男爵数奇譚」は、「ビブリア」人気によって復刊されたそうで・・・・・。ところで、この「ビブリア古書堂の事件手帖」は、テレビドラマを見てから、おっかけるかたちで、読もうと決めてたのですが、このお話は、後回しにされて、3巻目の「春と修羅」にとんだみたいです。でも、せっかくなので読んでしまいました。おかげで、分かってしまったことがあって、ドラマで見る楽しみが減った感じもします(笑)。2巻目は、どうしようかなあ。「せどり男爵数奇譚」「黒の試走車」「李朝残影」
2013年02月08日
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俺たちは舟を編んだ。太古から未来へと綿々とつながるひとの魂を乗せ、豊穣なる言葉の大海をゆく舟を。「まじめ君。明日から早速、「大渡海」の改定作業をはじめるぞ」馬締を会場の中央へとうながしつつ、荒木が云った。その頬に、万感の思いがひとすじのきらめきとなって伝っていたように見えたが、気のせいかもしれない。(三浦しをんさん「舟を編む」P258)というわけで、三浦しをんさんの「舟を編む」を読みました。まず、なんといっても、「舟を編む」というタイトルがすばらしいですねえ。そして、辞書を編纂するって、こういうことなんだ、という知らなかった世界を感じることができ、新鮮でした。ただ、内容的には、僕にはちょっとベタな感じがしたかな。申し訳なし・・・・・。むしろ、映画も公開されるようですので、そっちむきかも知れません。
2013年02月07日
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ぼちぼち、仕事の話に入った方がよさそうだ。丸椅子に腰かけた俺は、紙袋から一冊の本を取り出して彼女に見せた。「・・・・本の査定、お願いします」ヴィノグラードフ・クジミン「論理学入門」。相当に古いもので、表紙の端や本の角がすり切れている。あまり状態がいいとは言えない。「あっ、青木文庫ですね!」それでも、彼女は晴れ晴れとした笑顔で受け取った。いつものこととはいえ、別人かと言いたくなるような変化だ。子犬の頭でも撫でるように、ゆっくりと表紙を撫で始める。「久しぶりに見ました!今はないんですよ、この文庫も」(「ビブリア古書堂の事件手帖 ヴィノグラードフ・クジミン「論理学入門」」P172)今回は、タイトルの本、ヴィノグラードフとクジミン著「論理学入門」しか出てこなかったですが、これは、旧ソ連での論理学の教科書らしいですね。ところで、僕にとっての、青木文庫といえば、長谷部文雄さん訳のこれでした。とはいえ、僕は、青木文庫は一冊も持ってません。と、思います。自信ないけど・・・・・。
2013年02月06日
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というわけで、アンナ・カヴァン「アサイラム・ピース」を買書つんどく。「異国の地で城の地下牢に囚われた女。名前も顔も知らないがこの世界のどこかに存在する絶対の敵。いつ終わるとも知れぬ長い裁判。頭の中の機械。精神病療養所のテラスで人形劇めいた場面を演じる人々-孤独な生の断片をつらねたこの短篇集には、傷つき病んだ精神の痛切な叫びがうずまいている。自身の入院体験にもとづく表題作はじめ、出口なしの閉塞感と絶対の孤独、謎と不条理に満ちた、作家アンナ・カヴァンの誕生を告げる最初の傑作。」(「BOOK」データベースより)
2013年02月06日
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「おお」松本先生はうめいた。いや、それは絞り出すような、心底からの歓喜の声だった。「ついに、ついに「大渡海」がこうして・・・・・」先生の細い指が、いつくしむように一文字一文字をたどった。そうです、とうとう印刷されて我々のまえに現れたのです。馬締はふいに、そう言って先生の手を強く握りたくなった。もちろん、不躾かと思い実行には移さなかった。「先生。「大渡海」は予定どおり三月刊行です」荒木が穏やかな口調で言った。「見本ができたら、すぐにお持ちします。いえ、そのときには編集部で一緒にお祝いをしましょう」「楽しみですね」松本先生は顔をあげ、うつくしい蝶をつかまえた少年のように微笑んだ。(三浦しをんさん「舟を編む」P251)
2013年02月05日
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うちのクリスマスローズです。もう少しで咲きます。もうひとつ、白いのがあるのですが、去年も咲いてません・・・・・。
2013年02月04日
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そういえば、テレビドラマの第2話では、福永武彦さんの「加田伶太郎全集」のことが出てましたねえ。「雁金邸に届けられた英文の脅迫状。やがて主人の雁金氏が自室で絞殺死体となって発見される。だが、その部屋は完全な密室状態であった・・・・・。十数年前に迷宮入りしたこの不可解な事件を、データのみから解決することは出来るのか?古典学者・伊丹英典氏の推理が冴える名作「完全犯罪」をはじめ、福永武彦が加田伶太郎名義で発表 した本格ミステリをすべて収録!これまでの版に付された序文、解説、月報の類にミステリ・エッセイ4篇を加え、推理小説の分野における著者の業績をあまさず網羅した決定版全集。」 (「BOOK」データベースより)「加田伶太郎全集」
2013年02月04日
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袖を引っ張られ、赤シャツの机へ連行される。高性能プリンターで出力された、「大渡海」のデザイン案が広げられていた。箱と、箱に巻く帯。本体のカバー、表紙、見返しの紙。花布の布見本まである。「辞書はさあ、箱も帯もカバーも、使うときには取っちゃうことが多いでしょ。残念だよね。でも、どれも力は抜かずにデザインしたよ」得意そうな赤シャツをよそに、馬締の目は机のうえのデザイン案に引き寄せられた。「大渡海」の箱も、本体の表紙とカバーも、夜の海のような濃い藍色だ。帯は月光のごとき淡いクリーム色。表紙をめくると現れる見返しの紙も、同じクリーム色だった。本体の天地につけられる、飾りとなる花布は、夜空に輝く月そのものの銀色をしている。「大渡海」という文字も銀色で、藍色をバックに堂々たる書体で浮かびあがる。よく見ると、箱と本体カバーの下方には、細い銀の線で波のうねりが表現されているのだった。背の部分には、古代の帆船のような形状の舟が描かれ、いままさに荒波を越えていこうとするところだ。本体の表紙と裏表紙には、三日月と舟のマークが、それぞれ控えめに刻印されている。(三浦しをんさん「舟を編む」P240)これは、「船を編む」のカバーのデザインなんかにも表現されています。確認するもの面白いですよ。また、「花布(はなぎれ)」とは、「製本で、中身の背の天と地との両端にはりつける布地。本来は補強を目的としたが、現在は装飾用。頂帯。ヘッドバン。」(コトバンク)なんだそうです。
2013年02月03日
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「あっ、そうだ」ふと、ここへ本の話をしに来たことを思い出した。紙袋の中から、志田の持ってきたディキンスンの「生ける屍」を取り出した。「今日、志田さんが店に来ました。この本を売りたいって預けていったんですけど」差し出した文庫本を、彼女はおそるおそる上目遣いに見た――突然、眼鏡の奥で両目が見開かれる。ぱっと表情が明るくなった。いつもながら、スイッチが切り替わったような豹変ぶりだった。「あっ、「生ける屍」ですね!」次の瞬間俺の手から本が消え、篠川さんの手に移っていた。彼女は幸せそのものの笑顔で色々な角度から文庫本を眺めている。カバーに印刷された黒服の女の絵がぐるぐる回転した。(「ビブリア古書堂の事件手帖 小山清「落穂拾ひ・聖アンデルセン」」P161)ピーター・ディキンスンは、これらの本の他にミステリやファンタジーなんか多くの作品があります。「生ける屍」「キングとジョーカー」「緑色遺伝子」
2013年02月03日
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なにかを生みだすためには、言葉がいる。岸辺はふと、はるか昔に地球上を覆っていたという、生命が誕生するまえの海を想像した。混沌とし、ただ蠢くばかりだった濃厚な液体を。ひとのなかにも、同じような海がある。そこに言葉という落雷があってはじめて、すべては生まれてくる。愛も、心も。言葉によって象られ、昏い海から浮かびあがってくる。「辞書編集部でのお仕事はいかがですか」めずらしく香具矢から発された問いに、岸辺は笑顔で答えた。「最初は戸惑うことばかりでしたが、いまは楽しいし、やりがいを感じています」こんなに晴れやかな気持ちで言える日が来るなんて、異動した当初は予想もしていなかった。(三浦しをんさん「舟を編む」P213)
2013年02月02日
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「こんにちは。今、大丈夫ですか?」「あ、はい・・・・・こちらへ・・・・・」おどおどしながらも、椅子 を勧めてくれる。ベッドに近づくと、膝の上に載っている本が目に入った。今日は文庫本だった。なんの本だろう、と思っていると彼女ははにかみながら表紙を 見せてくれる。アンナ・カヴァン「ジュリアとバズーカ」。変わった書名だ。どんな内容なのか想像もつかない。(「ビブリア古書堂の事件手帖 「漱石全集・新書版」」P78)アンナ・カヴァンの本は、ほとんどが絶版状態です。最近、「アサイラム・ピース」とい う、アンナ・カヴァン名義での最初の短編集が刊行されました。「アサイラム・ピース」「氷」「愛の渇き」「ジュリアとバズーカ」
2013年02月01日
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