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目を上げると、向かい合う座席に腰掛けたOL風の二人組が、きゃっきゃとはしゃいでいる。紙袋を覗き込み、嬉しそうに顔を 見合わせた。どうやらケーキ屋さんの帰り道みたいだ。つやつやの長い髪に、マニュキュアされた爪、ストッキングにつつまれた細いふくらはぎ、折れそうな ヒール。奈津子はぼんやりと見とれた。あんな風になれるまで、一体どれくらいかかるのだろうか。自分の力で可愛いものや高いケーキが買える綺麗な大人の女性。ああなったら、友達をねたんだり、見下したりしなくてもよくなるのだろうか。(中略)そのとき、不意にひらめいた。奈津子は思わず鞄を抱きしめる。冷蔵庫に眠っている甘夏。あれを全部、たっぷりの砂糖で煮てしまったらどうだろう。園芸部のジャム作りを思い出す。ママレードのレシピは探せばどこかにあるはずだ。可愛い瓶に詰めて手紙を添えよう。ミッツーの家までジャムを届けに行くのだ。バンギャルグループの誰かであれば、住所を知っているはずだ。吉沢さんに返すCDにもジャムを添えよう。お世話になったお礼に。そうだ、甘く煮詰めてしまえばいい。酸味や苦味だって美味しいアクセントに変わるはずだ。保存も利くから、慌てて食べないでもいい。とろりとした黄金色の甘露を思い浮かべてみると、頬の奥がくぼむ。夕立の後の空みたいに、浮かない気持ちが少しずつ晴れていく。もうすぐ終点だ。(柚木麻子さん「甘夏」(「終点のあの子」所収)P98)ここで「終点」を一回使う・・・・・。
2013年08月31日
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夏の間に変身しよう。期末試験の勉強中、奈津子は突然そう決意したのだ。クラスメイトの誰もが経験したことのない大冒険をし、二学期までに大人びた女の子に変身するのだ。世界史のまとめのノートの隅にいくつか案を書き出し、検討した結果、夏休みにアルバイトをすることに決めた。男の人と話せるし、度胸もつくだろう。もしかしたら彼氏も出来るかも知れない。ここまで思い切らねば、他の子と差がつかない。皆気づいていないが、奈津子はやるときは徹底的にやるタイプだ。高校に入ってから突如、階級制度が発生した。現在、クラスは人気者たちが地味グループを圧倒している。彼氏持ちの恭子さんを中心とする華やかな女の子たちは、いつも自信満々だ。一学期、奈津子は自分の階級が低いことを日々実感していた。おまけに、 親友の希代子ちゃんまでもが、最近よそよそしい。奥沢朱里という外部生と急速に親しくなっていったのだ。有名人の娘だとかいう、わがままでKYの彼女にすっかり心を奪われた様子だ。認めるのはしゃくだが、奥沢に特別な力があるのは事実だ。可愛いわけでもないのに、その恭子さんの彼氏を奪ったくらいだ。学校をサボるくせに、先生に気に入られている。物怖じしないし、いろんなことに詳しい。(恭子さんになるのは無理だけど、奥沢みたいに一目置かれる存在なら、目指せそう)(柚木麻子さん「甘夏」(「終点のあの子」所収)P70)
2013年08月30日
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柚木麻子さんの「ランチのアッコちゃん」を買書つんどく。これは、そんなに「つんどか」ないと思います。しかし、「ヨダレが出そうになる」って・・・・・。「屈託を抱えるOLの三智子。彼女のランチタイムは一週間、有能な上司「アッコ女史」の指令のもとに置かれた。大手町までジョギングで行き、移動販売車の弁当を買ったり、美味しいカレー屋を急遽手伝うことになったり。そのうち、なんだか元気が湧いている自分に気付いて・・・・・。表題作ほか、前向きで軽妙洒脱、料理の描写でヨダレが出そうになる、読んでおいしい短編集。」(双葉社の紹介)
2013年08月29日
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彼女とすれ違うことはもう怖くない。この二年間で、お互い空気と接するように自然に無視し合うことが、名人級に上手くなったのだ。いつものように希代子は彼女と、目を合わさないようにして通り過ぎる。その瞬間、聞き取れないくらいの声で朱里は何かつぶやいた。「おめでと」驚いて振り返る。彼女は黒い髪を揺らして去っていくところだった。あれはどういうことなのだろうか。(中略)朱里は希代子を許したのだろうか。いや、そんなに優しい女の子であるはずがない。いつものようにちょっとした気まぐれだ。あの頃はいちいち真に受け、傷ついていた。本当に莫迦みたい。思わず、くすりと笑ってしまう。(柚木麻子さん「フォーゲットミー、ノットブルー」(「終点のあの子」所収)P60)
2013年08月28日
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分厚い表紙に、普通のカッターは刺さらない。希代子は、美術室にある一番太い刃のものを両手で握りしめた。全身を傾けて、作業台に固定した日記に切り込んでいく。額に汗が浮く。手に鉄のにおいがうつる。誰もいない美術室で、ぎりぎりとカッターを動かしながら、希代子は思った。(そうだ。私はずっとこれをやりたかった)なぜあの夏、朱里の目の前でこうして日記を切り裂かなかったのだろう。この日記をびりびりに引き裂いて、朱里にぶつけて泣いてやればよかったのだ。盗み見はばれ、怖くて変な女だと思われる。さらに口が達者な彼女の反論に立ち向かわなければならないけれど、ここまで問題が複雑化することはなかった。日記を本人の目の前で破ることと、切り裂いて机に載せておくことはまったく違うことのように感じる。本当は尊厳を賭けて、朱里と真剣に戦いたかった。しかし、もう手遅れだ。(柚木麻子さん「フォーゲットミー、ノットブルー」(「終点のあの子」所収)P50)朱里を皆で攻撃することで自分たちは同じになれたと思っていた。それは間違いだ。きっと皆、それぞれ違う思いを抱きながら、大きな流れに従っていただけだ。たったそれだけのことを、どうしてこんなに遠くに来るまで気がつかなかったのだろう。間の前に広がる、冬の海はひたすら暗い。その沈んだ青色は、いつか朱里と買いにいった「フォーゲットミーノットブルー」に似ている。希代子が朱里になれないように、朱里も希代子になれない。傷つく必要などどこにもなかったのに。朱里は、希代子がしたことを大人になっても忘れないだろう。取り返しはつかない。そして、希代子が平日の海に一人で来ることも、二度とない。(柚木麻子さん「フォーゲットミー、ノットブルー」(「終点のあの子」所収)P57)
2013年08月27日
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「希代子、最近、他の子たちみたいだよ。人の顔色ばっか見て、皆がいいって言うものをいいって言って。雰囲気変わったよ。私ともあんまり遊んでくれないじゃん」朱里は立ち上がって、こちらの肩に手を置いた。その目にはすがるような色があった。こんな彼女を初めて見た。少しだけ胸が晴れる。可哀想と思うより、もっともっとそういう気持ちを味わって欲しい。あなただって、人の顔色気にしているよ、と言ってやりたい。(中略)彼女の必死な目から逃れるようにして、ドアへと後退る。ちょっと離れただけで、朱里の手を振り払うような冷たい動作になってしまった。希代子は、怒りを覚える。朱里はいつもそうだ。こちらをたやすく悪者にできる。出て行こうとする希代子に向かって朱里は叫んだ。「他人と同じがそんなに楽しいの?」振り返ると、彼女は赤い目でこっちをにらみつけていた。「意気地なし」と言われたときを思い出す。同様のショックが胸を圧迫したが、今の希代子は怒りでそれを跳ね飛ばした。彼女につかみかかって顔を殴り、頭を地面に打ちつけてやりたい。心からそう思った。決めつけやがって。自分以外の人間は、いや、自分に賛同しない人間はすべて凡庸だと決めつけやがって。希代子は黙って部屋を後にした。心は決まった。朱里には罰を与えてやる。希代子がやらなければ、誰もやらない。(柚木麻子さん「フォーゲットミー、ノットブルー」(「終点のあの子」所収)P44)
2013年08月26日
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この頃、鉄拳さんの「約束」が話題になっています。でも、前の「振り子」のほうがええなあ~。「約束」「振り子」
2013年08月25日
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夏休みに入る少し手前だった。朱里は、東急ハンズにある画材コーナーを探検しようと提案してきた。「私、あそこ大好き。なんでもあるじゃん。絵の材料だけであんなにあるのって、すごくない?一番変な名前の絵の具探して買おうかな。フォーゲットミーノットブルーとかさ」「何それ」「勿忘草の青って意味らしいよ。美術部の色辞典で読んだの」その不思議な響きに希代子は惹かれた。(柚木麻子さん「フォーゲットミー、ノットブルー」(「終点のあの子」所収)P27)これが、「フォーゲットミーノットブルー」という色。カバーの色とは、ちょっと違うみたい。
2013年08月24日
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谷崎由依さんの「舞い落ちる村」を買書つんどく。ちょっと前の本ですが、松浦寿輝さんが、朝日新聞で言及しておられました。「ユートピアのような村と大学街を往還する「わたし」の奇妙な生活誌。その稀有な才能が選考委員に絶賛された若手作家の第1作品集」「文學界新人賞を受賞し、いま各文芸雑誌に盛んに作品を発表している谷崎由依さんの初の作品集。受賞作は、時空のねじれた村生まれの女性の、大学まちとの往還を描いた秀作。選考委員の浅田彰さんは「一種の幻想耽美小説」と位置づけ、辻原登さんは「比喩が豊富でかつ的確に使いこなされている」「読むうちに〈わたし〉の往還にある快いリズム」が生まれてくると絶賛しました。谷崎さんの持ち味は、微妙なバランスを取りながら紡がれていく言葉の使い方にあります。併録の「冬待ち」はさらに言葉の洗練を推し進めています。この作家はいったいどこまで伸びて行くのでしょうか、愉しみでなりません。」(文藝春秋社の紹介)
2013年08月23日
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すごい。すごすぎる。まるで小説の世界だ。「悲しみよ こんにちは」みたい。「なんか映画みたい」体がうっすらと汗ばんでくる。間の前の壁にいきなり穴があき、そこから新しい道がどこまでも続いているのが見えるみたいだ。森ちゃんたちとお弁当を食べながらする会話の百倍楽しい。休み時間が、もっと長ければいいと心から思った。この子のことをもっと知りたい。彼女の家に行って写真家のお父さんやその恋人に会ってみたい。ずっと眠っていた積極性がぐんぐんと身を起こした。「ねえ、ねえ、これからもこうやってお昼食べようよ」森ちゃんたちのことなど忘れ、予鈴にかき消されないように、大声で言った。「いいよ」と朱里はにっこりした。「いつも、っていうんじゃなくて時々ではだめ?いろんな子たちとしゃべってみたいし」あっけにとられてしまう。こんなに堂々と自分の要求を通す人間に、希代子は初めて会った。しかし、どんな要求でも呑むしかなかったのだ。(柚木麻子さん「フォーゲットミー、ノットブルー」(「終点のあの子」所収)P14)
2013年08月22日
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松浦寿輝さんの「波打ち際に生きる」を買書つんどく。羽鳥書店という出版社を知らんかった。「東京大学で教鞭をとりながら、詩人・小説家・批評家として活躍してきた著者の「東京大学退官記念講演」(2012年1月16日)と「東京大学最終講義」(2012年4月26日)を一冊にまとめる。巻末には、著者のコメント付き著作一覧を収録。」(羽鳥書店の紹介)
2013年08月21日
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「完成しないというところに良さがあるんだよ」背後でいきなり声がした。二人は、ぎょっとして振り返る。見知らぬ女の子が立っていた。丈の短い青色のワンピースを着た、色白で丸顔の彼女は、手ぶらでにこにこしている。「スペインのサグラダファミリアみたいにね。パパが言ってた。ここの電鉄会社はすごいって。何年も作っては壊すを繰り返しているの。すごい勇気と創造力じゃない?」それだけ言うと、スキップせんばかりの足取りで希代子たちを追い越して行った。森ちゃんは、はあ?というふうに半笑いで首を傾げた。希代子も、さあ、と言いながら、同じような表情を浮かべるものの、ひそかに感動していた。知らない人にいきなりしゃべりかけ、言いたいことを言うなんて、なんだかすごい。(柚木麻子さん「フォーゲットミー、ノットブルー」(「終点のあの子」所収)P8)プロテスタント系の私立女子高校の入学式。中等部から進学した希代子と森ちゃんは、通学の途中で見知らぬ女の子から声をかけられた。高校から入学してきた奥沢朱里だった。父は有名カメラマン、海外で暮らしてきた彼女が希代子は気になって仕方がない。一緒にお弁当を食べる仲になり、「親友」になったと思っていた矢先…。第88回オール讀物新人賞受賞作「フャーゲットミー、ノットブルー」ほか全4編収録。(「BOOK」データベースより)
2013年08月20日
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一番怖かった。本気でやって、何もできない自分を知ることが。ほんとは真っ白なキャンバスだなんて言われることも、桐島も、ブラスバンド部の練習の話も、武文という男子の呼びかけも、前田の「わかってるよ」と答えたときの表情も、全部、立ち向かいも逃げもできない自分を思い知らされるようで、イライライライライライラして、背中でひかりを浴びる。大丈夫、お前はやり直せるよ。と、桐島に言ってやろう。お前は俺と違って、本気で立ち向かえるものに今までたちむかってきたんだから、そんなちっさなことで手放してまったらもったいない、って、言ってやろう。俺は校門とは逆方向に歩きながらそう思った。背中でひかりを浴びて、ぎらりと黒く輝くカバンをもう一度肩にかけ直して、俺は校門とは逆方向に歩いていく。(朝井リョウさん「桐島、部活やめるってよ」(「菊池宏樹」)P209)というわけで、朝井リョウさんの「桐島、部活やめるってよ」を読みました。青春小説として面白く読めたというか、実は、とても感情を揺さぶられながら読みました。世代的にはトリプルスコア(と言うらしい)なんですけどね。ベースとなっている、「スクールカースト」という概念は、遅ればせながら、「35歳の高校生」(35歳はダブルスコア)というテレビドラマで、初めて知りました。なるほど、そういった視点で、35年前の高校生活を振り返ってみると、確かに見えてくるものがあるなあ、と感心します。自分は、「3軍の上」か、あわよくば、「2軍の下」くらいだったかな、と無駄に位置づけてみたりとか、あんなことこんなこと、ええこと悪いこと、思い出したりなんかもして、それでも青春やったな、とか・・・・・(苦笑)。ただ、当時は、この小説に描かれているほど、階層ごとの断絶はありませんでしたし、それがなんぼのもんやねん、という感じがありました。こりゃ、今だから言えるのかな、どうかな。この小説は、こういった断絶された「スクールカースト」というものを抜きにしては成立しないのかも知れませんが、僕としては、そんなことをあえて抜きにしても、「若さ」ならではの、「悩み」やら「希望」やら、強いインパクトを受けた場面がいくつもあって、いとおしい小説のひとつになりました。「宏樹」も「涼也」も「かすみ」もいとおしいです。これからも、折に触れ思い出すだろうなと思ったことでした。
2013年08月19日
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俺の横を、たくさんの人が追い抜いていく。前田の汚いスニーカーが、小さな歩幅で進むのが見える。ミスっても気にすんなって、それだけ言ってやろう、右手を持ち上げて、人差し指で、細い肩に触ろうと「涼也!」背後から、元気をぎゅうぎゅうに集めたような声が俺を追い抜いていった。前田はくるりと振り向いた。その視線は俺を通り越していった。「武文」「なにとぼとぼ歩いてんだよ、今日から撮影やっぞ!」前田の目が開いた。どこか広い世界へと続く扉が開くように、前田の目が開いた。そのとき俺は、ひかりを感じた。開いた扉の向こう側からこぼれ出たひかりの線を見た気がした。「わかってるよ」と言って、前田は武文と呼ばれる男子と共に足早にグラウンドから去っていく。見たことのない表情だった。(朝井リョウさん「桐島、部活やめるってよ」(「菊池宏樹」)P199)
2013年08月18日
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近ごろ、うちの地域では、「クマゼミ」ばかりを見かけるようになりましたが、久しぶりに「アブラゼミ」を見かけたので、撮ってみました。昔は、セミの数にも入らなかった「ニイニイゼミ」は、すっかり見なくなり、希少種になってしまったか?
2013年08月17日
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「なんなの、この手紙」今度はちゃんとした答えを促すようなトーンで、私は問うた。とんとんトン、という不規則な包丁の音が、とまった。「ねぇカオリ、実果って覚えとる?」どくん、と全身を走る血管が波打った気がした。「ずっと前に、お父さんとどこかへ行ったままもどってこないやんねえ・・・・・ふたりとも」覚えとるよ、と私は細い声で答えた。忘れるわけないっしょ、とも付け加えた。血がぐるぐると体中を駆け巡る。立っていられなくなって、ソファに腰を下ろす。「お母さん、ずっと心配でねー・・・・・カオリはやさしいから、今まで話題に出さんとおってくれたんやろうけど・・・・・やっぱり寂しくてね」ずるい、そんなの。「手紙をね、書いとるんよ。お父さんと、実果に。だけどどこにおるかもわからんから、宛名はなにも書けなくてねー・・・・・とりあえずポストに入れてみとるんやけどね。やっぱりお母さん馬鹿みたいやねえ」ふうん、そっか。と私は返事をした。たっぷりと伸ばしたはちみつのように、細い細い声になってしまった。大丈夫だろうか、声は震えていなかっただろうか。(朝井リョウさん「桐島、部活やめるってよ」(「宮部実果」)P172)
2013年08月16日
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宮部みゆきさんの「泣き童子 三島屋変調百物語参之続」を買書つんどく。このシリーズは、大好きです。「川崎宿でかなしい事件にあった若い娘のおちかが、心の傷をいやすべく行儀見習いとして身を寄せる神田にある叔父の袋物屋「三島屋」。そこで江戸中で起きる怪異を聞くという、宮部みゆきさんの人気時代小説シリーズ百物語「三島屋変調百物語」の第3巻『泣き童子』が、待望の刊行です。一話完結で、おちかが、聞きだしていく怪談は、怖いのにどこか切なく、そこには、今も変わらぬ人の営みの暖かさと厳しさがあり、そこから人びとが、どのように生きていくのかが描かれています。宮部さんならでは、とっておきの百物語です。」(文藝春秋社の紹介)
2013年08月15日
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飛び出す、という言葉を僕達は体現できる。十七歳のこの瞬間だけ。僕はこの瞬間が一番好きだ。世界で一番最高の瞬間を、映像として、僕らが切り取る。どんなことでも映像で伝えられる気がする。レンズを通してみる世界は、普段は見えない感情に満ちていてとてつもなく美しい。「やばい今の空の色めっちゃきれい!」武 文はカメラを抱えて真上に向けた。僕はそれにつられて、首を曲げて真上を見る。全体に光の線が編み込まれた空は橙色をしていて、雲は白だったり薄いオレン ジだったり真っ赤だったり、部分部分で色を変えている。この町に生きるすべての人の、今日一日に起きた楽しかったこと、辛かったこと、幸せだったこと、悲 しかったこと、何もかも全部を吸い込んだらきっとこういう色になるんだろう、と僕は思った。(朝井リョウさん「桐島、部活やめるってよ」(「前田涼也」)P121)僕は初めて見た。初めてレンズを通して、かすみの姿を見た。今まで何度も映し出したいと思っていた、かすみの姿。なんか恥ずかしいなとか、なんか撮ってるぜ気持ちわりーとか、ちくちく聞こえてくるそんな声を切り裂くように、かすみは背筋をしゃんと伸ばしてシャトルを打ち続けている。かすみは僕らを笑わないで、カメラを指ささないで、しんとそこに存在する。僕は、このレンズが僕の瞳になればいいと思った。(朝井リョウさん「桐島、部活やめるってよ」(「前田涼也」)P125)
2013年08月14日
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少しずつ緊張してくる。たくさんの目からほとばしる好奇心がステージの上に注がれている。(中略)「それでは今日表彰される皆さんです。向かって左から」校長はぐるりとこちらを振り向いて、短い腕で僕らを指し示しながら順番に紹介していく。男子バレーボール部、女子バレーボール部、ソフトボール部、ブラスバンド部、卓球部、映画部。映画部のところで、なんとなく空気が変わる。ちょっとしたざわめきも、僕にとっては大きく聞こえる。これがすごく嫌なんだ。熟れたトマトでもつぶすように、心臓を上からぐしゃりとされたような気分になる。映画部ってなに?そんなんあったん?聞こえる。全部聞こえてくる。言ってなくても、言っている。空気が。お前達は目立っちゃいけないって、聞こえる。(朝井リョウさん「桐島、部活やめるってよ」(「前田涼也」)P88)
2013年08月13日
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テア・オブレヒト「タイガーズ・ワイフ」を買書つんどく。表紙のイラストが、かっこいいのかどうか、ビミョーですが・・・・・。「紛争の繰り返される土地で苦闘する若き女医のもとに、祖父が亡くなったという知らせが届く。やはり医師だった祖父は、病を隠して家を離れ、辺境の小さな町で人生を終えたのだという。祖父は何を求めて旅をしていたのか?答えを探す彼女の前に現れた二つの物語ー自分は死なないと嘯き、祖父に賭けを挑んだ“不死身の男”の話、そして爆撃された動物園から抜け出したトラと心を通わせ、“トラの嫁”と呼ばれたろうあの少女の話。事実とも幻想ともつかない二つの物語は、語られることのなかった祖父の人生を浮き彫りにしていくー。史上最年少でオレンジ賞を受賞した若きセルビア系女性作家による、驚異のデビュー長篇。全米図書賞最終候補作。」(「BOOK」データベースより)
2013年08月12日
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なんで高校のクラスって、こんなにもわかりやすく人間が階層化されるんだろう。男子のトップグループ、女子のトップグループ、あとまあそれ以外。ぱっと見て、一瞬でわかってしまう。だってそういう子達って、なんだか制服の着方から持ち物から字の形やら歩き方やら喋り方やら、全部が違う気がする。(中略)少し短めの学ランも、少し太めのズボンも、細く鋭い眉毛も、少しだけ出した白いシャツも、手首のミサンガも、なんだか全部彼らの特権のような気がする。(中略)目立つ風貌をしていて、制服だってかわいく着こなして、ああいう男子達とも気軽に喋る志乃がなんで私と行動しているかって、志乃がもともといたトップグループの女子にはじかれたから。ただそれだけのことだ。(朝井リョウさん「桐島、部活やめるってよ」(「沢島亜矢」)P64)
2013年08月11日
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うちのモミジアオイです。もともと、歩道に生えていたものの、種をいただいて(?)育てました。
2013年08月10日
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「やっとだな!」幸介の声には、べっとりした嫌な感情なんてまるでないように感じられる。他意がないということが わかる。そこがコイツの良いところでもあり、残酷なところでもある。どうしてだろう、俺とコイツは何が違うんだろう、俺の体内では、こんなにも気味の悪い どろどろしたものが浸透して、いろんな部位に浸透して、じくじくじくじくと嫌な気持ちが糸を引いて体じゅうの至るところを繋げていて、俺はなんだかすごく嫌な奴になってしまっている。(中略)今、もし、隣に日野がいなかったら、俺はたぶん全速力でペダルをこいで、赤信号なんかも全然怖くなくって、でっかい道路も坂道もなんでもガーッとブレーキなしで駆け抜けて、もうなんか途中から全然寒くなんかなくなって、きっときっと、俺は嬉しいんだ。桐島がいなくなって。(朝井リョウさん「桐島、部活やめるってよ」(「小泉風介」)P33)
2013年08月09日
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綿矢りささんの「大地のゲーム」を買書つんどく。おっとこれは、綿矢さんのSFなんかな?「私たちは、世界の割れる音を聞いてしまった――。大地はまた咆哮をあげるのか?震災の記憶も薄らいだ21世紀終盤。原発はすでになく、煌々たるネオンやライトなど誰も見たことのないこの国を、巨大地震が襲う。来るべき第二の激震におびえながら、大学キャンパスに暮らす学生たちは、カリスマ的リーダーに未来への希望をつなごうとする。極限におかれた人間の生きるよすがとは何なのか。未来版「罪と罰」。」(新潮社の紹介)
2013年08月08日
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十七歳の俺達は思ったことをそのまま言葉にする。そのとき思ったことを、そのまま大きな声で叫ぶ。空を殴るように飛び跳 ね、町を切り裂くように走りまわる。飛行機雲を追い抜く速さで、二人乗りの自転車をかっ飛ばす。恥ずかしいと思うよりも、そういうことが楽しくて笑ってし まう。勢いのまま生きるって、なんだか楽しいし、今しかできないような気がする。(中略)たぶん桐島もそういうことなんだ、ぱっとやめるとか思っちゃって、それを軽くそのまま口に出して、それをたまたまこいつが聞いてて、そして今、こいつから俺にぽんと伝わってしまっただけだ。(朝井リョウさん「桐島、部活やめるってよ」(「菊池宏樹」)P13)
2013年08月07日
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大昔、一人の女神がいたという。女神には三人の娘がいた。女神はある時、娘達を連れてこの高原にやって来たのだそうである。そして女神は、姫神達とともに今の来内村の伊豆権現がある場所で一夜を明かした。その夜。女神は娘達にこう語った。「今宵、もし良い夢を見たならば、その子に良い山を与えよう」三人の女神達は期待に胸を膨らませて、眠った。すると、夜更けに天から美しい花がはらはらと降って来たのだという。花は眠っている姉の姫神の胸の上に止まった。何かの験であったのだろう。その時、末の姫神だけは目を覚ましていて、その様子を盗み見ていた。末の姫神は、こっそりと姉の胸からその花を盗った。そしてその花を自分の胸の上に載せた。その結果。早池峰山は末の姫神のものとなった。姉の姫神達は六角牛山と石神山をそれぞれに授けられたという。遠野を囲む三つの山々には、銘々に若い三人の姫神が住んでいるのである。遠野郷は、神に囲まれた土地でもあったのだ。遠野の女達は、この姫神様が嫉妬することを畏れ、今でもその三つの山では遊ばないということである。(京極夏彦さん/柳田國男さん「遠野物語remix」P230)というわけで、京極夏彦さん/柳田國男さん「遠野物語remix」を読みました。まったく、手を変え品を変え、「遠野物語」何回読んでんだか・・・・・。そして、あいかわらず、僕は進歩しない。
2013年08月06日
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大泉黒石さんの「黄夫人の手 黒石怪奇物語集」を買書つんどく。僕にとっては、待望の文庫化です。「大泉黒石。ロシア人を父に生まれ、国際的な無頼派ぶりで、混血文学の先駆者として大正文壇の寵児となる。そしてー。死んだ女の手がさまざまな怪奇事件を起こす「黄夫人の手」他、人間の魂の不思議を描く、黒石の怪奇小説傑作選。」「戯談(幽鬼楼)/曾呂利新左衛門/弥次郎兵衛と喜多八/不死身/眼を捜して歩く男/尼になる尼/青白き屍/黄夫人の手」(「BOOK」データベースより)
2013年08月05日
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「何て言ってるんスかね」阿部くんが言う。けれど、衣花の胸に、その声はちゃんと届いた。島に残ると決めた日から、衣花は自分はきっと一生ここで、人に「行ってらっしゃい」と言い、「行ってきます」と言われて暮らすのだと思っていた。だけど、それだけじゃない。私はきっと、これを言う人になりたかった。「おかえりなさい」と、力を込めて言う。(辻村深月さん「島はぼくらと」P328)というわけで、辻村深月さんの「島はぼくらと」を読みました。影のないあたたかい小説で、良くも悪しくも、万人が安心して読めます。それで、今のところ、僕にとっての辻村さんは、「ぼくのメジャースプーン」と「ツナグ」ですね。
2013年08月04日
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アーナルデュル・インドリダソン「緑衣の女」を買書つんどく。「このミス」4位の「湿地」に引き続き、インドリダソンの翻訳です。「住宅建設地で発見された、人間の肋骨の一部。事件にしろ、事故にしろ、どう見ても最近埋められたものではない。現場近くにはかつてサマーハウスがあり、付近にはイギリス軍やアメリカ軍のバラックもあったらしい。住民の証言の端々に現れる緑の服の女。数十年のあいだ封印されていた哀しい事件が、捜査官エーレンデュルの手で明らかになる。CWAゴールドダガー賞/ガラスの鍵賞同時受賞。究極の北欧ミステリ。」(「BOOK」データベースより)
2013年08月03日
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堤防には、歴代の小学校卒業生たちが描いた絵が、長々と続いている。ドラえもん、ピカチュウ、ハローキティ。卒業年と、それぞれの考えた標語が入る。朱里たちが書いた、「海はぼくらと」の文字とくじらの絵は、本木の家に行く時、必ず目に入る。(辻村深月さん「島はぼくらと」P47)堤防には、歴代の小学校卒業生たちが描いた絵が、長々と続いている。ドラえもん、ピカチュウ、ハローキティ。卒業年と、それぞれの考えた標語が入る。衣花たちの代が書いた標語「海はぼくらと」からだいぶ時を経て、去年、未菜の学年が書いた標語は、「島はぼくらと」。(辻村深月さん「島はぼくらと」P326)
2013年08月02日
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遠野では、お伽噺のことを昔々と呼ぶ。この昔々は数多あるが、ヤマハハの話が最も多い。ヤマハハというのは、他の地域で謂う山姥のことだろう。(京極夏彦さん/柳田國男さん「遠野物語remix」P210)そこにヤマハハがまた飛び込んで来た。そして娘の居場所を女に問うた。若い女は娘が来たことを隠し、知らないと答えたが、ヤマハハは信用せず、「いや、来ないはずはない。人臭い香りがするもの」と言った。女はとぼけて、「それは今、雀を炙って食べたからでしょう」と言った。ヤマハハは漸く納得して、「そんなら少し寝る」と言った。何と、その笹小屋はヤマハハの棲処だったのである。ヤマハハは、「石の唐櫃の中で寝ようか、木の唐櫃の中が良いかな」と、少し迷ってから、「石は冷たいから木の唐櫃の中にしよう」と、言うなり、木の唐櫃の中に入って寝てしまった。女はヤマハハが眠ったのを見計らって木の唐櫃の鍵を下ろし、娘を石の唐櫃から連れ出して、こう言った。「私もヤマハハに連れて来られた者だ。一緒にヤマハハを殺して、里に帰ろう」二人は一計を案じ、先ず錐を赤く焼いて、木の唐櫃の蓋に刺し通し、穴を空けた。ヤマハハはそんなことをしているとはまるで気づかず、ただ、「二十日鼠でも来たかな」と言った。二人はそれから湯をぐらぐらと煮立てると、焼錐で開けた穴から注ぎ込んだ。ヤマハハはそして、ついに死んだ。若い女と娘は連れ立って里に戻り、それぞれの親許の家に帰ることができたという。遠野では、昔々の終わりには必ず、「コレデドントハレ」という結句を用いる。コレデドントハレ(京極夏彦さん/柳田國男さん「遠野物語remix」P214)
2013年08月01日
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